沖縄・八重山

2009年9月23日 (水)

嬉しい偽りの看板・・・今日は一日『沖縄ポップス』三昧

 今日は午後から夜まで、NHK-FMで「今日は一日『沖縄ポップス』三昧」という番組が放送されている。もちろん「沖縄」に反応してラジオを流しっぱなしにしているわけだが、『沖縄ポップス』というのはまさに「看板に偽りあり」で、ポップスだけでなく、懐かしい八重山民謡もいっぱい流されている。こういう偽りの看板は嬉しい。
 石垣島に住んでいた頃、三線を手に少し練習した「かたみ節」や「鷲ぬ鳥節」や、いつも耳にしていた「とぅばらーま」なども流れてきて嬉しかった。まるで沖縄に居るかのような錯覚に陥る。

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2009年9月12日 (土)

中江裕司監督作品『真夏の夜の夢(さんかく山のマジルー)』

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 伊勢市の「進富座」という映画館中江裕司監督の『真夏の夜の夢』(沖縄では『さんかく山のマジルー』という表題で公開されているとのこと)が公開され、中江裕司監督がやってきてトークライブがあるというので、妻と二人で伊勢市まで出かけた。映画を見にわざわざ伊勢市まで出かけるのは、例によって例のごとく沖縄の空気に浸りたいからだ。
 中江裕司監督を見るのは『ナビィの恋』と『ホテル・ハイビスカス』に次いで3作目だ。他にも見たい作品があったが、津市の映画館では上映されなかったので、まだ見る機会を得ていない。『白百合クラブ東京へ行く』や『恋しくて』なども見てみたい。
 沖縄はヤマトと較べると、現実世界と精神世界の境界が遥かに曖昧だ。『真夏の夜の夢』は、そのあたりを表現した作品のように思われた。『真夏の夜の夢』は、もちろんシェークスピアの作品だと言うことは知っているが、作品は読んだことは無く、表題を知っているだけだ。中江作品の『真夏の夜の夢』では、マジルーというキジムン(木の精)が人間の世界の恋を混乱させて騒動を起こす。この部分がシェークスピア作品との共通点ということらしい。中江作品では『ホテルハイビスカス』にも少し精神世界が描かれていたが、この『真夏の夜の夢』では、作品の核心部分になってると言っても良いと思う。沖縄の自然観とか精神世界についての知識がないと理解しにくい作品かも知れないが、ぼくにとっては大変楽しめる作品だと思ったし、後味が良い作品だとも思った。ホテルハイビスカスの美恵子を小学校3年生のときに演じた蔵下穂波が高校生になりマジルーを演じたが、性を感じさせないマジルーをうまく演じていたと思う。平良とみが男性を演じ、平良進が女性を演じていたのは面白かったし、照屋政雄、玉城満、川満聡など、沖縄には欠かせない俳優の演技も味があった。
 映画の中の結婚式の宴会の場面で、弘前大学の城田安幸先生にそっくりの人が一瞬出てきた。アンコー先生は大阪出身だが、ルーツは沖縄だということなので、ロケ地の伊是名島に似た人がいても不思議ではない。まさか本人ではないと思う。それから、映画の中で気付いたセミの鳴き声はクマゼミだけだったので、その点での違和感はなかった。
 映画のあとの中江監督のトークライブでは、作品そのものや作品作りについての話を聞く事ができて、映画の背景などを理解するのに役に立ったともう。また、出演した俳優さんについての裏話も、なるほど、と思わされることが多く、楽しむ事ができた。中江監督の話を聞くのは、石垣島で『ナビィの恋』が上演されたときに聞いて以来だが、その時の中江監督の話はただ面白い話だったというだけだったように思うが、今日の話は、それに較べるとかなり深みを増した話だったように思う。『ナビィの恋』から10年も経っているわけだし、中江監督も自分もそれだけ齢を重ねているわけだから、それも当然だと思う。最近の映画に対する批判は本音だったと思うし、中江監督が「約束事」を敢えて入れない映画を作ったのは一つの冒険だと言っていたが、ぼくにとっては『真夏の夜の夢』が素直に受け入れられる作品だと感じられたのは、そのようなところに原因があったかも知れない。
 進富座という映画館は今時の映画館と違って小さな映画館で、主人というか席亭というかの水野昌光さんの魂が感じられるような映画館だと思った。似たような映画館がついこの前まで津にもあったが(大門シネマ)、主人が高齢になり営業を止めてしまった。小さな映画館をやっていくのは大変だと思うが、映画館の古き良き遺伝子を引き継いでいる映画館(もう82年続いているとのこと)をずっと続けて欲しいと思う。

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2009年8月 1日 (土)

八重山の風に吹かれて

 八重山の人が来るということがわかれば、そこに行きたくなるのは、やはり八重山病患者の症状だと思う。甲子園球場に八重山商工が来たときには、ついつい甲子園球場まで行ってしまったこともあったし・・・・・
 今日は、三重県のあちこちを会場にして開催されている全国高校総合文化祭の郷土芸能部門に八重山農林高校が出場するというので、伊賀市まで出かけた。八重山は芸能の島で、島に三つある高校のいずれのにも郷土芸能部があり、そのいずれもがレベルが高い。今年はその中でも八重山農林高校が抜きん出ていたということなのだろうと思う。
 八重山農林高校は「稲粟の稔り(いにあわぬなうり)」というタイトルで、マミドーマなどを歌い踊った。他のいくつかの高校の演技も見たが、八重山農林高校の演技は、見ていて美しさが感じられた。美しさが感じられるのは、他の高校の演技にはなかった。やはり、八重山のレベルの高さというか、生活の中に芸能が息づいていて、自然に演技ができていたということなのだろうと思う。
 長男の小学生時代の同級生も三人出演していた。演技が終わったあと、長男は会場の外で同級生たちと旧交を温めていたようだった。
 八重山の風に吹かれるのは、やはりいいものだ。
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マミドーマを踊る

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長男の同級生のヒロキくん大活躍

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演技を終えて会場の外で

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2009年6月21日 (日)

沖縄物産展@津松菱2009

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 今日はお昼から、津松菱百貨店で開催されている沖縄物産展に出かけた。とにかく、沖縄の匂いが恋しいのだ。このところ毎年開催されているようで、何年か前にも出かけ、いろいろ買い込んで散財したような記憶がある。
 まずは腹ごしらえ。沖縄そば。沖縄本島本部のそば屋の出店だ。麺も汁も具も美味しかった。
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 次に買い物。アンガマの面に目が止まると、そこは石垣島の「ひるぎ工房」のブース。石垣島に住んでいたことを話しはじめると、いろいろ話がはずみ、箸を買うことになった。値段を引いてもらった上に、「売り物にならないものだから」とキズ物もオマケにつけてもらう。
 島唄ライブとエイサーの時間になると、その会場へ。濱盛重則さんと「まいふなエイサー」の面々。あとから聞いたら、いずれも名古屋で活動しているとのことだったが、八重山訛りのトークと勇ましいエイサーの踊りを見ていたら、涙が出そうになってきた。やっぱり沖縄というか石垣島というかに恋をしているのだろうと思う。ああ、石垣島に帰りたい。
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 最後はブルーシールのアイスクリームで締めて会場を後にした。
 ひとときではあったが沖縄の空気に触れることができたことは良かったことだと思う。

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2009年6月20日 (土)

2009年・今年はヤマモモが豊作のようだ

 仕事なら別だが、名古屋に行こうと思うと、二つ以上の用事がなければ行こうという気にはなかなかならない。今日は、二つの用事ができたので、名古屋に行くことにした。結果的にはそれ以上の用事をこなしたのだが。
 一つの用事は、昨日開店した「マジックスパイス名古屋店」でスープカレーを食べること。もう一つはアマチュア無線家仲間の集まり。偶然だが、この両方の場所が同じ大須だった。
 午前11過ぎの「快速みえ」に乗るために10時半過ぎに家を出て、例の樹液がいっぱい出ているクヌギをチェックし、偕楽公園の中を通って津駅に向かった。偕楽公園の中に入って目についたのが、地面に落ちているヤマモモの実。偕楽公園のヤマモモには去年は全く実がつかなかっただが、上を見上げると、今年はほどほどに実がついており、ちょうど食べごろになっているものも多い。偕楽公園にヤマモモがあるのに気付いたのは一昨年のことだったが、一昨年と較べると、今年はやや不作のようにも思える。しかし、十分に豊作と言えるほどだと思う。
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 名古屋に着いてからはあちこちで用を足し、大須に着いたのは午後1時をかなり過ぎていた。「マジックスパイス」はすぐに目についた。
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 確かこの場所は、以前はトルコ風のケバブか何かを売っている店だあった場所ではないかと思う。ケバブは繁盛していなかったのだろうか。時間的にはちょうどお昼どきに入った客が店を出る時間帯かと思ったが、まさにそのとおりで、店に入ったときにはほとんど席が埋まっていたが、次々と席が空いてきた。最初はカウンターに案内されたが、狭かったのでテーブル席に移らせてもらった。
 注文したのは「マジックスパイス」の基本である「チキン」で、辛さは「涅槃」。7段階のちょうど中間の辛さだ。3月の札幌でも4月の東京でも「チキン」だったので、店の間の比較ができる。辛さを「涅槃」にしたのは札幌と同じで、1段階下げた東京では辛さがまるで足りなかったので、やはりそれなりに辛い方が良いと思ったからだ。出てきたのはこれ。
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 東京で食べたときには野菜が少ないと思ったのだが、札幌で食べたとき以上に野菜が入っている感じだ。チキンが隠れていて見えないが、チキンの大きさも東京より明らかに大きく、札幌より大きいのではないかと思えた。
 食べてみてビックリ。何と予想以上に辛いのだ。スープをすすろうと口の中に入れると、むせて咳が出る。明らかに札幌の「涅槃」より辛いと思われた。しかし、「マジックスパイス」の場合、「辛い≒美味しい」なので不満は無い。しかし、胃袋は熱くなるし、明日の朝、トイレに座るときが心配だ。
 ま、とにかく、名古屋の「マジックスパイス」を味わうことができて良かった。満足度は「名古屋≧札幌>東京」である。そうしょっちゅう名古屋に行くわけではないが、名古屋の中では、大須は行く機会が多い場所なので、大須に行く楽しみができた。
 次に向かったのは沖縄物産を扱っている「にらい」。「わしたポーク」を探したのだが、「スパム」とか「チューリップ」ブランドのものしか無い。予定の時間までにはまだ余裕があるので、上前津から地下鉄に乗って栄の「わしたショップ」に向かった。ところが「わしたショップ」の前に行くと、シャッターが閉じていて店が休みのように見えた。近くまで行ってみると、「移転しました」とのこと。「中日ビル地下1階」と書かれているのだが、名古屋の地理には詳しくないので、「中日ビル」がどこにあるのかわからない。しかし、ぐるっと見渡すと、東の方に「中日ビル」を発見できた。何と、今降りたばかりの地下鉄の駅の乗り場からすぐ近くだ。知らなかったから仕方がないが、ずいぶん無駄に歩かされてしまった。ここでは間違いなく「わしたポーク」を買い求めることができた。そのあとは、もう一度地下鉄に乗って上前津へ。いつも名古屋に出たときには使うのだが、こういうこともあろうかと思って「ドニチエコきっぷ」金600円也を買っておいたのは正解だった。
 このあとは、上前津駅近くの大須の某所で開催されたアマチュア無線家の集まりに出席。顔を合わせるのは初めての人ばかりだが、有意義な時間を過ごすことができた。
 会が終わったのは夕方6時過ぎ。18:30発の「快速みえ」に乗れるかどうか微妙な時間。上前津駅に向かうと金山方面が18:17発、栄方面が18:16発だったので、栄経由の方が早いと思って栄に出た。栄では18:21発の高畑行き。乗り換えに便利なように、最後部の車輌に乗り、名古屋駅に着くと、改札口目指してダッシュした。途中で息切れがしたが、何とか「快速みえ」に間に合い、遅くならない時間に帰宅することができた。
 津駅を下りると小雨が降っていたが、傘をさすほどではなかった。例の樹液が出ているクヌギを見ると、フクラスズメと大変小さいコクワガタが来ていた。残念ながら、モンスズメバチはいなかった。

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2009年3月 5日 (木)

宮古島ではイワサキクサゼミが鳴き始めたらしい・・・いいなぁ

 今朝通勤の途中でラジオを聴いていたら、宮古島の西平安名崎(にしへんなざき)でイワサキクサゼミが鳴き始めたとのこと。一昨年にもこのブログに宮古島のイワサキクサゼミのことを書いているが、それは1月のことなので、今年は一昨年よりもかなり遅い鳴き始めということのようだ。しかし、石垣島では3月下旬に鳴き始めることが多いので、やはり宮古島の方が鳴き始めが早いようだ。
 石垣島でイサワキクサゼミが鳴き始める頃は、春先の不安定な天候の日がほとんどなくなり、既にかなり暖かくなってからのことなので、本格的な春の訪れを感じさせられ、心がウキウキしたものだ。こちらでは、ハルゼミが鳴き始めるのは早くても4月の下旬のこと。春が待ち遠しい。

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2008年12月30日 (火)

虫屋仲間でプチ忘年会

 名古屋出身で東京在住の虫屋のIさんが帰省するのに合わせて、名古屋でプチ忘年会をすることになった。集まったのは岐阜県在住の甲虫屋のTさん、静岡県在住の蝶屋のSさんとぼくの、全部で4人。SさんはIさんの大学時代の同期とのことだが、ぼくにとっては初対面になる
 せっかく名古屋に出かけるので、午前中に家族と一緒に名古屋に出て、想吃担担面で汁なし担々麺とマンゴープリンを食べ、地下鉄の桜通線と鶴舞線を乗り継いで大須観音へ。大須観音にお参りして、商店街へ。電子部品屋や息子らのためのゲームソフト屋や中古CD屋や沖縄物産店で買い物し、上前津駅から地下鉄名城線と東山線を乗り継いで名駅へ。テルミナの三省堂で本を見て、山積みされていた「読めそうで読めない間違えやすい漢字」という本を見たら、500円と安かったので、買ってしまった。そのうち、漢字検定のひとつ上の級を受けてみようと思う。
 午後3時半頃に家族は帰宅の途へ。そのあと一人で、JR高島屋の東急ハンズや三省堂で時間をつぶす。一人で名古屋に出てきても、なかなか行く機会が無い場所だけに良い時間つぶしになった。ところが、不意の腹痛でトイレに座ることしばし。それなりに奇麗なトイレだたので気分は悪くなかった。三省堂に行くと、様々な本が出ていることに気付かされる。いろいろ買いたい本はあったが、本を増やすのも問題なので、そのうち、また図書館にリクエストしてみようと思う。
 午後6時の集合時刻には全員が集合。中央郵便局の北にあるルーセント2階の琉球ダイニング「どなんち」へ。それなりに洒落た店だが、あまり琉球風ではない。泡盛の銘柄だけはたくさん揃っていた。料理はそれなりに美味しかったが、ごく一部を除き、本場琉球のものと言うには違和感のあるものが多かった。
 虫の話や虫屋の「業界」の話に花を咲かせ、ゆったりとした時間を過ごすことができ、名古屋まで出た甲斐があったというものだ。
 電車がなくなる、というSさんと別れてから3人でホテルの喫茶店で二次会。ぼくもあまり遅くなるのは辛いので、適当な時間に切り上げ、午後10:01発の近鉄急行で帰宅の途へ。
 津駅から帰る途中、空を見上げたら、奇麗に星が見えた。12月23日にもよく星が見えたが、それと同じぐらい良く見えた。時間が遅いので、オリオン座は南の空のかなり高い所に見えた。風があり、かなり寒い。

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2008年12月 6日 (土)

日本鱗翅学会東海支部第139回例会

 会員外の出席大歓迎、ということだったので、会員でもないが、日本鱗翅学会東海支部第139回例会に出かけた。会場は一週間前に日本昆虫学会と日本応用動物昆虫学会の東海支部会の講演会が開催されたのと同じ名城大学だ。
 朝、家から駅へ向かう途中の津偕楽公園。一週間前にも通った道だが、そのときにはそれほど多く落ち葉が落ちていたという印象は無かったのだが、今日はずいぶんたくさんの落ち葉が落ちているような気がして、ついつい写真を撮ってしまった。
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 せっかく名古屋まで出かけるので、いろいろと用を足そうとした。まずは「生せんべい」を探すこと。これは話の種として職場に持って行くつもりなのだ。ところが、名古屋駅界隈、その後に立ち寄った大須界隈のいずれでも見つけることはできなかった。御園座にあるという情報はあったのだが、御園座に用は無いので無視することにした。大須では、これまで気が付いていなかったのだが「にらい」という沖縄物産の店を見つけた。沖縄物産の店と言えば、大阪日本橋の駅の近くの「なんばウォーク」にある「ちゅらり」に何度も行ったことがあるし、名古屋の栄にも「わしたショップ」がある。それらに較べても「にらい」は店舗の面積も広く、品揃えも良いように思えた。名古屋に行く時には大須にはよく行くので、これからの巡回コ−スに入れたい店だ。欲しいものはいっぱいあったのだが、沖縄物産ではないが沖縄で普通に見られるA&Wのルートビアを買った。知らないうちにデザインが変わっていた。
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 余計な話はこれぐらいにして、本題の鱗翅学会の例会のことを書かなければいけない。今回は、特別講演として、池田清彦氏の「多細胞生物の進化メカニズム」という講演があった。今回出席しようと思ったのは、この講演があるからだ。今年になってから、池田氏の著書をいろいろ読んだが、まだご本人には直接会ったことがなかった。だから、是非とも直接話を聞いてみたいと思ったのだ。
 内容は、池田氏が主張している構造主義生物学的な考え方に基づいた進化のメカニズムについての話で、池田氏の普段の主張を知っていないとなかなか理解が困難な内容ではなかったかと思う。話はしょっちゅう脱線したが、ネオダーウィニズムに対する批判は、これまでよりよく理解できるようになったと思う。しかし、それにしてもベラベラとよく喋る人だと思った。頭の回転の速い人だと思う。
 懇親会にも出ようかと思っていたが、池田氏は所用で次の場所へ行かなければならないということで懇親会に出ないということがわかったので、懇親会は失礼することにしてしまった。
 会場を後にして、名古屋駅に向かい、西口の地下街「エスカ」にある「想吃担担面」で担々麺を食べた。時計を見ると「快速みえ」の時間までが微妙なので、本当は「汁なし」を食べたかったのだが、早く食べられると思われた「汁あり」を頼んだ。デザートはマンゴープリン。ここでマンゴープリンを食べるのは2回目だ。ちょっと高価だと思うが、やはり美味しい。
 ゆっくりしていては「快速みえ」に間に合わないので、急いで駅に向かったら、ちょうど列車が入ってきたところだった。行列が長かったので座れないと思っていたが、運良く座ることができた。座れなくても良かったので、もう少しゆっくりと担々麺を食べれば良かったと、若干後悔した。
 津駅で降りると冷え込んでいた。防寒具を身につけ、家に急いだ。

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2008年11月 1日 (土)

旧山古志村を眺める

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 長岡駅には朝7時過ぎに着き、まずはタクシーで親戚の家へ。朝食をいただき、しばらく休憩してから車で寺に向かう。11時過ぎに始まった法要には30人以上集まった。こんなにたくさん人が集まる法事は最近では珍しい、と住職が言っていた。その後、市内の某会館バスで某会館に向かい、そこで食事。かなりのご馳走だった。その某会館のバスで長岡駅まで送ってもらい、今度は蓬平温泉の旅館のバスで蓬平温泉へ。2004年の新潟県中越地震で大きな被害を受けた場所だ。到着した旅館は立派なものだった。地震のあと、復旧させたものだろう。
 宴会までには時間があったので、旧山古志村に行ってみることにした。蓬平温泉からは数キロの距離で、大して遠くはない。金倉山というところに展望台があることがわかったので、そこに向かうことにした。駐車場に車を停めて歩くこと5分ほど。立派な展望台があった。長岡から小千谷の町を見渡すことができ、反対側を見れば中越地震のときに孤立した旧山古志村が見える。大変展望の良い場所だ。
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 水を張った田圃のように見えるところは、田圃ではなく鯉を養殖するための池だということらしい。中越地震のときに、確かに鯉の話が出て来たのを憶えているが、旧山古志村の重要産業の一つであることをあらためて認識させられた。
 旅館に戻ってからは、風呂に入り、そのあとは大宴会。三年半前にもこの一族の法事があり、そのとき以来のカラオケもした。たまには大きな声を出して歌うのも良いものだと思う。何曲か歌ったが、沖縄関係の歌だけで3つも歌ってしまった。「島人の宝」は長男と一緒、「えんどうの花」は我が家一家そろって、「童神」は一人で。
 後から聞いた話だが、この旅館の仲居さんに中に、今年沖縄から出て来た人が一人いて、我が家一家が沖縄の歌を歌っていたので嬉しかった、という話をしていたとのことだ。沖縄はぼくにとっても心の故郷だ。
 朝もしっかり食べたし、昼もさらにしっかり食べたし、この宴会でもしっかり食べたので、帰ったときに体重計にのるのがちょっと怖い気がする。

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2008年6月29日 (日)

石垣島の香りが届く

 ピンポーン!玄関のチャイムが鳴ったので、何かな?と思ったらゆうパックだった。何が届いたのかな?と思ったら、石垣島のパインだった。カリマタさんに違いない、と思ったら、そのとおりだった。カリマタさんには、去年の夏の石垣島旅行のときにも、シュノーケリングなっどでお世話になった。嬉しい石垣島からの便りだ。カリマタさん、ありがとう。
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2008年6月16日 (月)

であるわけさ

 今日まで地元の百貨店で沖縄物産展が開催されていた。それは知っていたのだが、行くヒマが無かった。いや、昨日は時間が無いわけではなかったのだが、土曜日に早朝から深夜まで出かけていた疲れが出て、出かける元気が無かった。
 しかし、今日、妻が沖縄物産展に出かけ、いろいろなものを買ってきてくれた。今晩のおかずには島らっきょうの天ぷらを作ってくれた。この前、名古屋の三越百貨店で開催されていた沖縄物産展にも島らっきょうがあったのだが、高かったので買うのを諦めていたのだった。島らっきょうの天ぷらは、掛け値無しに美味しい。
 他にもいろいろ買ってきてくれたのだが、これ。
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 「であるわけさ」
 名前に惹かれる。何のことはない黒糖菓子なのだが。「何でかねぇ?」「であるわけさ」という会話が思い出される。類似品に「ちょっちゅね」というのもある。これも名前に惹かれる。「ちょっちゅね」とは、かの具志堅用高が口にする言葉である。
 また石垣島に行きたくなってしまった。

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2008年6月 6日 (金)

僕の島/彼女のサンゴ

 NHKで放映された表題の番組を見てしまった。普段はドラマなど見ないのに、石垣島の景色が見られる、というだけで見てしまう単純さだ。
 ドラマのために奇麗にしたのかも知れないが、米原の知花食堂が奇麗になっていた。石垣島に住んでいた頃には何度も入った店だ。オバァがひとりでやっている。「ストロングそば」なんていうメニューは無かったはずだが、ドラマのために作ったのだろう。

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2008年5月17日 (土)

第90回記念関西病虫害研究会大会2日目

 昨日に引き続き第90回関西病虫害研究会に行った。今日は朝9時から始まるので、ちょっと朝が早い。名古屋大学は街の中心からはかなり離れているので、名古屋駅からだと最低でも30分はみておかないと間に合わない。今日は土曜日なので混雑はひどくなかったが、それでもやはり名古屋駅で地下鉄東山線に乗ったときには座れなかった。今日は土曜日なので600円で地下鉄と市バスが乗り放題の「ドニチエコきっぷ」が使えるので、それを使った。普通に往復するだけなら普通運賃を払った方が安いのだが、帰りに寄り道を考えているのだ。東山公園駅で降りて、会場まで歩く。電車を降りてから12〜13分で到着。本山で名城線に乗り換えて名古屋大学駅まで乗ると、乗り換えに時間がかかり、へたをすると10分も待たされるので、明らかに東山公園駅からの方が時間が節約できる。
 今日は一般講演のみ。今日受付をする人は少なく、受付業務ははっきり言ってヒマだった。一般講演が終わるちょっと前、受付を撤収し、帰ることにした。
 2人のKさんと一緒に東山線の東山公園駅に向かう。一緒の電車に乗ったが、2人のKさんは名古屋駅まで乗ったもようだが、ぼくは途中の栄駅で降りた。目的地は「わしたショップ」と三越名古屋栄店で開催されている沖縄物産展だ。息子から頼まれていたミキを探したのだが、どういうわけか、どちらにも見つからなかった。物産展の会場で「ナーベラー定食」を食べる。840円。どういうわけか知らないが、えらく待たされた。30分近く待たされたような気分だったが、実際には20分ぐらいだったかも知れない。味は悪くなかったが、ちょっと量が少なかった。まあ、体重制限中の身としては悪いことではない。でも、もう少し安くても良いのではないかと思った。
 最近は寝酒を飲むことが多くなり、一昨日それが切れてしまったので、泡盛を買うことにした。結局、物産展の方ではなく「わしたショップ」で買った。八重山の銘柄ばかり3合瓶を3本買った。「於茂登」と「白百合」は石垣島、「舞富名」は与那国島の泡盛だ。それぞれ1本892円。石垣島で買えば600円ぐらいのものだが、輸送費がかかっているだろうから、この値段は仕方がない。
 ついでに、沖縄そばの乾麺と「ちょっちゅね」も買う。
 泡盛を3本も買ったので、けっこうな重さになり、歩くのがちょっとつらくなってきた。しかし、もう一度物産展を物色してから名古屋駅に戻った。
 快速みえに乗ったが、列車が入ってくるまでには随分長い列ができた。中程に並んでいたので、何とか座席を確保できた。座ってから持参していた文庫本を取り出したのだが、眠気が襲ってきてなかなか頭に入らない仕方が無いので、文庫本を片付け、居眠りすることにした。途中ところどころで意識が戻るのだが、降りる一つ手前の鈴鹿駅の停車の時にも意識が戻った。もうすぐだから起きていよう、と思ったのだが、まだ居眠りをしてしまった。次に意識が戻った時には津の駅に着いており、列車の扉は既に開いていた。慌てて飛び降りて、なんとか松阪まで連れていかれずに済んだ。大していたことはしていないとは言え、やはりこの2日間で疲れたのだろう。
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2008年4月21日 (月)

月刊むし447号の表紙のオオヒゲブトハナムグリの写真

 仕事を終えて帰宅したら「月刊むし」が届いていた。2008年5月号。通巻447号になる。
 封筒を開いて中から取り出したところ、信じられない光景が目に飛び込んできて驚いた。オオヒゲブトハナムグリが目の前にあるのだ。
 オオヒゲブトハナムグリは八重山諸島だけに分布し、「樹冠の宝石」とも形容されるように、個体ごとに、金青色、金緑色、金赤色など多彩な金属光沢を持ったコガネムシの一種であるが、いつも樹冠を活動場所としているので、すぐ目の前で見る事は非常に困難なのだ。石垣島に住んでいた頃、長い竿の先につけた網を振り回して採集したことが懐かしく思い出される。
 とにかく、「月刊むし」の表紙の写真には、ヤンバルアワブキの花に集まった雌雄のそれぞれ異なった色のオオヒゲブトハナムグリが5頭も写っているので、このような光景が見られるとは信じられないのだ。この写真を撮ったのは西野嘉憲氏。このような場面に出会うためには、相当な苦労をされたのではないかと思う。努力もさることながら、このような光景に出会えるとは、実に羨ましい。

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2008年1月11日 (金)

「子供の科学」に写真が載った

 「子供の科学」という昔から続いている子供向きの科学雑誌がある。石垣島に住んでいた頃、息子たちのために、1年ぐらい購読していたこともある。
 去年の年末に、ぼくのウェブサイト"Natura Yayeyamana"を見た編集者の方から連絡があり、「ヒメシュモクバエの写真を使わせて欲しい」とのこと。写真を使ってもらえることは、やはり嬉しいことなので、躊躇無く使ってもらうことにした。そして、その掲載誌が今日届いた。
 2008年2月号。特集「ヘンな姿の謎を解け!フシギ生物大集合」となっている。この世の中には変な形の動物はたくさんいる。ヒメシュモクバエももちろん奇妙な形の昆虫だ。異様に左右に飛び出している複眼は、何のためにそうなっているのかよくわからない。
 ところが、13ページに掲載されているぼくが撮ったヒメシュモクバエのキャプションを読んで、ちょっとがっかりした。これを読むとボルネオかアフリカで撮った写真のように思われてしまう。撮った場所は、もちろん石垣島。日本にもこんな変な虫がいるんだぞ、ということを書いて欲しかったなぁ。

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2007年9月30日 (日)

郵政民営化はやっぱり田舎切り捨てだと思う

 テレビから夏川りみの歌声と沖縄の風景が出てきたので何かと思ったら、明日から民営化される郵便局のコマーシャルだった。最後に映し出されたのはおばぁの顔と見覚えのある竹富郵便局だった。その前の風景も竹富島で撮影されたものだったのだろう。こういうコマーシャルをテレビで放映されると、いかにも田舎にも配慮していますよ、などという幻想を抱きそうだが、おそらく田舎はますます不便になっていくことだろう。
 前にも書いたが、送金用に郵便振替の口座を持っている利点は全くなくなった。送金するなら現金で送金する方が安くなるのだ。これまでの、15円という低料金での送金のサービスは明らかに原価割れだったと思うが、多少値上げしてでも、安価な文書による送金を残して欲しかった。これまで、送金用に郵便振替の口座を持っていたが、持っていても仕方がないのではないかと思うようになった。誰か、送金してくれるような奇特な人がいれば別だが。それはともかく、郵便振替は基本的には法人対象のサービスではなく、個人対象のサービスだったはずだが、これでは個人が眼中に無かった銀行と全く同じになってしまうではないか。個人が郵便局に見放されてしまったら、郵便局の存在の意義が問われることになると思う。
 前回の総選挙で小泉自民党に投票したみなさん!民営化されればこうなるのは見えていたはずですけど、これで良かったんですか?

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2007年9月17日 (月)

日本昆虫学会第67回大会3日目

 朝6時半に目覚ましをかけていたが、それが鳴る前の6時過ぎぐらいに目が覚めた。カップ入りの沖縄そばがもう1個残っていたのでそれを朝食にした。シャワーを浴びて、荷物をまとめる。今日はチェックアウトするからだ。8時過ぎにチェックアウトする。今回はノートパソコンを持ち込んでブログなどを書いていたので、部屋のテレビの電源を一度も入れなかった。そのかわり、ラジオ(しかもAM放送だった)はずっと鳴らしていた感じだった。やはり、テレビよりラジオが好きなのだ。最近のビジネスホテルはテレビは必ずあるが、ラジオが無いところが多く、今回もラジオを持参していたのだが、それの出番は無かった。
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 今日は荷物を持って坂の上の大学に行かなければいけないので、駅からはバスに乗る事にした。バスは始発の阪神御影から乗っても、大学のすぐ近くの阪急六甲から乗っても値段は同じなので、時間と料金との兼ね合いから、JR元町からJR六甲道までJRの電車に乗ることにした。阪神元町も神戸高速花隈も地下にあるが、JR元町は地上だ。やはり地上の駅の方が良い。JR六甲道からはバスだ。これまでの2日間は阪急六甲から歩いて会場に向かったので、正規の入り口から入らず、裏道を通っていた。だから、今日は3日目にして、はじめて正規の入り口から大学構内に入った。
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 今日の学会は、午後の最初からシンポジウムなので、一般講演は午前中だけだった。今日は害虫管理と生物的防除関係の発表が行われる会場でほとんど過ごした。それなりに面白いと思ったものもあったが、本当に面白いと思えるものは残念ながら無かった。面白い面白くないといいう判断基準は、ぼくの頭なので、他の人が聞けば違った判断になるのだろうが。
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(↑巨大なカマキリの前脚・↓虫の万華鏡、いずれもシンポジウム会場にて)
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 午後からは「2005年の博物館」というテーマのシンポジウムに出た。これも一般に公開されたシンポジウムだ。4題いずれの話題も、博物館の学芸員をされている方の講演だったが、最初の3題はこれからの博物館で行うことの方向を提案するものだった。いずれも、一般市民に対してどのように博物館を使ってもらうか、という点で、それぞれの博物館で努力されていることがよくわかった。最後の1題は、分類学と系統学の関係がこれからどうなっていくか、という話で、博物館をどのようにしたら良いのか、という点を中心に語られた最初の3題とは全く異なった視点の話だったが、生物系の博物館では分類学や系統学と無関係ではいられないのは確かなので、それなりに意味のある話題提供だったのかも知れない、と言うか、話自体は面白かったのだが、シンポジウムのテーマからはちょっとはずれている感が否めなかった。
 最後は「地表性甲虫談話会」の小集会に出席した。2題の話題提供があり、いずれも生態学関係のものだった。ゴミムシは一般に捕食性のものが多いが、中には植物種子を主な餌とする系統群がいくつもあることが近年の研究で明らかにされてきた。その種子食性のゴミムシ類の雑草種子に対する捕食量としたべた研究が岐阜大学連合大学院(=静岡大学)の大学院生の市原実さんによって紹介された。もう一つは純真短大の石谷正宇さんによって、ゴミムシ類の生態に関する研究の世界的な動向についての紹介があった。ゴミムシ類は種数が多く、分類学的にもまだ様々な問題が残されているということもあろうが、生態に関しては主にヨーロッパで研究が進んでおり、一部アメリカの研究もあるのだが、日本での研究はまだまだ少ない。その中でも、今すぐ手をつけたら面白いのではないかというテーマがいくつか提示された。そのあとは、自己紹介を兼ねた一人一話が行われ、それでほぼ予定の時間が消費された。
 その後、懇親会も予定されていたが、今日は帰らないわけにはいかないので、すぐに帰途についた。阪急六甲から梅田に出て、そのあと地下鉄で日本橋まで出ようとしたのだが、なかなか地下鉄の駅にたどり着けず、余計に時間がかかってしまった。まだ乗った事がなかった谷町線の南森町から谷町九丁目に乗るために、ちょっと遠回りだったが、東梅田→(谷町線)→谷町九丁目→(千日前線)→日本橋の経路を通った。日本橋では帰りの近鉄特急アーバンライナーの切符を確保し、なんばウォークのわしたショップに向かった。わしたショップでは、ルートビアとミキを調達した。そのとき初めて気が付いたのだが、レシートには「わしたショップなんばウォーク店」ではなく「ちゅらりなんばウォーク店」と書かれていたのだ。店の造りも品揃えや品物の配置も前と全く変わっていないので気が付かなかったのだ。どうやら「わしたショップ」から独立したらしい。まあ、これまで通りの品物が入手できれば、「わしたショップ」でも「ちゅらり」でも関係ない。
 店を出てからその近くのラーメン店「古潭」で「あっさりラーメン」というの食べたのだが、どこが「あっさり」なのかわからなかった。不味いわけではないが、とりたてて美味しいというほどでもなかった。しかし、スープを全部飲み干したので、ぼくの基準には合格だ。ラーメンのあとはなんばウォークをずっと西に向かい「551蓬莱」で豚饅を調達した。これは家族への土産で、明日の朝食になるはずだ。
 「551蓬莱」の位置をしっかり把握していなかったのだが、近鉄難波の東改札からかなり西に行ったところにあったような気がしたので、さらに西に向かい西改札から入ることにした。しかしこれはおそらく失敗で、東改札に戻ってから構内に入った方が歩く距離が短かったような気がした。
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 近鉄難波20:00発のアーバンライナーは定刻の21:21よりやや遅れて津駅に着いた。妻と三男が車で迎えに来てくれていた。もちろん、頼んであったわけなのだが。

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2007年6月17日 (日)

さんぴん茶が消えた

 我が家では「さんぴん茶」を日頃から飲んでいる。これは石垣島に住んでいたときに身に付いた習慣だ。特に夏の暑いときの冷やした「さんぴん茶」は大変美味しい。沖縄を離れたら入手が難しいのではないかと思っていたのだが、幸い近所のスーパーマーケットでティーバッグを容易に入手できた。
 ところが最近、近所のスーパーマーケットから一斉に「さんぴん茶」のティーバッグが消えてしまった。何があったのだろうか?我が家は少し困っている。

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2007年6月14日 (木)

盛口満著『ゲッチョ昆虫記—新種はこうして見つけよう』

盛口満著『ゲッチョ昆虫記—新種はこうして見つけよう』
2007年6月15日発行 どうぶつ社 1,500円+税
ISBN978-4-88622-336-4 C0040

Geccho_konchu_ki  一昨日からとある研修の講師などという慣れない仕事をしていたので、その準備の段階から普段にない疲れを感じていた。とにかく今日のお昼までで終わったので、最低限の日常の仕事だけを片付けて、早々に帰宅した。とりあえず昼寝でもしようかと思っていたのだが、郵便物が届いているのに気が付き、それに目をやった。それはゲッチョ先生からのものだった。岩崎卓爾に関する本を出すという話をうかがっていたので、それに違いないと思った。
 中を開けて出て来たのが表題の本。早速布団の上でゴロゴロしながらも読み終えた。

 ゲッチョ先生の著書で「昆虫記」と名が付いている本は、『ぼくらの昆虫記 』(講談社現代新書)に次いで二冊目だ。副表題は「新種はこうして見つけよう」。なかなか惹かれる表題だ。昆虫少年にとっての憧れは、新種の昆虫を見つけることだ。自分も子供の頃はそういう夢を持っていた。昆虫学者になって新種の虫を見つけるんだ、などと。
 時が経ち、熱帯に行かなければ新種など見つけられないと思うようになってからは、そればかりが理由ではないが、昆虫の行動や生態の方に興味が移った。しかし、石垣島で暮らす機会を得てから、自分も思いがけず新種を発見する機会に恵まれた。しかし、それはそれなりの理由があったというのが、この本を読んで納得できることが多い。
 この本には昆虫の名前に名前を遺した二人の人物、すなわち、九州帝国大学の昆虫学教室の教授だった江崎梯三博士と、石垣島気象台の所長として半生を石垣島で過ごし、天文屋の御主前(てんぶんやーぬうしゅまい)として親しまれた岩崎卓爾翁に迫り、昆虫の新種はどのようにして見つけられるのか、ということが昆虫に詳しく無い人にもわかるように書かれている。要点だけ書けば、他の人が虫を採らないような場所で虫を採る、ということだ。詳しく知りたい人は、本書を読んで欲しい。
 この二人を結びつける虫の一つにイワサキオオトゲカメムシ Amblycara gladiatoria (Stål, 1876) があり、それについても少し紹介されている。残念ながら、この虫の絵は描かれていない。ぼくがもう少し早く標本を送っていれば、この本の挿絵に描かれたはずだったと思う。このカメムシの寄主植物を明らかにすることに半分ぐらい貢献した自分にとっては、ちょっと残念だった。
 本書に登場するゲッチョ先生の回りの人物の描写も愉しい。類は友を呼ぶと言うか、なんとなく気が合いそうだな、と思われる人がゲッチョ先生の回りに集まっている。スギモトくんも相変わらず活躍されているようだ。人気ブログを書いているマルヤマさんも登場しているので、マルヤマさんのブログでも紹介されるに違いない。ぼくとはまた違った読み方をされると思うので、書評を期待したい。
 さいごになったが、愉しい本を贈っていただいたゲッチョ先生に感謝する。

参考文献

  • 河野勝行・林 正美,2003,イワサキオオトゲカメムシの寄主植物と生態に関する知見.Rostria No. 51: 55-59.

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2007年6月 6日 (水)

雀松向上委員会あしたのためのその47

 野暮用で大阪まで出かけた。せっかく大阪まで出かける事になったので、ついでにいろいろ用を足した。
 まずは「なんばウォーク」にある「わしたショップ」で沖縄関係の食材を調達。この前、石垣島からおいでになった狩俣さんのお土産で八重山そばをいただいたのが呼び水になってしまい、沖縄そばが食べたくなって仕方が無くなっていた。乾麺、袋入り即席麺、カップ麺などを調達。それとポークランチョンミート。通称「ポーク」。ポークは大して美味しいものとも思わないが、夏になると食べたくなる。「わしたポーク」と「わしたスパイシーポーク」を調達。赤マルソウの「油味噌」が目について、「そう言えば最近食べていないなぁ」などと思って1瓶調達。
 もう一つは電子部品。恵比須町界隈へ。このところ、時々半田ごてを握りたくなる。まとまった時間がとれず、大したものは作れないので、ほんの遊び程度だ。しかし、将来的に時間ができたら、アマチュア無線の交信に使える機械を作ろうと目論んでいる。ところが、年々アマチュアが気楽に使用できるような部品の入手性が悪くなってきたのを感じ、将来時間ができたときには部品が手に入らないなどという困った事態も想定されるので、将来使うかもしれない半導体やコイルやフィルタなど、少々調達。このブログの名称とは関係ない甚だ場違いな内容だが、このあたりについてもいつか書かなければいけないと思っている。
 夕食は例によってラーメン。千日前の『河童ラーメン本舗』へ。ややスープの味が濃い感じだったが、スープもほとんど飲み干してしまった。まあ、美味しかったのだと思う。
 さらにもう一つは落語。この前、雀のお宿の桂雀三郎の落語会に行ったのが呼び水になってしまい、ナマの落語を聴きたくてしかたがなくなっていた。千日前のTRII HALLでの『雀松向上委員会あしたのためのその47』。この落語会のために、主要な用を足す日を今日に決めたようなところもある。どちらが本当の用なのかわからないではないか、というツッコミは入れないで欲しい。
 桂雀松さんは、石垣島に住んでいた頃、飛行機の中で『日航寄席』の『マキシム・ド・ゼンザイ』を聴いて以来、いつかはナマで聴かなければいけない噺家としてチェックしていた。やっとその日が来た、というところだ。

  • 桂雀松『雀松時遊本舗(あたまっちゃんのふり〜と〜く)』
  • 桂雀五郎『黄金の大黒』
  • 桂雀松『紙入れ』
  • 桂こごろう『強情灸』
  • 桂雀松『口入屋』

 雀松さんの喋りは流れるようでまさに『マキシム・ド・ゼンザイ』のような噺に合っていると思うが、雀松さんのもう一つの良い所は目だと思った。目でしゃべっている感じ。こればかりはナマで聴かないとわからない。女の人の表現も絶妙だ。今日の演目の『紙入れ』と『口入屋』は、雀松さんの一番うまい所が聴ける噺ではなかったかと思う。とにかく雀松さんには満足した。
 ところが、こごろうさん。言葉を噛んでしまった。まあ、人間のやることだから、少々の失敗はかまいません。でも、失敗を取り返そうとあせってしまった感じ。悔しかったでしょう。今後に期待します。
 雀五郎さんも初めてだったが、ちょっととぼけたような雰囲気も悪くなかった。
 会場に入る前、受付に座っていた若い人。どこかで見たことあるなぁ、と思ったが名前が思い出せない。米朝一門の誰かだというのは見当がついていた。あとで調べたら桂吉朝門下の佐ん吉さんだった。落語会の最中は、おそらく太鼓を叩くか笛を吹くかしていたのだと想像する。
 さて、本当の用?まあ、それは書かなくても良いでしょ。
 TORII HALLは近鉄難波の駅からも近く、ゆっくり歩いても7〜8分、急げば5分という便利なところだった。20:45分ぐらいの終演で、難波21:00発のアーバンライナーに十分余裕で間に合った。これに乗り損ねると、津に到着するのが35分ほど遅くなるので、乗れて良かった。
 津の駅から自宅に戻る途中、クヌギの樹液をチェックしたら、コクワガタの雄が2頭、雌が1頭来ていた。ヤガの仲間を期待していたが、ガは全く来ていなかった。気温もあまり高くない感じだし、時間も遅すぎたのかも知れない。

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2007年5月21日 (月)

こーれーぐーすの辛味は抜ける?

 狩俣さんからいただいた八重山そばを食べた。ダシは妻が作った。八重山そばで書かせないのがこーれーぐーすだ。こーれーぐーすは島唐辛子を泡盛に漬けた調味料だ。もちろんこちら三重県では売られていない。しかし、我が家には石垣島在住時代に自分で作ったこーれーぐーすが多量に残っている。2003年の今頃、八重泉の二合瓶に、確か明石の野菜販売所で買って来た島唐辛子を漬けたものだ。
 このこーれーぐすは極めて辛いので、入れ過ぎに注意しないといけないのだが、どうも辛さが抜けているような気がする。全く辛くないわけではないのだが、多めに入れた方が美味しく感じられる。島唐辛子の辛味成分はカプサイシンなので揮発して抜けることは無いと思うのだが、わけがわからない。
 それはともかく、久しぶりの八重山そばを美味しくいただきました。

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2007年5月19日 (土)

石垣島より来客あり

 石垣島から狩俣さんが来た。明日から大阪で開催されるTOUR OF JAPANに出場している石垣島出身の選手の応援に来たのだが、わざわざ三重県まで足を伸ばしてくれた。狩俣さんは1年に1回ぐらいは一週間から10日ほどの内地ツアーを敢行しているが、前にも一度我が家においでいただいた。
 重い荷物があるにもかかわらず、総計2.5kgの八重山そばをお土産にいただいた。嬉しい。土産話もいっぱい。我が家が石垣島を離れた3年の間に、石垣島も随分変わったようだ。  狩俣さんは東京出身だが、1970年代前半に石垣島に移住したので、当然のことながら最近石垣島に移り住んだ人とは考え方が違う。最近は石垣島を中心とした八重山に移り住む内地の人が多いようだが、安易なリゾート気分で移り住むようなことはことは様々なトラブルのタネになるので、じっくり腰を据えて考えてから移住を考えて欲しいものだと思う。

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2007年5月11日 (金)

石垣島於茂登岳のサシガメ

20070511blog_1  ゲッチョ先生からまたサシガメが届いた。今度は石垣島於茂登岳のものだった。今度のサシガメは見慣れたものだった。季節は限られるが、今頃於茂登岳に登ると、必ずと言って良いほど確実に見る事ができる種だ。
 ところが、これにも最近まで名前がついていなかった。名前が付いたことは知っていたが、どんな名前になったのかを憶えていなかったので、カメムシ掲示板で訊ねたところ、かりしうすさんからすぐに回答をいただいた。
 Sphedanolestes albipilosus Ishikawa, Cai et Tomokuni, 2007
 和名は仮称だが、ブチサシガメ。見た印象と和名の間には、ちょっとだが違和感を感じる。しかし、他に名前を付けようと思っても難しいように思う。
 写真は2003年6月15日、石垣島於茂登岳にて撮影。

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2007年4月18日 (水)

見慣れないサシガメ

20070418blog  一週間ほど前のことだが、沖縄のゲッチョ先生から徳之島で採集した某カメムシを送っていただいた。それと一緒に、西表島で採集したという見慣れないサシガメが同封されていた。とりたてて特徴の無いサシガメなので、見慣れない、としか表現のしようが無かったのだが、とにかく、今までに見た記憶が無いサシガメだった。体長13mmほど。大きくもないが、だからと言って、小さいこともない。
 やはり気になったので、サシガメの分類が専門のI博士にその標本を送った。すると今日、どうやら新種らしい、との返事。新種の記載のためには、もっと標本が欲しいところだが、サシガメの仲間は単独生活をしているものが多い上に、捕食性なので、採集場所の焦点を絞りにくい。ゲッチョ先生によれば、畑のわきの立ち枯れの樹皮の下から採集したとのこと。山の奥で見つかったわけではなく、人里近くで見つかったというのも、ちょっと意表を突かれている感じだ。

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2007年4月 4日 (水)

シマトネリコに集まるダルマカメムシ

 安永智秀さんの論文の別刷が届いた。そのうち一つは、シマトネリコ Fraxinus griffithii CB Clarke に集まるカスミカメムシ科 Miridae ダルマカメムシ亜科 Isometopinae のカメムシに関する論文だ。
20070404blog4  石垣島の桴海於茂登岳の山麓にあるシマトネリコには様々なダルマカメムシ類が集まることが仲間内ではよく知られていた。『日本原色カメムシ図鑑第2巻』の図版1に写真が掲載されているシマトネリコの木だ。偶然に採集された個体をもとに記載されてその後なかなか採集されることが無かったメダカダルマカメムシ Astroscopometopus gryllocephalus (Miyamoto, Yasunaga & Hayashi, 1996) が再発見されたのもこの木だ。
20070404blog3  自分もこの木でメダカダルマカメムシを見つけ、コガシラダルマカメムシ Myiomma samuelsoni Miyamoto, 1965 やムナグロコガシラダルマカメムシ Myiomma takahashii Yasunaga & Hayashi, 2002 も見つけた。さらにまた別の特徴的なダルマカメムシを見つけたので、それを採集して安永さんに送ろうと思って持ち帰った。まずは写真を撮って、と思って撮影していたところ、1回シャッターを切った後、ピョンと跳ねて逃げられてしまった。何しろ体長が3mmほどしかない小さい虫なので、部屋の中ではあったものの再発見できなかった。とりあえず写りの良くない写真だけを安永さんに送ったところ、「新属新種です」と言われて驚いた。その後、他の仲間が同じ種の個体を採集して安永さんに送り、今日届いた論文に新属新種として記載されることになった。驚いたことに、この新種の属名は Kohnometopus となっている。自分の名前が種名に付けられたことはこれまでにもあったが、属名に自分の名前がついたのは初めてだ。最初に発見したものの、自分が採集した標本が標本が存在しないというのは、何とも間が抜けている感じがするのだが、それにもかかわらず、自分の名前を属名に付けていただいた安永さんには感謝感激だ。Kohnometopus fraxini Yasunaga, 2005、和名はまだ無い。種名の fraxini はシマトネリコの属名 Fraxinus に因んでいる。

文献

  • Yasunaga, T. 2005. Isometopinae plant bugs (Heteroptera: Miridae) preferably inhabitiing Faxinus graffthii on Ishigaki Island of the Ryukyus, Japan. Tijdschrift voor  Entomologie 148: 341-349.
  • 安永智秀・高井幹夫・中谷至伸. 2001. 日本原色カメムシ図鑑 第2巻.全国農村教育協会,東京.

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2007年1月16日 (火)

宮古島のイワサキクサゼミ

 昨日、宮古島でイワサキクサゼミ Mogannia minuta Matsumura, 1907 が鳴き始めたらしい。石垣島に住んでいたときは、イワサキクサゼミがいつ鳴き始めるか、楽しみにしていたものだ。石垣島では1月に単発的に鳴き声が聞かれることもあったが、例年3月20日前後に鳴き始めていた。宮古島では、今年は例年より1週間ほど早いということなので、1月に鳴き始めるというのが普通ということになる。石垣島と宮古島では、気候はそれほど違わないと思うので、それぞれの島に棲むイワサキクサゼミには遺伝的な違いがあるのかも知れない。

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2007年1月13日 (土)

ちゅらさん4

 見ずにいられない。ただそれだけ。

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2007年1月 6日 (土)

『瑠璃の島 SPECIAL 2007』

 ドラマの内容には考えさせられるテーマがいろいろ散りばめられている。多少は離島の暮らしを知っているだけに、このドラマのメッセージがどれだけ都会人に伝わるかどうかやや疑問も感じるところがある。それはともかく、鳩間島の風景が見られるというだけで見ないわけにはいかなかった。ついでながら、連続テレビドラマ『瑠璃の島』も風景を見るためにほぼ欠かさず見た。
 鳩間島には豊年祭のときに一度だけ行ったことがある。島の日常は見たことは無いが、さぞ静かなことだろうと思う。石垣島の生活も本土の都市の日常感覚が通じないことがたくさんあったが、鳩間島の生活は想像することすら難しい。

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2006年11月17日 (金)

ハサミムシの話題

 日本直翅類学会から学会誌のTettigonia No. 8と連絡誌のばったりぎす139号が届いた。Tettigoniaには西川勝さんによるハサミムシの報告が3編掲載されてした。
 最初のは与那国島からのニセミナミクギヌキハサミムシ Forficula planicollis Kirby, 1891 の記録。石垣島に住んでいたとき、ミナミクギヌキクギヌキハサミムシ Forficula hiromasai Nishikawa, 1970 と識別ができない与那国島産のハサミムシの幼虫を、同僚だったTさんからいただいていた。ミナミクギヌキハサミムシは沖縄本島から九州南端までの記録はあるが、宮古諸島、八重山諸島からは知られていなかったので、そのハサミムシがミナミクギヌキハサミムシではなく、台湾に分布する別種だろうと思っていた。しかし、幼虫だったので何とも同定のしようが無かった。それはおそらくニセミナミクギヌキハサミムシなのだろう。
 2番目は男女群島で採集されたオオハサミムシ属 Labidura の一種の記録(足立 2003)が、実はミナミクギヌキハサミムシだったというもの。ハチジョウススキ Miscanthus condensatus Hack. を叩き網採集で得られたと書かれていたので、足立(2003)を読んだときからこれは何かの誤同定だろうと思っていたが、その実態が明らかにされたわけだ。オオハサミムシの仲間は基本的には地表性なので、叩き網採集で得られることは、まず無いと言って良いのだ。それに対して、クギヌキハサミムシの仲間は植物によく登っているので、しばしば叩き網採集で得られる。
 3番目は何かに紛れて外国から入ってきたクロハサミムシの一種 Marava arachidis (Yershin, 1860) が奈良県で採集されたというものだ。ハサミムシの仲間には物陰に隠れる習性を持つものが多いので、物資と一緒に海外から侵入する可能性は少なくないだろう。 Marava arachidis は汎熱帯種だということだ。おそらく日本に定着することは無いだろう。
 最後の種は偶然侵入したものがたまたま発見されただけなので、日本に棲息している種として数えることにはならないだろうが、与那国島のニセミナミクギヌキハサミムシは定着していることは間違いないだろうから、日本産のハサミムシがこれでまた1種増えたことになる。

文献

  1. 足立一夫. 2003. 男女群島で採集した昆虫類(その1). 新筑紫の昆虫 (7): 41-74.
  2. Nishikawa, M. 2006. Forficula planicollis Kirby, 1891 from Yonaguni-jima Island. Japan (Dermaptera: Forficulidae). Tettigonia (8): 13-14.
  3. Nishikawa, M. and Adachi, K. 2006. Identity of the erawig recorded as Labidura sp. from Me-shima Island, Danjo-guntô Islands, Japan (2003). Tettigonia (8): 15-16.
  4. Nishigawa, M. The chief earwig Marava arachidis (Dermapera: Spongiphoridae) incidentally introduces into Nara Prefecture, Japan. Tettigonia (8): 17.

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2006年11月 8日 (水)

竜巻の思い出

 昨日、北海道佐呂間町で発生し、9名の死者を出した竜巻は、国内で発生した竜巻の中では最大規模に近いものだったらしい。竜巻は発生場所の予測が困難なだけに、亡くなった人には本当にお気の毒だと思うが、運が悪かったとしか言いようがない。
 竜巻と言えば、自分も一度だけ怖い目にあった。石垣島に住んでいたときのことだ。
 スポーツなどには無縁な自分だが、マラソンフリークの上司にそそのかされて、マラソン大会に出ることになった。西表島で1998年2月14日に開催された第5回やまねこマラソン大会だ。マラソンと言っても、フルマラソンではなく、一般用の23kmと10kmと、中学生用の3kmのコースだ。走ることはともかく、そのあとのパーティーが豪華だから、というのが上司の誘い文句だった。サバニに山盛の刺身が出るらしい。とにかく、そのパーティーに参加することを主目的として10kmのコースにエントリーした。
 当日は2月としては珍しく良い天気になり、いつもなら荒れて欠航になることが多い船浦航路の船も揺れることなく快適だった。スタート時の気温は25℃を超えており、走っているうちに頭が過熱し、暑さ対策が必要だと痛切に感じさせられた。途中何度も歩き、10kmを1時間ちょっとでゴールインした。
 夕方からは祖納の西表小中学校の体育館と校庭でのパーティーだ。ところが、そこにはサバニの姿はなく、参加者に配られた弁当引換券での牛汁と弁当以外は、校庭に張られたテントで売られているものを買わなければならなかった。一緒に参加した上司は、去年は本当にサバニに山盛の刺身があったんだけど、と言い訳をしていたが、まあ仕方がない。体育館の中でアトラクションが行われていたので、それを見ながら飲んだり食べたりしていたが、一緒について行った子供たちが眠気を催してきたので、タクシーでも呼ぼうかと体育館の外に出ようとした。すると、体育館の入り口に強烈な風が外から吹き込んでいた。何かおかしいと思いながら、体育館から外に出て、校門を出たそのとき、強烈な風の渦がやってきて、校庭に張られていたテントが吹き飛ばされ、一瞬のうちにテントの灯りが消えた。たまたま、目の前にデイゴの木があったので、飛ばされてはいけないと思って、必死にテイゴの木にしがみついたが、運良く風の渦は目の前を通り過ぎて行った。竜巻だった。午後8時ぐらいのことだった。
 この騒ぎでタクシーを呼ぶどころではなくなったし、アトラクションも途中で中止になってしまった。ほどなく主催者の手配で、アトラクション終了後に出るはずだった宿への送迎バスが準備され、それに乗って上原のカンピラ荘に戻った。バスに乗る頃には雨も降り出していた。
 翌日は時々雨が混じる強い北東風が吹く寒い日になった。船浦からの船は欠航になるかと思ったが、予定通り船が来た。しかし、波は高く、船は大きく揺れた。石垣港に着くと、NHKの記者が来ており、インタビューを受けてしまった。竜巻を目の前で見てデイゴの木にしがみついたことを話したら、その日のローカルニュースに出演することになってしまった。
 八重山毎日新聞の報道によれば、テントのところにいた人が1名重傷で八重山病院に運ばれたとのことだった。噂によれば、飛ばされたテントは行方不明になったものがあったそうだ。
 八重山地方では、2月から3月にかけて、東シナ海で発生する低気圧、いわゆる台湾坊主の影響で、急に海が荒れることが多い。これを方言で「ニンガチカジマイ」と言う。漢字で表現すれば「二月風舞」だろう。やまねこマラソン大会のパーティーの会場を襲った竜巻も、この低気圧に伴った寒冷前線によって発生したものだろう。
 その後の話だが、その翌年からサバニに山盛の刺身が復活したらしい。主催者は、刺身をケチったために神様が怒って竜巻を発生させた、と考えたのかも知れない。
20061108blog  写真は2003年2月8日の第10回やまねこマラソン大会のパーティーでのサバニに山盛の刺身です。

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2006年10月22日 (日)

ニライカナイからの手紙

 DVDで「ニライカナイからの手紙」を見た。妻が借りてきたのだ。竹富島で生まれた少女の成長が主題になっている。主演の蒼井優は好演だと思った。映画の出来もそれなりに良かったと思った。が、期待はずれの部分も多かった。少女が竹富島で生まれたという必然性が希薄なのだ。もちろん、ニライカナイ信仰を伏線にするという意図があったのだろうが、なんとなくこじつけたに過ぎないと感じられた。
 おそらく、同様の物語の展開の映画があるとして、その舞台が沖縄でなかったら、決して見る事のない映画だったと思う。沖縄の映画なら、もっと沖縄らしさが出たものでないと、満足できないような気がする。
 「ナビィの恋」や「ホテル・ハイビスカス」のように、涙も笑いもある映画の方が好きだ。

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2006年9月16日 (土)

昆虫学会1日目

 朝ホテルでテレビのニュースを見ていると、台風13号が西表島を通過したとのことだ。中心付近の気圧は925hPa。強烈だ。西表島の上原では瞬間最大風速が69.9m/sを記録したとのこと。石垣島でも65m/sを越えたらしい。1997年4月から2004年3月までの7年間石垣島で暮らしたが、これほど強い台風は経験したことがない。今回の台風を含め、島を離れてから何度も強い台風が八重山地方を襲っているが、何だかちょうど強い台風がなかった期間だけ石垣島で暮らしていたような気がする。今回の台風は、中心付近の勢力は強いが、暴風域は半径150kmほどということでそれほど広くはないし、速度もそれほど遅くはないので、暴風で家に閉じ込められる時間はそれほど長くはないのではないかと思う。
20060916blog  学会の会場の鹿児島大学には路面電車で出かけた。電車に乗ると、学会に参加する人が何人も乗っている。一般講演が始まる30分ぐらい前には会場に到着。これから色々な発表を聴けると思うと心が踊る。
 午前中の一般講演の中の一つ。弘前大学を退官されてもう何年にもなる安藤喜一先生の「『オオカマキリが高い所に産卵すると大雪』は本当か?」を聴いた。安藤先生は定年退官された後も毎年のように学会で発表されている。安藤先生の発表は身近な昆虫を材料にした研究が多く、しかも常識や定説というものを疑っていて、いつも大変面白い。今年の発表もそうだ。40年間オオカマキリ Tenodera aridifolia (Stoll, 1813) の産卵場所を調べ、『オオカマキリが高い所に産卵すると大雪』という"定説"を確かめた人が本(『カマキリは大雪を知っていた』酒井與喜夫著、農村漁村文化協会刊、ISBN: 4-540-03114-7、2003年10月5日初版発行)を出して、しかも大変売れているそうだが、その"定説"を疑ったのだ。オオカマキリが大雪の年に高い所に産卵する理由として、大雪に埋もれてしまうと卵が死んでしまうので、それを避けるためだ、というのが暗黙の前提として存在している。この暗黙の前提は実は怪しいのではないかと、自分も前々から思っていたが、安藤先生はこれを野外で調査をして、実際に確かめたのだ。その結果は、「雪に埋もれていた方がむしろ孵化率が高い」というものだった。となれば、大雪の年にオオカマキリが高い所に産むとすれば、わざわざ孵化率を下げるようなものなので、そのような性質が進化する理由がないのだ。普段は自然のことに見向きもしないような一般の人は、人間が感じることができない何かをオオカマキリが感じて、それによって産卵場所を変えるという"定説"を「40年かけて調べた」という根気を評価したのかも知れないが、それは科学的な態度とは言えない。やはり、適切な方法によって採られたデータを誰にでも納得できるように解釈するのが、科学的な態度だ。
 午後の一般講演の最後は、自分の講演だ。いつもは生態学のセクションで発表するのだが、今回は初めて進化のセクションでの発表だ。シロジュウジカメムシ類(Dysdercus decussatus 種群)が輪状種ではないのか、という内容だ。聴衆の数はまずまず。学会発表の数を重ねてくるにつれ事前の発表練習をしなくなってしまい、本番では時間がなくなったりして考えたとおりに話すことができなくなってしまうことが多くなっていたが、今日は全く練習をしていなかったにもかかわらず、だいたい話したいことは話すことができた。社交辞令かもしれないが、何人かの人からは「面白かった」と言っていただけたので、素直に喜びたいと思う。
 夜は懇親会。様々な薩摩焼酎が並んでいる。飲む人にはたまらないだろう。自分はほとんど下戸なので、宴会はあまり好きではないのだが、色々な人と話ができるのは、やはり貴重な場所だ。Sさんの一般講演のときに質問したことがちょっと舌足らずだったので、懇親会の場でもう一度話をした。ま、それはそれでよかったのだが、そのSさんから、ひょっとしたら「○○○○」(本の題名)に出ている人じゃないですか、と言われてたじろいでしまった。確かにそうだから否定のしようが無いのだが、Sさんのような人から言われるとは思ってもいなかったのだ。ま、それはともかく、料理に奄美の鶏飯が出て来たのは嬉しかった。
 ホテルに帰り、シャワーを浴び、これを書いていると急に大粒の雨が降って来た。明日は台風が来そうだが、少しでも遠くにそれて欲しいものだ。

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2006年8月25日 (金)

ハサミムシの新種

 休み開けで職場に出勤すると、日本生物地理学会の欧文誌"Biogeograpy" Vol. 8 が届いていた。早速眺めてみると、南西諸島に分布するクロハサミムシ科 Spongiphoridae に属する2種のハサミムシを新種として記載する西川勝さんの論文が掲載されていた。昨日ハサミムシを話題に出したばかりだったので、何とタイミングが良いことか。
Chaetospania_hexagonalis_1 Spongovostox_sakaii_1  新種はヒナハサミムシ Chaetospania hexagonalis Nishikawa, 2006 とサカイヨツボシハサミムシ Spongovostox sakaii Nishikawa, 2006 の2種だ。「サカイ」とは、一昨年亡くなったハサミムシの分類学者の酒井清六先生のことだ。この論文の研究のために、自分が所有していた標本を西川さんに使っていただいていたが、そのいくつかがそれぞれの種の副模式標本に指定されていた。正模式標本と多くの副模式標本は東京農業大学に納められることになるが、自分が所有していた標本は大阪市立自然史博物館に納められることになる。
 ヒナハサミムシは奄美大島と沖縄本島から、サカイヨツボシハサミムシは奄美大島だけから知られている。両種とも小型で、朽木の樹皮の下側に棲息しているので、そのつもりで探さないと見つからない。
 屋久島と男女群島男島のムカシハサミムシが Challia fletcheri Burr, 1904 ではないことがわかり、新種 Challia imamurai Nishikawa, 2006 として新種記載されたので、日本のハサミムシに残る次の大きな分類学上の問題はハマベハサミムシ Anisolabis maritima (Bonelli, 1832) とその近縁種に関わるものになったと言えるだろう。

参考文献

  • Nishikawa M. 2006. Notes on the Challinae (Dermaptera, Pygidicranidae), with description of three new species from China, Korea and Japan. the Japanese Journal of Systematic Entomology 12: 17-38.
  • Nishikawa M. 2006. Two new species of the family Spongiphoridae (Insecta, Dermaptera) from the Ryukyus, Japan, with notes on the late Dr Sakai's work on Dermaptera in 1999. Biogeography 8: 25-34.

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2006年8月16日 (水)

八重山商工の夏終わる

20060816blog  今日は休暇をとって、また甲子園まで八重山商工の応援に行って来た。2回戦は日曜日で、今日は平日なので、今日の方が多少は空いているかと思ったが、大きな間違いだった。アルプス席に入れないのは当然だとしても、外野席もあやういところで入れなくなるところだった。それでも何とかもぐり込んで1塁側アルプス席からそれほど遠くない場所に席を確保できた。
 今日は大嶺くんの先発だったが、今日もさらに調子が悪い感じだった。それでも先制して、何とか行けるかと思ったのだが、智弁和歌山の広井くんのホームランにやられてしまった。一度は同点に追いついたが、また点を取られ、そのままどんどん差が開いてしまった。それでもアルプス席の応援は、2回戦以上に熱気があった。今年の夏はこれで終わってしまったわけだが、また来年も頑張って甲子園に出て来て欲しい。
 今日の結果は残念だったが、これで落ち着いて仕事ができるようになる。明日からはまだ日常だ。

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2006年8月15日 (火)

クマゼミが鳴く時間

 クマゼミ Cryptotympana facialis  (Walker,1858) が夕方になっても鳴いている。石垣島のクマゼミとは随分違う。何故違うのだろうか?
 ここ三重県の平野部でもクマゼミが午前中に盛んに鳴くのは確かだが、午後にも夕方にもしばしば鳴き声を聞く。石垣島では昼前にはほとんど鳴き止み、午後以降には滅多に鳴き声を聞いたことがない。たくさんの個体がいるために個体ごとに鳴く時間がばらついて午後や夕方にも鳴く個体がいる、というわけではなさそうだ。何故なら、石垣島の市街地のクマゼミの個体密度は極めて高いので、もし密度が高いことが鳴く時間のばらつきとして出てくるとすれば、石垣島の方で午後や夕方にも鳴く個体が多くなっているはずだからだ。
 もっとも、事実の認識についても、もっと正確を期す必要があるだろう。本当に三重県と石垣島でクマゼミが鳴く時間に違いがあるのかどうかも、しっかり記録をとらないとわからない。もっと時間があるなら、鳴く時間についてのもっと精密な記録をとりたいところだ。
 ついでに言うなら、三重県のヒグラシ Tanna japonensis  (Distant,1892) が鳴く時間も石垣島のイシガキヒグラシTanna japonensis ishigakiana (Kato, 1960) が鳴く時間よりも遥かにばらつきが大きい。イシガキヒグラシは早朝のごく短い時間と夕方以外に鳴き声を聞いたことがないが、三重県のヒグラシは日中でもしばしば鳴いているからだ。
 人間は石垣島の方が大らかだが、セミは石垣島の方が規則正しい。何故だろう。

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2006年8月13日 (日)

甲子園球場にて

 八重山商工の応援に甲子園球場に出かけた。できることなら3塁側アルプススタンドで応援したかったが、入場券は完売で、仕方なく3塁側アルプススタンドの隣の外野席に陣取った。まわりには自分と同様にアルプススタンドに入れなかった沖縄関係者がたくさんいた。隣に座った若い人は、沖縄本島出身で、就職して大阪に来ていると言っていた。
20060813blog  前の試合の中程から観戦していたが、その頃は強い陽射しを避けるために持参した長袖のシャツを使った。ところが、第4試合が始まる頃から雲行きがおかしくなってきた。3回表の松代高校の攻撃の途中でついに雨が落ちてきた。雷が鳴ると、まだ大した雨ではなかったが、試合が中断された。しばらくすると雨が強くなり、グラウンドにはシートがかけられた。するとさらに雨脚は強くなり、土砂降りになってしまった。一時はどうなるかと思ったが、レーダー観測による予測では、雨は長続きしないと予想されていたようだった。やがて雨も上がり、試合が再開された。試合の中断は49分にも及んだそうだが、確かな予測ができるからこそ、試合を中止せずに済んだのだと思う。
 その後、相手の守備のまずさにも助けられて先制し、金城長靖君のホームランも出て、押せ押せムードのまま最後は何とか押し切った感じだった。最後は電車の時間が気になって、最後の三振はラジオを聴きながら球場から駅に向かう途中で聴いた。試合の開始が1時間も遅れ、途中には雨での中断もあったので、まあ仕方がない。
 センバツ大会の時にもレフトのポールに当たる金城君のホームランを見たが、今度はセンターの右に入る素晴らしいホームランだった。次の試合も楽しみだ。
 一昨日通ったときには気が付かなかったが、今日は駅から自宅に戻る途中でカンタン Oecanthus indicus Saussure, 1878 の鳴き声に気が付いた。そろそろ秋の虫の季節だ。

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2006年8月 8日 (火)

台風で甲子園行きを断念

 今日は午後から休みをとって甲子園に八重山商工の応援に行く予定だったが、台風7号が近づき、帰れなくなっても困るので、朝の段階で早々と断念した。それでも、野球が気になって仕事にならないだろうと思って、夕方少し休みをとって早めに帰宅し、テレビで観戦することにした。
 結局、現時点までには大して風も吹かず、雨もほとんど降らずだったので、甲子園に行っても問題はなさそうだった。
 台風が近づいたときはいつもそうだが、今回も空が独特の橙色に染まり、短時間ではあったが血のような赤色に変わり、やがて暗くなった。台風の時に空の色が独特の橙色になる理由が、未だによくわからない。真面目に調べようと思ったことが無いのも問題だが。
 それはともかく、甲子園の方は、八重山商工の投手の大嶺くんの制球があまりよくなく、途中何度も諦めなければいけないと思う場面があったが、9回に追いつき、延長10回には圧倒的な攻撃力で逆転に成功したときは、夢でも見ているようだった。2回戦こそはアルプス席で応援したいものだ。

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2006年7月25日 (火)

コゲチャトゲフチオオウスバカミキリ

 石垣島の虫仲間のYさんからコゲチャトゲフチオオウスバカミキリ Macrotoma fisheri obscuribrunnea Hayashi, 1962 が採れたという電子メールが届いた。このカミキリムシが属するトゲフチオオウスバカミキリ族 Macrotomini は大型で東南アジアに分布する種が多く、日本ではこの種だけが石垣島と西表島に分布している。このカミキリムシは日本のカミキリムシとしては最大級の大きさだ。森林の中を昼間探してもなかなか採れるものではないが、夜、灯火を使うと比較的容易に採ることができる。Yさんももちろん灯火を使って採ったのだ。石垣島の多くの昆虫は、真夏になると数が減ってしまうものが多いが、この種は真夏にならないと出てこない。これからしばらくの間が旬だ。
 しかし、こういう話を聞かされるだけというのは、なかなか辛いものだ。石垣島に行きたい。

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2006年7月18日 (火)

閏月

 石垣島のYさんから電子メールが届いた。八重山商工の応援に行きたいけど、お盆に当たらなければ良いが、とのことだった。
 沖縄の年中行事が旧暦で動いているのは知っている。旧盆と言えば新暦の月遅れのお盆よりあとになるのが普通なので、何かの勘違いではないかと思った。ところが調べてみると、全国高校野球選手権の開幕の8月6日は旧暦の7月13日で、お盆の迎えの日になっている。沖縄の年中行事は、ヤマトと比べると遥かにきっちり行われており、その中でもお盆は最も重要な行事だ。
 となると、八重山商工の試合が4日目までに行われると、甲子園での応援を諦めるか、あるいは重要なお盆の行事を手抜きするか、という選択を迫られることになる。これはなかなか苦しい選択だ。まだ他の代表校も決まっていない状態だが、組み合わせ抽選会が気になる。
 それはさておき、なぜ今年の旧盆がこんなに早いのかと調べてみたら、今年は閏で7月が2回もあるのだ。そのため、旧暦の8月はいつもより遅くなり、なかどぅ道のとぅばらーまが行われる旧暦の8月12日は、新暦では10月2日になる。
 新暦の閏は2月が1日増えて29日になるだけだが、月を閏にしてしまうと約29日のズレが生じることになる。これでは不都合が出てくるのではないかと心配するのだが、それでずっとやってきているわけだから、大した不都合はないのだろう。

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2006年7月16日 (日)

八重山商工

 全国高校野球選手権沖縄県地区大会で八重山商工が中部商業を倒して優勝した。これで春のセンバツ大会に続いての甲子園出場が決まったことになる。仕事の時間の割り振りは割と自由になるので、休暇をとって甲子園に応援に行きたい。しかし、仕事をどうしても外せない日もあるので、試合がその日にあたってしまわないように祈るばかりだ。
 春のセンバツ大会は、1回戦の高岡商業戦の応援に行った。もちろん1塁側アルプス席に入りたかったのだが、結局入場券が発売されず、仕方なくアルプス席隣の1塁側特別内野席に入った。
20060716blog  初出場でしかも暖かい石垣島からの出場で、まだ寒い甲子園での戦いぶりはちょっと心配だったが、大嶺君、金城君らの活躍は素晴らしく、心配はまったくの杞憂だった。
 あとから聞いた話だが、その日、石垣島の前の職場の人たちが応援に来ていたらしい。甲子園では誰か知っている人がいないものかと、一所懸命探したのだが、見たことのあるような顔の人は山ほどいたものの、知っている人の顔は誰一人として見つけることができなかった。今度は一緒に応援しようと、早速電子メールを石垣島に送った。

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