昆虫同好会

2009年10月 8日 (木)

明後日から日本昆虫学会第69回大会

 明後日から、三重大学で日本昆虫学会第69回大会が開催されます。このブログを読んでおられる方にも参加を予定されている方もおいでだと思います。学会でお目にかかれることを楽しみにしています。
 ぼくは、大会2日目の公開シンポジウムの後半と、夜の小集会で話をする予定になっています。その日の午前中は、受付か大会役員の控え室に詰めていると思います。もちろん、大会初日の懇親会にも出席します。
 大会とは直接の関係はありませんが、大会の前日の9日(金曜日)夜に、津駅西口から徒歩3分ぐらいのところにある「ホテル ザ・グランコート津西」1階のレストランで、三重昆虫談話会の有志によるサロンが開催されます(たまに貸し切りで使えないこともあり、そのときは「コメダ珈琲店津県文前店」に変更になります)。20:00ぐらいには何人かのメンバーが集まっているはずです。オープンな会ですので、おヒマな方はこちらにもどうぞ。

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2009年9月11日 (金)

2年ぶりの神戸・・・関西病虫害研究会に参加

 神戸で開催される関西病虫害研究会の第91回研究発表会に参加するため、昨日から神戸に行った。昨日は移動日で、長男が使い残していた「青春18きっぷ」が1回分あったので、それを使っていわゆる「乗り潰し」をした。新しく乗ったのは、JR東西線の尼崎から放出までとおおさか東線の放出から久宝寺駅まで。電車の中では、誕生日にアレクス君から贈られた『フェルマーの最終定理』を読み終えた。長い本なので読み終えるのに数日かかったが、わくわくさせられるような面白い本だった。夕方は同僚と落ち合って、神戸元町の南京町の中華料理店で夕食をとった。
 朝は早めに起きてホテルの1回のロビーで簡単な朝食をとった。喉が渇いていたせいか、ジュース1杯、スープ2杯、コーヒー3杯も飲んでしまった。南京町の西安門の近くのホテルから会場までは歩いて12〜13分だった。するとそこにあったのは、「小泉八雲旧居跡」という碑。小泉八雲と言えば松江、という印象しかなく、神戸にも住んでいたとは知らなかった。
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 一応関西病虫害研究会の事務局なので、会場では受付に座っていた。講演が始まると講演会場へ。
 昼食は神戸出身のIさんの案内で、美味しいという噂のラーメン屋へ。地下鉄の駅で2/3駅ほど西へ歩く。「神戸の中華そば・もっこす本店」。
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 昼食時のセットメニューがお得ということで、それを注文。中華そば+餃子+御飯で800円。なかなか美味しいラーメンだった。ただの中華そばなのにチャーシューが多かった。中華そばとは別にチャーシューメンというメニューもあったが、どれぐらいチャーシューが乗っているかを想像すると恐ろしい。お腹がいっぱいになり、午後からは目の皮も弛みがち。
 夕方4時半前に講演会は終了。同僚は軽い打ち上げに参加するということだったが、ぼくは一人でさっと阪神元町駅に向かう。目的地は大阪なにわ筋のマジックスパイス大阪なにわ店。ここで食べれば、マジッックスパイスの全国4店を全部制覇したことになる。3月の札幌4月の東京下北沢6月の名古屋大須に続いて半年で達成ということになる。関西病虫害研究会の研究発表会は、本当は5月に予定されていたのだが、例のインフルエンザ騒ぎで延期になっていたので、その騒ぎが無ければ、3月末から6月半ばまでの3か月で達成できていたはずだった。マジックスパイス大阪なにわ店の最寄り駅は桜川だが、阪神なんば線の乗り潰しのため、大阪難波まで乗り、大阪難波駅から現地に向かった。
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 注文したのは、チキンの涅槃。辛さは札幌の涅槃とほぼ同様。名古屋大須の涅槃は異様に辛かったので、やはり店によって辛さの基準が違うように思える。野菜の量も多く、満足。満足度の順番は、名古屋大須≧札幌≒大阪なにわ≫東京下北沢、ということろか。
 マジックスパイスでのでの食事を終え、再び大阪難波駅へ。19:00発のアーバンライナーの切符を買う。近鉄特急に乗るのはほぼ2年ぶり。2年前に神戸大学で昆虫学会の大会が開催されたとき以来だ。それまではちょくちょく乗っていたのだが。まあ、このところ大阪方面に行く用事がなかったということなのだろうと思う。津に着いたのは夜8時半前。自宅には戻らず、そのまま三重昆虫談話会のサロンの会場に向かう。今日は盛会で8人も集まった。甲虫の和名の話(「ルリクワガタ」を「オオルリクワガタ」にするべきかどうか、とか)や、オオトラカミキリやカワラハンミョウの話など、話題も多かった。夜10時半前に散開。楽しい時間だった。

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2009年3月 8日 (日)

三重昆虫談話会2009年総会

 今日は午後から三重昆虫談話会の2009年総会に出かけた。津駅の近くで開催されるので、我が家からは近くて助かる。歩いて20数分というところか。
 会務報告の後以下の講演が行われた。

 1. コルリクワガタ種群の分類学的改訂と形態解析(久保田耕平・久保田典子・乙部 宏)
 2. 2008年三重県のクロマダラソテツシジミ(河本 実)
 3. 大台ケ原の蛾類相の変化と植生環境の劣化について(間野隆裕)
 4. 新三重県立博物館構想について(今村隆一)

 久保田さんの講演は、日本生物地理学会の英文誌"Biogeography"に既に発表されているものなので、その気になれば読むことができたのだが(一応、日本生物地理学会の会員なので)、まだ読んでいなかったものだ。コルリクワガタどころか、クワガタの分類のどういうところが問題なのかをよく理解していないので、読んでもわからないと思っていたこともある。話に聞くところによると、この論文は様々な物議を呼んだものらしい。外見を見ても識別できないようなものが種と言えるのか、というのが批判する人の主張だとのことだ。ま、とにかく、論文を書いたご本人から直接話を聞く事ができたのは良かった。話の要点は、雄交尾器の内袋の形態ではっきりと種を識別でき、それぞれの種が側所的に分布しているという話だ。話を聞けば非常にすっきりした話だと思うのだが、これに対して批判をするというのは、根拠に乏しいいちゃもんのように思える。考えられる唯一の問題は、これまで「コルリクワガタ」という和名で括られていた種が4種に分けられ、新しい和名が与えられたのだが、「コルリクワガタ」という和名をそのまま残したのはまずかったんではないか、ということだ。このままでは「コルリクワガタ」という記号が、従来の「コルリクワガタ」を示しているのか、新しい種としての「コルリクワガタ」を表しているのか、混乱を起こす可能性がある。ま、これも時間が経てば問題ではならなくなるかも知れないが、当分の間は混乱することが予想される。この話は、内容も濃く、面白かった。
 次の河本さんの講演は、去年の夏以降に三重県で発見されたクロマダラソテツシジミの発見の経緯を克明にレポートしたものだが、三重県の蝶屋さんの行動の素早さと、行動力の大きさを実感させられないわけにはいかないものだった。
 昨日の第151回日本昆虫学会・第88回日本応用動物昆虫学会東海支部合同講演会では、持ち時間が15分しかなかったということもあっただろうが、今日の講演の方が内容が濃かったように思われた。

 総会のあとは懇親会に出かけた。いつもの中華料理屋が改装中だったので、鰻屋での懇親会だった。仕事とは関係のない虫の話をするのは良いものだ。
 ところが、会が引けるちょっとまえから腹痛を催した。トイレに駆け込むと予想通り下痢だった。昨日あたりに食べたものが悪かったのだろうか。帰宅してからも、もう一度トイレに座り、正露丸を飲んだ。

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2009年1月19日 (月)

CICADA Vol. 19 No. 2/3

 日本セミの会の会報 CICADA の19巻2号3号の合併号が届いた。石垣島に住んでいた頃にはネタがあったので、いくつか報文を投稿したが、こちらに来てからはネタがなくて、もっぱら読者になるのに徹している状態になっている。
 しかし、なんだか久しぶりに CICADA を受け取ったような気がする。中を見ると、一昨年の夏に大阪で開催された例会の記事が載っていた。ぼくと三男坊の姿が2枚の写真に写っていた。もうずいぶん前のことのような記憶だ。
 合併号になっているということは、報文が足りないということなのだろうか。でも、この号は28ページ立てなので、2号と3号を分けても出せたような気がする。
 自分が編集している名古屋昆虫同好会の会誌は3か月に一回定期的に発行しているのだが、その報文が枯渇してきていて、実はちょっと焦っているのだ。 CICADA は必ずしも定期刊行ではないので、ちょっと羨ましい気がする。

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2009年1月11日 (日)

2009年名古屋昆虫同好会総会・高橋昭さんの講演

 名古屋昆虫同好会の総会は、毎年1月の第二日曜日に開催される。今日はその日だ。
 ということで、名古屋まで出かけた。去年は体調を崩して欠席していまったので、2年ぶりの参加ということになる。
 今朝は冷え込んで寒かったが、防寒着を着込んで駅に向かった。列車に乗ってからも、防寒着を脱ぐ必要がなかった。それだけ寒かったということだろう。
 総会の議事のあとは、特別講演。今年は、「東海地方の蝶、その変遷」という演題で、名古屋大学名誉教授の高橋昭さんによるものだった。高橋昭さんは、昭和一桁生まれで、第二次世界大戦中からその後にかけて、学生時代を過ごされ、その頃から精力的に愛知県を中心とした蝶の調査を行われた。その話を、ご本人から直接聴けたわけだ。高橋昭さんは、本業の医学関係でもまだ色々な仕事をされているので大変多忙な方であり、今日の講演は、直接お話を聴けるまたとない機会となった。
 高橋昭さんは、名古屋の金山近くで幼少時代を過ごされたので、必然的に名古屋市近郊での調査を多くされていた。今日はそのなかで、その当時はごく普通に見られたのに、今は完全に、あるいはほとんど姿を消してしまった蝶に焦点を当てて話をしていただいた。
 シルヴィアシジミ(シルビアシジミという表記ではないことに注意)が木曽川下流域の右岸に1960年前後にはごく普通に見られたとか、藤岡村(現豊田市)のヒョウモンモドキが1960年に発見されてから3年目を最後に見られなくなってしまったとか、作手村(現新城市)の湿原にはゴマシジミ、ヒメシジミ、ミドリシジミ、ヒメヒカゲが無数に居たのに、現在ではごくわずかのヒメヒカゲを残して姿を消してしまったとか、名古屋市東部の丘陵地のギフチョウが姿を消してしまったとか、そういった話を、いなくなってしまうとわかっていればもっと調査をしておくべきだった、と後悔の念を示されながら話された。
 それはともかく、今日は高橋昭さんの話が聞けるということもあってか、普段の例会には滅多に顔を出さない方や、遥か遠く長野から参加された方とか、総勢60名ほどが集まって、近年にない盛会だったと思った。
 総会のあとは懇親会もあったが、飲んで帰ると遅くなってしまい、駅から寒い道を歩くのがいやなので、今回は失礼してしまった。
 ま、ともかく、名古屋まで足を運んだ甲斐があったと思った。

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2008年12月30日 (火)

虫屋仲間でプチ忘年会

 名古屋出身で東京在住の虫屋のIさんが帰省するのに合わせて、名古屋でプチ忘年会をすることになった。集まったのは岐阜県在住の甲虫屋のTさん、静岡県在住の蝶屋のSさんとぼくの、全部で4人。SさんはIさんの大学時代の同期とのことだが、ぼくにとっては初対面になる
 せっかく名古屋に出かけるので、午前中に家族と一緒に名古屋に出て、想吃担担面で汁なし担々麺とマンゴープリンを食べ、地下鉄の桜通線と鶴舞線を乗り継いで大須観音へ。大須観音にお参りして、商店街へ。電子部品屋や息子らのためのゲームソフト屋や中古CD屋や沖縄物産店で買い物し、上前津駅から地下鉄名城線と東山線を乗り継いで名駅へ。テルミナの三省堂で本を見て、山積みされていた「読めそうで読めない間違えやすい漢字」という本を見たら、500円と安かったので、買ってしまった。そのうち、漢字検定のひとつ上の級を受けてみようと思う。
 午後3時半頃に家族は帰宅の途へ。そのあと一人で、JR高島屋の東急ハンズや三省堂で時間をつぶす。一人で名古屋に出てきても、なかなか行く機会が無い場所だけに良い時間つぶしになった。ところが、不意の腹痛でトイレに座ることしばし。それなりに奇麗なトイレだたので気分は悪くなかった。三省堂に行くと、様々な本が出ていることに気付かされる。いろいろ買いたい本はあったが、本を増やすのも問題なので、そのうち、また図書館にリクエストしてみようと思う。
 午後6時の集合時刻には全員が集合。中央郵便局の北にあるルーセント2階の琉球ダイニング「どなんち」へ。それなりに洒落た店だが、あまり琉球風ではない。泡盛の銘柄だけはたくさん揃っていた。料理はそれなりに美味しかったが、ごく一部を除き、本場琉球のものと言うには違和感のあるものが多かった。
 虫の話や虫屋の「業界」の話に花を咲かせ、ゆったりとした時間を過ごすことができ、名古屋まで出た甲斐があったというものだ。
 電車がなくなる、というSさんと別れてから3人でホテルの喫茶店で二次会。ぼくもあまり遅くなるのは辛いので、適当な時間に切り上げ、午後10:01発の近鉄急行で帰宅の途へ。
 津駅から帰る途中、空を見上げたら、奇麗に星が見えた。12月23日にもよく星が見えたが、それと同じぐらい良く見えた。時間が遅いので、オリオン座は南の空のかなり高い所に見えた。風があり、かなり寒い。

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2008年12月 7日 (日)

三重昆虫談話会2008年例会・・・市橋甫さんを偲ぶ会

 昨日、名古屋まで出かけて疲れたせいか、今朝の寒さのせいか、体調はあまり良くない。腹具合が良くないのが諸悪の根源かも知れない。
 連日の虫関係の行事だが、今日は四日市市の鈴鹿山麓にある三重県環境学習情報センターで開催された「三重昆虫談話会2008年例会」に出かけた。今日は休養をとって休むつもりでいたのだが、今年の7月に亡くなった市橋甫さんを偲ぶ会、ということなので多少の体調不良をおして出かけることにした。
 講演は市橋さんの思い出を語るもの2題、市橋さんが関わっていた篠立の風穴調査の映像紹介、市橋さんの名前がついた虫や、市橋さんが発見した虫に関する話題が4題。三重県の虫屋に与えた市橋さんの影響の大きさを実感させられるものだった。
 懇親会も予定されていたが、体調もあまり良くないし、夜遅くなると明日に差し支えるので、欠席させていただくことにした。出席すればたぶん楽しいんだと思うのだけど。

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2008年10月26日 (日)

またまた不調で葛根湯のお世話になる

 昨日の午後ぐらいから、またまた不調だ。何となく体がだるく、寒気と頭痛もある。というわけで、今日は一日布団の中でゴロゴロすることになってしまった。不調の原因の一つは、天気が悪く気温も低いということであることには疑いない。昨日から今日にかけて気温が下がったが、気温が下がる時期の体調管理は未だに苦手だ。葛根湯をお湯に溶かして飲むと、寒気がやや引いて行くような感じがするので、それなりに効果があるのだろうと思う。かなり前に医者に処方してもらった葛根湯が残っていたのだが、今日の昼に切れてしまったので、近所のドラッグストアに買いに行ったのだが、保険が利かないのでけっこう高い。ちゃんと医者に診てもらった方が安くなるというシステムも何となく釈然としない。
 ゴロゴロはしていたが、数日前に昆虫同好会の会誌のゲラが来ていたので、それをチェックし、別の編集幹事から原稿がまとめて送られてきたので、それもざっと見た。本も一冊読む事ができた。体調が悪いとは言え、まだ多少はマシな状態だと言える。

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2008年10月19日 (日)

第43回名古屋昆虫同好会虫供養

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 今年も例年のごとく、名古屋大学の近くにある桃厳寺で開催された名古屋昆虫同好会の虫供養にでかけた。それなりの数の虫を殺しているで、それなりの意味のあることだと思う。今年で43回目。よく続いているものだと思う。今日は約20名と、例年に較べて参加者が少なかった。天気が良かったので、お寺でお経を上げてもらうより、虫を採りたいと思う人が多かったのではないか、というのが大方の参加者の見解だった。
 

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2008年5月 9日 (金)

虫屋のサロン復活!

 会場に使っていたホテルの喫茶室と言うか、ホテルそのものの改装のため、去年の10月を最後に三重昆虫談話会のサロンが中断されていたが、今日、7か月ぶりに再開された。
 月に1回の息抜きになっていたので、復活して大変嬉しい。連休が明けたと思ったら、何かと気ぜわしくなり、精神状態があまり良くなくなっていたが、気楽に虫の話をして少し気分が晴れた。お世話をしていただいているNさん、Oさんに感謝!

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2008年3月 9日 (日)

三重昆虫談話会2008年総会

 今日は午後から三重昆虫談話会2008年総会に出かけた。途中、偕楽公園の中を通ったのだが、花見の準備が着々と進み、茶店の設営がかなり進んでいた。津に引っ越して来たときは桜の花盛りで、初めて偕楽公園に行ったのも花見の季節だった。だから、公園の中に茶店があるのは当たり前のことかと思ったのだが、これはツツジの花が終わる頃までのことで、そのあと茶店は撤収され、梅雨時には空き地になってしまって、ああそういうものか、と思ったものだ。
 話は変わるが、今朝、近鉄の津新町駅のちょっと南で、名古屋から大阪難波に向かう特急アーバンライナーに、踏切を突き破って車が衝突するという事故があり、近鉄名古屋線の名古屋発着の特急と、津新町と伊勢中川の間の全列車が止まっていたため、広い三重県のあちこちから集まってくるメンバーの何人かはこの事故のあおりを食って、会場に到着するのが遅れてしまった人もいたようだ。この車を運転していたのはボリビア人だということだが、何を血迷っていたのだろうか?
 総会では、会務報告等のあと3題の講演があった。

  1. 官能健次:三重県のヒゲボソゾウムシについて
  2. 河野勝行:アシブトヘリカメムシとそれに便乗する卵寄生蜂の生態
  3. 間野隆裕:愛知県と三重県のレッドリスト選定ガ類について

 ヒゲボソゾウムシの仲間は、あの養老孟司先生が熱心に調べているということは知っていたが、どんな虫なのかはよく知らなかった。ゾウムシに関して素人のぼくにとっては、お互いに似ていて、どこで種の識別をしているのかわからない状態だったが、三重県南部あたりでは、何種ものヒゲボソゾウムシが異所的に分布しているということだった。このあたりで、ひとつの種の分化が起こったことは疑いないところだろうが、まだまだわからないことがいっぱいあることのようだ。
 アシブトヘリカメムシの卵寄生蜂の話は、既に論文に発表したものだが、口頭で発表したことは一度も無いので、この話が受けているのだかどうだか、まったく自分では把握できていなかったものだ。総会での講演を依頼されて、是非とも喋らせて欲しいとお願いした内容だ。
 アシブトヘリカメムシは日本では先島諸島に分布している種で、非常に大型のカメムシだ。飛んでいる成虫を捕獲したところ、それに体長2mmほどの蜂が付着しているのに気が付いたのが話の発端だ。その蜂がカメムシの卵寄生蜂に違いないと直感して調べたところ、それは確かにカメムシの卵寄生蜂だった。アシブトヘリカメムシの季節的な生活史のこともよくわかっていなかったのだが、4月から7月にかけてはキク科のキールンフジバカマで繁殖し、7月から10月にかけてはリュウキュウコマツナギなどマメ科植物で繁殖することがわかった。季節的にカメムシが寄主植物を転換することは、一般的には寄生性天敵から逃避するのに有利に働くはずだが、カメムシにこの卵寄生蜂が便乗している割合は、寄主植物を転換しても季節とともに上昇した。つまり、この卵寄生蜂はカメムシの逃避戦略をすり抜けてカメムシの卵に寄生する手段を得ていることになる。
 このあたりまではわかったのだが、どのようにして卵寄生蜂がカメムシを見つけるのかとか、カメムシも卵寄生蜂も見つからない冬の間、これらの虫たちがどのようにしているのかなどということは、まだわかっておらず、面白い研究テーマがいっぱい残されている。石垣島にまた住む機会があれば、調べてやりたいと思っているのだが、その機会が訪れる可能性は低いように思われる。
 レッドリストに載せるか載せないかは、なかなか難しい問題だ。レッドリストの話は、随分前から話には聞いているのだが、今ひとつピンと来ない。間野さんのお話は、その苦労が伝わってくるような話だった。
 総会のあとは懇親会に出たのだが、懇親会に出た人の中では、自分が最も若い世代であることにあらためて気付いて愕然とした。厳密に数えれば、自分よりほんの少し若い人が一人いたのが、学年は同じなので、自分がもっとも若いのには違いない。1学年上の人が2人いたし、それより少し上の人も数人いたので、それほど居心地の悪さを感じたわけではないのだが、それにしても30年以上も「若手」をやっているのは、かなり異常な感じがする。20代、30代のメンバーが欠けているのは、悩みのタネだと思う。虫のことを面白いと感じないのか、それともこういう会に入って交流するのを好まないのかわからないが、こうやって30年以上も楽しめる虫という趣味を通して同士と交流するのは、決して損をすることは無いと思うのだが。
 まあ、とにかく、何らかの形で、虫を調べる、という文化を伝えたいと思うので、できる限りのことはやりたいと思う。
 今日の会には、三重大学で長く教鞭を執られており、三重昆虫談話会にも深く関わっておられ、1995年に亡くなられた山下善平先生のご子息(と言っても、私より一回り以上年上)がご挨拶においでになった。このことは山下善平先生と三重昆虫談話会が非常に良い関係にあったことを証明している。最近の大学の先生は、昔より忙しくなったことは確かだと思うが、アマチュア同好者と関係を持たれる先生は少なく、大変寂しいことだと思う。アマチュアとプロの分断は不幸なことだと思う。以前、キノコの研究ではアマとプロがうまく共同歩調をとっているという新聞記事を見て羨ましく思ったものだ。
 アシブトヘリカメムシの話は受けるかどうか、心配していたのだが懇親会の席で次のような話を聞いて、ちょっと嬉しくなった。三重の虫屋のベテランのNさんが、かつてルーミスシジミの母蝶を採ってきてケージの中で産卵させたところ、産まれたルーミスシジミの卵から寄生蜂が出てきたとのこと。このルーミスシジミの母蝶に卵寄生蜂が便乗していた可能性はけっこう高いのではないかと思う。アマチュアの蝶屋さんは、卵や幼虫や蛹から寄生蜂が出て来ると頭にきて捨ててしまうことが多いのではないかと思うのだが、生態学的には大変貴重なデータである可能性もあるので、簡単に寄生蜂を捨てないで欲しいと思う。

 アシブトヘリカメムシの卵寄生蜂の原著論文は下記のとおり。興味を持たれた方は読んでいただきたいと思う。
・Kohno, K, (2002) Phoresy by an egg parasitoid, Protelenomus sp. (Hymenoptera: Scelionidae), on the coreid bug, Anoplocnemis phasiana (Heteroptera: Coreidae). Entomological Science 5 (3): 281-285. [on CiNii]

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花粉症なのか風邪なのか

 今朝起きたら、やたら涙が出てくる。頭痛もあるし、喉も少し痛い。
 昨日はコブハサミムシを見るために、スギとヒノキの林の中に入っていったので、そのせいで花粉症の症状が強く出たのかも知れないし、風邪なのかも知れない。
 喉が痛いというのは、おそらく風邪の症状なので、一応風邪薬を飲んだ。
 今日の午後は三重昆虫談話会の総会があり、そこで「アシブトヘリカメムシとそれに便乗する卵寄生蜂の生態」という演題で話をすることになっている。喉が痛いのにはちょっと困った。

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2007年11月25日 (日)

三重昆虫談話会2007年例会

 四日市市にある三重県環境学習情報センターで開催された三重昆虫談話会の例会に出かけた。この会場になった場所は、公共交通機関を使ってはほとんど行けないような不便な場所にある。このような公共の場所をとんでもなく不便な場所に作った三重県の良識が疑われる。と言うわけで、Iさんの車に便乗させて連れて行っていただいた。Iさんの車は8人乗りだが、定員一杯で少々窮屈だった。
 会長の挨拶と会務報告が行われたあとは講演。
講演その1. 稲垣政志さんによる「最近新種記載された食糞コガネムシについて」:稲垣さんが新種記載にかかわったコガネムシ数種について解説された。鈴鹿川の河川敷で発見された種(メモをとっていなかったので名前は失念)については、マスコミにも取り上げられ、いろいろと取材を受けたことは話に聞いていたが、その顛末についても話していただいた。コガネムシ類にもまだまだ身近に新種が発見されるとは、これからも楽しみだ。
講演その2. 河本実さんによる「三重県北部のムラサキツバメ」:三重県北勢地方の最近2年間のムラサキツバメの発生の動向について報告された。去年は比較的あちこちで発見できたが、今年は去年発見できた場所でも発見できなかった場所が多かったとのこと。市町村単位では朝日町ではまだ発見されていないとのこと。去年は多く見られたのに今年は少ないという傾向は、隣の愛知県名古屋市周辺と同様の傾向であるようだ。もっとも、今年は多くの昆虫の発生が少なかったので、ムラサキツバメに特有の問題ではなく、もっと大きな要因があったのではないかと思う。それが何かがよくわからないのだが。
講演その3. 秋田勝己さんと乙部宏さんによる「虫屋が実践する昆虫の保全」:三重昆虫談話会のメンバーとしては秋田さんと乙部さんが深く関わって、津市の海岸と志摩半島にある海の近くの池における、外来生物や環境破壊による稀少種の減少に対して、それをくい止めるために行われた実践活動のついて報告された。一度環境が破壊されてしまったり、外来生物が侵入してしまったりすると、なかなかそれをくい止めるとこが難しいことが感じさせられた。秋田さんや乙部さんのように、労力のかかる活動を実践することはなかなか困難なことだと思う。
講演その4. 河野勝行さん(って自分のことなんだが・・・)による「コブハサミムシの幼虫はなぜ母親を食べるのか?」:孵化したばかりのコブハサミムシの幼虫がそれまで自分たちを保護していた母親を食べる行動が進化した背景について解説された。内容については、かつてこのブログに書いたことと同じだ。

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 講演4題は、それぞれ昆虫を扱ったものだが、方向性は全く異なっており、いろいろ刺激になったのではないかと思う。桂雀松師匠の独演会へ行くのを諦めてこの会に出席した価値はあったと思う。
 夜は所要のため懇親会は失礼させていただき、近鉄湯の山線の大羽根園駅まで送っていただいた。ここまで来たのなら、四日市の「ベトコン亭」に寄らない手はないので、まずは近鉄四日市まで出て、国道1号線沿いの「ベトコン亭」まででかけた。ここに来るのは2回目だ。今回も前回と同じ「国士無双」を注文した。前回はスープが辛すぎて最後まで飲み干せなかったが、今回は刻まれた鷹の爪3かけを除いて、すべて食べて、スープも飲み干した。辛かったが美味しかった。スープを全部飲み干すことができたということは、ぼくにとってそのラーメンが美味しかったということになる。また、機会があれば食べに行きたい。
 駅からベトコン亭に向かう途中のアーケードには出店がいっぱい出ていた、何かイベントがあったのだろう。それには脇目もふらず駅に戻り、急行電車に乗った。四日市から津までは大した距離ではないのだが、途中の伊勢若松の駅で後から来た特急に追い抜かれた。やはり悔しいが、たかだかこの程度の距離に500円の特急料金を払う気にもならない。
 7時半には家に帰り、風呂に入り、その後に備えることにした。

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2007年10月21日 (日)

第42回名古屋昆虫同好会虫供養

 今年も名古屋昆虫同好会の虫供養に出かけた。供養したから免罪されるとは思っていないが、供養することによって、日頃たくさんの虫を殺していることを意識させられる。もっとも、ここ10年ぐらいは、アマチュアとしての昆虫採集で殺した虫の数よりも、仕事で殺している虫の数の方が遥かに多いので、職場で虫供養をやっても良いぐらいだと思っている。
 せっかく名古屋まで出かけるので、ちょっと早目の快速みえ4号に乗った。4両編成だったので、空席がたくさんあり、ゆったりと座って行くことができた。桑名まで来て、やっと立ち席の客が出るようになった。名古屋からは中央線で金山まで出て、さらに地下鉄名城線に乗って上前津に行き、大須界隈の電子部品屋を冷やかした。これまで何度か入ったことがある店で、思わぬ出物と言うか、もう入手できないのではないかと思われる部品が手に入って、アマチュア無線家としてのぼくは嬉しくなってしまった。もっとも、その分、散財してしまったわけだが。
 昼食は上前津界隈で済ませ、これまでに乗ったことがなかった名城線の八事から名古屋大学方面に乗ってみることにした。上前津から虫供養が行われる桃厳寺の最寄り駅の本山まで行くには、名城線で栄に出て、そこで東山線に乗り換えるのが早いが、名城線左回りで乗り換え無しに名古屋大学まで行き、そこから桃厳寺まで歩くことにした。時間が余計にかかった分だけ、持って行った本をしっかり読むことができた。
 名古屋大学から桃厳寺までは、山手通りを本山に向かって坂を下っていくことになる。気温は低目だったが、天気は良かったので、歩いていると汗が滲んできた。定刻の午後1時にはちょっと遅れてしまったが、住職はまだ来ておらず、ちょうどこれから始まるところだった。読経の中での焼香。今年殺した虫のことがいろいろ思い出される。
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 虫供養のあとは幹事会。来年度の総会にかけられる昆虫同好会の事業計画の案が決められる。これまで、いくつかの昆虫同好会に所属したことがあるが、これほどしっかり事業運営がされている昆虫同好会は他に知らない。
 帰りは大人しく、本山から東山線に乗って名古屋に出て、快速みえ19号に乗ることにした。時間があると判断したので、名古屋駅5,6番ホームの端の立ち食いのきしめんを食べた。対して美味しいものとも思わないが、きしめんの麺の食感は好きだ。食べ終わって関西本線のホームに行ったところ、まだ列車は入ってきていなかったが、乗ろうとする客の長蛇の列が出来ていた。快速みえ19号は2両編成。当然の事ながら、座ることはできなかった。いつもは桑名で降りる客が多いので桑名で座れるかと思ったのだが、そこでは座ることはできず、次の四日市で何とか座ることができた。いつもはこの四日市か鈴鹿あたりで空席が目立つようになるのだが、何と今日は津まで立ち席の客がいた。快速みえの乗客が徐々に増えてきているのだろうか?そろそろ全列車が4両編成になっても良いと思うのだが、そういうわけにはいかないのだろうか?

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2007年9月 2日 (日)

今日もまたまた同好会誌の編集作業

 昨日は体調が悪く、ゴロゴロしていることが多かったが、今日は何とか回復し、数日前に返送されてきた同好会誌の原稿に向き合っている。未処理の原稿が二つもあるのだ。一つは最後の段階の修正だったので、それほど時間はかからなかったが、もう一つはまだ最終原稿になる二段階ほど前。25文字×30行で50ページ近い原稿なので、さすがに目を通すのにも時間がかかる。この原稿には午前中から向き合っているのだが、まだ半分ちょっとしか終わっていない。

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2007年7月21日 (土)

今日は一日編集作業

 今日は朝から夕方まで、ずっと昆虫同好会の会誌の編集作業にかかっていた。幸いにも、今日は朝からずっと雨が降っていたので、外に出られないという悔しさは無い。そのおかげで、かなり作業がはかどった。大きな原稿が1つは印刷に回すだけになったし、もう一つも、もう少し修正すれば良いという段階にまでなった。

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2007年7月 1日 (日)

編集はつらいよ

 来年の春、名古屋昆虫同好会の会誌「佳香蝶」は第60巻の節目を迎えるので特別号を出すことになっている。編集担当になってまだ2年目なので、大きな仕事をしているという実感は全くないのだが、もう60年も続いている会誌の重みは大きいと思う。
 通常の号は16ページまたは24ページ立てだが、特別号は通常号の1年分以上に相当する100ページ以上を目標にしている。だから、普段の号に載せられない長文の原稿も載せることができる。
 長文の原稿を送っていただけるのは嬉しいのだが、手書き原稿だとちと困る。会報に仕上げるためには、誰かが電子化作業を行わなくてはならない。ところが、極めて長文の手書き原稿が2本送られてきて、こちらもなかなか作業する時間がとれず、なかなか事が進まない。幹事で分担して入力するのだが、それだけでもけっこう大変であるし、その後の作業も手間がかかる。
 送られて来た原稿がそのまま印刷原稿にできることは滅多にない。読んでみると意味がとれなかったり、用語の不統一があったりすることはしばしばだ。だから、それも全部著者に確認をとらないといけない。電子メールが使えると便利だが、当然のことながら、手書き原稿を送ってくる著者は電子メールが使えない。多量の原稿を郵便で送るにしても、小型の郵便物しか投函できない近所の郵便ポストでは役に立たないので、遠くまで投函しに行かなければならない。二重苦三重苦だ。
 というわけで、先週の土曜日のほぼまる一日と、昨日のほぼまる一日をこの作業にあてた。せっかく良い季節なので虫採り(虫撮り)に行きたいのだが、それを我慢しての作業だ。これは辛い。しかし、とりあえず一段落だ。
 それはともかく、長文の原稿を手書きで書ける人は尊敬に値すると思う。自分は、ああでもない、こうでもない、などと考えながら書くので、ワードプロセッサ無しには何もできないと思う。昔の人は偉かった。手書きの長文原稿がこれ以上送られてこないことを祈る。

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2007年4月20日 (金)

学位取得祝賀会

20070420blog1  先週の三重昆虫談話会のサロンの席上で学位取得の祝賀会の話が出て、今日、三重県のアマチュア虫屋の大御所、松阪のNさん宅に招かれた。まだ、三重県の虫屋になってから3年にしかならないのだが、たくさんの虫屋さんに集まっていただき、ただひたすら感謝だ。
 虫屋が集まれば、当然虫の話が次々と出て来る。仕事を離れての虫の話は実に楽しい。

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2007年4月19日 (木)

同好会誌のゲラが届く

 3月末に同好会誌の原稿を印刷所に送ったので、そろそろ届かなければ定期発行が危なくなるのではないかと思っていたが、今日やっとゲラが届いた。早く著者にゲラを送らなくては。

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2007年3月21日 (水)

さよなら昆虫フォーラムオフ

 「さよなら昆虫フォーラムオフ」に行って来た。東京まで日帰りだ。これまでに日帰りで東京まで行った事はない。行って良かった。
 この月末をもって、@ニフティのフォーラムのサービスが廃止されるので、否応無く昆虫フォーラムの幕も閉じられることになった。昆虫フォーラムは1997年の7月に開設されたので、10年弱の寿命だったことになる。プロもアマも境界を乗り越えて、という目標があったが、その点ではなかなか厳しいものがあった。が、それなりに実りがあったのではないかという実感だ。
 普通の昆虫同好会というと、一般的にはいわゆる昆虫少年上がりの昆虫マニアが集っていることが多いが、昆虫フォーラムはそうではなかった。昆虫同好会の人脈だけではとても知り合う事ができなかった人たちと出会うことができた。
 今日のパーティーはある程度しんみりとするものになるかと予想していたが、しんみりしたのは、この10年弱の間に亡くなった3人のアクティブな参加者の話になったときだけだった。昆虫フォーラムはこの先どうなるのかと気を揉んでいたのだが、この席上、シスオペから今後の展開について説明され、ちょっとホッとした。
 ま、とにかく、普段は文字でしかつきあっていない皆さんに直接お会いすることができて良かった。今日参加されたみなさん、これからもよろしくお願いいたします。
 今日の会のお世話をいただいたkenji191さんをはじめとする皆さん、どうもありがとうございました。

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2007年3月17日 (土)

編集作業にとりかかる

 6月9日の例会に間に合うように昆虫同好会の会誌の編集をしないといけないが、まだあまり作業が進んでいない。修正が必要だと思われる原稿には、著者に修正をお願いしないといけないが、これがけっこう大変な作業だ。編集という作業は、著者が考えていることを正しく読者に伝えるために必要なことなので、できることなら手を抜きたくない。
 昆虫同好会の会員は高齢者が多く、報文を書く会員も高齢者が多い。高齢者の方は、原稿を原稿用紙に手書きにされる方が多いが、印刷所への入稿は電子媒体に入ったものですることになっているので、長い原稿だと電子媒体に変換する作業もけっこう大変だ。そういう方に原稿の修正をお願いする場合は、紙に印刷した原稿を郵送しなければいけない。電子メールでやりとりできたらどんなに楽だろうかと思う。
 とにかく、修正が済んだ原稿が1号分の会誌を出すのに十分な量になったので、やっと記事の割り付けを考え始めた。
 去年から編集を担当することになり、今回は2回目だ。前回は、その前の号の担当編集者から受け継いだ原稿をそのまま割り付けただけだったが、自分としてはやや不満に思っていた。同好会誌の報文と言えども、科学論文と基本的に変わるところがない。しかし、曖昧な文章表現をする著者が非常に多いので、その点をなるべく改善したいというのが現時点の考え方だ。

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2007年3月11日 (日)

昆虫学会東海支部会講演会と名古屋昆虫同好会月例会に参加

 昨日のことだが、帰宅が遅くなったので翌日になってからこれを書いている。昨日は、名古屋女子大学で開催された第147回日本昆虫学会・第84回日本応用動物昆虫学会合同東海支部会講演会と愛知産業貿易館で開催された名古屋昆虫同好会の3月の月例会に参加するために名古屋に出かけた。尾張一宮の実家にいた頃は、名古屋に出かけるのはそれほど億劫なことでもなかったが、ここ津から出かけるのは、かかる時間のことを考えると、やはり億劫だ。名古屋駅まで出るのに、津駅まで早足で歩いて15分、さらに近鉄の急行に乗ると65分かかり、それに待ち時間がかかる。特急に乗れば乗車時間は50分で済むが、特急料金を870円とられるので、よほど疲れているときでなければ、特急に乗る気になれない。
 せっかく名古屋に出かけるので、大須の電子パーツ屋にも寄ってこようと思って、ちょっと早めの朝9時過ぎに出かけた。すると、家を出て間もなく、ベニシジミLycaena phlaeas (Linnaeus, 1761) を見かけた。成虫で越冬する種を除けば、2月22日に見たモンシロチョウ Artogeia rapae (Linnaeus, 1758) とモンキチョウ Colias erate (Esper, [1805]) に次いで3種目の初見となった。
 津から名古屋へは、予定通り近鉄の急行に乗った。運が良いことに、急行用の車輌としては一番上等の5200系だった。車体には赤塚植物園のパイロゲンの広告が派手にラッピングされていたが、乗ってしまえば関係ない。
 名古屋の地下鉄は「ドニチエコきっぷ」というのを使った。名前のとおり、土曜日曜に限って使用できる安価な一日乗車券だ。なぜか、毎月8日にも使える。600円なので、3回以上地下鉄か市バスに乗る場合は、これがお得になる。
 上前津まで出て、第一アメ横ビルと第二アメ横ビルを冷やかし、昼食をとろうとタイ料理の看板が出ている屋台風の店でパッタイを食べた。美味しかったが、量が少なく、全く足りなかった。時間もなくなってきたので、地下鉄の駅に向かったが、駅の入り口の前に吉野家があったので、もう一度食事をとってしまった。
 講演会の会場には、定刻ぎりぎりで到着した。東海支部の講演会は、東海地域の昆虫学関係の大学の研究室で卒業論文や修士論文を書いた人たちの発表の場という位置付けもあるようだ。岐阜大学、名古屋女子大学、三重大学の学生さんたちの発表があった。名古屋女子大学の学生さんたちは、代々のゼミの学生さんたちが調査した愛知万博の会場でのギフチョウ Luehdorfia japonica Leech, 1889 とハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 の個体数の増減に関する発表をしたが、真面目にデータがとられていて、好感が持てた。博覧会協会が発表したギフチョウやハッチョウトンボの個体数のデータも紹介されていたが、学生さんたちの調査結果とは全く異なっていたのが興味深かった。博覧会協会が発表したデータが、どんな方法で取られたものなのか、興味あるところだ。岐阜県で高校の教員をされている船越進太郎のアラカシ Quercus glauca Thunb. ex Murray に寄生する鱗翅目幼虫の発表も、高校の生徒らと一緒になってデータをとられたもので、葉の成分の化学的な分析も行われ、すぐにでも論文になりそうなものだと思った。
 講演会が終わったあとの懇親会は、名古屋女子大学の八田先生と学生さんのお世話で、大学の一室を借りて行われた。女子学生の比率が異様に多かったが、オジサンはオジサンだけで固まってしまい、若い人とあまりお話ができなかったのは、ちょっと残念だったと思う。
 そのあとは、地下鉄桜通線で丸の内まで出た。名古屋昆虫同好会の月例会は、参加者の一人一話のあと、あらかじめ予定されていた卓話がある。今回は大池崇資さんの名古屋市近郊におけるムラサキツバメの話。去年一年間、名古屋市近郊で精力的にムラサキツバメ Narathura bazalus (Hewitson, 1862) を調査されたときの話だ。近年、北へ東へ分布を拡げているムラサキツバメだが、愛知県では、関東地方に比べるとやや遅れてやって来た感がある。しかし、大池さんらの調査の結果、名古屋市近郊では、既に広く分布していることが明らかにされた。この結果については、名古屋昆虫同好会の会誌『佳香蝶』に投稿いただいているので、今年中には公表されることになるはずだ。
 例会は21時までだが、名古屋21:31分発の津新町行きの急行に乗り損ねると、急行は10:01までない。その間に特急は2本も出るのだが。この時間帯のダイヤの組み方は、特急に乗りたくない人も何とか特急に乗せようとする近鉄の策略のように思える。21:10に外堀通のバス停からバスに乗ったが、渋滞もなく、7〜8分で名古屋駅のバスターミナルに着いた。しかし、そこから近鉄に乗るためには、JR名古屋駅前を横切って、かなり歩かなければならない。しかし、問題無く21:31発の急行に間に合った。この急行は、片側4つ扉のLCカーだった。この時間帯はクロスシートになっているが、5200系ほど座り心地は良くない。でも、ロングシートよりマシか。この急行は珍しいことに、津まで特急に抜かれない。そのためか、乗車時間は61〜62分ほどで、昼間より少し短い。それにしても、家にたどり着くと23時近くになってしまうので、毎月例会に出るのは躊躇する。やはり、夜はつらいのだ。

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2007年3月 4日 (日)

三重昆虫談話会総会

 先週からの風邪がまだ完全に治らず、喉が少し痛く、頭も重いが、三重昆虫談話会の総会に行くことにした。
 今日は薄雲が出ていたので、快晴というわけではなかったが、風もなく、本当の春のような天気だった。今日の津地方気象で観測された最高気温は18.0℃だったとのこと。やはりこの時期としては異様に高い。
Blog20070304blog  総会の会場に行く途中、津駅にほど近い偕楽公園の中を通ったのだが、既に花見茶屋の出店の建設が始まっていた。花見はもうすぐそこだという気にさせられる。
 三重昆虫談話会に入って、もうすぐ3年になるのだが、総会に出るのは初めてだ。これまでの2回は、忘れていたり、体調が悪かったりして、出られなかった。
 どこの昆虫同好会でもそうだが、高齢者が多い。自分より若い人がいないわけではなかったが、どうみても自分は若い方から数えた方が早いように見える。何とかして若い人を仲間に入れたいものだ。
 会務の報告と会計報告のあとは、三重昆虫談話会創立50周年記念行事として作成された「熊野灘沿岸照葉樹樹林の昆虫」の作成担当者数名による講演が行われた。自分にとってあまり馴染みの無い地域の話だけに、いろいろ勉強になった。
 三重昆虫談話会の毎月のサロンにはほとんど出席しているが、サロンのメンバーはほとんど決まっているので、この総会で初めてお目にかかった方も多かった。文献だけで名前を知っていた人とお話ができるということは、やはり良いことだ。

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2007年1月 7日 (日)

名古屋昆虫同好会2007年総会

 朝から強風が吹き荒れていたので、行こうかどうか少し迷ったが、一応幹事の末席に名前を連ねているので、行かないより行った方が良いと思い直して、出かけることにした。予想した通りだったが、名古屋ではところどころ雪で地面が白くなっていた。
 まずは毎年新年に行われる総会での恒例の会長の挨拶。昆虫同好会の社会的な地位について様々な点から指摘があり、自分たちの活動が仲間内(日本全国の昆虫愛好家の間)では認知度は高いものの、その地域では全く目立たないのはやはりよろしくない、との指摘。目立つことはそれと同時に失敗をすれば同時にそれも目立ってしまうという危険性を孕んでいるものの、もっと社会的に正当に認められるようになる必要があるといういうこと。そのためには、記録を報告として残すことが重要だ、ということ。これは、研究者が論文を書くということと同じだ。地域によっては、大学の昆虫学関係の研究室とも緊密な関係を持ち、健全に後継者を育ててている同好会もあり、縦の繋がりも作ることは有効だが、名古屋の場合、大学との縁が全くないというのは何とかしたいという指摘もあったが、これは多くの会員が感じていることではなかったかと思う。多くの大学の昆虫学関係の研究室の場合、基礎科学や応用ばかりで、地域のアマチュアの研究家や愛好家は相手にされていない。大学院の学生の定員がかつてと比べれば増えているので、学生の指導の負担も増えているだろうし、業績評価が異様に厳しくなっているので、成果を上げることに力を注がなければならないし、予算獲得のために努力をし、その予算を獲得したことの領収書的な成果報告もしなければならないのは大変なことだとは思うが、基盤を担っているアマチュアの存在も忘れて欲しくないものだと思う。
 議事の後は、恒例の記念講演。今年は四日市市在住のトンボ研究家の石田昇三さんの『トンボという昆虫について』というもの。話はトンボにとどまらず、昆虫が誕生してからどのようにトンボが生まれたのか。また、様々な昆虫の中で、他の昆虫とトンボはどんなところが違うか、ということなど。大学で昆虫学を学んだことのある人なら、それほど目新しい内容とは感じられなかったかも知れないが、話術が巧みであったので、今後自分がどこかで話をするようなときには、どんな話し方をすれば良いか、という点では非常に勉強になったと思う。もっとも、すぐに真似できるというものでも無いと思うが。
 夕方は場所を変えて寿司屋での懇親会。自分は酒は飲まないが、虫をネタに楽しい話をするのは好きだ。会誌に原稿を書いてもらえるよう、報文の書き方のコツなどを聞いてもらった。会誌は同好会の顔だから、社会的な地位を得るためにも良い物を作らなければならないと思う。

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2006年10月27日 (金)

CICADA Vol. 18 No. 4

 帰宅したら日本セミの会々報 CICADA Vol. 18 No. 4 が届いていた。税所さんの「個体数の増減と鳴き始め時刻の関係について」の報告は、温度に差がなくても個体数が増減しただけでセミの鳴き始めの時刻や時期が変動することを明快に示している。ともすると、初鳴きの季節が早いから今年は暖かい、などと単純に考えてしまいがちであるが、そうとも言い切れないということだ。
 自分が昆虫の発生と気温の関係を論じる場合、初認値ではなく中央値(50%観測値)を用いる。中央値は個体数の影響は受けないので、好都合な値なのだ。ただし、観測して記録するのには、大変手間がかかる。
 この会報には昨年末病気で急逝されたFさんの追悼文が多数寄せられていた。石垣島に住んでいた1999年6月17日の夜、石垣島米原のヤシ林の中で灯火採集をFさんや税所さんらと一緒にやったことは野帳にも書き残してあるし、その晩イワサキヒメハルゼミ Euterpnosia iwasakii (Matsumura, 1913) が飛んで来たのも覚えているのだが、会報の載っているFさんの顔写真を見ても、こんな顔だったのかどうかもはっきりしない。これはちょっと情けないことだ。自分が人の顔を覚えるのが苦手なことも確かだが、石垣島に住んでいた頃は、色々な人と一緒に昆虫採集をしたので、自分が覚えきれる以上の人に会っていたということだろう。それはともかく、Fさんの名前は会報の紙上に何度も登場しているので、日本のセミの研究においてFさんが重要な人物だったことはよくわかっているつもりだ。あらためてご冥福をお祈りしたい。

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2006年10月18日 (水)

校正

 名古屋昆虫同好会の会誌の校正用のゲラが送られてきた。年に4回発行しているが、編集は3人で分担しているので、それぞれが毎回印刷屋とやりとりするわけではない。自分は編集担当幹事の一人だが、今回は別の幹事の担当なのでゲラのチェックをするだけで良い。たかだか16ページなのだが、文字が小さいので、中身はそれなりに濃い。やはり、かなり気を使う作業だ。

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2006年10月15日 (日)

昆虫同好会の意味

 虫供養のあとは、部屋を変えて月例会がおこなわれた。それぞれ参加者が近況の報告などをしたが、昆虫同好会が社会の中で果たす役割についても話題になった。
 昭和50年代ぐらいから、自然保護という名目のもとで、自然を理解するための格好の手段である昆虫採集という文化が否定されるようになり、自然を表面的にしか理解していないような人々が自然保護を唱えるようになった。昆虫同好会に集う人たちは深く自然を理解していると自負していながら、表面的にしか自然を理解していない自然保護運動に関わる人々からいわれのない非難を受けることも多い。
 自然を理解するためにまず必要なことは、生物の名前を正確に把握することだろうと思う。人を相手にしていても、まず相手の顔を名前を一致させなければ話が始まらない。昆虫は動物の中でもとりわけ種数が多く、名前を覚えるだけでも実に大変なことだ。事実、何の資料も無しに昆虫の名前を言い当てることは、昆虫の専門家でも極めて困難なことだ。正確に名前を確認するためには、正しく標本を作って実態顕微鏡を使って論文の文章や図を見比べることが必要な場合も多い。昆虫同好会に集う人たちは、この部分に多くの努力を注いでいる。自然保護運動に関わっている人々で、この部分に力を入れている人はどれほどいるだろうか?目立つ特定の種に限った保護運動をしている人々は、その特定の種以外の生物に関する知識が極めて乏しいという事例が多いのではないだろうか?
 自然を表面的にではなく理解する事は、本当の意味での自然保護に対して役に立たないはずはない。昆虫同好会に集う人たちは、自然を理解するための入り口で役に立つ事ができるはずだ。

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虫供養

 今日は名古屋昆虫同好会の虫供養に出かけた。無闇矢鱈に虫を殺しているわけではないが、自然を理解するという過程の中で、犠牲になってもらった虫の数は少なくない。無駄に殺しているわけではないことを心の中で整理する意味もあり、お寺でお経をあげてもらうのも意味のあることだと思う。供養してもらうぐらいなら虫を殺すようなことをするな、という意見を述べる人も多いが、意識的に虫を殺しているか、無意識のうちに虫を殺しているかの違いがあるだけで、ほぼ全ての人は虫を殺している。意識した上で意味のあるものを選んで殺して、それを供養する人の方が、無意識のうちに多くの虫を殺していながら何の供養もせずに、意識的に虫を殺している人を非難する人よりずっとまともではないかと思う。いずれにしても、人間は罪深いものだ。
20061015blog1 20061015blog2  名古屋昆虫同好会の虫供養は今年で41回目になる。始めて以来、名古屋の桃厳寺でおこなわれている。よくもまあ長いこと続いているものだと思う。これには、古くからお世話役になっていただいているIさんの力が大きい。

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