交通機関

2009年10月27日 (火)

合理的な経路と最も安価な経路

 某役所から出張を依頼された。場所は京都だ。出張旅費は先方が出してくれる。
 しかし、今日その書類が届いて唖然とした。何と、津市と京都市の間の運賃の計算の経路が草津線経由になっているのだ。確かにこの経路が一番距離は短いのだが、途中の亀山と柘植の間は1時間に1本しか列車が無いし、亀山駅や柘植駅での乗り継ぎも悪くて待たされる。遊びで乗るなら悪くないが、時間の決まった仕事に行くのに、この経路を指定してくるとは・・・・・
 うちの職場の場合、京都への出張は、ちょっと遠回りになるが、近鉄線の大和八木経由になり、特急料金も出る。この経路は特急だけでも1時間に2本あるし、必ず乗り換えは必要だが、乗り換えはスムーズで待ち時間も少ない。
 一番早いのは、名古屋まで近鉄特急で行って、名古屋から新幹線に乗る経路だが、距離は長くなり、料金もバカ高くなる。
 どの経路が合理的かと言えば、やはり大和八木経由の近鉄線だと思う。某役所は経費が安くなることしか考えておらず、依頼されて出張する身のことをまるで考えていないように思える。

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2009年9月30日 (水)

つくばへ・・・同定研修会に参加

 津市内に住む虫屋のOさんやAさんからウスバウバメガを見たという話を聞いたが、津に来てからは、まだ一度も見たことが無い。昨日の朝、出張でつくばに出かけるために桜(ウスバツバメガの寄主植物だ)の名所の偕楽公園の中を通ったが、やはり姿を見ることができなかった。
 昨日はまだ疲れが抜けておらず、名古屋まで立ちっぱなしというのもかなわないと思ったので、本当に久しぶりに名古屋まで近鉄特急に乗った。名古屋に行くのに近鉄特急を使ったのは、ほぼ2年ぶりだ。津7:15発の特急に乗ったら、名古屋8:20発ののぞみにギリギリで乗れた。N700系。時間に余裕があったので、何も慌てて乗ることは無かったのだが、ついつい階段を上がってすぐ、目の前のドアから乗ってしまった。そこはグリーン車だったが、そこから自由席車輌まで、けっこう歩かなくては行けなかった。予想通り、自由席にはほどほどに空席があり、問題無く着席できた。
 東京には10時過ぎに着き、すぐ上野に向かい、上野駅で少し時間を潰して早めの昼食もとった。常磐線の列車に乗り、牛久駅に着いたのは昼前だった。ここでもバスの時刻までベンチで一休み。
 午後1時前につくばの現地に着いたら、天気はあまり良くなかったが、ツクツクボウシとアブラゼミの鳴き声が聞こえた。
 昨日から今日まで、現在行っているプロジェクト研究の同定研修会だ。去年はハサミムシを担当して講義をする側だったが、今回は受ける側だった。昨日は午後半日で講義を受け、夕方は懇親会。農林水産省の施設の中の食堂で行われたのだが、量も質も質素だった。かなり不満は残ったが、食べ過ぎで具合が悪くなるような危険性はなかったので良かったのかも知れない。普段ならこの施設の中の宿泊施設に泊まるところだが、満室だと言うことだったので、近所(と言ってもバスで4〜5分ぐらいの所だ)のホテルを予約しておいた。このホテルも質素だった。その割には、値段はそれほど質素ではなかった。
 今日は実際のサンプルをもとに同定の実習。ゴミムシやクモのサンプルを持参したのだが、専門家の目で見てもらうと、同定間違いがたくさんあった。特にクモがひどい。そのうち慣れてくると思うのだが、科のレベルで間違っているのだから話にならない。しかし、今回の研修を受けたことで、着実に同定能力はスキルアップされたと思う。
 研修は昼までで、施設の食堂で昼食をとったが、やはり味は不満が残る。バスで牛久駅に向かったら、ちょうど1時間に1本の特別快速が来て幸運だった。特別快速ならつくばエクスプレスにも見劣りしない。日暮里で山手線に乗り換え、秋葉原で途中下車し、しばし秋葉原見物(若干の買い物も)。
 東京駅に向かい、ちょうど発車する新幹線に乗ったら、またN700系だった。名古屋で降り、久しぶりに「想吃担担面エスカ店」に行く。最近は比較的出張が多かったのだが、列車(快速みえ)の時間の都合で食べそびれていた。しかし、今日はちょうど良い具合の乗り継ぎ時間だった。汁なし担々麺とマンゴープリンを食べる。うまい。
 食事を終え、名古屋駅の関西線のホームに行くと、既に快速みえには乗客が乗り込んでおり、座ることはできなかった。まあ、これも桑名までの辛抱と思って乗ったところ、予想したとおり、桑名では相当数の客が降り、座ることができた。
 東京でも雨が少し降っていたが、こちらでは傘をささずに歩くには無理がある程度の雨が降っていた。このところ、長い間雨らしい雨が降っていなかったので、しばらくは雨が降ってくれた方が良いのではないかと思う。

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2009年9月11日 (金)

2年ぶりの神戸・・・関西病虫害研究会に参加

 神戸で開催される関西病虫害研究会の第91回研究発表会に参加するため、昨日から神戸に行った。昨日は移動日で、長男が使い残していた「青春18きっぷ」が1回分あったので、それを使っていわゆる「乗り潰し」をした。新しく乗ったのは、JR東西線の尼崎から放出までとおおさか東線の放出から久宝寺駅まで。電車の中では、誕生日にアレクス君から贈られた『フェルマーの最終定理』を読み終えた。長い本なので読み終えるのに数日かかったが、わくわくさせられるような面白い本だった。夕方は同僚と落ち合って、神戸元町の南京町の中華料理店で夕食をとった。
 朝は早めに起きてホテルの1回のロビーで簡単な朝食をとった。喉が渇いていたせいか、ジュース1杯、スープ2杯、コーヒー3杯も飲んでしまった。南京町の西安門の近くのホテルから会場までは歩いて12〜13分だった。するとそこにあったのは、「小泉八雲旧居跡」という碑。小泉八雲と言えば松江、という印象しかなく、神戸にも住んでいたとは知らなかった。
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 一応関西病虫害研究会の事務局なので、会場では受付に座っていた。講演が始まると講演会場へ。
 昼食は神戸出身のIさんの案内で、美味しいという噂のラーメン屋へ。地下鉄の駅で2/3駅ほど西へ歩く。「神戸の中華そば・もっこす本店」。
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 昼食時のセットメニューがお得ということで、それを注文。中華そば+餃子+御飯で800円。なかなか美味しいラーメンだった。ただの中華そばなのにチャーシューが多かった。中華そばとは別にチャーシューメンというメニューもあったが、どれぐらいチャーシューが乗っているかを想像すると恐ろしい。お腹がいっぱいになり、午後からは目の皮も弛みがち。
 夕方4時半前に講演会は終了。同僚は軽い打ち上げに参加するということだったが、ぼくは一人でさっと阪神元町駅に向かう。目的地は大阪なにわ筋のマジックスパイス大阪なにわ店。ここで食べれば、マジッックスパイスの全国4店を全部制覇したことになる。3月の札幌4月の東京下北沢6月の名古屋大須に続いて半年で達成ということになる。関西病虫害研究会の研究発表会は、本当は5月に予定されていたのだが、例のインフルエンザ騒ぎで延期になっていたので、その騒ぎが無ければ、3月末から6月半ばまでの3か月で達成できていたはずだった。マジックスパイス大阪なにわ店の最寄り駅は桜川だが、阪神なんば線の乗り潰しのため、大阪難波まで乗り、大阪難波駅から現地に向かった。
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 注文したのは、チキンの涅槃。辛さは札幌の涅槃とほぼ同様。名古屋大須の涅槃は異様に辛かったので、やはり店によって辛さの基準が違うように思える。野菜の量も多く、満足。満足度の順番は、名古屋大須≧札幌≒大阪なにわ≫東京下北沢、ということろか。
 マジックスパイスでのでの食事を終え、再び大阪難波駅へ。19:00発のアーバンライナーの切符を買う。近鉄特急に乗るのはほぼ2年ぶり。2年前に神戸大学で昆虫学会の大会が開催されたとき以来だ。それまではちょくちょく乗っていたのだが。まあ、このところ大阪方面に行く用事がなかったということなのだろうと思う。津に着いたのは夜8時半前。自宅には戻らず、そのまま三重昆虫談話会のサロンの会場に向かう。今日は盛会で8人も集まった。甲虫の和名の話(「ルリクワガタ」を「オオルリクワガタ」にするべきかどうか、とか)や、オオトラカミキリやカワラハンミョウの話など、話題も多かった。夜10時半前に散開。楽しい時間だった。

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2009年6月20日 (土)

2009年・今年はヤマモモが豊作のようだ

 仕事なら別だが、名古屋に行こうと思うと、二つ以上の用事がなければ行こうという気にはなかなかならない。今日は、二つの用事ができたので、名古屋に行くことにした。結果的にはそれ以上の用事をこなしたのだが。
 一つの用事は、昨日開店した「マジックスパイス名古屋店」でスープカレーを食べること。もう一つはアマチュア無線家仲間の集まり。偶然だが、この両方の場所が同じ大須だった。
 午前11過ぎの「快速みえ」に乗るために10時半過ぎに家を出て、例の樹液がいっぱい出ているクヌギをチェックし、偕楽公園の中を通って津駅に向かった。偕楽公園の中に入って目についたのが、地面に落ちているヤマモモの実。偕楽公園のヤマモモには去年は全く実がつかなかっただが、上を見上げると、今年はほどほどに実がついており、ちょうど食べごろになっているものも多い。偕楽公園にヤマモモがあるのに気付いたのは一昨年のことだったが、一昨年と較べると、今年はやや不作のようにも思える。しかし、十分に豊作と言えるほどだと思う。
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 名古屋に着いてからはあちこちで用を足し、大須に着いたのは午後1時をかなり過ぎていた。「マジックスパイス」はすぐに目についた。
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 確かこの場所は、以前はトルコ風のケバブか何かを売っている店だあった場所ではないかと思う。ケバブは繁盛していなかったのだろうか。時間的にはちょうどお昼どきに入った客が店を出る時間帯かと思ったが、まさにそのとおりで、店に入ったときにはほとんど席が埋まっていたが、次々と席が空いてきた。最初はカウンターに案内されたが、狭かったのでテーブル席に移らせてもらった。
 注文したのは「マジックスパイス」の基本である「チキン」で、辛さは「涅槃」。7段階のちょうど中間の辛さだ。3月の札幌でも4月の東京でも「チキン」だったので、店の間の比較ができる。辛さを「涅槃」にしたのは札幌と同じで、1段階下げた東京では辛さがまるで足りなかったので、やはりそれなりに辛い方が良いと思ったからだ。出てきたのはこれ。
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 東京で食べたときには野菜が少ないと思ったのだが、札幌で食べたとき以上に野菜が入っている感じだ。チキンが隠れていて見えないが、チキンの大きさも東京より明らかに大きく、札幌より大きいのではないかと思えた。
 食べてみてビックリ。何と予想以上に辛いのだ。スープをすすろうと口の中に入れると、むせて咳が出る。明らかに札幌の「涅槃」より辛いと思われた。しかし、「マジックスパイス」の場合、「辛い≒美味しい」なので不満は無い。しかし、胃袋は熱くなるし、明日の朝、トイレに座るときが心配だ。
 ま、とにかく、名古屋の「マジックスパイス」を味わうことができて良かった。満足度は「名古屋≧札幌>東京」である。そうしょっちゅう名古屋に行くわけではないが、名古屋の中では、大須は行く機会が多い場所なので、大須に行く楽しみができた。
 次に向かったのは沖縄物産を扱っている「にらい」。「わしたポーク」を探したのだが、「スパム」とか「チューリップ」ブランドのものしか無い。予定の時間までにはまだ余裕があるので、上前津から地下鉄に乗って栄の「わしたショップ」に向かった。ところが「わしたショップ」の前に行くと、シャッターが閉じていて店が休みのように見えた。近くまで行ってみると、「移転しました」とのこと。「中日ビル地下1階」と書かれているのだが、名古屋の地理には詳しくないので、「中日ビル」がどこにあるのかわからない。しかし、ぐるっと見渡すと、東の方に「中日ビル」を発見できた。何と、今降りたばかりの地下鉄の駅の乗り場からすぐ近くだ。知らなかったから仕方がないが、ずいぶん無駄に歩かされてしまった。ここでは間違いなく「わしたポーク」を買い求めることができた。そのあとは、もう一度地下鉄に乗って上前津へ。いつも名古屋に出たときには使うのだが、こういうこともあろうかと思って「ドニチエコきっぷ」金600円也を買っておいたのは正解だった。
 このあとは、上前津駅近くの大須の某所で開催されたアマチュア無線家の集まりに出席。顔を合わせるのは初めての人ばかりだが、有意義な時間を過ごすことができた。
 会が終わったのは夕方6時過ぎ。18:30発の「快速みえ」に乗れるかどうか微妙な時間。上前津駅に向かうと金山方面が18:17発、栄方面が18:16発だったので、栄経由の方が早いと思って栄に出た。栄では18:21発の高畑行き。乗り換えに便利なように、最後部の車輌に乗り、名古屋駅に着くと、改札口目指してダッシュした。途中で息切れがしたが、何とか「快速みえ」に間に合い、遅くならない時間に帰宅することができた。
 津駅を下りると小雨が降っていたが、傘をさすほどではなかった。例の樹液が出ているクヌギを見ると、フクラスズメと大変小さいコクワガタが来ていた。残念ながら、モンスズメバチはいなかった。

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2009年5月18日 (月)

新型インフルエンザの影響・・・研究会中止

 昨日「新型インフルエンザの影響は?」と書いたばかりだったが、案の定、関西病虫害研究会の研究会と大会が中止(延期?)になった。この研究会の開催のために努力されていた現地の運営担当者の皆さんのご苦労は大変なものだと思う。自分としても、神戸に行くのはそれなりに楽しみにしていたので(3月に開通した阪神なんば線に乗ったり・・・とかを予定していたので)、ちょっと残念だ。
 新型インフルエンザは三重県にはまだ入っていないようだが、入ってくるのも時間の問題のように思えてきた。体調管理には気をつけないといけない。

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2009年5月 4日 (月)

南紀湯ノ口温泉へ

 今日は家族揃って南紀湯ノ口温泉に行くことにしていた。トロッコ列車に乗って温泉に入るのだ。
 現地までどれだけ時間がかかるかわからないが、瀞流荘11:15発の列車に乗る事を目標として6時半頃に出発した。ところが、途中小休止を数回したにもかかわらず、3時間ほどで到着してしまった。おのおかげて、一つ早い9:55発のトロッコ列車に乗る事ができた。
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トロッコ列車は2つのトンネルを通り、10分ほどで湯ノ口温泉に到着。
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 列車を降りて、温泉に向かう。湯治場を絵に描いたような鄙びた温泉だ。単純泉のようで、あまりクセの無いお湯だった。道は繋がっているので、車でも来れるが、正面から見ると、こんな感じ。
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 ゆっくりお湯に浸かって、売店で売られていたサンマ寿司を買ってお昼御飯にすることにした。まずは、それを持ってもう一度トロッコ列車に。ぼくらが乗ったトロッコ列車は大して混んでいなかったが、瀞流荘駅に着くと、多数の観光客が待っていた。11:15発のトロッコ列車に乗ろうとしている客だ。乗り切れないの判断されたためか、1両のトロッコが追加連結された。この混雑では、ゆっくり湯に浸かることもできないので、早く着けて良かったと思った。
 瀞流荘駅の近くには遊歩道があり、展望台があるようなので、そこに登ってお昼を食べることにした。すると途中にニホンミツバチの巣を発見。自然巣ではない。紀州ではニホンミツバチを飼う伝統があるという話を聞いていたので、なるほど、と思った。
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 昼食を食べてもまだお昼前。地図を見てみると、熊野本宮大社はそれほど遠くないことがわかった。せっかくなので、熊野本宮大社にも行ってみることにした。
 熊野本宮大社はかなり混雑していた。流石連休だ。一応参拝する。
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 そこから瀞流荘方面に戻り、その近くにあった紀和町鉱山資料館に入ってみた。紀和町は旧くからの鉱山があったらしく、それが解説されている。午前中に乗ったトロッコ列車も、その鉱山で使われていたものだ。
 資料館のすぐ隣に足湯があり、しばらく足を湯に浸けて横になる。ちょっと疲れが溜まってきてきたので、ちょうど良い休憩になった。この時点で時刻は15:00。
 地図を見ると、丸山千枚田がすぐ近くにあることがわかった。せっかくなので、こちらにも行くことにした。
 山道を登ると、突然田圃が出現した。テレビでは何度か見たことがあったが、現物をみると、それなりに感動する。ちょうど田植えの季節で、一部の田圃では田植えが終わっていた。まだこれから田植えになる田圃も多かった。
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 ここまで見たら、あとは帰るだけ。途中、小休止と夕食をとり、混雑していると思われる高速道路を避けて、下道を走って帰った。我が家の車にはETCは付いていないのだ。帰着したのは20:00頃。走行距離約380km。燃費は16.4km/l。
 それなりに疲れた。

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2009年4月14日 (火)

某会議で霞ヶ関へ出張・2日目

 再び霞ヶ関へ。表参道からは千代田線1本で行ける。会議はちょっとゆっくりの始まりだったので、ゆっくり宿を出たつもりだったが、千代田線はかなり混雑していた。もっと早い時間だったら殺人的な混雑だったのだろう。途中若干の乗り降りはあったが、相変わらずの混雑。霞ヶ関で下りようと思ったら、乗っていた人の半分ぐらいが降りて、電車は一気に空いた。
 午前中は昨日の続き。それなりに充実。昼食は某庁舎内の食堂へ。会議の途中、3回ほど地響きのようなものがしたが、食堂でテレビを見ていたら、比較的近所で大型クレーンが倒れる事故があったとのこと。どうやら、ぼくが聞いた地響きはそれだったらしい。
 午後の会議は眠気に襲われ、一部記憶が途切れている。
 会議は予定より少し早く終了した。千代田線に乗り新御茶ノ水に出て、秋葉原まで歩く。お目当ての店が休みだったので(不定休なのでハズレることしばしば)、時間を持て余し、予定を早めて帰ることにした。東京駅で土産を買って、16:40発の博多行きののぞみに乗る。これもタダの700系。当初の予定では17:30発の500系のぞみだったのだが。こののぞみの自由席はほぼ満席。
 名古屋ではギリギリで18:30発の快速みえに間に合うことがわかったので、名古屋までの切符を持ったまま、快速みえに乗り込む。発車間際だったので相当の混雑。桑名でかなり空いたが、四日市まで座れなかった。四日市で一気に空き、あとは着席して津まで。名古屋からずっと雨が降っていたが、津に着いても雨は降り続いていた。雨の中、歩いて帰宅。

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2009年4月13日 (月)

某会議で霞ヶ関へ出張・1日目

 こう言うと怒られそうだが、あまり気が乗らない会議での東京への出張だ。せめてもの愉しみとして、美味しい物を食べようと考えた。
 朝は7時前に家を出た。本当はこんなに早く出なくても良いのだが。偕楽公園の中を通ると、ソメイヨシノは既にほとんど終わっておりツツジが花盛りだった。
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 津駅からは久しぶりに近鉄に乗る。7:11発の急行。滅茶苦茶混雑しているわけではなかったが、結局名古屋まで座ることはできなかった。名古屋からは8:30発ののぞみ。ただの700系だった。鉄分が相当濃い息子に言わせれば、一番つまらない列車ということだ。しかし、列車は空いており、3人掛けの座席を1人で使うことができた。品川の駅で降りたことがなかったので、東京まで乗らず、品川で降りてみた。自由席から乗り換えるには、東京駅で乗り換えるより、若干歩く距離が少なくて済みそうな気がした。京浜東北線で秋葉原へ。まだ開いていない店が多かったが、ブラブラ歩き回ったあと、そのまま神田方面へ向かった。目指すは「神田大勝軒」。行列ができるラーメン屋として有名な東池袋の「大勝軒」から暖簾分けされたラーメン屋だ。12時少し前だったが、店内には行列が出来ていた。代表的メニューの「特製もりそば」を注文。いわゆる「つけ麺」だ。680円也。10分ほど並んで待って、カウンター席についてから10分ほど待って、やっと食べることができた。太めの麺でボリュームたっぷり。コストパフォーマンスは大変高いように思えた。「つけ麺」は食べ慣れていないので、他と比較できないが、まあ美味しかったと思う。
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 神田から東京メトロの銀座線に乗り、銀座で日比谷線に乗り換え、霞ヶ関へ。銀座線はできたのが古いせいか、車内が狭いように感じた。気のせいかもしれないが。
 夕方まで会議。案じていたほどつまらない会議ではなく、中身がある有意義な会議だった。今回は懇親会が予定されていなかったので、夕食は下北沢のマジックスパイスへ。先月末の札幌の総本山と比較してみたいと思ったのだ。
 千代田線に乗れば楽に乗り換えができるのでそちらにしようと思ったが、渋谷に出て京王井の頭線に乗った方が安いことに気付き、丸ノ内線に乗り、赤坂見附で銀座線に乗り換え渋谷に出た。そこまでは、並の混雑だったが、井の頭線は殺人的とも言えるほどの混雑だった。とにかく、全く身動きできなくなってしまった。乗ったのは急行だったので、最初の停車駅が下北沢。降りてみて驚いたが、小田急線との間に改札はなく、全くの共用の駅になっていた。
 用意した地図を見ながら目的地へ。繁華街から少し外れ、住宅街のような雰囲気に変わるあたりにマジックスパイス東京下北沢店があった。
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 注文したのは、札幌総本山と同じチキン。ただし、辛さを1段階落として「悶絶」にした。「涅槃」は、食べた時にはちょうど良い辛さだと思ったのだが、翌朝トイレに座ったときに苦痛を感じたからだ。出て来たのはこれ。
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 札幌総本山のものと較べると、明らかに野菜のボリュームが少ない。ちょっと残念だ。同じ値段で出しているので、地価の高い東京では、そういうところでコストを削っているのかも知れない。
 食べてみてまたまたショック。辛味が全然足りないのだ。やはり「涅槃」にすべきだった。が、しかし、味は悪くはない。課題は残ったが、一応満足した。
 食事のあとは、小田急線と千代田線を乗り継いで、表参道の駅の近くの宿へ。

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2009年3月31日 (火)

第53回日本応用動物昆虫学会大会・終了後

 昨日は珍しくアルコールを飲んでしまったのでどうなるかと思ったが、札幌に来て以来同じように6時頃に目が覚めてしまった。あまり早く動き出す必要もないので、テレビをぼんやり観ながら過ごし、しばらくしてから朝食のためにロビーに降りて行った。
 するとE大学のHさんとK大学名誉教授のH先生が食事をしながら雑談(もちろん虫の話)をしておられた。ぼくも話の仲間に入れていただいた。さらに農水省OBのSさんも加わった。
 H先生は退官後も精力的に昆虫の卵寄生蜂の生態を調べておられ、今回、樹皮の下で集団越冬するカメムシの卵寄生蜂に関する講演をされた(ぼくはその時間帯にはカンキツグリーニング病関係の講演を聴いていたのでH先生の講演は聴いていなかった)。その話を伺い、さらに「まだ寄主がわかっていない卵寄生蜂がいっぱいいるから、地表徘徊性のゴミムシの卵なんかも調べると面白いですよ」と言われ、確かに卵寄生蜂の生態を調べるのは面白いと思ったのだが、実際に調査するのは厄介なことが多いとも思った。今年の10月に三重大学で開催される日本昆虫学会の大会で再会することをお約束して別れを告げる。
 荷物をまとめて札幌駅に向かう。快速エアポートは特急スーパーカムイがそのまま折り返し運転で快速になる列車だった。特急用車輌なので、気分が良い。昨日の晩、アルコールを飲んでしまったので疲れており、座り心地の良い車輌は助かる。
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 北海道土産は行く前から決めていたので、それを探す。ターミナルビルの中をウロウロするのだが、なかなか見つからなかった。新千歳空港はけっこう広いのだ。やっと見つけた場所がここ。
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 「ハスカップジュエリー」を買う。けっこういい値段だ。飛行機の中で食べる昼食も調達。
 かなり疲れが溜まった感じだったので、早目に出発ロビーに入り、椅子に腰掛けて半分居眠りをする。飛行機の中でも、ただひたすらグッタリとする。
 帰りも名古屋経由。またミュースカイに乗る。快適で速い。名古屋駅界隈で少し買い物をして、例によって快速みえで帰る。いつものように12番線で待っていたら、13番線から発車するとのアナウンス。どうやら、この前のダイヤ改正で発着番線が変わったらしい。快速みえの中でも半分居眠り。疲れていたので、妻に迎えの車を頼み、車で帰宅した。
 とにかく疲れているが、やはり昨日飲み過ぎたのが原因だと思う。

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2009年3月27日 (金)

第53回日本応用動物昆虫学会大会・前日

 明日から北海道大学で開催される第53回日本応用動物昆虫学会大会に参加するために、今日は札幌へ移動した。まずは「快速みえ」で名古屋へ。トイレに行くために近鉄の乗り場の近くに行くと、先日近鉄と阪神が繋がったためか、津駅の表示にも「神戸」の文字が書き加えられていた。今年の関西病虫害研究会の大会は神戸で開催されるので、近鉄と阪神を乗り継いで行くことになるだろう。
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 春休みになったせいか、「快速みえ」は大変混雑していて、名古屋まで座れなかった。腰が辛い。名古屋で中央線に乗り換え金山へ。金山からは楽をしようと思って、名鉄の特別車輌(名鉄ではこういう言い方をするらしいが、ようするに座席指定だ)で行くことにした。ミューチケット(座席指定券)を買ったら、全車特別車輌の「ミュースカイ」だった。座席はゆったりしていて快適だ。金山を出ると、次の神宮前に停まると中部国際空港まで停まらない。所要時間はたったの24分だ。
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 昼食は空港のなかの「若鯱屋」で味噌煮込みうどんを食べた。味はまあまあ。
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 「快速みえ」で座れなかったせいか、疲れてしまって飛行機の時間までしばし居眠り。搭乗ゲートを通ったところで、G大学のT先生とバッタリお会いして、ちょっとご挨拶。行く先が同じ人には誰かに会うのではないかと思ったが、予想通りだった。
 飛行機の中でも「JAL名人会」を聴きながら半分居眠り。春風亭柳好の「崇徳院」は大阪の落語家さんがやる大阪の高津さんではなく、東京の上野が舞台。ぼくが今まで聴いた「崇徳院」は、やっぱり桂雀三郎のが好きだ。大瀬ゆめじ・うたじの漫才と、桂小春団治の「職業病」も悪くはなかったが、心にはあまり響かず。
 今日は雲が多く、あまり下界を望むことはできなかったが、佐渡島や北海道の亀田半島は望むことができた。
 新千歳空港に着いたら雪がチラチラ舞っていた。やはり寒いようだ。新千歳空港をサッと後にしてJRに乗り込み、新札幌駅へ。そこから地下鉄東西線に乗り換え、南郷7丁目駅へ。
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 目指すは「マジックスパイス」。今では札幌の名物にもなったスープカレー発祥の地だ。駅からほど近い住宅街の一角にある、一風変わった怪しい雰囲気の建物。一見レストランには見えない。17:30開店のはずが、17:30を過ぎてもまだ中でミーティングが行われている様子。結局17:45頃まで待たされた。
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 注文したのはチキンのスープカレー。辛さは、覚醒(一番辛くない)、瞑想、悶絶、涅槃、極楽、天空、虚空(一番辛い)の7段階ある中の、ちょうど真ん中の涅槃にした。自分なりに、これを一番基本的なものだと判断したのだ。
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 辛さはちょうど良いぐらい。辛いのだが、辛すぎて我慢できないほどではないギリギリのところで絶妙だ。骨付きの鶏肉がひとつゴロンと入っていて、野菜もたっぷり入っている。
 開店して時間も経っていなかったので、客も少なく、マスターやスタッフの人がいろいろ話しかけてきてくれた。店を出して16年になるとのことだった。4年半ほど前にも一度札幌に来たことがあり、そのときにもスープカレーを食べたのだが、その頃には既にいくつものスープカレーの店はできており、札幌の新しい名物として定着している感があった。東京の下北沢と大阪の難波にも店を出しているのだが、名古屋にも近々出店するとのこと。場所はどこかと訊いたのだが、ヒミツ、と言って教えてくれなかった。栄からそう遠くないところだというヒントだけはもらった。大須あたりではないかと思うが、それもおいおい明らかになっていくことだろう。
 とにかく、スープカレー発祥の地でスープカレーを食べられたことには満足した。4年半ほど前に食べたスープカレーと較べると、明らかに複雑な味をしており、完成度が高いと思った。メニューも豊富でいろいろ食べてみたいと思ったのだが、札幌に来ることはそうないだろうから、名古屋の店に期待したいと思う。
 南郷7丁目の駅から再び地下鉄に乗り、大通駅で乗り換えてさっぽろ駅へ。ここから今日の宿に向かおうと思ったのだが、ホテルのすぐ近くの古書店の南陽堂書店が開いていたので、ホテルに行く前にまずここに立ち寄った。自然関係、特に昆虫の古書が充実している店だということは知っていたが、入るのはもちろん初めてのことだ。2階が昆虫関係の本の売り場。見てびっくり、とても短時間では見きれないほどの量だ。学会を抜け出してまた来なければ、と思って、2階の主の若旦那さんに定休日を訊ねたところ、日曜日とのこと。これで会話が始まったのをきっかけにして、雑談を始めてしまった。石垣島の蝶の話などをして長話になってしまったら、気が付いたら閉店時刻をとうに過ぎてしまった20:30頃だった。閉店時刻は19:00なのに。ま、ともかく、仕事とはあまり関係のない虫の話をすることができて、楽しい時間を過ごすことができた。若旦那さんにはご迷惑だったかも知れないが。
 南陽堂書店を出たらホテルに直行。チェックインを済ませてから、飲み物を調達しようと、すぐ近くのコンビニエンスストアへ。コーヒー、お茶等を買う。

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2009年2月26日 (木)

特急ワイドビュー南紀に乗る

 関東方面に出張したとき、伊勢鉄道と関西本線を通る「快速みえ」を利用できるときはこれを利用する。何故かと言えば、津・名古屋間の4枚綴りの回数券を利用すると、1回あたり750円で利用できるからだ。普通に「快速みえ」に乗ると津・名古屋間は1,230円もするし、近鉄の急行を利用しても980円かかる。だから「快速みえ」を利用するのは大変お得なのだ。しかし、ときどき目にする「特急ワイドビュー南紀」もちょっと気になっていた。これを普通に利用すると、自由席でも940円の特急料金がかかり、近鉄特急の870円よりも高い。しかし、新幹線の乗り継ぎ割引だと、伊勢鉄道線区間の310円の特急料金は割引にならないが、JR区間の630円の特急料金が半額になるので、名古屋から津まで620円で利用できる。これなら近鉄特急より安いので、割に合いそうな気がする。
 何故こんなことを考えるかと言えば、夕方の「快速みえ」は大変混雑するからだ。ちゃんと着席しようと思えば「快速みえ」には指定席があるので、510円の指定席券を買えば着席できる。510円というのは微妙な値段だ。この値段を考えると、620円で特急に乗れるとなれば、それほど悪くないと思える。
 というわけで、昨日のツクバからの帰りは、この誘惑に負けて「特急ワイドビュー南紀7号」に乗った。「特急ワイドビュー南紀」に乗るのはもちろん初めてだ。
 1両しかない自由席の乗車率はほぼ50%。意外にたくさん乗っていると思った。もっとガラガラかと思ったのだ。2両の指定席車輌があるので、全部で3両。ミニ特急だ。座席はリクライニングで前の座席との間隔もゆったりとしている。乗り心地では、明らかに「快速みえ」よりも良い。近鉄の特急と急行(クロスシート車)の違いと同じようなものだ。驚いたことに、名古屋を出発して間もなく、車内販売が回ってきた。たかだか3両しか繋いでいないのに。
 と、まあ、そんなわけで、ささやかな贅沢を味わうことができた。
 名古屋を出発すると、最初の停車駅は桑名。驚いたことに、自由席に乗っていた人の半分ぐらいは桑名で降りてしまった。どうみても、通勤の帰路だと思える人もいた。桑名までは20分弱だが、ぼくの感覚だと、この程度の距離を乗るのに、特急料金を払うのはもったいないと思える。ところが、調べてみたら、この区間の自由席特急料金はたったの310円だった。「快速みえ」の指定席よりも安いのだ。この時間帯の「快速みえ」や普通列車は大変混雑しているので、この程度の金額ならば、特急に乗って楽をするという選択肢も無いわけではないと思えた。

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2008年12月 6日 (土)

日本鱗翅学会東海支部第139回例会

 会員外の出席大歓迎、ということだったので、会員でもないが、日本鱗翅学会東海支部第139回例会に出かけた。会場は一週間前に日本昆虫学会と日本応用動物昆虫学会の東海支部会の講演会が開催されたのと同じ名城大学だ。
 朝、家から駅へ向かう途中の津偕楽公園。一週間前にも通った道だが、そのときにはそれほど多く落ち葉が落ちていたという印象は無かったのだが、今日はずいぶんたくさんの落ち葉が落ちているような気がして、ついつい写真を撮ってしまった。
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 せっかく名古屋まで出かけるので、いろいろと用を足そうとした。まずは「生せんべい」を探すこと。これは話の種として職場に持って行くつもりなのだ。ところが、名古屋駅界隈、その後に立ち寄った大須界隈のいずれでも見つけることはできなかった。御園座にあるという情報はあったのだが、御園座に用は無いので無視することにした。大須では、これまで気が付いていなかったのだが「にらい」という沖縄物産の店を見つけた。沖縄物産の店と言えば、大阪日本橋の駅の近くの「なんばウォーク」にある「ちゅらり」に何度も行ったことがあるし、名古屋の栄にも「わしたショップ」がある。それらに較べても「にらい」は店舗の面積も広く、品揃えも良いように思えた。名古屋に行く時には大須にはよく行くので、これからの巡回コ−スに入れたい店だ。欲しいものはいっぱいあったのだが、沖縄物産ではないが沖縄で普通に見られるA&Wのルートビアを買った。知らないうちにデザインが変わっていた。
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 余計な話はこれぐらいにして、本題の鱗翅学会の例会のことを書かなければいけない。今回は、特別講演として、池田清彦氏の「多細胞生物の進化メカニズム」という講演があった。今回出席しようと思ったのは、この講演があるからだ。今年になってから、池田氏の著書をいろいろ読んだが、まだご本人には直接会ったことがなかった。だから、是非とも直接話を聞いてみたいと思ったのだ。
 内容は、池田氏が主張している構造主義生物学的な考え方に基づいた進化のメカニズムについての話で、池田氏の普段の主張を知っていないとなかなか理解が困難な内容ではなかったかと思う。話はしょっちゅう脱線したが、ネオダーウィニズムに対する批判は、これまでよりよく理解できるようになったと思う。しかし、それにしてもベラベラとよく喋る人だと思った。頭の回転の速い人だと思う。
 懇親会にも出ようかと思っていたが、池田氏は所用で次の場所へ行かなければならないということで懇親会に出ないということがわかったので、懇親会は失礼することにしてしまった。
 会場を後にして、名古屋駅に向かい、西口の地下街「エスカ」にある「想吃担担面」で担々麺を食べた。時計を見ると「快速みえ」の時間までが微妙なので、本当は「汁なし」を食べたかったのだが、早く食べられると思われた「汁あり」を頼んだ。デザートはマンゴープリン。ここでマンゴープリンを食べるのは2回目だ。ちょっと高価だと思うが、やはり美味しい。
 ゆっくりしていては「快速みえ」に間に合わないので、急いで駅に向かったら、ちょうど列車が入ってきたところだった。行列が長かったので座れないと思っていたが、運良く座ることができた。座れなくても良かったので、もう少しゆっくりと担々麺を食べれば良かったと、若干後悔した。
 津駅で降りると冷え込んでいた。防寒具を身につけ、家に急いだ。

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2008年11月 2日 (日)

蓬平温泉から帰宅

 朝は6時半ごろ目が覚めた。まずは温泉に入る。やはり大きな湯船に浸かるのは気持ちが良い。
 この旅館の朝食も豪華だった。出されたものは食べないと気が済まない質なので、とにかく全部平らげる。ますます体重を気にしなければいけない。
 それにしてもこの旅館、設備も良かったし、女将さんから仲居さん、さらには送迎バスの運転をしてくれた人まで、みんな気持ちが良かった。旅館の名前は「よもやま館」。機会があればまた泊まってみたいものだ。
 バスで長岡駅まで送ってもらったところ、10時20分頃に駅前に着いた。もう5分ぐらい早ければ10:22発の普通列車に乗ることができ、特急料金を使わずに済むところだったが、それには間に合わなかったので、駅ビルの中で昼食などを買い、11時過ぎの特急「北越4号」に乗った。自由席だったので、座れないことはないにしても、家族がバラバラに座らなければいけないことを覚悟していたが、車内はせいぜい3割程度しか人が乗っておらず、余裕で席を選ぶことができた。連休の中日ということもあり、空いているのかも知れない。柏崎までは内陸を走るが、柏崎を過ぎると日本海が見える。思ったよりも天気が良かったので、海もしっかり見えた。
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 1時間弱の乗車で直江津へ。ここでは2分の乗り継ぎで長野行きの普通列車。115系の3両編成。それなりに混雑していたが、バラバラになりながらも全員着席できた。高田で降りる人が多く、ぼく以外の3人はぼくが知らないうちに1ボックスを占領していた。昼時なので、長岡で買った食べ物の包みを開く。荒井を過ぎると人もややまばらになってきた。高田から乗って来てぼくの隣に座ったオバサン。きちんとした服装をしているのだが、たくさん荷物を持って、かなりの量のお弁当の他にカップ酒も持っている。どんなオバサンだろうかと思った。
 途中の二本木駅はスイッチバック。ここで反対方向の列車と交換する。後から入って来た直江津行きの列車が先に発車した。ここから関山を過ぎるまではかなり急な登り勾配がある。電車もスピードが出ない感じだ。やがて進行方向右手に目立つ山が見えて来た。「妙高山だろう」とぼくが言うと、さきほどのオバサンが「正面の姿が良いのが妙高山で、その右側が火打山、その右がちょっと見えにくいけど焼山ですよ」と親切に教えてくれた。丁寧な言葉遣いで上品そうなオバサンだということがわかってきた。カップ酒が空いたあとは缶ビールを注いで飲んでいたので、そのギャップに驚いた。ローカル線に乗ると、こういう出会いもあるので面白い。
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 長野に着いたのは定刻の13:29。14:00発の大阪行き特急しなの16号は既に入線しており、乗車も始まっていた。10両編成のうち、自由席は前方の2両。ところが、まだ1人しか乗っていなかった。席は自由に選ぶことができた。定刻になっても席は半分ぐらいしか埋まっておらず、これからも連休の中日だからだろうと思わされた。篠ノ井を出発すると、まもなく日本三大車窓に数えられる姨捨。天気が良かったので、しっかり味わうことができた。
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 松本を過ぎたあたりから、ぼくを除く家族は全員熟睡状態。旅館の部屋は別々だったので知らないが、おそらく夜遅くまで起きていたのだろう。ぼくにとって列車の車内は貴重な読書空間。この列車を含め、この旅行で2冊の本を読み終える。
 名古屋からは約30分の待ち合わせで17:30発の快速みえ。既に数人の待ち行列ができていたが、今日は4両編成での運転だったので、余裕で着席できた。
 昨日からご馳走続きだったので、夕食は簡単に済まそうということになり、ぼくは津駅前のコンビニエンスストアでカップうどんを買って食べることにした。
 簡単に夕食を済ませた後、風呂に入り、そのあと恐る恐る体重計に乗ってみた。すると驚いたことに、出発する前と体重がほとんど変わっていなかった。よくよく考えてみれば、それほどカロリーの高いものばかりがあったわけでもないし、たくさん食べたものの、出るものもたくさん出ていた。まずは一安心。と言うことで、ほぼまる2日間にわたる旅行が終わった。

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2008年11月 1日 (土)

旧山古志村を眺める

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 長岡駅には朝7時過ぎに着き、まずはタクシーで親戚の家へ。朝食をいただき、しばらく休憩してから車で寺に向かう。11時過ぎに始まった法要には30人以上集まった。こんなにたくさん人が集まる法事は最近では珍しい、と住職が言っていた。その後、市内の某会館バスで某会館に向かい、そこで食事。かなりのご馳走だった。その某会館のバスで長岡駅まで送ってもらい、今度は蓬平温泉の旅館のバスで蓬平温泉へ。2004年の新潟県中越地震で大きな被害を受けた場所だ。到着した旅館は立派なものだった。地震のあと、復旧させたものだろう。
 宴会までには時間があったので、旧山古志村に行ってみることにした。蓬平温泉からは数キロの距離で、大して遠くはない。金倉山というところに展望台があることがわかったので、そこに向かうことにした。駐車場に車を停めて歩くこと5分ほど。立派な展望台があった。長岡から小千谷の町を見渡すことができ、反対側を見れば中越地震のときに孤立した旧山古志村が見える。大変展望の良い場所だ。
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 水を張った田圃のように見えるところは、田圃ではなく鯉を養殖するための池だということらしい。中越地震のときに、確かに鯉の話が出て来たのを憶えているが、旧山古志村の重要産業の一つであることをあらためて認識させられた。
 旅館に戻ってからは、風呂に入り、そのあとは大宴会。三年半前にもこの一族の法事があり、そのとき以来のカラオケもした。たまには大きな声を出して歌うのも良いものだと思う。何曲か歌ったが、沖縄関係の歌だけで3つも歌ってしまった。「島人の宝」は長男と一緒、「えんどうの花」は我が家一家そろって、「童神」は一人で。
 後から聞いた話だが、この旅館の仲居さんに中に、今年沖縄から出て来た人が一人いて、我が家一家が沖縄の歌を歌っていたので嬉しかった、という話をしていたとのことだ。沖縄はぼくにとっても心の故郷だ。
 朝もしっかり食べたし、昼もさらにしっかり食べたし、この宴会でもしっかり食べたので、帰ったときに体重計にのるのがちょっと怖い気がする。

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2008年10月31日 (金)

寝台列車に乗るのは本当に久しぶり

 妻の親戚関係の法事のために新潟県の長岡に出かけることになった。長岡駅近くの寺で法要が始まるのが11月1日の11時。それに間に合うためには、当日出かけていては間に合わないので、夜行で行く事は必然となった。なるべく安く上げようと、まずは名古屋から新潟に行く夜行バスを第一候補にしたのだが、敢無く切符を取る事ができず、どうしようかと思案した。その結果「テツ」の息子が発案した急行「きたぐに」での可能性を考えた。その結果、とることとなった経路は、津→(近鉄)→鶴橋→(大阪環状線)→大阪→(急行きたぐに)→長岡、帰りは長岡→直江津→長野→名古屋→津。料金がなるべく安くなることを考えた結果、購入したJRの切符は、大阪市内→名古屋市内(経由:東海道・北陸・信越・篠ノ井線・中央西)、直江津→長岡、長岡→直江津、名古屋市内←→津(快速みえ得ダネ4回数券)。最終的に手元に残った切符はこの5枚。
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 急行きたぐには583系寝台電車。この型の車輌には、昼間の座席には乗った事があるが、寝台車として乗るのは初めてだ。
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 寝台車として内部を見るのは初めてのこと。なかなか興味深い。通路はやや狭い感じがする。下段の寝台は十分に幅広いが、天井は低い。3段式だから仕方がないのだが。大人2人は下段、息子たちは中段と上段を使った。
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2008年10月17日 (金)

ハサミムシの同定の実習を行う

 今日は受講者が持参した材料の同定の実習だ。ハサミムシは種類数が少ないので同定に困るような種が出て来るとそれはそれで楽しみなのだが、幸か不幸か同定ができないような材料を持参した受講者はいなかった。予想したとおり、初心者にはヒゲジロハサミムシ、コバネハサミムシ(キアシハサミムシ)、コヒゲジロハサミムシの3種の間の同定が難しいようだという感触を得たが、十分に理解していただける説明ができたと思う。
 実習は忙しすぎることもなく、ヒマすぎることもなく、充実した時間を過ごせたと思う。このような充実感は、これまでのツクバ出張では感じたことは無かった。
 実習が終わり、他の講師や受講者の8名ほどで、果樹研究所の前の「天将」という店で昼食をとった。聞くところによれば、この店は、その昔果樹研究所の前身の園芸試験場が神奈川県の平塚にあった頃には園芸試験場の前で店を開いており、試験場のツクバ移転(昭和50年代前半頃のことだ)とともにツクバの果樹研究所(当時は果樹試験場)の前に移転してきたとのことだ。天ぷら定食840円。際立った特徴はなかったが、御飯と味噌汁は特に美味しいと感じられ、それなりの満足感はあった。
 その後、一緒に食事をしたMさんの車で受講者のYさんと一緒にみどりの駅まで送ってもらったら、すぐに電車が来た。すると目の前に現れたのはツクバの某研究所のYさん。受講者のYさんとぼくの間に席を移ってもらい、某研究所のYさんとぼくの共通の前任地(任期は重なっていないが)の石垣島の話などをしたので、電車の中で飽きることはなかった。
 例によって秋葉原で電車を降りてから、電気街の電子部品屋を数軒ハシゴした。そして自動販売機のペットボトル入りのドクターペッパーを土産にするために入手しようと思ったのだが、ペットボトル入りは無く、350ml入りの缶入りだけしかなかった。仕方がないので、帰りの新幹線の中で飲むために1本だけ買った。ペットボトル入りのドクターペッパーが入手できなかったことに落胆しながらJRに乗り、東京駅で土産を入手し、新幹線に飛び乗った。名古屋からは18:30発の快速みえ。列車を待つ人の列の後ろの方に並んだが、珍しく4両編成だったので、難なく座ることができた。
 新幹線と快速みえの中では持参した池田清彦氏の著書を読んだ。最近、氏の他の著書も読んだので、このブログには近いうちにその読後感を書こうかと思っている。
 風邪の症状の咳がまだ残っており、体調は万全ではないはずなのだが、今回の出張では、思いのほか疲れが残らなかった。今回は、これまでのツクバ出張のうちでは、もっとも充実感があるものだったが、その充実感が気分に影響して、疲れが残らなかったのではないかと思う。もっとも、昨日たくさん歩いた後遺症の筋肉痛が出そうな気がするのだが。

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2008年10月16日 (木)

あてにならないバス時刻表

 某プロジェクトの研修会の講師を依頼されて、ツクバにある果樹研究所に出かけた。ハサミムシの同定法についての講演だ。ハサミムシは、ぼくの研究生活の出発点における材料だったので、それをネタに話をする機会を作っていただいたことは、やはり嬉しい。
 インターネットで列車やバスの時刻を調べ、津駅7:21発の近鉄の急行(この列車は名古屋に到着するまでに特急に1回も追い抜かれない数少ない急行の一つだ。途中で2本の特急に抜かれる急行も少なからずあるので、1回も追い抜かれないのは気分が良い。)に乗り、つくばエクスプレスのみどりの駅に11:45分に到着し、みどりの駅の近くで食事をとって土浦行きのバスに乗って榎戸バス停で降りて、そこから果樹研究所まで歩いて行く計画を立てた。
 ところが、朝予定より早く準備ができたので、その1本前の7:11発の急行に乗る事ができた。すると名古屋では予定より10分早い新幹線に乗ることができ、しかもそれはN700系だった。東京で京浜東北線に乗り換え、日暮里で常磐線に乗り換え、北千住でつくばエクスプレスに乗り換えてみどりの駅には予定より30分早い11:15に着いてしまった。ちょっと時間は早いが食事にすることにした。入った店は駅から歩いて数分のところにある「にんたまラーメン」という看板が出ている店。津市にもあるチェーン店だが、興味惹かれる店だったので当初からチェックしていた。チェーン店なので大きな期待はしていなかったが、それなりに美味しく、スープも飲み干してしまった。と言うことは、ぼくにとっては合格点だった。
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 そこであらかじめ調べておいたバスの時刻までしばらくあったので、店の中で持参した新書を読んで時間をつぶし、バス停に向かった。するとどういうことか、インターネットに出ていたのとは時刻表が全く異なっており、バスは出たすぐあとだった。目的地の近くまで行く次のパスまでに40分近く待たなければいけないことがわかり唖然とした。そこで気を取り直し時刻を計算すると、歩いて行っても開始時刻に余裕で間に合うことがわかったので、黙々と歩き始めた。天気が良く気温もやや高かったが、幸い荷物も軽かったので、足取りも軽かった。歩き始めてしばらくすると、何やら誰かに後を付けられているような気がして後ろを振り向いた。すると、長身の若い女性が日傘をさして歩いていた。やがて間は徐々に縮まり、ついには追い抜かれてしまった。足を動かす速度はほとんど同じなのに、歩く速度が違うのだ。どうやらぼくの歩幅が小さいらしい。はっきり言って悔しかった。その女性も同じ方向に歩き、女性が交差点で信号に引っかかる度に、ぼくが少しずつ追い付くなどして、差が開いたり縮まったりした。その女性がサイエンス大通りの信号に引っかかったときに何とかまた追い付いた。女性はサイエンス大通りを渡ったところで方向を変え、ぼくと別れることになった。みどりの駅から歩いてきたとしたら、その女性もかなりの距離を距離を歩いたことになる。ぼくと同じ酔狂な人だったのだろうか。ぼくはそのまままっすぐ歩き、上横場の信号の少し手前で脇道に入り、目的地の果樹研究所に向かった。ラーメン屋を出てから約45分で着いた。かなり早足で歩いたつもりなので、距離は4kmぐらいあったのではないかと思う。それにしても良い運動になった。
 目的地に着いてから地元の人にバスの時刻が変わっていた話をすると、「関東鉄道バスはちょくちょくダイヤが変わるのに、それを知る方法がバス停に行かなければわからないんですよ」とのこと。それにしても、とんでもない目にあったと感じた。みどりの駅に着いたときに、ちゃんとバス停で時刻表を確認すべきだった。
 今回の出張では、ぼくのハサミムシのほか、寄生蜂、クモ、ゴミムシ、トンボの同定法の講演があった。ぼくのハサミムシは他の分類群と較べると、種数が遥かに少ないので、十分に余裕のある話ができたと思う。
 夜は研究所の中での懇親会。この類の懇親会はあまり好きではない。何故かと言えば、ぼくの体は食べ物として汁物を要求するのだが、この類の懇親会では汁物が出る事は決してなく、水分を摂ろうと思えば、ビールかジュースかウーロン茶を飲むしか無いのだ。懇親会を終えてホテルに行っても、体が汁物を欲していたのだが、そんなものはなく、我慢して寝ることにした。
 明日は受講者が持参した材料を見る実習だ。どんな材料が見られるか楽しみだ。

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2008年9月13日 (土)

四国高松へ

 明日から開催される日本昆虫学会第68回大会に参加するために四国高松に来た。朝、普段出勤するときよりも少し遅く家を出発して、寄り道をしたりしながら、ゆっくり移動した。いつも同じような交通機関を使うのは面白くないので、普通の人があまり使わない経路でやってきた。
 途中、大阪では例によって日本橋の電気街を2時間ほどぶらついた。今回は新しい店を2軒「開拓」した。1軒は前からあった店だが、その存在を知ったのが比較的最近であり、日曜祝日は休みなので、前回日本橋を訪ねたときには行けなかった店だ。もう1軒は、比較的最近になって秋葉原から進出してきた店だ。1軒目の店を訪ねたときには他の客は1人だけ。これでは商売がやっていけないはずだから、平日にはもっと客が来ているのだろう。夫婦と使用人1人でやっている感じだった。雰囲気は良かったし、これまでに入手できないものがいくつか入手できたので、それなりの収穫があった。2軒目の店は間口がそれほど広くなかったので、狭いのかと思ったのだが、中に入ってみると、奥はけっこう広かった。品揃えは何度も行ったことがある秋葉原の店よりも悪いのだろうと思っていたが、自分が判断できる範囲では秋葉原の店よりはっきり劣っているようには思えなかった。値段も秋葉原の店とほとんど同じように思われた。この2軒の店のほかにも、これまで行ったことがある店を2軒訪ねた。
 大阪から先は、のんびりのんびり。たっぷり時間を使って、高松に着いたのは夜8時前だった。使った経路はナイショ。たっぷり時間があったので、本もたくさん読むことができた。
 まずは、予約してあるホテルの方面に向かったのだが、高松へ来たのだからまずはうどんを食べようと思った。ところが、着いた時間が遅かったせいか、もう閉まっている店が多く、うどんを食べることができないのではないかと危ぶまれたが、目指すホテルのすぐ前にある店が9時まで開いているということがわかって事なきを得た。
 入った店はチェーン店と思われる店。冷たい「ぶっかけ」を注文したのだが、「おいしい!!!」というほどでは無かった。決して悪くはなかったのだが、讃岐うどんに期待をかけすぎていたのかも知れない。これから数日、うどんを食べる機会は多いだろうから、今日の店が美味しかったのかどうかは、おいおいわかってくだろう。
 ホテルは、今年の春の学会のときに宇都宮でも泊まったチェーンのホテル。もちろん清潔感はあるのだが、やや殺風景な感じ。安いのにネットが使えるから、まあ文句は言えない。

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2008年5月26日 (月)

10,000km

 今朝職場に着いたらバイクの走行距離が10,000kmを超えた。およそ2年9か月で地球を4分の1周したことになる。排気量はたかだか50ccだが、大したものだ。
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2008年5月23日 (金)

山梨県の有機栽培農家を訪ねる

 昨日から山梨県北部の有機栽培農家を訪ねてきた。KさんやAさんなど、山梨県職員の皆さんには大変お世話になった。
 去年の秋、ある研究会でKさんとAさんにお会いしたとき、山梨県では有機栽培でしっかり経営が成り立っている農家がありますから是非見にきてください、というお誘いがあり、それに応える形でそれが実現した。
 あまり詳しいことは書けないが、これまでぼくが持っていた有機栽培のイメージが完全に破壊されるような衝撃を受けた。もっとも、三重県という温暖地と山梨県というやや高冷な地域とでは事情が異なるのかも知れないが、それにしても大きな規模で有機栽培を実現している現場を目にして驚かないわけにはいかなかった。
 これから数年の間、環境保全型農業と関連した研究プロジェクトに関わることになっているが、今回の見聞は大きな意味のあるものになるに違いない。
 山梨県を訪れたのは、学生時代以来かも知れない。そのときはオオムラサキで有名な日野春に行った。今回はオオムラサキの季節にはまだ早すぎるので思いを馳せたに留まったが、あちこちに雑木林や松林がある環境は、ぼくにとって心安らぐ所にように思えた。昨日も今日も天気がよく、松林に行けばハルゼミが元気に鳴いていた。本当に久しぶりにハルゼミの合唱を聞くことができた。山もまだ残雪を抱いており、南アルプスの雄大さは圧倒的だった。八ヶ岳の雪はほんの僅かしか残っていないように思われたが、山を南から眺めていたから残雪が少なく見えたのだろう。
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 昨日の夜は山梨県の皆さんと情報交換を兼ね懇親を深めた。一次会の席はとりたてて甲斐の国らしい場所とも言えなかったが、二次会に連れて行ってただいた店は、「おざる」と言って甲斐の国の名物の「ほうとう」をざる饂飩のようにして食べさせる店に連れていっていただいた。本当はこの店を一次会の場所にしたかったとのことだったが、他のグループに先に押さえられて予約できなかったとのことだ。ざるに盛られた茹でて水切りした「ほうとう」を具の入った暖かい汁をつけて食べる。麺食いのぼくとしては、大変満足できるものだった。この日ばかりは減量作戦も休戦だ。
 今回は行きも帰りも中央本線の塩尻を経由した。中央本線の名古屋方と甲府方の乗り継ぎはあまり良くない。行きは塩尻から先は普通列車の乗り継ぎしかなく、帰りは特急列車を乗り継いだが30分近くも待たなければいけなかった。甲府は東京方面に出るのは便利なようだが、それ以外の方向に出るのは極めて不便な場所と言わざるをえない。リニア新幹線ができれば大変近くなるだろうが、リニア新幹線そのものは無くても良いようなものに思える。

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2008年5月17日 (土)

第90回記念関西病虫害研究会大会2日目

 昨日に引き続き第90回関西病虫害研究会に行った。今日は朝9時から始まるので、ちょっと朝が早い。名古屋大学は街の中心からはかなり離れているので、名古屋駅からだと最低でも30分はみておかないと間に合わない。今日は土曜日なので混雑はひどくなかったが、それでもやはり名古屋駅で地下鉄東山線に乗ったときには座れなかった。今日は土曜日なので600円で地下鉄と市バスが乗り放題の「ドニチエコきっぷ」が使えるので、それを使った。普通に往復するだけなら普通運賃を払った方が安いのだが、帰りに寄り道を考えているのだ。東山公園駅で降りて、会場まで歩く。電車を降りてから12〜13分で到着。本山で名城線に乗り換えて名古屋大学駅まで乗ると、乗り換えに時間がかかり、へたをすると10分も待たされるので、明らかに東山公園駅からの方が時間が節約できる。
 今日は一般講演のみ。今日受付をする人は少なく、受付業務ははっきり言ってヒマだった。一般講演が終わるちょっと前、受付を撤収し、帰ることにした。
 2人のKさんと一緒に東山線の東山公園駅に向かう。一緒の電車に乗ったが、2人のKさんは名古屋駅まで乗ったもようだが、ぼくは途中の栄駅で降りた。目的地は「わしたショップ」と三越名古屋栄店で開催されている沖縄物産展だ。息子から頼まれていたミキを探したのだが、どういうわけか、どちらにも見つからなかった。物産展の会場で「ナーベラー定食」を食べる。840円。どういうわけか知らないが、えらく待たされた。30分近く待たされたような気分だったが、実際には20分ぐらいだったかも知れない。味は悪くなかったが、ちょっと量が少なかった。まあ、体重制限中の身としては悪いことではない。でも、もう少し安くても良いのではないかと思った。
 最近は寝酒を飲むことが多くなり、一昨日それが切れてしまったので、泡盛を買うことにした。結局、物産展の方ではなく「わしたショップ」で買った。八重山の銘柄ばかり3合瓶を3本買った。「於茂登」と「白百合」は石垣島、「舞富名」は与那国島の泡盛だ。それぞれ1本892円。石垣島で買えば600円ぐらいのものだが、輸送費がかかっているだろうから、この値段は仕方がない。
 ついでに、沖縄そばの乾麺と「ちょっちゅね」も買う。
 泡盛を3本も買ったので、けっこうな重さになり、歩くのがちょっとつらくなってきた。しかし、もう一度物産展を物色してから名古屋駅に戻った。
 快速みえに乗ったが、列車が入ってくるまでには随分長い列ができた。中程に並んでいたので、何とか座席を確保できた。座ってから持参していた文庫本を取り出したのだが、眠気が襲ってきてなかなか頭に入らない仕方が無いので、文庫本を片付け、居眠りすることにした。途中ところどころで意識が戻るのだが、降りる一つ手前の鈴鹿駅の停車の時にも意識が戻った。もうすぐだから起きていよう、と思ったのだが、まだ居眠りをしてしまった。次に意識が戻った時には津の駅に着いており、列車の扉は既に開いていた。慌てて飛び降りて、なんとか松阪まで連れていかれずに済んだ。大していたことはしていないとは言え、やはりこの2日間で疲れたのだろう。
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2008年5月16日 (金)

第90回記念関西病虫害研究会大会1日目

 第90回記念関西病虫害研究会大会に参加した。と言っても、この研究会の庶務会計幹事をしている関係上、研究発表はほとんど聴くことができず、評議員会と総会で会場の中に入った以外は、受付に座っていた。
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 会場は、名古屋大学野依記念学術交流館。まだ新しい立派な建物だ、野依先生のノーベル賞の賞金が注ぎ込まれているのではないかと想像する。
 会場のすぐ前に生えているコナラの木の近くを通ると良い匂いがした。いかにもクワガタが来そうな匂いだ。見てみると、ゴマダラチョウが来ていた。写真を撮っていると、会長のT先生から「何してるの?」と声をかけられた。T先生も昆虫少年の前科があるので、ぼくの行動をよく理解していただけたのではないかと思う。ゴマダラチョウは年に2〜3回発生するが、幼虫で越冬して最初に羽化してくる世代の個体の翅は白っぽい。このコナラの樹液に来ていた個体もかなり白っぽい個体だった。
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 樹液に来ているのはチョウばかりではない。スズメバチも来ていた。オオスズメバチは大きいので迫力がある。その他にもやや小型の個体も来ていたが、コガタスズメバチかモンスズメバチか何かだろうと思った。
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 夜は大学内の食堂「花の木」で懇親会があった。普段はあまり飲まないのだが、名古屋大学ブランドのビールがあったのでコップに1杯だけ飲んだ。エールだったが、ラガーとは違ってコクがあり、味を楽しむビールとしてはラガーよりも上等だと思った。料理はやや少なかったが、味はまあまあ。体重制限中の身としては量が少なかったことは幸いと言えるかも知れなかった。
 会場に来る時は、JR大曽根駅から地下鉄名城線に乗って名古屋大学駅で降りた。ここに辿り着くまで、ずっと座ってくることができる程度に空いていた。地下鉄東山線に乗ってきた同僚の話では、名古屋駅から栄駅までの間は、とんでもない混雑だったそうだ。時刻は10時を過ぎていたから、ラッシュ時はとうに過ぎていると思うのだが。名古屋大学駅は地下のけっこう深いところにあり、地上に出るまでにけっこう時間がかかった。帰りは農学部の近くの門を出て地下鉄東山線の東山公園駅に出た。ちょっと道を間違えてしまい、やや遠回りになったが、名城線に乗るよりは早く帰り着くことができたのではないかと思う。

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2008年4月17日 (木)

ツクバへの交通機関を考える

 昨日から某プロジェクトの設計会議でツクバに出かけていた。ぼくの場合の「ツクバ」というのは、筑波研究学園都市の中の農林団地のことを言う。農林団地というのは、研究学園都市の中心から、南西の方向にかなりなずれた場所にあるので、公共交通機関が不便な場所だ。つくばエクスプレスが開通するまでは、東京駅八重洲口から筑波山行きの高速バスが出ていて、それが農林団地を経由していたので、それなりに使いでがあったのだが、それもなくなってしまった。現在のルートは、常磐線の牛久駅またはつくばエクスプレスの「みどりの」駅からバスに乗らなくてはならない。どちらもバスの本数が多いとは言えず、不便であることに違いない。
 今回は、行きも帰りも常磐線の牛久駅を使った。要するに、つくばエクスプレスがあまり好きではないのだ。
 何故かと言えば、あの秋葉原駅が気に入らないのだ。地上からホームに降りるには、確か6回もエスカレーターに乗らねばならず、さらにそのうちいくつかは、かなり長いエスカレーターだ。あのエスカレーターにうんざりしてしまうのだ。エスカレーターにうんざりさせられる秋葉原駅を使うのがいやならば、北千住駅を使う手がある。北千住駅なら、JRからの乗り換えは便利だ。しかし、よく考えてみれば、北千住駅を通るJRといえば常磐線なので、それならば乗り換えずにそのまま常磐線に乗ってしまった方が面倒くさくない。
 これに加え、もう一つ理由がある。牛久駅周辺は開けていて、食事をする場所が複数あるが、「みどりの」駅の周辺には、まだ何もないのだ。そういうことを考えると、牛久駅の方が安心なのだ。
 ということで、つくばエクスプレスができた当初は、つくばエクスプレスも使ったが、このところずっと常磐線ばかりを使っている。
 今日の設計会議が終わったあと、農林団地中央バス停に行くと、ちょうど良い拍子に牛久駅行きのバスが来た。みどりの駅行きはその10分後だ。ぼくは迷わず牛久駅行きに乗ったが、会議への参加者の9割はそれに乗らなかったので、おそらく10分後に来ると思われるみどりの駅行きに乗ったはずだ。
 どうやら、常磐線を避けてつくばエクスプレスを選ぶ人が多いということのようだ。まあ、人それぞれだからどうでも良い話なのだが、こういう点でも、ぼくは少数派に属してしまっているようだ。WindowsじゃなくてMacintoshを使っているし。
 まあ、それはともかく、今日はちゃんと時刻表を持参していたので、東京駅からはN700系のぞみを狙ってそれに乗った。これまで、名古屋から東京に向かう時に、1本待てばN700系に乗れるというチャンスがあったのだが、そのときは時刻表を持参していなかったので、名古屋駅を出発したときに隣のホームに入ってきたN700を見てちょっと悔しかったということもあった。
 乗れるのぞみを1本見送った時間に乗り込んだので、自由席もガラガラだった。結果論ではあるが、名古屋まで自由席には空席があったので、時間ギリギリでもちゃんと座れたことになる。
 車内は明るく、これまでの700系より気持ちが良い。発光ダイオードの案内板も大きくなり、白色発光ダイオードも使われており、見やすくなった。座席の横の下にはコンセントがあり、ノートパソコンの電源アダプターなども使えそそうだ。今回はノートパソコンを持参しなかったので関係なかったが。これからN700系の数は増えてくるということだから、また乗る機会もあるだろう。
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2008年4月13日 (日)

きんてつ鉄道まつり 2008 in 塩浜

 三男坊につきあって「きんてつ鉄道まつり 2008 in 塩浜」に行ってきた。去年は同窓会で浜名湖方面に出かけていたので息子たちだけが行ったのだが、その日には大きな地震があり、浜松から急いで名古屋に戻って、動き始めた近鉄に乗って、電車2本を乗り継いで塩浜駅まで辿り着いて、塩浜駅から最初に動き始めた電車に乗ることがでできたと思ったら、その電車に息子たちが乗っていた。幸い、今年はそんなハプニングは無かった。
 それはともかく、とにかく人が多く、何を体験しようと思っても、行列に並ばなければいけないのには往生した。
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 結果的に唯一の楽しみは昼食。会場で店を出していた伊勢若松の穴子料理専門店「魚長」の弁当を食べた。840円也。味は値段なりの結構なものだった。
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 一応、記念撮影も。
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 とにかく行列に並ぶことに「疲れた!」の一言。昨日の藤原岳登山の方が疲れは少なかったと思う。

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2008年3月25日 (火)

24年ぶりに宇都宮へ

 第52回日本応用動物昆虫学会に参加するために宇都宮に来た。
 まだ学生だった1984年にも第38回日本応用動物昆虫学会が宇都宮で開催されたので、初めてではないのだが、そのときのことはほとんど記憶に残っておらず、この24年の間にどこがどう変わったのかわからない。24年前には宇都宮駅東口にある「餃子の像」が無かったことは確かだと思う。
 それはともかく、ここに来るまで、電車は混雑していた。上野から宇都宮までは、在来線の普通列車のグリーン車に乗ったが、なかなか快適だった。普段はなかなか落ち着いて本を読めないので、電車に乗っている間は読書の時間だと考えているのだが、普通列車のグリーン車は良い選択肢だと思った。

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2008年3月15日 (土)

T先生の最終講義と退職祝賀会

 T先生の最終講義と退職祝賀会のために京都に出かけた。交通費節減のため、行きも帰りも草津線経由 だ。
 お昼ちょっと前に京都駅に着いて、すぐに近くの有名ラーメン店に出かけた。どういう理由か知らないが、隣同士に2軒のラーメン店があり、その両方ともが有名だ。
 店の前に着いたのが、ほとんど正午頃。目指す店の方には既に十数人の行列が店の前に出ていた。隣の店は、外で待つ人はいなかったものの、店内は満席のように見えた。待つこと十数分。その間、隣の店にもときどき行列ができた。
 隣の店のラーメンは汁の色が濃いという特徴があるが、目指した店のラーメンは特徴と呼べるようなものは無い。醤油味で、チャーシューが3枚、少々のメンマ、少々のもやしとやや多めのネギが乗っているだけだ。この店で食べるのは2回目だが、前食べた時の印象はあまり残っていない。今回食べてみて、やはり美味しいラーメンだということがわかった。また機会があれば行ってみたい。
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 店を出たのは12時半頃だったが、まだ店の外には十数人が列を作っていた。バスに乗ろうと塩小路高倉のバス停まで行くと、ちょうど目指す17系統のバスが来たので乗り込んだ。バスでは座れないのではないかと思ったのだが、かなり空席があったのは意外だった。河原町通りを通るこのバスは、渋滞で時間がかかるかと思っていたが、それも大したことはなく、1時頃には京大農学部前に着いた。
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 着く直前に見えた百万遍智恩寺にはたいそうな人だかりがあったので、ちょっと気になって行ってみた。どうやら、何かの法要の日に合わせてフリーマーケットが開催されているようだった。人ごみのなか、いろいろ物色したが、それほど興味を惹かれるものは無かった。
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 定刻の少し前に会場に着くと、既にかなりの人が集まっていた。顔見知りの数名と雑談。
 T先生の最終講義は、T先生の研究遍歴の紹介だった。T先生は学生時代の研究室の助教授だったし、学位論文の副査もしていただいたのだが、T先生の研究の全貌を把握していたわけではなかったので、この講義を聴いて、やっと初めてT先生が考えておられたことがわかったような気がした。ようするに、これまでT先生の研究について、ゆっくりと話を聞くことがなかったということだ。
 この講義の様子もカメラに収めようと思ったのだが、何とカメラのトラブル。カメラがいうことをきかなくなってしまった。このカメラで初めて写真を撮ったのが2002年11月29日だから5年数か月ということになる。おかしくなっても仕方がない。コンパクトでポケットにも入れられる大きさなのだが、200万画素という時代遅れのものなので、修理は諦めて新しいのを買わないといけないかも知れない。
 夕方は市内のホテルでパーティー。80人ほどが集まったとのことのようだ。ここでもT先生のことがいろいろ紹介される。
 パーティーは7時までということになっていたが、7時14分の地下鉄に乗らないと予定の列車で帰れないので、ちょっと早目に失礼した。
 帰りは山科駅から草津線に直通の列車に乗った。草津線に使われている列車には古いの新しいの色々あるが、行きは113系7700番台という比較的新しいものだったが、帰りのこの列車は、オリジナルの113系だった。座席の質が悪いだけでなく、車体のバネも悪いようで、乗り心地はあまりよくない。
 柘植での乗り換えはそれほど待たされることは無かったが、亀山では30分以上の待ち合わせ。津に帰り着いたのは午後10時14分。疲れが溜まらないギリギリの時間という感じだ。

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2008年3月 9日 (日)

三重昆虫談話会2008年総会

 今日は午後から三重昆虫談話会2008年総会に出かけた。途中、偕楽公園の中を通ったのだが、花見の準備が着々と進み、茶店の設営がかなり進んでいた。津に引っ越して来たときは桜の花盛りで、初めて偕楽公園に行ったのも花見の季節だった。だから、公園の中に茶店があるのは当たり前のことかと思ったのだが、これはツツジの花が終わる頃までのことで、そのあと茶店は撤収され、梅雨時には空き地になってしまって、ああそういうものか、と思ったものだ。
 話は変わるが、今朝、近鉄の津新町駅のちょっと南で、名古屋から大阪難波に向かう特急アーバンライナーに、踏切を突き破って車が衝突するという事故があり、近鉄名古屋線の名古屋発着の特急と、津新町と伊勢中川の間の全列車が止まっていたため、広い三重県のあちこちから集まってくるメンバーの何人かはこの事故のあおりを食って、会場に到着するのが遅れてしまった人もいたようだ。この車を運転していたのはボリビア人だということだが、何を血迷っていたのだろうか?
 総会では、会務報告等のあと3題の講演があった。

  1. 官能健次:三重県のヒゲボソゾウムシについて
  2. 河野勝行:アシブトヘリカメムシとそれに便乗する卵寄生蜂の生態
  3. 間野隆裕:愛知県と三重県のレッドリスト選定ガ類について

 ヒゲボソゾウムシの仲間は、あの養老孟司先生が熱心に調べているということは知っていたが、どんな虫なのかはよく知らなかった。ゾウムシに関して素人のぼくにとっては、お互いに似ていて、どこで種の識別をしているのかわからない状態だったが、三重県南部あたりでは、何種ものヒゲボソゾウムシが異所的に分布しているということだった。このあたりで、ひとつの種の分化が起こったことは疑いないところだろうが、まだまだわからないことがいっぱいあることのようだ。
 アシブトヘリカメムシの卵寄生蜂の話は、既に論文に発表したものだが、口頭で発表したことは一度も無いので、この話が受けているのだかどうだか、まったく自分では把握できていなかったものだ。総会での講演を依頼されて、是非とも喋らせて欲しいとお願いした内容だ。
 アシブトヘリカメムシは日本では先島諸島に分布している種で、非常に大型のカメムシだ。飛んでいる成虫を捕獲したところ、それに体長2mmほどの蜂が付着しているのに気が付いたのが話の発端だ。その蜂がカメムシの卵寄生蜂に違いないと直感して調べたところ、それは確かにカメムシの卵寄生蜂だった。アシブトヘリカメムシの季節的な生活史のこともよくわかっていなかったのだが、4月から7月にかけてはキク科のキールンフジバカマで繁殖し、7月から10月にかけてはリュウキュウコマツナギなどマメ科植物で繁殖することがわかった。季節的にカメムシが寄主植物を転換することは、一般的には寄生性天敵から逃避するのに有利に働くはずだが、カメムシにこの卵寄生蜂が便乗している割合は、寄主植物を転換しても季節とともに上昇した。つまり、この卵寄生蜂はカメムシの逃避戦略をすり抜けてカメムシの卵に寄生する手段を得ていることになる。
 このあたりまではわかったのだが、どのようにして卵寄生蜂がカメムシを見つけるのかとか、カメムシも卵寄生蜂も見つからない冬の間、これらの虫たちがどのようにしているのかなどということは、まだわかっておらず、面白い研究テーマがいっぱい残されている。石垣島にまた住む機会があれば、調べてやりたいと思っているのだが、その機会が訪れる可能性は低いように思われる。
 レッドリストに載せるか載せないかは、なかなか難しい問題だ。レッドリストの話は、随分前から話には聞いているのだが、今ひとつピンと来ない。間野さんのお話は、その苦労が伝わってくるような話だった。
 総会のあとは懇親会に出たのだが、懇親会に出た人の中では、自分が最も若い世代であることにあらためて気付いて愕然とした。厳密に数えれば、自分よりほんの少し若い人が一人いたのが、学年は同じなので、自分がもっとも若いのには違いない。1学年上の人が2人いたし、それより少し上の人も数人いたので、それほど居心地の悪さを感じたわけではないのだが、それにしても30年以上も「若手」をやっているのは、かなり異常な感じがする。20代、30代のメンバーが欠けているのは、悩みのタネだと思う。虫のことを面白いと感じないのか、それともこういう会に入って交流するのを好まないのかわからないが、こうやって30年以上も楽しめる虫という趣味を通して同士と交流するのは、決して損をすることは無いと思うのだが。
 まあ、とにかく、何らかの形で、虫を調べる、という文化を伝えたいと思うので、できる限りのことはやりたいと思う。
 今日の会には、三重大学で長く教鞭を執られており、三重昆虫談話会にも深く関わっておられ、1995年に亡くなられた山下善平先生のご子息(と言っても、私より一回り以上年上)がご挨拶においでになった。このことは山下善平先生と三重昆虫談話会が非常に良い関係にあったことを証明している。最近の大学の先生は、昔より忙しくなったことは確かだと思うが、アマチュア同好者と関係を持たれる先生は少なく、大変寂しいことだと思う。アマチュアとプロの分断は不幸なことだと思う。以前、キノコの研究ではアマとプロがうまく共同歩調をとっているという新聞記事を見て羨ましく思ったものだ。
 アシブトヘリカメムシの話は受けるかどうか、心配していたのだが懇親会の席で次のような話を聞いて、ちょっと嬉しくなった。三重の虫屋のベテランのNさんが、かつてルーミスシジミの母蝶を採ってきてケージの中で産卵させたところ、産まれたルーミスシジミの卵から寄生蜂が出てきたとのこと。このルーミスシジミの母蝶に卵寄生蜂が便乗していた可能性はけっこう高いのではないかと思う。アマチュアの蝶屋さんは、卵や幼虫や蛹から寄生蜂が出て来ると頭にきて捨ててしまうことが多いのではないかと思うのだが、生態学的には大変貴重なデータである可能性もあるので、簡単に寄生蜂を捨てないで欲しいと思う。

 アシブトヘリカメムシの卵寄生蜂の原著論文は下記のとおり。興味を持たれた方は読んでいただきたいと思う。
・Kohno, K, (2002) Phoresy by an egg parasitoid, Protelenomus sp. (Hymenoptera: Scelionidae), on the coreid bug, Anoplocnemis phasiana (Heteroptera: Coreidae). Entomological Science 5 (3): 281-285. [on CiNii]

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2007年12月 1日 (土)

日本鱗翅学会東海支部第136回例会

 名城大学で開催された「日本鱗翅学会東海支部第136回例会」に出かけた。今回の目玉は昆虫写真家の海野和男氏の特別講演だ。自分は日本鱗翅学会の会員ではないが、会員でなくとも広く一般への参加を呼びかけていたようだ。
 9:42津駅発の快速みえ4号で名古屋に向かった。休日の快速みえ2号と4号は4両編成だと書かれていた。津駅を出たときは、ほぼ座席が埋まった感じであったので、2両編成ではきついだろう。途中、桑名でもたくさん乗り込んできたので、2両編成ではとてもさばききれない人数だと思った。名古屋の駅に進入する直前、いつもは停車しない場所で信号停止となった。隣の中央線の電車も駅に進入する直前で足止めをくらっている感じだった。数分遅れて名古屋駅に着くと、中央線のどこかで人身事故があって、中央線のダイヤが乱れていたとのことのようだった。関西本線と中央本線は名古屋駅でホームを一部共用しているので、そのとばっちりう受けた感じだった。
 名古屋から金山に出て、さらに地下鉄で上前津まで出て、例によって電子部品屋を冷やかした。時間があまりなかったので、上前津駅近くの吉野家で牛丼を食べ、地下鉄鶴舞線に乗って塩釜口に向かった。

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 名城大学に行くのは初めてだ。名城大学は名古屋の私立大学の中ではおそらく一番大きな大学だと思うのだが、キャンパスもそれなりに広く、会場を探すのがちょっと大変だった。定刻15分ぐらい前に会場の講義室に入ると、既にたくさんの人が集まっていた。さすがに海野さんの人気のなせる業だろう。
 海野さんの話は、自分の生い立ちから虫の世界に入るところから始まり、海外へと話が及んだ。東南アジアの昆虫は自分にとっても少し馴染みがあるが、南米の昆虫となると、見慣れないものばかりで新鮮だった。夥しい数の蝶が飛び交う道も素晴らしかった。
 海野さんの話し振りから感じられる海野さんの自然観は自分のものとそれほど大きく違わないように感じられた。だからこそ、海野さんの話を自然に聴くことができたのだろうと思う。それがそのまま海野さんの作品としての写真やビデオ映像になっているのだと思う。
 海野さんとは初対面だったが、ぼくにとっての海野さんは、昆虫写真を撮るための技術を教えてくれた師匠だ。もちろん、海野さんの著書を通してだ。講演のあと少し言葉を交わすことができ、感激した。
 その後3題の一般講演があったが、学術的なことに面白さを感じるぼくとしては、少々的を外しているものだった。レッドデータブックの話は少なからず政治的なこともあり、また、自分自身で直接関わったことがなかったので、ちゃんと真面目に話を聞いて、レッドデータブックのことを少しは理解できた感じがした。
 例会が終了したあとは懇親会があって、そこでまた海野さんと話ができたら良かったのだが、家庭の事情で遅く帰る訳にはいかなかったので、涙を飲んで欠席した。
 名古屋駅の西口の地下街エスカの「想吃坦々麺」で担々麺を食べた。上海の担々麺を知っている友人の話だと、かなり本場物に近いということらしいのだが、とにかく美味しく食べることができた。しかし、850円という値段はちょっと高い気がするが、場所を考えればこの程度の値段も仕方がないのかも知れない。
 ここから名古屋駅の太閤口に近いので、関西本線の列車に乗るには都合が良い。19:30発の快速みえ21号に乗ることになった。ホームに上がって行くと行列ができていた。入ってきた列車は2両編成だったが、行列を作っていた人のほとんどすべてが着席できた。この時間の快速みえは混雑することが多いという印象だったが、今日はそれほどでもなかった。列車の中は読書の時間。ゆっくり本を読むことができた。

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2007年10月21日 (日)

第42回名古屋昆虫同好会虫供養

 今年も名古屋昆虫同好会の虫供養に出かけた。供養したから免罪されるとは思っていないが、供養することによって、日頃たくさんの虫を殺していることを意識させられる。もっとも、ここ10年ぐらいは、アマチュアとしての昆虫採集で殺した虫の数よりも、仕事で殺している虫の数の方が遥かに多いので、職場で虫供養をやっても良いぐらいだと思っている。
 せっかく名古屋まで出かけるので、ちょっと早目の快速みえ4号に乗った。4両編成だったので、空席がたくさんあり、ゆったりと座って行くことができた。桑名まで来て、やっと立ち席の客が出るようになった。名古屋からは中央線で金山まで出て、さらに地下鉄名城線に乗って上前津に行き、大須界隈の電子部品屋を冷やかした。これまで何度か入ったことがある店で、思わぬ出物と言うか、もう入手できないのではないかと思われる部品が手に入って、アマチュア無線家としてのぼくは嬉しくなってしまった。もっとも、その分、散財してしまったわけだが。
 昼食は上前津界隈で済ませ、これまでに乗ったことがなかった名城線の八事から名古屋大学方面に乗ってみることにした。上前津から虫供養が行われる桃厳寺の最寄り駅の本山まで行くには、名城線で栄に出て、そこで東山線に乗り換えるのが早いが、名城線左回りで乗り換え無しに名古屋大学まで行き、そこから桃厳寺まで歩くことにした。時間が余計にかかった分だけ、持って行った本をしっかり読むことができた。
 名古屋大学から桃厳寺までは、山手通りを本山に向かって坂を下っていくことになる。気温は低目だったが、天気は良かったので、歩いていると汗が滲んできた。定刻の午後1時にはちょっと遅れてしまったが、住職はまだ来ておらず、ちょうどこれから始まるところだった。読経の中での焼香。今年殺した虫のことがいろいろ思い出される。
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 虫供養のあとは幹事会。来年度の総会にかけられる昆虫同好会の事業計画の案が決められる。これまで、いくつかの昆虫同好会に所属したことがあるが、これほどしっかり事業運営がされている昆虫同好会は他に知らない。
 帰りは大人しく、本山から東山線に乗って名古屋に出て、快速みえ19号に乗ることにした。時間があると判断したので、名古屋駅5,6番ホームの端の立ち食いのきしめんを食べた。対して美味しいものとも思わないが、きしめんの麺の食感は好きだ。食べ終わって関西本線のホームに行ったところ、まだ列車は入ってきていなかったが、乗ろうとする客の長蛇の列が出来ていた。快速みえ19号は2両編成。当然の事ながら、座ることはできなかった。いつもは桑名で降りる客が多いので桑名で座れるかと思ったのだが、そこでは座ることはできず、次の四日市で何とか座ることができた。いつもはこの四日市か鈴鹿あたりで空席が目立つようになるのだが、何と今日は津まで立ち席の客がいた。快速みえの乗客が徐々に増えてきているのだろうか?そろそろ全列車が4両編成になっても良いと思うのだが、そういうわけにはいかないのだろうか?

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2007年9月24日 (月)

石垣島紀行第6日目(8月4日)

石垣島紀行第5日目(8月3日)から続く)
 石垣島での滞在も、今日で最後になった。あとは帰るだけと言えば確かにそうなのだが、乗る予定の飛行機は午後なので、昼過ぎまでは時間がある。
 釣り道具は送り返してしまったので、今日はもう釣りはできない。そうなると息子たちが目覚める時刻も遅くなってくる。
 朝食はバイキング。エストランの入り口で案内している従業員が中に案内してくれる。ところが、中に入ってみると、空席が無い。空席待ちの人がレストランの入り口を入った場所に溜まってしまっていたのだ。それなりの値段をとっているホテルなのだから、このような対応はいただけない。今では、チェーンのファミリーレストランや回転寿司でも、入り口のところの椅子があり、そこで空席ができるまで待てるようになっているのに。
 しばし待って席に着いた。我が家一行が席に着いた頃からは、徐々に空席が増えてきた。いちばん混雑する時間にレストランに行ってしまったのが悪かったと言えば悪かったが、ホテルの対応も、もう少し考えて欲しいものだと思った。
 食事の後、チェックアウトする前に、ホテルのすぐ前の新しい離島ターミナルの中を探検してみる。かつては、それぞれの船会社の事務所内の小さな待合室で待たなければいけないような状態だったが、新しいターミナルビルには待合室ばかりでなく、売店なども入っており、船の運航予定も電光掲示されている。現在の石垣空港のターミナルより立派なぐらいだ。浮き桟橋の数も増えて、船の乗り降りも楽になったはずだ。
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 ターミナルビルを出ると、目の前に「海人(うみんちゅ)」ブランドで有名な手作り館の本店がある。3年半前に、すでにこの店は存在していたが、外装が派手になっていた。かつては、さんばし通りに小さな店を構えていたことを思えば、大変貌だ。かつては、フリントずれしたTシャツなどをさんばし通りの店で安く買えたが、今ではさんばし通りの店も無くなってそういうことをしなくなったか、あるいは流通ルートが変わったためか、簡単には入手できなくなったようだ。Tシャツの材質は良いので、多少のプリントずれした品物を安く買えたのは重宝していたのだが。
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 ホテルをチェックアウトして、息子たちをかつて住んでいた団地に送り届け、妻と二人でまたバンナ岳スカイラインに向かった。とりあえず「エメラルドの海を見る展望台」へ。昨日の夜に行ったときには暗くてよくわからなかった部分もあったが、昼間に見てあらためて驚いた。ここまで立派にしなくても良いのに、と言うのが偽らざる感想だ。唯一評価できる点は、便所が整備されたことだろうか。
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 展望台に向かうと、植え込みにゲッキツ Murraya exotica が植えられているのに気が付いた。ゲッキツは柑橘類の致命的な病気であるカンキツグリーニング病(黄龍病、huanglongbing)の病原体であるバクテリアを媒介するミカンキジラミ Diaphorina citri Kuwayama, 1908 が好む植物で、ミカンキジラミはこのゲッキツで爆発的に個体数が増えることがある。沖縄県の農業関係の行政部局では、ゲッキツを除去することを奨励してるのだが、公園を整備する部局ではどうやらこのことを理解していないとしか思えない。行政の縦割りが問題だとされることは多いので、このことに驚きはしないが、どうにかならないかと思う。
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 「エメラルドの海を見る展望台」からの展望は良く、市街地を一望できる。この場所まで大型バスを入れて観光コースにしようというのは理解できないことはない。
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 我が家が3年半前まで住んでいた団地も望むことができる。もっとも、我が家は3階建ての1階だったので、この場所からはほとんど見えない。
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 ここからさらに「渡り鳥観測所」の方に向かおうと思ったのだが、工事中で進入できなかった。仕方がないので八重守の塔のところまで戻り、Eゾーンを通ってCゾーン側の登り口から「渡り鳥観測所」に向かった。
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 「渡り鳥観測所」からは名蔵アンパル、ぶざま岳、屋良部岳、於茂登岳などが奇麗に望める。
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 於茂登連山のほぼ西の端のピークがぶざま岳。「ぶざま」とは奇妙な名前だが、どのような意味なのかは知らない。謂われはあるのだろうが、ぼくにとって既に「ぶざま岳」という名前は記号と化している。
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 かつての職場もよく見える。またこの場所で仕事をする機会を得たいものだ。
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 山から下りて、再び街へ。八重泉酒造が製造している「黒麹酢」を買うためだ。これは妻と三男の好物だ。津市界隈では買えないので、ちょっと多めに買うので、飛行機に持ち込むのもためらわれる。美崎町にある稲福酒販に行き、発送してもらうことにした。
 再び団地に行き、息子たちを回収し、食事をとる。何処で食事をとるかという話になると、なかなか意見が一致しないのが我が家の困ったところだ。結局、「島こしょう」という新しい店に入る。一昨日、妻が食事会に行った店だ。あまり食欲が無かったので、ゆしどうふだけを食べた。
 レンタカーを返却し、空港へ。ちょっと時間に余裕がありすぎた。それでも送迎デッキなどで十分に時間をつぶせる。美味しいソフトクリームもゆっくり食べる。
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 そうこうしているうちに、知人友人がたくさん見送りにきてくれた。フクザワさんの奥さんは、息子さんの誕生日だということで作った、豚の三枚肉の煮付けやおいなりさんを持ってきてくれた。フクザワさんのご主人は北海道の出身だが、奥さんは沖縄本島の出身だ。沖縄の人は大雑把なことも多いのだが、友達になれば本当に細かいことを気遣ってくれる。いちゃりばちょーでー、だ。
 飛行機はターミナルから一番近いスポットだったので、ターミナルからは徒歩で飛行機に。送迎デッキではみんなが手を振って見送ってくれる。自分たちも何度も送迎デッキから人を見送ったが、やはり見送られるのは寂しさを感じる。また石垣島を訪れたいものだ。
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 JTA616便はほぼ定刻に石垣空港を出発した。天気は良く、最後の石垣島の姿を見送ることができた。
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 JTA616便からは途中、宮古島も奇麗に望むことができ、慶良間諸島のすぐ近くを通って北上し、大きく右に旋回して残波岬を望むあたりから南に向かって那覇空港に着陸した。今日は夏らしく南風が吹いていたらしい。
 那覇空港では少々待ち時間があったので、一旦外に出てA&Wでルートビアを飲もうとも思ったのだが(この旅行の一つの目的としてA&Wのルートビアを飲むことがあったが、ここまで果たせていたなった)、長男と三男が「ゆいレール」の写真を撮りたいというので、それにつきあうことになり、結局ターミナルビルの中に店があるにもかかわらず、A&Wに入ることは出来なかった。
 那覇空港からはJAL2086便伊丹空港行き。ほぼ定刻に出発。やはり南向きに離陸。今回は通路側の席だったので、外はよく見ることができなかった。伊丹空港に着いてターミナルビルを出たのは18:40頃。リムジンバスの乗り場に向かう。切符を買って乗り場へ行くと、今日は淀川の花火大会が開催されているので、阪神高速が渋滞し、上本町まで50分から1時間ぐらいかかるとのこと。モノレールと地下鉄を乗り継いで行った方が早かったかも知れないが、切符も買ってしまったので、そのままバスを待つ。19:00定刻に出発したバスは上本町に19:48頃到着。近鉄の駅まで急いで20:03発のアーバンラーナーに乗ることができた。電車の中で、フクザワさんにいただいた煮付けとおいなりさんをいただく。21:25頃津駅に到着し、普段は歩く所だが、今日は荷物があるのでタクシーに乗る。ワンメーターなのでちょっと申し訳ないと思い、「すぐ近くで申し訳ないんですけど」と言うと、運転手さんも「もうこれが済めば営業所に戻りますから良いです」と言ってくれた。
 これで、6日間の「濃い」旅が終わった。

(2007年夏の石垣島紀行これにて完)

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2007年9月20日 (木)

福島はおそらくこの時期にしては珍しいぐらい暑かった

 朝は6時前に自然に目覚め、檜風呂に入った。朝食はバイキング形式だったが、もうそれなりの歳なので、自分の腹具合に合わせて食べた。何故かコーヒーカップが異様に小さく、何度もお代わりをする事になった。8時30分に旅館を出発し、また研究所へ。
 研修は昼までで終わり、路線バスで福島駅へ。しかし、この2日間、意外に暑く、結果的にはずっとTシャツで過ごし、持参した長袖シャツが登場する機会はなかった。やはり、台風の影響で暑いのだろうか?
 福島駅にはほぼ予定通りの時刻に着いたが、「つばさ」に乗ろうと思うとゆっくり食事ができないので、弁当を買った。妻のリクエストの「ままどおる」を土産に買う。ついでに職場への土産も同じものにする。
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 13:17発の「つばさ114号」の自由席は空いていた。駅で買った弁当を食べ、車内販売が来るのを待った。本を読みながら待っていたのだが、「峠の力餅」のことが頭にあると、読んでいる本の内容があまり頭に入らない感じがする。宇都宮を過ぎたあたりで、やっと車内販売が回ってきた。「峠の力餅はありますか?」と訊くと、「あります」という答えに一安心。
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 新幹線は上野で降り、例によって秋葉原へ。決してメイド喫茶に行くためではない。最近は新幹線の上野駅を利用することは無かったが、地下4階ということで、随分深いところにある。長いエレベータに乗って、やっと地上へ。しかし、ツクバエクスプレスの秋葉原駅よりは、多少マシかも知れない。
 秋葉原では電子パーツ屋をハシゴする。今まで入ったことが無かった(と言うより、その存在を最近まで知らなかった)日米商事へ。いかにもジャンク屋らしい雰囲気で、悪くはない。その後、いつもの鈴商、秋月電子をまわり、秋葉原ラジオデパートへ。最近はここを素通りばかりしていたが、久しぶりに中に入ってみると、古いものもあり、面白かった。さらにニュー秋葉原センターの小沢電気商会へ。ここは、何度かウィンドウショッピングしたことがある場所だが、買い物をしたことは無かった。とにかく、古いものがいっぱい並んでいるし、雑然としており、店主が気難しそうな感じがしていたからだ。ところが実際に話をしてみると、こちらがアマチュア無線家だとわかると、気さくに応じてくれた。また東京方面に出張があれば、立ち寄ってみたい。
 帰りは東京から「のぞみ49号」に乗った。博多行きだったのでN700系を期待したが、500系だった。以前山陽新幹線区間を乗ったとき、あまり良いが無かったのだが、乗り心地はそれほど悪いことも無かった。もっとも、荷物を載せる棚が小さすぎるのは問題だと思う。
 この新幹線に乗った時、ぼくは持参したタオルでさかんに汗を拭いていたのだが、隣に座ったぼくよりちょっと若そうなビジネスマンも、やはりタオルで汗を拭いていた。「暑いですねぇ」と声をかけると、応じてくれたので、しばし雑談。京葉線のホームから新幹線のホームまで歩いてきたら、汗が出て仕方がなかったとのこと。でも、このビジネスマンとは新横浜ですぐにお別れだった。東京と新横浜の間はそれほど距離も長い訳ではないのに新幹線に乗るというのは、ぼくには理解しにくいのだが、ビジネスマンはそれだけ忙しいということなのだろう。
 名古屋で降りて新幹線のホームできしめんを食べた。久しぶりにきしめんを食べたが、それなりに美味しいと思った。一応腹ごしらえをしてから近鉄の乗り場へ。それほど疲れていないので、特急料金は節約して急行に乗った。クロスシートを期待して、ホームの前寄りに並んだのだが、6両編成のすべてがロングシートだった。とりあえず席だけは確保できたので、文句は言わないことにする。21時過ぎに津駅に到着。それほど疲れていないので、明日の仕事は大丈夫、だはず。

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2007年9月19日 (水)

意外な場所でハマベハサミムシに出会う

 津駅発7時16分の近鉄特急に乗ったらほぼ満席だった。この時間帯に特別料金(しかもやや高価)が必要な電車にこれだけの人が乗っていることは、やはりすごいことだと思った。お金を余計に使ってでも、楽に座って行きたいということなのだろう、と思ったのは、自分がそう思ったからだ。名古屋からは「のぞみ206号」の禁煙の自由席。近鉄から乗り継ぐと新幹線のホームのほぼ端から端まで歩かなければいけない。東京では8分の乗り継ぎ時間で「Maxやまびこ・つばさ111号」の自由席に乗った。乗り換え改札に行くために北の方に進んだので、何となくそのまま北の方に歩いたら、前の方に連結されている「つばさ111号」の方だった。つばさにはまだ乗った事が無かったので、それに乗ることにした。自由席の場所を車掌さん(女性)に訊ねると、一番前の16、17号車とのこと。東京駅でも、結局ホームの端から端まで歩くことになってしまった。Maxの2階建の車輌より、落ち着いた感じがする。歩いた甲斐があった。宇都宮を過ぎたあたりで車内販売が回ってきた。ちらっと見ると「鉄子の旅」に出ていた「峠の力餅」があった。うちの息子たちが「一度食べたい」と言っていたような気がしたので、帰りに買うことを決意した。と言う事は、帰りも「やまびこ」ではなく「つばさ」に乗らなければいけないことになった。とりあえず、当初の予定寄り1本早い東北新幹線に乗ったので、福島駅では十分に時間があり、帰りに買う土産を物色し、昼食をとった。ラーメンが好きなのだが、東北なので蕎麦にした。しかし、不味くはなかったものの、感激するほどの味でもなかった。やはり、下調べをしておくべきだったかも知れない。やがて、研修の参加者が集まり、13:00発のバスに乗り、目的地の研究所へ。
 途中の仕事の話などは省略する。宿は出張先の研究所からそれほど遠くない土湯温泉の旅館だった。露天の岩風呂と檜風呂が売りらしい。夜は岩風呂が「殿方用」。一緒に講師として参加した別の研究所から来たIさんとの雑談が1時間ぐらいは続いたような気がする。途中、灯りに寄ってくる虫のことも気になり、灯りの回りを探すと、クモがいっぱい巣網を張っていた、ということは、それなりに餌になる虫が多いということだろう。下に目を向けると、何とハサミムシがいた。どんな種かと思って1匹捕獲して灯りの近くで見てみると、ハマベハサミムシ Anisolabis maritima (Bonelli, 1832) の雌成虫だった。他にも幼虫が何匹もいた。ハマベハサミムシは海岸や大きな河川の下流域の砂地に多いという印象を持っていたので、こんな山の中の谷底で見られるとは思ってもいなかった。
 ここのハマベハサミムシは、灯りの下に落ちていたガの成虫の屍体を食べていたのだが、温泉で一年中暖かくて湿っており、冬はどうだか知らないが、それなりに餌が確保できるこの場所は、ハサミムシの棲息場所として、それなりに良い条件を備えているのではないかと思った。近年、家の中にハサミムシが出て気持ちが悪いので何とかしたい、という相談を何度か受けた事があるのだが、そのような場所とも条件が似ているのかも知れない。

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2007年9月17日 (月)

日本昆虫学会第67回大会3日目

 朝6時半に目覚ましをかけていたが、それが鳴る前の6時過ぎぐらいに目が覚めた。カップ入りの沖縄そばがもう1個残っていたのでそれを朝食にした。シャワーを浴びて、荷物をまとめる。今日はチェックアウトするからだ。8時過ぎにチェックアウトする。今回はノートパソコンを持ち込んでブログなどを書いていたので、部屋のテレビの電源を一度も入れなかった。そのかわり、ラジオ(しかもAM放送だった)はずっと鳴らしていた感じだった。やはり、テレビよりラジオが好きなのだ。最近のビジネスホテルはテレビは必ずあるが、ラジオが無いところが多く、今回もラジオを持参していたのだが、それの出番は無かった。
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 今日は荷物を持って坂の上の大学に行かなければいけないので、駅からはバスに乗る事にした。バスは始発の阪神御影から乗っても、大学のすぐ近くの阪急六甲から乗っても値段は同じなので、時間と料金との兼ね合いから、JR元町からJR六甲道までJRの電車に乗ることにした。阪神元町も神戸高速花隈も地下にあるが、JR元町は地上だ。やはり地上の駅の方が良い。JR六甲道からはバスだ。これまでの2日間は阪急六甲から歩いて会場に向かったので、正規の入り口から入らず、裏道を通っていた。だから、今日は3日目にして、はじめて正規の入り口から大学構内に入った。
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 今日の学会は、午後の最初からシンポジウムなので、一般講演は午前中だけだった。今日は害虫管理と生物的防除関係の発表が行われる会場でほとんど過ごした。それなりに面白いと思ったものもあったが、本当に面白いと思えるものは残念ながら無かった。面白い面白くないといいう判断基準は、ぼくの頭なので、他の人が聞けば違った判断になるのだろうが。
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(↑巨大なカマキリの前脚・↓虫の万華鏡、いずれもシンポジウム会場にて)
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 午後からは「2005年の博物館」というテーマのシンポジウムに出た。これも一般に公開されたシンポジウムだ。4題いずれの話題も、博物館の学芸員をされている方の講演だったが、最初の3題はこれからの博物館で行うことの方向を提案するものだった。いずれも、一般市民に対してどのように博物館を使ってもらうか、という点で、それぞれの博物館で努力されていることがよくわかった。最後の1題は、分類学と系統学の関係がこれからどうなっていくか、という話で、博物館をどのようにしたら良いのか、という点を中心に語られた最初の3題とは全く異なった視点の話だったが、生物系の博物館では分類学や系統学と無関係ではいられないのは確かなので、それなりに意味のある話題提供だったのかも知れない、と言うか、話自体は面白かったのだが、シンポジウムのテーマからはちょっとはずれている感が否めなかった。
 最後は「地表性甲虫談話会」の小集会に出席した。2題の話題提供があり、いずれも生態学関係のものだった。ゴミムシは一般に捕食性のものが多いが、中には植物種子を主な餌とする系統群がいくつもあることが近年の研究で明らかにされてきた。その種子食性のゴミムシ類の雑草種子に対する捕食量としたべた研究が岐阜大学連合大学院(=静岡大学)の大学院生の市原実さんによって紹介された。もう一つは純真短大の石谷正宇さんによって、ゴミムシ類の生態に関する研究の世界的な動向についての紹介があった。ゴミムシ類は種数が多く、分類学的にもまだ様々な問題が残されているということもあろうが、生態に関しては主にヨーロッパで研究が進んでおり、一部アメリカの研究もあるのだが、日本での研究はまだまだ少ない。その中でも、今すぐ手をつけたら面白いのではないかというテーマがいくつか提示された。そのあとは、自己紹介を兼ねた一人一話が行われ、それでほぼ予定の時間が消費された。
 その後、懇親会も予定されていたが、今日は帰らないわけにはいかないので、すぐに帰途についた。阪急六甲から梅田に出て、そのあと地下鉄で日本橋まで出ようとしたのだが、なかなか地下鉄の駅にたどり着けず、余計に時間がかかってしまった。まだ乗った事がなかった谷町線の南森町から谷町九丁目に乗るために、ちょっと遠回りだったが、東梅田→(谷町線)→谷町九丁目→(千日前線)→日本橋の経路を通った。日本橋では帰りの近鉄特急アーバンライナーの切符を確保し、なんばウォークのわしたショップに向かった。わしたショップでは、ルートビアとミキを調達した。そのとき初めて気が付いたのだが、レシートには「わしたショップなんばウォーク店」ではなく「ちゅらりなんばウォーク店」と書かれていたのだ。店の造りも品揃えや品物の配置も前と全く変わっていないので気が付かなかったのだ。どうやら「わしたショップ」から独立したらしい。まあ、これまで通りの品物が入手できれば、「わしたショップ」でも「ちゅらり」でも関係ない。
 店を出てからその近くのラーメン店「古潭」で「あっさりラーメン」というの食べたのだが、どこが「あっさり」なのかわからなかった。不味いわけではないが、とりたてて美味しいというほどでもなかった。しかし、スープを全部飲み干したので、ぼくの基準には合格だ。ラーメンのあとはなんばウォークをずっと西に向かい「551蓬莱」で豚饅を調達した。これは家族への土産で、明日の朝食になるはずだ。
 「551蓬莱」の位置をしっかり把握していなかったのだが、近鉄難波の東改札からかなり西に行ったところにあったような気がしたので、さらに西に向かい西改札から入ることにした。しかしこれはおそらく失敗で、東改札に戻ってから構内に入った方が歩く距離が短かったような気がした。
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 近鉄難波20:00発のアーバンライナーは定刻の21:21よりやや遅れて津駅に着いた。妻と三男が車で迎えに来てくれていた。もちろん、頼んであったわけなのだが。

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2007年9月15日 (土)

日本昆虫学会第67回大会1日目

 今日から昆虫学会が始まった。何故か朝早く5時半頃に目覚めてしまった。もう、かなり明るくなりかけていた。昨日の夜にはわからなかったが、遥か沖合には神戸空港も見えた。ずいぶん遠くに空港を作ったものだ。そんなふうに景色を眺めていても、それほど時間が経つわけでもないので、仕方なくシャワーを浴びたり、ネットをチェックしたりしたが、7時半前にはホテルを出た。昨日は阪神元町で降りたが、今日は阪急六甲が目的地なので、神戸高速鉄道の花隈駅に向かった。元町よりは少し遠い感じがしたが、まあ似たような距離だと思った。梅田行きの特急が来たが、六甲には停まらないので、三宮で普通に乗り換えた。それでも10数分でついてしまった。昨日は大阪の梅田から元町まで阪神で310円だったが、今日は途中で会社が変わるということもあり、花隈から六甲までは290円で、乗る時間は30分近く違うのに、値段は20円しか違わなかった。阪神が安いということなのだろうか?
 ホテルでは朝食をとらなかったので、六甲駅の改札口を出た所に喫茶店があるのに気がつき、そこで朝食をとった。コーヒーはほどほどに美味しかった。本を読みながら過ごしたが、コーヒーも飲み干したので、仕方なく店を出て、坂の上にある神戸大学に向かった。受付は9時から始まることになっていたが、それより15分も前に着いてしまった。今日は朝から蒸し暑く、会場に着いた頃には汗がにじんでしまった。早く来た人は他にもいたので、受付が始まるまで虫をネタに雑談で時間をつぶした。受付が始まって中に入ると、中は冷房が効いていて快適だった。
 さて、肝心の講演だが、今日聴いた中で一番面白いと思ったのは、C104 杉本雅志・矢後勝也・上島励「琉球列島における直翅目カマドウマ類の分子生物地理学」だった。カマドウマ類は形態分類で手がかりとなる形質が少なく、分類が遅れていたのだが、杉本氏によって、琉球列島からたくさんの新種が記載されていた。今回はそれを遺伝子の塩基配列からみた分子系統と比較してみるとどうなるか、というものだった。その結果は、形態分類による系統は分子系統とは整合性が希薄で、まさに混沌としている状況である、というものだった。今回の発表は、その第一段階のものということだろうが、今後の解析の結果が楽しみだ。
 午後は自分の講演があったが、やや早口になってしまったものの、ほぼ予定時間に話しきることができ、いくつも質問を受けることができたので、まあまあだったと思う。オオハサミムシなどという普通種も、調べてみると面白いということが伝わっていたとすれば、こちらの意図は果たされたことになる。今回は、仕事をやっていた過程でたまたま気になってしらべた幼虫期の齢数が、けっこう変異があり、メンデル遺伝ではないものの、遺伝的な支配を受けていることは示すことができた。こういう基礎的なことは、なかなかテーマを表に出してやりにくい立場なので(表のテーマの仕事をこなした上でやるなら、誰からも文句を言われないはずだが)、学生さんなどでもっと深く追求してみたいという人がいるなら、引き継いでやってもらっても良いかなぁ、などと思っている。自分は、野外での生態を解明することを先にこなさなければいけないので。
 一般講演が終わってから、神戸大学の大学院生のIさんの誘いもあったので、昆虫飼育室を見学させていただいた。ゴミムシ類の幼虫を見せていただくのが目的だったが、これを見なければここに来た価値は無い、などと脅されたのでT先生のゴキブリも見せていただいた。多量のゴキブリが飼育されており、壮観の一言だった。
Cockroaches
 総会の会場のある場所も、懇親会の会場も大変見晴らしの良い場所だった。懇親会での大会会長の挨拶でも、神戸大学の自慢できることは景色が良いことです、と本当に自慢されていたのかどうかはわからないが(やはり坂道を登り降りするのは大変なので)、嘘ではないと思った。
Landscape
 今日は調子が良く、ビールをグラスに2杯ほど飲んでしまった。暑かったせいだろか。料理も十分にあり、最後にフルーツとケーキも出てきた。ケーキは直径4cmちょっとのそれほど大きくないものだったが、7つも食べてしまった。要するに、美味しかったということだ。それでも最後は食べ物がさくさん残って、もったいないと思い、明日の朝食の足しにしようと少し持ち帰ってきた。
Cakes
 坂の上の懇親会上から、甲太郎さん、ウミユスリカさん(いずれも今は亡き@ニフティ昆虫フォーラムでのハンドル)と一緒に話をしながら六甲駅まで降りてきた。二人は三宮に宿をとっているということなので、三宮で別れた。花隈駅からホテルまでは朝とは違う道を通った。神戸市営地下鉄のみなと元町駅を見つけたときは驚いた。そとは赤煉瓦の建物だったので、中は何だろうと思って覗いたら地下鉄の駅の入り口だったのだ。さらに驚いたのは、その赤煉瓦は道路に面している面だけで、中は空洞だった。何となく騙されたような気がするのだが・・・・・
 と、いうことで、ホテルに戻ってこれを書いている。

 明日の朝一番の講演で、安藤喜一先生の「オオカマキリの「雪予測」は間違いである」の講演がある。明日の一番の楽しみは、この講演だ。

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2007年8月12日 (日)

世間並みに帰省

 昨日から1泊で尾張一宮の実家に家族揃って帰省した。帰省と言っても日帰りできる距離なので、それほどの大仕事ではない。
 行きは国道23号線の木曽川大橋が工事中ということなので、それを避けようと、桑名で23号線から258号線に入り、桑名東インターチェンジから蟹江インターチェンジまで東名阪自動車道を利用した。料金は450円。その後の西尾張中央道も大した渋滞もなく、2時間ちょっとで着いてしまった。腰痛があるので、昼食前に幼なじみの整体師の所へ。整体は大繁盛。腰痛持ちの人はたくさんいるようだ。
 午後から夜にかけて、名古屋へ。大須の電気街を冷やかし、電子部品を少々購入。腹具合がいまひとつで、夕食は軽くあっさりした中華そばを一杯のみ。その後、名古屋昆虫同好会の例会へ。セミの話題等を少々提供。その後、臨時の幹事会。幹事会を途中で抜け出し、一緒に抜け出したナリタさんに金山駅まで送ってもらう。金山からの電車は遅い時間帯にもかかわらず意外に混雑。名古屋で入れ替わりがあったが、結局座れず。お盆休みの土曜日の夜ということで、人出が多かったのかも。
 今日は墓参りに行ったが、さすがにお盆直前の日曜日ということもあり、混雑していた。墓地の中の狭い道には駐車している車がたくさんあり、すれ違いも大変だった。
 帰りの道の選択には迷ったが、155号線から立田大橋を通って多度の258号線に抜けようかと思った。しかし、立田大橋までの道が渋滞。途中の道の駅で小休止し、気分転換。258号線まで出ると、車はやや多いものの、それほどの渋滞はなかった。途中四日市の1号線沿いで昼食をとったが、桑名から鈴鹿までの1号線はやや渋滞。鈴鹿で23号線に入ると、あとは順調。
 津市内に入ったあたりでセルフサービスの給油所に入ったところ、何と出てきたのは空気だけ。メーターは回りっぱなしで料金が積算されていく。店の人を呼んだところ、レギュラーガソリンが欠品であることが判明。ハイオクガソリンをレギュラーガソリンの料金で入れてもらうことに。でも、ハイオクガソリンを入れようと考えたことは一度も無いので、全く得をしたという気分にはならない。どちらかと言えば、時間を損した気分。
 家に戻り、シャワーを浴びて、石垣島旅行以来伸び放題になっていたあご髭を剃って、気分も一段落。途中で車が振られることがあったので、風が強いのだろうと思っていたが、実際にそうだった。家の窓を開け放すと風が通って気持ちが良い。海からの風で、気温もそれほど高くない。

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2007年8月 5日 (日)

石垣島紀行・・・出かける前の準備など

 7月30日から8月4日までの5泊6日の日程で家族揃って石垣島へ出かけることになった。石垣島は観光地なので、観光旅行のような感じでもあるのだが、石垣島には7年間住んでいたので里帰りのような気分でもある。中でも三男は石垣島生まれなので、まさに里帰りだ。
 石垣島へは船でも行けないわけではないが、普通は飛行機に乗って行く。今回も飛行機だ。夏のこの時期には割引運賃が少ないので、多少は安くなるパックツアーを使うことにした。もっとも、パックになっているホテルに泊まるのは1泊だけで、4泊は馴染みの民宿に泊まる。気持ちとしては全部民宿に泊まりたいのだが、航空運賃のことを考えると仕方がない。
 最初は中部国際空港発着で考えていたのだが、日本トランスオーシャン航空に乗ろうと思うと日本航空と組み合わせなければいかず、そうすると良い時間帯の便が無いので、ちょっと困った。ところが、大阪発着を探してみると、適当な時間帯の便があるので、伊丹空港発着で行くことにした。結果的には、大阪までの鉄道運賃を考えても、こちらの方が運賃が安くなったので、一石二鳥だったと言える。日本トランスオーシャン航空にこだわるのは、機内誌のCoralwayを読みたいからだ。
 飛行機に乗るとなると、窓から写真を撮りたくなった。最近はデジタルカメラを使うことが多いのだが、離着陸時には使用できないので、石垣からこちらに引っ越してからはほとんど使用していなかったフィルムカメラを防湿箱から取り出してきた。石垣島に住んでいた頃にはフィルムで写真をたくさん撮ったので、その間にカメラの数も増えてしまった。
 その中で石垣島に持って行くカメラをどれにしようかと思案したが、最終的にはOlympus OM-2NとContax TVS IIの2つに候補を絞った。さらに思案した結果、TVS IIを持参することにした。TVS IIはコンパクトカメラだが、露出補正もできるので、十分に役割を果たしてくれると思った。
 TVS IIはコンパクトカメラと言っても、いわゆる高級コンパクトカメラに分類されるカメラなので、結構高い買い物だった。もっとも、後継のTVS IIIが出た後の在庫処分のものを買ったので、多少は安く手に入れることができた。
 ちゃんと動くことを確認したあと、フィルムを買いに出かけた。何にしようかと迷ったが、自然な発色をして粒状性が良いという売り出し文句のFUJICHROME ASTIA 100Fにした。石垣島の景色を撮るのならFUJICHROME VERVIA50を使うところなのだが、そちらはデジタルカメラに任せる予定だから。
 と言うことで、久しぶりにフィルムカメラとフィルムをいじることになった。

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2007年4月30日 (月)

京都へ日帰りの家族旅行

 今日は家族揃って京都へ出かけた。いつかは家族揃って京都へ行こうと言っていたのだが、やっと実現した。
20070430blog1  まずは鉄分の多い二人の息子のリクエストで梅小路蒸気機関車館へ。京都から丹波口まで山陰線に乗ったが、思った以上に混雑していた。沿線には嵐山などの観光地を控えているからなのだろう。梅小路には中学生の頃、一度行った事がある。現在の本館はかつての二条駅の駅舎だが、昔はそうではなかったはずだ。しかし、どんな建物だったか、全く記憶に残っていない。だからだと思うのだが、新鮮な気持ちで見る事ができたような気がする。蒸気機関車の運転席は、思ったより狭い。運転するのも大変だったのだろうと思う。
20070430blog2  梅小路から丹波口の駅に向かう途中、クスノキの幹にアオスジアゲハGraphium sarpedon (Linnaeus, 1758)が止まっていた。羽化して間もないと思われるのだが翅が折れていて飛べない状態だった。

20070430blog3_1  そこから花園まで山陰線に乗った。花園には、我が家の菩提寺の総本山の妙心寺がある。ここにもかつて来た事があるが、もう何年前のことだったか思い出せない。狩野探幽の雲龍図は有名だが、これは昔見たことがある。天井に描かれた龍の絵は、見る方向によって表情が変わるので面白い。
 さらに嵐電北野線で北野白梅町に出て北野天満宮へ。季節外れだと思うのだが、合格祈願の祈祷が受け付けられていた。ここは、学生時代に何度も行った。縁日の出店が面白いからだ。今度来る時は25日にしなければいけない。
 ここからバスで一気に東へ向かい、京都大学の構内を歩いた。北部の構内を歩いていると、何か実験が行われている形跡があり、網の中を覗くとタンポポだった。ふと気が付くと、そこには大学の先輩のNさんがいた。セイヨウタンポポとカンサイタンポポの関係を調べているとのこと。
 さらに本部構内を通って時計台の前から正門へ。さらに東大路に出てバスに乗って京都駅まで戻った。しかし、JR京都駅のデザインはひどい。よくもまあ、あんなものをJR西日本も京都市も許してしまったものだと思う。京都の街から完全に浮いてしまっている。設計したのは原広司という建築家らしいが、調和という感覚が鈍い人なのだろうか?
 朝も早かったし、それなりにたくさん歩いたので疲れた。ぐっすり眠れそうだ。

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2007年4月29日 (日)

東アジア産カメムシ類の分類学研究の現状と展望

 表題の研究集会に参加した。プログラムは下記のとおり。

研究集会
 「東アジア産カメムシ類の分類学研究の現状と展望」

とき:2007年4月28日(土) 14:30〜18:00 (13:30受付開始)
ところ:国立科学博物館分館(東京都新宿区百人町3-23-1)

話題提供:
彩 万志(Wanzhi Cai):中国農業大学
  Taxonomic studies on Heteroptera in China: past and present
林 正美:埼玉大学教育学部
  日本産水生半翅類の研究動向
石川 忠:東京農業大学
  アジア産サシガメ科の分類研究の現状と展望
長島聖大:伊丹市昆虫館
  日本産ヒラタカメムシ科概説 ー現状と展望ー
山田量崇:徳島県立博物館
  東アジア産ハナカメムシ科の分類学的研究
友国雅章:国立科学博物館
  カメムシ類の分類学研究の世界的動向と展望


20070428blog1  
中国農業大学の彩万志教授が日本学術振興会の招へい研究者として来日されているのを機会として開催された研究集会だ。彩先生の講演はともかく、若くて元気がいい石川さん、長島さん、山田さんの講演があるので、参加しないと後悔すると思ったのだ。期待に違わず、この三人の講演は面白かった。石川さんのサシガメ、長島さんのヒラタカメムシは、日本からまだこれから新種がどんどん出て来る可能性があるということだ。まだ任期無しの職に就いていない石川さんには、早くこれからもずっと研究ができる職に就いて欲しいものだ。長島さんは、ヒラカタメムシで早く学位を取って欲しい。
 途中、林先生の講演の最中、突然の雷鳴があって驚いた。その後何度も落雷があった模様だ。さすが、嵐を呼ぶ林先生。このあと急激に気温が下がったらしく、部屋の中にいても肌寒くなってきた。
 最初は新幹線で日帰りするつもりだったが、「ムーンライトながら」の切符が取れたので、懇親会にも出席した。
 名前だけ知っていた黒佐和義先生も出席されていて、お話することができた。
黒佐先生が書いたものとして読んだことがあるのは、昭和20年代に雑誌「新昆蟲」に書かれたオサムシの生態に関するものが一番古いが、まだ現役で昆虫への意欲が減退していないのには驚かされる。ヒゲコガネに便乗しているダニについて質問したところ、そのダニの正体は明らかになっているが、その生態はまだ不明だということ。このダニも面白い研究テーマになるかも知れない。
 時間が前後するが、昼は会場に向かう前に大久保の駅の近くにある「天下一品」で食事をするつもりだったが、探しても見つからなかった。どうやら撤退したらしい。仕方がないので、近くに見つかった讃岐うどんの店でうどんを食べた。不味かったわけではないが、頭が天下一品モードになっていたので、それほど美味しく感じられなかった。
 懇親会のあとは、東京都本土部昆虫目録作成プロジェクトの主要メンバーのIさん、Mさんと一緒に大久保駅近くの喫茶店へ。この2人のプロジェクトへの思いが熱いことが感じられた。
 大久保から電車に乗ろうと思ったら、東京行きのオレンジ色の電車だった。黄色い電車が来ると思っていたので意外だった。夜遅くなると、緩行線は千葉方面ではなく、東京駅に向かうのだろうか。お茶の水では千葉方面への電車が接続していた。
20070428blog2  東京駅10番ホームに向かうと、寝台急行「銀河」が既に入線していた。空席もあったが、空いているというほどでも無かった。それなりに需要があるということだろう。「銀河」を見送ると間もなく「ムーンライトながら」の入線。全席指定で、今日は満席とのこと。前日に切符を買ったときは問題無く買えたので、その後に席が埋まったということのようだ。
 昔の「大垣夜行」は背もたれが動かないボックスシートだったから、
「ムーンライトながら」のリクライニングシートは快適だ。しかし、夜中になっても灯りが落とされないのが不満だ。熟睡できたわけではないが、夜のうちに移動できるのは、やはり便利だ。8時前に家に着く事ができた。

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2007年4月15日 (日)

出かけている間に地震

 大学時代の合唱団の同窓会で昨日から浜名湖のほとりまで出かけていた。久しぶりに顔を見る昔の友人たちと、顔を突き合わせて話をすることができて楽しかった。
 今日は浜松まで出て楽器博物館を見学し、浜松駅のすぐ近くで鰻を食べていたら、一人が「地震?」と言った。言われてみれば、揺れているような気がした。テレビを見ていたらテロップが出て、三重県北部で震度5強とのこと。すぐに家に電話をしたが、電話が込んでいて繋がらなかった。とにかく、すぐに帰ることにして新幹線に乗ったら、新幹線の中からの電話でやっと家に電話が繋がり、無事とのこと。
 名古屋からの列車が止まっているのではないかと思っていたら、案の定そのとおりだった。しかし、まもなく近鉄が四日市まで運転するということで、とにかく乗った。四日市に着くと、またしばらくしたら普通電車で3つ目の塩浜まで運転するということなので、さらに塩浜まで向かった。するとそこには、名古屋を11:41に出発した松阪行きの急行が止まっており、人がたくさん乗っていた。ひょっとしたら動くのでは、との期待をしながら列車に乗り込んだところ、まもなく運転再開とのこと。すし詰め状態だったが、このような状況では仕方がない。一時は帰宅難民になるかと思ったことを思えば雲泥の差だ。
 ということで、多少余計に時間はかかったものの、無事に家まで辿り着くことができた。家ではガスが出なくなっていたぐらいだったが、物が壊れるようなことは無かったようだった。ガス会社に電話をしたところ、メーターの安全装置をリセットすれば良いとのことだったので、そのとおりやったら、無事にガスも復旧した。
 まずは無事で、メデタシ、メデタシ。

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2007年4月 1日 (日)

鉄道写真を撮る人を撮る

 息子たちの進学と自分の学位取得の報告の挨拶と墓参りを兼ねて、家族揃って尾張一宮の実家に行く予定だったが、次男が熱を出したので、長男を三男を連れて三人で出かけた。鉄分の濃い長男と三男の希望で、途中で鉄道写真を撮影することになった。次男は鉄道趣味が無いので、次男がいないと落ち着いて撮影できるのだ。
 場所は三岐鉄道三岐線の起点の富田駅。JR富田駅と同じ構内にある。国道一号線に隣接しているので、場所もわかりやすい。さらに近鉄富田駅にも近い。
 三岐鉄道三岐線の旅客列車はすべて近鉄富田駅に乗り入れており、JR富田駅に乗り入れているのは貨物列車だけだ。息子たちによれば、自宅近くの紀勢本線は貨物列車が1日に1往復しかなく、貨物列車は貴重だということらしい。自分は東海道本線沿線で子供時代を過ごしたので、貨物列車は珍しくも何ともなく、とくに貨物列車に思い入れがあるわけではない。
20070401blog  ちょうど良い具合に、現地に到着してしばらくしたら、富田駅に進入してくる貨物列車があった。沿線から産出するセメントを積んだ貨車が繋がっている。富田駅で三岐鉄道の電気機関車からJR貨物のディーゼル機関車に繋ぎかえ、貨物列車は四日市方面に出発した。写真は富田駅を出発する貨物列車を撮る息子たち。
 1時間近くブラブラしていたと思うが、息子たちもそれなりに満足したようだった。もっとも、実家に行って墓参りを済ませてから、再びテツモードになって尾張一宮駅に向かったのだが。

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2007年3月26日 (月)

東広島へ

 明日から広島大学東広島キャンパスで開催される日本応用動物昆虫学会の大会に参加するために東広島に来ている。
 今朝は、7:45に津を出発するアーバンラーナーに乗ったが、新型のアーバンライナーネクストの方だった。この型の車輌に乗るのは、まだ2回目だ。快適だったが、隣の席の客が太っていたため、やや窮屈だった。このようなことは時々ある。自分は痩せているが、窮屈に感じたということは、やはり座席そのものが小さすぎるのかも知れない。
 大阪の鶴橋から大阪環状線で大阪に出たが、新大阪に向かう電車がちょうど発車したところで、1列車待たされた。そのせいで、新大阪での新幹線の乗り継ぎはやや急がなくてはならなかった。検索サイトで出て来た結果通りにはなかなか事が運ばない。
 それでも、新大阪からは予定通りのぞみ7号に乗り、福山でこだま645号に乗り換えた。福山での乗り継ぎは大変良かったが、次の新尾道では2列車の通過待ちで9分停車、さらにその次の三原でも1列車の通過待ちで6分停車で、大した距離ではない福山から東広島までの間の移動に、随分時間がかかった感じがした。
20070326blog1  Zikadeさんとは3年半ぶりぐらいの対面。ゆっくりお話ができました。お土産もありがとうございました。アメリカ産のDrPepperは初対面です。
 夕食は、Ziakdeさんにご紹介いただいたお好み焼き屋へ。雰囲気も良いお店でした。広島のお好み焼きは、今から20年以上も前に一度食べたことがあるのだが、どうやって焼くのかは、全く覚えていなかった。具を混ぜずに重ねるだけで、ゆっくりと焼く、というのが焼き方の特徴のような気がした。卵は何時入るのかと思ったら、最後に薄く拡げ、それまでに焼き上げたのを一気に乗せる、というのが面白いと思った。我が家では、大阪風や名古屋風のお好み焼きを時々作るが、これは真似しづらいと思った。
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2007年3月11日 (日)

昆虫学会東海支部会講演会と名古屋昆虫同好会月例会に参加

 昨日のことだが、帰宅が遅くなったので翌日になってからこれを書いている。昨日は、名古屋女子大学で開催された第147回日本昆虫学会・第84回日本応用動物昆虫学会合同東海支部会講演会と愛知産業貿易館で開催された名古屋昆虫同好会の3月の月例会に参加するために名古屋に出かけた。尾張一宮の実家にいた頃は、名古屋に出かけるのはそれほど億劫なことでもなかったが、ここ津から出かけるのは、かかる時間のことを考えると、やはり億劫だ。名古屋駅まで出るのに、津駅まで早足で歩いて15分、さらに近鉄の急行に乗ると65分かかり、それに待ち時間がかかる。特急に乗れば乗車時間は50分で済むが、特急料金を870円とられるので、よほど疲れているときでなければ、特急に乗る気になれない。
 せっかく名古屋に出かけるので、大須の電子パーツ屋にも寄ってこようと思って、ちょっと早めの朝9時過ぎに出かけた。すると、家を出て間もなく、ベニシジミLycaena phlaeas (Linnaeus, 1761) を見かけた。成虫で越冬する種を除けば、2月22日に見たモンシロチョウ Artogeia rapae (Linnaeus, 1758) とモンキチョウ Colias erate (Esper, [1805]) に次いで3種目の初見となった。
 津から名古屋へは、予定通り近鉄の急行に乗った。運が良いことに、急行用の車輌としては一番上等の5200系だった。車体には赤塚植物園のパイロゲンの広告が派手にラッピングされていたが、乗ってしまえば関係ない。
 名古屋の地下鉄は「ドニチエコきっぷ」というのを使った。名前のとおり、土曜日曜に限って使用できる安価な一日乗車券だ。なぜか、毎月8日にも使える。600円なので、3回以上地下鉄か市バスに乗る場合は、これがお得になる。
 上前津まで出て、第一アメ横ビルと第二アメ横ビルを冷やかし、昼食をとろうとタイ料理の看板が出ている屋台風の店でパッタイを食べた。美味しかったが、量が少なく、全く足りなかった。時間もなくなってきたので、地下鉄の駅に向かったが、駅の入り口の前に吉野家があったので、もう一度食事をとってしまった。
 講演会の会場には、定刻ぎりぎりで到着した。東海支部の講演会は、東海地域の昆虫学関係の大学の研究室で卒業論文や修士論文を書いた人たちの発表の場という位置付けもあるようだ。岐阜大学、名古屋女子大学、三重大学の学生さんたちの発表があった。名古屋女子大学の学生さんたちは、代々のゼミの学生さんたちが調査した愛知万博の会場でのギフチョウ Luehdorfia japonica Leech, 1889 とハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 の個体数の増減に関する発表をしたが、真面目にデータがとられていて、好感が持てた。博覧会協会が発表したギフチョウやハッチョウトンボの個体数のデータも紹介されていたが、学生さんたちの調査結果とは全く異なっていたのが興味深かった。博覧会協会が発表したデータが、どんな方法で取られたものなのか、興味あるところだ。岐阜県で高校の教員をされている船越進太郎のアラカシ Quercus glauca Thunb. ex Murray に寄生する鱗翅目幼虫の発表も、高校の生徒らと一緒になってデータをとられたもので、葉の成分の化学的な分析も行われ、すぐにでも論文になりそうなものだと思った。
 講演会が終わったあとの懇親会は、名古屋女子大学の八田先生と学生さんのお世話で、大学の一室を借りて行われた。女子学生の比率が異様に多かったが、オジサンはオジサンだけで固まってしまい、若い人とあまりお話ができなかったのは、ちょっと残念だったと思う。
 そのあとは、地下鉄桜通線で丸の内まで出た。名古屋昆虫同好会の月例会は、参加者の一人一話のあと、あらかじめ予定されていた卓話がある。今回は大池崇資さんの名古屋市近郊におけるムラサキツバメの話。去年一年間、名古屋市近郊で精力的にムラサキツバメ Narathura bazalus (Hewitson, 1862) を調査されたときの話だ。近年、北へ東へ分布を拡げているムラサキツバメだが、愛知県では、関東地方に比べるとやや遅れてやって来た感がある。しかし、大池さんらの調査の結果、名古屋市近郊では、既に広く分布していることが明らかにされた。この結果については、名古屋昆虫同好会の会誌『佳香蝶』に投稿いただいているので、今年中には公表されることになるはずだ。
 例会は21時までだが、名古屋21:31分発の津新町行きの急行に乗り損ねると、急行は10:01までない。その間に特急は2本も出るのだが。この時間帯のダイヤの組み方は、特急に乗りたくない人も何とか特急に乗せようとする近鉄の策略のように思える。21:10に外堀通のバス停からバスに乗ったが、渋滞もなく、7〜8分で名古屋駅のバスターミナルに着いた。しかし、そこから近鉄に乗るためには、JR名古屋駅前を横切って、かなり歩かなければならない。しかし、問題無く21:31発の急行に間に合った。この急行は、片側4つ扉のLCカーだった。この時間帯はクロスシートになっているが、5200系ほど座り心地は良くない。でも、ロングシートよりマシか。この急行は珍しいことに、津まで特急に抜かれない。そのためか、乗車時間は61〜62分ほどで、昼間より少し短い。それにしても、家にたどり着くと23時近くになってしまうので、毎月例会に出るのは躊躇する。やはり、夜はつらいのだ。

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2007年2月21日 (水)

常磐線のグリーン車に乗る

 2泊3日の出張から戻ってきた。一昨日は千葉県松戸市にある某大学を訪問したが、このときは一つの楽しみがあった。先々週のツクバへの出張のとき、3月のダイヤ改正まで、常磐線の普通列車に連結されているグリーン車がグリーン料金を払わずに利用できることを知ったからだ。そのときは、15両編成のうち、後ろから4両目と5両目にグリーン車が連結されているとアナウンスがあったのだが、乗っていた車輌は前から4両目ぐらいだったので、移動するのも面倒だったのだ。
 上野12:10発の特別快速の土浦行き。グリーン車の場所に向かうと、人の列ができていた。グリーン車は2階建てなので、上の階の席に座りたいとも思ったが、車輌の両端の1階建て部分の席が空いていたので、そこに座ることにした。それまで、常磐線の普通列車にはリクライニングシートは無かったので、やはり快適だった。とは言え、新幹線の普通車の座席より、ちょっと高級感がある程度だ。常磐線に乗る機会は1年に2回程度しか無いが、疲れたときにはグリーン車に乗る、という選択肢もできるわけだから、悪いことではないと思う。
 今日の帰りもグリーン車に乗りたいという希望が無かったわけではないが、バスの時刻の都合で、つくばエクスプレスに乗った。つくばエクスプレスはとにかく速く感じられる。しかし、どちらかといえば、常磐線の方が好みだ。つくばエクスプレスの秋葉原駅がとんでもなく深い場所にあるのが、やはり気に入らない。地上に出るまでに、エスカレーターに6回も乗らなければいけないというのはいただけない。つくばエクスプレスとJRの乗り換えのときに歩く距離のことを考えると、北千住で降りて、常磐線に乗り換え、さらに日暮里で山手線に乗り換えて東京駅に出る方が気分は良いのではないかと思う。
 名古屋まで戻り、近鉄に乗り換えようとすると、人身事故があったとかで、乗る予定の電車が遅れて来て、その結果、乗った列車も遅れてしまった。乗った列車もクロスシートの車輌を期待していたが、6両編成すべてがロングシートだった。ついていない。

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2007年1月 1日 (月)

穏やかな元旦

 昨日は疲れていたので、紅白歌合戦も途中まで見て寝てしまった。それでも、夏川りみの歌を聴いたので満足した。
 今朝は元旦としては何年ぶりかの早起きだった。日の出前に起きた元旦は、少なくともこちら三重県に来てからは初めてのことだ。石垣島に居たときは、初日の出を見ようと家族揃って日の出前に起きたこともあった。もっとも、石垣島の初日の出は7:30ぐらいなので、早起きだと言ってもたかが知れている。
 仕事で飼育している虫は、今データをとっているところなので、少なくとも1日おきには見にいってやらないといけない。昨日は休んだので、今日は元旦だったが職場に出かけた。
 朝方は陽も射し風も弱く、本当に穏やかに感じられる天気だった。職場の方向には山があるが、経が峰や青山高原には全く雪は見えなかったものの、目を右の方に向けると鈴鹿の山々は真っ白だった。年末29日に降った雪が、山の方ではたくさん積もったのだろう。
 仕事を手早く片付け、家に戻り、今度は尾張一宮の実家に向かった。こちら三重県に来るまでは、日帰りで帰省などということは出来ないほど遠い場所にしか暮らしていなかったので、日帰りで帰省できるというのは本当にありがたく感じられる。行きは近鉄の急行に乗った。乗った車輌は2610系のクロスシート車。車輌番号は2727。ロングシートよりはマシだが、本格的なクロスシートの5200系と比べると乗り心地は良くないように思える。途中の四日市付近では、年末に降った雪がまだ残っていた。名古屋からはJRの快速電車。乗ったら10分で付いてしまう。快速電車が初めてできた頃は13〜14分かかっていたので随分速くなったものだと思う。これほど速くなくても良い気がするのだが。
20070101blog  実家で昼食をとり、真清田神社(ますみだじんじゃ)に向かった。本町通りのアーケードの商店街はそれほどの人出ではなかったが、神社の正面まで来ると、人出が多いのが実感できた。ふとすれ違った人が高校の同級生のコバヤシ君に見えたが、流れに乗って歩いていたので声はかけなかった。お互いいいオジサンになったものだ。神社の境内にはいるとさらに人の密度が高く、拝殿の前は通行が制限されていた。これまで真清田神社でこのようなことは無かったが、参拝する時間が今までと違っていたからなのかも知れない。
 夜は弟一家と一緒に大人6名、子供5名の総勢11名の夕食となった。狭い部屋でよくもこれだけの人が入れるものだと思った。
 帰りは安くあげようということで、名古屋から快速みえの最終列車に乗ろうという話になった。回数券を使えば、1名あたり750円で名古屋から津まで乗れる。4枚綴りで、しかも子供2で1枚を使えるということになっているので、我が家の場合、1組分が1回で消費されるので好都合だ。この回数券は尾張一宮駅では買えないので、ちょっと早めに名古屋に行くことにした。ところが全くの拍子抜けで、切符売り場にはほとんど人が並んでおらず、すぐに切符を買う事ができた。おかげで時間がたくさん余ってしまった。
 快速みえ23号は定刻に発車したが、次の八田駅で一旦停まり、さらに次の春田駅でもう一度停まったら反対方向から来た特急とすれ違った。そのあともゆっくり走ることが多いのでおかしいと思ったが、最初の停車駅の桑名に着いたときには、名古屋を出てから25分も経っていた。普段なら20分ほどで走っているので、上りの特急が遅れていたということなのだろう。単線区間が多いと、すぐに遅れるのがやはり気になる。結局津駅に着いたときには9分ほど遅れていた。
 駅からはタクシーに乗った。普段はタクシーになど乗らないのだが、みんな疲れているし、家族5人揃っているので乗る事にした。ワンメーターなので運転手にいやな顔をされるのではないかと思ったのだが、乗務は10時までなのでちょうど良かったと言われ、ホッとした。元旦からのお仕事、ご苦労さんです。

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2006年12月21日 (木)

京都へ

 今日は京都へ出かけた。津駅から近鉄丹波橋駅まで近鉄特急に乗り、そこで京阪電鉄に乗り換えた。津から京都方面への直通列車は無いので、少なくとも一度はどこかで乗り換えなければならないが、JRとは違い、30分以内に乗り継げば特急料金が距離に応じた一定の額になっているところは嬉しい。行きは伊勢中川で乗換だった。途中、伊賀神戸で乗車してきたご婦人(ぼくよりずっと年上)が「東寺に行くにはどうしたら良いのか」と乗務員に質問している。何も考えずに特急に乗り込んだような感じだった。東寺の近くには東寺駅があり、そこから近い。終点の京都駅の一つ手前で急行の停車駅でもある。何の用で東寺に行くのだろうなぁ、とその時は思った。
 帰りはちょっと寄り道をして、近鉄桃山御陵前のガード下にあるラーメン屋で夕食をとってから帰ろうと心づもりをしていたのだが、ほぼ30分毎にしかない特急に乗ることを考えると、ちょうど拍子の悪い時間帯に当たってしまい、涙を飲んで諦め、丹波橋駅の構内のうどん屋に入った。そこでの店員の会話で、「今日は弘法さんの日だから・・・」というのが聞こえ、なるほど、今日は弘法大師の命日なのだ、と思い出した。京都に住んでいた頃は、21日は弘法さん、25日は天神さん、というのをしっかり意識していたが、もう京都を離れて20年以上にもなり、すっかり意識から遠のいていた。行きの特急のご婦人は弘法さんの命日で東寺に行こうとしていたわけだ、というように話が繋がった。
 せっかく京都まで行ったので、何か土産を買って帰ろうと思っていたのだが、丹波橋駅にはコンビニエンスストアはあるものの、土産になりそうなものは何も売っていない。途中の乗換の大和八木駅には生八つ橋があるのを知っていたが、乗換の時間があまりに短いので、とても買う余裕は無かった。家族には不評かも知れないが、今日は土産なしになってしまった。
 鉄分が多いので、最後に少し電車のこと。今日は往復合わせて4回も近鉄特急に乗ったが、運の悪いことに、4回すべてが12200系という現役では最も古い型の車輌に当たってしまった。同じ特急料金を払うなら新しい電車に乗りたいものだ。近鉄特急で一番新しいのはアーバンライナー・ネクストだが、これは大阪難波と名古屋を結ぶノンストップ特急にしか使われていないので、まず乗る機会はないので計算に入れていないが、できることならACEと呼ばれている22000系の電車に乗りたいものだと思っている。

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