音楽

2011年5月 9日 (月)

楽譜が届いた(2011年5月9日)

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 今年は学生時代に所属していた合唱団の定期演奏会が第50回目になる。50回の記念ということで、OB・OGを含めた合同ステージが予定されている。
 仕事の都合がどうなるかわからないが、とりあえず飛び込みの参加は不可能ということなので、参加するという返事をしておいた。
 それで届いたのがこの楽譜である。モーツァルトの「戴冠ミサ曲」。まだ歌った事はないが、何度も聴いたことのある曲なので、もう長いこと合唱から遠ざかっているとは言え、譜読みは容易だと思う。声を出す訓練もしていないが、たぶん声も出ると思う。

京都大学音楽研究会ハイマート合唱団 第50回記念定期演奏会  
(OBOG合同ステージ)モーツァルト「戴冠ミサ曲」他
2011年12月18日(日) 16時半開演予定 
    兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
    指揮/伊吹新一 他

 まあ、ボチボチとその時に備えておきたいと思う。

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2011年2月15日 (火)

井上陽水 Tour 2011 Powder@三重県文化会館大ホール

 そこそこの歳になってからはクラシックを中心に聴くようになったが、中学生時代はギターをかかえてフォークソングを歌っていた。その中のお気に入りが小椋佳と井上陽水だった。井上陽水とはたまたま誕生日が同じである。
 今日はその井上陽水のコンサート。なぜか井上陽水にはまった中学生の三男坊が新聞の広告に出ているのを見つけてチケットを買ってあった。長男と次男は興味がなかったので、妻と三男坊と三人で出かける予定だったが、妻がインフルエンザでダウンしてしまったので、三男坊と二人で出かけた。
 クラシック系のコンサートには何度も行ったことがあるが、ポピュラー系のコンサートは生まれて初めて。途中にトークなども挟まれていたが、2時間近くも休憩なしで歌い続けた。ぼくが中学生時代に聴いた曲から新しい曲まで20曲近く。井上陽水の歌の歌詞も若々しいが、とても62歳とは思えないエネルギーだと思った。
 初めてのポピュラー系のコンサートだったのでどんなものかと思ったのだが、照明などの演出も効果的でよく考えられて作られていると思った。客の盛り上がり方もクラッシック系の音楽とは全然違う。井上陽水の歌そのものが良いからだと思うが、ポピュラー系も悪くないと思った。

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2011年1月 9日 (日)

2011年名古屋昆虫同好会総会・葛谷健さんの講演

 一昨年の虫供養と去年の総会と虫供養を欠席してしまったので、名古屋昆虫同好会の行事に参加するのは2009年の総会以来である。毎月の例会もあるが、夜の例会は帰りが遅くなるので、行こうと考えたことはない。
 例によって、せっかく名古屋まで出かけるので、ついでに他の用足しと余計なことも。まずは地下鉄の乗りつぶし。まだ乗ったことの無い桜通線の中村区役所方面へ。すぐに戻り久屋大通で名城線に乗り換え、上前津まで。大須の沖縄物産品店「にらい」にて「沖縄そば屋さんのBGM」のCDを見つけ、思わず買ってしまった。ついでにルートビアも。ここから鶴舞線の大須観音駅から御器所まで乗り、再び桜通線。目的地の吹上とは逆方向の野並行きに乗り終点まで。一旦外に出て、そのあたりで食事をしようかと思ったが、気に入った店が見つからず、再び野並駅に戻り、目的地の最寄り駅の吹上に。地上に出たところ、目の前にいわゆる麺類丼物一式の店があったので入る。あまり空腹ではなかったのできしめんを単品で注文。480円也。けっこう美味しく、汁も飲み干してしまった。その店を出て会場の吹上ホールへ向かっていると、信号待ちをしているときに後ろから来たAさんとIさんに声をかけられ、一緒に会場に。
 総会は会長の挨拶に始まり、会務の報告と事業計画案の承認。そのあとは今日のメインイベントである自治医科大学名誉教授の葛谷健さんの講演である。演題は「1960年頃までの東海地方のチョウ類」。葛谷さんは名古屋出身で昭和一桁の生まれであり、旧制中学までを名古屋で過ごされている。旧制高校に進学して東京に移られてからもしばしば東海地方で昆虫の調査をされている。今日の話題はその当時の話である。時代としては1948年ぐらいから1960年ぐらいまでのことである。
 その当時はあちこちに昆虫同好会ができ、各地で昆虫相の解明が進むとともに、チョウの生活史が次々と解明された時代である。ぼくが中学生になって名古屋昆虫同好会に入会した頃、ぼくは主にチョウを集めていたが、その頃には日本産のほとんどのチョウの幼虫期の生態が解明された後であり、生態を解明するというワクワクするような現場に立ち会うことはもうほとんど不可能になっていた。そのワクワクする時代に葛谷さんは立ち会うことができたわけであり、戦後の混乱もあって大変だったかも知れないが、虫屋としては羨ましい時代を生きられたことだと思う。話される内容には、「これは○○で初めて採集された個体だと思います。」という言葉と一緒に示されるチョウがいくつも紹介され、「××の幼虫を見つけたのは私が最初だと思います。」とかいう言葉があり、羨ましく感じられた。チョウの研究をしているアマチュアなら知らない人はいないと思われる磐瀬太郎さんとの交流の話も羨ましく感じられた。
 今は愛知県ではほとんど幻になってしまったヒメヒカゲが東山公園で採れたとか、その東山公園にはまだギフチョウがいたとか、今では想像できない話ばかりで、本当に羨ましく思えた。
 ちょっと話を変えるが、チョウと違ってカメムシはまだまだ生態の解明が進んでいない。ぼくがカメムシに惹かれるのは、生態の解明ワクワク感を感じることができるから、という理由も大きいと思う。そういうワクワク感を感じたい人はカメムシを研究したら良いと思う。
 話を元に戻す。2009年の総会のときの高橋昭さんの講演もそうであったが、ワクワクする現場に立ち会われた人の話を本人の口から直接聞くことのできる機会はなかなか無いので、名古屋まで出かけた甲斐があったというものである。
 久しぶりの名古屋昆虫同好会の行事への出席だったので、参加者の顔と名前の半分ぐらいしかわからなかった。昔からの人はある程度わかるが、全く分からない人も多数。今日は例会とは異なって「一人一話」が無いので、結局顔と名前が一致しない人が多数残るということになってしまった。まだ若い人(女の子もいたのにはびっくりした)もチラホラといるので、そういう人はもっと増えて欲しいと思う。
 会のあとは新年会が計画されていたが、帰りが遅くなるのも辛いので、失礼して帰宅した。地下鉄桜通線で名古屋まで出て近鉄名古屋駅まで行ったら伊勢中川行きの急行が見えたので急いで切符を買って電車に向かったが、まだドアが空いていなかった。まもなくドアが開いて乗り込んだが発車時刻の17:21までにはしばらく時間があった。その間に17:10発の賢島行きの特急が発車した。名古屋から津までの間でほとんどの急行はあとから来た特急に追い抜かれる。これは津まで870円の特急料金を払わせようとする近鉄の魂胆に違いない。この急行は近鉄弥富で特急に抜かれたと思ったら、近鉄四日市でもまた特急に抜かれた。当然のことながら気分はよくない。それでも、以前より一駅近くなり、駅から家までの距離が近くなったので、18時30分頃には帰宅することができた。

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2010年8月20日 (金)

現地視察と東京への移動(2010年8月20日)

 今日はバスに乗って、現地試験をしている圃場の視察である。
 まずは、昨日会議をやっていた東北農業研究センターの中のダイズの圃場。就職したばかりの頃、仕事をしていた畑なので懐かしい。
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 昔、ぼくがいた研究室の担当で圃場を管理してくれていたTさんの顔を見る事もできて嬉しかった。
 次は、岩手山の麓のキャベツの圃場。滝沢インターから松尾八幡平インターまで高速道路に乗る。牧草地ばかりが目立ったが、忽然と現れた広大なキャベツ畑。いろいろと説明を受ける。
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 この場所では、エゾゼミとアブラゼミの鳴き声が聞こえた。エゾゼミの鳴き声を聞くと、高原にいる気分である。
 帰りは西根インターから高速道路に乗り、盛岡インターまで。11時半頃、盛岡駅で解散。
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 駅で帰りの特急券を買おうとしたら、速達の「はやて」と「こまち」は全部満席。「やまびこ」の指定席は空いていたが、「やまびこ」には自由席があるので、経費節約のため、自由席の切符を買う。
 まずは、食事。会議に一緒に参加したIさん、Yさんと一緒に、盛岡駅前の「ぴょんぴょん舎」で盛岡冷麺を食べる。この店の盛岡冷麺は、「もりしげ」のものとは違い、万人に勧められる味である。
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 13:10発の「やまびこ」は、盛岡を出るときには、自由席にも相当余裕があったが、だんだん混雑してきて、宇都宮では立ち客が出始めた。
 上野で下車し、秋葉原へ。電子部品屋などをぶらつき、最後に石丸電気の最上階のCD & DVD売り場へ。独身の頃にはよくここに来たものだが、盛岡を離れてからは行く機会がなくなったので、17年ぶりぐらいである。何も買わないのもナンなので、フィッシャー=ディースカウのマーラーの歌曲のCDを1枚買った。落語のCDの売り場も見たが、ここに来るべきではないと思わざるをえなかった。上方落語のCDは少なく、米朝と枝雀が多少充実していたぐらいだった。どう見ても実力が上だと思われる吉朝のCDは1枚もなく、その弟子の吉弥のCDが何枚かあった。吉弥の人気は、やはりテレビの影響だろう。
 夕食は近所安いカレー屋で済ませ、新御茶ノ水の駅まで歩いて千代田線に乗り、宿の「南青山会館」のある表参道へ向かった。

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2010年6月23日 (水)

2010年・沖縄慰霊の日と「月桃の花」

今朝、長男がYouTubeのこの動画を見ながら、音楽に合わせて歌を歌っていた。
「月桃の花」

今日は沖縄慰霊の日。
長男は小学校をずっと石垣島で過ごしていたので、毎年この歌を歌っていたのだろうと思う。
6番まである長い歌詞だが、全部覚えているようだった。
石垣島を離れて6年以上になるが、小学校のときに覚えたものは忘れないのかも知れない。

1.月桃ゆれて 花咲けば
  夏のたよりは 南風
  緑は萌える うりずんの
  ふるさとの夏
2.月桃白い花のかんざし
  村のはずれの石垣に
  手に取る人も 今はいない
  ふるさとの夏
3.摩文仁の丘の 祈りの歌に
  夏の真昼は 青い空
  誓いの言葉 今も新たな
  ふるさとの夏
4.海はまぶしい キャンの岬に
  寄せくる波は 変わらねど
  変わるはてない 浮世の情け
  ふるさとの夏
5.六月二十三日待たず
  月桃の花 散りました
  長い長い 煙たなびく
  ふるさとの夏
6.香れよ香れ 月桃の花
  永久(とわ)に咲く身の 花心
  変わらぬ命 変わらぬ心
  ふるさとの夏

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2010年5月23日 (日)

第十七回日本雅友会三重定期公演@三重県文化会館中ホール

 知り合いからチケットをいただいたので、第十七回日本雅友会三重定期公演に行ってきた。
 普段は、というより、生まれてこのから雅楽にはほとんど縁が無かったので、どこをどのように見たり聴いたりしたら良いのかがわからなかった。衣装は奇麗だと思ったが、音楽にしても舞いにしても、自分の国のものであるという感覚を持てなかった。
 ぼくが生まれたときには、既に日本古来のものが廃れ、西洋から入ってきたものが幅を利かせていたのだから、日本古来のものがエキゾチックに感じられたのも仕方がないのかも知れない。

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2010年4月29日 (木)

『三重 男声合唱合同演奏会』@津リージョンプラザお城ホール

 「三重 男声合唱合同演奏会」という演奏会に妻と二人で行ってきた。
 合唱から離れて久しいが、どこかで歌ってみたいという欲求はある。今はとくに男声合唱をやってみたいという気分である。そんなわけで、合唱団の品定めというわけでもないが、行ってみることにした。
 出演したのは以下の4団体で、演奏順。最後に合同演奏があった。
 ・男声合唱団わをん
 ・潮合唱団
 ・アンサンブルGG
 ・男声合唱団がまの会

 どの合唱団も年齢層が高かった。もしぼくがその中に入れば完全に若手になることは間違いない。
 しかし、どの合唱団も楽しそうに歌っていた。まあ、技術的にはそれほど高いとは思えなかったが、それよりも「楽しく歌う」ということの方が大切だと思う。
 一番楽しそうだったのは「男声合唱団がまの会」による男声合唱組曲「おおさかグラフィティー」からの3曲。パフォーマンスがあるところはバーバーショップに通じるところもあると感じた。
 会場では思いがけず職場のKさんに会った。Kさんも昔合唱団で歌っていたとのこと。Kさんはぼくより若いが、ぼくやKさんの年齢層では、マジメに合唱団で歌うのは、仕事や家庭のことを考えると、なかなか障壁が高いので、実際に歌うのは難しそうだ。
 会場はほぼ満席だったが、コンサート慣れしていない人が多そうな感じだった。途中で携帯電話が何度も鳴って、演奏している人がかわいそうに思えた。携帯電話を使っている人は、もっと注意して欲しいですね。

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2010年4月18日 (日)

「のだめカンタービレ最終楽章 後編」を見てきた

 昨年の12月20日に「のだめカンタービレ最終楽章 前編」を見たが、昨日封切られた「後編」を今日見てきた。映画館に行ったのは、今年になってからは、これが初めてである。
 かなりドタバタのところもあるが、笑いあり、涙ありで、楽しめたし、音楽がいっぱいで、何より安心して見られる映画だと思う。
 これでとりあえず、全編完結というところで、満足いたしました。

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2009年12月20日 (日)

3日連続『のだめカンタービレ』三昧

 一昨日と昨日の夜のテレビを見たのに続いて、今日、映画館に行ってきた。
 「のだめカンタービレ最終楽章 前編」
 以前、連続テレビドラマとして放映されていたときも毎週観ていたが(テレビをあまり観ないぼくとしては例外的なことだ)、面白さが期待できたので、導入編とも言えるテレビ番組とともに、昨日封切られたばかりの映画を観に行った(映画をあまり観ないぼくとしては例外的なことだ)。
 期待に違わず、最初から最後まで安心して楽しめる映画だった。笑いあり、涙あり。
 それにしても、ずいぶん手間をかけて作られた映画だったと思う。外国でたくさんの人を集めて映画を作り上げるのは大変だったと思う。
 ルー・マルレ・オーケストラのコンサートマスター。主役2人に負けず劣らず、なかなか魅力的でした。

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2009年11月30日 (月)

『コール・ネネム』35周年記念演奏会

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 所用で盛岡に帰省していた妻が、たまたま日程が重なったので、この前の土曜日の『コール・ネネム』の演奏会に行って、プログラムの冊子をお土産に帰って来た。
 『コール・ネネム』は1974年に結成されたルネサンスの合唱曲を主なレパートリーとする少人数の合唱団だ。今回出演したメンバーは17人。35年も続いているのは大したことだと思う。
 実は、ぼくはこの合唱団に1986年から1993年にかけてお世話になっていた。大変思い出深い合唱団だ。今回のレパートリーになっている、ジョスカン・デ・プレの『ミサ パンジェ リングァ』もネネムのステージで歌ったことのある懐かしい曲だ。ルネサンスの合唱曲の面白さを教えてくれたのはこの合唱団だし、はまりすぎて他の時代の合唱曲だけでは物足りなく感じられるようになってしまった。
 今回、ぼくが在籍していた当時のメンバーが9人も出演していた。長く続けていることは大変だろうと思うが、同時に大変うらやましい。できることなら、また一緒に歌いたいものだ。
 プログラム冊子と一緒に、いろいろなコンサートのチラシもお土産だったが、面白そうなコンサートがたくさんあり、盛岡の音楽の文化レベルの高さを感じる。今住んでいる津市にも全国的に有名な合唱団はあるのだが、街自体にはあまり文化的なものが感じられない。
 盛岡への転勤の話でもあれば、即、「行きます」などと言ってしまうかも知れない。石垣島へはもっと行きたいけれど。

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