Mantodea

2013年7月14日 (日)

森上信夫著『虫の呼び名辞典』

森上信夫著『散歩で見つける 虫の呼び名辞典』
2013年7月15日発行
世界文化社
ISBN978-4-418-13422-9 C0045
1,500円+税

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目次
春の虫
 モンシロチョウ、ギフチョウ、ほか
夏の虫
 アゲハ、ツマグロヒョウモン、ほか
秋の虫
 キタテハ、モンキチョウ、ほか
コラム
 ナミテントウの斑紋図鑑
 虫たちのカムフラージュ
 身近な夏のセミ
 身近なチョウの幼虫
 カマキリの卵のう

 著者の森上信夫さんから新刊を贈っていただいたので紹介したい。
昆虫写真家である森上さんの「虫の呼び名辞典」というのは、少々意外な感じがした。さいしょパラパラと見た時の印象も、なんとなく意図がわからない感じがした。しかし、あらためて最初から読み直してみたら、面白い着想だということが理解できた。
 虫には名前が付けられている。普通の人が使っているのは「和名」である。和名には、その虫の形態が表されていたり、生き様が表されたりしていることが多いが、中には意味がよくわからないものがある。ボク自身の頭の中では虫の名前はほとんど記号化していて、その意味を深く考えることは無くなってしまっている。
 この本は、身近な虫の名前について、その名前の意味するところを解説している。なかにはよく分からないものもあるが、それは森上さんの解釈の説明がある。これを読んでみると、自分の名前の解釈には色々な思い込みがあることもわかった。ようするに、自分は名前のことを深く考えていなかったということである。
 名前の本だけなら、写真家である森上さんが書くのに違和感を感じるわけだが、それぞれの種のすばらしい写真が添えられている(というか、写真が主役なわけだが)ので、名前が意味するところが理解しやすい。写真だけでも中途半端になっていただろうが、文章と写真が結びついて、完成度の高いものになっている。
 それはともかく、虫の名前の由来を知ることによって、虫への理解がより深まると思われるので、自然観察する人には、本書はお勧めだと言える。しかし、身近な虫でありながらゴキブリが掲載されていないのは、何からの意図があってのことか?

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2012年10月 3日 (水)

ヒメカマキリ(2012年10月3日)

 今日は恒例の野外調査であった。最初の調査地での調査を終えて次の調査地に向かおうとしたとき、地面近くを飛ぶ虫が目に入った。近くに寄ってみるとヒメカマキリであった。ヒメカマキリを見るのは久しぶりである。津市内で見たのは初めてかも知れない。
 チョロチョロと走り回り、ピョンと跳ね、ピュッと飛ぶ。なかなかすばしこく、落ち着きがない。すぐに草むらの中に潜り込もうとする。何とか外におびき出して撮った写真がこれ。小さいがカマキリはカマキリで、カマキリらしい目つきをしている。
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 ところで、今日は注意していたにもかかわらず、セミの鳴き声を聞くことはできなかった。本当にセミの季節が終わってしまったのかも知れない。

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2012年8月25日 (土)

アブラゼミがハラビロカマキリに食われた(2012年8月25日)

20120825blog01 そろそろ昼食を摂ろうと思っていたところ、家の前の団地の公園からアブラゼミの悲鳴音が聞こえてきた。カマキリに食われたのに違いないと思った。
 さっそく見に行ったところ、案の定ハラビロカマキリがアブラゼミを捕えていた。
 某氏によれば、セミは飛翔筋が美味いそうである。ハラビロカマキリは翅の付け根を齧っていた。

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2012年8月23日 (木)

ヒグラシがオオカマキリに食われた(2012年8月23日)

 今朝、職場の本館と図書館を結ぶ渡り廊下を歩いていたら、断続的にヒグラシの悲鳴音が聞こえてきた。これは何かあるに違いない、と思って悲鳴音が聞こえてくる所を探すと、予想したとおり、ヒグラシがカマキリに捕まって胴体を齧られていた。木の上でセミを捕えるカマキリはハラビロカマキリの場合が多いが、今回はハラビロカマキリではなくオオカマキリだった。
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2012年4月29日 (日)

今年初めてのいつものフィールドにて(2012年4月29日)

 昨日に続き天気が良かったので、今年初めていつものフィールドに出かけた。三男坊が同行。
 天気は良く暖かく風もなかったが、活動している昆虫は少なかった。昆虫が少なかった理由は不明。去年ハルゼミの鳴き声を聞いた場所でも、ハルゼミの鳴き声は聞けず。おそらくまだ発生していないのだろうと思う。
20120429blog01フィールドの一角のクヌギ林

20120429blog02シオヤトンボだろうと思うが自信無し

20120429blog03ツチイナゴ。成虫で越冬するので、この時期にはよく見かける。

20120429blog04オオカマキリ。他にも卵嚢を見つけたが、どれも卵嚢は既に孵化していたようだった。

20120429blog05たぶんニホンアカガエル

20120429blog06シマヘビ。それほど大きな個体ではなかった。

20120429blog07マイマイカブリ。三男坊が見つけた。

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2011年10月17日 (月)

個体群生態学会第27回大会@岡山大学・印象記(2011年10月14日〜16日)

 個体群生態学会の大会というかシンポジウムに参加するのは、1997年10月に沖縄県知念村(当時)のホテルサンライズ知念で開催されたシンポジウム以来だから14年ぶりである。こちらにその時の写真が掲載されているが、みんな若いので時が経ったことを嫌でも感じさせられる。どうでも良い話であるが、その年はボクが石垣島に赴任した年で、まだ出張慣れしておらず、飛行機に乗ったあとでパンツを持ってくるのを忘れたのに気付き、那覇に着いてから牧志の商店街に行ってトランクスを2枚買ってから開南のバス停から38番の東陽バスに乗ったことが思い出される。その14年前のトランクスは去年ぐらいまで長期にわたって使っていたが、そんなに長く使っていられた理由は、普段はトランクスを履かずブリーフを履いていたからである。
 個体群生態学会は、もともとは害虫の防除や水産資源の管理などの応用分野に大きく関係する個体群動態や分布様式の解析などがテーマの中心だったが、社会生物学とか進化生態学と呼ばれる分野が日本に押し寄せてきた1970年代の終わり頃から、それらの新しい分野の研究が中心的になってきた。そのため、応用分野に身を置くボクとしては、個体群生態学会の大会あるいはシンポジウムに出席しようという動機が薄くなっていた。ところが今回の大会は、応用分野のシンポジウムがいくつも組まれていたので、久しぶりに出席してみようという気になった。
 1日目と3日目は2〜3つのシンポジウムが同時並行して開催されていたので、どちらに出ようか迷うものもあった。2日目は本大会のメインのシンポジウムであり、参加者は半ば強制的に出席させられた。シンポジウムの他には、自由応募によるポスター発表が2日目と3日目に開催されていた。
 1日目のシンポジウムは大学の授業が終わってからの18:00からの開始であった。ボクは「ここまでわかった昆虫の長距離移動」のシンポジウムに出た。4名からそれぞれ、イネウンカ類、ハスモンヨトウ、ナモグリバエ、コガタアカイエカの長距離移動についての話題提供があった。イネウンカ類については、かなり良い精度で海外からの長距離移動の予測が可能になっている。ハスモンヨトウについても、かなり海外から来ていることは間違いないし、コガタアカイエカについても、遺伝子型をみる限り海外からたびたび飛来があることは確かだと思える。よくわからないのがナモグリバエである。ここ三重県辺りでは冬場しか見られないが、北海道では越冬できずに夏場に見られる。どのように移動しているのか、まだはっきり言えない状態である。
 2日目は朝から夕方まで、2人の日本人に加え、外国人の演者4名を招いて社会性の進化に関する最近の研究の紹介であった。これは、通訳無しの英語で行われた上に、普段馴染みの無い社会性に関する話題が中心だったので、テクニカルタームがわからず、何が語られているのかさっぱりわからない、非常に情けない状態だった。日本語で話されていてもわからなかった可能性もある。
 そのあとは総会と奨励賞の受賞記念講演が行われた。受賞記念講演は内海俊介氏による「時々刻々と変化する植物から昆虫の多様性に迫る」という演題で、ヤナギをモデルにしてそこに棲息する昆虫の多様性の違いが紹介された。あたりまえと言えばあたりまえのような話ではあったが、自然生態系の中で起こっていることを体系立てて説明することはやっかいなことなので、奨励賞に値する良い研究内容だったと思う。
 このあと懇親会があったが、既に書いたように、出席しなかった。
 最終日3日目は午前中に1コマ、午後に2コマのシンポジウムが組まれていた。
 午前中は「外来生物の侵入と拡大−植物保護の最前線−」に出た。外来生物はしばしば多量に繁殖して問題を起こすことがあるが、そのようなことに関わる話題として、輸入検疫からみて警戒すべき害虫、チャトゲコナジラミ、既存の天敵が効かないミツユビナミハダニ、外来雑草、計4題が紹介された。雑草の話を聞く機会は少なかったが、植物検疫という関門がある病害虫と違い、検疫フリーで入ってきてしまう雑草の問題は厄介な問題だと思った。
 午後の1コマ目は「寄生生物の進化と多様性〜楽しい強制から怖い感染症まで〜」に出た。テレビなどでも引っ張りだこの五箇公一氏がオーガナイザーである。五箇氏が趣旨説明をしたわけだが、氏の話し振りは人を惹き付けるものがあり面白い。そのあと5題の話題提供。寄生−被寄生の関係を持たない生物はほとんどないと思われるが、様々な寄生あるいは共生関係が紹介され、寄生−被寄生関係の面白さがあらためて感じさせられた。
 最後の午後の2コマ目は「農業生態系における個体群生態学」に出た。奥圭子氏の趣旨説明のあと、4題の話題提供があった。金子修治氏のカンキツ園におけるニホンアブラバチの個体群に関する話は、様々な生態的な関係のしっかりしたデータが取られており、充実した内容だと思った。上野高敏氏は現在ボクも関わっている農耕地の生態系の生物多様性の指標から農法を評価しようというプロジェクトの紹介のような話であったが、話のまとめかたや話し振りが非常にうまく、あらためて自分が何をやってるのかを再確認させられるような思いであった。最後に中筋房夫先生のコメントがあったが、このエントリーの最初の方に書いた、個体群生態学会の歴史について触れられ、今でも個体群生態学は農業害虫研究にとって重要である、と締めくくられた。
 時間が前後するが、ポスター発表について。ボクは石垣島に住んでいたときのホシカメムシの研究以来、配偶干渉について興味をもっていたが、そのときいろいろと教えていただいた西田隆義氏がご自身や学生さんとの共同研究のポスターを発表されており、在来タンポポと外来タンポポの分布が配偶干渉で説明できるということで、大変面白いと感じた。最優秀ポスター賞を獲得したのも配偶干渉に関したもので、京極大助氏と西田隆義氏の共同研究の「マメゾウムシにおいて種間交尾がアリー効果を引き起こす」であった。
 今回の大会は200名弱の参加者だったと思うが、規模が大きすぎず小さすぎずというところで、なかなか良かったと思うし、内容的にもボクには有意義なものだったと感じられた。しかし、来年も参加するかどうかは、開催されるシンポジウムの内容次第ということになると思う。

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2011年9月18日 (日)

日本昆虫学会第71回大会@信州大学松本キャンパス・2日目(2011年9月18日)

 朝ちょっと早めにホテルを出たら、乗ろうと思っていたバスの1本前のバスにギリギリ間に合ってしまったので、それに乗った。学会参加者と思われる人は皆無。
 昨日、大学の医学部の近くの正門の近くのカラマツでチッチゼミが鳴いていたという話を聞いたので、会場に近い「大学西門」ではなく、ひとつ手前の「信州大学前」でバスを降りた。
 チッチゼミの鳴き声は聞こえなかったが、抜け殻があるはずだと思って、カラマツの下のツツジの植え込みを探したら、抜け殻はすぐに見つかった。
20110918blog1 昨日もそうだったが、朝にはミンミンゼミが盛んに鳴いていた。会場に向かう途中、ケヤキの木の低いところから鳴き声が聞こえてきたので、目を凝らして探すのだがなかなか見つからない。近くにいるはずだと思って一所懸命探したら、地上50cmぐらいのところで鳴いている個体をやっと発見した。上の方ばかり探していたのでなかなか見つからなかったのだ。
20110918blog2 もっと近づいて撮ろうと思ったら、ミンミンゼミは飛んで逃げてしまったが、そのまま地面に墜落してしまったので、簡単に捕まえることができた。手で掴んでいると悲鳴音を出し続けている。手を使って無理矢理早く腹弁を開閉させてさせてやったら、クマゼミのような鳴き声になった。聞いていたとおり、クマゼミとミンミンゼミの地声は似ているということだろうと思う。
 今日は朝一番からの講演である。定刻15分ぐらい前に4階の会場に入った。さすがにこの時刻にはスタッフ以外には誰も来ていなかった。開始時刻が近づくが、なかなか人が増えない。昨日は懇親会だったし、会場も4階の一番遠いところなので、人が少ないのは予想できたが、想像以上に少なかった。講演開始直前にはスタッフを除いた聴衆は7人しかいなかった。これまでにこんなに少なかった経験はない。これでは、「一応学会で発表しました」という程度のアリバイ作り程度にしかならない。もう一度別の場所で喋りたい気がする。
20110918blog3 その後あちこちの会場を移りながら講演を聴いた。風邪っぽくて体調が悪いので、1階から4階まで階段を上り下りするのがしんどい。
 外来種の講演はなるべく聴くようにした。富沢章氏のシタベニハゴロモの話、吉松慎一氏や上里卓己氏のアフリカシロナヨトウの話。侵入したばかりの虫は大発生が印象的である。アフリカシロナヨトウは大発生のあとすぐにいなくなってしまったようだが、シタベニハゴロモは減ってきてはいるがまだいるようだ。シタベニハゴロモは美麗種なので、一度生きている実物を見てみたい。
 午後一番は「山岳昆虫の多様性と保全」のシンポジウムを聴いた。しかし、体調が悪く、ときどき意識が切れるところがあった。
 そのあとは2コマの小集会。1コマ目は「日本半翅類学会」の小集会へ。まず、この春国立科学博物館を退官された友国雅章氏の国立科学博物館での35年の仕事の回想の紹介。その後は一人一話。ぼくは最近のホシカメムシの話題を紹介した。
 2コマ目は「カマキリ学の解明に向けて」の小集会。小集会が始まる前、学会に参加していると思われる高校生がカマキリを持ち込んで同定して欲しいと言ってきた。見るとメスであることはわかったが、ぼくには同定できなかった。オオカマキリに似ているのだが、オオカマキリにしては小さすぎて別種に見えた。参加者に見てもらったところ、やはりオオカマキリとのことだった。こんな小さいオオカマキリは初めて見た。講演は、安藤喜一氏のカマキリの卵の寄生性天敵であるオナガアシブトコバチの生態の紹介と、三浦一芸氏の交尾時のメスによるオスの共食いの話は面白かった。
 小集会が終わったのは20:30過ぎ。バス停には小集会を終えて市内に向かう人があふれていた。とてもバスには乗り切れないのではないかと思ったが、意外にも座れたし、並んでいた人がほとんど乗れたようだった。隣に座っていたのは若い女性だった。バスが動き出そうとしたとき、その女性から声をかけられた。彼女も昆虫学会に参加していた人だったのだ。いろいろ話を聞くと、信州大学の大学院生でウツボグサを訪れるハナバチを研究しているとのこと。こちらも自分の仕事のことを大雑把に紹介した。そうこうしているうちにバスは松本駅前へ。
 前もってディスカウントチケットの自動販売機を見つけていたので、まずそこへ。体調が悪いので、帰りの電車で座れないと辛いと思ったので指定席の回数券を買った。普通に自由席の切符を買うよりも少し安い。その足ですぐに駅のみどりの窓口に向かい座席の指定を受けようとしたが、乗ろうと思っていた列車は満席だった。連休の最終日だから混んでいるようだ。仕方が無いので、ひとつ前の臨時列車の指定席をとった。これに乗るためには明日のシンポジウムを途中で抜け出さなければいけないが、体調が悪いから仕方が無い。
 その後、駅前の「松屋」でおとなしく「牛めし」を食べてホテルへ。シャワーを浴びてからこれを書いている。

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2011年5月22日 (日)

岡田正哉さんの訃報(2011年5月22日)

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 今朝のこと、このブログへのヘテロさんのコメントで岡田正哉さんが5月17日に亡くなったことを知った。ネットで検索すると、既に何人かの方がブログで思いを綴られている。
 ぼくと岡田さんは決して深いつながりではなかったが、細く長くおつきあいさせていただいていたと思っている。あまりに細かったせいで、ぼくと岡田さんとの関係を知る人がなかったのか、亡くなったことをすぐに知らせてくれる人もなく、お葬式にも行けなかった。不徳の致すところである。(ヘテロさんによれば、名古屋昆虫同好会会長からのメールが発信されていたとのことだが、何故かぼくのところにはメールは届かなかった。)岡田さんがお住まいだった名古屋には、ここ津市から無理無く行ける距離なので、最後のお別れができなかったことは大変残念である。
 最後にお会いしたのは、豊田市の昆虫調査についての会議の席だったと思うので、2009年3月頃のことである。そのときには、パーキンソン病を患っておられるという話を聞いた。
 お葬式にも行けなかったので、せめてこのブログで岡田さんへの思い出を書いて、自分の心の整理としたいと思う。
 最初の出会いのきっかけは思い出せないのだが、最初の出会いのことは今でも思い出すことができる。時は1978年3月だったはずである。ちょうど大学への進学が決まり、それまで半年ちょっとの間封印してきた昆虫採集に復帰することになり、昆虫採集道具を揃えようと思って出かけたのが、当時名古屋の栄あたりのビルの一室にあった「昆技研昆虫資料室」だったはずである。そこでお会いしたのが岡田正哉さんと臼田明正さんだった。臼田明正さんは既に故人になられている。
 そこでは、昆虫採集道具を揃えるのと同時に、ぼくが親から大学進学祝いとして買ってもらえるはずのカメラの話を岡田さんからうかがった。そのとき岡田さんから勧められたのは、オリンパスのOMシリーズだった。そして、リバーサルフィルムで写真を撮ることを教えていただいた。さらに、ナナフシとカマキリを始めとする、直翅系昆虫への熱い思いを語っていただいた。
 その直後ぼくは、親から買ってもらったオリンパスOM-2と50mmのマクロレンズを持って京都へ旅立った。その当時ぼくは、蝶ばかり追いかけていたのだが、岡田さんのことが頭にあり、とくにナナフシには気をつけていた。その年の初秋のこと、京都府の北部、滋賀県と福井県の県境に近い芦生演習林に行ったときにトビナナフシの仲間を見つけた。これを採集し、その後愛知県に帰省したときに岡田さんのところへ持って行ったところ、まだ記載されていないシラキトビナナフシだということだった。
 その後ぼくは、京都から広島県福山市、岩手県盛岡市、福岡県久留米市を経て、1997年4月には憧れの地、沖縄県の石垣島に転勤したが、それまでの間にも、帰省するたびに岡田さんのもとを訪ねた。その間に岡田さんの居場所も都心のビルの一室から、昭和区駒場町、千種区春里町、瑞穂区関取町へと移り、「名古屋昆虫館」と名前も変わった。
 石垣島で住んでいたアパートでは、灯火でカマキリがたくさん採れた。それを岡田さんのところへ送ったら、スジイリコカマキリという未記載種であるとのことであった。これまで未知であったスジイリコカマキリの緑色型も採れたが、これは岡田さんによって「月刊むし」に発表された(岡田正哉,石垣島産スジイリコカマキリの緑色個体,月刊むし (329): 16-17,1998)。
 岡田さんによれば、八重山ではもう一種の未記載のコカマキリが知られており、それはヤサガタコカマキリと呼ばれていた。少なくとも国内では、それまで石垣島で雄が1頭、与那国島で雄が3頭採集されているだけの珍しいものだった。自宅アパートに飛来するコカマキリは、すべてがスジイリコカマキリばかりで、ヤサガタコカマキリは幻かと思われていたのだが、それがついに2001年7月9日に採集された。採集したのは、毎日ように灯火を見回っていたぼくではなくて、まだ4歳の幼稚園児だった三男坊だった(河野勝行・河野陽,石垣島でヤサガタコカマキリを採集,月刊むし (370): 11-12,2001)。この標本も岡田さんのところへ送った。
 時は前後するが、1990年頃のことだったと思う。「名古屋昆虫館」が大きく発展するという話があったが、バブルの崩壊で寄付が集まらなくなり頓挫したという話を聞いている。「名古屋昆虫館」が昭和区駒場町から千種区春里町へ移転したのも、この直後の頃だったと思う。岡田さんにとっては辛かった時期ではないかと想像する。
 さらに前後するが、岡田さんはエダナナフシ類やアマミナナフシ類を詳細に調べられていて、「ナナフシのすべて」(写真右)(トンボ出版,1999)に詳しく解説されているが、学術的な記載論文を書くこと拒否されていた。岡田さんの考え方では、記載論文を書くのはプロの分類学者の仕事で、アマチュアである自分が記載する立場ではない、というところだった。これに関してぼくは、記載するのはプロであろうとアマチュアであろうと関係なく、その分類群にもっとも精通している人の仕事だと思っているので、岡田さんに記載論文を書いていただくことを強く希望していた。しかし、岡田さんの考え方はなかなか変わらなかった。
 これに関して動きがあったのは2008年3月のことであった。日本直翅類学会の学会誌"Tettigonia" No. 9には、市川明彦さんと岡田さんの連名でシラキトビナナフシの記載論文が掲載されていた。ぼくがシラキトビナナフシの存在を知ってから30年も経ってからのことなので、それなりの感慨があった。次はエダナナフシ類やアマミナナフシ類だと思っていたので、岡田さんには期待していたのだが、その頃には既に病魔に冒されていて、その実現は難しいと思わないわけにはいかなかった。そこに今回の訃報である。記載論文は一番よく知っている人が書くべきだと思うので、もう日本のエダナナフシ類やアマミナナフシ類は記載されずに終わってしまうかも知れない。
 岡田さんは1943年生まれとのことなので、まだ68歳ぐらいである。近年の平均寿命の伸びからすれば、ちょっと早すぎる気がする。傍から見ていても積み残しの仕事が多いように思われるので、ご本人にとってみれば無念のことがさぞ多かったのではないかと思う。それはともかく、まずはご冥福をお祈りしたい。

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2011年4月13日 (水)

オビカレハの天幕・オオカマキリの孵化(2011年4月13日)

 今日は恒例の週に一度の野外調査。天気がよく、風もなく、外に居れば暖かい日になった。
 2か所目の調査地では、ノイバラに多数のオビカレハの幼虫が発生していた。群によって幼虫の大きさが違っていたので、孵化した時期にもばらつきがあったのだろうと思う。
20110413blog1 同行していたIさんがもう一つ面白いものを見つけた。ちょうどオオカマキリが卵塊から孵化したところ。卵嚢に残っている幼虫は見られなかったので、もう完全に孵化が完了したところだと思う。オオカマキリは普通種だが、こういう場面にはなかなか出会えない。良いものを見せてもらえた、という気分だ。
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2010年10月29日 (金)

今朝は普通の褐色のコカマキリ(2010年10月29日)

 今朝職場の自転車置場に着いたら、10月13日にコカマキリの緑色型が止まっていた壁面のほとんど同じ場所に普通の褐色型のコカマキリが止まっていた。この近くには夜間灯りが灯っているので、灯りに引き寄せられてきたのかも知れない。石垣島に住んでいたときのアパートの灯りには、ずいぶんたくさんのスジイリコカマキリが飛んできていたものだった。コカマキリも似たようなものではないかと思う。
 手に取って見てみたら、雌だったが腹部は膨満しておらず、産卵しそうもないと思われたので採集せず、そのままにしておいた。
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