研究

2009年11月 4日 (水)

三中信宏著『分類思考の世界 なぜヒトは万物を「種」に分けるのか』

三中信宏著『分類思考の世界 なぜヒトは万物を「種」に分けるのか』
講談社現代新書2014
ISBN978-4-06-288014-5
800円+税
2009年9月20日発行
328 pp.

目次
プロローグ 生まれしものは滅びゆく(2006年オアハカ、メキシコ)
第1章 「種」に交わればキリがない
第2章 「種」よ、人の望みの喜びよ
第3章 老狐幽霊非怪物、清風名月是真怪
第4章 真なるものはつねに秘匿されている
第5章 いたるところにリヴァイアサンあり
第6章 プリンキピア・タクソノミカ
インテルメッツォ 実在是表象、表象是実在(2007年ニューオーリンズ、アメリカ)
第7章 一度目は喜劇、二度目は茶番
第8章 つながるつながるつながるなかで
第9章 ナボコフの“ブルース”
第10章 目覚めよ、すべての花よ
第11章 時空ワームの断片として
第12章 「種」よ、安らかに眠りたまえ
エピローグ 滅びしものはよみがえる(2008年トゥクマン、アルゼンチン)
あとがき「分類のための弁明」に代えて
私的ガイド付き文献リスト(現世で迷わないために)
索引

 著者である三中さんの日録を見て本書が出る事を知った。リクエストしなくても図書館に入っていたので借りてきて読んだ。
 三中さんと言えば系統学である。前著『系統樹思考の世界−すべてはツリーとともに』(2006)も手にした記憶はあるが、読後感を書き残していないので、最後まで読み通したかどうかはっきりした記憶がない。
 三中さんは以前から「種は実在しない」という主張をされているので、本書もそれに沿った考えが述べられているのは容易に予想がついた。
 本書では、ヒトがどのようにモノを分類してきたかという歴史が整理されている。本書をひととおり読めば、歴史をほぼ理解する事ができるのではないかと思う。生物学者は生物を分類し、区別して名前をつけてきたが、分類や「種」に関する問題は未だに解決しているわけではない。
 「種」に関する問題が未解決だとは言え、我々「種」の利用者は、「種」がないと不便で仕方がない。三中さんは「種」を利用する立場の人ではないので、「種」とは何か、という問題について考え、様々に論考することもできるだろうが、「種」の利用者であるぼくにとっては、便宜的ではあれ、やはり、生物を分類し、記載して「種」を決めてもらわないと困ると思う。
 三中さんが言いたい事はわからないわけではないが、だからと言ってすんなり納得できるものではありませんよ、というのが感想だ。三中さんは何か月かに一度ぐらいこのブログを読みに来ているようなので、ちょっと書きづらかったなぁ。

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2009年11月 3日 (火)

日本のアカヘリカメムシは誤同定かも知れない

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【写真は波照間島で撮影したコフウセンカズラ(ムクロジ科)の上のアカヘリカメムシ(ヒメヘリカメムシ科)】

 最近、下記の文献(河野・高橋,2006)を読んだと思われる外国人研究者二人から立て続けに電子メールが届いた。一人はアカヘリカメムシとフチベニヘリカメムシの標本が見たいと言ってきている。もう一人はアカヘリカメムシのLeptocoris augurLeptocoris vicinusの誤同定ではないかと言っている。台湾ではLeptocoris augurはもっと明るいオレンジ色のような色でタイワンモクゲンジに寄生し、Leptocoris vicinusはコフウセンカズラに寄生しているという。ここに示した写真はコフウセンカズラに寄生していたもの。八重山諸島でみられるアカヘリカメムシはコフウセンカズラとアカギモドキに寄生しているのを確認している。タイ国に出張したとき、アカヘリカメムシだと思われるものを見たが、それは赤色というよりはオレンジ色と言える色だったが、単なる色彩変異だと思っていた。ぼくは分類学に関しては素人なので、事の真偽はわからない。今後の研究の進展の経過を見守りたい。

文献
・河野勝行・高橋敬一 (2006) 八重山諸島におけるアカヘリカメムシとフチベニヘリカメムシ(カメムシ目:ヒメヘリカメムシ科)の生態と分布.Rostria (52): 72-74.(英文要約付き)

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2009年11月 1日 (日)

養老孟司・河野和男著『虫のフリ見て我がフリ直せ』

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養老孟司・河野和男著『虫のフリ見て我がフリ直せ』
明石書店
ISBN978-4-7503-3045-7
1,800円+税
2009年9月25日発行
228 pp.

目次
第I部 虫の目で世界を眺めて
 人はなせ虫を集めるのか
 「種」や「属」は存在するのか
 進化論者たち
 発生遺伝子と遺伝率
 種の分布と分化の関係性
  コラム
   個体発生と系統発生
    −クワガタムシの大顎のパターンによる属の記述(河野)
   高位分類群とホックス遺伝子(河野)
   内部選択説(養老)
   バベルの図書館(河野)
   進化は末広がりではなく先細り(河野)
   ネオダーウィニズム(河野)
   工業暗化(河野)
第II部 生き物たちのつどう社会
 人為的な生態系
 文化と地形
 「お国のため」と「愛国心」
 日本人と森
 世界と日本−大気、海洋資源、森林
 進化と進歩
 生物は遺伝子の「乗り物」なのか?
 生物学は情報学だ
  コラム
   愛国心か「お国のため」か(養老)
   ダーウィンの図(河野)
   似ているということの異端児−並行進化(河野)
対談のあとで(河野)

 解剖学者の養老孟司氏と熱帯作物であるキャッサバの育種家の河野(かわの)和男氏との対談である。両者とも、昆虫の収集家でありアマチュアの昆虫研究者としてよく知られている。
 「対談のあとで」で河野氏が「この対談は好みと思考パターンが初めから一致している仲良し子供会的な話し合いではなかったのは当然度して、またもう一方の極端である思い込みと見解の表示様式に初めから全く共通点のないすれ違いの意見交換でももちろんなく、知的緊張感がバランスよく保たれた議論の時間だったと思う。」と書いているように、これまでの養老氏を交えた虫屋どうしの対談(例えば、「虫屋」である池田清彦氏や奥本大三郎氏などとの)とはひと味もふた味も違うものだったように思えた。これまでの養老氏による虫屋との対談は、学問的なものというよりも、放談に近いものだったが、本書では、生物進化という現象に対する考え方についてかなり真面目に議論していると感じられた。
 ぼくは学生時代に出現したネオダーウィニズムの洗礼を受けないわけにいかなかったが、その後ずっと生物を見てきていると、ネオダーウィニズムだけでは大進化を説明できないということが徐々にわかっていた。育種家として仕事をしてきた河野氏は、生物進化は先細りである、という考え方を肌で感じてきているようだが、この対談を読んでいると、確かにそのように思えてくる。
 原理主義的なネオダーウィニストが読めば、滅茶苦茶けなす対象になるかも知れないが、目の敵にせずに読んでみると良いと思う。
 面白い本だったが、ちょっと残念なのは、写真の印刷が悪いこと。本文と同じ紙にモノクロで印刷されているので仕方がないのかも知れないが、もうちょっと鮮明な写真を載せて欲しかった、というのが本音だ。できればクワガタムシの写真だけでも、アート紙にカラーで印刷して欲しかった。
 それともう一つ。『虫のフリ見て我がフリ直せ』という表題は編集者が付けたものだろうと思うが、本書での対談の内容から全くひねりだせないような表題だと思う。だからと言って、どんな表題が良いかと言われても困るが、もう少し内容に即した表題の方が親切だと思う。『虫のフリ見て我がフリ直せ』の方が本がよく売れるかも知れないが。

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福岡伸一著『世界は分けてもわからない』

福岡伸一著『世界は分けてもわからない』
講談社現代新書 2000
ISBN978-4-4-06-288000-8
780円+税
2009年7月20日発行
278 pp.

目次
プロローグ パドヴァ、2002年6月
第1章 ランゲルハンス島、1869年2月
第2章 ヴェネツィア、2002年6月
第3章 相模原、2008年6月
第4章 ES細胞とガン細胞
第5章 トランス・プランテーション
第6章 細胞のなかの墓場
第7章 脳のなかの古い水路
第8章 ニューヨーク州イサカ、1980年1月
第9章 細胞の指紋を求めて
第10章 スペクターの神業
第11章 天空の城に建築学のルールはいらない
第12章 治すすべのない病
エピローグ かすみゆく星座

 福岡氏の前著『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』にも共通するが、生命をどこまで還元的に解析しても理解することは不可能である、という基本的な考えが感じられた。いくら細かいところが見えるようになっても、視野が狭くなりるばかりで、全体像を理解することは不可能である、という考え方も感じられる。
 ニューヨーク州イサカという町にあるコーネル大学で起こった「スペクター事件」(この本を読むまで知らなかった)は、ガン細胞の中で起こっている生化学反応を解明する研究の過程で起こったマーク・スペクターという人物によるデータ捏造事件だが、その顛末がドラマチックに記述され、途中で読むのを止められなくなってしまった。あらためて福岡氏の文章のうまさを感じさせられる。
 生命現象は物質やエネルギーが常に動いている中での平衡状態にあり、ちょとした操作を加えても、しなやかに次の平衡状態に移るので、人間が頭の中で考えたようには事が進むことを確認できない。
 福岡氏の研究室では、トリプトファンの代謝産物である神経毒のキノリン酸を分解するキノリン酸ホスホリボトランスフェラーゼの遺伝子を解明し、その遺伝子の働きを人為的に停止させたノックアウトマウスを作成し、現在は研究の途中であるとのことである。遺伝子の働きを止めたマウスは死んでしまうのか、別の動的平衡状態に移り、何事もなく過ぎてしまうのか。その結果は、福岡氏が繰り返し書いている「動的平衡」の考え方が妥当なのかどうかを示してくれるはずである。
 『世界は分けてもわからない』という表題は単純な還元主義に対して疑問を投げかけるものであり、これはぼくの考え方とも矛盾しない。

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2009年10月25日 (日)

福岡伸一著『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』

福岡伸一著『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』
木楽舎
ISBN978-4-8634-012-4
1524円+税
2009年2月25日発行
254 pp.

目次
「青い薔薇」−はしがきにかえて
プロローグ−生命現象とは何か
第1章 脳にかけられた「バイアス」−人はなぜ「錯誤」するか
第2章 汝とは「汝の食べた物」である−「消化」とは情報の解体
第3章 ダイエットの科学−分子生物学が示す「太らない食べ方」
第4章 その食品を食べますか?−部分しか見ない者たちの危険
第5章 生命は時計仕掛けか?−ES細胞の不思議
第6章 ヒトと病原体の戦い−イタチごっこは終わらない
第7章 ミトコンドリア・ミステリー−母系だけで継承されるエネルギー産出の源
第8章 生命は分子の「淀み」−シェーンハイマーは何を示唆したか
あとがき

 ワトソンとクリックによるDNAの構造解明以降、「生物は遺伝子、分子へと還元すれば理解できる」という考え方が主流となっている。本書は様々な視点から、そういう流れに対して、「はたしてそうだろうか」と疑問を投げかけている。
 本書全体を通して、生命は物質の流れのなかの動的な平衡状態として理解すべきだ、ということが貫かれている。
 ぼく自身、生命現象を還元的に理解することに対して常々疑問を持っていたので、本書はその多くの疑問に答えてくれたように思う。
 池田清彦氏によるところの、システムとして生命現象を捉える観点と通じるところがあるように感じられた。
 福岡伸一氏の著書は何冊か読んだが、いずれも落ち着いた語り口で、大変読み易いと思う。本書も、生物学を専門にしていない人にとっても読み易いものだと思う。

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2009年10月15日 (木)

『不偏長軸』という概念

 今日は帝京大学医学部の池本孝哉先生をお招きして、『昆虫の「内的な発育最適温度」とその意義』という演題でセミナーを行っていただいた。昆虫の発育は温度の影響を受け、ある一定の温度範囲のうちでは、温度環境と発育速度との間には直線的な関係にあることが経験的に知られている。しかし、ある一定の温度範囲をはずれると、低すぎても高すぎても発育速度はその直線関係から外れてしまう。極端な温度になれば、発育できないばかりか、死亡してしまうことになる。このあたりの関係について、池本先生には熱力学に基づいた非線形モデルを使えば、昆虫の発育速度について、色々な考察ができるようになる、という話をしていただいた。大変勉強になるセミナーだった。
 さて、この話の中で「不偏長軸」という概念が出てきた。これまでに全く知らなかったし、ネットで検索してもほとんど何も出てこない。これは何かと言えば、ある2つの変数の間の関係を見たとき、一般的には y = a + bx という一次回帰直線で関係の傾向が示されることが多いのだが(例えばxが温度でyが発育速度)、その場合には実際にxとyのあいだのばらつきから想定される関係の直線よりも、傾きが小さくなるので、実際に見て取れる関係に近い直線を導こうというものだ。
 具体的にどうするかと言えば、y = a1 + b1x という回帰直線と x = a2 + b2yという回帰直線を描いたとき、その交点を通り傾きが2つの回帰直線の傾きの幾何平均(√[b1/b2])になる直線を求めるのである。xとyの間に極めて高い相関がある場合は、yをxで回帰した直線と不偏長軸との間に大きな違いが無いのであまり不都合はないのだが、やはり不偏長軸を使った方がいろいろな利点があるらしい。
 ぼくがよく使うのは、発育零点(温度が下がった場合に発育速度が0になるという仮想的な温度)を求めることだが、これは一般的にはこれまで y = a + bx (xが温度でyが発育速度)という直線に一次回帰し、発育速度に0を代入して求められてきた。不偏長軸を用いると、一次回帰した場合よりも、この発育零点がより高く計算されるということになるようだ。
 不偏長軸という概念がどれほど使い物になるかはよくわからないが、とにかく一つ勉強になった。

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2009年10月12日 (月)

日本昆虫学会第69回大会・3日目

 今日は昆虫学会も最終日。少し疲れも溜まってきた。それでも、いつものように8時半ぐらいには会場の大会本部に着く。今日は特に本部に詰めている必要はなく、朝一番の一般講演の講演の座長をすれば、ほぼ仕事はこなしたことになる。
 ということで、今日は一般講演をかなり自由に聴くことができた。朝一番は分類学の発表がある会場の座長をして、いくつか講演を聴いたあと、害虫管理の講演の会場に移った。桐谷圭治・湯川淳一・藤崎憲治の大御所3名の連名による「地球温暖化のミナミアオカメムシのこれから」。50年も前に採られたデータと、近年のデータを比較して、ミナミアオカメムシの今後を予想したものである。50年も前のデータが今の発表に活用できるということ自体、大変驚くべきことである。聴衆はそれほど多くなかったが、今回ぼくが聴いた一般講演の中では、もっとも印象が強かったとも言える。80歳にもなる桐谷さんが、まだ元気に発表されるということも素晴らしい。
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 そのあと、ナミハグモの種分化の発表があるのに気付き、その会場へ。今の仕事の中で出てきたクモが、先日の同定会でナミハグモの仲間と同定されたので、聴いておくべきだと思ったのだ。
 昼は大会本部で昼食をとった後、天気が良いので外に出た。すると、ニホンミツバチの巣があるという人がいたので、後をつけて現場に向かった。現場は会場のすぐ近くのマツの木の根元にあった。すぐ近くにジョロウグモか何かの網があり、そこにひっかかたミツバチがかなりいたらしく、クモの網にはミツバチが運んできたと思われる花粉団子がたくさん引っかかっていた。
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 午後は2コマの小集会だ。1コマ目は「カマキリ学の解明に向けて−季節適応.防衛戦略.繁殖戦略からの生態学的アプローチ」に出席。ここでは、近年ずっとぼくが「追っかけ」をしている安藤喜一先生が『仰天科学「カマキリの雪予想」はなぜ信じられたのか?』という演題で講演された。もう何度も話を聞いているので、酒井與喜夫氏の「カマキリの雪予想」がデタラメであるこことは十分に理解しているつもりだが、未だに巷では「カマキリの雪予想」が信じられているという話を聞き、マスメディアの宣伝力の怖さをあらためて感じさせられた。面白ければその話がデタラメであったもかまわない、というマスメディアの態度は極めて危ないものだと感じさせられる。
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 2コマ目は「日本半翅類学会」の小集会に出た。例年と同じく、会務報告のあと、一人一話形式で話題提供が行われた。ぼくが話したのは、近い将来に出版されるはずのカメムシ図鑑でのシロジュウジカメムシ類の扱いについての話など。いつもどり、アットホームな感じのする会だった。
 そのあとは、津駅前の居酒屋に場所を移してさらに話をした。駅前ではハサミムシの分類のNさんが合流した。半翅類学会の世話役のTさんが所用で東京に帰られたので、驚くべきことに、Nさんがいなければ、ぼくはそのメンバーの中の最年長だった。それだけ若い人が多かったということで、喜ばしいことである。しかし、若い人たちの就職のことを考えると、明るい材料は少ないので、喜んでばかりもいられない。8時過ぎにはお開きになり、ぼくは帰宅したが、Nさんと若い人たちは二次会に向かったようだった。
 これで、今年の昆虫学会の予定はすべて終了したが、プログラム編成という仕事も経験することができ、昆虫学会の範疇に限れば、充実した年だったように思える。

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2009年10月11日 (日)

日本昆虫学会第69回大会・2日目

 昆虫学会2日目である。今日の午前中は大会本部に詰めていなければならなかったので、朝一番の講演の座長をした以外は一般講演を聴けなかった。まあ仕方が無い。
 本部で弁当を食べて、午後からのシンポジウムの会場に向かおうとしたら、ウスバツバメガが飛ぶのが見えた。なかなか見る事ができなかったウスバツバメガだったが、思わぬところでお目にかかったものだと思った。ウスバツバメガの幼虫は桜の葉を食べるが、付近をざっと見たところ、桜の木は目につかなかった。
 午後からは2コマ×2会場のシンポジウムがあった。1コマ目は「フェロモン利用による害虫防除の現状と展望」、2コマ目は「土着天敵の評価と利用技術の展望」に出席した。1コマ目のシンポジウムでは、しょうもない勘違いをして、見当はずれの質問をしてしまった。恥ずかしい。日頃、害虫防除のコストをあまり意識していないという事がバレてしまったと思う。しかし、フェロモン利用の現状の一面を知ることができ、有益なシンポジウムだった。2コマ目は自分でも話をしなければいけなかった。「土着天敵類に対する農薬の影響評価と今後の展望」という演題で、自分の仕事の一部も紹介したのだったが、オチらしいオチのない話で、あまり受けは良くなかったのではなかったかと思う。まあ、あまり明瞭な結果の出ている仕事ではないので、仕方が無い面もあると思う。ほかの3名の話題提供は大変勉強になった。特に天野先生のカブリダニの話は、研究の考え方についても突っ込んだ話をされていて、大変勉強になったと思う。
 夜の部は「第11回昆虫の季節適応談話会」の小集会に出席した。ここ何年かの昆虫学会では、だいたいこの小集会に参加していて、いろいろ勉強させていただいていたが、大変嬉しいことに、今年はこの小集会での話題提供を依頼されていた。「亜熱帯の植物種子食性カメムシの生活史戦略・・・アカホシカメムシ類を例として」という演題で、石垣島で勤務していた頃に研究していたカメムシの話を紹介した。細かく突っ込んだ話ではなく、まだほとんど研究されていない亜熱帯の昆虫の生活史の概略を紹介しただけだったが、それなりに受けた話だったように思えた。亜熱帯の昆虫の生活史はまだほとんど研究されていない宝の山である、と結んで話を終えた。
 そのあとは、小集会に参加したメンバーで、三重大学の近くの居酒屋に流れ込み、話し足りなかったことを話した。これまで名前を知っていても顔を知らなかったりする人と話しをすることができ、楽しい時間を過ごす事ができた。隣に座ったのは、セルビアから北大に留学している女子学生。日本に来て1年半だということだが、日本語は達者だった。これまで全く縁のなかったセルビアの話しを聞く事ができて面白かった。11時頃にはお開きになり、明日に備えることになった。明日はいよいよ最終日だ。

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2009年10月10日 (土)

日本昆虫学会第69回大会・1日目

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 今日から三重大学で日本昆虫学会第69回大会始まった。
 今回は運営スタッフなので、全ての講演を聴く訳にはいかないが、今日は生物多様性関係の講演をいくるか聴き、午後は生物多様性関係のシンポジウムに参加した。今、仕事で「生物多様性」に関わっているわけだが、未だに「生物多様性」とどのように向き合っていくか、という感覚がつかめない。時間が解決してくれるだろうとは思うのだが、仕事の方はそれを待ってくれないのが辛い。生物多様性関係の講演は、今ひとつピンとこないものばかりで、うまい感想が書けない。生物多様性関係以外では、元弘前大学の安藤喜一先生のカマキリの卵寄生蜂の話を聞いたが、これは面白かった。まだ生態には未解明の部分が多く、これからの展開が楽しみだ。
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 夜は懇親会があった。料理の質、量とも、最近の昆虫学会の懇親会の中ではもっとも良かったのではないかと思う。三重大名物の「三重大カレー」は噂どおり美味しかった。デザートも充実していたと思う。懇親会の準備をしていただいた、三重大学のY先生、T先生には感謝したい。
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 懇親会のあとは、京大の昆虫学研究室のOBや在学生の集まりに参加した。上は85歳のS先生から下は25歳ぐらいの現役の大学院生まで、10数名が集まった。この集まりは、学会が開催されるときに時々開催され、ぼくが参加するのは2回目だ。初めて参加したのは、まだ大学院生のときだったかも知れないので、25年以上前だったかも知れない。この集まりが始まったころに会を盛り上げていただいていたハサミムシの酒井清六先生は数年前に亡くなられ、ぼくは農林生物学教室のOB会のウェブサイトに追悼文を寄せたのだが、直接面識の無かった大先輩のMさんが、ぼくが書いた追悼文に甚く感激されていたようで、ぼくは恐縮してしまった。4年上のI先輩にも25年ぶりぐらいにお会いすることができ、大変嬉しかった。85歳のS先生は大変お元気で、ぼくも少しエネルギーを分けていただきたいぐらいに思えた。こういう会も学会ごとにやっていたらマンネリ化してしまうと思うが、たまにはこういう会も良いと思った。
 明日はシンポジウムと小集会で話をすることになっている。十分に準備ができたか、と言われるとあまり自信はないが、考えていることはうまく話せるようにしたいと思う。

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2009年10月 8日 (木)

明後日から日本昆虫学会第69回大会

 明後日から、三重大学で日本昆虫学会第69回大会が開催されます。このブログを読んでおられる方にも参加を予定されている方もおいでだと思います。学会でお目にかかれることを楽しみにしています。
 ぼくは、大会2日目の公開シンポジウムの後半と、夜の小集会で話をする予定になっています。その日の午前中は、受付か大会役員の控え室に詰めていると思います。もちろん、大会初日の懇親会にも出席します。
 大会とは直接の関係はありませんが、大会の前日の9日(金曜日)夜に、津駅西口から徒歩3分ぐらいのところにある「ホテル ザ・グランコート津西」1階のレストランで、三重昆虫談話会の有志によるサロンが開催されます(たまに貸し切りで使えないこともあり、そのときは「コメダ珈琲店津県文前店」に変更になります)。20:00ぐらいには何人かのメンバーが集まっているはずです。オープンな会ですので、おヒマな方はこちらにもどうぞ。

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2009年9月30日 (水)

つくばへ・・・同定研修会に参加

 津市内に住む虫屋のOさんやAさんからウスバウバメガを見たという話を聞いたが、津に来てからは、まだ一度も見たことが無い。昨日の朝、出張でつくばに出かけるために桜(ウスバツバメガの寄主植物だ)の名所の偕楽公園の中を通ったが、やはり姿を見ることができなかった。
 昨日はまだ疲れが抜けておらず、名古屋まで立ちっぱなしというのもかなわないと思ったので、本当に久しぶりに名古屋まで近鉄特急に乗った。名古屋に行くのに近鉄特急を使ったのは、ほぼ2年ぶりだ。津7:15発の特急に乗ったら、名古屋8:20発ののぞみにギリギリで乗れた。N700系。時間に余裕があったので、何も慌てて乗ることは無かったのだが、ついつい階段を上がってすぐ、目の前のドアから乗ってしまった。そこはグリーン車だったが、そこから自由席車輌まで、けっこう歩かなくては行けなかった。予想通り、自由席にはほどほどに空席があり、問題無く着席できた。
 東京には10時過ぎに着き、すぐ上野に向かい、上野駅で少し時間を潰して早めの昼食もとった。常磐線の列車に乗り、牛久駅に着いたのは昼前だった。ここでもバスの時刻までベンチで一休み。
 午後1時前につくばの現地に着いたら、天気はあまり良くなかったが、ツクツクボウシとアブラゼミの鳴き声が聞こえた。
 昨日から今日まで、現在行っているプロジェクト研究の同定研修会だ。去年はハサミムシを担当して講義をする側だったが、今回は受ける側だった。昨日は午後半日で講義を受け、夕方は懇親会。農林水産省の施設の中の食堂で行われたのだが、量も質も質素だった。かなり不満は残ったが、食べ過ぎで具合が悪くなるような危険性はなかったので良かったのかも知れない。普段ならこの施設の中の宿泊施設に泊まるところだが、満室だと言うことだったので、近所(と言ってもバスで4〜5分ぐらいの所だ)のホテルを予約しておいた。このホテルも質素だった。その割には、値段はそれほど質素ではなかった。
 今日は実際のサンプルをもとに同定の実習。ゴミムシやクモのサンプルを持参したのだが、専門家の目で見てもらうと、同定間違いがたくさんあった。特にクモがひどい。そのうち慣れてくると思うのだが、科のレベルで間違っているのだから話にならない。しかし、今回の研修を受けたことで、着実に同定能力はスキルアップされたと思う。
 研修は昼までで、施設の食堂で昼食をとったが、やはり味は不満が残る。バスで牛久駅に向かったら、ちょうど1時間に1本の特別快速が来て幸運だった。特別快速ならつくばエクスプレスにも見劣りしない。日暮里で山手線に乗り換え、秋葉原で途中下車し、しばし秋葉原見物(若干の買い物も)。
 東京駅に向かい、ちょうど発車する新幹線に乗ったら、またN700系だった。名古屋で降り、久しぶりに「想吃担担面エスカ店」に行く。最近は比較的出張が多かったのだが、列車(快速みえ)の時間の都合で食べそびれていた。しかし、今日はちょうど良い具合の乗り継ぎ時間だった。汁なし担々麺とマンゴープリンを食べる。うまい。
 食事を終え、名古屋駅の関西線のホームに行くと、既に快速みえには乗客が乗り込んでおり、座ることはできなかった。まあ、これも桑名までの辛抱と思って乗ったところ、予想したとおり、桑名では相当数の客が降り、座ることができた。
 東京でも雨が少し降っていたが、こちらでは傘をささずに歩くには無理がある程度の雨が降っていた。このところ、長い間雨らしい雨が降っていなかったので、しばらくは雨が降ってくれた方が良いのではないかと思う。

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2009年8月19日 (水)

フェロモントラップの誘引剤が消えた

 先週の調査の時、調査地のうちの一か所に5個設置してあるフェロモントラップのうち、ハスモンヨトウ用の誘引剤を設置したトラップの誘引剤が無くなっていたので、一旦研究所までもどって新しい誘引剤を持って再設置した。ここまでは片道約30分の道程なので1時間ちょっとの時間を無駄に使わされた。誘引剤は粘着板にくっついているので、風で飛ばされたという可能性はまず考えられない。考えられるとすれば、鳥(カラスが疑わしい)が誘引剤をくわえて何処かに持ち去ったという可能性も考えられるが、もしそうだとすれば、粘着板に羽毛のひとつぐらいくっついていてもおかしくない。いずれにしても、謎であった。
 今日は、先週そういうことがあったので、誘引剤を交換する予定の日ではないが、あらかじめ誘引剤を持参して(4週間ごとに交換しているので、交換しない日には持ち歩いていない)調査に出た。
 早速、先週誘引剤がなくなっていたトラップを見てみると、何と今日も同じトラップの誘引剤がなくなっていた。粘着板にくっついているハスモンヨトウも、脚の数の割には胴体の数が少ない。このことから判断すると、粘着板にくっついていたハスモンヨトウを鳥(おそらくカラス)がハスモンヨトウを食べたついでに、誘引剤も持ち去ってしまったと考える妥当性が高くなったような気がする。しかしながら、今回も鳥の羽毛は確認できなかった。
 あらかじめ誘引剤を持参していたので、無駄な時間を使わされることはなかったが、困った事だ。研究費に困っているわけではないが、誘引剤1個の値段も1000円近いので、バカにならない。気休めかも知れないが、今日はトラップの配置を隣のヨトウガ用のものと入れ替えてみた。来週見るのが楽しみだ(などと暢気なことを言っていてはいけないが)。
20090819blog1
これが初期状態のフェロモントラップ。粘着板の中央にある赤いゴム製のキャップが誘引剤。普通はハスモンヨトウを調査する場合、専用のトラップ(この写真のものは汎用のもの)を使うのだが(おそらく、汎用のものではオーバーフローしてしまうため)、厳密な調査ではないので、汎用品を使っている。来週見るときには、おそらくビッシリとハスモンヨトウがくっついているはず。

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2009年8月 9日 (日)

瀬戸口明久著『害虫の誕生−虫からみた日本史』

瀬戸口明久著『害虫の誕生−虫からみた日本史』
ちくま新書793
ISBN978-4-480-06494-3
720円+税
2009年7月10日発行

目次
プロローグ
第一章 近代日本における「虫」
1 日本における農業の成立
2 江戸時代人と「蝗」
3 虫たちをめぐる自然観
第二章 明治日本と<害虫>
1 害虫とたたかう学問
2 明治政府と応用昆虫学
3 農民vs明治政府
4 名和靖と「昆虫思想」
第三章 病気−植民地統治と近代都市の形成
1 病気をもたらす虫
2 植民地統治とマラリア
3 都市衛生とハエ
第四章 戦争−「敵」を科学で撃ち倒す
1 第一次世界大戦と害虫防除
2 毒ガスと殺虫剤
3 マラリアとの戦い
エピローグ
主要参考文献
図版出典一覧
あとがき

 著者の瀬戸口明久氏は1975年生まれで、生命科学と社会の界面に生じる諸問題について、科学技術史と環境史の両面からアプローチしている、と紹介されている。
 この本は、日本の歴史の中で「害虫」という概念がどのようにして成立し、その後どのような変遷を遂げて来たかについて書かれている。著者の言うところによれば、「害虫」という概念が成立したのは明治以降で、それ以前の日本には「害虫」という概念はなく、虫による被害は天災として扱われていたということである。言われてみればなるほどと思うのだが、これまでこういうことをぼくは意識したことが無かった。害虫の研究でメシを食っているのに。
 「害虫」という概念に対する瀬戸口氏のようなアプローチはこれまでになされておらず、書かれていることすべてが新鮮に感じられた。「害虫」という言葉に少しでも興味を持つ人であれば、なるほど、と思わされることが多いのではないかと思う。
 ぼく自身の個人的な経験と関連するところでは、名和昆虫研究所について、これまで何も知らなかった、ということをこの本を読んで実感した。ぼくが子供だった頃、確か祖母に連れられて、岐阜公園の中にある名和昆虫博物館を訪れた。その後、夏休みに採集した昆虫の同定会で名和昆虫博物館の4代目館長の名和秀雄氏(故人)にお世話になったこともある。ぼくが高校生だった頃(だと記憶しているが)、名和秀雄氏は、東海ラジオのミッドナイト東海という深夜放送のパーソナリティを務めるなど、博物館の外での活動も多かった。だから、ぼくが知っている名和昆虫博物館の活動は、博物館での展示や、自然観察会や同定会の開催など、自然に親しむための啓蒙活動がほとんどだ。石垣島に住んでいた頃、石垣島に調査においでになった5代目館長の名和哲夫氏にもお会いしたことがある。しかし、名和昆虫博物館がどのような基盤の上に成り立っていたかということについて、深く考えたこともなかった。この本によれば、名和昆虫研究所は大正時代までは農業害虫の研究では、日本の中心的存在だったということだ。これはぼくにとって予想もしなかったことで、今の名和昆虫博物館の姿からは想像もできないことだ。農業害虫研究の中心的存在からの凋落の原因としては、初代所長の名和靖氏の死去と、帝国大学に興ったアカデミズムに基づいた昆虫学研究室の成立などがあげられるとのことだ。こういう歴史も知らないより知っていた方が良い。
 まあ、それはともかく、この本は応用昆虫学の歴史をうまくまとめてあるので、少なくとも応用昆虫学を学んでいる人にとって、読む価値のある本だと思う。

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2009年5月22日 (金)

あっと言う間の英文校閲・・・こういうこともあるわけね

 某学会誌に投稿するための短い論文を日本語で書いたのだが、それには英文の摘要を付けなければならない。その英文の摘要は、投稿前にネイティブによる英文校閲を受けることが義務づけられている。
 というわけで、今朝、いつも(お金を払って)お願いしているアメリカ人に「今すぐできるか?」と電子メールを出した。するとすぐに返事が返ってきて「週末前ならすぐにできる」との返事。おお、アメリカは時間が遅れているから、まだ週末までには時間があるな、などと考えながら、早速原稿を送ったところ、昼前には校閲が済んで原稿が返ってきた。短い論文の英文摘要とは言え、2時間半足らずで片付いてしまった。アメリカ合衆国東部時間では、木曜日の夕食後にくつろいているような時間帯だと思うが、こうやってすぐに対応してもらえると嬉しい。
 というわけで、論文は早速投稿することができた。論文を一つ投稿すると、一つ仕事が片付いたような気がする。

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2009年5月20日 (水)

本川達雄著『「長生き」が地球を滅ぼす』

本川達雄著『「長生き」が地球を滅ぼす』−−現代人の時間とエネルギー
2006年1月23日発行
阪急コミュニケーションズ
ISBN4-484-06202-X
1600円+税

目次
はじめに−−時間の見方を変えて生き方を変えよう
プロローグ 東京は悲しいところ−−ネズミなみの人口密度で暮らす異常さ
第1章 動物の時間−−動物によって時間は異なる
第2章 動物のエネルギー消費−−恐竜は意外に小食だった
第3章 エネルギー問題を考える−−日本人はゾウなみのエネルギーを使う
第4章 現代人の時間−−人はエネルギーを使って時間を早める
第5章 ヒトの寿命・現代人の寿命−−縄文人の寿命は三〇歳
第6章 老いを生きるヒント−−意味のある時間は次世代のために働くことによって生まれる
エピローグ 天国のつくり方−−ナマコに学ぶ究極の省エネ
あとがき
読書案内
付録
索引

 著者である本川達雄氏は「歌う生物学者」として知られている。NHKテレビの「ようこそ先輩」か何かの中で歌っているのを聴いたことがある。「ゾウの時間ネズミの時間〜歌う生物学」という著書があることも知っており、かすかに読んだような記憶があるが、内容はごく一部しか憶えていない。その憶えている内容とは、ゾウもネズミも死ぬまでの心臓の鼓動の数は同じだ、というところだ。
 それはともかく、『「長生き」が地球を滅ぼす』とはかなり刺激的な表題である。しかしながら、中身は期待はずれなほどマトモなことが書かれていた。表題からはもっと過激な内容を期待していたのだ。無駄に長生きしてもエネルギーを食いつぶすだけで、後の世代に負担をかけているから、無駄に長生きすることはなく早く死に、そのために良い死に方を考えることが必要だ、というようなことが書かれていることを期待していたのだ。そういう点では、表題が刺激的なだけに、がっかりした。
 全体として著者が言いたかっただろうと思われることは、第6章の「老いを生きるヒント」にまとめられている。有効に老後を過ごすには、次世代のために働くことが大切である、と。あるい意味、本当にマトモすぎる結論だ。
 自分もそのうち老人になっていくであろうが、無駄に長生きはしたくはないと思うし、もし本格的な老人になってしまっても、若い世代の人たちの役に立つような生き方をしたいものだ。少なくとも、若い世代の人たちに迷惑をかけるようなことだけはしたくない。

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2009年4月16日 (木)

松永和紀講演会『問題の多い食・農業報道に研究者はどう打ち勝つか?』

 ぼくの職場の運営委員(って具体的にどんな仕事をしているのか知らないけれど、まあ、あれこれと注文を付けているんでしょうね)をされている松永和紀(まつながわき)氏の講演会があった。表題は『問題の多い食・農業報道に研究者はどう打ち勝つか?』要するに、科学技術に対する理解や認識が浅いマスメディアに対して、農業研究者はどう対処したら良いのか、というような話だ。
 マスメディアは世間の人々の認識の形成に大きな影響力を持っているだけに、科学的に間違ったことを発信してしまうと、その間違いが世間に広がってしまうことがしばしばあるのは周知の事実だ。具体的には、事故米穀問題、伊藤ハム問題を取り上げて話をされた。もうこの話題を耳にすることは無くなってしまったが、大きく報道されたことと事実との間には大きな隔たりがあったとのことのようだ。しかも、一旦事が沈静化してしまうと、新しい事実がわかってきても、マスメディアはそれを報道することは滅多にない。
 農業分野であれ、科学技術に関わる仕事をしていると、マスメディアの取材を受けることが無いとは言えない。それに対して、我々研究者はどういう態度を取ったら良いのか、松永氏からは中立的な立場から助言をいただけたと思う。
 マスメディアが発信する情報を受け取る側も、マスメディアが発信している情報が事実かどうかを峻別する目を持たなくてはならない。これもなかなか難しい問題だ。目から鱗が落ちたと思ったのは、最も信頼できる情報はマスメディアが発信する情報ではなく「官」が発信する情報である、と言われたことだ。最初は、なぜ?、と思ったのだが、要するに、「官」は事実を隠蔽する体質が無いわけではないものの、発信する情報は慎重に選ばれたものであるので、「官」が発信する情報には誤りが少ない、ということだ。おそらくそれは事実だと思うが、これまで自分ではそういうことに気付いていなかった。
 拙ブログでもささやかながらマスメディアを批判している。カマキリが雪予想するなんてウソですよ。朝日新聞さん、しっかりしてください。マスメディアに対する批判と同時に拙ブログが紹介されているので、こちらも見てね!

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2009年3月31日 (火)

第53回日本応用動物昆虫学会大会・終了後

 昨日は珍しくアルコールを飲んでしまったのでどうなるかと思ったが、札幌に来て以来同じように6時頃に目が覚めてしまった。あまり早く動き出す必要もないので、テレビをぼんやり観ながら過ごし、しばらくしてから朝食のためにロビーに降りて行った。
 するとE大学のHさんとK大学名誉教授のH先生が食事をしながら雑談(もちろん虫の話)をしておられた。ぼくも話の仲間に入れていただいた。さらに農水省OBのSさんも加わった。
 H先生は退官後も精力的に昆虫の卵寄生蜂の生態を調べておられ、今回、樹皮の下で集団越冬するカメムシの卵寄生蜂に関する講演をされた(ぼくはその時間帯にはカンキツグリーニング病関係の講演を聴いていたのでH先生の講演は聴いていなかった)。その話を伺い、さらに「まだ寄主がわかっていない卵寄生蜂がいっぱいいるから、地表徘徊性のゴミムシの卵なんかも調べると面白いですよ」と言われ、確かに卵寄生蜂の生態を調べるのは面白いと思ったのだが、実際に調査するのは厄介なことが多いとも思った。今年の10月に三重大学で開催される日本昆虫学会の大会で再会することをお約束して別れを告げる。
 荷物をまとめて札幌駅に向かう。快速エアポートは特急スーパーカムイがそのまま折り返し運転で快速になる列車だった。特急用車輌なので、気分が良い。昨日の晩、アルコールを飲んでしまったので疲れており、座り心地の良い車輌は助かる。
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 北海道土産は行く前から決めていたので、それを探す。ターミナルビルの中をウロウロするのだが、なかなか見つからなかった。新千歳空港はけっこう広いのだ。やっと見つけた場所がここ。
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 「ハスカップジュエリー」を買う。けっこういい値段だ。飛行機の中で食べる昼食も調達。
 かなり疲れが溜まった感じだったので、早目に出発ロビーに入り、椅子に腰掛けて半分居眠りをする。飛行機の中でも、ただひたすらグッタリとする。
 帰りも名古屋経由。またミュースカイに乗る。快適で速い。名古屋駅界隈で少し買い物をして、例によって快速みえで帰る。いつものように12番線で待っていたら、13番線から発車するとのアナウンス。どうやら、この前のダイヤ改正で発着番線が変わったらしい。快速みえの中でも半分居眠り。疲れていたので、妻に迎えの車を頼み、車で帰宅した。
 とにかく疲れているが、やはり昨日飲み過ぎたのが原因だと思う。

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2009年3月30日 (月)

第53回日本応用動物昆虫学会大会・3日目

 ぼくが泊まっているホテルは北海道大学の正門のすぐ前だ。学会の会場は、ここから歩いて20分ほどかかる「高等教育機能開発総合センター」なのだが、さすがに大学に近いこともあり、学会参加者がたくさん泊まっているらしい。1日目はつくばの某研究所のKさんと一緒に雑談をしながら会場に向かった。
 今朝も食事を摂るためにロビーに行ったら、某A名誉教授と農水省研究機関のOBの某Sさんが雑談しておられた。ぼくもそれに少し混ぜていただいた。公的機関の厚生経費はどこもバッサリ切られて余裕がなくなるから鬱になる人が多いんだ、とか、期間を切られたプロジェクト研究ばかりになるし、短期間に成果(≒論文)を出さないといけないし、だからと言ってプロジェクトを取らなければ研究費も無いし、プロジェクトを取ったは良いが、書類書きで研究などはできなくなるからポスドクを雇って仕事をやらせなければいけないし、そういうポスドクも年齢が上がって行くとますますパーマネントのポストに就けなくなるし、とか、だから何十年もデータを取らなくては結果が出ない研究など現役世代ではできないから、こういう研究は定年になったOBがやったら良いんではないか、とか。まあ、ようするに、将来を見た政策がとられていない状況では、現状は決して良くないという話が多かった。実感として納得できる話が多かった。下手な学会講演を聴くより大切なことかも知れない。現状は決して良い状況ではないと思うが、公務員試験に通って今の職に就いて、ちゃんと給料を貰っている自分は、ポスドクを渡り歩いて、なかなかパーマネントの職に就けない若い人よりは幸せなのだろう。
 某A名誉教授と某Sさんが部屋に戻られたあと、コーヒーを飲んでいたら某県の研究員のMさんもおいでになった。今日、朝一番での講演があるとのこと。
 今朝はまず「高等教育機能開発総合センター」ではなく農学部に向かう。農学部は正門を入った正面にあり、北海道大学の中でも一番良い場所にあるように思える。さすが、札幌農学校からの伝統のある大学だ。
 農学部は風格のある建物だ。2004年の9月の昆虫学会の時にも農学部にいたかつての同僚を訪ねてこの建物に入ったのだが、その時は大変古い歴史が感じられる内装だった。ところが、今日入って驚いた。玄関こそ古めかしさを感じさせるものだったが、内装は近代的に改装されていた。
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 目指す場所は昆虫学教室。そこにある松村コレクションのカメムシを見るのだ。松村とは、言うまでもなく、昆虫学教室初代教授の松村松年(まつむら・しょうねん)のことだ。まずは、連絡を取っておいたYさんを訪ねて標本室に案内していただく。意外なほど狭い場所だったが、標本の大部分は総合博物館に移されたとのことだった。鱗翅目や甲虫など、目立つものは総合博物館に移され、残っているのは言わばマイナーな分類群であるとのことだ。
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 そこでしばし標本箱を物色し、目指すカメムシを探す。ほどなく見つかり、いろいろ写真を撮る。タイプ標本の箱も見るが、今ではシノニムとなって無効名になったものも多い。
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 色々見ていたらお昼近くになってしまい、Yさんに挨拶をして、昆虫学教室を後にして「高等教育機能開発総合センター」に向かう。
 学食で昼食をとり、午後からは「カンキツグリーニング病小集会~虫媒伝染と防除~」に出る。3題の話題提供があり、どこまでカンキツグリーニング病の実体の迫ることができているのか、ということをだいたい理解することができた。日本からのカンキツグリーニング病の根絶は難しいのではないかと思っていたが、地域(島)レベルでの根絶は不可能ではない、という力強い発言もあり、今後の進展に期待させられた。
 小集会が終わったあとは、一旦ホテルに戻って休憩したあと、カンキツグリーニング病小集会のメンバーとの懇親会に参加した。串焼きの店だったが、水を使わずに蒸し焼きにする鍋もあり、それなりに美味しかった。言葉で説明するより、写真で見せた方がわかり易いと思うので、鍋の料理の手順を示す。
 まず、土鍋に奇妙な形の蓋をして中火で蒸し焼きにする。
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 火が通ったところで火を止めて、布巾をかけて蒸らす。(後ろに写っているのは、某研究所のOさん)
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 蓋をあけると、奇麗に出来上がり。
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 料理はともかく、昼間の小集会では話しきれなかったことを議論する。アルコールが入ると、いろいろ本音も出て来るので、やはりこういう機会も必要だ。もうミカンキジラミとカンキツグリーニング病の研究から離れて5年にもなるので、新しい人は知らない人も数名おり、名刺を交換する。問題が大きいだけに、研究に携わっている皆さんの意気込みが十分に感じられた。カンキツグリーニング病の問題は早く片付けたい問題だが、来年もこのテーマでの小集会をもち、盛り上げて欲しいものだ。
 会もお開きになり、二次会に向かうメンバーもいたが、ここで失礼してホテルに戻った。

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2009年3月29日 (日)

第53回日本応用動物昆虫学会大会・2日目

 今日は学会二日目だ。昨日の懇親会の疲れがまだ残っている感じ。昨日と同じように、朝一番の講演に間に合うようにホテルを出る。天気は良いが、相変わらず寒い。風が吹いていないのが唯一の救いか。
 学会の会場に入ると、昨日の懇親会のジンギスカンの臭いが感じられた。自分のズボンについていた臭いなのかも知れないが、他人の衣服についていた臭いであることも否定できないと思った。
 今日は色々な講演を聴いたが、まず一つはうちのボスの娘さんの講演。学会デビューだ。専門外なので内容は理解できなかったが、初めての講演としては落ち着いていて立派な発表をしていたと思った。
 昼休みを挟んだ8題はミカンキジラミとカンキツグリーニング病関係の講演。これは全部聴いた。5年前まで関わっていた問題だが、なかなか大きな進展が無いと感じられた。しかし、やはり問題自体が難しいことが大きいということなのだろう。それでも、着実に前に進んでいるという実感は得られた。
 そのちょっとあとには、キムネクロナガハムシ関係の講演が4題並んでいたので、それも聴いた。石垣島に住んできたころには馴染みのあった虫だ。東南アジアではココヤシの害虫として、かなり問題になっているらしい。これも、葉の中に潜り込む性質がある虫なので、問題を解決するのはけっこう厄介に感じられる。
 そのあといくつか講演を聴いて、休憩室で紅茶を飲んでいたら、「カマキリの雪予想はウソ」と断言されている安藤喜一先生がおいでになり、しばしカマキリ談義。「カマキリが雪予想をする」という迷信が未だに世間に広く定着してしまっていることを嘆いておられた。科学的なデータがあっても、マスメディアの前には無力であると。
 そのあと、昨日の奨励賞の講演をした弘中さんの一般講演を聴いた。ベニツチカメムシのナビゲーションの問題だが、昨日の受賞記念講演を聴いた限りにおいては「ホンマかいな」と思われたことの一部は理解できた。やはり面白い話だ。
 さらにそのあといくつか講演を聴いて、最後は小集会「新害虫の発生生態およびその適応戦略」に出席した。ネギアザミウマとニセタマナヤガの話だったが、いずれも野菜の害虫であるので、情報収集の意味合いが大きい。ネギアザミウマは今後問題が大きくなりそうな感じがするし、ニセタマナヤガも生態に関して理解しずらい部分が多く、今後問題になるかも知れないと思った。
 このあと、小集会のメンバーで懇親会をやるということだったが、疲れが溜まってきているので、先に失礼してホテルに戻った。
 今日聴いた講演では、やはりミカンキジラミとカンキツグリーニング病関係の講演が心に響くものが多かったが、生物学的な観点では弘中さんの講演も面白いと思った。

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2009年3月28日 (土)

第53回日本応用動物昆虫学会大会・1日目

 第53回日本応用動物昆虫学会大会は今日が初日だ。
 案の定、というか、昨日の夜に食べた辛いカレーの結果が、トイレに座ったときに出た。それでも、やっぱり唐辛子の辛さは止められない。美味しいものは美味しいのだ。
 午前中は総会と学会賞と奨励賞の受賞講演。とりあえず、総会の開始に間に合うようにホテルを出た。寒い。さすが北海道だ。
 ホテルの目の前が北海道大学の正門。そこにも学会の立て看板が出ていた。
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 学会の会場は旧教養部の「高等教育機能開発総合センター」という長い名前の場所で、正門からかなり離れた場所にあるので、けっこう時間がかかる。2004年の秋に日本昆虫学会の大会が開催された場所なので、少しは記憶が残っている。20分ほど歩いて現地に到着。
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 総会の開始にはゆっくり間に合った。議事のあとは奨励賞と学会賞の受賞講演。
【奨励賞】
・弘中 満太郎(浜松医科大学)「亜社会性カメムシ類の視覚依存的なナビゲーション・定位行動についての研究」
・上地 奈美(農業・食品産業技術総合研究機構 果樹研究所)「ゴール形成害虫類の形態、生態と防除に関する一連の研究」
【学会賞】
・新垣 則雄(沖縄県農業研究センター)「オキナワカンシャクシコメツキの交信撹乱法などによる防除技術開発と亜熱帯害虫と天敵の生態解明に関する研究」
・城所 隆(宮城県古川農業試験場)「寒冷地における稲作害虫の発生予察法とIPMに関する研究」

 今年は学会賞の二人とも、国や大学ではなく、県の農業試験場で研究をしている研究者に贈られたということで、これまでに例のないことだと思う。二人とも、農業の現場に密着した研究課題に永年地道に取り組んできた結果としての受賞であり、中身も濃く、いずれは学会賞が贈られると持っていたので、至極妥当な結果だったと思う。
 奨励賞は若手に贈られるものだが、上地さんのタマバエを中心とした研究は、大学院生時代からしっかりしていて目立っていたし、応用現場でに役立つ研究も多いので、これも至極妥当なものだと思った。弘中さんの研究は、ベニツチカメムシのナビゲーションに関するもので、これまでに大学入試問題としても取り上げられたことがあるように、内容的には大変面白いと思うのだが、ぼくにとってはまだ何となく「ホンマかいな」と思わせられるような部分もあり、受賞講演を聴いてもやはりその疑問は晴れなかった。まだ研究途中のことも多いようなので、今後さらに真実に近づく研究をしてくれるのだろうと期待する。
 昼食は生協の食堂に行った。そこでバッタリつくばの某研究所のKさんと出会ったので、一緒に話をしながら食事をした。昨日の夜、辛いカレーを食べたのに懲りず、カツカレーを食べた。マイルドなカレーだったので、今朝のような問題は起こらないと思う。
 午後からは一般講演。休憩室で油を売ることもなく、ずっとどこかの講演会場に詰めていたが、心に響く講演は特に無かった。自分の講演は、キャベツの害虫として名高いコナガの性フェロモン誘引剤に誘引されるコナガ以外の鱗翅目の昆虫の話。これを主目的として行った研究ではないのだが、応用上いろいろと問題がある話なので、一度は学会で話をしておかなければいけないと思っていたことだ。会場の聴衆の数は、自分が予想していた以上だったので、興味を持ってくれた人の数は、それなりに多かったのだと思う。まあまあ良かったのではないかと自己判断した。

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 一般講演が終わったあとは、会場を「サッポロビール園」に移して懇親会。1986年6月に北海道大学で行われた大会のときも、懇親会はどこかのビール園だったが、今日と同じ場所だったかどうかは全く記憶にない。そのときは、料理がジンギスカンだったことと、自分の席の前にちょっと前に亡くなった河野義明さんが座っていたことだけは憶えている。
 懇親会の参加者だけで600人ほどということなので、大会の参加者は相当数になると思う。会場も広いので、どこに席を決めたら良いのか迷ってしまう。
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 結局、沖縄県のメンバーと沖縄県に所縁のあるメンバーが数名座っている場所があり、たまたま一つ席が空いていたので、そこに居場所を決めた。普段話をしている人たちと札幌まで来て話をするのも間が抜けているし、かと言って、全く知らない人の中に入っても話題に困る。だから、ぼくにとって沖縄に所縁のあるメンバーはちょうど居心地が良い場所になるのだ。

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 料理は予想通りのジンギスカン。それなりに美味しい。外は寒かったが、中はほどほどに暖かかったので、今日はビールも飲んでしまった。乾杯のときは普通のビール。黒ビールも注文できることがわかったので、最初のジョッキを飲み干すことはできなかったが、黒ビールも注文して飲んだ。トータルで中ジョッキ1杯分ぐらいだ。普段これほど飲むことはないのだが、今日は調子はそれほど悪くなく、これぐらいは飲んでも大丈夫だと思われたのだ。
 会が終わる頃、「懇親会を当日申し込もうとしたのだが締切が過ぎて断られた」と言っていた某Kさんがいたので、「何で?」と訊いたところ、同日キャンセルができたので、申し込むことができたとのこと。一緒に札幌駅北口までバスに乗り、そこで別れてそれぞれのホテルに向かった。
 ホテルの部屋に戻るまで気が付かなかったが、部屋に戻ったらジンギスカンの臭いが気になる。上着などはビール園が用意してくれたビニル袋に入れてあったのだが、それだけでは不十分だったかも知れないし、無防備だったズボンに臭いが染み付いてしまったのかも知れない。明日学会の会場に行ったら、ジンギスカンの臭いがするかも知れない。

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2009年3月13日 (金)

論文査読の依頼が来る・・・今度は受けようかなぁ

 さきほどメールをチェックしたら、知らない外国人からメールが来ていた。どうせスパムだろうと思ったのだが、よく見てみると論文の査読の依頼文書だった。
 知らない雑誌だったが、ホームページを検索してみると、外国の大手の出版社から出ている雑誌で、まともな雑誌のようだし、メールの本文に書かれていたアブストラクトを読んでみると、自分に対応できそうな内容だった。その内容を読むと、編集担当者が、ぼくが一昨年出した論文を読んでいるらしいことが伺われる。
 ヒマというほどヒマではないのだが、査読の依頼を断ることはあまり良くないことなので(と言いながら、ちょっと前には本当に忙しかったので一つ断ってしまったのだが)、今度は受けてみようかと思う。英語で書かなければいけないのは面倒だが、それも自分の勉強になると思えば損なことではないと思う。

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2009年3月 5日 (木)

コナガ用の性フェロモン誘引剤に誘引されるのはコナガばかりではない

 今日は職場内の調査をしたが、コナガ用のフェロモントラップに捕獲された虫を回収する日ではないので、ちょっと覗き見しただけだ。
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 中に入っているのはコナガではない。キリガと呼ばれる、秋から冬を挟んで早春に活動する中型のヤガの仲間だ。中に入っている種は、属で言うとOrthosiaという属になり、けっこうたくさんの種類が日本に分布している。この仲間は早春に成虫になって活動する種類だ。
 今週の月曜日に調査した時、この春初めてのキリガの仲間の捕獲が確認された。入っていたのはホソバキリガという種類だった。月曜日に粘着板を交換したので、今日見たのは、月曜日以降に捕獲されたものだ。けっこうたくさん入っていた。本来の目的のコナガは全く入っていなかった。
 キリガの仲間は、害虫でも何でもないので、性フェロモンの研究は全く行われていないと思うのだが、おそらくコナガの性フェロモンと共通の成分を持っているのだと思う。
 実は、月末に北海道大学で開催される第53回日本応用動物昆虫学会大会では、このあたりのことについて発表する予定になっている。

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2009年2月24日 (火)

本物のDysdercus philippinus

 昨日、シンポジウムの打ち合わせの前、打ち合わせの場所となった某研究所の標本館に早目に到着し、カメムシの標本を見せていただいた。石垣島に住んでいたときのことだから、もう6~7年も前のことになると思うのだが、一度ここのカメムシの標本は見せていただいている。
 その時には見つけることができなかったが、今回ついに見つけてしまった。何を見つけたかと言えば、本物のDysdercus philippinusの標本だ。Dysdercus philippinusの学名は、日本で出版されている文献では、シロジュウジカメムシに充てられているが、これが誤同定であることは海外の研究者から指摘されている。だが、それを訂正するのは(少なくともぼくにとっては)非常にやっかいな手続きがある。いずれ何とかしなければいけないのだが。
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 これが本物のDysdercus philippinusのはず。おそらくフィリピンの固有種で、ルソン島以外には棲息していないかも知れない。とにかく情報不足なので、もっと情報が欲しい。

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害虫生態研究者の立場としての昆虫分類・同定への関わり(その2)

 何とか無事に話を終えた。社交辞令かも知れないが、面白かったと言ってくれた人が複数いたので、まあまあの内容だったかも知れない。
 ところが、ぼくを分類学の研究者だと勘違いしていた人が複数いたことがわかったのは意外だった。今日の話も、あくまで害虫の生態の研究者の立場として話題提供するということになっていたはずなのだが。勘違いの一つの理由は、某T氏が某著書の中で、ぼくのことをハサミムシ屋だとしつこく書いていることがあることがわかった。確かにぼくは、日本産のハサミムシであれば、一部の未記載種を除けば同定できるし、さらにいくつかの種では、幼虫でも同定できる。これが勘違いの一つの原因だったのだ。
 でもやはり、ぼくは生態屋なのだ。学会誌に書いた論文は、生態関係のものばかりだし、学位論文もホシカメムシの生態に関するものだ。分類や同定の問題は、避けることができるなら避けて通りたい、というのが本音だ。

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害虫生態研究者の立場としての昆虫分類・同定への関わり

 組織内の会議で昨日からツクバに来ている。今日行われるその中の『昆虫研究における分類・同定の重要性について考える—応用分野と基礎分野の相互発展のためにできること—』というシンポジウムで「害虫生態研究者の立場としての昆虫分類・同定への関わり」という演題で話題提供することになっている。他の3名の話題提供者は分類屋さんだが、ぼくだけでが分類屋さんではない。何故ぼくが話題提供者としてお声がかかったのか、全くわからないフシが無いでもないが、ぼくが多少は分類に首を突っ込んだことがあることを見透かされていたのだと思う。
 昨晩は、話題提供者4名で打ち合わせをしたが、準備したとおりの内容で話をすることで決着した。
 総合討論ではどんな意見が交わされるか、ちょっと楽しみでもある。

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2009年1月22日 (木)

コヒメコクヌストモドキ

 今日は体調不良で早退してしまった。しばし横になって、食事を摂ったらちょっと復活した。
 今日も同定しなければいけない虫をひとつ同定した。体長3mm弱の細長い赤茶色に見える虫だ。同定しないまま、他の虫と一緒に冷凍庫に入れていたので、それを解凍して顕微鏡を覗いた。
 一見、コクヌストの仲間のように見えた。そこで図鑑のコクヌストの仲間のところを探したのだが、そこには該当する種は見つからなかった。となれば、ゴミムシダマシか、と思ってゴミムシダマシのところを探した。すると似たような種がいくつか見つかった。図鑑の記述と総合すると、この虫はコヒメコクヌストモドキだろうと思われた。コヒメコクヌストモドキで検索すると、どうやらこの種はもともと日本にいた虫ではなくて、海外からの侵入種らしい。
 ちなみに、コクヌストとは「穀盗人」の意味だ。貯蔵穀物を食い荒らすのでそういう名前が付いたらしい。モドキとは似ていて異なるもの。コクヌストはコクヌスト科だが、コクヌストモドキはゴミムシダマシ科だ。ダマシというのも、似ていて異なることを意味している。コクヌストモドキが背負っている名前には複雑な事情がいろいろ絡んでいるということだ。
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2009年1月20日 (火)

オオセスジエンマムシ

 仕事で生物多様性がらみのことをやっているので、トラップに入った動物の名前を調べなければいけない立場に追い込まれている。自分は、農業害虫を研究している人の中では、まだ昆虫の名前を知っている方だと思っているが、真剣に昆虫採集をしているアマチュア研究家の足元にも及ばない同定能力しかないと自認している。
 ある場所に仕掛けたトラップに特徴が際立った甲虫の一種がけっこうたくさん入ったのだが、なかなか名前がわからなかった。甲虫類は種数が際立って多いので、どの科に入るのかさえ見当がつかないことも多い。最初はゴミムシダマシの仲間だと思って図鑑のゴミムシダマシのところを一所懸命見ていたのだが、該当する種は見つけることができなかった。それを長いことそのままほってあったのだが、今日、一念発起して同定する決意をした。
 とにかく、甲虫図鑑を片っ端から(と言っても、コガネムシでもゴミムシでもタマムシでもコメツキムシでもテントウムシでもホタルでもゾウムシでもハムシでもカミキリムシでもないことはわかっているので、それ以外のところを)探してみた。すると、思いがけないことに、何とこの虫はエンマムシの仲間だった。ぼくの持っているエンマムシの印象は、滑らかな艶がある丸っこくてやや扁平な虫、というものだったので、この深い襞のある丸っこい虫がエンマムシの仲間には見えなかった。
 とにかく、これで一件落着である(とは言え、他に同定する必要のありそうなものはたくさんある)。
 ところで、エンマムシは何故エンマムシと呼ばれるようになったのだろうか?閻魔様と関係があることは疑い無さそうだが、どこが閻魔様に似ているのかわからない。まあ、虫の名前は一つの記号に過ぎないのだから、あまり深く考える必要もないのだが。
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2008年12月 6日 (土)

日本鱗翅学会東海支部第139回例会

 会員外の出席大歓迎、ということだったので、会員でもないが、日本鱗翅学会東海支部第139回例会に出かけた。会場は一週間前に日本昆虫学会と日本応用動物昆虫学会の東海支部会の講演会が開催されたのと同じ名城大学だ。
 朝、家から駅へ向かう途中の津偕楽公園。一週間前にも通った道だが、そのときにはそれほど多く落ち葉が落ちていたという印象は無かったのだが、今日はずいぶんたくさんの落ち葉が落ちているような気がして、ついつい写真を撮ってしまった。
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 せっかく名古屋まで出かけるので、いろいろと用を足そうとした。まずは「生せんべい」を探すこと。これは話の種として職場に持って行くつもりなのだ。ところが、名古屋駅界隈、その後に立ち寄った大須界隈のいずれでも見つけることはできなかった。御園座にあるという情報はあったのだが、御園座に用は無いので無視することにした。大須では、これまで気が付いていなかったのだが「にらい」という沖縄物産の店を見つけた。沖縄物産の店と言えば、大阪日本橋の駅の近くの「なんばウォーク」にある「ちゅらり」に何度も行ったことがあるし、名古屋の栄にも「わしたショップ」がある。それらに較べても「にらい」は店舗の面積も広く、品揃えも良いように思えた。名古屋に行く時には大須にはよく行くので、これからの巡回コ−スに入れたい店だ。欲しいものはいっぱいあったのだが、沖縄物産ではないが沖縄で普通に見られるA&Wのルートビアを買った。知らないうちにデザインが変わっていた。
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 余計な話はこれぐらいにして、本題の鱗翅学会の例会のことを書かなければいけない。今回は、特別講演として、池田清彦氏の「多細胞生物の進化メカニズム」という講演があった。今回出席しようと思ったのは、この講演があるからだ。今年になってから、池田氏の著書をいろいろ読んだが、まだご本人には直接会ったことがなかった。だから、是非とも直接話を聞いてみたいと思ったのだ。
 内容は、池田氏が主張している構造主義生物学的な考え方に基づいた進化のメカニズムについての話で、池田氏の普段の主張を知っていないとなかなか理解が困難な内容ではなかったかと思う。話はしょっちゅう脱線したが、ネオダーウィニズムに対する批判は、これまでよりよく理解できるようになったと思う。しかし、それにしてもベラベラとよく喋る人だと思った。頭の回転の速い人だと思う。
 懇親会にも出ようかと思っていたが、池田氏は所用で次の場所へ行かなければならないということで懇親会に出ないということがわかったので、懇親会は失礼することにしてしまった。
 会場を後にして、名古屋駅に向かい、西口の地下街「エスカ」にある「想吃担担面」で担々麺を食べた。時計を見ると「快速みえ」の時間までが微妙なので、本当は「汁なし」を食べたかったのだが、早く食べられると思われた「汁あり」を頼んだ。デザートはマンゴープリン。ここでマンゴープリンを食べるのは2回目だ。ちょっと高価だと思うが、やはり美味しい。
 ゆっくりしていては「快速みえ」に間に合わないので、急いで駅に向かったら、ちょうど列車が入ってきたところだった。行列が長かったので座れないと思っていたが、運良く座ることができた。座れなくても良かったので、もう少しゆっくりと担々麺を食べれば良かったと、若干後悔した。
 津駅で降りると冷え込んでいた。防寒具を身につけ、家に急いだ。

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2008年11月29日 (土)

第150回日本昆虫学会・第87回日本応用動物昆虫学会東海支部合同講演会

 第150回日本昆虫学会・第87回日本応用動物昆虫学会東海支部合同講演会に参加するために名古屋まで出かけた。今日はまあまあ良い天気になった、と思った。会場の名城大学は、去年の鱗翅学会の支部会のときに一度行ったことがあるが、今回は、同じ建物の中の別の場所だった。まだ今年の春にできたばかりとのことだ。とにかく教室も通路もゆったりと広く、余裕が感じられた。
 秋の東海支部会の講演会は、招待講演のみ。じっくりと話を聴ける良い機会だ。講演は以下の3題。
1)中松 豊(名古屋大学大学院生命農学研究科研究員)寄主の生体防御と寄生蜂の寄生戦略.
2)大久保 憲秀(三重県病害虫防除所)動物学名の仕組み.
3)山岸 健三(名城大学農学部昆虫学研究室)種多様性解明の取り組みの現状.
 中松さんの話は、細かい話で、なかなか理解が追い付かなかった。アワヨトウの幼虫とそれに寄生するカリヤコマユバチの間の防御機構の話。
 大久保さんは同名の書籍を自費出版されており、それの要点をかいつまんで話された。分類には否応無く関わらざるをえなかったこともあり、大久保さんの著書は出版と同時に購入してほんの少しだけ勉強したが、今日の話はその要点だったので、大変よくわかり、大変勉強になった。
 山岸さんの話は、ご専門の小型の寄生蜂を中心とした話。「種多様性」という言葉は、環境評価の目的で使用されることが多いが、山岸さんの話は、評価を目的としたものではなく、あくまで中立的な立場で、「ある環境にどれぐらいの種がいるのか」ということが重点に置かれていた。「種多様性」あるいは「生物多様性(biodiversity)」という言葉は最近あちこちで耳にしたり目にしたりすることが多い言葉だが、未だにその概念を把握するに至っていない。おそらく、その研究に関わる人の数だけの概念があるのではないかと思う。
 講演が終わったあとは、来年の秋に昆虫学会東海支部会が担当して行う日本昆虫学会大会の準備の進捗状況についての話。三重大学で開催されるわけなのだが、鈴鹿で行われるF1グランプリの日程との関係で無駄に労力を遣わされたが、当初の予定通り開催されるということだ。
 酒なしでの懇親会の席での話。同じ三重県にあるぼくの職場でも大会の事務を担当しなければいけないことになっているが、その話が多少具体化してきた。来年の夏は忙しくなりそうだ。

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2008年10月23日 (木)

熊野の森ネットワークいちいがしの会編『明日なき森 カメムシ先生が熊野で語る……後藤伸講演録』

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熊野の森ネットワークいちいがしの会編『明日なき森 カメムシ先生が熊野で語る……後藤伸講演録』
吉田元重・玉井済夫監修
2008年10月10日発行
新評論
ISBN978-4-7948-0782-3
2,800円+税

 この本は、2003年に73歳で亡くなった後藤伸さんの講演を文章にしたものだ。後藤伸さんは、和歌山県生まれ和歌山県育ちで、和歌山県立田辺高等学校に長く教鞭を執られ、その傍ら紀伊半島の自然を見て、行動されてきた方だ。自然全般に関して様々な経験をされ、体で自然を理解しておられる方だ。
 と、このように書いたが、ぼく自身は後藤伸さんについて詳しく知っていたわけではなく、この本に収録されている講演録を読んで、そのように感じたのだ。
 後藤伸さんは、生物の中でも、昆虫のカメムシに特に造詣が深い。実は、1997年、ぼくが石垣島に移り住んだ年に、和歌山県の虫仲間と、宮本正一先生をはじめとするプロのカメムシ研究者等、総勢10名以上の団体で石垣島においでになり、そのときに一度お会いしてお話したことがある。そのときに記念写真を撮り、それは高橋敬一著「八重山列島昆虫記」(随想舎、2001年)の76~77ページに掲載されている。実を言えば、そのときは、こんなに壮大な思想の持ち主であることを知らなかった。もっとじっくりをお話をしていれば、ぼくのその後の生き方も変わっていたかも知れない。
 とにかく、この本はあまりに面白く、一気に読み終えてしまった。普通の人間は、物心ついた後のことしか思考が及ばないものだが、後藤伸さんは何百年、何千年という単位で自然の移ろいを想像できる力をもち、しかもそれを他の人に理解できる言葉で語ることができる、類稀なる人物だと言える。文献などで得た知識を持っていても、実体験を持っていない、いわゆる偉い学者の考えを一刀両断で斬り捨てていることなどは、痛快ですらある。実体験は重いのだ。
 昨今のエコロジーブームなど、この後藤伸さんの言葉を読めば、いかに浅はかなものであるかがわかる。これから自然を考える気のある人は、ぜひともこの講演録を読んで、自然を読んで考えるとはどんなことであるか、ということを理解して欲しいものだと思った。もちろん、ぼく自身もそうである。この講演録を読んで、目から鱗が何枚はがれ落ちたことか。
 亡くなった73歳という年齢は、最近にしてはちょっと早い。晩年は癌との闘病生活をおくられ、辛かったことだろうと思う。もう少し長く生きて、もっと多くのことを語って欲しかったと思う。 

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2008年9月26日 (金)

南西諸島以外でもアカホシカメムシが

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 昨日から1泊でアカホシカメムシを見に行ってきた。東南アジアでは棉作害虫として有名な虫で、南西諸島でも珍しくも何ともないのだが、南西諸島ではない場所で発生したのが問題だ。去年も発生して、ぼくが書いた論文をたよりにKさんから連絡していただいたのだが、去年はとても忙しかったので、現地に乗り込む余裕が全くなかった。南方系の虫なので冬の寒さに耐えきれず、今年は発生することはないだろうと思っていたのだが、今年も発生しているという情報をKさんから1か月ほど前にいただいたので、時間をやりくりして現地を案内していただくことになった。
 アカホシカメムシは、畑の周囲に植えられているアオギリと、家庭菜園のオクラ、それに生け垣のムクゲから発見された。オクラの大産地のオクラ畑では、幸い見つけることはできなかった。定着してしまった可能性が高いので、今後オクラの産地ではそれなりの対策が必要になると思われる。

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2008年9月16日 (火)

日本昆虫学会第68回大会3日目

 昨晩早めに寝た甲斐があって、体力と気力はほぼ復活したように思われた。朝食をとりに食堂に行ったら、キャラビッドさんとウミユスリカさんに会った。キャラビッドさんは昨日ぼくが出たのと同じシンポジウムに出ていたので、それに関する印象について意見を交換したところ、キャラビッドさんもぼくと似たような感想を持ったということがわかった。来年は地元三重大学で開催することになっているので、シンポジウムの持ち方も少し考えないといけないと思った。
 今日の一般講演は午前中だけでおしまい。ぼくも今回は前任地の6年前のデータで話をしたのだが、某Sさんは前任地での9年前でのデータで話をしていた。お互い転勤がらみでドタバタして、これまで話す機会を逸していたものだ。Sさんとはその件についてちょっと話をしたのだが、まあ仕方がないでしょう、というところで意見の一致をみた。
 今日楽しみにしていたのは、伊藤文紀「戦後間もなく岩田久二雄がみた香川県の昆虫」だ。このブログの名前は、自然観察者の手記などを著した岩田久二雄にちなんでいる。しかしながら、恥ずかしいことに、ぼくは岩田久二雄が香川大学農学部の前身である香川高等農林学校で教鞭を執っていたことを知らなかった。岩田久二雄が「昆虫学50年」という著書の中に2年間の香川時代のことをいろいろ書いているということだが、「昆虫学50年」はぼくが高校生時代に読んだ本なので、もう完全に忘れていたのだ。この講演のあと、会場のすぐ近くにある香川大学博物館に行ったら、岩田久二雄に因んだ展示もあり、標本の現物も見ることができた。
 昼食はMさん、Iさんと一緒に昨日のうどん屋へもう一度。ぼくはそこそこレベルの高い店だと思ったが、地元の人に訊いてみれば、まだまだですよ、などと言われるかも知れない。
 昼食から戻ると学会会場前のホルトノキの前に人だかり。人が集まっていれば何か面白い虫がいるのではないかと、ますます人が集まってくる感じだった。カイガラムシや葉を巻く鱗翅目の幼虫が棲んでいたあとや、ヒロヘリアオイラガの繭などを見る。
 午後はシンポジウム「樹液と昆虫の生態学」。樹液をめぐる生態学は面白いぞ、ということを宣言すること目標としたものだったと思うが、全体としての印象は、ちょっと期待はずれだったような気がした。市川先生のボクトウガの生態の話は熱弁で聴きごたえがあるものではあったが、最初に学会の一般講演で聴いたときほどの衝撃はなく、その後あまり進展していないという印象を持った。クヌギジュエキダニの話はちょっと地味すぎる感じ。カブトムシの話の内容はそれなりに興味深いものだったが、喋り方にもう少し工夫が欲しいと思った。多種共存メカニズムの話は、直感的に当たり前だと思われることをデータをもって示したに過ぎない感じがした。
 夕方は「日本半翅類学会」の小集会。ぼくにとっては、アットホームな感じがする会だ。一人一話形式で参加者全員が何らかの話をしたが、ぼくは今年職場のガガイモで発生したヒメジュウジナガカメムシのパワーポイントファイルを持参して、ヒメジュウジナガカメムシの生態の一断面を紹介した。
 そのあとは街に繰り出して「日本半翅類学会」の懇親会。ここでも2人から「ブログを読んでます」と言われた。読んでいただけるのは嬉しいが、下手なことは書けないなぁ、と思ってしまう。
 この店を出たら、他のグループの一次会が終わったところに出くわしたら、そのなかに「斷蟲亭日乘」のMさんもいたので、「斷蟲亭日乘」の名前をつけた理由ついて訊ねた。永井荷風描くところの下町が好きだ、とのこと。
 そこで「日本半翅類学会」の懇親会に参加したメンバーとも別れを告げる。
 そう言えば、この学会中に鳴き声を聞いたセミはアブラゼミだけ。それに死にかけたクマゼミを見たが、何故かツクツクボウシの鳴き声は聞かなかった。街中ばかりにいたので、ツクツクボウシがいなかったか少なかったのではないかと思う。

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2008年9月15日 (月)

日本昆虫学会第68回大会2日目

 今日は日本昆虫学会第68回大会の2日目だ。自分の発表は昨日済んだので気楽になった。が、昨日の懇親会で普段飲まない酒を飲み過ぎたためか、それとも自分の発表が済んで気が緩んだためか、はっきりと実感できる疲れが出てきた。それでも、一般講演を最後まで聴き、シンポジウムにも出た。夕方の小集会は、元弘前大学の安藤喜一先生の講演を聴いたところで失礼してしまった。
 今日はぼくの心に響く講演が1つあった。小松貴・丸山宗利・市野隆雄「アリヅカコオロギ属Myrmecophilus(バッタ目:アリヅカコオロギ科)におけるスペシャリスト種とジェネラリスト種の寄主アリ巣内での行動および生存の違い」。アリヅカコオロギの仲間は何種かおり、そのうち沖縄島北部に棲息する2種のアリヅカコオロギの生態と行動の違いを比較したものだ。アリヅカコオロギの仲間はいずれもアリと緊密な関係があるが、種によって行動のパターンが全く異なることを報告している。1種のアリに特化して緊密な関係を持つスペシャリストのアリヅカコオロギは、行動的にも化学的にもアリに擬態していて、アリから餌をもらっていないと生きていけないのに対して、複数の種のアリに関係を持つジェネラリストのアリヅカコオロギは、アリの巣の中にチャッカリと居候してアリの餌をかすめ取っているというように、全く異なっている。小さな虫の話だけに、観察するのは大変だったと思うが、素晴らしい発見だと思う。
 その他では、弘岡拓人・香取郁夫・横井智之「マイマイツツハナバチを寄主とするイワタセイボウの寄生率」も興味惹かれた。この研究は、まだ基本的な生活史の記述をしたに過ぎない程度のものだったが、カタツムリの殻に巣を作るハナバチがいること自体知らなかったし、さらにそれに特化した寄生蜂がいることは、さらに面白いことだと思った。これからどんな方向に研究を進めて行くのか読み取れなかったが、やり方によっては面白い研究になると思った。
 2つ同時並行して開催されたシンポジウムのうち、「ため池と田んぼの昆虫たち」というのに出た。自然保護委員会が主催したものだ。4つの講演があったが、はじめの2つは概観的な話、あとの2つは個別種の生態に関するもの。今年の春に開催された第52回日本応用動物昆虫学会の3日目に開催された小集会「水田普通種の激減と長期残効殺虫剤」のようなものを期待していたが、シンポジウムというには共通の目標のようなものがあまり感じられず、表面的なようなものに感じられ、期待はずれの感を否めなかった。「水田普通種の激減と長期残効殺虫剤」の方が突っ込んだ内容で、面白かったと思う。
 小集会での安藤喜一先生の講演は、「休眠しないで越冬する虫たちの季節適応」。一般に温帯に棲息する昆虫は、冬を越すために休眠するものが多いのだが、休眠せずに冬を越す種も例外的なものではないことが紹介された。いつもながら、常識を疑う心を持つことは大切だと感じさせられる。
 ところで、今日の昼は、学内の食堂ではなく、大学の近所のうどん屋で食べた。高松に着いた夜に入ったチェーン店のようなうどん屋よりは、遥かに美味しいうどんを食べることができた。
 明日は最終日。ぐっすり眠って体力を回復させたい。
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2008年9月14日 (日)

日本昆虫学会第68回大会1日目

 今朝ホテルで食事をしていたら、今は消滅してしまったニフティ昆虫フォーラムのメンバーだったウミユスリカさんとキャラビッドさんに会った。ウミユスリカさんには、昨日書いた記事にコメントをつけていただいたばかりだったので、同じホテルだったとは驚いた。しかも、同じフロアの隣の隣の部屋。さらにその隣の隣の部屋がキャラビッドさんの部屋だった。偶然とは言え、極めて低い確率でしか起こらないことが起きたわけだ。
 会場の香川大学へは歩いて15分ほど。降っているときには全く気がつかなかったが、地面がぬれていたので、どうやら雨が降ったらしい。学会が終わる頃には台風13号が近づきそうな気配なので、ちょっと気になる。9年前の愛媛大学や2年前の鹿児島大学での大会は台風の影響をまともに受けたのが思い出される。なるべくゆっくり来て欲しいものだ。
 大学の正門の前に着くと、H先生が奥様と一緒にタクシーを降りられたところだった。H先生はいつも奥様と一緒に学会に来られる。ぼくが興味を持ったことを長年やってきておられるので、いつも講演は聴かせていただいている。
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 今日は自分の講演があった。ベニホシカメムシの生活史とその餌になるアカホシカメムシ類の生活史との関係を扱った石垣島時代のネタで、自分としても自信を持って面白いと言えるような話題ではなかったので、反応がどうなるのか気になっていた。講演の後で質問もしてもらえたし、夕方の懇親会の席では尊敬するM先生から「面白かったですよ」と言っていただけたので、まあまあだったのだろうと思う。社交辞令だったかも知れないが、好意的に受け取っておこうと思う。
 その他、サボることなくずっと講演を聴いていたが、「これは面白い!」と言えるような講演には出会えなかった気がした。が、石川忠「チャバネアオカメムシ類は日本に何種いるか?」は個人的には面白かった。宮古・八重山のチャバネアオカメムシが沖縄以北のチャバネアオカメムシとは別種である、ということであれば、これまでの疑問が少し解消するのだ。明日以降もっと面白い講演に出会えることを楽しみにしたい。
 懇親会の会場でK大学のNさんから声をかけられた。若い人で面識のない人だった。「ブログを読ませていただいてます」と言われて驚いてしまった。ブロクへのアクセスのログを見ると、K大学からのアクセスが時々あるのには気がついていたが、K大学からのアクセスの一部は、どうやらこのNさんだったようだ。話を聞いてみると、Nさんの実家がぼくの現在の自宅のご近所のようで、ときどき載せる近所の風景の写真を懐かしがっておられるようだった。
 このブログも気張らしで書いているわけだが、こうやって人との新しい繋がりができると思うと、書く励みになる。つまらないことでも、どんどん書いておいた方が良いかも知れない。

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2008年9月13日 (土)

イスラエルのオオキベリアオゴミムシ

 このブログの写真を見たイスラエルのテルアビブ大学の学生さんからメールをいただいた。オオキベリアオゴミムシの仲間の研究をされているそうだ。ぼくは仕事の片手間に趣味的にオオキベリアオゴミムシを飼育しようと試みて、なかなかうまくいっていないのだが、この学生さんの研究室ではそれなりの成果を上げられているようだ。
 このページを見ていると、イスラエルに棲息しているオオキベリアオゴミムシの生態は、日本のオオキベリアオゴミムシEpomis ngricansに大変よく似ていることがわかる。

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2008年8月23日 (土)

2008年養殖研究所一般公開

 と言う訳で、伊勢市の近くの玉城町にある養殖研究所の一般公開に行ってきた。最大の目玉は、あまごのつかみどり。残念ながら子供限定。ぼくもやりたかったのに。やはり、ピチピチはねる魚を手で触る感触を味わいたいのだ。
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 これだけでなく、研究者のみなさんの講演もしっかり聴いて勉強した。サケの話、アサリの話、ウナギの話。サケとウナギについては、いろいろと話題になることも多いので、断片的な知識はあったのだが、身近に思われるアサリのことはほとんど何も知らなかったので、大変勉強になった。
 養殖研究所には、石垣島に住んでいたときに、同じ団地の住人だったSさんがおり、その息子さんたちも来ているかと思ったのだが、今年は行かない、とのことで会えなかった。
 お昼までの講演を聴き終え、研究所を後にして向かった場所は、伊勢神宮内宮前のおかげ横丁。「赤福氷」を食べるつもりだったが、気温が低すぎるので食べる気にならなかった。それでも赤福の店の前を通ると、何人かは「赤福氷」を食べていた。過半数は、普通の「赤福」を食べていた。
 おかげ横丁では、適当な店に入って、「てこね寿司」と「伊勢うどん」のセットを食べた。伊勢神宮の近くでないとなかなか食べられないものだ。お味はまあまあ。でも、あの伊勢うどんのコシの無さを嫌う人は多いだろうなぁ。
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 これで1,100円也。もう少し安くても良いような気がした。

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2008年8月12日 (火)

3年も生きているアカガネアオゴミムシ

 職場では害虫の天敵を研究することが仕事の一つになっている。その一貫として、ゴミムシ類も材料として扱っている。
 ゴミムシ類はピットフォールトラップで採集するのだが、いろいろ実験に使おうと思っているので、トラップの底には何も入れていないので、中に落ち込んだ虫を生きた状態で回収することができるようになっている。
 そのように捕獲したゴミムシ類だが、すぐに実験に使わないものは、適当に餌を与えて生かたままにしている。「飼育している」という言葉を使えると良いのだが、「飼育する」という言葉の中には、卵を産ませ、幼虫を育て、成虫にして、さらに卵を産ませる、というという意味が含まれると思うので、ぼくの場合はそれには該当せず、ただ「生かしたままにしている」という言葉をあてるのが適切だと思う。要するに、多すぎない程度の餌を与え、卵を産ませないようにして、ただ生かしているのだ。
 そのようにして、時期が来たら実験にでも使おうと思うのだが、他にもいろいろ仕事をしているので、ほとんどの虫が実験に使う機会に恵まれないままになっている。もちろん、少しずつ死んでしまって、数は減って行くのだが、中にはかなり長生きするものがいる。これまで、2年以上生きたままでいたゴミムシ類だけでも、かなりの数になった。その中で、ついに採集してから3年になるものがあらわれた。2005年8月11日に採集したアカガネアオゴミムシの雌だ。
 自慢ではないが、ぼくは虫を飼育するのが苦手だ。はっきり言って億劫に感じる。そんなぼくに世話をされているゴミムシが3年も生きているとは、よほどのことだと思う。
 ちなみに、温度条件はほぼ20℃の恒温で、1日24時間のうち16時間に灯りがつくような部屋で飼育している。温度が高すぎないことは、ひとつの要点だと思う。餌は1週間から10日に1回の割合で、コナガの幼虫を与えている。これも少なくともアカガネアオゴミムシにとって最適の餌ではないことはわかっている(だからと言って、何が最適なのかは知らない)。毎日餌を与えられているわけではないということも、決して良いことではないはずだ。
 人間の管理下におかれた状態では、アカガネアオゴミムシは3年も生きていることがわかったが、野外ではおそらくこれほど長生きはしないだろう。まず、外敵がいるし、産卵すればそれだけ体力も消耗して寿命が縮むはずだ。おそらく、羽化した年の翌年の繁殖期まで生きていて、繁殖が済んだら死んでしまう個体が多いのではないかと思う。

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2008年7月21日 (月)

長谷川眞理子著『ダーウィンの足跡を訪ねて』

長谷川眞理子著『ダーウィンの足跡を訪ねて』
2006年8月17日発行
集英社新書ヴィジュアル版002V
ISBN4-08-720355-7
950円+税

 動物行動学、行動生態学の研究者である著者が進化論を確立したチャールズ・ダーウィンに所縁のある場所を訪ねて、進化論を公表するに至るダーウィンがどのように生きてきたのかを辿る。
 ダーウィンの進化論は、現代の自然科学における思想の中でも最も重要なものの一つであり、ぼくの研究でもその根底にあるものである。しかしながら、ダーウィンがどのように生きてきたか、ということに関しては全く気にかけたことがなく、この本を読むことによって少しはダーウィンという人物に迫ることができたように思う。
 著者は2度の英国留学の機会を得て、ダーウィンの足跡に触れることによって、ダーウィンにはまっていった様子がよくわかる。

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2008年6月22日 (日)

福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』

福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』
2007年5月20日発行
講談社現代新書1891
ISBN978-4-06-149891-4
740円+税

 分子生物学者である著者のこれまでの研究の中で体験してきたこと、考えてきたことなどが書かれている。福岡伸一氏の名前を知ったのは、NHKテレビの「ようこそ先輩」という番組の中でだ。その番組の中で氏がどんなことを語っていたのかは、もうすっかり忘れてしまっているが、名前を憶えたということは、それなりに面白かったのだろうと思う。
 分子生物学に入った福岡氏は、もともとはファーブルや今西錦司に憧れるナチュラリストであったということだ。ぼく自身も、子供の頃は虫が外で活動している春から秋にかけては、毎日虫を追いかけていて、どこに行っても虫のことが気になって仕方がないような子供だったが、福岡氏もどうやらそういう子供だったようだ。
 氏の経歴を見ると、大学時代はずっとぼくと同じ時期に同じキャンパスで過ごしていたようだ。ぼくは農学部で、氏は理学部だが、同じ年に入学して教養部を過ごし、学部に進学しても、両方とも今出川通の北側にある北部キャンパスなので、全く同じということになる。本のカバーには氏の写真が掲載されているが、かつてその存在が目立っていたある学生の面影があるので、その彼が福岡氏だったのかも知れない。その当時、学生食堂でよく目にしたその学生は、背は高いが色白で何となくひ弱な感じで、いつも決まった友だちと議論を楽しんでいたようで、数学か物理学の専攻だと想像していたのだが。
 それはともかく、この本には分子生物学の歴史が簡潔だがドラマチックに語られていて、読んでいてわくわくしたし、「生物とは何か」という命題に関して、率直な氏の考えが書かれており、生物の本質に少しは迫ることができたような気がする。
 同じ虫を追いかける少年時代を送っていても、いつまでも虫から離れられないぼくと違って、氏は分子生物学への道に進んだわけだが、変な気負いは感じられず、生物というものに対する真摯な姿勢には大変共感を持てる。
(追記)
 このブログの読者から、福岡氏はぼくとは別の学科ではあるものの農学部出身だとのことの情報をいただいた。書かれていた本の内容から、どうやらぼくが勝手に理学部出身だと思い込んでいたようだ。それなら、全学部共通科目の「農学原論」などは、同じ教室で講義を受けていたかも知れない。
(追記おわり)

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また海外からの査読の依頼を断ってしまった

 現時点においてGoogleで「査読」、「断る」という検索語で検索すると、このブログの記事が2番目にヒットする。どういう理由で上位でヒットしているのか、理屈は謎だが、とにかくそうだ。
 あのとき査読を依頼されたのは海外の植物科学の論文誌で、「自分の専門は昆虫学のしかも生態学で、植物学は専門外だから」という理由で断った。今度はこともあろうに、海外の植物科学の総説誌からの依頼だ。インパクトファクターは9に近く、自分にはとても手が届くようなところにある雑誌ではない。論文の内容は、前回査読の依頼を断った論文と似通ってるところがあった。どうやら、ぼくが植物科学の研究者である、などという間違った情報が海外に飛び回っているとしか思えない。その理由が思い当たらないわけでは無いのだが・・・・・。今回も前回と同じ、この分野の研究者である某Kさんを代わりの査読者として推薦してしまった。Kさん、申し訳ない!
 こうやって書いていると、ぼくは査読を断ってばかりいるようだが、ぼくが査読の依頼を断ったのは、ここに書いた2回しかない。これまでに、国内19件、海外1件、合計20件の査読をこなしている。だから、査読拒否率は2割以下だ。今年度(4月以降)だけでも、それ以前からの継続も含め4件の論文に関わった。自分で書くのも何だが、十分に学会に貢献していると思う。

 査読とは何か?ご存知ない方はこのサイトをご覧いただくと良いと思う。

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2008年5月26日 (月)

耐雪性のあるカマキリの卵

 今日の朝日新聞朝刊の科学欄に「耐雪性のあるカマキリの卵」と題して、弘前大学名誉教授の安藤喜一先生のオオカマキリの卵の耐雪性についての研究が、簡潔に解り易く紹介されていた。これまで、安藤先生の学会発表を何度も聴いていたので、何時こうやって普通の新聞に(要するに、研究者相手ではなく、一般の人に対して)紹介されるものかと心待ちにしていたところだった。
 カマキリが降雪量を予測して産卵する高さを決めるという話は「おはなし」としては面白いが、科学的には正しくないことは明らかだ。

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2008年5月17日 (土)

第90回記念関西病虫害研究会大会2日目

 昨日に引き続き第90回関西病虫害研究会に行った。今日は朝9時から始まるので、ちょっと朝が早い。名古屋大学は街の中心からはかなり離れているので、名古屋駅からだと最低でも30分はみておかないと間に合わない。今日は土曜日なので混雑はひどくなかったが、それでもやはり名古屋駅で地下鉄東山線に乗ったときには座れなかった。今日は土曜日なので600円で地下鉄と市バスが乗り放題の「ドニチエコきっぷ」が使えるので、それを使った。普通に往復するだけなら普通運賃を払った方が安いのだが、帰りに寄り道を考えているのだ。東山公園駅で降りて、会場まで歩く。電車を降りてから12〜13分で到着。本山で名城線に乗り換えて名古屋大学駅まで乗ると、乗り換えに時間がかかり、へたをすると10分も待たされるので、明らかに東山公園駅からの方が時間が節約できる。
 今日は一般講演のみ。今日受付をする人は少なく、受付業務ははっきり言ってヒマだった。一般講演が終わるちょっと前、受付を撤収し、帰ることにした。
 2人のKさんと一緒に東山線の東山公園駅に向かう。一緒の電車に乗ったが、2人のKさんは名古屋駅まで乗ったもようだが、ぼくは途中の栄駅で降りた。目的地は「わしたショップ」と三越名古屋栄店で開催されている沖縄物産展だ。息子から頼まれていたミキを探したのだが、どういうわけか、どちらにも見つからなかった。物産展の会場で「ナーベラー定食」を食べる。840円。どういうわけか知らないが、えらく待たされた。30分近く待たされたような気分だったが、実際には20分ぐらいだったかも知れない。味は悪くなかったが、ちょっと量が少なかった。まあ、体重制限中の身としては悪いことではない。でも、もう少し安くても良いのではないかと思った。
 最近は寝酒を飲むことが多くなり、一昨日それが切れてしまったので、泡盛を買うことにした。結局、物産展の方ではなく「わしたショップ」で買った。八重山の銘柄ばかり3合瓶を3本買った。「於茂登」と「白百合」は石垣島、「舞富名」は与那国島の泡盛だ。それぞれ1本892円。石垣島で買えば600円ぐらいのものだが、輸送費がかかっているだろうから、この値段は仕方がない。
 ついでに、沖縄そばの乾麺と「ちょっちゅね」も買う。
 泡盛を3本も買ったので、けっこうな重さになり、歩くのがちょっとつらくなってきた。しかし、もう一度物産展を物色してから名古屋駅に戻った。
 快速みえに乗ったが、列車が入ってくるまでには随分長い列ができた。中程に並んでいたので、何とか座席を確保できた。座ってから持参していた文庫本を取り出したのだが、眠気が襲ってきてなかなか頭に入らない仕方が無いので、文庫本を片付け、居眠りすることにした。途中ところどころで意識が戻るのだが、降りる一つ手前の鈴鹿駅の停車の時にも意識が戻った。もうすぐだから起きていよう、と思ったのだが、まだ居眠りをしてしまった。次に意識が戻った時には津の駅に着いており、列車の扉は既に開いていた。慌てて飛び降りて、なんとか松阪まで連れていかれずに済んだ。大していたことはしていないとは言え、やはりこの2日間で疲れたのだろう。
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2008年5月16日 (金)

第90回記念関西病虫害研究会大会1日目

 第90回記念関西病虫害研究会大会に参加した。と言っても、この研究会の庶務会計幹事をしている関係上、研究発表はほとんど聴くことができず、評議員会と総会で会場の中に入った以外は、受付に座っていた。
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 会場は、名古屋大学野依記念学術交流館。まだ新しい立派な建物だ、野依先生のノーベル賞の賞金が注ぎ込まれているのではないかと想像する。
 会場のすぐ前に生えているコナラの木の近くを通ると良い匂いがした。いかにもクワガタが来そうな匂いだ。見てみると、ゴマダラチョウが来ていた。写真を撮っていると、会長のT先生から「何してるの?」と声をかけられた。T先生も昆虫少年の前科があるので、ぼくの行動をよく理解していただけたのではないかと思う。ゴマダラチョウは年に2〜3回発生するが、幼虫で越冬して最初に羽化してくる世代の個体の翅は白っぽい。このコナラの樹液に来ていた個体もかなり白っぽい個体だった。
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 樹液に来ているのはチョウばかりではない。スズメバチも来ていた。オオスズメバチは大きいので迫力がある。その他にもやや小型の個体も来ていたが、コガタスズメバチかモンスズメバチか何かだろうと思った。
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 夜は大学内の食堂「花の木」で懇親会があった。普段はあまり飲まないのだが、名古屋大学ブランドのビールがあったのでコップに1杯だけ飲んだ。エールだったが、ラガーとは違ってコクがあり、味を楽しむビールとしてはラガーよりも上等だと思った。料理はやや少なかったが、味はまあまあ。体重制限中の身としては量が少なかったことは幸いと言えるかも知れなかった。
 会場に来る時は、JR大曽根駅から地下鉄名城線に乗って名古屋大学駅で降りた。ここに辿り着くまで、ずっと座ってくることができる程度に空いていた。地下鉄東山線に乗ってきた同僚の話では、名古屋駅から栄駅までの間は、とんでもない混雑だったそうだ。時刻は10時を過ぎていたから、ラッシュ時はとうに過ぎていると思うのだが。名古屋大学駅は地下のけっこう深いところにあり、地上に出るまでにけっこう時間がかかった。帰りは農学部の近くの門を出て地下鉄東山線の東山公園駅に出た。ちょっと道を間違えてしまい、やや遠回りになったが、名城線に乗るよりは早く帰り着くことができたのではないかと思う。

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2008年4月 4日 (金)

チェコから届いた手紙

 学会に行っている間に、チェコからの手紙と論文が届いていた。
 石垣島時代に扱っていたカメムシの分類学的な問題について、少しでも前に進ませなければいけないと思って、ぼくが書いた論文を添えてJ. Stehlík博士に宛てた手紙を1月半ばに書いていて、それに対して返事が来たのだ。2か月以上も経っても返事が来ないので、無視されたかと思ったりもしていたのだが、届いた手紙には「病気だったので返事が遅くなってしまった」と書かれていた。
 ぼくの質問に対する回答もちゃんと書かれていたが、ぼくの予想していた回答とは違っていた。それはともかく、ぼくの論文も好意的に受け取っていただけたようで、これからいろいろな助言をいただけそうな雰囲気だ。とにかく、この手紙に書かれたStehlík博士の意見もとに、一度却下された論文を書き直して、もう一度投稿しようと思っている。
 それにしてもStehlík博士の手紙が丁寧な言葉で書かれているのには感心せざるを得なかった。Stehlík博士にとっても英語は外国語であるはずなのだが。ぼくももっと精進しなければいけないと思う。

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佐倉統著『進化論という考え方』

佐倉統著『進化論という考え方』
2002年3月20日初版発行
講談社現代新書 1598
ISBN4-06-149598-4
720円+税

 佐倉統氏の名前は、科学史あるいは科学哲学の研究者として、かなり前から知っていて、一度は本を読まないといけないと思っていたのだが、やっと読むことができた。この本が出版されたのは2002年。ぼくが石垣島に住んでいた時のことで、その当時は野山を駆け巡るのに忙しくてあまり本を読まなかったのが、この本を読むのが遅くなってしまった主な理由だ。
 佐倉氏はぼくとほぼ同年代であり、学部は違うものの同じ大学で学生生活を送っていたから、同じ空気、あるいは雰囲気に触れていたはずだ。
 進化論は言うまでもなくダーウィンによって基本的な考え方が確立され、その後、様々な研究者によって磨き抜かれてきた。ぼくが学生だった頃、ネオダーウィニズムが怒濤のように日本に押し寄せ、E. O. ウィルソンや R. ドーキンスの本を読んで(もちろん訳本を読んだわけだが)興奮した。
 佐倉氏がこの本の中で書いているのは、進化論の理論ではなく、進化論と人間との関わり、すなわち自然主義に基づく生物学と人間主義に基づく人文科学との間の関係のあり方である。
 佐倉氏は進化論的な考え方は、生物学だけに留まらず、人間が関わる多くの分野に適用できるとしている。現代は、ともすると人間が暴走する危険性も孕んでいるが、そのためには、科学によって人間を考える「第三の文化」と「センス・オヴ・ワンダー(自然への畏敬の念)」が大切であり、謙虚であることが「暴走させないための装置」として重要であるとしてる。
 竹内久美子の著書は、動物行動学や社会生物学の研究成果に基づいて、科学者ではない一般の人に大して、人間の行動や心理を説明した、それなりに読んでいて面白いものが多いのだが、佐倉氏は「謙虚でない」と批判している。そう言われればそのとおりである。面白いだけでは、いつ「暴走」してもおかしくない。それと対比されているのが長谷川眞理子である。
 ぼくは、科学は面白いことが必要であると常々思っていたが、それだけではなく、謙虚であることも必要であるということを気付かされた点が、この本を読んで良かったことだと思う。科学哲学を学ぶという点でも、この本は良書だと思う。

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2008年3月28日 (金)

第52回日本応用動物昆虫学会3日目

 普段あまり飲まない酒を飲んで昨日はけっこう遅くなってしまい、疲れも溜まってくる頃でもあるので、どうなるかと思ったのだが、今日も目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。
 今日いちばん楽しみにしていたのは、安藤喜一先生の講演だ。オオカマキリは雪予想なんぞしない、という話。今回の演題は「ありえない話 オオカマキリの雪予想」というもので、徐々に過激さを増してきている。去年の秋の昆虫学会やそれ以前の講演では、雪に埋もれるような場所にもオオカマキリがたくさん産卵することを確認したり、雪に埋もれたり、雪解け水に浸かったオオカマキリの卵がちゃんと孵化することを示したりするという、安藤先生ご自身の調査や実験の結果が報告されていたが、今回は酒井與喜夫氏が著書「カマキリは大雪を知っていた」の中で示したデータが恣意的なものであることを指摘したものだった。端的に言えば、野外で得られたデータに施された様々な補正の多くは恣意的なものであった、ということだ。恣意的な補正を施せば、相関があるとは言えないデータを相関があるかのように見せることは容易なことだ。前にも書いたが、これは生物学的な発想ではなく、工学的な発想だ。いずれにしても、酒井氏が雪に埋もれたオオカマキリの卵は死んでしまうという間違った思い込みを持ってしまったことが根本的な原因だが、これだけはっきりと問題点を指摘されても、ジャーナリズムが未だに酒井氏の説を鵜呑みにしている実態は、情けないとしか言いようが無い。
 昼食に学生食堂に行こうとしたら、懐かしい顔が見えた。同じ大学で開催されていた日本農業経済学会に出席していたS君だ。同期に同じ職場に就職し、計8年間同じ職場にいた。ぼくが転勤して以来だから15年ぶりになる。色々と昔話や噂話に花を咲かせることができた。
 小集会は「水田普通種の激減と長期残効殺虫剤」に出た。昨日の「応動昆で生物多様性を考える」の続編のような小集会だ。育苗箱で使用されるとある殺虫剤が水田に棲息するアカトンボやゲンゴウロウに大きな影響を与えているという実態が報告された。あちこち転居している関係で、アキアカネやナツアカネなどのアカトンボが激減しているという実感を自分で持つことはできていないのだが、昆虫同好会誌の編集をやっている関係上、そういう実態があることは知っていた。昨日の農生態系における生物多様性における問題点の本質も十分に理解できていないし、普通種がいなくなっているという実態についても、その問題点の本質は、やはり十分にできていない。生物多様性やアカトンボやゲンゴロウが何故必要なのだ、と問われた時に、ぼくはまだそれに対して答えることができないのだ。多様性が必要なのは、感覚的には理解できるのだが、論理的には何も理解できていない。そして、多くの人にとって、アカトンボがいなくなっても、その人の暮らしは何も変わりはしないだろう。
 今年の応動昆の大会は、ぼくにとって、ここ数年で一番面白かったように思えた。発表内容が変わったのか、それともぼく自身の感じ方が変わったのかはわからないが。来年の応動昆に向けて、ぼく自身ももっと面白いネタを仕込んでおきたいものだ。その前に、昆虫学会もあるが。

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2008年3月27日 (木)

第52回日本応用動物昆虫学会2日目

 学会の2日目だ。昨日の夜は雨がまだ残っていたので今朝の天気が心配されたが、意外にも晴れていた。
 「ちりとてちん」を見てからホテルを出て、歩いて20ほどで会場に着き、ちょうど最初の講演が始まるのに間に合った。いずれにしても、自分の講演は終わったので、気が楽だ。
 特に楽しみにしていた講演は無かったが、予想外にぼくの心に響いた講演があった。中原重仁・宮崎勲・小濱継雄・村路雅彦「沖縄県に飛来するミカンコミバエ種群の遺伝的変異 フィリピンからの直接の飛来の可能性について」。石垣島に住んでいたときの大きな関心事のひとつに、海外からの昆虫の飛来があった。台風でも多くの昆虫が飛来する場合があるが、毎年の梅雨の終わり頃には、東シナ海から太平洋に移動する梅雨前線を伴った低気圧に吹き込む南風に乗って運ばれてきたとしか思えない昆虫がしばしば採集されるのだ。中原さんらの講演は、重要な害虫であるミカンコミバエ種群を扱ったものだが、先島諸島で採集されたミカンコミバエ種群は、遺伝子の型がフィリピンのものと一致するとのことだ。ここに詳しく書くわけにはいかないが、某カメムシがフィリピンから飛んできたと考えなければ説明できない分布を示していることをぼくは知ってしまった。そのことが、中原さんの講演と通じるところがあるのだ。講演のあと、中原さんと個人的に話をすることができて、収穫があったと感じることができた。
 夕方の小集会は「応動昆で生物多様性を考える」に出た。来年度から始まる可能性が高いプロジェクトの深く関係するため、勉強する必要があると思ったのだ。生物多様性というものをどのように考えるか、という点については、やはりまだピンと来ないのだが、現状がそのようなものであるらしいことがわかって、自分の立つ位置を確認するのには役に立ったと思う。小集会のあとは、小集会の主要メンバーと一緒に居酒屋に入り、濃い時間を過ごすことができた。
 明日は学会最終回。途中で帰ろうかとも考えていたが、小集会「水田普通種の激減と長期残効殺虫剤」に出ないわけにはいかないと思わされた。某H氏の策略にはまってしまったようだ。

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2008年3月26日 (水)

第52回日本応用動物昆虫学会1日目

 今回の学会での自分の講演は第1日目の午後にあたった。懇親会の前に終わってしまうので、大変気が楽だ。
 9時から始まる総会と、奨励賞と学会賞の受賞講演にもまじめに出た。学会の財政事情が悪化し、来年度から会費が値上げされるとのこと。値上げされない方が望ましいに決まっているが、まあ仕方が無い。値上げすることによって、退会する会員が少なければ良いと思うのだが。
 受賞講演は、若手に贈られる奨励賞の2名の話は面白かった。学会賞2名の話は、いずれも生理学的な話で、ぼくにとってあまり馴染みが無い話だったので、よくわからないところが多かった。しかし、いずれも優れた研究であることに疑いないことはわかった。
 午後からは自分の講演を含めた一般講演。自分の講演は、農薬の総使用量を減らすことを目的としており、土着天敵に悪影響の少ない農薬を明らかにする研究の一環として、昆虫成長制御剤(Insect Growth Regurator, IGR)がウヅキコモリグモの若齢幼体に与える影響を調べた結果を報告したものだ。地味な仕事で、今後必要になる研究だと思われるが、このような研究はこれまでにあまり行われていない。講演のあと、いくつか質問をいただいたが、反響があったかどうかはよくわからなかった。
 そのあとは、かつて関わっていたカンキツグリーニング病とミカンキジラミに関する研究発表などを聴いた。最後は、土着捕食性天敵であるゴミムシ類に関する研究。
 一般講演が終わった後は、場所を変えて市内のホテルで懇親会。講演会場を出ると、それなりの雨が降った後のようで、気温も下がり、風も出てきて寒い。ホテルに向かうバスに乗ろうとする人の列は大変長かったので、近くにいた沖縄関係の方々と一緒にタクシーを拾ってホテルに向かうことにした。初乗りは710円。津市は660円なので、ずいぶん高いと思った。それでも4人で乗ったので、バス料金の倍まではかからなかった。
 懇親会会場はそれほど狭いわけではなかったが、500人以上が参加していたとのことで、ちょっと動くのも大変で、大変混雑していた。会場では宇都宮名物の餃子の有名店に出張してきてもらって、餃子も食べることができた。餃子はなかなか美味しかった。ジャズの生演奏もあったが、懇親会ではいろいろな人と話すのが主目的なので、雰囲気は出るものの無くても良かったのではないかと思う。料理はやや少ない感じがしたが、味は良いものが多かったように思った。歳をとると、やはり量より質だ。
 懇親会のあと、F先生の還暦とMさんの奨励賞受賞を祝う会に行くことになっていたのだが、ホテルを出ると雷鳴とともに強い雨が降っていた。ときおり激しく降る雨の中、何とか二次会の会場にたどり着いた。二次会の会場は予想より広かったが、O大学とK大学の関係者を中心としてたくさんの人が集まり、熱気がこもっていた。普段大学関係の特に若い人と話をする機会がないので、いろいろ刺激になった。
 二次会の会場を出る頃には雨も小降りになっていたが、風が強く、寒く感じられた。

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2008年3月21日 (金)

シラキトビナナフシが記載される

 日本直翅類学会の学会誌“Tettigonia”の9号が届いた。この号には、ハサミムシの分類学者である西川勝さんとぼくの共著によるヨーロッパクギヌキハサミムシの日本における発見を報告する論文が出ていることは前々からわかっていたが、シラキトビナナフシの記載論文が出ていて、ある意味感慨深かった。
 シラキトビナナフシというトビナナフシの一種は、もう30年ぐらい前からその存在が知られていたのだが、未だに記載されていなかったのだ。掲載されていた記載論文は、市川顕彦さんと岡田正哉さんの共著によるものだ。
 岡田正哉さんは、南西諸島に分布しているアマミナナフシとその近縁種に関しても、様々な知見を明らかにしてきているのだが、これもまだ記載されていない。これも早く記載していただきたいものだと思っている。
 昆虫の世界には人気が高い分類群と人気が無い分類群の間では、それを取り巻く状況に大きな違いがある。ナナフシなどは、シラキトビナナフシのように、新種だとわかっていてもなかなか記載されないものがあるのだが、一部の甲虫に関しては、命名競争が起こり、研究者の間で分類に関する見解の相違が生じて研究者間に軋轢が生じてしまうという事態にもなっているものもある。
 新種を記載したいならば、人気が無い分類群はお勧めだと思うのだが、そういう問題ではないのかも知れない。ぼくは昆虫の生態の研究者で、分類群にはあまりこだわっていないのだが、これまで書いてきた論文の大半はカメムシの論文だ。しかし、人気のある蝶の論文を書いてみたいという気持ちが無いわけではない。

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2008年3月15日 (土)

T先生の最終講義と退職祝賀会

 T先生の最終講義と退職祝賀会のために京都に出かけた。交通費節減のため、行きも帰りも草津線経由 だ。
 お昼ちょっと前に京都駅に着いて、すぐに近くの有名ラーメン店に出かけた。どういう理由か知らないが、隣同士に2軒のラーメン店があり、その両方ともが有名だ。
 店の前に着いたのが、ほとんど正午頃。目指す店の方には既に十数人の行列が店の前に出ていた。隣の店は、外で待つ人はいなかったものの、店内は満席のように見えた。待つこと十数分。その間、隣の店にもときどき行列ができた。
 隣の店のラーメンは汁の色が濃いという特徴があるが、目指した店のラーメンは特徴と呼べるようなものは無い。醤油味で、チャーシューが3枚、少々のメンマ、少々のもやしとやや多めのネギが乗っているだけだ。この店で食べるのは2回目だが、前食べた時の印象はあまり残っていない。今回食べてみて、やはり美味しいラーメンだということがわかった。また機会があれば行ってみたい。
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 店を出たのは12時半頃だったが、まだ店の外には十数人が列を作っていた。バスに乗ろうと塩小路高倉のバス停まで行くと、ちょうど目指す17系統のバスが来たので乗り込んだ。バスでは座れないのではないかと思ったのだが、かなり空席があったのは意外だった。河原町通りを通るこのバスは、渋滞で時間がかかるかと思っていたが、それも大したことはなく、1時頃には京大農学部前に着いた。
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 着く直前に見えた百万遍智恩寺にはたいそうな人だかりがあったので、ちょっと気になって行ってみた。どうやら、何かの法要の日に合わせてフリーマーケットが開催されているようだった。人ごみのなか、いろいろ物色したが、それほど興味を惹かれるものは無かった。
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 定刻の少し前に会場に着くと、既にかなりの人が集まっていた。顔見知りの数名と雑談。
 T先生の最終講義は、T先生の研究遍歴の紹介だった。T先生は学生時代の研究室の助教授だったし、学位論文の副査もしていただいたのだが、T先生の研究の全貌を把握していたわけではなかったので、この講義を聴いて、やっと初めてT先生が考えておられたことがわかったような気がした。ようするに、これまでT先生の研究について、ゆっくりと話を聞くことがなかったということだ。
 この講義の様子もカメラに収めようと思ったのだが、何とカメラのトラブル。カメラがいうことをきかなくなってしまった。このカメラで初めて写真を撮ったのが2002年11月29日だから5年数か月ということになる。おかしくなっても仕方がない。コンパクトでポケットにも入れられる大きさなのだが、200万画素という時代遅れのものなので、修理は諦めて新しいのを買わないといけないかも知れない。
 夕方は市内のホテルでパーティー。80人ほどが集まったとのことのようだ。ここでもT先生のことがいろいろ紹介される。
 パーティーは7時までということになっていたが、7時14分の地下鉄に乗らないと予定の列車で帰れないので、ちょっと早目に失礼した。
 帰りは山科駅から草津線に直通の列車に乗った。草津線に使われている列車には古いの新しいの色々あるが、行きは113系7700番台という比較的新しいものだったが、帰りのこの列車は、オリジナルの113系だった。座席の質が悪いだけでなく、車体のバネも悪いようで、乗り心地はあまりよくない。
 柘植での乗り換えはそれほど待たされることは無かったが、亀山では30分以上の待ち合わせ。津に帰り着いたのは午後10時14分。疲れが溜まらないギリギリの時間という感じだ。

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2008年3月13日 (木)

日本生態学会福岡大会

 昨日あたりから、生態学のメーリングリストのメールで、日本生態学会の中で開催される企画集会や自由集会の案内が飛び交うようになった。自分の仕事の基礎になる学問は生態学であるにもかかわらず、まだ日本生態学会の会員にはなっていないので、学会の大会ののことは詳しく知らない。そこで学会のウェブサイトで確認したところ、大会は明日から始まるということのようだ。どおりで案内メールがたくさん飛び交うわけだ。それにしても多い。
 大会のウェブサイトにはプログラムもあったので、ちょっと見てみた。そして驚いた。朝から夜まで、ぎっしりとプログラムが組まれており、会場もたくさんに分かれている。自分が普段参加する学会より、明らかに大きな規模だということがわかる。
 しかし、こんなにたくさんの会場に分かれていたら、何処に行ったらいいのか迷いそうだし、面白そうなのが同じ時間に重なってしまうこともあるのではないかと思う。しかし、何だかいっぱいありすぎて、参加したら疲れてしまいそうだなぁ、という印象だ。適正な規模を遥かに超えているように思える。大会の運営も大変だろうなぁ。
 来年度から始まりそうなプロジェクトは、明らかに日本生態学会向きの内容だ。これまで何となく機会がなくて未だに会員になっていないわけだが、そろそろ会員になる時期かも知れない。でも、毎回こんな大規模な大会が開催されるとなると、ちょっと引いてしまいそうだ。学会に行って、そこで内容を吸収しようとするなら、やはり適正な規模というものがあるように思うのだ。

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2008年3月 1日 (土)

第149回日本昆虫学会・第86回日本応用動物昆虫学会合同東海支部講演会

 今日は名古屋の金城学院大学で開催された第149回日本昆虫学会・第86回日本応用動物昆虫学会合同東海支部講演会に出かけた。始めは講演を聴くだけのつもりだったが、申込締切ギリギリになってから、せっかく行くのだから、と思って石垣島在住時代のネタで講演することにした。
 講演は一般講演のみで9題。なんとそのうち7題がハチに関する講演だった。社会性の狩蜂の生態や行動に関するもの2題、マルハナバチに関するもの2題、施設栽培イチゴの授粉にかかわるミツバチに関するもの1題、ウンカの幼虫に寄生するカマバチの生態に関するもの2題。ハチ以外では、日本におけるウスバシロチョウの地理的な遺伝的な違いに基づく日本列島への侵入の過程を推測したもの。それと、ぼくによる石垣島に棲息するマダラナガカメムシ亜科に属するカメムシの寄主植物と生態に関するもの。
 石垣島に住んでいたのは、もう4年も前のことだが、まだ公の場で話していなかったり書いていなかったりすることがたくさんある。今回のネタは、論文にするにはちょっと足りないが、何も残さないことにするにはちょっと惜しいネタだった。石垣島のネタを東海支部で話すのは、ちょっと場違いな感じもしたが、まあそれは許していただくことにしよう、と勝手に考えた。
 マダラナガカメムシ亜科というのは、ナカガメムシ科という大きな分類群の一部で、赤と黒を基調とした警告的な色彩の派手な種が多い。また、寄主植物として、キョウチクトウ科やガガイモ科などの有毒な成分をもつ植物に依存しているものが多い。しかしながら、これまでに、南西諸島のこの分類群の寄主植物に関する知見は断片的なものしかなかった。これをまとめて、それぞれの種が、近縁な寄主植物を利用しながらも、それぞれ異なった寄主植物に依存していて、一部の移入種である植物に複数の種が依存しているものの、在来の植物には1種ずつが特異的に依存していることが明らかにした。もっとも、アカナガカメムシだけは、在来の寄主植物が見つからず、移入種であるキバナキョウチクトウに依存している。
 これらのカメムシ類はすべて東南アジアに分布の中心があるため、ほとんどの種は休眠性を持たないように思われたが、ヒメマダラナガカメムシだけは冬に寄主植物以外の場所で集団をつくっているのを見たので、休眠性を獲得しているのかも知れない。この部分は話しそびれてしまったが、石垣島に分布しているこの仲間で一番北方まで分布しているのはヒメマダラカメムシであり、分布を北方に拡げられたのは、休眠性を獲得したからかも知れない。
 この講演会には学生さんから、もう20年も前に大学を退官された先生まで参加されていたが、去年の12月に開催された日本鱗翅学会東海支部会の講演会と比べると、参加人数がやや少なく、より広い分類群を扱っている学会としては、ちょっと寂しく感じられた。会場が広かったせいでそのように感じたのかも知れないが。
 講演会のあと、簡単な懇親会が開かれたが、そこでは80歳を超えられたS先生から、戦中戦後の米が無かった時代の食料事情と農薬の話を聞かせていただき、時代の変化を感じさせられずにはいられなかった。
 この写真は、ヒメアカナガカメムシ。冬に寄主植物のホウライカガミの葉に大きな集団を作っているもの。幼虫も混じっているので、おそらく越冬のために作られた集団ではなく、そこで多量に繁殖した個体が集まってしまったものだと思う。
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2007年12月16日 (日)

朝日新聞be「積雪の量 カマキリがズバリ」

 今朝の朝日新聞に付いていた「be」の1面。日曜ナントカ学「積雪の量 カマキリがズバリ」。
 季節柄、このような話題を出すのは適切かも知れないが、酒井與喜夫氏が「カマキリが大雪を知っていた」を出版したのはもう何年も前のこと。それ以降、酒井説を否定する研究発表が安藤喜一氏によってなされている(1)(2)。それにもかかわらず、朝日新聞に書かれていることは、酒井氏の説を説明したのみで、安藤喜一氏による研究は「異論もある」としか書かれておらず、安藤喜一氏の名前はもちろん、その内容に関しても一切説明が無かった。
 これでは、朝日新聞が科学雑誌「科学朝日」とその後継誌「サイアス」を休止してから、科学部のレベルが落ちたのではないかと思わざるをえない。カマキリが積雪を予測している、という話になれば一般受けは良いかも知れないが、積雪を予測しているのは、カマキリではなく、酒井與喜夫氏、あるいは酒井與喜夫氏によって作られた計算式であることは明白だ。
 かつて「科学朝日」や「サイアス」の編集長をやっておられた方に、柏原精一さんという方がおられたが、柏原さんがいれば、このような記事にはならなかったのではないかと思う。
 朝日新聞さん、もう少ししっかりしてください。と声を大にして言いたいものだ。

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2007年12月 1日 (土)

日本鱗翅学会東海支部第136回例会

 名城大学で開催された「日本鱗翅学会東海支部第136回例会」に出かけた。今回の目玉は昆虫写真家の海野和男氏の特別講演だ。自分は日本鱗翅学会の会員ではないが、会員でなくとも広く一般への参加を呼びかけていたようだ。
 9:42津駅発の快速みえ4号で名古屋に向かった。休日の快速みえ2号と4号は4両編成だと書かれていた。津駅を出たときは、ほぼ座席が埋まった感じであったので、2両編成ではきついだろう。途中、桑名でもたくさん乗り込んできたので、2両編成ではとてもさばききれない人数だと思った。名古屋の駅に進入する直前、いつもは停車しない場所で信号停止となった。隣の中央線の電車も駅に進入する直前で足止めをくらっている感じだった。数分遅れて名古屋駅に着くと、中央線のどこかで人身事故があって、中央線のダイヤが乱れていたとのことのようだった。関西本線と中央本線は名古屋駅でホームを一部共用しているので、そのとばっちりう受けた感じだった。
 名古屋から金山に出て、さらに地下鉄で上前津まで出て、例によって電子部品屋を冷やかした。時間があまりなかったので、上前津駅近くの吉野家で牛丼を食べ、地下鉄鶴舞線に乗って塩釜口に向かった。

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 名城大学に行くのは初めてだ。名城大学は名古屋の私立大学の中ではおそらく一番大きな大学だと思うのだが、キャンパスもそれなりに広く、会場を探すのがちょっと大変だった。定刻15分ぐらい前に会場の講義室に入ると、既にたくさんの人が集まっていた。さすがに海野さんの人気のなせる業だろう。
 海野さんの話は、自分の生い立ちから虫の世界に入るところから始まり、海外へと話が及んだ。東南アジアの昆虫は自分にとっても少し馴染みがあるが、南米の昆虫となると、見慣れないものばかりで新鮮だった。夥しい数の蝶が飛び交う道も素晴らしかった。
 海野さんの話し振りから感じられる海野さんの自然観は自分のものとそれほど大きく違わないように感じられた。だからこそ、海野さんの話を自然に聴くことができたのだろうと思う。それがそのまま海野さんの作品としての写真やビデオ映像になっているのだと思う。
 海野さんとは初対面だったが、ぼくにとっての海野さんは、昆虫写真を撮るための技術を教えてくれた師匠だ。もちろん、海野さんの著書を通してだ。講演のあと少し言葉を交わすことができ、感激した。
 その後3題の一般講演があったが、学術的なことに面白さを感じるぼくとしては、少々的を外しているものだった。レッドデータブックの話は少なからず政治的なこともあり、また、自分自身で直接関わったことがなかったので、ちゃんと真面目に話を聞いて、レッドデータブックのことを少しは理解できた感じがした。
 例会が終了したあとは懇親会があって、そこでまた海野さんと話ができたら良かったのだが、家庭の事情で遅く帰る訳にはいかなかったので、涙を飲んで欠席した。
 名古屋駅の西口の地下街エスカの「想吃坦々麺」で担々麺を食べた。上海の担々麺を知っている友人の話だと、かなり本場物に近いということらしいのだが、とにかく美味しく食べることができた。しかし、850円という値段はちょっと高い気がするが、場所を考えればこの程度の値段も仕方がないのかも知れない。
 ここから名古屋駅の太閤口に近いので、関西本線の列車に乗るには都合が良い。19:30発の快速みえ21号に乗ることになった。ホームに上がって行くと行列ができていた。入ってきた列車は2両編成だったが、行列を作っていた人のほとんどすべてが着席できた。この時間の快速みえは混雑することが多いという印象だったが、今日はそれほどでもなかった。列車の中は読書の時間。ゆっくり本を読むことができた。

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2007年11月10日 (土)

第148回日本昆虫学会・第85回日本応用動物昆虫学会東海支部会合同講演会

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 静岡大学で開催された第148回日本昆虫学会・第85回日本応用動物昆虫学会東海支部会合同講演会に出かけた。去年のこの会は三重大学で開催され、自分も講演したのだが、今回は聴く側に回るので、気分は大変楽だ。
 今回の講演は招待講演が3題。

  • 平井剛夫(元生物研)悪者になった南の島のコガネムシ:サトウキビの害虫ケブカアカチャコガネ
  • 河野義明(元つくば大)アセチルコリンエステラーゼ分子構造の変異と殺虫剤感受性
  • 黒田啓行(遠洋水研)サイカチマメゾウムシの越冬戦略の進化と個体群動態

 平井さんの研究は、ぼくも僅かながらお手伝いをしていたのだが、全体像についてゆっくりお話を聴く機会が無かったので、興味深く聴く事ができた。宮古島で害虫化したケブカアカチャコガネと八重山諸島の山の中でおとなしく暮らしているケブカアカチャコガネの関係は、進行中の種分化を見ているようで興味深い。
 河野さんのお話は分子構造と薬剤感受性の関係を解説したものだったが、普段あまり接することのない分野なのでフォローするのがしんどかった。でも、面白く感じられた。
 黒田さんのは、寄主植物のフェノロジーと気候の違いによる生活史の違いをモデルをあてはめて調べたもので、なかなか面白かった。
 懇親会のあと、演者の平井さんと河野さんに連れられて、ちょっと上品な居酒屋に行き、昔の話をいろいろ聞かせていただいた。
 講演はもちろん良い刺激になったが、夜の部でも大きな収穫があった。静岡まで出かけた甲斐があったというものだ。

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2007年10月27日 (土)

岸由二著『自然へのまなざし』

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岸由二著『自然へのまなざし ナチュラリストたちの大地』
1996年7月15日発行
紀伊國屋書店
ISBN 4-314-00747-8 C0095
1,800円[本体1,748円]

 津市津図書館で生物関係の棚を物色していたら、この題名が目に留った。最近、何となく教科書的ではない本を読みたいという欲求が湧いてくるような感じがしているので、この本が目に留ったのかも知れない。しかし、著者の名前を見て、内容にはあまり期待しなかった。
 しかし、読み始めてすぐ、ぼくはこれまで著者である岸由二氏を大いに誤解していたことに気付かされた。
 ぼくにとっての岸由二氏は、まず第一にR. Dawkinsの"The Selfish Gene"(初版の邦題:生物−生存機械論、第二版の邦題:利己的な遺伝子)の翻訳者としての彼である。ぼくが大学生だった1980年前後、行動生態学とか、社会生物学とか呼ばれているような分野の生物学が日本にも押し寄せて、ぼくもその渦中に放り込まれないわけにはいかなかった。彼が翻訳したDawkinsの著書にも、目から鱗が落ちるようなことがいっぱい書かれていた。Dawkinsの本は極めて理論的な生物学の本だ。だから、その翻訳者である岸由二氏も理論的な生物学の分野の研究者だと思っていた。彼の専門分野が動物行動学であり、主な研究材料が魚類であることは知っていたが。
 ぼくの専門分野は生態学で、研究材料は昆虫だ。だから、そちらの関係の学会に出ても、彼の講演を聴く機会は全く無く、学生時代に動物行動学会の大会で一、二度お顔を拝見した程度で、彼の実態を知る機会もほとんど無かったのだ。
 ところが、この本を読んでわかったことは、彼が筋金入りのナチュラリストであることだということだった。
 この本の中では、彼と自然との出会いからその後の自然とのつき合い方、また、生物学者としての彼と、ナチュラリストとしての彼の心の中での葛藤などが綴られていた。科学者としての立場とナチュラリストとしての立場では、対立せざるを得ない場面が極めて多いことは、ぼくの実感からも十分理解できる。と言うよりは、ナチュラリストとしてのぼくと職業人としてのぼくの心の中の葛藤が、この本の中にそのまま、と言うよりは、さらに発展させて書かれていたのだ。
 彼は、鶴見川流域やそこから三浦半島に至る丘陵地だけに限って自然のしくみを見つめ、解釈し、行動してきた。このような「流域」という概念で自然を見ることは、自然を理解するために極めて有益であり、しかも鶴見川流域という地域は、ひとりの人間が解釈し、活動するためには、大きすぎもせず、小さすぎもしない、適切な大きさをもっているように思える。
 彼の思考は世界的であり、実際の行動は地域に限定されている。最近よく耳にする言葉だが、"Think globally! Act locally!"を実行しているように思える。
 ここで自分についての言い訳をするようだが、濃尾平野の真ん中に育ったぼくは、身近な地域が広すぎて、自分の把握能力を大きく超えていたし、どんな行動を起こして良いのかもわからなかった。今でも自分は自然観にいびつな部分があると自身で感じているが、生まれ育った環境の影響が大きく影響しているのかも知れない。
 もう10年以上も前に出版された本だが、もっと早く読むべき本だった。そうしたら、ぼくの自然観や行動も、もう少し違ったものになっていたかも知れない。とにかく、これまで著者である岸由二氏を誤解していたことに謝罪をしたい気持ちがいっぱいであるし、これまでとはまた違った自然観を知る事ができて有益な本だったので、感謝の気持ちもいっぱいである。

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2007年9月24日 (月)

永田輝喜治著『食は土にあり−永田農法の原点』

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永田輝喜治(ながた・てるきち)著『食は土にあり−永田農法の原点』
2003年6月24日初版発行
NTT出版株式会社
ISBN 4-7571-2115-6
1,600円+税

 永田輝喜治氏の『永田農法 おいしさの育て方』に続く著書である。基本的な考え方は『永田農法 おいしさの育て方』に述べられているとおりで、作物の原産地の気候風土に合わせ、肥料も水も極限まで控えることによって作物の美味しさを引き出すというものである。
 1980年代末から1990年代始めごろ、国の農業試験研究機関から栽培や土壌肥料の分野の研究が大幅に削減され、それらの分野の研究者は半ば無理矢理関連の他分野へ転向させられたりして、現在では栽培や土壌肥料の研究はほとんど壊滅状態だと言っても良い。かつての栽培や土壌肥料の分野の研究は、ただひたすら増産を目指すものであり、美味しさを目指したものではなかった。近年は、国の試験研究機関における研究でも、美味しさとか機能性とかいう合言葉での研究が増えてきたが、考え方はあくまで育種中心であり、栽培や土壌肥料は軽視されていると言っても過言ではない。
 この本を読んで気付かされたのは、当たり前のことを当たり前に考える、という考え方が重要であり、自然の法則と矛盾しないものである。
 つい最近、有機農業促進法なる法律ができたが、自然を自然な目で見る立場からすれば、有機農業促進法は頭の中だけで考えられて作られた法律で、宗教的だと言っても誤りではないと思う。
 それに対して永田氏は、実践を重視しているものの、その実践に裏打ちされた考え方は合理的であり、頭の中だけで考えた有機農業よりも科学的だと感じられる。
 「永田農法」などという個人の名前を冠された農法は一見いかがわしいように感じられたが、少なくとも宗教的ではなく、真面目に研究対象として取り組んでもおかしくないものだと思われた。
 害虫研究者の立場から言えば、永田農法を実践するにあたり、病害虫との関係ではもっと明らかにしなければいけないことがあると思った。
 「永田農法」では、肥料や水を制限することによって、えぐみの少ない野菜を作ることができ、それによって病害虫も少なくなる、という趣旨のことが書かれていたが、えぐみとは本来、植物を食べる動物に対する防御物質として植物が生産する化学物質である、というのが定説であり、えぐみが少ないということは、害虫に対する防御物質を欠くことになるので、害虫の被害が増えると予想されることになる。このことは、現時点では納得できないことであり、今後解明すべき研究課題になると思う。

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永田輝喜治著『永田農法 おいしさの育て方』

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永田輝喜治(ながた・てるきち)著『永田農法 おいしさの育て方』
2002年2月20日初版発行
小学館
ISBN 4-09-386080-7
1,500円+税

 とあるきっかけで「永田農法」なるものの存在を知った。津市図書館に行ったら、「永田農法」の考案者であり実践者である永田輝喜治氏の著書をいくつか見つけた。
 端的に言えば「永田農法」とは、作物の原産地の気候風土に合わせ、肥料も水も極限まで控えて作物の美味しさを引き出す農法であり、具体的な方法は、作物ごとに異なる。現代の大量流通に踊らされている農業に対して批判的であるのはもちろんのこと、妄信的な有機農業に対しても批判的である。美味しさを追求する姿勢はあくまで科学的であり、単なる経験の積み重ねだけでもない。現代の大量生産大量消費の思想とは相容れないものであるが、考え方は合理的に感じられる。
 この本では、前半では「永田農法」の考え方について解説されており、後半では具体的な作物における応用が解説されている。

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2007年9月22日 (土)

『森は誰のものか? アジアの森と人の未来』

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地球研叢書 森は誰のものか? アジアの森と人の未来
日高敏隆・秋道智彌 編著

2007年3月10日初版発行
株式会社昭和堂
ISBN 978-4-8122-0708-6
2,300円+税

  • はじめに(日高敏隆)
  • この本のキーワード
  • 序章  森と人の生態史(秋道智彌)
  • 第1章 森の一万年史から(湯本貴和)
  • 第2章 ボルネオ・イバン人の「里山」利用の変化と日本とのかかわり(市川正弘)
  • 第3章 ボルネオ熱帯雨林ランビルの林冠でみえたこと(酒井章子)
  • 第4章 誰のための森か(阿部健一)
  • 第5章 「協治」の思想で森とかかわる(井上 真)
  • 第6章 世界の森の現状からみた地球未来(山田 勇)

 様々な視点、立場から森について議論されている。全体を通して感じさせられることは、人間が自然の上に立って自然を管理する「神」としてではなく、自然の中に生かされている自然の一員に過ぎない、という立場をとるのが、人間自身にとっても望ましいというということである。現実の世界には様々な問題が様々な段階で存在しており、これからの地球環境を考える上で考えなければならないことが浮き彫りにされ、そこに存在する問題を解決するための考え方が提案されている。
 これまで生きてきて様々な体験をすることにより、ぼく自身も人間は「神」になるべきではないという考え方を持つに至った。この本に書かれていることは、ぼく自身にとってみれば「ごくあたりまえ」のことが書かれていたわけだが、そうでない人に対して、このことをいかにして理解してもらおうか、ということに対する並々ならぬ努力が感じられた。問題はまだ山積しており、解決に対する簡便な手段が無いとこは明らかなのだから。

 地球研とは総合地球環境学研究所の略称で、2001年、京都に創設された。大学共同利用研究機関法人・人間文化研究機構の一機関として、地球環境問題を根本からとらえて研究を進めている。

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2007年9月17日 (月)

日本昆虫学会第67回大会3日目

 朝6時半に目覚ましをかけていたが、それが鳴る前の6時過ぎぐらいに目が覚めた。カップ入りの沖縄そばがもう1個残っていたのでそれを朝食にした。シャワーを浴びて、荷物をまとめる。今日はチェックアウトするからだ。8時過ぎにチェックアウトする。今回はノートパソコンを持ち込んでブログなどを書いていたので、部屋のテレビの電源を一度も入れなかった。そのかわり、ラジオ(しかもAM放送だった)はずっと鳴らしていた感じだった。やはり、テレビよりラジオが好きなのだ。最近のビジネスホテルはテレビは必ずあるが、ラジオが無いところが多く、今回もラジオを持参していたのだが、それの出番は無かった。
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 今日は荷物を持って坂の上の大学に行かなければいけないので、駅からはバスに乗る事にした。バスは始発の阪神御影から乗っても、大学のすぐ近くの阪急六甲から乗っても値段は同じなので、時間と料金との兼ね合いから、JR元町からJR六甲道までJRの電車に乗ることにした。阪神元町も神戸高速花隈も地下にあるが、JR元町は地上だ。やはり地上の駅の方が良い。JR六甲道からはバスだ。これまでの2日間は阪急六甲から歩いて会場に向かったので、正規の入り口から入らず、裏道を通っていた。だから、今日は3日目にして、はじめて正規の入り口から大学構内に入った。
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 今日の学会は、午後の最初からシンポジウムなので、一般講演は午前中だけだった。今日は害虫管理と生物的防除関係の発表が行われる会場でほとんど過ごした。それなりに面白いと思ったものもあったが、本当に面白いと思えるものは残念ながら無かった。面白い面白くないといいう判断基準は、ぼくの頭なので、他の人が聞けば違った判断になるのだろうが。
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(↑巨大なカマキリの前脚・↓虫の万華鏡、いずれもシンポジウム会場にて)
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 午後からは「2005年の博物館」というテーマのシンポジウムに出た。これも一般に公開されたシンポジウムだ。4題いずれの話題も、博物館の学芸員をされている方の講演だったが、最初の3題はこれからの博物館で行うことの方向を提案するものだった。いずれも、一般市民に対してどのように博物館を使ってもらうか、という点で、それぞれの博物館で努力されていることがよくわかった。最後の1題は、分類学と系統学の関係がこれからどうなっていくか、という話で、博物館をどのようにしたら良いのか、という点を中心に語られた最初の3題とは全く異なった視点の話だったが、生物系の博物館では分類学や系統学と無関係ではいられないのは確かなので、それなりに意味のある話題提供だったのかも知れない、と言うか、話自体は面白かったのだが、シンポジウムのテーマからはちょっとはずれている感が否めなかった。
 最後は「地表性甲虫談話会」の小集会に出席した。2題の話題提供があり、いずれも生態学関係のものだった。ゴミムシは一般に捕食性のものが多いが、中には植物種子を主な餌とする系統群がいくつもあることが近年の研究で明らかにされてきた。その種子食性のゴミムシ類の雑草種子に対する捕食量としたべた研究が岐阜大学連合大学院(=静岡大学)の大学院生の市原実さんによって紹介された。もう一つは純真短大の石谷正宇さんによって、ゴミムシ類の生態に関する研究の世界的な動向についての紹介があった。ゴミムシ類は種数が多く、分類学的にもまだ様々な問題が残されているということもあろうが、生態に関しては主にヨーロッパで研究が進んでおり、一部アメリカの研究もあるのだが、日本での研究はまだまだ少ない。その中でも、今すぐ手をつけたら面白いのではないかというテーマがいくつか提示された。そのあとは、自己紹介を兼ねた一人一話が行われ、それでほぼ予定の時間が消費された。
 その後、懇親会も予定されていたが、今日は帰らないわけにはいかないので、すぐに帰途についた。阪急六甲から梅田に出て、そのあと地下鉄で日本橋まで出ようとしたのだが、なかなか地下鉄の駅にたどり着けず、余計に時間がかかってしまった。まだ乗った事がなかった谷町線の南森町から谷町九丁目に乗るために、ちょっと遠回りだったが、東梅田→(谷町線)→谷町九丁目→(千日前線)→日本橋の経路を通った。日本橋では帰りの近鉄特急アーバンライナーの切符を確保し、なんばウォークのわしたショップに向かった。わしたショップでは、ルートビアとミキを調達した。そのとき初めて気が付いたのだが、レシートには「わしたショップなんばウォーク店」ではなく「ちゅらりなんばウォーク店」と書かれていたのだ。店の造りも品揃えや品物の配置も前と全く変わっていないので気が付かなかったのだ。どうやら「わしたショップ」から独立したらしい。まあ、これまで通りの品物が入手できれば、「わしたショップ」でも「ちゅらり」でも関係ない。
 店を出てからその近くのラーメン店「古潭」で「あっさりラーメン」というの食べたのだが、どこが「あっさり」なのかわからなかった。不味いわけではないが、とりたてて美味しいというほどでもなかった。しかし、スープを全部飲み干したので、ぼくの基準には合格だ。ラーメンのあとはなんばウォークをずっと西に向かい「551蓬莱」で豚饅を調達した。これは家族への土産で、明日の朝食になるはずだ。
 「551蓬莱」の位置をしっかり把握していなかったのだが、近鉄難波の東改札からかなり西に行ったところにあったような気がしたので、さらに西に向かい西改札から入ることにした。しかしこれはおそらく失敗で、東改札に戻ってから構内に入った方が歩く距離が短かったような気がした。
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 近鉄難波20:00発のアーバンライナーは定刻の21:21よりやや遅れて津駅に着いた。妻と三男が車で迎えに来てくれていた。もちろん、頼んであったわけなのだが。

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2007年9月16日 (日)

日本昆虫学会第67回大会2日目

 今朝は6時半に目覚ましがなるまで熟睡した。シャワーを浴びて、少し持ち帰ってきた昨日の懇親会の残りの料理と、なんばウォークのわしたショップで買ったカップの沖縄そばを食べた。昨日の懇親会の料理がまだお腹の中に残っている感じだったので、これで十分満腹した。
 8時15分ぐらいにホテルを出て、JR元町から六甲道に行こうかとふと考えたのだが、神戸市営地下鉄の「みなと元町」駅の写真を撮ろうと思い直したので、結局そこを通って、神戸高速鉄道の花隈駅に向かった。あとは昨日と同じ経路。
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 朝一番の安藤喜一先生の講演「オオカマキリの「雪予想」は間違いである」の会場へは、一番乗りしたので一番良い席を確保できた。安藤先生は、去年の昆虫学会の大会で、初めて酒井與喜夫著「カマキリは大雪を知っていた」 (社)農山漁村文化協会 人間選書250 ISBN4-540-03114-7 に書かれている内容に対して批判をした。示された根拠は、カマキリの卵のうは雪に埋もれても死なないどころか、雪に埋もれた方がかえって孵化率が高い、というものだった。それだけでも十分だとは思うのだが、さらに今年は、雪解けの水の中に長時間浸されても卵は死なない、というデータも付け加えられた。
 その結果、酒井氏の著書に対する評価は、「雪に埋もれた卵はすべて死んでしまうという間違った思い込みに基づいているため、書かれている内容は全く根拠が無いものである。酒井氏の文章表現が巧みであるため、それを信じてしまう人がいても不思議ではない。この間違いがおこったのは、適切な指導者なり助言者がいなかったことが原因である。酒井氏が得たデータには酒井氏の基準に基づいた様々な補正が加えられた上で有意な相関があることが示されていることから、積雪量を予測しているのはオオカマキリではなく酒井氏自身である。」というもので、ぼくがこの本を読んだときの感想とほとんど同じものだった。酒井氏はこの研究で博士の学位を得ているが、それが理学博士や農学博士ではなく、工学博士だったことは、せめてもの救いだったかも知れない。安藤先生には、酒井氏によって作られた間違った定説を正すための一般の人向けの啓蒙書を書いていただきたいものだと思った。
 世の中に似非科学がはびこっているのは事実らしい。江本勝氏の「水からの伝言」からはある種の悪意を感じ取ることもできるが、「カマキリは大雪を知っていた」からは著者である酒井氏の全く悪意というか、うさんくささは全く感じられず、それがゆえにかえって間違いを正すことが難しいのではないかと感じられる。
 その他の講演で面白く感じられたのは、高知大学の原田哲夫先生グループの外洋棲のウミアメンボの話題2題。ゲッチョ先生の著書『ゲッチョ昆虫記—新種はこうして見つけよう』に書かれていることと併せると、外洋棲のウミアメンボ類の密度はけっこう高く、海流の流れに身を任せて漂っている、という生活をしていることが窺われる。
 午後のシンポジウムは一般への公開も兼ねていた。時間が種分化にどのような影響を与えたか、というような内容の話が3題あったが、結局は時間が種分化に影響を与えたのではなく、進化の結果、時間的な形質が分化したのではないか、というところに落ち着いたと理解した。
 このシンポジウムでは、たまたますぐ前の席に若い女性2がいたので、学会員ではないと思ったので声をかけて話をしたところ、学校の先生に話を聞いて面白そうだと思ったから、という理由で参加した地元の神戸高校と御影高校の生徒だった。2人とも虫が好きで、将来はこの方面の勉強がしたいとのことだった。こういう若い人がたくさん仲間になって欲しいものだ。特に正木先生と竹田先生は英語の専門用語を多用されたので、高校生のためには理解の妨げになったのではないかと思った。この2人には宮竹先生の話が一番面白いと感じたとのことだった。ぼく自身も、宮竹さんの話が一番解りやすかった。しかし、見知らぬ女子高生と話をしたのは何年ぶりのことだろうか。
 シンポジウムの後は「日本半翅類学会」の小集会に出た。京都大学の藤崎先生による奄美大島のカメムシの写真がいろいろ紹介された後、一人一話形式で全員が少しずつ話をした。藤崎先生の奄美大島のカメムシに対してはいろいろ疑問なり自分の考えなりがあったが、時間の制約もあったので、そのあとの懇親会でゆっくりと、と思っていたが、藤崎先生は別のグループの懇親会に参加されたようで、話をしそこねてしまった。藤崎先生も忙しいはずだが、お暇なときに一度京都におしかけて、話をしたいと思う。
 半翅類学会のグループは三宮の居酒屋に繰り出して、多いに喋った。林先生と若い学生さんがいると、話が盛り上がって大変楽しい。明日のこともあるので、10時半ぐらいに一応お開きになり、花隈まで電車に乗り、ホテルに戻った。
 明日は最終日。かなり疲れが溜まってきた感じだ。

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2007年9月15日 (土)

日本昆虫学会第67回大会1日目

 今日から昆虫学会が始まった。何故か朝早く5時半頃に目覚めてしまった。もう、かなり明るくなりかけていた。昨日の夜にはわからなかったが、遥か沖合には神戸空港も見えた。ずいぶん遠くに空港を作ったものだ。そんなふうに景色を眺めていても、それほど時間が経つわけでもないので、仕方なくシャワーを浴びたり、ネットをチェックしたりしたが、7時半前にはホテルを出た。昨日は阪神元町で降りたが、今日は阪急六甲が目的地なので、神戸高速鉄道の花隈駅に向かった。元町よりは少し遠い感じがしたが、まあ似たような距離だと思った。梅田行きの特急が来たが、六甲には停まらないので、三宮で普通に乗り換えた。それでも10数分でついてしまった。昨日は大阪の梅田から元町まで阪神で310円だったが、今日は途中で会社が変わるということもあり、花隈から六甲までは290円で、乗る時間は30分近く違うのに、値段は20円しか違わなかった。阪神が安いということなのだろうか?
 ホテルでは朝食をとらなかったので、六甲駅の改札口を出た所に喫茶店があるのに気がつき、そこで朝食をとった。コーヒーはほどほどに美味しかった。本を読みながら過ごしたが、コーヒーも飲み干したので、仕方なく店を出て、坂の上にある神戸大学に向かった。受付は9時から始まることになっていたが、それより15分も前に着いてしまった。今日は朝から蒸し暑く、会場に着いた頃には汗がにじんでしまった。早く来た人は他にもいたので、受付が始まるまで虫をネタに雑談で時間をつぶした。受付が始まって中に入ると、中は冷房が効いていて快適だった。
 さて、肝心の講演だが、今日聴いた中で一番面白いと思ったのは、C104 杉本雅志・矢後勝也・上島励「琉球列島における直翅目カマドウマ類の分子生物地理学」だった。カマドウマ類は形態分類で手がかりとなる形質が少なく、分類が遅れていたのだが、杉本氏によって、琉球列島からたくさんの新種が記載されていた。今回はそれを遺伝子の塩基配列からみた分子系統と比較してみるとどうなるか、というものだった。その結果は、形態分類による系統は分子系統とは整合性が希薄で、まさに混沌としている状況である、というものだった。今回の発表は、その第一段階のものということだろうが、今後の解析の結果が楽しみだ。
 午後は自分の講演があったが、やや早口になってしまったものの、ほぼ予定時間に話しきることができ、いくつも質問を受けることができたので、まあまあだったと思う。オオハサミムシなどという普通種も、調べてみると面白いということが伝わっていたとすれば、こちらの意図は果たされたことになる。今回は、仕事をやっていた過程でたまたま気になってしらべた幼虫期の齢数が、けっこう変異があり、メンデル遺伝ではないものの、遺伝的な支配を受けていることは示すことができた。こういう基礎的なことは、なかなかテーマを表に出してやりにくい立場なので(表のテーマの仕事をこなした上でやるなら、誰からも文句を言われないはずだが)、学生さんなどでもっと深く追求してみたいという人がいるなら、引き継いでやってもらっても良いかなぁ、などと思っている。自分は、野外での生態を解明することを先にこなさなければいけないので。
 一般講演が終わってから、神戸大学の大学院生のIさんの誘いもあったので、昆虫飼育室を見学させていただいた。ゴミムシ類の幼虫を見せていただくのが目的だったが、これを見なければここに来た価値は無い、などと脅されたのでT先生のゴキブリも見せていただいた。多量のゴキブリが飼育されており、壮観の一言だった。
Cockroaches
 総会の会場のある場所も、懇親会の会場も大変見晴らしの良い場所だった。懇親会での大会会長の挨拶でも、神戸大学の自慢できることは景色が良いことです、と本当に自慢されていたのかどうかはわからないが(やはり坂道を登り降りするのは大変なので)、嘘ではないと思った。
Landscape
 今日は調子が良く、ビールをグラスに2杯ほど飲んでしまった。暑かったせいだろか。料理も十分にあり、最後にフルーツとケーキも出てきた。ケーキは直径4cmちょっとのそれほど大きくないものだったが、7つも食べてしまった。要するに、美味しかったということだ。それでも最後は食べ物がさくさん残って、もったいないと思い、明日の朝食の足しにしようと少し持ち帰ってきた。
Cakes
 坂の上の懇親会上から、甲太郎さん、ウミユスリカさん(いずれも今は亡き@ニフティ昆虫フォーラムでのハンドル)と一緒に話をしながら六甲駅まで降りてきた。二人は三宮に宿をとっているということなので、三宮で別れた。花隈駅からホテルまでは朝とは違う道を通った。神戸市営地下鉄のみなと元町駅を見つけたときは驚いた。そとは赤煉瓦の建物だったので、中は何だろうと思って覗いたら地下鉄の駅の入り口だったのだ。さらに驚いたのは、その赤煉瓦は道路に面している面だけで、中は空洞だった。何となく騙されたような気がするのだが・・・・・
 と、いうことで、ホテルに戻ってこれを書いている。

 明日の朝一番の講演で、安藤喜一先生の「オオカマキリの「雪予測」は間違いである」の講演がある。明日の一番の楽しみは、この講演だ。

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2007年9月13日 (木)

思いがけない論文査読の依頼あり

 今日もいつものように何通か英文の電子メールが届いた。ぼくのところに届く英文の電子メールのほとんどがスパムなのだが、一応表題を確認していると、スパムでないものが1通だけあった。それを読んでみると、とある学術雑誌の編集者からの論文査読の依頼文書だった。その雑誌は、インパクトファクターが高く、国際的に名が通っている植物学関係の学術誌だった。とても自分が書いた論文が載るようなインパクトファクターが低い雑誌ではないのだ。
 何で昆虫の研究者であるぼくのところにそんなレベルの高い植物学関係の雑誌の編集者から査読の依頼が来たのか、その理由はすぐにわからなかったが、届いた電子メールに添えられていた論文の要約を読んだらそれなりに合点がいった。しかし、とても自分が正当な評価を下せるとは思わなかったので、迷った末に査読を断ることにした。
 断るためにメールに書いてあるウェブサイトにアクセスすると、断る理由を説明して、代わりの人を推薦して欲しいと書かれていた。仕方がないので、たどたどしい英文でそれらしい理由を書き、某Kさんを代わりの査読者として推薦してしまった。無断でKさんを推薦してしまったので、あとでお詫びの電子メールを入れた。Kさん、余計なお手間をかけてしまって、申し訳ありませんでした。
 日本国内の学術誌の昆虫生態学関係の論文なら、和文でも英文でも査読することに吝かではありませんので、一応ここにそれを表明しておきます。

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2007年9月 9日 (日)

小中学生にとってセミは人気者か?

 津リージョンプラザの中にある市立図書館に行ったら、同じ建物の中で「教育科学展」をやっていたので、ついでに見てきた。「教育科学展」というのは、言わば、市内の小中学校の夏休みの自由研究で、各学校から推薦された優秀作品の展示会のようなものだ。
 毎年見ているわけではないが、もともと少ない昆虫標本の展示がますます少なくなってきたような気がする。去年だったか一昨年だったかわすれたが、ある中学生の作品で、きれいに標本が作られ、きちんとラベルが付けられているものがあって、今でもこんな中学生がいるものか、と感心したのだが、今年はそのような作品は無かった。とくに、実物の標本が展示されていたのは、中学生の作品ではほとんど皆無で、ほとんどが小学生の作品だった。
 全体的に生き物の標本がそのまま作品になっているものは極めて少なく、レポート風にそつなくまとめられているものがほとんどだった。うまくまとめられたレポートは形式的には立派かも知れないが、それを見てもほとんど感動は感じられなかった。子供のうちは、もっと自由にやったら良いのではないかと思った。
 数少ない昆虫を題材とした作品のなかで、もっとも数が多かったのはセミを対象としたものだった。抜け殻調べをしたり、背面と腹面の両方の標本を作って形態の違いがよくわかるようなものがあったり、羽化の様子を観察したりと、まあいろいろだった。蝶や甲虫の標本も無いわけではなかったが、ただ標本を並べてあるものが多かった。
 ということで、小中学生の間で、もっとも関心が高い昆虫はセミではないか、という自分なりの結論を得た。セミは種の違いを問わなければ、どこにでもいるし、夏休み中はもっとも個体数が多いという事情が働いているのかも知れない。
 ぼくもセミは好きだが、自由研究になりそうな題材は他にいくらでもあると思っている。おそらく、なかなかそういう自由研究が出て来ないのは、今の学校の先生たちが、生き物のことをろくに知らないという事情があるのではないかと思う。

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2007年8月 9日 (木)

サマー・サイエンスキャンプ

 職場である研究所では一昨日から今日まで、高校生を対象とした「サマー・サイエンスキャンプ」が行われた。去年までは研究所独自の企画として「高校生のための野菜研究体験セミナー」として行われたものだが、今年は科学技術振興機構の企画の一つとして行われた。内容は去年までのものと大きく変わらず、自分が関連する分野としては「野菜を食害する害虫とその天敵」という講義と実習が今日行われた。去年は自分が講義を担当したが、今年は同じ研究チームのオオタさんが講義を担当し、自分は自分の研究の紹介と、実習のお手伝いを少ししただけだった。
 去年までは研究所独自の企画だったため、広報が十分ではなく、応募してきたのはほとんどが地元の生徒だったが、今年は北は岩手県、西は広島県からの参加があった。去年は普通科の生徒ばかりだったが、今年は農業関係の学科の生徒も何人かいた。色々な生徒が来るということは、とても良いことだ。
 誘われて昨日の夕方は懇親会にも参加し、参加した高校生とも話をすることができた。目的をもって参加しているという理由だろうが、生徒は皆積極的に感じられた。DNAのことや食物の安全性のことを知りたいという生徒が多かったが、自分が作っている作物が害虫でやられてしまうことで頭を痛めているので参加したという生徒もあったので、害虫分野の研究者である自分としては、やはり嬉しかった。
 今日の研究紹介では、実際に扱っている虫を見せたのだが、女子生徒の中には気味悪がって近寄れない生徒もいた。ちょっと複雑な気持ちだ。たまたま生きたミイデラゴミムシがいたので、オナラをさせてみたのだが、これを面白いと思ってくれた生徒はほとんどおらず、いわゆる「すべった」という状態に近いものだった。現代の子供にとって「虫」とはその程度のものなのかも知れない。子供の頃の一番の遊びが虫採りだった自分としては、やや複雑な気持ちだ。

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2007年6月 9日 (土)

しょぼん・・・・・論文却下

 投稿してから3か月以上も音沙汰が無かったが、今日やっと通知が届いた。残念ながら却下。分類学的な手続きに問題があることは自覚していたが、どうしようもない部分もあったので、それを承知で投稿していた。やはり、分類学的な手続きが問題だという判断をされてしまった。そういう話だったら、もっと早く却下の知らせを届けて欲しかったなぁ、というのが偽らざる心境だ。「xxxx属のooooムシの日本産種の認識に問題があることは確かで,著者が示したような結論自体にはそれなりの妥当性があると考える」というコメントは、若干の慰めになっている気もする。
 この論文は近縁種の分布のパターンを扱ったものだが、その種に分類学的な問題があることが不運だったと思っている。生態屋が分類学に関わる論文を書こうとしたところも、やはり無理があったかも知れない。
 やはり分類屋さんに相談していろいろ教えていただかないといけないようだ。

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2007年6月 5日 (火)

コブハサミムシの母親殺し

20070605blog1 【写真は2007年4月20日、三重県津市安濃町野口で撮影。小さい谷川の川原の砂地の場所の小石を持ち上げてみると、既に食い尽くされてしまったコブハサミムシの母親の残骸が見つかった。ここは職場のすぐ近くだが、これまでこんなに近くにコブハサミムシが棲息していることを知らなかった。比較的手軽に観察に行けそうなので、これからは時間があれば観察に行きたい。】

 人間の世界での母親殺しはとんでもない事だが、コブハサミムシ Anechura harmandi (Burr, 1904) の場合は生まれて間もない子供が母親を食い殺すのが日常だ。このことがこの前の日曜日(6月3日)のテレビ番組『どうぶつ奇想天外』でクイズとして紹介されたらしい。ぼくはテレビをあまり見ないので、チェックしていなかったのだが、職場のパートさんが教えてくれた。
 今でこそコブハサミムシの生まれて間もない幼虫が母親を食い殺す習性を持っていることはよく知られるようになってきたが、ぼくがハサミムシを研究材料に選んだ25年前は、このことはほとんど知られていなかった。修士課程の研究テーマとして母親による卵保護習性を中心としたハサミムシの生活史を選び、その材料として中心的に扱ったのがコブハサミムシだった。卵を世話しているコブハサミムシを実験室に持ち帰って飼育していたところ、幼虫が孵化して数日のうちに母親を食い殺してしまったので大変驚いた。
 コブハサミムシの母親殺しの習性は誰が観察しても同じだが、なぜ他のハサミムシには母親殺しの習性が無いのにコブハサミムシだけが母親殺しの習性を持つか、という疑問に対して、初めての解釈を与えたのがぼくだ。これは、操作実験よりも野外観察に重きを置くことを信条とするぼくの自慢だ。母親殺しの現場だけ見ていても決して解釈を与える事ができない問題に対して、ぼくは一年を通したコブハサミムシの暮らしを野外で詳細に観察することによって一つの結論に至った。
 至近要因としては、幼虫が孵化する時期に餌が乏しいことが問題であり、母親を食う事によって幼虫初期の生存率を高めることができることだ。この点に関しては、ぼくはアイデアを出しただけだったが、最近になって北海道大学(当時)の鈴木誠治さんらが実験で裏付けた(参考文献4を参照のこと)。しかし、何故餌の乏しい時期に幼虫が孵化するような生活史が進化したのだろうか?この疑問に関しては、コブハサミムシの一年を通した生活史を理解することなしに解答は得られない。
 野外で観察していると、コブハサミムシは6〜7月に羽化すると、どこかに消えてしまうのだ。ところが10月半ばになると、どこからともなく繁殖場所に戻ってくる。繁殖場所は山の中でも日当りが良い谷川の川原だ。日当りが良い場所では早く孵化することができるので、いろいろな点で都合が良い。ところが、谷川の川原という場所は、梅雨時や台風の季節にはしばしば氾濫するのだ。これでは、そこにずっと暮らしていては都合が悪いことになる。だから、夏の間はどこか山の中にでも居場所を移しているのだろう。
 となると、谷川が氾濫する季節が来る前に成虫になってどこかへ行ってしまうのが有利ということになる。そのためには、早く孵化した方が有利だ。ところが、早く孵化すればするほど餌環境は悪くなる一方だ。となると、少しでも早く孵化して、もっとも手近な餌(=母親)を食べて、当面の生存率を高めるというのが、生活史の上で有利な性質になることは容易に想像できる。だから、安定して生活が可能な限られた期間を有効に活用できるように、生活史が進化したと考えられる(参考文献1, 2, 3を参照のこと)。
 これでコブハサミムシの生活史の問題は一見解決したかのように思えるが、実はそうではない。コブハサミムシは何故谷川の川原を繁殖場所に選んだのか、という問題に関しては、まだ適切な解釈を与えることができていないのだ。

参考文献

  1. 河野勝行. 1984. コブハサミムシの特異な生活 —生活史戦略的視点から—.遺伝 38 (10): 70-75.
  2. Kohno Katsuyuki. 1997. Possible influences of habitat charasteristics on the evolution of semelparity and cannibalism in the hump earwig Anechura harmandi. Researches on Population Ecology 39 (1): 11-16. [pdf] <http://meme.biology.tohoku.ac.jp/POPECOL/RP%20PDF/39(1)/pp.11.pdf>
  3. 河野勝行. 2007. ハサミムシの生態〜ハサミムシ類の卵保護習性とコブハサミムシの母親殺し〜.Rio (豊田市矢作川研究所月報) (104): 3. [html]
  4. Suzuki S,  Kitamura M and Matsubayashi K. 2005. Matriphagy in the hump earwig, Anechura harmandi (Dermaptera: Forficulidae), increases the survival rates of the offspring. Journal of Ethology 23 (2): 211-213. [abstract]

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2007年5月 8日 (火)

論文掲載決定の通知が届く

 修正の指示があった論文を再投稿していたのだが、今日、掲載決定の通知が届いた。とりあえずホッとしたというところだ。この学会誌が電子投稿になってから初めての投稿だったのだが、再投稿以降の審査が予想以上に早く進んだので、それはなかなか良い事だと思う。
 この論文に関して本音を言えば、内容的にはあまり面白いものでも無いと思っているのだが、応用的には十分な意味があるだろうし、これまであまり調べられていないことを調べた内容で新規性もあるので、業務上の成果を公表するという点では意味のあるものだと思う。
 もう一つ投稿中になっている論文は、自分が本当に面白いと思っていることを書いている論文なのだが、こちらの審査の結果はまだ届かない。

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2007年4月30日 (月)

京都へ日帰りの家族旅行

 今日は家族揃って京都へ出かけた。いつかは家族揃って京都へ行こうと言っていたのだが、やっと実現した。
20070430blog1  まずは鉄分の多い二人の息子のリクエストで梅小路蒸気機関車館へ。京都から丹波口まで山陰線に乗ったが、思った以上に混雑していた。沿線には嵐山などの観光地を控えているからなのだろう。梅小路には中学生の頃、一度行った事がある。現在の本館はかつての二条駅の駅舎だが、昔はそうではなかったはずだ。しかし、どんな建物だったか、全く記憶に残っていない。だからだと思うのだが、新鮮な気持ちで見る事ができたような気がする。蒸気機関車の運転席は、思ったより狭い。運転するのも大変だったのだろうと思う。
20070430blog2  梅小路から丹波口の駅に向かう途中、クスノキの幹にアオスジアゲハGraphium sarpedon (Linnaeus, 1758)が止まっていた。羽化して間もないと思われるのだが翅が折れていて飛べない状態だった。

20070430blog3_1  そこから花園まで山陰線に乗った。花園には、我が家の菩提寺の総本山の妙心寺がある。ここにもかつて来た事があるが、もう何年前のことだったか思い出せない。狩野探幽の雲龍図は有名だが、これは昔見たことがある。天井に描かれた龍の絵は、見る方向によって表情が変わるので面白い。
 さらに嵐電北野線で北野白梅町に出て北野天満宮へ。季節外れだと思うのだが、合格祈願の祈祷が受け付けられていた。ここは、学生時代に何度も行った。縁日の出店が面白いからだ。今度来る時は25日にしなければいけない。
 ここからバスで一気に東へ向かい、京都大学の構内を歩いた。北部の構内を歩いていると、何か実験が行われている形跡があり、網の中を覗くとタンポポだった。ふと気が付くと、そこには大学の先輩のNさんがいた。セイヨウタンポポとカンサイタンポポの関係を調べているとのこと。
 さらに本部構内を通って時計台の前から正門へ。さらに東大路に出てバスに乗って京都駅まで戻った。しかし、JR京都駅のデザインはひどい。よくもまあ、あんなものをJR西日本も京都市も許してしまったものだと思う。京都の街から完全に浮いてしまっている。設計したのは原広司という建築家らしいが、調和という感覚が鈍い人なのだろうか?
 朝も早かったし、それなりにたくさん歩いたので疲れた。ぐっすり眠れそうだ。

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2007年4月29日 (日)

東アジア産カメムシ類の分類学研究の現状と展望

 表題の研究集会に参加した。プログラムは下記のとおり。

研究集会
 「東アジア産カメムシ類の分類学研究の現状と展望」

とき:2007年4月28日(土) 14:30〜18:00 (13:30受付開始)
ところ:国立科学博物館分館(東京都新宿区百人町3-23-1)

話題提供:
彩 万志(Wanzhi Cai):中国農業大学
  Taxonomic studies on Heteroptera in China: past and present
林 正美:埼玉大学教育学部
  日本産水生半翅類の研究動向
石川 忠:東京農業大学
  アジア産サシガメ科の分類研究の現状と展望
長島聖大:伊丹市昆虫館
  日本産ヒラタカメムシ科概説 ー現状と展望ー
山田量崇:徳島県立博物館
  東アジア産ハナカメムシ科の分類学的研究
友国雅章:国立科学博物館
  カメムシ類の分類学研究の世界的動向と展望


20070428blog1  
中国農業大学の彩万志教授が日本学術振興会の招へい研究者として来日されているのを機会として開催された研究集会だ。彩先生の講演はともかく、若くて元気がいい石川さん、長島さん、山田さんの講演があるので、参加しないと後悔すると思ったのだ。期待に違わず、この三人の講演は面白かった。石川さんのサシガメ、長島さんのヒラタカメムシは、日本からまだこれから新種がどんどん出て来る可能性があるということだ。まだ任期無しの職に就いていない石川さんには、早くこれからもずっと研究ができる職に就いて欲しいものだ。長島さんは、ヒラカタメムシで早く学位を取って欲しい。
 途中、林先生の講演の最中、突然の雷鳴があって驚いた。その後何度も落雷があった模様だ。さすが、嵐を呼ぶ林先生。このあと急激に気温が下がったらしく、部屋の中にいても肌寒くなってきた。
 最初は新幹線で日帰りするつもりだったが、「ムーンライトながら」の切符が取れたので、懇親会にも出席した。
 名前だけ知っていた黒佐和義先生も出席されていて、お話することができた。
黒佐先生が書いたものとして読んだことがあるのは、昭和20年代に雑誌「新昆蟲」に書かれたオサムシの生態に関するものが一番古いが、まだ現役で昆虫への意欲が減退していないのには驚かされる。ヒゲコガネに便乗しているダニについて質問したところ、そのダニの正体は明らかになっているが、その生態はまだ不明だということ。このダニも面白い研究テーマになるかも知れない。
 時間が前後するが、昼は会場に向かう前に大久保の駅の近くにある「天下一品」で食事をするつもりだったが、探しても見つからなかった。どうやら撤退したらしい。仕方がないので、近くに見つかった讃岐うどんの店でうどんを食べた。不味かったわけではないが、頭が天下一品モードになっていたので、それほど美味しく感じられなかった。
 懇親会のあとは、東京都本土部昆虫目録作成プロジェクトの主要メンバーのIさん、Mさんと一緒に大久保駅近くの喫茶店へ。この2人のプロジェクトへの思いが熱いことが感じられた。
 大久保から電車に乗ろうと思ったら、東京行きのオレンジ色の電車だった。黄色い電車が来ると思っていたので意外だった。夜遅くなると、緩行線は千葉方面ではなく、東京駅に向かうのだろうか。お茶の水では千葉方面への電車が接続していた。
20070428blog2  東京駅10番ホームに向かうと、寝台急行「銀河」が既に入線していた。空席もあったが、空いているというほどでも無かった。それなりに需要があるということだろう。「銀河」を見送ると間もなく「ムーンライトながら」の入線。全席指定で、今日は満席とのこと。前日に切符を買ったときは問題無く買えたので、その後に席が埋まったということのようだ。
 昔の「大垣夜行」は背もたれが動かないボックスシートだったから、
「ムーンライトながら」のリクライニングシートは快適だ。しかし、夜中になっても灯りが落とされないのが不満だ。熟睡できたわけではないが、夜のうちに移動できるのは、やはり便利だ。8時前に家に着く事ができた。

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2007年4月20日 (金)

論文を修正して再投稿

 ひと月以上も前に編集事務局から原稿が帰って来ていたのだが、その後学会等があり、気分ものらず、なかなか修正にかかれなかった。今週になってからやっと修正にとりかかったのだが、今日やっと修正原稿を返送した。とりあえず、一段落。
 もう一つの論文の原稿は、未だに帰って来ない。

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2007年4月18日 (水)

見慣れないサシガメ

20070418blog  一週間ほど前のことだが、沖縄のゲッチョ先生から徳之島で採集した某カメムシを送っていただいた。それと一緒に、西表島で採集したという見慣れないサシガメが同封されていた。とりたてて特徴の無いサシガメなので、見慣れない、としか表現のしようが無かったのだが、とにかく、今までに見た記憶が無いサシガメだった。体長13mmほど。大きくもないが、だからと言って、小さいこともない。
 やはり気になったので、サシガメの分類が専門のI博士にその標本を送った。すると今日、どうやら新種らしい、との返事。新種の記載のためには、もっと標本が欲しいところだが、サシガメの仲間は単独生活をしているものが多い上に、捕食性なので、採集場所の焦点を絞りにくい。ゲッチョ先生によれば、畑のわきの立ち枯れの樹皮の下から採集したとのこと。山の奥で見つかったわけではなく、人里近くで見つかったというのも、ちょっと意表を突かれている感じだ。

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2007年3月29日 (木)

応動昆大会3日目

 学会も最終日3日目になると疲れが出て来る。委員会が前日にあるから、それを合わせれば4日目だし。自分の発表が最終日の午後になったのは、運が悪かったと思っておこう。
 今日は、ゴミムシ関係の発表がいくつかあったので、それをはずさないように聴いた。関連した内容の発表は、同じ会場で続けてくれれば良いのだが、今回も会場と会場の間を動き回らなくてはいけなかった。
 ゴミムシの発表以外では、橋本健一さんのモンシロチョウの休眠の遺伝性に関する講演も聴いた。モンシロチョウは蛹で冬休眠をするが、幼虫時代に感じた日長で休眠するかしないかが決まる。北の方に分布するモンシロチョウは、より長い日長条件で休眠に入るし、南の方に分布するものは、短い日長でも休眠に入りにくい。石垣島のものなどは、短日条件にしても、ほとんど休眠に入らない。橋本さんは、東京と石垣島のモンシロチョうを交雑させ、この子世代の休眠反応を調べた。すると、休眠に入る臨界日長は、東京のものと石垣島のものの中間的な時間になった。モンシロチョウの休眠性は遺伝的なものなのだ。ところが、この子世代の中から休眠に入らなかったものどうしを交雑させ、孫世代、曾孫世代のものの臨界日長は、子世代のものとほとんど変わらなかった。ここでは、休眠しない性質が選択されるのかと思っていたが、どうやらそういうわけではないらしい。今後の研究の成果が楽しみだ。
 安藤喜一先生の講演は、去年の昆虫学会に続き、カマキリの生活史のものだったが、最後の最後の方だったので、それを聴かずに帰ってしまった。安藤先生、ごめんなさい。それを聴いた人の話では、例の『カマキリは大雪を知っていた』(酒井與喜夫著)に対して批判する発言をされたそうだ。今年の秋の昆虫学会が楽しみだ。

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2007年3月28日 (水)

応動昆大会2日目

 午前中は主にマルハナバチ関係とカメムシ関係、午後はカンキツグリーニング病関係の講演を聴き、夕方はカンキツグリーニング病の小集会に出た。
 石垣島を出てから間もなく3年になるが、カンキツグリーニング病とその媒介昆虫ミカンキジラミに関する新しい知見が多くあり、着実な進歩が見られるような感じがした。ミカンキジラミによるカンキツグリーニング病菌の獲得と体内での動態に関する果樹研究所の井上さんの仕事が印象に残る。ところが一方、九州本土でミカンキジラミが定着しているかも知れないという新しい事実も明らかになってきたようで、前途多難であるというのは変わらない。
 朝から夕方まで、マジメに講演を聴いてしまったので、疲れた。いろいろ書いておきたいこともあるが、疲れたので省略。

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2007年3月27日 (火)

応動昆大会1日目

 今日から第51回日本応用動物昆虫学会(応動昆)大会が始まった。午前中は総会と奨励賞および学会賞の受賞記念講演。午後の最後は少し一般講演もあったが、主にシンポジウム。シンポジウムはDNAの塩基配列に基づく同定の話。多くの分類群で、ミトコンドリアDNAのCOI領域のDNAの塩基配列を読み取ってデータベースが作られているという話。知らなかった。形態による同定分類が困難な分類群では、強力な武器になると思うが、分類群によっては問題もあるようだ。シンポジウムのオーガナイザーからは、操作そのものは簡単です、などということだが、必要に迫られなければ自分では手を出さないだろうな、という気がする。5年後にどうなるか、という話もあったが、5年やそこらで有用性を明確にできるようなことでも無いと思うので、しばらくは続けなければいけないだろう。種の概念の問題に関するコメントも出たが、それはDNAによる同定分類の話とは次元が異なる話だと思う。今まで何度か応動昆でシンポジウムがあったと思うが、その中では印象が残るものになるような気がする。
 一般講演の最初に伊藤嘉昭先生の講演があった。さすがに肉体的な衰えは感じられたものの、嘉昭先生は退職されてからも研究に対する意欲が変わらないところがすごい。自分もそうありたいものだ。
 懇親会は人数が多すぎて誰がいるのだか訳がわからない。音響設備も悪く、誰が挨拶しているのかもわからないし、話の内容も全く聞き取れない。これじゃぁ懇親会の意味があまり無いなぁ、というのが実感。

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2007年3月23日 (金)

学位授与式

20070323phd  今日は学位の授与式に行って来た。自分は論文博士だが、3月は課程博士の授与者が多いため、600人を超える人数で驚いた。総長から一人ずつ学位記が渡されたので、それだけで1時間半以上かかった。やっと少し実感できるようになったかなぁ。
 とりあえず、証拠写真を。
 帰る前に時計台の前で記念撮影をしていたら、着物を着ていた妙齢のご婦人。写真撮影を頼まれたが、フレーミングに注文が多いのにやや閉口。ちょっと話をしたら、このご婦人は前に学位を取って、今日は写真撮影だけとのこと。う〜む。こういう人もいるのだなぁ。さすが変わり者が多いK大学。

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2007年3月15日 (木)

学位

 大学院の修士課程を修了して博士課程に進んだが、公務員試験に通ったので、中退して今の職についた。その当時は、まだ大学院生の数がそれほど多くなく、博士の学位というのは、高いハードルのように見えていた。
 それから20年以上も経ち、やっと学位論文をまとめたのが去年の秋のことだった。学位論文としてまとめられるほどのテーマになかなか巡り会うことができず、随分時間がかかってしまったものだ。職についているので、学位を取得する実利的な意味はほとんど無いのだが、研究職についている以上、博士の学位を取得するのは当然のことと思っていた。だから、それがずっと重圧になっていた。
 学位論文を提出し、口頭試問を終えたら、もう授与されるのを待つだけなのだが、なかなか重圧から解放された気分になれなかった。今の世の中、先を見通すことが非常に困難になってきていることが大きな理由だと思う。でも今日、授与式の案内が届き、やっと少しだけ解放感が出て来たかも知れない。
 K大学のF先生には学位について前々から気にかけていただき、論文をまとめるにあたってもお世話になった。博士課程の学生さんをたくさんかかえ、大きなプロジェクトのとりまとめの仕事もある中、論文博士の審査をするのは過重な負担をおかけしたことになったと思う。あらためてお礼を申し上げたい。

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2007年3月11日 (日)

昆虫学会東海支部会講演会と名古屋昆虫同好会月例会に参加

 昨日のことだが、帰宅が遅くなったので翌日になってからこれを書いている。昨日は、名古屋女子大学で開催された第147回日本昆虫学会・第84回日本応用動物昆虫学会合同東海支部会講演会と愛知産業貿易館で開催された名古屋昆虫同好会の3月の月例会に参加するために名古屋に出かけた。尾張一宮の実家にいた頃は、名古屋に出かけるのはそれほど億劫なことでもなかったが、ここ津から出かけるのは、かかる時間のことを考えると、やはり億劫だ。名古屋駅まで出るのに、津駅まで早足で歩いて15分、さらに近鉄の急行に乗ると65分かかり、それに待ち時間がかかる。特急に乗れば乗車時間は50分で済むが、特急料金を870円とられるので、よほど疲れているときでなければ、特急に乗る気になれない。
 せっかく名古屋に出かけるので、大須の電子パーツ屋にも寄ってこようと思って、ちょっと早めの朝9時過ぎに出かけた。すると、家を出て間もなく、ベニシジミLycaena phlaeas (Linnaeus, 1761) を見かけた。成虫で越冬する種を除けば、2月22日に見たモンシロチョウ Artogeia rapae (Linnaeus, 1758) とモンキチョウ Colias erate (Esper, [1805]) に次いで3種目の初見となった。
 津から名古屋へは、予定通り近鉄の急行に乗った。運が良いことに、急行用の車輌としては一番上等の5200系だった。車体には赤塚植物園のパイロゲンの広告が派手にラッピングされていたが、乗ってしまえば関係ない。
 名古屋の地下鉄は「ドニチエコきっぷ」というのを使った。名前のとおり、土曜日曜に限って使用できる安価な一日乗車券だ。なぜか、毎月8日にも使える。600円なので、3回以上地下鉄か市バスに乗る場合は、これがお得になる。
 上前津まで出て、第一アメ横ビルと第二アメ横ビルを冷やかし、昼食をとろうとタイ料理の看板が出ている屋台風の店でパッタイを食べた。美味しかったが、量が少なく、全く足りなかった。時間もなくなってきたので、地下鉄の駅に向かったが、駅の入り口の前に吉野家があったので、もう一度食事をとってしまった。
 講演会の会場には、定刻ぎりぎりで到着した。東海支部の講演会は、東海地域の昆虫学関係の大学の研究室で卒業論文や修士論文を書いた人たちの発表の場という位置付けもあるようだ。岐阜大学、名古屋女子大学、三重大学の学生さんたちの発表があった。名古屋女子大学の学生さんたちは、代々のゼミの学生さんたちが調査した愛知万博の会場でのギフチョウ Luehdorfia japonica Leech, 1889 とハッチョウトンボ Nannophya pygmaea Rambur, 1842 の個体数の増減に関する発表をしたが、真面目にデータがとられていて、好感が持てた。博覧会協会が発表したギフチョウやハッチョウトンボの個体数のデータも紹介されていたが、学生さんたちの調査結果とは全く異なっていたのが興味深かった。博覧会協会が発表したデータが、どんな方法で取られたものなのか、興味あるところだ。岐阜県で高校の教員をされている船越進太郎のアラカシ Quercus glauca Thunb. ex Murray に寄生する鱗翅目幼虫の発表も、高校の生徒らと一緒になってデータをとられたもので、葉の成分の化学的な分析も行われ、すぐにでも論文になりそうなものだと思った。
 講演会が終わったあとの懇親会は、名古屋女子大学の八田先生と学生さんのお世話で、大学の一室を借りて行われた。女子学生の比率が異様に多かったが、オジサンはオジサンだけで固まってしまい、若い人とあまりお話ができなかったのは、ちょっと残念だったと思う。
 そのあとは、地下鉄桜通線で丸の内まで出た。名古屋昆虫同好会の月例会は、参加者の一人一話のあと、あらかじめ予定されていた卓話がある。今回は大池崇資さんの名古屋市近郊におけるムラサキツバメの話。去年一年間、名古屋市近郊で精力的にムラサキツバメ Narathura bazalus (Hewitson, 1862) を調査されたときの話だ。近年、北へ東へ分布を拡げているムラサキツバメだが、愛知県では、関東地方に比べるとやや遅れてやって来た感がある。しかし、大池さんらの調査の結果、名古屋市近郊では、既に広く分布していることが明らかにされた。この結果については、名古屋昆虫同好会の会誌『佳香蝶』に投稿いただいているので、今年中には公表されることになるはずだ。
 例会は21時までだが、名古屋21:31分発の津新町行きの急行に乗り損ねると、急行は10:01までない。その間に特急は2本も出るのだが。この時間帯のダイヤの組み方は、特急に乗りたくない人も何とか特急に乗せようとする近鉄の策略のように思える。21:10に外堀通のバス停からバスに乗ったが、渋滞もなく、7〜8分で名古屋駅のバスターミナルに着いた。しかし、そこから近鉄に乗るためには、JR名古屋駅前を横切って、かなり歩かなければならない。しかし、問題無く21:31発の急行に間に合った。この急行は、片側4つ扉のLCカーだった。この時間帯はクロスシートになっているが、5200系ほど座り心地は良くない。でも、ロングシートよりマシか。この急行は珍しいことに、津まで特急に抜かれない。そのためか、乗車時間は61〜62分ほどで、昼間より少し短い。それにしても、家にたどり着くと23時近くになってしまうので、毎月例会に出るのは躊躇する。やはり、夜はつらいのだ。

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2007年3月 9日 (金)

やっと返って来た論文

 ここ3日ばかり寒い日が続いていたが、今日は風も少し弱まり、暖かさが戻って来た感じだ。モンシロチョウ Artogeia rapae (Linnaeus, 1758) とモンキチョウ Colias erate (Esper, [1805]) も見ることができた。
 去年の年末に投稿した論文(難航していた論文とは別)がやっと査読から返って来た。ちょっと前までは郵便で送られて来たので、封を切るときはドキドキしたものだが、今は電子メールで結果が送られてくるので、その緊張感が無くなった感じがする。
 大筋では問題無いということだったが、細かい点でいろいろ指摘があり、修正しなければいけない。もともと短い論文で、しかも結論ははっきりしているので、だいたい予定どおりだ。しかし、この程度の論文の査読に2か月半もかかるということは、査読者も忙しいということなのだろう。今の世の中、業績評価の中に占める論文数の比率がますます高まっているので、論文に関わることでますます忙しくなるのは目に見えている。

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2007年2月16日 (金)

難航していた論文を投稿

 大きな仕事が一段落したところだったが、ちょうど拍子が良いことに、英文校閲に出していた論文の原稿が返ってきた。一度投稿して却下されていた論文を大幅に手直ししたものだが、今度こそ掲載まで持っていきたいところだ。
 書き直す前の原稿は、一応英文を見てもらっていたので、今度の原稿の修正箇所は少なかった。それでも、冠詞の間違いがたくさんあった。いつまでたっても、冠詞の使い方は身につかないようだ。もう一つは、副詞を入れる場所の間違い。これも、なかなかコツがわからない。
 論文の内容はカメムシの仲間の棲み分けを発見したことと、その種の学名を訂正する必要があるのではないか、ということ。さらに、それらが輪状種になっているのではないか、ということ。石垣島時代のネタだ。
 早速英文を手直しして、電子メールで投稿した。
 まだ論文になっていないデータがたくさん残っている。少しずつでも片付けていかなくては・・・・.

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2007年2月 4日 (日)

サミュエル・コールマン著『検証・なぜ日本の科学者は報われないのか』

サミュエル・コールマン著(岩舘葉子訳)
『検証・なぜ日本の科学者は報われないのか』
2002年4月10日発行 文一総合出版
ISBN 4-8299-0065-2

 書かれている内容を考えると賞味期限を過ぎているかも知れないと思ったが、図書館に行った時に目についたので借りてきた。
 内容は表題のとおりだ。著者はアメリカの文化人類学者。日本の研究機関に滞在して研究者にインタービューし、それをもとにまとめたものだ。分野は分子生物学に限られている。
 読み終えると、日本では「研究」ということを知らない官僚が予算を握っていることが、いかに研究の足かせになっているかということがわかる。原書が書かれたのは1999年だから、もう7年以上も前のことで、事態は変わってきているが、まだこの本で問題にされていることは、ほとんど解決していないように思われる。おそらく、自分が生きているうちに今のアメリカ並みになるとはとても思えない。
 この本を読んで初めて気が付いたことが随分たくさんあった。そのほとんどは、そういう仕組みになっているから、ということで諦めていたことばかりだ。この本を読んで、現行のシステムを変えていこうと努力していた人たちがいたことを知った。
 自分の回りの状況に照らしてみても、改善される余地があることがたくさんあることに気付かされる。外部のプロジェクト予算は年度当初には使えず、しかも2月までしか使えないのは不便で仕方がない。ひどいものでは8月まで使えない予算もあった。これでは、野外の仕事を主とする研究には、その研究にその予算がほとんど使えないことになってしまう。大いなる矛盾だ。
 そういうものだと諦めていたが、もっと声を上げなければいけないような気がする。

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2007年1月11日 (木)

キノコ研究アマプロ共闘

 2007年1月9日付け朝日新聞夕刊の科学欄の「新科論」のコラムで、「キノコ研究アマプロ共闘」という大見出しでキノコの分類の研究に関して紹介されていた。キノコの分類の研究は遅れているが、プロとアマが良い関係を築いて研究を発展させているとのことだ。これが本当のことであるのなら、大変うらやましいことだ。
 キノコほどでないにしても、昆虫の場合も、大きく目立つ種以外の分類は大変遅れていると言っても良いと思う。昆虫の場合、こと日本においては、プロは基礎科学や応用研究が中心になるので分類学者は限られており、害虫として問題になるような分類群ですら、その分類群によっては、アマに頼らざるをえないという情けない状態になっている。また、アマとプロの間に「壁」があるようにも感じられる。
 今は少し風向きが変わってきたような気もするが、プロの研究者になるつもりならアマを止めた方が良い、ということを良く言われた時期があったのは確かだと思う。自分はそれに逆らって、農業害虫に関する研究をしながらアマ活動を継続しているわけだが、いつかそれが吉と出る日が来るのではないかと期待している。特に若い世代に役に立てるようになりたいと思っている。具体的に何をしたら良いのかよくわからないが、同好会誌の編集を通して、何かできないものかと思っている。

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2006年12月 9日 (土)

昆虫学会東海支部講演会

 今日は第146回日本昆虫学会・第83回日本応用動物昆虫学会東海支部合同講演会に出席するため三重大学生物資源学部に出かけた。先月中旬以降、体調を崩して準備ができないかと思って本当に焦っていたが、何とか昨日の夜までに準備が間に合った。
 今日は石垣島に住んでいたときに調べていた、植食性のホシカメムシとそれを特異的に食べている捕食性のホシカメムシの生態についての話をした。持ち時間は1時間以上あったので、思うように話す事ができるかと思ったが、内容がやや幅広すぎたこともあり、あまり馴染みのない亜熱帯の植物と昆虫の話だったので、十分に理解していただけたとは思えない感じだった。やはり、準備の時間が足りず、話す内容を十分に吟味できなかったということのようだ。
 左が植食性のアカホシカメムシ、右がアカホシカメムシの仲間を特異的に食べるベニホシカメムシ。似ているのは偶然ではないはずです。
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2006年10月19日 (木)

キャベツの害虫の調査

 今月はじめに植えたキャベツで毎週3回ぐらいの頻度で害虫の調査をしている。はじめのうちは、モンシロチョウ Artogeia rapae (Linnaeus, 1758) の卵が目に付くぐらいだったが、ヨトウガ Mamestra brassicae (Linnaeus, 1758) の卵塊やキンウワバ類 (Plusinae) の卵も見つかるようになり、一部で孵化も始まった。
 キンウワバ類の種は、卵を見ただけではもちろん種名までわからないが、ここらで発生しているのはイラクサギンウワバ Trichoplusia ni (Hübner, [1803]) かタマナギンウワバ Autographa nigrisigna (Walker, 1858) のどちらかだと思う。
 まだ害虫の個体数が少ないので調査はそれほど時間がかからないが、これからどうなるだろう。

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2006年10月12日 (木)

性フェロモン成分による交信撹乱

 今日は、ガ類の性フェロモンによる交信を性フェロモン成分を使って妨害することによって、害虫であるガ類の幼虫による被害を減らそうという野外試験の調査を手伝いに行った。この野外試験には広い面積が必要なので、研究所の畑だけでは面積が少なすぎて試験にならないので、農家のキャベツ畑を借りて試験をしている。研究中のことなので、詳しいことを書くわけにはいかないが、農家の畑を借りている都合上、こちらの設計どおりの試験を行うわけにいかないことが多いので、なかなかはっきりしたことを言うのは難しいと感じた。これが思惑どおりにいけば、農薬の散布回数を減らすことができるはずなので、何とか良い結果を出せるようにしたいものだ。

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2006年10月 2日 (月)

オオカマキリに関する謎(1)

 酒井與喜夫さんが調べた新潟県にしても、安藤喜一先生が調べた弘前市にしても、本を読んだり話を聞いたりした限りでは、オオカマキリ Tenodera aridifolia (Stoll, 1813) がたくさん棲息しているようだ。自分が岩手県盛岡市に住んでいたときの印象では、カマキリ類はかなり珍しく、7シーズンで数回見た程度だった。
 このことからの推測だが、雪が多いことがオオカマキリが棲息することにとって好都合なのではないかと思うのだ。盛岡は寒いが雪はそれほど降らない。自分が過ごした8回の冬のうち、最も積雪が深くなった時でもせいぜい30〜40cmだったように記憶している。雪に埋もれてしまえば、それほど低い温度条件に曝されることは無くなるだろうが、埋もれなければ時には-20℃にもなろうとする厳しい低温に曝されることになる。さすがにこれでは休眠をもたないオオカマキリの卵にとっても辛いのではないかと思う。自分が調べるわけにいかないので、誰か調べてくれないだろうかと思っている。実は、もう誰かが調べてしまっているのかも知れないが。
 酒井與喜夫さんの本を読んでもう一つ気になるのは、オオカマキリの棲息環境のことだ。自分の印象では、オオカマキリと言えば原っぱに棲むカマキリで、木の上に棲むのはハラビロカマキリ Hierodula patellifera (Serville, 1839) だからだ。新潟県のオオカマキリは杉林が好きなのだろうか?

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2006年10月 1日 (日)

カマキリは大雪を知っていた

酒井與喜夫著, カマキリは大雪を知っていた. (社)農山漁村文化協会 人間選書250 ISBN4-540-03114-7.
 昆虫学会でこの本に書かれていることを批判した元弘前大学の安藤喜一先生の講演を聴いたのに、この本を見ないのは片手落ちだと思って図書館で借りて来て読んだ。
 読んでまず感じたのは、この本の著者のモノの見方は生物を見る人の見方ではない、ということだ。生物に身近に接している人なら、雪に埋もれてしまうとオオカマキリ Tenodera aridifolia (Stoll, 1813) の卵は本当に死んでしまうのだろうか、ということを疑うのはあたりまえだと思うのだが、この本の著者は越冬中の卵の生存率を全く調べていない。論理展開は、雪に埋もれた卵はすべて死んでしまう、という思い込みを前提としたものとなっている。
 卵嚢の高さと最深積雪の関係は87ページに示されているが、有意な相関がないので、相関が出てくるように様々な補正が施されている。このようなアプローチをしていることから、この本の著者の考えがカマキリの生態を明らかにしようという生物学的なものではなく、オオカマキリの卵嚢の高さから最深積雪を予測しようという、工学的なものであるということが伺える。それはそれで良いと思うのだが、カマキリが木から何かを感じている、などというところからは、もう完全に「トンデモ」の世界だと思った。科学というのは、客観的に評価できるデータをもとに論じなければいけない。
 生物を見るものの立場からすると、弘前では原っぱの草に卵を産んで、冬には雪に埋もれ、解けた雪の中から現れた卵が無事に孵化するオオカマキリが、何故新潟では高い木に卵を産むのか?というところが疑問になる。雪に埋もれた卵の方が埋もれなかった卵よりむしろ孵化率が高い、という安藤先生が示したデータも考慮して新潟のオオカマキリの産卵習性を理解したいところだ。

(以下2007年9月23日追記)
 安藤喜一先生は2007年9月15日から開催された日本昆虫学会第67回大会の2日目に、この本に書かれていることは間違いである、とはっきり断定する研究発表をされた。それに関しては以下の記事を読んでいただきたい。
「日本昆虫学会第67会大会2日目」(2007年9月16日記)

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2006年9月18日 (月)

昆虫学会3日目

20060918blog  台風は通り過ぎたが、朝方まで雨は少し残っていた。学会の会場の鹿児島大学構内のイチョウ並木は潮にあたって痛んでいる様子だ。風が吹いたのに雨はそれほど降っていないからなのだろう。
 午前中の一般講演が終了したあと、亜熱帯の昆虫の休眠のことが疑問になり、正木進三先生をつかまえて質問した。正木先生はもう定年退官されてから10年以上になるが、毎年学会に参加されて研究発表されている。マダラスズ Dianemobius nigrofasciatus (Matsumura, 1904) という小型のコオロギを材料にして昆虫の季節適応に関する生態学的な研究を長年行っておられる、世界的にも名が通っている超一流の研究者だ。今年の講演では、石垣島に分布するミナミマダラスズ Dianemobius fascipes (Walker, 1869) の休眠反応の発表をされたので、自分が石垣島に住んでいたときに観察した石垣島の機構と石垣島に棲む昆虫の生活史のことについていろいろ疑問を感じることがあったので、思い切って質問してみたのだ。自分の考えもいろいろ聞いていただいたのだが、亜熱帯の昆虫の休眠については、まだ研究事例が少ないので、これから明らかにしなければいけないことが多いというところで見解が一致したと理解した。
 午後からは「ファーブル昆虫記とその後の100年」のシンポジウムに参加した。北海道大学総合博物館、国立科学博物館、滋賀県立琵琶湖博物館、兵庫県立人と自然の博物館、北九州市立自然史・歴史博物館、フランス国立自然史博物館の共同企画で行われるファーブル展を宣伝する意味もあるシンポジウムだ。これまでのファーブル展と言えば、ファーブルを無条件に賞賛する内容のものばかりだったが、今度のファーブル展は、ファーブル昆虫記をなるべく客観的に評価した展示内容にするということのようだ。開催されるのは来年秋からという予定のようだが、早く見たいものだ。
 最後は「半翅類学会」の小集会に出席した。とくに講演はなく、自己紹介を交えて様々な情報交換をした。予定の時間が過ぎると場所を居酒屋に変えて懇親会に突入し、夜遅くまでとりとめもない話をした。カメムシ、ウンカ、ヨコバイの話ばかりでなく、人類はあと何年生き延びられるだろうか、などと。

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2006年9月17日 (日)

昆虫学会2日目

20060917blog  朝起きると風は少し強いものの、雨もほとんど降っておらず、学会の会場に向かうのに全く支障はなかった。しかし、鹿児島大学の会場の建物の近くにイチョウの木が生えており、その下に実が落ちていたのは、風が強かったせいかも知れない。風が強くなったと感じたのはお昼少し前だった。今日の一般講演は2時過ぎまでで、2時半からはシンポジウムだった。シンポジウムの会場に入る頃には、風は相当強くなっていた。
 シンポジウムのテーマは「日本列島をめぐる昆たちの移動と分布変動−この調査におけるプロとアマチュアの役割−」ということで、3名から話題提供があった。いずれも興味深いものだったが、最後の「アサギマダラの移動調査をめぐって」という福田晴夫さんの講演は、プロでもありアマチュアでもある自分にとって、参考になることが多かったように思えた。
 夕方の小集会は「地表性甲虫談話会」に出席した。地表性甲虫談話会の会員になったのはもうずいぶん前のことだが、これまで昆虫学会の小集会では「昆虫の季節適応談話会」に出ていたので、今回で10回目を数える昆虫学会の小集会に参加したのは今回が初めてだ。野村周平さんのニュージーランドのアリヅカムシの話も面白かったが、自分の仕事と共通点の多い山下伸夫さんの「農業環境におけるゴミムシの活動消長と雑草種子食の評価」の話は非常に興味深いものだった。ゴミムシ類の生態がまだほとんど未解明であるという現状が再確認されたと思う。農業環境に出現するゴミムシ類だけでも、早く生態を明らかにしていきたいものだ。小集会のあとは会場の近くの居酒屋に場所を移したが、十分意見の交換をすることができたと思う。
 居酒屋を出る頃にはやや風も弱まっていた。街路樹の枝が折れているところもあったが、それほど被害らしいものは目に付かなかった。台風はもう遠くに行ってしまったのだろう。しかし、ホテルに戻ってテレビを見ると、九州のあちこちで被害が出ていたようだ。

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2006年9月16日 (土)

昆虫学会1日目

 朝ホテルでテレビのニュースを見ていると、台風13号が西表島を通過したとのことだ。中心付近の気圧は925hPa。強烈だ。西表島の上原では瞬間最大風速が69.9m/sを記録したとのこと。石垣島でも65m/sを越えたらしい。1997年4月から2004年3月までの7年間石垣島で暮らしたが、これほど強い台風は経験したことがない。今回の台風を含め、島を離れてから何度も強い台風が八重山地方を襲っているが、何だかちょうど強い台風がなかった期間だけ石垣島で暮らしていたような気がする。今回の台風は、中心付近の勢力は強いが、暴風域は半径150kmほどということでそれほど広くはないし、速度もそれほど遅くはないので、暴風で家に閉じ込められる時間はそれほど長くはないのではないかと思う。
20060916blog  学会の会場の鹿児島大学には路面電車で出かけた。電車に乗ると、学会に参加する人が何人も乗っている。一般講演が始まる30分ぐらい前には会場に到着。これから色々な発表を聴けると思うと心が踊る。
 午前中の一般講演の中の一つ。弘前大学を退官されてもう何年にもなる安藤喜一先生の「『オオカマキリが高い所に産卵すると大雪』は本当か?」を聴いた。安藤先生は定年退官された後も毎年のように学会で発表されている。安藤先生の発表は身近な昆虫を材料にした研究が多く、しかも常識や定説というものを疑っていて、いつも大変面白い。今年の発表もそうだ。40年間オオカマキリ Tenodera aridifolia (Stoll, 1813) の産卵場所を調べ、『オオカマキリが高い所に産卵すると大雪』という"定説"を確かめた人が本(『カマキリは大雪を知っていた』酒井與喜夫著、農村漁村文化協会刊、ISBN: 4-540-03114-7、2003年10月5日初版発行)を出して、しかも大変売れているそうだが、その"定説"を疑ったのだ。オオカマキリが大雪の年に高い所に産卵する理由として、大雪に埋もれてしまうと卵が死んでしまうので、それを避けるためだ、というのが暗黙の前提として存在している。この暗黙の前提は実は怪しいのではないかと、自分も前々から思っていたが、安藤先生はこれを野外で調査をして、実際に確かめたのだ。その結果は、「雪に埋もれていた方がむしろ孵化率が高い」というものだった。となれば、大雪の年にオオカマキリが高い所に産むとすれば、わざわざ孵化率を下げるようなものなので、そのような性質が進化する理由がないのだ。普段は自然のことに見向きもしないような一般の人は、人間が感じることができない何かをオオカマキリが感じて、それによって産卵場所を変えるという"定説"を「40年かけて調べた」という根気を評価したのかも知れないが、それは科学的な態度とは言えない。やはり、適切な方法によって採られたデータを誰にでも納得できるように解釈するのが、科学的な態度だ。
 午後の一般講演の最後は、自分の講演だ。いつもは生態学のセクションで発表するのだが、今回は初めて進化のセクションでの発表だ。シロジュウジカメムシ類(Dysdercus decussatus 種群)が輪状種ではないのか、という内容だ。聴衆の数はまずまず。学会発表の数を重ねてくるにつれ事前の発表練習をしなくなってしまい、本番では時間がなくなったりして考えたとおりに話すことができなくなってしまうことが多くなっていたが、今日は全く練習をしていなかったにもかかわらず、だいたい話したいことは話すことができた。社交辞令かもしれないが、何人かの人からは「面白かった」と言っていただけたので、素直に喜びたいと思う。
 夜は懇親会。様々な薩摩焼酎が並んでいる。飲む人にはたまらないだろう。自分はほとんど下戸なので、宴会はあまり好きではないのだが、色々な人と話ができるのは、やはり貴重な場所だ。Sさんの一般講演のときに質問したことがちょっと舌足らずだったので、懇親会の場でもう一度話をした。ま、それはそれでよかったのだが、そのSさんから、ひょっとしたら「○○○○」(本の題名)に出ている人じゃないですか、と言われてたじろいでしまった。確かにそうだから否定のしようが無いのだが、Sさんのような人から言われるとは思ってもいなかったのだ。ま、それはともかく、料理に奄美の鶏飯が出て来たのは嬉しかった。
 ホテルに帰り、シャワーを浴び、これを書いていると急に大粒の雨が降って来た。明日は台風が来そうだが、少しでも遠くにそれて欲しいものだ。

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2006年8月25日 (金)

ハサミムシの新種

 休み開けで職場に出勤すると、日本生物地理学会の欧文誌"Biogeograpy" Vol. 8 が届いていた。早速眺めてみると、南西諸島に分布するクロハサミムシ科 Spongiphoridae に属する2種のハサミムシを新種として記載する西川勝さんの論文が掲載されていた。昨日ハサミムシを話題に出したばかりだったので、何とタイミングが良いことか。
Chaetospania_hexagonalis_1 Spongovostox_sakaii_1  新種はヒナハサミムシ Chaetospania hexagonalis Nishikawa, 2006 とサカイヨツボシハサミムシ Spongovostox sakaii Nishikawa, 2006 の2種だ。「サカイ」とは、一昨年亡くなったハサミムシの分類学者の酒井清六先生のことだ。この論文の研究のために、自分が所有していた標本を西川さんに使っていただいていたが、そのいくつかがそれぞれの種の副模式標本に指定されていた。正模式標本と多くの副模式標本は東京農業大学に納められることになるが、自分が所有していた標本は大阪市立自然史博物館に納められることになる。
 ヒナハサミムシは奄美大島と沖縄本島から、サカイヨツボシハサミムシは奄美大島だけから知られている。両種とも小型で、朽木の樹皮の下側に棲息しているので、そのつもりで探さないと見つからない。
 屋久島と男女群島男島のムカシハサミムシが Challia fletcheri Burr, 1904 ではないことがわかり、新種 Challia imamurai Nishikawa, 2006 として新種記載されたので、日本のハサミムシに残る次の大きな分類学上の問題はハマベハサミムシ Anisolabis maritima (Bonelli, 1832) とその近縁種に関わるものになったと言えるだろう。

参考文献

  • Nishikawa M. 2006. Notes on the Challinae (Dermaptera, Pygidicranidae), with description of three new species from China, Korea and Japan. the Japanese Journal of Systematic Entomology 12: 17-38.
  • Nishikawa M. 2006. Two new species of the family Spongiphoridae (Insecta, Dermaptera) from the Ryukyus, Japan, with notes on the late Dr Sakai's work on Dermaptera in 1999. Biogeography 8: 25-34.

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2006年8月22日 (火)

アサギマダラの移動

 NHKテレビの「クローズアップ現代」でアサギマダラ Parantica sita niphonica (Moore, 1883) の移動の調査について取り上げられた。自分も、アサギマダラが長距離移動をすることが明らかになった四半世紀以上前から興味をもっていたが、実際に調査に参加するようになったのは、アサギマダラが身近に見られる石垣島に住むようになってからだ。石垣島に住んでいた頃、和歌山県と高知県でマークされたアサギマダラをそれぞれ1頭ずつ捕獲したが、遠くから飛んで来たことを自分の目で確かめることができて、やはり感慨深いものだった。
 今日のような番組で取り上げられるようになったということは、やや意外ではあったが、アサギマダラのマーキング調査が一部の愛好家だけでなく、一般の人にもそれだけ浸透していったということだのだろう。近年調査に参加する人が増えて、ますますデータが厚くなってきたと思う。
 自分はかねてから、アサギマダラの移動の主な要因は季節風による「風任せ」であろうと主張して来たが、数年前まではほとんど理解されていなかったように思う。今日の番組では、奄美大島から鹿児島県指宿への2日間での移動が、そのときの気流によると考えられるという説が紹介されており、自分の考えが間違っていないのだという自信を強めた。もちろん、風任せだけではなく、陸上では地形や吸蜜のための植物の存在も重要な意味を持っているだろう。
 アサギマダラの生態というと、成虫の移動の問題ばかりに焦点が当てられるが、幼虫の餌の問題、天敵の問題等を総合的に考察することにより、さらにアサギマダラの生態の本質に迫ることができるだろう。アサギマダラの移動に興味をもってマーキングに参加することからアサギマダラの問題の解決に参加するようになった一般の人たちのなかから、さらに深くアサギマダラの生態、さらには他の様々な昆虫の生態に興味をもってくれる人が出てくること祈りたい。
 今日の番組では、参加しているメーリングリストで名前だけを知っている人がたくさん登場した。電子メールの文字だけ見ているのと、顔がわかるというのでは、大きな違いだ。それはともかく、こちらに転居してからアサギマダラに接する機会が少なくなってしまっているが、何とかもう少し参加できるようにしたいものだ。

参考文献

  • 河野勝行. 2000. 八重山のアサギマダラ.昆虫と自然 35 (6): 18-22.

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2006年8月14日 (月)

学会のプログラム届く

 9月16日から鹿児島大学で開催される日本昆虫学会第66回大会のプログラムが届いた。大会は3日間だが、その初日に発表の時間があたった。懇親会の前に発表が済むので、たいへん気が楽だ。
 今まではすべて生態や生活史のセクションで発表していたが、今回は初めて系統・進化のセクションで発表する。おそらく、今まで聴きにきてくれた人とは違った人が来てくれるのではないかと思うので、ちょっと楽しみだ。
 小集会は2日目と3日目の夕方だ。2日目は地表性甲虫談話会と昆虫の季節適応談話会が重なってしまった。はしごをして聴きたいところだけ聴く、ということになるかも知れない。3日目は半翅類学会に出るつもりだが、南西諸島の生物地理をテーマにした鞘翅学会も気になる。いつも思うことだが、小集会の時間をもっととって、聴きたいのが重ならないようになって欲しいものだ。
 宿泊は鹿児島中央駅に近いビジネスホテルをインターネットで予約した。異様に安い値段だったので、ちょっと心配だ。去年の岡山での大会のときの宿泊も安いビジネスホテルだったが、特に不満はなかったので、今度もおそらく大丈夫だろう。今回は九州新幹線ができてから初めての鹿児島なので、新幹線を利用して行きたいが、飛行機を使え、などと言われるかも知れない。飛行機が特に嫌いなわけではないが、自分の中のテツ分が新幹線を使いたいと言っているのだ。

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2006年8月 7日 (月)

シマトネリコの樹皮をかじるカブトムシ

 Journal of Ethology Vol. 24, No. 3 が届いた。かなり個人的な理由だが、冒頭の論文にはちょっと衝撃を受けた。その論文の主な内容は、カブトムシ Allomyrina dichotoma Linnaeus, 1771  がシマトネリコ Fraxinus griffithii CB Clarke の樹皮をかじって、樹液をなめる、というものだ。極端に言ってしまえば、ただそれだけだ。
 カブトムシと言えば、普通は他の昆虫などによってつくられたクヌギ Quercus acutissima Carruth やコナラ Quercus serrata Thunb. ex Murray などの樹皮の傷から滲み出す樹液をなめるのが普通だが、腐った果実にも来るから、食性が狭いというわけではない。しかし、自分で植物に傷をつけて、そこから滲みだす樹液をなめるというのは、新しい知見だということらしい。
 実は、もうかなり昔の話だが、岩手県雫石町に自生するデワノトネリコ Fraxinus japonica Bl. var. stenocarpa (Koidz.) Ohwi. の細い枝に集まる多数のカブトムシを見たことがある。よく見てみると、カブトムシが自分でかじった樹皮から滲み出す樹液をなめていた。そのときは、そういうこともあるもんだ、と思って、特に目新しいことだとは思わず、どこかに報告しようなどとは考えもしなかった。しかし、実は新しい知見だったらしい。これが報告になっていれば、自分が発見者ということになっていたことになるが、そうとは思わなかった自分が不勉強だったのだから仕方がない。
 この論文では、調査地の京都では在来ではないシマトネリコが摂食の対象になっていたが、自分が観察したのも、シマトネリコと同じトネリコの仲間のデワノトネリコだ。トネリコの仲間の樹皮には、カブトムシにとって魅力的な何かが含まれているのではないだろうか、と思う。
 カブトムシのかじりとり行動の映像は動物行動のデータベースのサイトで見ることができる。
http://www.momo-p.com/showdetail-e.php?movieid=momo050525td01a
 この論文ではカブトムシの学名が Trypoxylus dichotomus septentrionalis になっていたが、どちらが有効なのか、自分にはよくわからない。

参考文献

  • Hongo, Y. Bark-carving behavior of the Japanese horned beetle Trypoxylus dichotomus septentrionalis (Coleoptera: Scarabaeidae). J. Ethol. 24: 201-204, 2006.

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