読書

2014年3月21日 (金)

福岡伸一 著『ロハスの思考』

福岡伸一 著『ロハスの思考』

木楽舎
ISBN4-907818-71-8
762円+税
2006年5月20日発行
253 pp.

目次
はじめに
○ロハスの思考○勉強をしよう
ロハスの思考の基礎知識
○酸化と還元○ワンガリ・マータイさん(2004年ノーベル平和賞受賞者)のこと○ルシャトリエの法則○平衡を乱す操作○食べることの意味○狂牛病が問いかけたもの○エネルギーとエントロピーの原則○流れの思考○生命の新しくて古い定義○小さな生命系のサスティナビリティ○情報受容レセプターの感度を上げよう○五感のレセプター○環境問題を懐疑的に考える
懐かしい言葉を探そう
○時間その1クローン○時間その2進化○時間その3万博○時間その4加速○時間その5リスク
食について考える
○何を食べるか?○脳細胞の求めるものについて○水について考える○水をめぐるキーワード○ロハスな水をどう選ぶか○東京の水○雑穀の科学、あるいは雑穀のリアリティ○食育のための5つのキーワード○ロハス的食育5つの提案○食の未来と見えないプロセス
トーク・ウィズ
○坂本龍一○ヨーヨー・マ○レスター・ブラウン○モーガン・スパーロック○田中康夫
あとがきにかえて

「ロハス」という言葉も最近はあまり聞かなくなってしまったが、「ロハス」に関する本を読んだことがなかったので読んでみた。
「ロハス」とは、Lifestyles Of Health And Sustainabilityの頭文字をとった言葉である、ということである。Sustainableであることは大切なことであると思っているので、共感できる。
ざっと読んでみて、全体的に共感できる部分は多いのであるが、何か変だな、と思う部分が無いわけもない。例えば、PETボトル入りの水のこと。よくわからないけど、PETボトル自体Sustainableではないような気がする。

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2013年11月24日 (日)

川道美枝子・岩槻邦男・堂本暁子 編『移入・外来・侵入種』

川道美枝子・岩槻邦男・堂本暁子 編『移入・外来・侵入種−生物多様性を脅かすもの』

築地書館
ISBN4-8067-1234-5
2,800円+税
2001年12月25日発行
321 pp.

目次
まえがき(岩槻邦男)
1 生物多様性はなぜ守られなければならないか−移入種問題の視点から(堂本暁子)
2 移入種、何が問題なのか(川道美枝子)
3 世界自然保護連合(IUCN)の侵略的な外来種に対する取り組み(M・デポーター、M・クラウト)
4 二一世紀の植物相と移入種(デビッド・ビッフォード)
5 侵入する水生植物(角野康郎)
6 昆虫の世界で起こっていること(森本信生)
7 魚類における外来種問題
8 両生爬虫類の世界で起こっていること(太田英利)
9 絶滅か分布拡大か−鳥たちの明日(竹下信雄)
10 移入哺乳類はどこまで世界を変えたか(川道武男)
11 法律による移入種からの防衛(高橋満彦)
12 水際で病害虫の侵入を防ぐ
植物検疫の現状(森本信生)
動物検疫の現状(川道美枝子)
13 日本は現状の防疫対策で狂犬病の再発を防げるのか(源 宣之)
14 水際の防衛、危険予測は可能か(小池文人)
15 移入生物とわが国の生態系保全(岩槻邦男)
コラム
・輸入牧草や穀物がもたらす非意図的導入(黒川俊二)
・貝類の世界で起きている異変(中井克樹)
・ノヤギ、マングース、アライグマ、タイワンザルの現状(常田邦彦)
・ニュージーランド・検疫犬の活躍(川道美枝子)
用語解説
あとがき
資料・世界の外来侵入種ワースト100
種名索引
事項索引

 生物多様性に関する理解がまだ足りないので、いろいろな本を読んでいろいろな考え方があることを知りたいと思っている。本書は2001年と出版年がやや古いが、生物多様性と外来種の問題は深く関連しているので読んでみることにした。
 ボクは「外来種によって在来種が駆逐されてしまうことがどのように問題なのか」ということを第三者を納得させることができない。ボク自身は外来種はいない方が良いと思っているし、これ以上外来種が増えて欲しくないと思っていることは、最初に書いておきたい。
 外来種が入ってきて在来種を駆逐してしまうということは、生態系の中である在来種は占めていた地位がある外来種と入れ替わってしまうことだと理解して良いと思う。そのことで何か「人間にとって」都合が悪いことがあれば、それは問題として認識され、それなりの対策がとられることになると思うが、そうでなければ気付かずに済んでしまうかも知れない。要するに、生態系としてそれまでどおりに機能していれば、問題にはならないのではないかと思う。
 生態系のバランスが崩れることによって、ある特定の種の個体数が異常に増えたりすることは、何も外来種だけに関係することではない。もちろん、そのような現象は外来種の方が目立つのは確かだと思う。ここ数年のこと、青森県の落葉樹林でアカシジミというかわいらしい在来種の蝶が異常なほど多数発生していることは愛好家の間ではよく知られている。生物の異常発生という観点から、このアカシジミの大量発生はまさに滅多にない出来事だと思うが、これを問題だと捉えている人はいないと思う。これはアカシジミが在来種だからというわけではなく、経済的にはほとんど価値がない種だからということなのだろうと思う。ニホンザルやニホンジカなどが問題にされているのは、経済的な被害が発生しているからである。
 本書を十分に納得できないままずっと読み進めていたが、最後の岩槻氏が「・・・100万年単位の種形成を基本に進む自然の進化にはマイナスの要因を抱え込んでいると論じても、今日の経済的な功罪でしか物事を判断できない現代人には夢を食うような話にしか聞こえないようである。実際は、孫子の世代まで生物多様性を持続的に利用しようとすれば、生物多様性の総体の未来を予測しなければならないのに、そのような話は現実離れしていると、現実を直視しない人たちが一蹴してしまう。だから、移入種の問題を論じる場合も、今すぐ死ぬ、今すぐ資源が枯渇するというような、大袈裟な話を持ち出さないと聞いてもらえないのである。」と書いている文章に出くわして、環境保全の問題が理解されていない理由がわかっていないわけではないことがわかった。伝染病の問題を出す事は「脅し」になるとボクは感じていたので、科学的な態度ではないと思っていたが、そこまでしなければ理解されない世の中は「どうしようもない」ところまで来ているようにも思える。「脅し」と「騙し」が横行する世の中は嫌なものだ。
 最後まで読んでこの本の印象がちょっと変わったが、本書は読む価値がある本だと思えた。ただし、「移入・外来・侵入種」という言葉自体もひとつの「脅し文句」だと思う。移入・外来・侵入種に限らず、生態系のバランスを崩すことすべてが問題だと思うから。

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2013年7月14日 (日)

森上信夫著『虫の呼び名辞典』

森上信夫著『散歩で見つける 虫の呼び名辞典』
2013年7月15日発行
世界文化社
ISBN978-4-418-13422-9 C0045
1,500円+税

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出版社サイトは>>こちら<<

目次
春の虫
 モンシロチョウ、ギフチョウ、ほか
夏の虫
 アゲハ、ツマグロヒョウモン、ほか
秋の虫
 キタテハ、モンキチョウ、ほか
コラム
 ナミテントウの斑紋図鑑
 虫たちのカムフラージュ
 身近な夏のセミ
 身近なチョウの幼虫
 カマキリの卵のう

 著者の森上信夫さんから新刊を贈っていただいたので紹介したい。
昆虫写真家である森上さんの「虫の呼び名辞典」というのは、少々意外な感じがした。さいしょパラパラと見た時の印象も、なんとなく意図がわからない感じがした。しかし、あらためて最初から読み直してみたら、面白い着想だということが理解できた。
 虫には名前が付けられている。普通の人が使っているのは「和名」である。和名には、その虫の形態が表されていたり、生き様が表されたりしていることが多いが、中には意味がよくわからないものがある。ボク自身の頭の中では虫の名前はほとんど記号化していて、その意味を深く考えることは無くなってしまっている。
 この本は、身近な虫の名前について、その名前の意味するところを解説している。なかにはよく分からないものもあるが、それは森上さんの解釈の説明がある。これを読んでみると、自分の名前の解釈には色々な思い込みがあることもわかった。ようするに、自分は名前のことを深く考えていなかったということである。
 名前の本だけなら、写真家である森上さんが書くのに違和感を感じるわけだが、それぞれの種のすばらしい写真が添えられている(というか、写真が主役なわけだが)ので、名前が意味するところが理解しやすい。写真だけでも中途半端になっていただろうが、文章と写真が結びついて、完成度の高いものになっている。
 それはともかく、虫の名前の由来を知ることによって、虫への理解がより深まると思われるので、自然観察する人には、本書はお勧めだと言える。しかし、身近な虫でありながらゴキブリが掲載されていないのは、何からの意図があってのことか?

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2013年5月 5日 (日)

マイケル・サンデル 著『それをお金で買いますか』

マイケル・サンデル 著(鬼澤 忍 訳)『それをお金で買いますか 市場主義の限界』

早川書房
ISBN978-4-15-209284-7
2,095円+税
2012年5月15日発行
329 pp.

目次
序章−市場と道徳
 市場勝利主義の時代/すべてが売り物/市場の役割を考え直す
第1章 行列に割り込む
 ファストトラップ/レクサスレーン/行列に並ぶ商売/医者の予約の転売/コンシェルジュドクター/市場の論理/市場vs行列/市場と腐敗/ダフ行為のどこが悪い?[ヨセミテのキャンプ場を転売する/ローマ教皇のミサを売りに出す/ブルース・スプリングスティーンの市場]/行列の倫理
第2章 インセンティブ
 不妊への現金/人生の経済学的アプローチ/成績のよい子供にお金を払う/保険賄賂/よこしまなインセンティブ/罰金vs料金/21万7000ドルのスピード違反切符/地下鉄の不正行為とビデオレンタル/中国の一人っ子政策/取引可能な出産許可証/取引可能な汚染許可証/カーボンオフセット/お金を払ってサイを狩る/お金を払ってセイウチを撃つ/インセンティブと道徳的混乱
第3章 いかにして市場は道徳を締め出すか
 お金で買えるもの、買えないもの/買われる謝罪や結婚式の乾杯の挨拶/贈り物への反対論/贈り物を現金にする/買われた名誉/市場に対する二つの異論/非市場的規範を締め出す/核廃棄物処理場/寄付の日と迎えの遅れ/商品化効果/血液を売りに出す/市場信仰をめぐる二つの基本的教義/愛情の節約
第4章 生と死を扱う市場
 用務員保険/バイアティカル−命を賭けろ/デスプール/生命保険の道徳と簡単な歴史/テロの先物市場/他人の命/死亡債
第五章 命名権
 売られるサイン/名前は大事/スカイボックス/マネーボール/ここに広告をどうぞ/商業主義の何が悪いのか?/自治体のマーケティング[ビーチレスキューと飲料販売権/地下鉄駅と自然遊歩道/パトカーと消火栓/刑務所と学校]/スカイボックス化
謝辞
注釈

 著者のマイケル・サンデル氏はハーバード大学教授。カバーの写真を見て、いつかNHKの番組に出ていた人だと言うのに気付いた。
 金で買えるものと買えないものはあると思うが、昔が金で買えなかったものが、いまでは金で買えるようになったものが随分増えたように感じる。この本では、小さなことから大きなことまで、様々な事例が示され、これまで金で買えなかったものが変えるようになると、不平等に関わるものが目立つようになり、価値が「腐敗」することが示され、それが良いことなのか悪いことなのかを読者に問いかけている。
 ボク自身の経験を振り返れば、かつてボクは生命保険にいかがわしさを感じていた。ボクのナイーブな感覚が命を金に換算することを拒んでいたのだと思う。今ではそれほど違和感を感じることはなくなった。おそらく好む好まざるにかかわらず市場主義に馴らされてきた結果だと思う。その結果として、「同じものであれば安い店で買う」という行動をとるようになったと思う。スーパーマーケットが発達する前は、「信頼できる馴染みの店で買う」という行動をとる人も多かったと思うが、自分自身の経験からすれば、転勤するたびに住む場所が変わると「馴染みの店」を作るのは難しいことだと思う。「信頼による繋がり」を作るのは難しいのだ。それでも、今の街に住むようになってから、家電製品に関しては、昔ながらの大手量販店ではない店を見つけてそこで買うようになったので「同じものであれば安い店で買う」のではなく「信頼できる馴染みの店で買う」ことができているように思う。こういう感覚は「行き過ぎた市場主義を拒む」気持ちなのだと思う。
 それはさておき、かつて市場で取引されるものはモノやサービスだけだったと思うが、その程度の範囲であれば市場主義は健全であったと思う。しかし、この本に取り上げられてきた様々な「かつては金で買えなかったモノ」が市場で取引されるようになったことを見ると、やはり「行き過ぎ」ではないかと感じる。さらに行き過ぎれば、金を持つものの自由度はさらに高まり、持たざるものの自由度はさらに制限されることが目に見える。資本主義は不平等を拡大するものであることがあらためで認識させられた。
 この本では、今まで金で買えなかったものが買えるようになったことについて、様々な問いを投げかけているわけだが、どうすべきなのかという著者自身の強い主張は感じられない。読者に自分自身で考えて欲しい、ということなのだろうと思う。
 ボクの感覚では、「金で買えないものはたくさんあった方が良い」である。

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2013年4月27日 (土)

平川克美 著『株式会社という病』

平川克美 著『株式会社という病』

NTT出版
ISBN978-4-7571-2198-0
1,600円+税
2007年7月27日発行
238 pp.

目次
まえがき
第一章 経済的人間 大きくなり過ぎた経済のちから
株式会社とは誰のことか/跋扈する経済的人間/専門書は人間の内面と会社の関係について教えてはくれない/合理性の限界/株式会社の奇妙な性格/フリードマンとスミス/病の両義的な効用/利便性の尺度と異なる豊かさの尺度/所有と経営の分離の起源/所有者の利害と経営者の利害
第二章 信憑論 かれらが会社を愛した理由
会社が輝いていた時代/消えた国民的時間/もしも会社がなかったら/渦中には見えない時代の変換/商品となった会社/職人のエートスとロイヤリティ/残り続けたお家の風土/互酬的共同体の崩壊/会社信仰の黄昏
第三章 幻想論 欲望がつくりあげた幻想
不条理な会社の命令/会社が会社である理由/利益共同体としての会社/人は自ら設定した枠組みの中で思考する/会社には人間の欲望が刻印されている/もともと反社会的だった株式会社
第四章 因果論 結果は原因の中にすでに胚胎し、原因は結果が作り出す
欲望を駆動する他者/ウロボロスの輪のような原因と結果/事故の「内部化」/他者が誘発する欲望/利息の起源/欲望の共同体と無償の贈与/病の発症−不二家の場合/病の発症−ライブドアの場合
第五章 技術論 『ウェブ進化論』では語りえないこと
ビジネスを変えたインターネット/進化論のあやうさ/インターネット技術と人間関係/インターネットと金融の結合
第六章 倫理論 『国家の品格』と日本人のなし崩し的な宗旨替え
集団的な宗旨替え/落語が伝える見えざる価値/金で買えないもの/近代合理主義とプロテスタンティズム/『国家の品格』に品格なき立ち位置/言葉が欠いてはならない節度/苦難の共有と、会社のエートス
解題と方法 あとがきにかえて

 この本の著者である平川克美氏の「移行期的混乱 経済成長神話の終わり」を読んで、この人の他の著書を読んでみたいと思って図書館で借りてきて読んだ。
 今世紀に入ったあたりから企業による不祥事が相次ぐようになった。本書では「不二家」と「ライブドア」の事例が取り上げられているが、思い出せるところでは、雪印乳業があるし、本書の出版以降では、「白い恋人」の石屋製菓、赤福などが思い出されるし、JR西日本の福知山線の事故もそうだろうと思う。
 本書の著者によれば、企業の不祥事は、特定の個人に問題があるのではなく、株式会社自体が不祥事を生み出すような構造になっている、というのである。株式会社は、経営者も従業員も、会社の利益を最大化しなければいけない、という「幻想」から自由になれないということである。まだ経済成長が可能だった時代には、それでも問題は発生しなかっただろうが、欲望を肥大化させなければ経済成長が困難になった現代においては、それを隠すことができなくなってしまったということなのだろうと思う。
 株式会社や経済成長を「あたりまえのこと」としてとらえず、あらためてその意味を考え直させてくれる本書は良書だと思った。

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2013年3月17日 (日)

平川克美 著『移行期的混乱 経済成長神話の終わり』

平川克美 著『移行期的混乱 経済成長神話の終わり』

筑摩書房
ISBN978-4-480-86404-8
1,600円+税
2010年9月10日発行
262 pp.

目次
第1章 百年単位の時間軸で時代の転換期を読み解く
第2章 「義」のために働いた日本人 60年安保と高度経済成長の時代
第3章 消費時代の幕開け 一億総中流の時代
第4章 金銭一元的な価値観への収斂 グローバリズムの跋扈
第5章 移行期的混乱 経済合理性の及ばない時代へ
終章 未来を語るときの方法について
付録 「右下がり時代」の労働哲学 鷲田清一×平川克美
むすびにかえて

 下がらないはずだった公務員の給与が下がり始め、公務員準拠の給料をもらっている自分としても、経済の縮小を肌で感じないわけにはいかない時代になってきた。政治は与野党にかかわりなく、どの政党も未だに経済の拡大を叫んでいるだけである。ボクは直感的に、経済の拡大路線には無理があると感じており、これからの時代は経済の成長がなくても国民が幸せを感じることができるような政策が必要だと感じていた。しかし、このような考え方は異端として見られ、誰も相手にしてくれなかった。そのような中で、H県農業技術センターのHさんのfacebookへの書き込みでHさんが本書を読んでいることを知った。表題に惹かれ、早速図書館で借りてきて読んだ。
 本書の最も重要な主張は次の指摘である。『経団連をはじめとする財界が「政府に成長戦略がないのが問題」といい、自民党が「民主党には成長戦略がない」といい、民主党が「わが党の成長戦略」というように口を揃えるが、成長戦略がないことが日本の喫緊の問題かどうかを吟味する発言はない。
「日本には成長戦略がないのが問題」ということに対して、わたしはこう言いたいと思う。
問題なのは、成長戦略がないことではない、成長しなくてもやっていけるための戦略がないことが問題なのだと。』
(p. 140〜141)
 本書は「労働の意味」や「社会構造」の変遷を読み解き、2006年以来、日本がかつて経験しなかった「人口の減少」の意味を考え、著者は上のような主張に至ったと考えられる。ボクは本書を読む前から日本の人口の減少については無視できないことだと考えており、単に「これから日本は人口が減っていくのだから経済が縮小するのは当たり前で、縮小する経済に対してソフトランディングするための政策が必要だ」と考えていた。人口減少については「日本の人口が減少しているのは資源エネルギー的に限界に達したからである」と考えていた。著者の考え方は、日本の人口が減少してきたのは民主化の中での社会構造の変化の結果として必然であると考えるべきだ、ということであるが、これはボクの考えが及ばなかったところだった。前の民主党政権にしても今の自民党政権にしても、日本の人口の減少を解決すべき問題だとしているが、政治家も経済学者も誰も人口減少の本質を考えようとせず、素人が考えても的を外しているとしか考えられない対症療法(児童手当とか)で乗り切ろうとしていたが、これは本書でも指摘されている「経済成長という病」に冒されているからだと思う。
 本書には、縮小する今の日本の経済に対して、希望的な観測を述べるのではなく、現状を客観的に認識することが必要だと主張されている。それに対する対処法は書かれていない。この世の中には、「問題点だけ指摘して対処法を示さないのは無責任である」という考える人が多いようであり、本書のような本は評判が悪いようであるが、根拠のない夢ばかり語る方がよほど無責任であると思う。
 いずれにしても、人口が減少する社会は有史以来なかったことであるから、これまでの常識は通用しない(ことは本書でもたびたび主張されている)。これまでのように公共事業などに予算を支出するやり方は、傷を大きくするだけだと気付くはずである。これまでの「経済成長の夢」にすがりつくのはやめて、新しい方策を国民全体で考えるべきではないだろうか?

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2012年11月25日 (日)

石川 忠・高井幹夫・安永智秀 編『日本原色カメムシ図鑑第3巻』

20121125blog01
石川 忠・高井幹夫・安永智秀 編『日本原色カメムシ図鑑第3巻−陸生カメムシ類−』

全国農村教育協会
ISBN978-4-88137-168-8
12,000円+税
2012年12月25日発行
576 pp.(カラー図版128枚)

編著者一覧
林 正美・井村仁平・石川 忠*・菊原勇作・河野勝行・宮本正一・長島聖大・中谷至伸・庄野美徳・高井幹夫*・友国雅章・山田量崇・山本亜生・山下 泉・安永智秀*(アルファベット順:*は編者を兼ねる)

 1993年に発行された「第1巻」、2001年に発行された「第2巻」に続くもので、長い間発行が待たれていた。もう出版されないのではないかと噂されることもあったが、若手の石川 忠さんと、これまでの図鑑でも中心的な役割を果たしてきた高井幹夫さんの努力があって、ついに発行にこぎ着けた。ボクもこの図鑑に関わらせていただくことになったが、最初の原稿を出してから10年近く経ってからの発行なので、実に感慨深いものがある。

 「第1巻」では陸生カメムシ全般、「第2巻」では主にカスミカメムシ科とハナカメムシ科が扱われていたが、「第3巻」は「第2巻」で扱われなかった陸生カメムシの科がすべて扱われている。「第1巻」から分類学的に変更があったものもいくつかあり、とくに「第1巻」ではナガカメムシ科として扱われていた大きな科が「第3巻」では細分化された最新の分類体系に従っている。
 日本産のカメムシ類の研究は未だ発展途上にあり、まだ解明されていない部分も多い。本書は現時点での最新の情報を網羅したものであり、これを土台として、新たな日本のカメムシ相が解明されていくことになるだろうと思う。
 「第3巻」では扱っている科の種すべてについて解説が書かれているが、「第1巻」以降に変更されていない種については写真が掲載されていない種が多いので、絵合わせで同定する場合には「第1巻」も併せて参照することが必要となる。
 12,000円(+税)と決して安い本ではないが、内容を見ていただければ、決して高い本ではないと納得していただけると思う。
 本書についての詳細が書かれている出版社のホームページはこちら。「第1巻」も「第2巻」も現在販売中。

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2012年10月20日 (土)

高桑正敏(2012)『日本の昆虫における外来種問題(3)外来種と偶産種をめぐって』

高桑正敏(2012)『日本の昆虫における外来種問題(3)外来種と偶産種をめぐって』
月刊むし (501): 36-42 pp. (2012年11月号)

 「月刊むし」に連載されている、高桑正敏氏による「日本の昆虫における外来種問題」の3編目である。これまでの2編を読んで、高桑氏が考える「外来種」の概念については違和感を感じていたが、本編では高桑氏によって外来種の定義について論じられているので、ボクなりの感想を書き遺しておきたいと思った。
 高桑氏は、外来種を人為的な移動によるものか自然の営為による移動によるものであるかを区別しようとしている。しかし、生物の移動が、移動の記録が残っているものを除けば、人為的なものであるか自然の営為によるものであるかを識別するのは極めて困難であることを、高桑氏が本編中で認めているにもかかわらず、あくまで外来種を「人為的なものであるか、自然の営為によるものであるか」に基づいて定義しようとしているため、論理的に破綻していると思う。
 本編の註として、高桑氏によるこの考え方が池田清彦氏の『生物多様性を考える』(中公選書, 2012年)の中で糾弾されていると書かれているにも関わらず、それに対する反論にはなりえていないように感じられた。
 自然史の研究からは人為的な影響を排除すべきである、という高桑氏の考え方には理解できないことは無いが、そもそも、われわれが今暮らしている環境には、人為的な影響が全くない場所は、もしあるとすれば人跡未踏の地のみであり、われわれ人間が少しでも足を踏み入れた場所は、人為的な影響を受けているはずである。つまり、人間が自然史を研究しようとした場合に、人為的な影響を完全に排除することは不可能であるため、ある生物種の分布や生態を論じる場合に、人為的であるかどうかに重きをおくことは、大きな実りのあることではないと思われる。
 本編の中で例としてあげられているクロマダラソテツシジミやムラサキツバメが、人為的に植栽された植物を餌として、それらの植物の本来の分布地を離れた場所で発生することについて、「人為的であるか自然の営為であるか」を議論しているが、無駄なことであると思う。
 既にわれわれは、高桑氏の言わんとする「本来の自然」を知ることは不可能であるから、その生物の分布が「人為的であるか自然の営為であるか」を議論することは論理的にはなりえないと思う。
 生物は本来、人為的であるかどうかにかかわらず、移動する性質を持っている。分布も固定的なものではなく、時間とともに変動するものである。その変動が「人為的であるか自然の営為であるか」にこだわって「外来種と考えるかどうか」を考えるのではなく、ある生物が「どんなメカニズムで移動したのか」を追求する方が「科学的」と言えるのではないだろうか?
 とにかく、高桑氏は「本来の分布」が存在するという古い凝り固まった概念に囚われすぎていると思う。生物は移動するのだから、「本来の分布」など定義できるはずがない。

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神門善久著『日本農業への正しい絶望法』

神門善久著『日本農業への正しい絶望法』

新潮新書 488
ISBN978-4-10-610488-6-5
740円+税
2012年9月20日発行
237 pp.

目次
まえがき
第1章 日本農業の虚構
 二人の名人の死/有機栽培のまやかし/ある野菜農家の嘆き/農地版「消えた年金」事件/担い手不足のウソ/「企業が農業を救う」という幻想/「減反悪玉論」の誤解/「日本ブランド信仰」の虚構
第2章 農業論における三つの罠
 識者の罠/ノスタルジーの罠/経済学の罠/罠から逃れるために
第3章 技能こそが生き残る道
 技能と技術の違い/農業と製造業の違い/日本農業の特徴/欧米農業との対比/技能集約型農業とマニュアル依存型農業/技能こそが生きる道/防疫自由化と日本農業
第4章 技能はなぜ崩壊したのか
 日本の工業化と耕作技能/政府による技能破壊/農地はなぜ無秩序化したか/放射能汚染問題と耕作技能
第5章 むかし満州いま農業
 沈滞する経済、沈滞する農業/農業ブームの不思議/満州ブームの教訓/満州ブームと農業ブームの類似性
第6章 農業改革の空騒ぎ
 ハイテク農業のウソ、「奇跡のリンゴ」の欺瞞/「六次産業」という幻想/規制緩和や大規模化では救えない/JAバッシングのカン違い/JAの真の病巣/農水省、JA、財界の予定調和/農業保護派の不正直/TPP論争の空騒ぎ/日本に交渉力がない本当の理由
第7章 技能は蘇るか
 「土作り名人」の模索/残された選択肢/消費者はどうあるべきか/放射能汚染問題と被災地復興対策
終章 日本農業への遺言
主な参考文献

 神門善久氏の著書を読んだのはこれが2冊目である。最初に読んだのは『日本の食と農』である。この本もなかなか挑発的な本であり、刺激的だった。神門善久氏の新しい本が出ているのは知らなかったので、まずは本書を紹介していただいたH県農業技術センターのHさんにお礼申し上げたい。
 それにしても、刺激的な表題である。目次を見てさらにびっくり、終章の表題は本書が日本農業に対する著者の遺言であることを表している。
 本書の主張は終章の冒頭に要約されている。(1)日本農業の本来の強みは技能集約型農業にある。(2)耕作技能の発信基地化することにより、農業振興はもちろん、国民の健康増進、国土の環境保全、国際的貢献など、さまざまな好ましい効果が期待できる。(3)しかし、その農地利用の乱れという「川上問題」、消費者の舌という「川下問題」、放射能汚染問題の三つが原因となって、農業者が耕作技能の習熟に専念できず、肝心の耕作技能は消失の危機にある。(4)マスコミや「識者」は耕作技能の消失という問題を直視せず、現状逃避的に日本農業を美化するばかりで、耕作技能の低下を助長している。
 著者の日本農業に関する現状認識は、すべて正しいかどうかボクにはわからないが、おそらく大きく間違っていないだろうということは、本書を通して読んで感じることができた。本書の終章の表題は「遺言」となっているが、神門善久氏が存命中に、日本農業の問題点は改善されることはなく、悪い方向に向かっていくのが確実であろう、という予感を神門氏が持っているのであろうということが想像できる。
 本書を読めば、日本の農業だけでなく、他の産業も含め、産業構造、社会構造、政治的な圧力などにさまざまな問題があり、ちょっとやそっとの「手入れ」では改善が望めないであろうことが想像される。神門氏は農地だけでなく、宅地等を含めた土地の権利に関する情報の公開をすることを強く提案しているが、昨今の行き過ぎた「個人情報の保護」の状況を鑑みれば、ほとんど無理な話であるように思える。
 また、技能の継承の話についても、自然保護における希少種の保護の問題と同様であるように思える。人が資源(資金)を注ぎ込まなければ絶滅していくのは避けられないであろう。
 「焼け石に水」かも知れないが、本書では日本農業の改善にかんする様々な提言もなされているので、農業関係者だけでなく、消費者(=すべての国民)も読む価値は高いと思う。もちろん、本書を読んでどのように行動を変えるかは個々人の勝手である。
(以下2012年10月20日午後追記)
 ちょっと書き忘れたので追記する。
 ぼくたち農業技術研究者は、基本的には技術をマニュアル化することを期待されている。マニュアル化されるということは、誰でもできるようにするということなので、経験を積み重ねて習得する「技能」とは必然的に対立することになる。神門氏の主張が正しいとすれば、ぼくたち農業技術研究者がすべきことは、「技能」を身につけようとする農業者を対象に技術開発することになる。あるいは、農業技術研究は不要、ということになるかも知れない。いずれにしても、ぼくたち農業技術研究者は、研究を行うにあたり、どんな農業者を対象として考えるかは重要である。

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2012年7月21日 (土)

池田清彦著『さよならダーウィニズム』

池田清彦著『さよならダーウィニズム 構造主義進化論講義』

講談社選書メチエ 120
ISBN4-06-258120-5
1,553円+税
1997年12月10日発行
242 pp.

目次
プロローグ ダーウィニズムの限界
 進化論の基本図式/ネオダーウィニズムに対する三つの反証
第一章 「進化論」の歴史−ダーウィニズム以前
 プラトンとアリストテレス/「進化論」前夜−中・近世ヨーロッパの生物観/アマルクの『動物哲学』
第二章 ダーウィニズムとはなにか
 『種の起源』を読む/「生物」と「進化」のトートロジー/メンデルの再発見
第三章 ネオダーウィニズムの発展
 総合学説の提唱者たち/分子生物学の発展/遺伝子とは何か
第四章 構造主義的アプローチ
 名と時間/共時性と拘束性/形式と認識
第五章 構造主義進化論
 進化法則/構造の性質/情報と解釈系
エピローグ 科学の挑戦
ブックガイド
あとがき
索引

 本書の「あとがき」によれば、本書は「語り下ろし」であり、副題に「構造主義進化論講義」とあるように、講談社学術局の面々を前にした講義を本という形にしたものである。
 池田清彦氏の「構造主義生物学」に関する本をこれまでに色々読んできた。本書は1997年に出版されたものだから、決して新しいものではない。これまでに色々と「構造主義生物学」に関する池田清彦氏や柴谷篤弘氏の著書を読んできたので、「構造主義生物学」についてのボクの理解が深まったからかも知れないが、本書は「ネオダーウィニズム」と「構造主義生物学」を対比させながら、「ネオダーウィニズム」の問題点を明らかにし、それの代替の理解の仕方としての「構造主義生物学」が相当分かり易く語られているように思えた。
 「ネオダーウィニズム」による生物進化の考え方しか知らないと、「構造主義生物学」による生物進化の捉え方はかなり難解のように思えるが、本書は「ネオダーウィニズム」と対比させながら説明されているので、理解し易いと思う。
 本書の中でも(他の著書でも書かれているが)、日本におけるオオオサムシ属の4種のミトコンドリアDNAによって描かれる系統と外部形態から描かれる系統が全く異なり、遠隔地の外部形態による同種とされる種よりも、同じ地域に棲息する別種の方が、ミトコンドリアのDNAによる系統関係は近縁であることが例に挙げて説明されている。これを突然変異と自然選択によって種分化を考えるネオダーリニズムによる進化メカニズムで合理的に説明することは不可能であり、オオオサムシ属の属としての同一性を拘束する構造が4つの安定的な構造をとりえて、別の地域においても同様な形態的な種にしかなりえないと構造主義的に考えれば説明することが可能になる。「構造主義生物学」はとっつきにくい考え方であるが、このように具体的なデータをもとに説明されると、説得力があるように感じられる。
 本書の中でも語られているように、「構造主義生物学」に基づいた生物進化は未だに全く証明されているわけではないが、「ネオダーウィニズム」が生物の種レベル以下の小進化を説明し得ても、大進化を説明することは無理であることはほとんど明らかになっているので、生物の大進化を説明するメカニズムとして構造主義的な考え方はひとつの大きな柱になっても良いように思える(だからこそ、ボクが最近は「構造主義生物学」に関する本をたくさん読んでいるわけであるが)。
 もちろん、「構造主義生物学」的な考え方に基づいた進化が実際に起こったかどうかわからないし、それ以外の考え方も可能かも知れないが、「ネオダーウィニズム」に限界が見えてきた以上、もっと「構造主義生物学」的な考え方のように、「ネオダーウィニズム」以外の考え方が他に出てきても良いように思う。

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