旅行・地域

2009年10月31日 (土)

堀坂山と『蕎楽 悠庵』の蕎麦

 特に予定していたわけではなかったが、明日は天気が崩れるという予報が出ているし、今日は大変気持ちの良い日なので、朝寝坊をしたのだが、堀坂山にハイキングに行くことになった。隣の松阪市にある山だが、登山口の標高がかなり高く、そこまで車で行けるので、山頂を極めるのはたやすく、気軽にハイキング気分で登れる山だ。春に二度登ったが、この季節は初めてだ。登山口まで車で1時間ほど。登山口に着いたときに、ちょっとしたトラブルに気付き、やや意気消沈してしまった。それでも、気を取り直して歩き出した。この時期はあまり昆虫を見る期待はできないが、ザトウムシが歩いているのがけっこう目についた。山頂には30~40分で到達した。晴れていて風も無かったので気持ちが良かったが、少し靄がかかっていて、見晴らしは良くなかった。目の前にはすぐ隣の観音岳が見える。
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 山を下りてから、近くに蕎麦屋があるので蕎麦を食べに行くことにした。看板を頼りに車を走らせるが、なかなか蕎麦屋が現れず、こんな道の先にあるのだろうかと不安になった。が、やがて目指す場所が見つかった。まさに、山の中の隠れ処という雰囲気の場所だ。飯福田寺のすぐ近く。
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 『蕎楽 悠庵』。イタリア料理店を弟子に譲って蕎麦屋を始めた人がやっているということだ。出てきた蕎麦は見た目にも奇麗だし、本格的な味がした。欲を言えば、もう少し量が多いと良いと思う。
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 帰りは、堀坂峠を通らず、中村川に沿った初めて通る道を走ってきた。ずっと緩やかな下り坂なので、車の燃費は極めて良い。里に出るまでは26km/Lぐらいだったが、そのあと平らな道を走っても家に戻るまでの平均燃費は約21km/Lだった。
 ちょと疲れが出て、家に帰ってシャワーを浴びてから一寝入りした。

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2009年10月 4日 (日)

アレクス君との別れ再び

 1か月ほど前に送り出したアレクス君が半月ぐらい前に日本にやってきた彼女のハナさんを連れて、昨日再び我が家にやってきた。土産話と一緒に、ハナさんは息子たちのためにドイツのカードゲームを2種類お土産に持ってきてくれた。ひとつは「セット」で、もうひとつは「LAND UNTER」だ。どちらも知らなかったゲームだ。
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 今日は、もう一度アレクス君に会いたいというので、尾張一宮の実家から母も出てきてくれた。
 今日の昼食は、ハナさんとアレクス君がドイツ料理を作ってくれた。Spätzleというパスタのようなものとグラッシュだ。グラッシュは肉と野菜を煮込んだもので、これまでにも食べたことはあったが、Spätzleは初めてだ。調理中はこんな感じ。なかなか美味しくいただくことができた。
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 アレクス君たちは、明日伊丹空港から成田を経由してフランクフルトに飛ぶということで、今日は伊丹空港の近くのホテルに泊まるとのこと。部活で忙しい長男は居なかったが、夕方みんなで駅まで見送りに行った。列車が来るまでホームで話をしたり写真を撮ったりして過ごした。列車が来てアレクス君とハナさんが列車に乗り込み、列車が動き出すと、驚いたことに三男坊が涙を流していた。
 アレクス君と一緒にいたのは1か月ぐらいだったが、家族でない人間が我が家にそんなに長い間一緒に居たことはなかったし、三男坊も何か感じることがあったのだろうと思う。ぼく自身にとっても、貴重な経験だったと思う。定年になって時間ができたら、アレクス君とハナさんに会いに、ゆっくりドイツを旅行できたらいいものだと思う。
 昼食がしっかりしたものだったので、夕食は軽く済ませることになった。そのあとは、ハナさんが持ってきてくれた「セット」で遊ぶことになってしまった。「LAND UNTER」はちょっと面倒くさそうな感じだが、「セット」はルールが単純なので、かなりはまってしまいそうなゲームだ。

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2009年9月30日 (水)

つくばへ・・・同定研修会に参加

 津市内に住む虫屋のOさんやAさんからウスバウバメガを見たという話を聞いたが、津に来てからは、まだ一度も見たことが無い。昨日の朝、出張でつくばに出かけるために桜(ウスバツバメガの寄主植物だ)の名所の偕楽公園の中を通ったが、やはり姿を見ることができなかった。
 昨日はまだ疲れが抜けておらず、名古屋まで立ちっぱなしというのもかなわないと思ったので、本当に久しぶりに名古屋まで近鉄特急に乗った。名古屋に行くのに近鉄特急を使ったのは、ほぼ2年ぶりだ。津7:15発の特急に乗ったら、名古屋8:20発ののぞみにギリギリで乗れた。N700系。時間に余裕があったので、何も慌てて乗ることは無かったのだが、ついつい階段を上がってすぐ、目の前のドアから乗ってしまった。そこはグリーン車だったが、そこから自由席車輌まで、けっこう歩かなくては行けなかった。予想通り、自由席にはほどほどに空席があり、問題無く着席できた。
 東京には10時過ぎに着き、すぐ上野に向かい、上野駅で少し時間を潰して早めの昼食もとった。常磐線の列車に乗り、牛久駅に着いたのは昼前だった。ここでもバスの時刻までベンチで一休み。
 午後1時前につくばの現地に着いたら、天気はあまり良くなかったが、ツクツクボウシとアブラゼミの鳴き声が聞こえた。
 昨日から今日まで、現在行っているプロジェクト研究の同定研修会だ。去年はハサミムシを担当して講義をする側だったが、今回は受ける側だった。昨日は午後半日で講義を受け、夕方は懇親会。農林水産省の施設の中の食堂で行われたのだが、量も質も質素だった。かなり不満は残ったが、食べ過ぎで具合が悪くなるような危険性はなかったので良かったのかも知れない。普段ならこの施設の中の宿泊施設に泊まるところだが、満室だと言うことだったので、近所(と言ってもバスで4〜5分ぐらいの所だ)のホテルを予約しておいた。このホテルも質素だった。その割には、値段はそれほど質素ではなかった。
 今日は実際のサンプルをもとに同定の実習。ゴミムシやクモのサンプルを持参したのだが、専門家の目で見てもらうと、同定間違いがたくさんあった。特にクモがひどい。そのうち慣れてくると思うのだが、科のレベルで間違っているのだから話にならない。しかし、今回の研修を受けたことで、着実に同定能力はスキルアップされたと思う。
 研修は昼までで、施設の食堂で昼食をとったが、やはり味は不満が残る。バスで牛久駅に向かったら、ちょうど1時間に1本の特別快速が来て幸運だった。特別快速ならつくばエクスプレスにも見劣りしない。日暮里で山手線に乗り換え、秋葉原で途中下車し、しばし秋葉原見物(若干の買い物も)。
 東京駅に向かい、ちょうど発車する新幹線に乗ったら、またN700系だった。名古屋で降り、久しぶりに「想吃担担面エスカ店」に行く。最近は比較的出張が多かったのだが、列車(快速みえ)の時間の都合で食べそびれていた。しかし、今日はちょうど良い具合の乗り継ぎ時間だった。汁なし担々麺とマンゴープリンを食べる。うまい。
 食事を終え、名古屋駅の関西線のホームに行くと、既に快速みえには乗客が乗り込んでおり、座ることはできなかった。まあ、これも桑名までの辛抱と思って乗ったところ、予想したとおり、桑名では相当数の客が降り、座ることができた。
 東京でも雨が少し降っていたが、こちらでは傘をささずに歩くには無理がある程度の雨が降っていた。このところ、長い間雨らしい雨が降っていなかったので、しばらくは雨が降ってくれた方が良いのではないかと思う。

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2009年9月11日 (金)

2年ぶりの神戸・・・関西病虫害研究会に参加

 神戸で開催される関西病虫害研究会の第91回研究発表会に参加するため、昨日から神戸に行った。昨日は移動日で、長男が使い残していた「青春18きっぷ」が1回分あったので、それを使っていわゆる「乗り潰し」をした。新しく乗ったのは、JR東西線の尼崎から放出までとおおさか東線の放出から久宝寺駅まで。電車の中では、誕生日にアレクス君から贈られた『フェルマーの最終定理』を読み終えた。長い本なので読み終えるのに数日かかったが、わくわくさせられるような面白い本だった。夕方は同僚と落ち合って、神戸元町の南京町の中華料理店で夕食をとった。
 朝は早めに起きてホテルの1回のロビーで簡単な朝食をとった。喉が渇いていたせいか、ジュース1杯、スープ2杯、コーヒー3杯も飲んでしまった。南京町の西安門の近くのホテルから会場までは歩いて12〜13分だった。するとそこにあったのは、「小泉八雲旧居跡」という碑。小泉八雲と言えば松江、という印象しかなく、神戸にも住んでいたとは知らなかった。
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 一応関西病虫害研究会の事務局なので、会場では受付に座っていた。講演が始まると講演会場へ。
 昼食は神戸出身のIさんの案内で、美味しいという噂のラーメン屋へ。地下鉄の駅で2/3駅ほど西へ歩く。「神戸の中華そば・もっこす本店」。
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 昼食時のセットメニューがお得ということで、それを注文。中華そば+餃子+御飯で800円。なかなか美味しいラーメンだった。ただの中華そばなのにチャーシューが多かった。中華そばとは別にチャーシューメンというメニューもあったが、どれぐらいチャーシューが乗っているかを想像すると恐ろしい。お腹がいっぱいになり、午後からは目の皮も弛みがち。
 夕方4時半前に講演会は終了。同僚は軽い打ち上げに参加するということだったが、ぼくは一人でさっと阪神元町駅に向かう。目的地は大阪なにわ筋のマジックスパイス大阪なにわ店。ここで食べれば、マジッックスパイスの全国4店を全部制覇したことになる。3月の札幌4月の東京下北沢6月の名古屋大須に続いて半年で達成ということになる。関西病虫害研究会の研究発表会は、本当は5月に予定されていたのだが、例のインフルエンザ騒ぎで延期になっていたので、その騒ぎが無ければ、3月末から6月半ばまでの3か月で達成できていたはずだった。マジックスパイス大阪なにわ店の最寄り駅は桜川だが、阪神なんば線の乗り潰しのため、大阪難波まで乗り、大阪難波駅から現地に向かった。
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 注文したのは、チキンの涅槃。辛さは札幌の涅槃とほぼ同様。名古屋大須の涅槃は異様に辛かったので、やはり店によって辛さの基準が違うように思える。野菜の量も多く、満足。満足度の順番は、名古屋大須≧札幌≒大阪なにわ≫東京下北沢、ということろか。
 マジックスパイスでのでの食事を終え、再び大阪難波駅へ。19:00発のアーバンライナーの切符を買う。近鉄特急に乗るのはほぼ2年ぶり。2年前に神戸大学で昆虫学会の大会が開催されたとき以来だ。それまではちょくちょく乗っていたのだが。まあ、このところ大阪方面に行く用事がなかったということなのだろうと思う。津に着いたのは夜8時半前。自宅には戻らず、そのまま三重昆虫談話会のサロンの会場に向かう。今日は盛会で8人も集まった。甲虫の和名の話(「ルリクワガタ」を「オオルリクワガタ」にするべきかどうか、とか)や、オオトラカミキリやカワラハンミョウの話など、話題も多かった。夜10時半前に散開。楽しい時間だった。

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2009年8月29日 (土)

2009年・養殖研究所一般公開

 こちらに引っ越してきてから毎年行っているのだが、今年も行ってきた。養殖研究所の一般公開。養殖研究所は海水の生物を対象としている南勢庁舎と淡水の生物を対象にしている玉城庁舎があるが、一般公開は南勢と玉城で交代に開催されており、今年は南勢の方だった。
 今年は我が家にホームステイしているアレクス君も一緒に出かけた。一昨年は出足が遅れて船に乗る事はできなかったが、今年は何とか船に乗る事もできた。
 五カ所湾の海は、津の海よりも遥かに奇麗で、気持ちが良い。
 研究所は五カ所湾に突き出した半島にあるのだが、この半島にもミンミンゼミが鳴いていた。未だにミンミンゼミが好む棲息環境のことがわからない。
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2009年8月23日 (日)

ドイツ人学生と一緒に奈良観光

 今日は我が家にホームステイしているドイツ人学生アレクス君と一緒に奈良に行った。外国人を古都に案内するのは悪くないと思ったこともあるし、奈良には子供の頃に行った記憶があるのだが(そのときは、唐招提寺と薬師寺に行った記憶があるが、それ以外は全く記憶に残っていない)、ぼくにとってもほとんど初めて行くようなものだからだ。今回の目的地は法隆寺と東大寺に定めた。
 まずは法隆寺。
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 ぼくは歴史には興味が向いていなかったし、今でも向いていないので、法隆寺は聖徳太子が建立したことぐらいしか知らなかった。興味がある人が見たら、さぞ面白いものがたくさんあるのだろうと思うのだが、やはりあまり興味が向かないので、やはり退屈だった。ただ一点、玉虫厨子はタマムシの鞘翅が使用されているということで、若干興味があったが、それが法隆寺にあることは、実は知らなかった。実際の玉虫厨子を見たが、さすがに古いものだけに、タマムシの鞘翅がどこに使われているのかわからない状態になっていた。
 法隆寺で鳴き声や姿で確認できたセミは、アブラゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシの3種。境内のクスノキにはアオスジアゲハも来ていた。
 法隆寺の前の店で昼食をとり、東大寺のある奈良公園の向かう。車の数が多く、けっこう時間がかかった。奈良公園で駐車場を探すのにも一苦労。
 奈良公園にはやたらにシカが多い。よく見てみると、やはり人が多いところにシカが多いようだ。あちこちでシカ煎餅が売られているのだが、誰かがそれを買うと、シカは目敏く見つけてやってくる。シカ煎餅を持っている人はシカにたかられて大変だ。シカはそれほどシカ煎餅が好きなのだろうが、店で売られていてまだ人に買われていないシカ煎餅の手を出す(口を出す?)シカがいないのは意外だ。永年の慣習でそういう行動パターンになったのかも知れない。
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 東大寺の大仏殿のある庭は奇麗だったし大仏殿は立派だった。もちろん中の大仏も立派だった。こんなに大きな大仏をどうやって造ったのだろうかと想像するが、なかなか想像できない。
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 二月堂は山の斜面にあり、そこからの眺めは良かった。ここで「お水取り」が行われることは知っているが、それがいかなる行事なのかはほとんど知らない。
 そのあと、正倉院が近いというので行ってみたのだが、休日は開いていないということで、塀の隙間から建物を少し拝んだだけだった。この中にも、興味がある人には面白いものがいっぱい入っているのだろうが、やはり興味がわかない。
 最後は、東大寺の参道にある店でアイスを買ってちょっと一休みしてから帰途に着いた。東大寺界隈で確認できたセミはアブラゼミとツクツクボウシの2種。
 結論だが、やはりぼくにはお寺巡りは向いていないということがよくわかった(将来はわからないが)。学生時代を思い返してみても、古いお寺がいっぱいある京都に住んでいながら、お寺なんぞにはほとんど行かず、反対方向にある山ばかりに登っていた。やはり、山にある自然物の方が、ぼくにとっては興味を刺激されるようだ。

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2009年8月 8日 (土)

我が家にドイツ人学生がきた

 妻の意向により、今日から一か月弱の間、三重大学に来るドイツ人学生のホームステイを受け入れるホストファミリーになることになっていて、今日、本人がやってきた。夕方には、他のドイツ人学生や他のホストファミリーとの交歓会もあった。
 我が家にきたアレクス君の日本語歴は2年ということだが、日本語での会話にあまり不自由はないという感じだ。少なくとも、ぼくのドイツ語よりは遥かにレベルが高い。
 こんなことを書くと、我が家は広い家に住んでいるように思われるかも知れないが、長男の部屋をアレクス君に使ってもらって、長男が別の部屋に移動した。長男は部活で忙しく、家にはほとんど寝るためだけに帰っている感じなので、それでもほとんど問題はない。

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2009年7月20日 (月)

ひやしあめ@三重県

 今日は休日だが、やらなければいけないことがあったので、午前中に少し出勤。帰りに通勤路の途中にある地元系スーパーZに立ち寄って「ひやしあめ」を買うことにしていた。この地元系スーパーZは、けっこう色々と変なものを置いているので、買い物があまり好きではないぼくにとっても、行くのが楽しい店だ。
 「ひやしあめ」は大学生になって京都に行くまで知らなかったので、おそらく関西限定の飲み物だと思う。その味は京都で知ったのだが、暑いときには、甘いだけでなく、生姜が利いていて、美味しく飲める飲み物だと思う。
 ということで、この前1本買った濃縮タイプの「ひやしあめ」がそれなりに美味しかったので、今日は何本かまとめ買いするつもりでいた。550ml入りで460円。
 店に入り、「ひやしあめ」が置かれている場所に直行し、カゴにまとめて4本放り込んだところ、近くにいた老婦人に声をかけられた。「それ美味しいんですか?」急に声をかけられたのでこちらも答えに困ったが、「好き嫌いがあると思いますけど、ぼくは好きです」と答えた。「それじゃ1本買ってみようかしら」と言うので、「まずはそのまま飲める小瓶のがあるからそちらにしてはどうですか」とストレートタイプの小瓶を勧めた。それはともかく、「ひやしあめ」などという訳のわからないものをまとめ買いしているぼくを見て、興味を惹かれたに違いない。
 ということで、この地方には「ひやしあめ」という飲み物が認知されていないということがわかった。三重県の言葉は、イントネーションなど、かなり関西の要素が入っているが、「ひやしあめ」に関しては関西とは違うわけだ。
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2009年5月24日 (日)

今年も鱒を食べに「大吉」へ

 去年の5月11日に初めて行った「大吉」。今は津市になっているが、かつては一志郡美杉村だったところ。その美杉村の中でも、最も山奥の方だ。気に入ったので今年も行くことになった。
 実家の両親を誘ったのだが、今年も父親は仕事の都合で来られず、母親だけが来て、我が家の5人と合わせて6人ででかけた。去年は霧雨が降るような肌寒い日で、我々以外の客は全くおらず、何となく寂しかったが、今日は他に4〜5組の客があり、賑わっていた。山の奥とは言え、やっぱり、多少は賑わっていた方が楽しい。
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 まずは川の水を引き込んだ生け簀で釣りを楽しんでから、釣った魚を料理してもらう。簡単に釣れるはずだったが、最初はなかなか思い通りに釣れず、どうなることかと思ったが、三男坊だけは順調に釣って、お昼に食べるには十分なぐらいになった。普段もたまには釣りをしている三男坊は、やはり釣りのセンスが良いのだろう。
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 次男坊が1匹大きなマスを釣り上げたので、それは刺身にしてもらい、残りは塩焼きと唐揚げにしてもらった。
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 天気がやや心配されたが、現地に着いたときには晴れ間も出てきて気持ちの良い日になり、清々しい空気の中で食べる鱒は美味しかった。お値段も手頃で、味も満足。良い休日になった。

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2009年5月18日 (月)

新型インフルエンザの影響・・・研究会中止

 昨日「新型インフルエンザの影響は?」と書いたばかりだったが、案の定、関西病虫害研究会の研究会と大会が中止(延期?)になった。この研究会の開催のために努力されていた現地の運営担当者の皆さんのご苦労は大変なものだと思う。自分としても、神戸に行くのはそれなりに楽しみにしていたので(3月に開通した阪神なんば線に乗ったり・・・とかを予定していたので)、ちょっと残念だ。
 新型インフルエンザは三重県にはまだ入っていないようだが、入ってくるのも時間の問題のように思えてきた。体調管理には気をつけないといけない。

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2009年5月17日 (日)

新型インフルエンザの影響は?

 今週の金曜日に神戸市中央区で関西病虫害研究会の研究会と大会が開催されることになっている。それに出席する予定になっているのだが、新型インフルエンザの発生が急激に広がっているのが気に懸かる。学校などは軒並み休校になっているようだし、ひょっとしたら中止などということもあるかも知れない。
 中止にならなけれれば行くつもりだが、体調管理など、対策は講じておかなければならない。

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2009年5月 4日 (月)

南紀湯ノ口温泉へ

 今日は家族揃って南紀湯ノ口温泉に行くことにしていた。トロッコ列車に乗って温泉に入るのだ。
 現地までどれだけ時間がかかるかわからないが、瀞流荘11:15発の列車に乗る事を目標として6時半頃に出発した。ところが、途中小休止を数回したにもかかわらず、3時間ほどで到着してしまった。おのおかげて、一つ早い9:55発のトロッコ列車に乗る事ができた。
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トロッコ列車は2つのトンネルを通り、10分ほどで湯ノ口温泉に到着。
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 列車を降りて、温泉に向かう。湯治場を絵に描いたような鄙びた温泉だ。単純泉のようで、あまりクセの無いお湯だった。道は繋がっているので、車でも来れるが、正面から見ると、こんな感じ。
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 ゆっくりお湯に浸かって、売店で売られていたサンマ寿司を買ってお昼御飯にすることにした。まずは、それを持ってもう一度トロッコ列車に。ぼくらが乗ったトロッコ列車は大して混んでいなかったが、瀞流荘駅に着くと、多数の観光客が待っていた。11:15発のトロッコ列車に乗ろうとしている客だ。乗り切れないの判断されたためか、1両のトロッコが追加連結された。この混雑では、ゆっくり湯に浸かることもできないので、早く着けて良かったと思った。
 瀞流荘駅の近くには遊歩道があり、展望台があるようなので、そこに登ってお昼を食べることにした。すると途中にニホンミツバチの巣を発見。自然巣ではない。紀州ではニホンミツバチを飼う伝統があるという話を聞いていたので、なるほど、と思った。
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 昼食を食べてもまだお昼前。地図を見てみると、熊野本宮大社はそれほど遠くないことがわかった。せっかくなので、熊野本宮大社にも行ってみることにした。
 熊野本宮大社はかなり混雑していた。流石連休だ。一応参拝する。
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 そこから瀞流荘方面に戻り、その近くにあった紀和町鉱山資料館に入ってみた。紀和町は旧くからの鉱山があったらしく、それが解説されている。午前中に乗ったトロッコ列車も、その鉱山で使われていたものだ。
 資料館のすぐ隣に足湯があり、しばらく足を湯に浸けて横になる。ちょっと疲れが溜まってきてきたので、ちょうど良い休憩になった。この時点で時刻は15:00。
 地図を見ると、丸山千枚田がすぐ近くにあることがわかった。せっかくなので、こちらにも行くことにした。
 山道を登ると、突然田圃が出現した。テレビでは何度か見たことがあったが、現物をみると、それなりに感動する。ちょうど田植えの季節で、一部の田圃では田植えが終わっていた。まだこれから田植えになる田圃も多かった。
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 ここまで見たら、あとは帰るだけ。途中、小休止と夕食をとり、混雑していると思われる高速道路を避けて、下道を走って帰った。我が家の車にはETCは付いていないのだ。帰着したのは20:00頃。走行距離約380km。燃費は16.4km/l。
 それなりに疲れた。

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2009年4月14日 (火)

某会議で霞ヶ関へ出張・2日目

 再び霞ヶ関へ。表参道からは千代田線1本で行ける。会議はちょっとゆっくりの始まりだったので、ゆっくり宿を出たつもりだったが、千代田線はかなり混雑していた。もっと早い時間だったら殺人的な混雑だったのだろう。途中若干の乗り降りはあったが、相変わらずの混雑。霞ヶ関で下りようと思ったら、乗っていた人の半分ぐらいが降りて、電車は一気に空いた。
 午前中は昨日の続き。それなりに充実。昼食は某庁舎内の食堂へ。会議の途中、3回ほど地響きのようなものがしたが、食堂でテレビを見ていたら、比較的近所で大型クレーンが倒れる事故があったとのこと。どうやら、ぼくが聞いた地響きはそれだったらしい。
 午後の会議は眠気に襲われ、一部記憶が途切れている。
 会議は予定より少し早く終了した。千代田線に乗り新御茶ノ水に出て、秋葉原まで歩く。お目当ての店が休みだったので(不定休なのでハズレることしばしば)、時間を持て余し、予定を早めて帰ることにした。東京駅で土産を買って、16:40発の博多行きののぞみに乗る。これもタダの700系。当初の予定では17:30発の500系のぞみだったのだが。こののぞみの自由席はほぼ満席。
 名古屋ではギリギリで18:30発の快速みえに間に合うことがわかったので、名古屋までの切符を持ったまま、快速みえに乗り込む。発車間際だったので相当の混雑。桑名でかなり空いたが、四日市まで座れなかった。四日市で一気に空き、あとは着席して津まで。名古屋からずっと雨が降っていたが、津に着いても雨は降り続いていた。雨の中、歩いて帰宅。

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2009年4月13日 (月)

某会議で霞ヶ関へ出張・1日目

 こう言うと怒られそうだが、あまり気が乗らない会議での東京への出張だ。せめてもの愉しみとして、美味しい物を食べようと考えた。
 朝は7時前に家を出た。本当はこんなに早く出なくても良いのだが。偕楽公園の中を通ると、ソメイヨシノは既にほとんど終わっておりツツジが花盛りだった。
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 津駅からは久しぶりに近鉄に乗る。7:11発の急行。滅茶苦茶混雑しているわけではなかったが、結局名古屋まで座ることはできなかった。名古屋からは8:30発ののぞみ。ただの700系だった。鉄分が相当濃い息子に言わせれば、一番つまらない列車ということだ。しかし、列車は空いており、3人掛けの座席を1人で使うことができた。品川の駅で降りたことがなかったので、東京まで乗らず、品川で降りてみた。自由席から乗り換えるには、東京駅で乗り換えるより、若干歩く距離が少なくて済みそうな気がした。京浜東北線で秋葉原へ。まだ開いていない店が多かったが、ブラブラ歩き回ったあと、そのまま神田方面へ向かった。目指すは「神田大勝軒」。行列ができるラーメン屋として有名な東池袋の「大勝軒」から暖簾分けされたラーメン屋だ。12時少し前だったが、店内には行列が出来ていた。代表的メニューの「特製もりそば」を注文。いわゆる「つけ麺」だ。680円也。10分ほど並んで待って、カウンター席についてから10分ほど待って、やっと食べることができた。太めの麺でボリュームたっぷり。コストパフォーマンスは大変高いように思えた。「つけ麺」は食べ慣れていないので、他と比較できないが、まあ美味しかったと思う。
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 神田から東京メトロの銀座線に乗り、銀座で日比谷線に乗り換え、霞ヶ関へ。銀座線はできたのが古いせいか、車内が狭いように感じた。気のせいかもしれないが。
 夕方まで会議。案じていたほどつまらない会議ではなく、中身がある有意義な会議だった。今回は懇親会が予定されていなかったので、夕食は下北沢のマジックスパイスへ。先月末の札幌の総本山と比較してみたいと思ったのだ。
 千代田線に乗れば楽に乗り換えができるのでそちらにしようと思ったが、渋谷に出て京王井の頭線に乗った方が安いことに気付き、丸ノ内線に乗り、赤坂見附で銀座線に乗り換え渋谷に出た。そこまでは、並の混雑だったが、井の頭線は殺人的とも言えるほどの混雑だった。とにかく、全く身動きできなくなってしまった。乗ったのは急行だったので、最初の停車駅が下北沢。降りてみて驚いたが、小田急線との間に改札はなく、全くの共用の駅になっていた。
 用意した地図を見ながら目的地へ。繁華街から少し外れ、住宅街のような雰囲気に変わるあたりにマジックスパイス東京下北沢店があった。
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 注文したのは、札幌総本山と同じチキン。ただし、辛さを1段階落として「悶絶」にした。「涅槃」は、食べた時にはちょうど良い辛さだと思ったのだが、翌朝トイレに座ったときに苦痛を感じたからだ。出て来たのはこれ。
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 札幌総本山のものと較べると、明らかに野菜のボリュームが少ない。ちょっと残念だ。同じ値段で出しているので、地価の高い東京では、そういうところでコストを削っているのかも知れない。
 食べてみてまたまたショック。辛味が全然足りないのだ。やはり「涅槃」にすべきだった。が、しかし、味は悪くはない。課題は残ったが、一応満足した。
 食事のあとは、小田急線と千代田線を乗り継いで、表参道の駅の近くの宿へ。

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2009年3月31日 (火)

第53回日本応用動物昆虫学会大会・終了後

 昨日は珍しくアルコールを飲んでしまったのでどうなるかと思ったが、札幌に来て以来同じように6時頃に目が覚めてしまった。あまり早く動き出す必要もないので、テレビをぼんやり観ながら過ごし、しばらくしてから朝食のためにロビーに降りて行った。
 するとE大学のHさんとK大学名誉教授のH先生が食事をしながら雑談(もちろん虫の話)をしておられた。ぼくも話の仲間に入れていただいた。さらに農水省OBのSさんも加わった。
 H先生は退官後も精力的に昆虫の卵寄生蜂の生態を調べておられ、今回、樹皮の下で集団越冬するカメムシの卵寄生蜂に関する講演をされた(ぼくはその時間帯にはカンキツグリーニング病関係の講演を聴いていたのでH先生の講演は聴いていなかった)。その話を伺い、さらに「まだ寄主がわかっていない卵寄生蜂がいっぱいいるから、地表徘徊性のゴミムシの卵なんかも調べると面白いですよ」と言われ、確かに卵寄生蜂の生態を調べるのは面白いと思ったのだが、実際に調査するのは厄介なことが多いとも思った。今年の10月に三重大学で開催される日本昆虫学会の大会で再会することをお約束して別れを告げる。
 荷物をまとめて札幌駅に向かう。快速エアポートは特急スーパーカムイがそのまま折り返し運転で快速になる列車だった。特急用車輌なので、気分が良い。昨日の晩、アルコールを飲んでしまったので疲れており、座り心地の良い車輌は助かる。
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 北海道土産は行く前から決めていたので、それを探す。ターミナルビルの中をウロウロするのだが、なかなか見つからなかった。新千歳空港はけっこう広いのだ。やっと見つけた場所がここ。
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 「ハスカップジュエリー」を買う。けっこういい値段だ。飛行機の中で食べる昼食も調達。
 かなり疲れが溜まった感じだったので、早目に出発ロビーに入り、椅子に腰掛けて半分居眠りをする。飛行機の中でも、ただひたすらグッタリとする。
 帰りも名古屋経由。またミュースカイに乗る。快適で速い。名古屋駅界隈で少し買い物をして、例によって快速みえで帰る。いつものように12番線で待っていたら、13番線から発車するとのアナウンス。どうやら、この前のダイヤ改正で発着番線が変わったらしい。快速みえの中でも半分居眠り。疲れていたので、妻に迎えの車を頼み、車で帰宅した。
 とにかく疲れているが、やはり昨日飲み過ぎたのが原因だと思う。

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2009年3月27日 (金)

第53回日本応用動物昆虫学会大会・前日

 明日から北海道大学で開催される第53回日本応用動物昆虫学会大会に参加するために、今日は札幌へ移動した。まずは「快速みえ」で名古屋へ。トイレに行くために近鉄の乗り場の近くに行くと、先日近鉄と阪神が繋がったためか、津駅の表示にも「神戸」の文字が書き加えられていた。今年の関西病虫害研究会の大会は神戸で開催されるので、近鉄と阪神を乗り継いで行くことになるだろう。
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 春休みになったせいか、「快速みえ」は大変混雑していて、名古屋まで座れなかった。腰が辛い。名古屋で中央線に乗り換え金山へ。金山からは楽をしようと思って、名鉄の特別車輌(名鉄ではこういう言い方をするらしいが、ようするに座席指定だ)で行くことにした。ミューチケット(座席指定券)を買ったら、全車特別車輌の「ミュースカイ」だった。座席はゆったりしていて快適だ。金山を出ると、次の神宮前に停まると中部国際空港まで停まらない。所要時間はたったの24分だ。
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 昼食は空港のなかの「若鯱屋」で味噌煮込みうどんを食べた。味はまあまあ。
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 「快速みえ」で座れなかったせいか、疲れてしまって飛行機の時間までしばし居眠り。搭乗ゲートを通ったところで、G大学のT先生とバッタリお会いして、ちょっとご挨拶。行く先が同じ人には誰かに会うのではないかと思ったが、予想通りだった。
 飛行機の中でも「JAL名人会」を聴きながら半分居眠り。春風亭柳好の「崇徳院」は大阪の落語家さんがやる大阪の高津さんではなく、東京の上野が舞台。ぼくが今まで聴いた「崇徳院」は、やっぱり桂雀三郎のが好きだ。大瀬ゆめじ・うたじの漫才と、桂小春団治の「職業病」も悪くはなかったが、心にはあまり響かず。
 今日は雲が多く、あまり下界を望むことはできなかったが、佐渡島や北海道の亀田半島は望むことができた。
 新千歳空港に着いたら雪がチラチラ舞っていた。やはり寒いようだ。新千歳空港をサッと後にしてJRに乗り込み、新札幌駅へ。そこから地下鉄東西線に乗り換え、南郷7丁目駅へ。
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 目指すは「マジックスパイス」。今では札幌の名物にもなったスープカレー発祥の地だ。駅からほど近い住宅街の一角にある、一風変わった怪しい雰囲気の建物。一見レストランには見えない。17:30開店のはずが、17:30を過ぎてもまだ中でミーティングが行われている様子。結局17:45頃まで待たされた。
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 注文したのはチキンのスープカレー。辛さは、覚醒(一番辛くない)、瞑想、悶絶、涅槃、極楽、天空、虚空(一番辛い)の7段階ある中の、ちょうど真ん中の涅槃にした。自分なりに、これを一番基本的なものだと判断したのだ。
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 辛さはちょうど良いぐらい。辛いのだが、辛すぎて我慢できないほどではないギリギリのところで絶妙だ。骨付きの鶏肉がひとつゴロンと入っていて、野菜もたっぷり入っている。
 開店して時間も経っていなかったので、客も少なく、マスターやスタッフの人がいろいろ話しかけてきてくれた。店を出して16年になるとのことだった。4年半ほど前にも一度札幌に来たことがあり、そのときにもスープカレーを食べたのだが、その頃には既にいくつものスープカレーの店はできており、札幌の新しい名物として定着している感があった。東京の下北沢と大阪の難波にも店を出しているのだが、名古屋にも近々出店するとのこと。場所はどこかと訊いたのだが、ヒミツ、と言って教えてくれなかった。栄からそう遠くないところだというヒントだけはもらった。大須あたりではないかと思うが、それもおいおい明らかになっていくことだろう。
 とにかく、スープカレー発祥の地でスープカレーを食べられたことには満足した。4年半ほど前に食べたスープカレーと較べると、明らかに複雑な味をしており、完成度が高いと思った。メニューも豊富でいろいろ食べてみたいと思ったのだが、札幌に来ることはそうないだろうから、名古屋の店に期待したいと思う。
 南郷7丁目の駅から再び地下鉄に乗り、大通駅で乗り換えてさっぽろ駅へ。ここから今日の宿に向かおうと思ったのだが、ホテルのすぐ近くの古書店の南陽堂書店が開いていたので、ホテルに行く前にまずここに立ち寄った。自然関係、特に昆虫の古書が充実している店だということは知っていたが、入るのはもちろん初めてのことだ。2階が昆虫関係の本の売り場。見てびっくり、とても短時間では見きれないほどの量だ。学会を抜け出してまた来なければ、と思って、2階の主の若旦那さんに定休日を訊ねたところ、日曜日とのこと。これで会話が始まったのをきっかけにして、雑談を始めてしまった。石垣島の蝶の話などをして長話になってしまったら、気が付いたら閉店時刻をとうに過ぎてしまった20:30頃だった。閉店時刻は19:00なのに。ま、ともかく、仕事とはあまり関係のない虫の話をすることができて、楽しい時間を過ごすことができた。若旦那さんにはご迷惑だったかも知れないが。
 南陽堂書店を出たらホテルに直行。チェックインを済ませてから、飲み物を調達しようと、すぐ近くのコンビニエンスストアへ。コーヒー、お茶等を買う。

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2009年3月 7日 (土)

ベトコンラーメン新京@尾張一宮

 岐阜大学からの帰りに立ち寄ったのは、尾張一宮の実家の近くにある「ベトコンラーメン新京」。愛知県近辺に数々あるベトコンラーメンの本家本元の店だ。その他の店は、この店から暖簾分けされたか、暖簾分けされた店からさらに暖簾分けされた店だ。とにかく、ベトコンラーメンを語るには、この店で食べてからでないと始まらない。高校生だった30年ぐらい前からその存在を知っていたが、大学で他所に行ったきり実家を離れてしまったので、行く機会を失っていた。今日は行くチャンスだと思って、最初から予定に入れていた。
 情報を仕入れようとインターネットで検索していたら、クーポン券が出てきたので、それを印刷して持参した。それを持って行くと、点心またはデザートがサービスになるのだ。
 食べたのは「五目ベトコンラーメン」。またの名を「国士無双」。ニンニクとゲソと野菜を炒めたものがたっぷり乗って鷹の爪が入っているラーメンだ。とにかく、野菜の量が十分に満足できるものだった。ニンニクは丸ごと入っており、甘味が出ているのには驚いた。
 「国士無双」は四日市の「ベトコン亭」で食べたことがあるが、細かい点で違いがあった。まず鷹の爪。「ベトコン亭」のものは、一つの鷹の爪を3つか4つぐらいに粗く刻んだものが入っていたが、「ベトコンラーメン新京」のものは、2ミリぐらいに細かくスライスされたものだった。ニンニクが丸ごと入っているのは同じだが、「ベトコンラーメン新京」の方がより大きく、より軟らかかった。どちらが良いとも悪いとも言えないが、とにかく「ベトコンラーメン新京」が本家本元なので、こちらがオリジナルなのだろう。
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 サービスでつけてもらったのは杏仁豆腐。鷹の爪がたっぷり入って辛いものを食べたあとなので、甘いものは嬉しい。杏仁豆腐は、名古屋駅西口の地下街エスカにある「想吃担担面」のものを最近食べたが、上品さでは「想吃担担面」のものに負けているが、十分に美味しかった。
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 「国士無双」が980円というのは、ちょと高い気がするが、本家本元で食べられたので満足だ。
 店はテーブルが2つとコの字型のカウンターがあるだけで狭いものだった。店で食べる人だけでなく、ぼくが店にいる間だけでも、鶏の唐揚げを持ち帰りで買って行く人も2人いた。鶏の唐揚げも相当ボリュームのあるものだが、値段はちょっと高めだ。でも、こうやって買いにくる人がいるということは、さぞ美味しいということなのだろうと思う。鶏の唐揚げを一人では食べきれないのはわかっていたので注文しなかったが、残したものを持ち帰りにすれば良かったと、あとから思った。また機会があれば行ってみたい。
 あまり帰宅が遅くなるのもいやだったので、尾張一宮滞在は1時間ほどのちょっと慌ただしいものだった。名古屋19:30発の快速みえで帰宅することができた。

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岐阜へ・・・第151回日本昆虫学会・第88回日本応用動物昆虫学会東海支部合同講演会

 第151回日本昆虫学会・第88回日本応用動物昆虫学会東海支部合同講演会に参加するために岐阜大学に出かけた。朝、津駅に向かう途中に偕楽公園の中を通ると、花見の茶屋のプレハブの工事が既に進んでおり、花見の季節が近くなったと感じさせられた。
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 9:41発の快速みえ4号に乗り、名古屋駅の高島屋の地下で少し買い物をして、それから東海道線に乗り換えて岐阜に向かった。実家のある尾張一宮を通過することは、これまでに滅多になかったので、妙な気分だ。
 岐阜駅に着いたのは11:30頃。岐阜駅界隈を歩くのは何十年ぶりか、はっきり記憶が無く、とにかくJRの駅が高架になってからは、岐阜駅に降りた記憶が無い。駅前はまだ再開発の途中という雰囲気だった。
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 まだたっぷり時間があるので、ぶらぶらと歩きながら食事をする場所を探した。忠節橋通を北に向かって歩いたのだが、千手堂の交差点を渡ったところでピンとくる店に出会った。いかにも古くからある大衆食堂という雰囲気の店だった。「うどん」「そば」「丼もの」「みそ煮込み」・・・とあり、「みそ煮込み」に惹かれてその店に入ることにした。店の名前は「太田屋本店」。
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 中に入っても、ずいぶん古い店だと感じさせられた。入り口近くにテーブルが一つ。座敷にテーブルが5つあった。それほど広いわけではない。メニューはそれなりに豊富だったが、「みそ煮込み」に惹かれたので、注文したのは「卵入りみそ煮込み」、700円也。「みそ煮込み」は名古屋の山本屋のものが有名だが、この店ではどんなのが出て来るのか楽しみだった。出てきた味噌煮込みは、山本屋のものとは違い、平打ちのきしめんのような麺だった。麺の形は違うが、やはり茹でていない麺を土鍋に入れたような感じだった。やはり味噌煮込みの麺は、茹でた麺ではいけないと思う。麺の食感は山本屋のものとは全然違ったが、十分に美味しいものだった。値段も山本屋よりも安かったので、お値打ち感もあった。
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 みそ煮込みに満足してからバスで岐阜大学に向かった。忠節橋を渡ったあたりまではバスは順調に進んだが、しばらくすると渋滞につかまり、なかなか進まなくなってしまった。すばらくすると、大きなショッピングモールのようなものが見えたので、そのせいかな、と思った。そこを過ぎると、またバスは順調に進みだした。
 これからが本日のメインイベントの講演会。10題の発表があった。個人的に印象に残ったのは、伊澤和義さんの「オトシブミの産卵戦略」と小出哲哉さんらの「セイヨウミツバチ、ニホンミツバチ、シダクロスズメバチの攻撃性の比較」。
 伊澤さんは、エゴツルクビオトシブミの揺籃の中の卵を調べ、多くの場合は1卵しかないのだが、たまに2卵見つかる事があることを観察したが、エゴツルクビオトシブミは1卵を産卵するのが基本で、2卵産んでしまうのは、何らかの理由による事故だ、と判断した。
 小出さんらは、様々な刺激をハチに与え、どの程度攻撃するのかを調べた。シダクロスズメバチというハチのことはよく知らなかったが、2種のミツバチと比較するとかなり大人しいハチのようだ。小出さんたちは、シダクロスズメバチをキャベツの害虫に対する捕食性天敵としての利用を考えているようだったが、なかなか奇抜なアイデアで面白いと思った。
 講演会のあとは懇親会があったが、ちょっと他に予定を入れたので懇親会を欠席して帰ることにした。岐阜大学17:13発のバスに乗ったのだが、途中少々交通量が多い場所があったものの、岐阜駅発17:52の電車にギリギリで乗る事ができたので、まあまあバスも順調に走ったようだ。

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2009年1月25日 (日)

東海道新幹線の海側の窓から見えた富士山

 月曜日からツクバに出張だが、1日早く出発して、Tさんの家に遊びに行く事にした。
 名古屋から乗った新幹線はガラガラに空いていて、自由席の3人掛けの座席を一人で占領した。東海道新幹線の3人掛けの座席は海側にある。浜名湖は山側の座席からも見えるが、海は山側の座席からは見えない。伊豆の山を除けば、山は山側の座席からしか見えないかと思ったが、実はそうではなくて、海側の窓からも富士山が見えることがわかった。
 大井川を渡って安倍川を渡る少し前、海側の窓の前の方を見ていたら、奇麗に富士山が見えた。海側の窓から富士山を見たのは初めてだ。あまりに突然のことだったので、写真は撮りそこねてしまった。
 しかし、せっかく見えた富士山なので、すぐ近くを通ったときに、山側の窓から写真を撮った。
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2009年1月 2日 (金)

経が峰が白くなっていた

 飼育実験中の虫があるので、職場に出た。途中、経が峰を正面に見るのだが、上の方が白くなっていた。この冬の初冠雪だ(と思う)。
 朝、自宅付近では、陽は射していたが、雨もぱらついていたが、さすがに山の上の方は雪だったようだ。本格的な冬になってきた。寒い。
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2009年1月 1日 (木)

2009年帰省と初詣

 世の中を見ていると、とても「おめでとうございます」という言葉を口に出す気分にはなれないが、とにかく年が明けたので、とりあえず、今年こそは良い年になりますように、と言いたい。
 昨日は11時前に寝てしまったので、紅白歌合戦を最後まで見る事も無かったが、それでも朝はそれほど早く目が覚めず、8時前になってやっと寝床から出る事ができた。
 今日は実家まで日帰りの帰省。9時ぐらいに出るつもりだったが、とても間に合わず、家を出たのは10時近くになってしまった。
 新しい車になってから2回目の帰省だが、たかだか1500ccの車とは言え、新しい車は車高も低くなり、安定感を増し、スピードを出しても気にならない。そんなこともあり、国道23号線を快適に飛ばし、258号線、1号線、揖斐川と長良川の間の県道、155号線などを通って実家に向かったところ、1時間50分ほどで着いてしまった。これまで2時間を切ったことはなかったのでびっくりした。車のメーターを見ると、家を出てからちょうど80km。燃費は16km/lだった。ちょうど5lのガソリンを消費したことになる。
 まずは墓参りに行き、食事を済ませてから真清田(ますみだ)神社に初詣。それなりの人出で、拝殿の前は相当な混雑だった。
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 初詣を済ませて家に帰ったら睡魔に襲われしばし熟睡。夕食をとってから帰宅した。帰りは行きに来た道を逆走。夜8時前に家を出たら9時45分ぐらいには帰宅できた。行きよりも、さらに早く走ったことになる。
 とにかくこれで、元日の予定は終了。それなりに疲れた。

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2008年12月23日 (火)

三重日独協会・クリスマス・ソーセージパーティーに参加

 何となく成り行きで三重日独協会の会員になってしまった。今日はその三重日独協会の主催によるクリスマス・ソーセージパーティーに何となく参加することになってしまっていたので、夕方から一番下の息子と一緒に出かけた。会場は三重県総合文化センターの中の一室。クリスマス前ということもあり、総合文化センターは見事に電飾されていた。会場に向かって歩いていると、やはりクリスマス風に電飾された家が何軒かあったが、これらはちょっとエネルギーの無駄遣いのような気もする。
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 午後にはお菓子作りの教室もあり、そちらにも参加していた妻によれば、そちらには40名ほど集まったそうだが、ソーセージパーティーには20名ほどしか集まらず、ちょっと寂しい気もした。ソーセージに限らず、ドイツ風の食べ物がいっぱいあり、堪能できた気がする。
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 グリューヴァインやグラーシュも美味しかった。
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 途中でドイツの歌を歌ったが、久しぶりに大きな声を出して歌ったような気がする。それまで、何となく調子が悪かったのだが、大きな声を出して歌ったら調子が良くなったような気がした。不思議なものだ。歌うことは、体に良いのかも知れない。なかなか暇がないので合唱団に参加するという気も起こらないのだが、体のために合唱団に入ってもいいかも知れない。できれば、元気な歌が歌える男声合唱団があるといいのだが、そういう合唱団があるのだかどうだかも知らない。
 会は夜8時半にはお開きになり、後片付け。9時前には解散となった。
 外に出ると、オリオン座が目の前に奇麗に見えた。歩いて家まで帰る途中、よく見てみると星がたくさん見えた。シリウスは燦然と輝き、その近くをみると、プロキオン、ポルックス、カストル、カペラなどの一等星はもちろん、三等星ぐらいまでが見えた。この街中でである。
 北を向くとカシオペア座が高く見えた。よく目を凝らすと、カシオペア座あたりには何となく天の川がぼんやり見えるような気がした。と言うことは、今晩はよほど空が澄んでいたということなのだろうと思う。
 そうこうしているうちに、家も近づき、体も少し暖まったような気がした。今日は日中はボーッとして過ごしたような気がするが、夕方以降はなかなか充実した時間を過ごすことができたような気がする。
 明日は外回りの仕事。頑張らなくては。

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2008年11月 2日 (日)

蓬平温泉から帰宅

 朝は6時半ごろ目が覚めた。まずは温泉に入る。やはり大きな湯船に浸かるのは気持ちが良い。
 この旅館の朝食も豪華だった。出されたものは食べないと気が済まない質なので、とにかく全部平らげる。ますます体重を気にしなければいけない。
 それにしてもこの旅館、設備も良かったし、女将さんから仲居さん、さらには送迎バスの運転をしてくれた人まで、みんな気持ちが良かった。旅館の名前は「よもやま館」。機会があればまた泊まってみたいものだ。
 バスで長岡駅まで送ってもらったところ、10時20分頃に駅前に着いた。もう5分ぐらい早ければ10:22発の普通列車に乗ることができ、特急料金を使わずに済むところだったが、それには間に合わなかったので、駅ビルの中で昼食などを買い、11時過ぎの特急「北越4号」に乗った。自由席だったので、座れないことはないにしても、家族がバラバラに座らなければいけないことを覚悟していたが、車内はせいぜい3割程度しか人が乗っておらず、余裕で席を選ぶことができた。連休の中日ということもあり、空いているのかも知れない。柏崎までは内陸を走るが、柏崎を過ぎると日本海が見える。思ったよりも天気が良かったので、海もしっかり見えた。
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 1時間弱の乗車で直江津へ。ここでは2分の乗り継ぎで長野行きの普通列車。115系の3両編成。それなりに混雑していたが、バラバラになりながらも全員着席できた。高田で降りる人が多く、ぼく以外の3人はぼくが知らないうちに1ボックスを占領していた。昼時なので、長岡で買った食べ物の包みを開く。荒井を過ぎると人もややまばらになってきた。高田から乗って来てぼくの隣に座ったオバサン。きちんとした服装をしているのだが、たくさん荷物を持って、かなりの量のお弁当の他にカップ酒も持っている。どんなオバサンだろうかと思った。
 途中の二本木駅はスイッチバック。ここで反対方向の列車と交換する。後から入って来た直江津行きの列車が先に発車した。ここから関山を過ぎるまではかなり急な登り勾配がある。電車もスピードが出ない感じだ。やがて進行方向右手に目立つ山が見えて来た。「妙高山だろう」とぼくが言うと、さきほどのオバサンが「正面の姿が良いのが妙高山で、その右側が火打山、その右がちょっと見えにくいけど焼山ですよ」と親切に教えてくれた。丁寧な言葉遣いで上品そうなオバサンだということがわかってきた。カップ酒が空いたあとは缶ビールを注いで飲んでいたので、そのギャップに驚いた。ローカル線に乗ると、こういう出会いもあるので面白い。
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 長野に着いたのは定刻の13:29。14:00発の大阪行き特急しなの16号は既に入線しており、乗車も始まっていた。10両編成のうち、自由席は前方の2両。ところが、まだ1人しか乗っていなかった。席は自由に選ぶことができた。定刻になっても席は半分ぐらいしか埋まっておらず、これからも連休の中日だからだろうと思わされた。篠ノ井を出発すると、まもなく日本三大車窓に数えられる姨捨。天気が良かったので、しっかり味わうことができた。
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 松本を過ぎたあたりから、ぼくを除く家族は全員熟睡状態。旅館の部屋は別々だったので知らないが、おそらく夜遅くまで起きていたのだろう。ぼくにとって列車の車内は貴重な読書空間。この列車を含め、この旅行で2冊の本を読み終える。
 名古屋からは約30分の待ち合わせで17:30発の快速みえ。既に数人の待ち行列ができていたが、今日は4両編成での運転だったので、余裕で着席できた。
 昨日からご馳走続きだったので、夕食は簡単に済まそうということになり、ぼくは津駅前のコンビニエンスストアでカップうどんを買って食べることにした。
 簡単に夕食を済ませた後、風呂に入り、そのあと恐る恐る体重計に乗ってみた。すると驚いたことに、出発する前と体重がほとんど変わっていなかった。よくよく考えてみれば、それほどカロリーの高いものばかりがあったわけでもないし、たくさん食べたものの、出るものもたくさん出ていた。まずは一安心。と言うことで、ほぼまる2日間にわたる旅行が終わった。

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2008年11月 1日 (土)

旧山古志村を眺める

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 長岡駅には朝7時過ぎに着き、まずはタクシーで親戚の家へ。朝食をいただき、しばらく休憩してから車で寺に向かう。11時過ぎに始まった法要には30人以上集まった。こんなにたくさん人が集まる法事は最近では珍しい、と住職が言っていた。その後、市内の某会館バスで某会館に向かい、そこで食事。かなりのご馳走だった。その某会館のバスで長岡駅まで送ってもらい、今度は蓬平温泉の旅館のバスで蓬平温泉へ。2004年の新潟県中越地震で大きな被害を受けた場所だ。到着した旅館は立派なものだった。地震のあと、復旧させたものだろう。
 宴会までには時間があったので、旧山古志村に行ってみることにした。蓬平温泉からは数キロの距離で、大して遠くはない。金倉山というところに展望台があることがわかったので、そこに向かうことにした。駐車場に車を停めて歩くこと5分ほど。立派な展望台があった。長岡から小千谷の町を見渡すことができ、反対側を見れば中越地震のときに孤立した旧山古志村が見える。大変展望の良い場所だ。
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 水を張った田圃のように見えるところは、田圃ではなく鯉を養殖するための池だということらしい。中越地震のときに、確かに鯉の話が出て来たのを憶えているが、旧山古志村の重要産業の一つであることをあらためて認識させられた。
 旅館に戻ってからは、風呂に入り、そのあとは大宴会。三年半前にもこの一族の法事があり、そのとき以来のカラオケもした。たまには大きな声を出して歌うのも良いものだと思う。何曲か歌ったが、沖縄関係の歌だけで3つも歌ってしまった。「島人の宝」は長男と一緒、「えんどうの花」は我が家一家そろって、「童神」は一人で。
 後から聞いた話だが、この旅館の仲居さんに中に、今年沖縄から出て来た人が一人いて、我が家一家が沖縄の歌を歌っていたので嬉しかった、という話をしていたとのことだ。沖縄はぼくにとっても心の故郷だ。
 朝もしっかり食べたし、昼もさらにしっかり食べたし、この宴会でもしっかり食べたので、帰ったときに体重計にのるのがちょっと怖い気がする。

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2008年10月31日 (金)

寝台列車に乗るのは本当に久しぶり

 妻の親戚関係の法事のために新潟県の長岡に出かけることになった。長岡駅近くの寺で法要が始まるのが11月1日の11時。それに間に合うためには、当日出かけていては間に合わないので、夜行で行く事は必然となった。なるべく安く上げようと、まずは名古屋から新潟に行く夜行バスを第一候補にしたのだが、敢無く切符を取る事ができず、どうしようかと思案した。その結果「テツ」の息子が発案した急行「きたぐに」での可能性を考えた。その結果、とることとなった経路は、津→(近鉄)→鶴橋→(大阪環状線)→大阪→(急行きたぐに)→長岡、帰りは長岡→直江津→長野→名古屋→津。料金がなるべく安くなることを考えた結果、購入したJRの切符は、大阪市内→名古屋市内(経由:東海道・北陸・信越・篠ノ井線・中央西)、直江津→長岡、長岡→直江津、名古屋市内←→津(快速みえ得ダネ4回数券)。最終的に手元に残った切符はこの5枚。
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 急行きたぐには583系寝台電車。この型の車輌には、昼間の座席には乗った事があるが、寝台車として乗るのは初めてだ。
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 寝台車として内部を見るのは初めてのこと。なかなか興味深い。通路はやや狭い感じがする。下段の寝台は十分に幅広いが、天井は低い。3段式だから仕方がないのだが。大人2人は下段、息子たちは中段と上段を使った。
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2008年10月23日 (木)

熊野の森ネットワークいちいがしの会編『明日なき森 カメムシ先生が熊野で語る……後藤伸講演録』

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熊野の森ネットワークいちいがしの会編『明日なき森 カメムシ先生が熊野で語る……後藤伸講演録』
吉田元重・玉井済夫監修
2008年10月10日発行
新評論
ISBN978-4-7948-0782-3
2,800円+税

 この本は、2003年に73歳で亡くなった後藤伸さんの講演を文章にしたものだ。後藤伸さんは、和歌山県生まれ和歌山県育ちで、和歌山県立田辺高等学校に長く教鞭を執られ、その傍ら紀伊半島の自然を見て、行動されてきた方だ。自然全般に関して様々な経験をされ、体で自然を理解しておられる方だ。
 と、このように書いたが、ぼく自身は後藤伸さんについて詳しく知っていたわけではなく、この本に収録されている講演録を読んで、そのように感じたのだ。
 後藤伸さんは、生物の中でも、昆虫のカメムシに特に造詣が深い。実は、1997年、ぼくが石垣島に移り住んだ年に、和歌山県の虫仲間と、宮本正一先生をはじめとするプロのカメムシ研究者等、総勢10名以上の団体で石垣島においでになり、そのときに一度お会いしてお話したことがある。そのときに記念写真を撮り、それは高橋敬一著「八重山列島昆虫記」(随想舎、2001年)の76~77ページに掲載されている。実を言えば、そのときは、こんなに壮大な思想の持ち主であることを知らなかった。もっとじっくりをお話をしていれば、ぼくのその後の生き方も変わっていたかも知れない。
 とにかく、この本はあまりに面白く、一気に読み終えてしまった。普通の人間は、物心ついた後のことしか思考が及ばないものだが、後藤伸さんは何百年、何千年という単位で自然の移ろいを想像できる力をもち、しかもそれを他の人に理解できる言葉で語ることができる、類稀なる人物だと言える。文献などで得た知識を持っていても、実体験を持っていない、いわゆる偉い学者の考えを一刀両断で斬り捨てていることなどは、痛快ですらある。実体験は重いのだ。
 昨今のエコロジーブームなど、この後藤伸さんの言葉を読めば、いかに浅はかなものであるかがわかる。これから自然を考える気のある人は、ぜひともこの講演録を読んで、自然を読んで考えるとはどんなことであるか、ということを理解して欲しいものだと思った。もちろん、ぼく自身もそうである。この講演録を読んで、目から鱗が何枚はがれ落ちたことか。
 亡くなった73歳という年齢は、最近にしてはちょっと早い。晩年は癌との闘病生活をおくられ、辛かったことだろうと思う。もう少し長く生きて、もっと多くのことを語って欲しかったと思う。 

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2008年10月16日 (木)

あてにならないバス時刻表

 某プロジェクトの研修会の講師を依頼されて、ツクバにある果樹研究所に出かけた。ハサミムシの同定法についての講演だ。ハサミムシは、ぼくの研究生活の出発点における材料だったので、それをネタに話をする機会を作っていただいたことは、やはり嬉しい。
 インターネットで列車やバスの時刻を調べ、津駅7:21発の近鉄の急行(この列車は名古屋に到着するまでに特急に1回も追い抜かれない数少ない急行の一つだ。途中で2本の特急に抜かれる急行も少なからずあるので、1回も追い抜かれないのは気分が良い。)に乗り、つくばエクスプレスのみどりの駅に11:45分に到着し、みどりの駅の近くで食事をとって土浦行きのバスに乗って榎戸バス停で降りて、そこから果樹研究所まで歩いて行く計画を立てた。
 ところが、朝予定より早く準備ができたので、その1本前の7:11発の急行に乗る事ができた。すると名古屋では予定より10分早い新幹線に乗ることができ、しかもそれはN700系だった。東京で京浜東北線に乗り換え、日暮里で常磐線に乗り換え、北千住でつくばエクスプレスに乗り換えてみどりの駅には予定より30分早い11:15に着いてしまった。ちょっと時間は早いが食事にすることにした。入った店は駅から歩いて数分のところにある「にんたまラーメン」という看板が出ている店。津市にもあるチェーン店だが、興味惹かれる店だったので当初からチェックしていた。チェーン店なので大きな期待はしていなかったが、それなりに美味しく、スープも飲み干してしまった。と言うことは、ぼくにとっては合格点だった。
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 そこであらかじめ調べておいたバスの時刻までしばらくあったので、店の中で持参した新書を読んで時間をつぶし、バス停に向かった。するとどういうことか、インターネットに出ていたのとは時刻表が全く異なっており、バスは出たすぐあとだった。目的地の近くまで行く次のパスまでに40分近く待たなければいけないことがわかり唖然とした。そこで気を取り直し時刻を計算すると、歩いて行っても開始時刻に余裕で間に合うことがわかったので、黙々と歩き始めた。天気が良く気温もやや高かったが、幸い荷物も軽かったので、足取りも軽かった。歩き始めてしばらくすると、何やら誰かに後を付けられているような気がして後ろを振り向いた。すると、長身の若い女性が日傘をさして歩いていた。やがて間は徐々に縮まり、ついには追い抜かれてしまった。足を動かす速度はほとんど同じなのに、歩く速度が違うのだ。どうやらぼくの歩幅が小さいらしい。はっきり言って悔しかった。その女性も同じ方向に歩き、女性が交差点で信号に引っかかる度に、ぼくが少しずつ追い付くなどして、差が開いたり縮まったりした。その女性がサイエンス大通りの信号に引っかかったときに何とかまた追い付いた。女性はサイエンス大通りを渡ったところで方向を変え、ぼくと別れることになった。みどりの駅から歩いてきたとしたら、その女性もかなりの距離を距離を歩いたことになる。ぼくと同じ酔狂な人だったのだろうか。ぼくはそのまままっすぐ歩き、上横場の信号の少し手前で脇道に入り、目的地の果樹研究所に向かった。ラーメン屋を出てから約45分で着いた。かなり早足で歩いたつもりなので、距離は4kmぐらいあったのではないかと思う。それにしても良い運動になった。
 目的地に着いてから地元の人にバスの時刻が変わっていた話をすると、「関東鉄道バスはちょくちょくダイヤが変わるのに、それを知る方法がバス停に行かなければわからないんですよ」とのこと。それにしても、とんでもない目にあったと感じた。みどりの駅に着いたときに、ちゃんとバス停で時刻表を確認すべきだった。
 今回の出張では、ぼくのハサミムシのほか、寄生蜂、クモ、ゴミムシ、トンボの同定法の講演があった。ぼくのハサミムシは他の分類群と較べると、種数が遥かに少ないので、十分に余裕のある話ができたと思う。
 夜は研究所の中での懇親会。この類の懇親会はあまり好きではない。何故かと言えば、ぼくの体は食べ物として汁物を要求するのだが、この類の懇親会では汁物が出る事は決してなく、水分を摂ろうと思えば、ビールかジュースかウーロン茶を飲むしか無いのだ。懇親会を終えてホテルに行っても、体が汁物を欲していたのだが、そんなものはなく、我慢して寝ることにした。
 明日は受講者が持参した材料を見る実習だ。どんな材料が見られるか楽しみだ。

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2008年9月13日 (土)

四国高松へ

 明日から開催される日本昆虫学会第68回大会に参加するために四国高松に来た。朝、普段出勤するときよりも少し遅く家を出発して、寄り道をしたりしながら、ゆっくり移動した。いつも同じような交通機関を使うのは面白くないので、普通の人があまり使わない経路でやってきた。
 途中、大阪では例によって日本橋の電気街を2時間ほどぶらついた。今回は新しい店を2軒「開拓」した。1軒は前からあった店だが、その存在を知ったのが比較的最近であり、日曜祝日は休みなので、前回日本橋を訪ねたときには行けなかった店だ。もう1軒は、比較的最近になって秋葉原から進出してきた店だ。1軒目の店を訪ねたときには他の客は1人だけ。これでは商売がやっていけないはずだから、平日にはもっと客が来ているのだろう。夫婦と使用人1人でやっている感じだった。雰囲気は良かったし、これまでに入手できないものがいくつか入手できたので、それなりの収穫があった。2軒目の店は間口がそれほど広くなかったので、狭いのかと思ったのだが、中に入ってみると、奥はけっこう広かった。品揃えは何度も行ったことがある秋葉原の店よりも悪いのだろうと思っていたが、自分が判断できる範囲では秋葉原の店よりはっきり劣っているようには思えなかった。値段も秋葉原の店とほとんど同じように思われた。この2軒の店のほかにも、これまで行ったことがある店を2軒訪ねた。
 大阪から先は、のんびりのんびり。たっぷり時間を使って、高松に着いたのは夜8時前だった。使った経路はナイショ。たっぷり時間があったので、本もたくさん読むことができた。
 まずは、予約してあるホテルの方面に向かったのだが、高松へ来たのだからまずはうどんを食べようと思った。ところが、着いた時間が遅かったせいか、もう閉まっている店が多く、うどんを食べることができないのではないかと危ぶまれたが、目指すホテルのすぐ前にある店が9時まで開いているということがわかって事なきを得た。
 入った店はチェーン店と思われる店。冷たい「ぶっかけ」を注文したのだが、「おいしい!!!」というほどでは無かった。決して悪くはなかったのだが、讃岐うどんに期待をかけすぎていたのかも知れない。これから数日、うどんを食べる機会は多いだろうから、今日の店が美味しかったのかどうかは、おいおいわかってくだろう。
 ホテルは、今年の春の学会のときに宇都宮でも泊まったチェーンのホテル。もちろん清潔感はあるのだが、やや殺風景な感じ。安いのにネットが使えるから、まあ文句は言えない。

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2008年9月 5日 (金)

信州のセミは少なかった

 某プロジェクトの中間検討会と現地視察のために昨日、今日と長野県に出かけた。
 昨日、長野駅を降りると、それなりに暑かったのだが、セミの鳴き声は全く聞かれず、もうセミは終わってしまったのかと思った。昼過ぎのほんの十数分のことだったので、たまたまその時間帯にセミが鳴かなかっただけなのかも知れないが。
 検討会が済み、夜は懇親会。懇親会が終わって外に出ようと思ったところ、このプロジェクトの評価委員であるK大学名誉教授のS先生が「今でもオペラを観ているんですか?」と話しかけてきたのでタマげてしまった。ぼく「何でそんなことをおっしゃるのですか?」。S先生「ドイツの国際学会のとき、オペラに通っていたと話されていたのを憶えてますよ」。う〜ん。もう20年以上も前のことなのだが、妙なことを憶えられてしまっているのに驚いてしまった。確かに学会の会期中、3回オペラハウスに行ったのは確かだ。ハンブルクのオペラハウスでは「フィガロの結婚」、「ナクソス島のアリアドネ」、「トスカ」を観たのはずだ。でも、あれほどオペラを観たのは、あのヨーロッパ旅行のときだけだ。日本ではそれほどオペラを観られるわけではない。
 二次会は失礼させていただき、ホテルでくつろぐ。とは言っても、テレビを見ながらゴロゴロしただけ。持参した本はほとんど読めず。
 ぐっすり眠ることはできたが、朝は必要以上には早く目が覚めてしまった。仕方がないので昨日買っておいた朝食用とサンドウィッチを食べ、コーヒーを飲む。テレビのニュースを見ていると、津市は大雨が降っているとのことで、津の街の景色が映された。
 今日は現地視察。集合時刻は7:50。普段の現地視察の場合よりちょっと早い。まず長野駅から北へ向かい、飯綱町の減農薬栽培のリンゴ農園を見た。害虫はほどほどに見られるのだが、天敵類の密度がかなり高く、実質的な被害にはなっていない。一般にリンゴは農薬が非常に多く使われている作物だが、やり方によっては農薬を減らせる良い事例だと思う。ここでは、ミンミンゼミの鳴き声をわずかに聞いたのみ。ヒメシロチョウも飛んでいたらしいが、自分は見ることができず。
 ここから高速道路を使って佐久へ。とあるホテルの宴会場のような場所で食事をとってから、軽井沢町のキャベツとレタスの産地へ。ここはこれまでに2回行ったことがある場所だ。しかし、9月に入ってから行くのは初めて。これまでは8月20日過ぎぐらいだった。去年も行ったのだが、そのときはエゾゼミの鳴き声が騒々しいほどだった。ところが今年は、着いたときにはセミの鳴き声は全く聞かれず。
 圃場で行われている調査の概要の説明を受けているうちに、遠くでミンミンゼミが鳴き出した。やがて、エゾゼミとアブラゼミも鳴き出した。しかし、鳴き声はまばらで、もうシーズンの終わりであると感じさせられる。圃場からバスを待たせてある場所へ行く途中、チッチゼミの鳴き声を聞くことができた。チッチゼミの鳴き声を聞くのは久しぶりだ。Zikadeさんによれば、松林の林床にツツジの仲間があるような場所に多い、ということだが、付近にはどちらも見当たらなかった。
 ということで、今回はエゾゼミの合唱を楽しみにしていたのだが、今年はもうシーズンをはずしてしまって、目的を十分に達することができず、というような状態だった。
 帰りは佐久平駅から新幹線で長野に出て、「しなの」に乗り換えて名古屋へ。疲れてしまっていたので「しなの」の中では3時間近く爆睡状態だった。名古屋からは「快速みえ」で津へ。疲れました。

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2008年8月23日 (土)

2008年養殖研究所一般公開

 と言う訳で、伊勢市の近くの玉城町にある養殖研究所の一般公開に行ってきた。最大の目玉は、あまごのつかみどり。残念ながら子供限定。ぼくもやりたかったのに。やはり、ピチピチはねる魚を手で触る感触を味わいたいのだ。
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 これだけでなく、研究者のみなさんの講演もしっかり聴いて勉強した。サケの話、アサリの話、ウナギの話。サケとウナギについては、いろいろと話題になることも多いので、断片的な知識はあったのだが、身近に思われるアサリのことはほとんど何も知らなかったので、大変勉強になった。
 養殖研究所には、石垣島に住んでいたときに、同じ団地の住人だったSさんがおり、その息子さんたちも来ているかと思ったのだが、今年は行かない、とのことで会えなかった。
 お昼までの講演を聴き終え、研究所を後にして向かった場所は、伊勢神宮内宮前のおかげ横丁。「赤福氷」を食べるつもりだったが、気温が低すぎるので食べる気にならなかった。それでも赤福の店の前を通ると、何人かは「赤福氷」を食べていた。過半数は、普通の「赤福」を食べていた。
 おかげ横丁では、適当な店に入って、「てこね寿司」と「伊勢うどん」のセットを食べた。伊勢神宮の近くでないとなかなか食べられないものだ。お味はまあまあ。でも、あの伊勢うどんのコシの無さを嫌う人は多いだろうなぁ。
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 これで1,100円也。もう少し安くても良いような気がした。

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2008年7月28日 (月)

ベトナム・ホイアン

 NHKテレビの「鶴瓶の家族に乾杯」を見た。今日はベトナム・ホイアンからだった。ぼくにとってベトナムは、もっとも滞在日数の長い外国で、2回の訪問で30日以上滞在した。2回目の訪問のとき、調査旅行の途中でホイアンに1泊した。それほど大きな町ではないが、古い日本人町もある落ち着いた町だと思った。
 番組の中では、ぼくが行ったとき訪れた「日本橋」も出てきて、多少の懐かしさを感じることができた。それより印象的だったのは、やはりベトナムの人たちの笑顔だ。ぼくがベトナムを訪れたとき、都会ではそれほど感じることはなかったが、地方都市や田舎に行った時に、とくにベトナムの人たちの笑顔を印象的に感じた。ようするに、日本に住む人は顔が暗いのだ。
 番組を見て、またベトナムに行ってみたくなった。今度は仕事ではなく行ってみたいと思うが、仕事のときは英語ができるベトナム人共同研究者と一緒だったので、田舎に行っても困らなかったが、プライベートで行くとなると、多少の困難はあるかも知れないが。
 次回の「鶴瓶の家族に乾杯」は9月1日の放送で、石垣島からとのこと。また見ないといけない。誰か知っている人が出るかもしれないから。

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2008年5月23日 (金)

山梨県の有機栽培農家を訪ねる

 昨日から山梨県北部の有機栽培農家を訪ねてきた。KさんやAさんなど、山梨県職員の皆さんには大変お世話になった。
 去年の秋、ある研究会でKさんとAさんにお会いしたとき、山梨県では有機栽培でしっかり経営が成り立っている農家がありますから是非見にきてください、というお誘いがあり、それに応える形でそれが実現した。
 あまり詳しいことは書けないが、これまでぼくが持っていた有機栽培のイメージが完全に破壊されるような衝撃を受けた。もっとも、三重県という温暖地と山梨県というやや高冷な地域とでは事情が異なるのかも知れないが、それにしても大きな規模で有機栽培を実現している現場を目にして驚かないわけにはいかなかった。
 これから数年の間、環境保全型農業と関連した研究プロジェクトに関わることになっているが、今回の見聞は大きな意味のあるものになるに違いない。
 山梨県を訪れたのは、学生時代以来かも知れない。そのときはオオムラサキで有名な日野春に行った。今回はオオムラサキの季節にはまだ早すぎるので思いを馳せたに留まったが、あちこちに雑木林や松林がある環境は、ぼくにとって心安らぐ所にように思えた。昨日も今日も天気がよく、松林に行けばハルゼミが元気に鳴いていた。本当に久しぶりにハルゼミの合唱を聞くことができた。山もまだ残雪を抱いており、南アルプスの雄大さは圧倒的だった。八ヶ岳の雪はほんの僅かしか残っていないように思われたが、山を南から眺めていたから残雪が少なく見えたのだろう。
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 昨日の夜は山梨県の皆さんと情報交換を兼ね懇親を深めた。一次会の席はとりたてて甲斐の国らしい場所とも言えなかったが、二次会に連れて行ってただいた店は、「おざる」と言って甲斐の国の名物の「ほうとう」をざる饂飩のようにして食べさせる店に連れていっていただいた。本当はこの店を一次会の場所にしたかったとのことだったが、他のグループに先に押さえられて予約できなかったとのことだ。ざるに盛られた茹でて水切りした「ほうとう」を具の入った暖かい汁をつけて食べる。麺食いのぼくとしては、大変満足できるものだった。この日ばかりは減量作戦も休戦だ。
 今回は行きも帰りも中央本線の塩尻を経由した。中央本線の名古屋方と甲府方の乗り継ぎはあまり良くない。行きは塩尻から先は普通列車の乗り継ぎしかなく、帰りは特急列車を乗り継いだが30分近くも待たなければいけなかった。甲府は東京方面に出るのは便利なようだが、それ以外の方向に出るのは極めて不便な場所と言わざるをえない。リニア新幹線ができれば大変近くなるだろうが、リニア新幹線そのものは無くても良いようなものに思える。

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2008年5月11日 (日)

渓流魚を食べる

 実家の母が出てきて、家族揃って渓流魚を食べに行った。行く先は、雲出川の源流の津市美杉町川上地区。市町村合併するまでは、一志郡美杉村だったところだ。もうちょっとで奈良県の御杖村。
 距離感がない場所だったのでどれぐらい時間がかかるかわからなかったが、車で津駅西口を出発してゆっくり走って1時間20分ほどで目的地に着いた。市内(と言っても旧津市内)は雨は上がっていたが、美杉町の中心部を過ぎたあたりから小雨になった。やはり山の中は雨が降りやすいようだ。
 着いた場所は「大吉」という店。一応予約してあったので、席が準備されていた。まずは、生け簀でマス釣り。ここで釣ったものを料理してくれる。はじめは魚肉ソーセージを餌にしていたが、魚はあまり興味を示してくれない。餌を練り餌に変えてもらったら、ほとんど入れ食い状態。ほどほどに楽しんだあとは、釣った魚を調理場に持って行く。
 昨日から気温が下がって肌寒い。部屋の中ではストーブが焚かれていた。ここは夏でも涼しいそうだ。釣りではなく、魚のつかみ採りもできるそうだが、この寒さでは川の中に入ろうという気は起こらない。もし夏に来たら、つかみ採りが楽しめるだろう。
 料理はマスの塩焼き、唐揚げ、アマゴご飯、オプションのアマゴの塩焼き、味噌汁に漬け物。つり上げたばかりのマスの塩焼きはうまい。アマゴはマスに比べて身が締まっていて、どちらかと言えばこちらが好みだ。6人で食べて10,500円だった。思ったより安くて十分に楽しめた。
 帰りは「道の駅美杉」に立ち寄って土産を買った。
 美杉村(現津市美杉町)には初めて足を踏み入れたが、それほど遠くないことがわかったので、また機会があれば行ってみたい。
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大吉の入り口

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生け簀での釣り

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「大吉」の店の中、ストーブが焚かれている

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マスの塩焼き

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アマゴの塩焼き

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アマゴご飯

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道の駅美杉

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2008年5月 6日 (火)

堀坂山へ

 今日は特に予定していたわけではなかったが、朝から良い天気になったので何処かへ行こうという話になった。山のガイドブックを頼りに決めた目的地は松阪市の堀坂山(ほっさかさん)。同行は妻と三男。家を出発したのは10時半だった。
 距離感がよくわからなかったが、登山口の堀坂峠にはほぼ1時間で到着した。ガイドブックには数台の車が置けるというようなことが書かれていたが、10数台の車が置けるスペースがあった。
 登り始めてしばらくは植林の中だったが、まもなく西側は二次林となり、30分も行かないうちに、ほとんど二次林の中の道になった。津市近郊の山は、経が峰にしても錫杖岳にしても、山頂近くまでスギやヒノキの植林ばかりの山が多く、歩いていてもつまらないのだが、この山はまあまあだと思った。
 堀坂山の山頂の標高は757mで経が峰よりも低く、登山口の堀坂峠の標高もかなりあるので、40分ほどで山頂に着いてしまった。ちょっと物足りないぐらいだ。山頂は見晴らしが良く、爽やかで気持ちが良かった。
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 山頂で弁当を食べていると、地表近くを様々な虫が飛んでいた。ハエのように飛び回るウスチャコガネはたくさんいた。職場の畑の回りにもいる種で珍しいというわけではない。三男も一緒に虫を追いかけていると、三男がウスチャコガネの雌を見つけた。職場にもたくさんいるコガネムシなのだが、まだ雌を見たことはなく、ここで初めて見ることができた。山頂にはチョウもたくさん飛び回っていて、アゲハ、キアゲハ、ミヤマカラスアゲハなどのアゲハチョウや、ミヤマセセリやルリシジミやヒオドシチョウがいた。ヒオドシチョウは子供の頃、一宮市の市街地でも見ることができるほど普通の種だったが、近頃ではずんぶん数が減ってしまったらしく、なかなか見る機会がない。こちら三重県に来てからも、はっきりと見た記憶がないので、今回が本当に久しぶりの対面のような気がする。
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 山頂の開けたところでは見られなかったが、登山道ではシリアゲムシの一種がよく目についた。平地に見られるヤマトシリアゲとは別の種であることはわかったが、名前はわからない。家に帰ってから調べようと思ったのだが、資料がなくてわからない。とにかく、歩いている間に相当な数を見たので、普通種には違いないだろうと思う。何故だかわからないが、見つかるものはほとんどが雌だった。
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 ゆっくり歩いて山を下りて、ゆっくり車を走らせて帰ってきたが、午後3時前に家に着いてしまった。ちょっとお手軽すぎる感じだった。しかし、すぐ近所の山に比べれば気持ちが良い山なので、またいつか登ることになるような気がする。

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2008年4月13日 (日)

きんてつ鉄道まつり 2008 in 塩浜

 三男坊につきあって「きんてつ鉄道まつり 2008 in 塩浜」に行ってきた。去年は同窓会で浜名湖方面に出かけていたので息子たちだけが行ったのだが、その日には大きな地震があり、浜松から急いで名古屋に戻って、動き始めた近鉄に乗って、電車2本を乗り継いで塩浜駅まで辿り着いて、塩浜駅から最初に動き始めた電車に乗ることがでできたと思ったら、その電車に息子たちが乗っていた。幸い、今年はそんなハプニングは無かった。
 それはともかく、とにかく人が多く、何を体験しようと思っても、行列に並ばなければいけないのには往生した。
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 結果的に唯一の楽しみは昼食。会場で店を出していた伊勢若松の穴子料理専門店「魚長」の弁当を食べた。840円也。味は値段なりの結構なものだった。
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 一応、記念撮影も。
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 とにかく行列に並ぶことに「疲れた!」の一言。昨日の藤原岳登山の方が疲れは少なかったと思う。

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2008年4月12日 (土)

藤原岳へ

 ぼくの職場をこの春定年退職されたNさんのお誘いで藤原岳に登った。同僚のOさんも一緒だ。前々から登りたいと思っていたのだが、なかなか実現できていなかったので、渡りに船であった。コースは聖宝寺から登り、藤原山荘を経て展望台に行き、帰りは藤原山荘から大貝戸に降りた。
 暑くもなく、寒くもなく、ちょうど良い気候だった、と言いたかったが、少々風があり、山頂付近ではちょっと寒かった。山頂付近は滋賀県側からガスがかかることが多かった。
 藤原岳はフクジュソウがたくさんあることで知られているが、8合目から9合目ぐらいにかけて、ちょうど花の盛りで、良い時期に出かけられたと思った。
 今日の文章はこれぐらいで、あとは写真でごまかすことにする。見ることができた花は、ミヤマカタバミ、フクジュソウ、キクザキイチゲ、アマナなど。
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2008年3月29日 (土)

二見浦と御福餅

 理由が無いわけではないのだが、学会から戻ってから二見まで出かけた。風が強く、けっこう寒かったが多くの観光客が観光客が来ていた。やはり伊勢志摩は大きな観光地なのだと思わざるをえない。
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 二見に行った一つの目的は御福餅を食べることだ。去年ひと騒動あった赤福と比較してみたくなったのだ。本店の直売場は客も鳴なくガランとしていた。カウンターのすぐ奥では、6〜7名の人が手作業で製品を作っていた。手作業で決まった形の製品を作るのには、おそらく熟練を要するものだと思う。12個入り960円を一箱買う。
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 家に帰って家族と一緒に食べた。家族それぞれが、「赤福が良い」とか「御福餅が良い」とか、意見が合わなかった。まあ、好みの問題なのだろう。見た目には、御福餅は赤福よりきめが粗い感じがした。味も赤福より素朴な感じがする。
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2008年3月25日 (火)

24年ぶりに宇都宮へ

 第52回日本応用動物昆虫学会に参加するために宇都宮に来た。
 まだ学生だった1984年にも第38回日本応用動物昆虫学会が宇都宮で開催されたので、初めてではないのだが、そのときのことはほとんど記憶に残っておらず、この24年の間にどこがどう変わったのかわからない。24年前には宇都宮駅東口にある「餃子の像」が無かったことは確かだと思う。
 それはともかく、ここに来るまで、電車は混雑していた。上野から宇都宮までは、在来線の普通列車のグリーン車に乗ったが、なかなか快適だった。普段はなかなか落ち着いて本を読めないので、電車に乗っている間は読書の時間だと考えているのだが、普通列車のグリーン車は良い選択肢だと思った。

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2008年3月15日 (土)

T先生の最終講義と退職祝賀会

 T先生の最終講義と退職祝賀会のために京都に出かけた。交通費節減のため、行きも帰りも草津線経由 だ。
 お昼ちょっと前に京都駅に着いて、すぐに近くの有名ラーメン店に出かけた。どういう理由か知らないが、隣同士に2軒のラーメン店があり、その両方ともが有名だ。
 店の前に着いたのが、ほとんど正午頃。目指す店の方には既に十数人の行列が店の前に出ていた。隣の店は、外で待つ人はいなかったものの、店内は満席のように見えた。待つこと十数分。その間、隣の店にもときどき行列ができた。
 隣の店のラーメンは汁の色が濃いという特徴があるが、目指した店のラーメンは特徴と呼べるようなものは無い。醤油味で、チャーシューが3枚、少々のメンマ、少々のもやしとやや多めのネギが乗っているだけだ。この店で食べるのは2回目だが、前食べた時の印象はあまり残っていない。今回食べてみて、やはり美味しいラーメンだということがわかった。また機会があれば行ってみたい。
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 店を出たのは12時半頃だったが、まだ店の外には十数人が列を作っていた。バスに乗ろうと塩小路高倉のバス停まで行くと、ちょうど目指す17系統のバスが来たので乗り込んだ。バスでは座れないのではないかと思ったのだが、かなり空席があったのは意外だった。河原町通りを通るこのバスは、渋滞で時間がかかるかと思っていたが、それも大したことはなく、1時頃には京大農学部前に着いた。
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 着く直前に見えた百万遍智恩寺にはたいそうな人だかりがあったので、ちょっと気になって行ってみた。どうやら、何かの法要の日に合わせてフリーマーケットが開催されているようだった。人ごみのなか、いろいろ物色したが、それほど興味を惹かれるものは無かった。
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 定刻の少し前に会場に着くと、既にかなりの人が集まっていた。顔見知りの数名と雑談。
 T先生の最終講義は、T先生の研究遍歴の紹介だった。T先生は学生時代の研究室の助教授だったし、学位論文の副査もしていただいたのだが、T先生の研究の全貌を把握していたわけではなかったので、この講義を聴いて、やっと初めてT先生が考えておられたことがわかったような気がした。ようするに、これまでT先生の研究について、ゆっくりと話を聞くことがなかったということだ。
 この講義の様子もカメラに収めようと思ったのだが、何とカメラのトラブル。カメラがいうことをきかなくなってしまった。このカメラで初めて写真を撮ったのが2002年11月29日だから5年数か月ということになる。おかしくなっても仕方がない。コンパクトでポケットにも入れられる大きさなのだが、200万画素という時代遅れのものなので、修理は諦めて新しいのを買わないといけないかも知れない。
 夕方は市内のホテルでパーティー。80人ほどが集まったとのことのようだ。ここでもT先生のことがいろいろ紹介される。
 パーティーは7時までということになっていたが、7時14分の地下鉄に乗らないと予定の列車で帰れないので、ちょっと早目に失礼した。
 帰りは山科駅から草津線に直通の列車に乗った。草津線に使われている列車には古いの新しいの色々あるが、行きは113系7700番台という比較的新しいものだったが、帰りのこの列車は、オリジナルの113系だった。座席の質が悪いだけでなく、車体のバネも悪いようで、乗り心地はあまりよくない。
 柘植での乗り換えはそれほど待たされることは無かったが、亀山では30分以上の待ち合わせ。津に帰り着いたのは午後10時14分。疲れが溜まらないギリギリの時間という感じだ。

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2008年1月 1日 (火)

元旦は日帰りで実家へ

 読者のみなさま、あけましておめでとうございます。今年もご贔屓にお願いいたします。
 ところで、読んでいるだけのあなた。そう、あなたです。たまにはコメントください。

 と、まあそんなところだが、今日は日帰りで実家に行き、墓参りをして、両親と弟一家に挨拶をした。車で片道2時間ちょっとだから、それほど苦になるほどの長距離でもない。昼前に墓参りを済ませたときには晴れていたが、午後からは雪もちらついた。この冬初めての雪らしい雪だ。帰りは夜になるので、ちょっと心配したが、帰る頃には雨に変わって、降る量も少なくなった。行きも帰りも、交通渋滞が起こりそうな場所(多度大社とか津島神社の付近)を避けたのは正解だった。
 今日は三食しっかり食べ、三重県に転居した以降の元旦としては、一番体調が良かったように感じられた。このまま一年、順調にいきたいものだ。
 年賀状をまだ半分も書いていないので、明日は年賀状を書かなければいけない。何とか、明日じゅうに片付けたいものだ。

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2007年10月13日 (土)

卒業25周年の同窓会

 卒業25周年の同窓会に出席するために京都に出かけた。25周年と言っても、4年で卒業した人が卒業25周年にあたるだけで、8年かかって卒業した人もいたから、その人にとっては21周年ということになる。要するに、同期で入学したメンバーのクラス会だ。
 朝8時過ぎに家を出て、紀勢本線、関西本線、東海道本線を乗り継いで山科まで出て、そこから地下鉄で京都市役所前まで出た。そこから会場までは少々距離があるのだが、時間には余裕があるので、そこからは散策しながらということだ。
 地下鉄の京都市役所前で降りたら、そこは地下街になっており驚いた。だいたい、21年前には、そんな場所には地下鉄なんぞ通っていなかった。戸惑いながらも地上に出ると、文字通り京都市役所の前だった。すごい人だかりだったが、フリーマーケットが開かれているらしい。衣類だとはたくさんあったが、「お宝」などは無さそうだったので、さっと見て人ごみから逃れた。
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 そこからは河原町通を丸太町通まで上がり、そこからちょっと西に行き、京都御所の横の寺町通を鴨沂高校のところまで上がり、荒神さんの前を通って再び河原町通に出た。荒神さんの前の鴨沂会館は、学生時代に合唱の練習で何度も通った懐かしい場所だ。河原町通を荒神口からさらに少し上がると京都府立文化芸術会館がある。ここでは、学生時代の合唱団の演奏会で、一度ステージに立ったことがある。やはり懐かしい。行事の予定を見ると、桂文我さんや桂米二さんの落語会も予定されているようだ。
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 ここから荒神口まで戻り、鴨川の方に向かった。荒神橋から上手を見ると、川の中に飛び石のように石が置かれている。昔からあったものなのかも知れないが、少なくとも記憶には無い。橋を渡るより、そちらの方が面白そうだと思って河原に降りた。
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 河原にはミゾソバの花が咲いており、いろいろな蝶が飛んでいた。黒っぽいアゲハチョウの仲間のようなものが一瞬飛んでいたかのように見えたのだが、近くに寄ってみてもそれらしい蝶は再び現れることはなかった。どんな蝶がいるのかとよく見てみたら、モンシロチョウ、ヒメアカタテハ、キタテハ、ツマグロヒョウモンなどがいた。いちばん多く見られたような気がしたのはヒメアタタテハだった。
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 飛び石を渡って対岸に行くと、会場の京大会館はすぐ近くだ。しかし、さらにその前に見ておきたい場所があった。川端通を少し上がったところにあるGoethe Institutだ。半年ぐらいだったが、ドイツ語会話を習った。当時と変わっていたのかどうかもわからないが、とにかく同じ場所にあったので、それなりの感慨はあった。
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 そこから京大会館はすぐだったが、写真を撮りながら歩いていると、担任だった(とは言っても、学科が違ったので講義を受けたことはなく、顔をうろ覚えだった)久馬先生のようにも見えた人が歩いていたのだが、自信が無かったので声をかけなかった。京大会館の前でも写真を撮って中に入ると、その人も後を追って入ってきたので、その時その人が久馬先生だったことがわかった。ちょっと情けない話だ。
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 当時のクラスは農林生物学科と農芸化学科の混合クラスで、農芸化学科は農林生物学科の倍以上の人数がいたので、途中から農林生物学科に転科した自分にとって、名前と顔が一致しない人の方が多いぐらいだ。それでも、顔を見ると、何となく思い出して昔の話に花を咲かせることができた。同じ三重県からは政治家になってしまった同級生も参加していた。「赤福」の話が話題になったことは言うまでもない。
 自分は一次会だけで失礼したが、久馬先生を含む参加者の半数以上は湯の花温泉での二次会に向かった。一次会では十分に話をできなかった人も多いだろうから、十分に楽しんだに違いない。
 この三重県に来るまで、物理的にも心理的にもなかなか京都は遠い所だと感じていたが、本当に気軽に京都に行けるようになり、楽しみが多少増えたような気がする。

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2007年9月24日 (月)

石垣島紀行第6日目(8月4日)

石垣島紀行第5日目(8月3日)から続く)
 石垣島での滞在も、今日で最後になった。あとは帰るだけと言えば確かにそうなのだが、乗る予定の飛行機は午後なので、昼過ぎまでは時間がある。
 釣り道具は送り返してしまったので、今日はもう釣りはできない。そうなると息子たちが目覚める時刻も遅くなってくる。
 朝食はバイキング。エストランの入り口で案内している従業員が中に案内してくれる。ところが、中に入ってみると、空席が無い。空席待ちの人がレストランの入り口を入った場所に溜まってしまっていたのだ。それなりの値段をとっているホテルなのだから、このような対応はいただけない。今では、チェーンのファミリーレストランや回転寿司でも、入り口のところの椅子があり、そこで空席ができるまで待てるようになっているのに。
 しばし待って席に着いた。我が家一行が席に着いた頃からは、徐々に空席が増えてきた。いちばん混雑する時間にレストランに行ってしまったのが悪かったと言えば悪かったが、ホテルの対応も、もう少し考えて欲しいものだと思った。
 食事の後、チェックアウトする前に、ホテルのすぐ前の新しい離島ターミナルの中を探検してみる。かつては、それぞれの船会社の事務所内の小さな待合室で待たなければいけないような状態だったが、新しいターミナルビルには待合室ばかりでなく、売店なども入っており、船の運航予定も電光掲示されている。現在の石垣空港のターミナルより立派なぐらいだ。浮き桟橋の数も増えて、船の乗り降りも楽になったはずだ。
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 ターミナルビルを出ると、目の前に「海人(うみんちゅ)」ブランドで有名な手作り館の本店がある。3年半前に、すでにこの店は存在していたが、外装が派手になっていた。かつては、さんばし通りに小さな店を構えていたことを思えば、大変貌だ。かつては、フリントずれしたTシャツなどをさんばし通りの店で安く買えたが、今ではさんばし通りの店も無くなってそういうことをしなくなったか、あるいは流通ルートが変わったためか、簡単には入手できなくなったようだ。Tシャツの材質は良いので、多少のプリントずれした品物を安く買えたのは重宝していたのだが。
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 ホテルをチェックアウトして、息子たちをかつて住んでいた団地に送り届け、妻と二人でまたバンナ岳スカイラインに向かった。とりあえず「エメラルドの海を見る展望台」へ。昨日の夜に行ったときには暗くてよくわからなかった部分もあったが、昼間に見てあらためて驚いた。ここまで立派にしなくても良いのに、と言うのが偽らざる感想だ。唯一評価できる点は、便所が整備されたことだろうか。
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 展望台に向かうと、植え込みにゲッキツ Murraya exotica が植えられているのに気が付いた。ゲッキツは柑橘類の致命的な病気であるカンキツグリーニング病(黄龍病、huanglongbing)の病原体であるバクテリアを媒介するミカンキジラミ Diaphorina citri Kuwayama, 1908 が好む植物で、ミカンキジラミはこのゲッキツで爆発的に個体数が増えることがある。沖縄県の農業関係の行政部局では、ゲッキツを除去することを奨励してるのだが、公園を整備する部局ではどうやらこのことを理解していないとしか思えない。行政の縦割りが問題だとされることは多いので、このことに驚きはしないが、どうにかならないかと思う。
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 「エメラルドの海を見る展望台」からの展望は良く、市街地を一望できる。この場所まで大型バスを入れて観光コースにしようというのは理解できないことはない。
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 我が家が3年半前まで住んでいた団地も望むことができる。もっとも、我が家は3階建ての1階だったので、この場所からはほとんど見えない。
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 ここからさらに「渡り鳥観測所」の方に向かおうと思ったのだが、工事中で進入できなかった。仕方がないので八重守の塔のところまで戻り、Eゾーンを通ってCゾーン側の登り口から「渡り鳥観測所」に向かった。
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 「渡り鳥観測所」からは名蔵アンパル、ぶざま岳、屋良部岳、於茂登岳などが奇麗に望める。
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 於茂登連山のほぼ西の端のピークがぶざま岳。「ぶざま」とは奇妙な名前だが、どのような意味なのかは知らない。謂われはあるのだろうが、ぼくにとって既に「ぶざま岳」という名前は記号と化している。
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 かつての職場もよく見える。またこの場所で仕事をする機会を得たいものだ。
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 山から下りて、再び街へ。八重泉酒造が製造している「黒麹酢」を買うためだ。これは妻と三男の好物だ。津市界隈では買えないので、ちょっと多めに買うので、飛行機に持ち込むのもためらわれる。美崎町にある稲福酒販に行き、発送してもらうことにした。
 再び団地に行き、息子たちを回収し、食事をとる。何処で食事をとるかという話になると、なかなか意見が一致しないのが我が家の困ったところだ。結局、「島こしょう」という新しい店に入る。一昨日、妻が食事会に行った店だ。あまり食欲が無かったので、ゆしどうふだけを食べた。
 レンタカーを返却し、空港へ。ちょっと時間に余裕がありすぎた。それでも送迎デッキなどで十分に時間をつぶせる。美味しいソフトクリームもゆっくり食べる。
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 そうこうしているうちに、知人友人がたくさん見送りにきてくれた。フクザワさんの奥さんは、息子さんの誕生日だということで作った、豚の三枚肉の煮付けやおいなりさんを持ってきてくれた。フクザワさんのご主人は北海道の出身だが、奥さんは沖縄本島の出身だ。沖縄の人は大雑把なことも多いのだが、友達になれば本当に細かいことを気遣ってくれる。いちゃりばちょーでー、だ。
 飛行機はターミナルから一番近いスポットだったので、ターミナルからは徒歩で飛行機に。送迎デッキではみんなが手を振って見送ってくれる。自分たちも何度も送迎デッキから人を見送ったが、やはり見送られるのは寂しさを感じる。また石垣島を訪れたいものだ。
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 JTA616便はほぼ定刻に石垣空港を出発した。天気は良く、最後の石垣島の姿を見送ることができた。
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 JTA616便からは途中、宮古島も奇麗に望むことができ、慶良間諸島のすぐ近くを通って北上し、大きく右に旋回して残波岬を望むあたりから南に向かって那覇空港に着陸した。今日は夏らしく南風が吹いていたらしい。
 那覇空港では少々待ち時間があったので、一旦外に出てA&Wでルートビアを飲もうとも思ったのだが(この旅行の一つの目的としてA&Wのルートビアを飲むことがあったが、ここまで果たせていたなった)、長男と三男が「ゆいレール」の写真を撮りたいというので、それにつきあうことになり、結局ターミナルビルの中に店があるにもかかわらず、A&Wに入ることは出来なかった。
 那覇空港からはJAL2086便伊丹空港行き。ほぼ定刻に出発。やはり南向きに離陸。今回は通路側の席だったので、外はよく見ることができなかった。伊丹空港に着いてターミナルビルを出たのは18:40頃。リムジンバスの乗り場に向かう。切符を買って乗り場へ行くと、今日は淀川の花火大会が開催されているので、阪神高速が渋滞し、上本町まで50分から1時間ぐらいかかるとのこと。モノレールと地下鉄を乗り継いで行った方が早かったかも知れないが、切符も買ってしまったので、そのままバスを待つ。19:00定刻に出発したバスは上本町に19:48頃到着。近鉄の駅まで急いで20:03発のアーバンラーナーに乗ることができた。電車の中で、フクザワさんにいただいた煮付けとおいなりさんをいただく。21:25頃津駅に到着し、普段は歩く所だが、今日は荷物があるのでタクシーに乗る。ワンメーターなのでちょっと申し訳ないと思い、「すぐ近くで申し訳ないんですけど」と言うと、運転手さんも「もうこれが済めば営業所に戻りますから良いです」と言ってくれた。
 これで、6日間の「濃い」旅が終わった。

(2007年夏の石垣島紀行これにて完)

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2007年9月20日 (木)

福島はおそらくこの時期にしては珍しいぐらい暑かった

 朝は6時前に自然に目覚め、檜風呂に入った。朝食はバイキング形式だったが、もうそれなりの歳なので、自分の腹具合に合わせて食べた。何故かコーヒーカップが異様に小さく、何度もお代わりをする事になった。8時30分に旅館を出発し、また研究所へ。
 研修は昼までで終わり、路線バスで福島駅へ。しかし、この2日間、意外に暑く、結果的にはずっとTシャツで過ごし、持参した長袖シャツが登場する機会はなかった。やはり、台風の影響で暑いのだろうか?
 福島駅にはほぼ予定通りの時刻に着いたが、「つばさ」に乗ろうと思うとゆっくり食事ができないので、弁当を買った。妻のリクエストの「ままどおる」を土産に買う。ついでに職場への土産も同じものにする。
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 13:17発の「つばさ114号」の自由席は空いていた。駅で買った弁当を食べ、車内販売が来るのを待った。本を読みながら待っていたのだが、「峠の力餅」のことが頭にあると、読んでいる本の内容があまり頭に入らない感じがする。宇都宮を過ぎたあたりで、やっと車内販売が回ってきた。「峠の力餅はありますか?」と訊くと、「あります」という答えに一安心。
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 新幹線は上野で降り、例によって秋葉原へ。決してメイド喫茶に行くためではない。最近は新幹線の上野駅を利用することは無かったが、地下4階ということで、随分深いところにある。長いエレベータに乗って、やっと地上へ。しかし、ツクバエクスプレスの秋葉原駅よりは、多少マシかも知れない。
 秋葉原では電子パーツ屋をハシゴする。今まで入ったことが無かった(と言うより、その存在を最近まで知らなかった)日米商事へ。いかにもジャンク屋らしい雰囲気で、悪くはない。その後、いつもの鈴商、秋月電子をまわり、秋葉原ラジオデパートへ。最近はここを素通りばかりしていたが、久しぶりに中に入ってみると、古いものもあり、面白かった。さらにニュー秋葉原センターの小沢電気商会へ。ここは、何度かウィンドウショッピングしたことがある場所だが、買い物をしたことは無かった。とにかく、古いものがいっぱい並んでいるし、雑然としており、店主が気難しそうな感じがしていたからだ。ところが実際に話をしてみると、こちらがアマチュア無線家だとわかると、気さくに応じてくれた。また東京方面に出張があれば、立ち寄ってみたい。
 帰りは東京から「のぞみ49号」に乗った。博多行きだったのでN700系を期待したが、500系だった。以前山陽新幹線区間を乗ったとき、あまり良いが無かったのだが、乗り心地はそれほど悪いことも無かった。もっとも、荷物を載せる棚が小さすぎるのは問題だと思う。
 この新幹線に乗った時、ぼくは持参したタオルでさかんに汗を拭いていたのだが、隣に座ったぼくよりちょっと若そうなビジネスマンも、やはりタオルで汗を拭いていた。「暑いですねぇ」と声をかけると、応じてくれたので、しばし雑談。京葉線のホームから新幹線のホームまで歩いてきたら、汗が出て仕方がなかったとのこと。でも、このビジネスマンとは新横浜ですぐにお別れだった。東京と新横浜の間はそれほど距離も長い訳ではないのに新幹線に乗るというのは、ぼくには理解しにくいのだが、ビジネスマンはそれだけ忙しいということなのだろう。
 名古屋で降りて新幹線のホームできしめんを食べた。久しぶりにきしめんを食べたが、それなりに美味しいと思った。一応腹ごしらえをしてから近鉄の乗り場へ。それほど疲れていないので、特急料金は節約して急行に乗った。クロスシートを期待して、ホームの前寄りに並んだのだが、6両編成のすべてがロングシートだった。とりあえず席だけは確保できたので、文句は言わないことにする。21時過ぎに津駅に到着。それほど疲れていないので、明日の仕事は大丈夫、だはず。

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2007年9月19日 (水)

意外な場所でハマベハサミムシに出会う

 津駅発7時16分の近鉄特急に乗ったらほぼ満席だった。この時間帯に特別料金(しかもやや高価)が必要な電車にこれだけの人が乗っていることは、やはりすごいことだと思った。お金を余計に使ってでも、楽に座って行きたいということなのだろう、と思ったのは、自分がそう思ったからだ。名古屋からは「のぞみ206号」の禁煙の自由席。近鉄から乗り継ぐと新幹線のホームのほぼ端から端まで歩かなければいけない。東京では8分の乗り継ぎ時間で「Maxやまびこ・つばさ111号」の自由席に乗った。乗り換え改札に行くために北の方に進んだので、何となくそのまま北の方に歩いたら、前の方に連結されている「つばさ111号」の方だった。つばさにはまだ乗った事が無かったので、それに乗ることにした。自由席の場所を車掌さん(女性)に訊ねると、一番前の16、17号車とのこと。東京駅でも、結局ホームの端から端まで歩くことになってしまった。Maxの2階建の車輌より、落ち着いた感じがする。歩いた甲斐があった。宇都宮を過ぎたあたりで車内販売が回ってきた。ちらっと見ると「鉄子の旅」に出ていた「峠の力餅」があった。うちの息子たちが「一度食べたい」と言っていたような気がしたので、帰りに買うことを決意した。と言う事は、帰りも「やまびこ」ではなく「つばさ」に乗らなければいけないことになった。とりあえず、当初の予定寄り1本早い東北新幹線に乗ったので、福島駅では十分に時間があり、帰りに買う土産を物色し、昼食をとった。ラーメンが好きなのだが、東北なので蕎麦にした。しかし、不味くはなかったものの、感激するほどの味でもなかった。やはり、下調べをしておくべきだったかも知れない。やがて、研修の参加者が集まり、13:00発のバスに乗り、目的地の研究所へ。
 途中の仕事の話などは省略する。宿は出張先の研究所からそれほど遠くない土湯温泉の旅館だった。露天の岩風呂と檜風呂が売りらしい。夜は岩風呂が「殿方用」。一緒に講師として参加した別の研究所から来たIさんとの雑談が1時間ぐらいは続いたような気がする。途中、灯りに寄ってくる虫のことも気になり、灯りの回りを探すと、クモがいっぱい巣網を張っていた、ということは、それなりに餌になる虫が多いということだろう。下に目を向けると、何とハサミムシがいた。どんな種かと思って1匹捕獲して灯りの近くで見てみると、ハマベハサミムシ Anisolabis maritima (Bonelli, 1832) の雌成虫だった。他にも幼虫が何匹もいた。ハマベハサミムシは海岸や大きな河川の下流域の砂地に多いという印象を持っていたので、こんな山の中の谷底で見られるとは思ってもいなかった。
 ここのハマベハサミムシは、灯りの下に落ちていたガの成虫の屍体を食べていたのだが、温泉で一年中暖かくて湿っており、冬はどうだか知らないが、それなりに餌が確保できるこの場所は、ハサミムシの棲息場所として、それなりに良い条件を備えているのではないかと思った。近年、家の中にハサミムシが出て気持ちが悪いので何とかしたい、という相談を何度か受けた事があるのだが、そのような場所とも条件が似ているのかも知れない。

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今日明日は福島へ

 今日これから出張で福島(大阪の福島じゃないよ)に出かけるのだが、どんな服装で出かけたら良いのかわからない。畑に出たりするので、ネクタイを締めるわけではないが、上着も持って行くべきかどうか。
 結婚したのは盛岡に住んでいたときで、結婚式は9月22日だった。結婚式の翌朝は気温が下がって窓に露が付いたのをよく憶えている。
 福島は盛岡より南だから少しは暖かいだろうが、それにしてもこの時期の出張は服装に悩んでしまう。

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2007年9月17日 (月)

日本昆虫学会第67回大会3日目

 朝6時半に目覚ましをかけていたが、それが鳴る前の6時過ぎぐらいに目が覚めた。カップ入りの沖縄そばがもう1個残っていたのでそれを朝食にした。シャワーを浴びて、荷物をまとめる。今日はチェックアウトするからだ。8時過ぎにチェックアウトする。今回はノートパソコンを持ち込んでブログなどを書いていたので、部屋のテレビの電源を一度も入れなかった。そのかわり、ラジオ(しかもAM放送だった)はずっと鳴らしていた感じだった。やはり、テレビよりラジオが好きなのだ。最近のビジネスホテルはテレビは必ずあるが、ラジオが無いところが多く、今回もラジオを持参していたのだが、それの出番は無かった。
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 今日は荷物を持って坂の上の大学に行かなければいけないので、駅からはバスに乗る事にした。バスは始発の阪神御影から乗っても、大学のすぐ近くの阪急六甲から乗っても値段は同じなので、時間と料金との兼ね合いから、JR元町からJR六甲道までJRの電車に乗ることにした。阪神元町も神戸高速花隈も地下にあるが、JR元町は地上だ。やはり地上の駅の方が良い。JR六甲道からはバスだ。これまでの2日間は阪急六甲から歩いて会場に向かったので、正規の入り口から入らず、裏道を通っていた。だから、今日は3日目にして、はじめて正規の入り口から大学構内に入った。
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 今日の学会は、午後の最初からシンポジウムなので、一般講演は午前中だけだった。今日は害虫管理と生物的防除関係の発表が行われる会場でほとんど過ごした。それなりに面白いと思ったものもあったが、本当に面白いと思えるものは残念ながら無かった。面白い面白くないといいう判断基準は、ぼくの頭なので、他の人が聞けば違った判断になるのだろうが。
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(↑巨大なカマキリの前脚・↓虫の万華鏡、いずれもシンポジウム会場にて)
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 午後からは「2005年の博物館」というテーマのシンポジウムに出た。これも一般に公開されたシンポジウムだ。4題いずれの話題も、博物館の学芸員をされている方の講演だったが、最初の3題はこれからの博物館で行うことの方向を提案するものだった。いずれも、一般市民に対してどのように博物館を使ってもらうか、という点で、それぞれの博物館で努力されていることがよくわかった。最後の1題は、分類学と系統学の関係がこれからどうなっていくか、という話で、博物館をどのようにしたら良いのか、という点を中心に語られた最初の3題とは全く異なった視点の話だったが、生物系の博物館では分類学や系統学と無関係ではいられないのは確かなので、それなりに意味のある話題提供だったのかも知れない、と言うか、話自体は面白かったのだが、シンポジウムのテーマからはちょっとはずれている感が否めなかった。
 最後は「地表性甲虫談話会」の小集会に出席した。2題の話題提供があり、いずれも生態学関係のものだった。ゴミムシは一般に捕食性のものが多いが、中には植物種子を主な餌とする系統群がいくつもあることが近年の研究で明らかにされてきた。その種子食性のゴミムシ類の雑草種子に対する捕食量としたべた研究が岐阜大学連合大学院(=静岡大学)の大学院生の市原実さんによって紹介された。もう一つは純真短大の石谷正宇さんによって、ゴミムシ類の生態に関する研究の世界的な動向についての紹介があった。ゴミムシ類は種数が多く、分類学的にもまだ様々な問題が残されているということもあろうが、生態に関しては主にヨーロッパで研究が進んでおり、一部アメリカの研究もあるのだが、日本での研究はまだまだ少ない。その中でも、今すぐ手をつけたら面白いのではないかというテーマがいくつか提示された。そのあとは、自己紹介を兼ねた一人一話が行われ、それでほぼ予定の時間が消費された。
 その後、懇親会も予定されていたが、今日は帰らないわけにはいかないので、すぐに帰途についた。阪急六甲から梅田に出て、そのあと地下鉄で日本橋まで出ようとしたのだが、なかなか地下鉄の駅にたどり着けず、余計に時間がかかってしまった。まだ乗った事がなかった谷町線の南森町から谷町九丁目に乗るために、ちょっと遠回りだったが、東梅田→(谷町線)→谷町九丁目→(千日前線)→日本橋の経路を通った。日本橋では帰りの近鉄特急アーバンライナーの切符を確保し、なんばウォークのわしたショップに向かった。わしたショップでは、ルートビアとミキを調達した。そのとき初めて気が付いたのだが、レシートには「わしたショップなんばウォーク店」ではなく「ちゅらりなんばウォーク店」と書かれていたのだ。店の造りも品揃えや品物の配置も前と全く変わっていないので気が付かなかったのだ。どうやら「わしたショップ」から独立したらしい。まあ、これまで通りの品物が入手できれば、「わしたショップ」でも「ちゅらり」でも関係ない。
 店を出てからその近くのラーメン店「古潭」で「あっさりラーメン」というの食べたのだが、どこが「あっさり」なのかわからなかった。不味いわけではないが、とりたてて美味しいというほどでもなかった。しかし、スープを全部飲み干したので、ぼくの基準には合格だ。ラーメンのあとはなんばウォークをずっと西に向かい「551蓬莱」で豚饅を調達した。これは家族への土産で、明日の朝食になるはずだ。
 「551蓬莱」の位置をしっかり把握していなかったのだが、近鉄難波の東改札からかなり西に行ったところにあったような気がしたので、さらに西に向かい西改札から入ることにした。しかしこれはおそらく失敗で、東改札に戻ってから構内に入った方が歩く距離が短かったような気がした。
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 近鉄難波20:00発のアーバンライナーは定刻の21:21よりやや遅れて津駅に着いた。妻と三男が車で迎えに来てくれていた。もちろん、頼んであったわけなのだが。

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2007年9月14日 (金)

懐かしの港神戸

 明日から神戸大学で開催される日本昆虫学会の大会に参加するために神戸に来ている。去年の鹿児島大会のときに泊まったホテルは安ホテルだったので、電話回線ですらインターネットに繋げなかったが、今回はほどほどの値段なので、ネットワークが使える。
 泊まっているホテルは、元町駅から中突堤に向かう途中の阪神高速道路をくぐったすぐのところにある。部屋は11階で海側なので、景色も良い(と思う)。まあ、写真をご覧ください。
Port_of_kobe
 思えばこの場所は、今を遡ること27年前、初めて石垣島に行ったときに船に乗った場所だ。あのときは、どのような経路で来たのか、今となっては思い出せないが、最後は阪神の元町駅に降りたことは覚えている。そこから、キスリングに詰めた重い荷物を背負って、中突堤にあるフェリー乗り場まで歩いたのだ。駅から港まで歩くだけで相当疲れたような記憶が残っているが、今回はそれほど荷物が重いわけでもないので、散歩気分のうちに着いてしまった。
 おそらく景色も相当変わったのだろうと思うが、27年前のことはほとんど覚えていないので、どこが変わったのだか、全く判らない。

 今日は津を昼過ぎに出てきた。途中、室生口大野駅では、ミンミンゼミがたくさん鳴いていた。やはり、山の方にミンミンゼミは多いように思える。大阪では日本橋で降りて、なんばウォークのわしたショップで沖縄産品を物色し、さらに例によって日本橋界隈の電子部品販売店を冷やかした。あまりに冷やかし過ぎたので、地下鉄の恵美須町から梅田まで、阪神に乗り継いで出て元町に着いたときには、午後7時を過ぎてしまっていた。目の前の安っぽい中華料理屋に入って中華丼とワンタンを食べた。中華丼はいまいちだったが、ワンタンはまあまあだった。そこからホテルに向かったのだが、その途中に中華街があった。ちらっと覗いたが、そこで食べれば良かったと若干後悔した。明日は学会の懇親会があるし、それ明後日は明後日で、小集会のあと、どこかに流れて行くだろうから、この中華街で食事をとることはなさそうだ。


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2007年8月25日 (土)

養殖研究所と「おかげ横丁」へ

 五カ所湾にある養殖研究所の一般公開があったので出かけた。養殖研究所は宮川の近くに玉城庁舎があり、去年の一般公開はそちらで行われたのだが、一年おきに交互で開催されているので、今年は五カ所湾にある南勢庁舎ほうだ。所用があり、現地に着いたのは昼過ぎになってしまった。
 いつもどおり展示やタッチプールや金魚すくいなどもあったが、今年は講演会にも参加した。山本剛史研究員による「魚粉を減らした環境にやさしい養殖飼料」という演題。午前中にも1回あり盛況だったそうだが、午後は人はぱらぱら。養殖という場面での環境に負荷をかけないための考え方をいろいろ知ることができた。
 養殖研究所を後にして、次は伊勢神宮の「おかげ横丁」の「赤福」で「赤福氷」を食べることを目指す。地図を頼りに最短ルートで迫ったつもりだったが、剣峠の山越えの道は幅が狭く傾斜も急なので、速度が出ない。20kmあまりの道のりだったが、ずいぶん時間がかかってしまった。
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 これが「赤福氷」。伊勢名物として有名な「赤福餅」の餅と餡を別にして、抹茶がかかったかき氷に入れたようなものだ。適度な甘みがあって美味しい。夏季限定なので、いつでも食べられるわけではない。
 食べたあと、桂文我さんの落語会が毎月開かれている「すし久」を探す。けっこう風格がある建物だった。

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2007年8月12日 (日)

世間並みに帰省

 昨日から1泊で尾張一宮の実家に家族揃って帰省した。帰省と言っても日帰りできる距離なので、それほどの大仕事ではない。
 行きは国道23号線の木曽川大橋が工事中ということなので、それを避けようと、桑名で23号線から258号線に入り、桑名東インターチェンジから蟹江インターチェンジまで東名阪自動車道を利用した。料金は450円。その後の西尾張中央道も大した渋滞もなく、2時間ちょっとで着いてしまった。腰痛があるので、昼食前に幼なじみの整体師の所へ。整体は大繁盛。腰痛持ちの人はたくさんいるようだ。
 午後から夜にかけて、名古屋へ。大須の電気街を冷やかし、電子部品を少々購入。腹具合がいまひとつで、夕食は軽くあっさりした中華そばを一杯のみ。その後、名古屋昆虫同好会の例会へ。セミの話題等を少々提供。その後、臨時の幹事会。幹事会を途中で抜け出し、一緒に抜け出したナリタさんに金山駅まで送ってもらう。金山からの電車は遅い時間帯にもかかわらず意外に混雑。名古屋で入れ替わりがあったが、結局座れず。お盆休みの土曜日の夜ということで、人出が多かったのかも。
 今日は墓参りに行ったが、さすがにお盆直前の日曜日ということもあり、混雑していた。墓地の中の狭い道には駐車している車がたくさんあり、すれ違いも大変だった。
 帰りの道の選択には迷ったが、155号線から立田大橋を通って多度の258号線に抜けようかと思った。しかし、立田大橋までの道が渋滞。途中の道の駅で小休止し、気分転換。258号線まで出ると、車はやや多いものの、それほどの渋滞はなかった。途中四日市の1号線沿いで昼食をとったが、桑名から鈴鹿までの1号線はやや渋滞。鈴鹿で23号線に入ると、あとは順調。
 津市内に入ったあたりでセルフサービスの給油所に入ったところ、何と出てきたのは空気だけ。メーターは回りっぱなしで料金が積算されていく。店の人を呼んだところ、レギュラーガソリンが欠品であることが判明。ハイオクガソリンをレギュラーガソリンの料金で入れてもらうことに。でも、ハイオクガソリンを入れようと考えたことは一度も無いので、全く得をしたという気分にはならない。どちらかと言えば、時間を損した気分。
 家に戻り、シャワーを浴びて、石垣島旅行以来伸び放題になっていたあご髭を剃って、気分も一段落。途中で車が振られることがあったので、風が強いのだろうと思っていたが、実際にそうだった。家の窓を開け放すと風が通って気持ちが良い。海からの風で、気温もそれほど高くない。

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