池田清彦著『生物多様性を考える』
池田清彦著『生物多様性を考える』
中公選書
ISBN978-4-12-110009-2
1,300円+税
2012年3月10日発行
214 pp.
目次
はじめに
第一章 生物多様性とは何か
ローゼンの提唱/プロパガンダのためのキャッチコピー/生物多様性一般は科学的に記述できない/自然をコントロールしたいという欲望/三つの概念
1.種多様性
アーウィンの推定/種とは何か/異所的種分岐への疑問/種が融合しない場合/無性種という存在/同所的種形成の例/グループによる種数のばらつき/衰退していくグループ/多様性の極点に達した現在/カンブリア紀以降、新しい門は創設されていない/複雑化したシステムは単純になるのが難しい/アトラクタの数と安定性
2.遺伝的多様性
アイルランドの大飢饉/単為生殖だけで生き続けている分類群/遺伝的多様性は種の歴史と生態の繁栄/亜種を考える/遺伝子組み換え作物の問題
3.生態系多様性
生産者、消費者、分解者/シアノバクテリアの登場/カンブリア大爆発/恒常力、抵抗力、復元力/オーストラリアと日本、海と陸上/日本におけるアゲハチョウの分布/異なる出自をもつチョウたちの共存/小笠原諸島の固有種/オーストラリア五生物地理区の蝶相/里山によって増す生態系多様性/種の多様性を決めるもの/マッカーサーとウィルソンの仮説/南米大陸と北米大陸の哺乳類たちの交流/なぜ熱帯の種多様性は高いのか/能動的適応
第二章 生物多様性の保全とは何か
保全論が抱く“都合のよさ”/どれを優先するかにつきまとう“好み”の問題/人間非中心主義と人間中心主義/リベット論のウソ/野生のトキを復活させる。これはすばらしいことなのか/生息地の保護がとりわけ重要/ヨナグニマルバネクワガタの事例/偶然の僥倖をあてにしてはいけない/人間による関係改変がすべての種にとって悪いわけではない/栽培種ならよく野生種はタメ、は暴論/10万キロ車を走らせると100万頭の昆虫を殺すことになる/一夜にして失踪するミツバチ/林道は舗装しないほうがいい/キーストーン種とアンブレラ種/持続可能な範囲での捕獲は問題ない/遺伝子汚染論を批判する/交雑が怒れば、絶滅確率は減る/トキの二の舞?/あちらを立てればこちらは立たず/外来生物の定義に“正しさ”求めるのは無意味だ/イネは日本の自然史上最悪の外来生物?/ホソオチョウとアカボシゴマダラの場合/礼文島の自生ラン/おいしい料理の材料になれば……/在来生物にとって救いの神となった「要注意外来生物」食物連鎖の中に組み込まれた外来生物/小笠原で最も目立つ外来生物三種/観光客とともに外来生物も増加/里山を残すのは人間のため?/里山の手入れをどうするのか/34の生物多様性ホットスポット/ヤスニIIT計画/生態系の中の異質性<1.海岸線や湖岸、川岸の保全 2.都市公園等の管理された人工生態系における立枯れ等の放置 3.小規模の湿地環境を維持すること>/野生生物が大増殖した場合/人為的な関与は必要だ
第三章 生物多様性と国際政治
ラムサール条約/CITESは種の保護のための条約/政治に翻弄される締約国会議/CITESと昆虫/エスノセントリズムの害/生物多様性条約/遺伝子組み換え生物/過度に喧伝された危険性/何千年にわたる先人たちの賜であるはず/ターミネーター遺伝子とABS問題/開発の免罪符となり得る生物多様性オフセット/なさけない、しかし本当のことである結論
おわりに
三重県立図書館にリクエストしたら、「本館では3月に本書を購入しないと判断したので、他館から借ります」という返事をもらい、届いた本を見てみたら名張市立図書館の蔵書だった。
本書には武田邦彦著『生物多様性のウソ』のように、「『生物多様性』なんていうのは政治的なもので科学的にはいいかげんなものだから深く考える必要はありませんよ」ということが書かれているわけでもなく、多くの「生物多様性」という主題について書かれている本のように「よくわからないけど、とにかく『生物多様性』は大切だから守りましょうね」ということが書かれているわけでもなく、「『生物多様性』とは何か」ということを、その起源に遡って考え直してみよう」というスタンスで書かれているところが、「生物多様性」について書かれている他書と異なり好感が持てる。
書かれている内容については、目次を見ていただくだけでかなりのことがわかるのではないかと思う。
本書では「種とは何か」という根源的な問いから始まって、一般に言われている生物多様性の三つのレベル、すなわち「種多様性」、「遺伝的多様性」、「生態系多様性」について、かなり深いところまで、しかし一般の人にも分かり易く考察されている。また、生物や生態系の保全『生物多様性』の政治的な側面についても幅広く解説されている。
ボク自身もそうであったが、「生物多様性」というのは、科学的に説明し難いだけでなく、自分の頭で整理して考えるのも難しい概念であった。しかしここで、「生物多様性一般は科学的に記述できない」と断言されてしまうと、自分が科学的に理解しようとしていたのが徒労であることがわかり、自分が理解できないのが当然であったのにも納得できる。
ここに書かれている生物進化に関することは、池田氏や去年亡くなった柴谷篤弘氏が主張している(一般的には主流ではない)構造主義生物学的な考え方(ネオダーウィニズムでは「『種』は実在しない」ということになるのに対して、構造主義生物学的な考え方では「『種』は実在する」ということになる)が前面に出ており、ネオダーウィニズム一辺倒の生物進化に関する理解しかしていないと、少々納得しづらいところがあるかも知れない。
それはともかく、本書では「生物多様性」が科学的な命題ではなくすぐれて政治的な問題であり、環境保護原理主義や外来種排除原理主義を鋭く批判し、現実的な考え方で(莫大な税金を使って中国から導入したトキを増殖することに対しては批判的であるし、コストとかけたコストから得られる利益との関係を考慮して)種なり遺伝子なり生態系なりを保全しようという考え方が主張されており(池田氏は基本的には環境は大きく変わらないのが望ましいと考えている)、多くの人に対して説得力を持つのではないかと思われた。
さて、本書には多くの書籍なり論文なりが引用されているが、文献リストがないのは不便である。一般向きの書籍とは言え、文献リストを付けて欲しいものである。
引用されている文献として、池田氏の著書『「進化論」を書き換える』も構造主義生物学的な考え方をより深く理解するために読まなければいけないかも知れない。
とまれ、本書は「『生物多様性』とは何か」という点について総括的に解説されているので、三重県立図書館にも蔵書していただきたいものだと思った。
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