旅行・地域

2009年12月26日 (土)

2009年・白塚おさかなまつり

 今朝は休みの日としては珍しく早く活動を始めた。白塚漁港で開催される「白塚おさかなまつり」に出かけるためだ。スーパーなどで買うより安く魚介類が買えるらしい。ということで、妻と二人で出かけた。息子たちも誘ったのだが、乗ってこなかった。
 心配されたほどの渋滞も無く、駐車場も広く、その点では全く問題はなかった。
 会場は思ったほど広いわけではなかったが、テントが立ち並び、魚介類をはじめ、野菜などの即売もあった。人も多かったが、我慢できないほどの混雑でもなかった。
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 会場では、その場で食べられるものもいろいろあったので、朝食を抜いて行っても良かったかも知れない。
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 今回の一応の最大の目的は、マグロの解体ショーを見ること。会場にはNHKとCBCのテレビカメラも来ていた。大きなマグロが鮮やかな包丁さばきで分解されていく。まずは頭が落とされて、次に半身のさらに上下に分けた四分の一に分けられていった。最後まで見る必要もないと思ったので、半身が分解されたところまで見た。あとはいろいろ買い物。
 今晩のおかずは、マグロの刺身にアサリの味噌汁。それに、「白塚ギョウザ」の予定。

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2009年12月20日 (日)

久しぶりの鰻

 朝一番で映画を観に行ったあとは、家族揃ってどこかで外食しようという話になった。なかなか5人の意見が揃わなかったが、結局、鰻を食べることで落ち着いた。鰻を食べるのは久しぶりだ。
 鰻を食べることに決まったら、自宅からもそれほど遠くないところにある我が家のお気に入りの店に行くことにすんなり決まった。
 昨日、mixiのお友達の日記でたまたま鰻の話が出たが、今日鰻を食べに行くことになったのは、全くの偶然。まともな鰻屋で食べたら、やはりスーパーで買ってきた鰻を食べる気がしなくなる。ま、懐の事情が許せば、ですが。でも、津の鰻は(他の街と較べれば)安くて美味しいです。
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2009年11月30日 (月)

『コール・ネネム』35周年記念演奏会

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 所用で盛岡に帰省していた妻が、たまたま日程が重なったので、この前の土曜日の『コール・ネネム』の演奏会に行って、プログラムの冊子をお土産に帰って来た。
 『コール・ネネム』は1974年に結成されたルネサンスの合唱曲を主なレパートリーとする少人数の合唱団だ。今回出演したメンバーは17人。35年も続いているのは大したことだと思う。
 実は、ぼくはこの合唱団に1986年から1993年にかけてお世話になっていた。大変思い出深い合唱団だ。今回のレパートリーになっている、ジョスカン・デ・プレの『ミサ パンジェ リングァ』もネネムのステージで歌ったことのある懐かしい曲だ。ルネサンスの合唱曲の面白さを教えてくれたのはこの合唱団だし、はまりすぎて他の時代の合唱曲だけでは物足りなく感じられるようになってしまった。
 今回、ぼくが在籍していた当時のメンバーが9人も出演していた。長く続けていることは大変だろうと思うが、同時に大変うらやましい。できることなら、また一緒に歌いたいものだ。
 プログラム冊子と一緒に、いろいろなコンサートのチラシもお土産だったが、面白そうなコンサートがたくさんあり、盛岡の音楽の文化レベルの高さを感じる。今住んでいる津市にも全国的に有名な合唱団はあるのだが、街自体にはあまり文化的なものが感じられない。
 盛岡への転勤の話でもあれば、即、「行きます」などと言ってしまうかも知れない。石垣島へはもっと行きたいけれど。

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2009年11月23日 (月)

尾張一宮へ・・・35年ぶりの中学校の同窓会

 卒業以来35年ぶり開催された中学の同窓会に参加するために帰省した。途中、ちょっと用を足すために、名古屋の金山に立ち寄った。駅からほど近い道端にランタナの花を見つけて意外だった。というのは、ランタナというのは南方系の植物で、もう寒くなっている愛知県で元気に花を咲かせているとは思わなかったのだ。これは、単なるぼくの認識不足なのかも知れない。しかし、石垣島に住んでいた頃には、あちこちにランタナが植えられており、たまにはそれにホリイコシジミという珍しい蝶が発生したのが思い出されるのだが、その記憶が「ランタナ=南の島のもの」という記憶を植え付けたのかもしれない。
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 金山の駅ではストリートパフォーマンスが行われていた。南米のインディオ風の2人が南米の音楽だけでなく、ヨーロッパの音楽も演奏していた。ゆっくり聴いていても楽しそうだったが、先の予定があるので、ちょっと立ち止まる程度にした。
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 尾張一宮の駅に降り立ち、まずは実家に向かう途中、ちょっとだけ遠回りをして、つい最近「一時閉店」することになった「三八屋」の前を通ってみた。町起こしの試みとして、店をシェアして日替わりで店主が変わるという店で、面白い試みだと思うのだが、どうも成功したとは言えないようだ。「一時閉店」というのは、「次を準備しているぞ」という意思表明として受け取っておきたいと思う。これを主催しているのは小学校から高校までずっと2年先輩になるHさんだが、頑張って欲しいと思う。
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 実家に戻り、自転車を借り、同窓会の会場へ向かう。途中、3年ほど前に入った昔ながらの中華そば屋の前を通った。相変わらず3年前と同じように営業していて嬉しかった。
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 会場までは、自転車でゆっくり走って10分ほどだったか。会場に着いたのは、ほぼ受付が始まる予定の時刻だったが、既に多くの参加者が集まっていた。何しろ35年ぶりなので、顔を見ても名前がわからない人がほとんどだった。が、名札を見れば、何となく昔のことが思い出されるので面白い。35年も離れているので、何を話して良いのかわからないのではないかと思ったのだが、記憶の奥底に押し込まれていた思い出が発掘され、心配したほど話題に困ることもなかった。
 会が始まる前、前の選挙で市会議員になったK君と話ができた。彼のお父さんも市会議員だったので、お父さんからの勧めかと思ったのだが、自分の意思で立候補したとのことだった。堅い会社務めを辞めて市会議員になるのは相当な決心が必要だったと思う。決して豊かではない町の市会議員をするには苦労が多いことと思うが、おそらく市会議員の中では若手になると思う彼には頑張って欲しいと思う。
 会が始まると、まずは実行委員長のN君の挨拶。彼とは成人式のときに会っている記憶があるので、30年ぶりの再会ということになる。名前だけの実行委員長だと謙遜されていたが、そんなことはないと思う。
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 次に恩師が紹介された。10クラスあったので、10名の先生が出席すると思っていたのだが、1名の先生はご逝去され、1名の先生は病気のため欠席ということだった。忘れていたのが、担任を持っていなかったが学年主任だったS先生。S先生が出席されていたので、出席された恩師は総勢9名だった。恩師の代表として学年主任だったS先生が挨拶された。
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 S先生は思ったよりも若々しく、ぼくが「お変わりありませんね」と言ったところ、S先生は「あの頃君たちは、ぼくを実際より年寄りだと思っていただろ。まだ38だったんだぞ。」と言われて恐縮してしまった。白状すれば、確かに45歳ぐらいだと思っていた。
 恩師の紹介と一緒に物故者の紹介もあった。卒業生が400名余りいたが、10数名が亡くなっていたとのことだ。ぼくの中学の同級生で、一番有名になったのは、マジシャンになった藪下君だったが、今年の5月に惜しまれながら病気で亡くなった。そのほか驚いたのは、とある国立大学の教授になったS君が物故者として紹介されたのだ。信じられなかったので、帰宅してから大学のウェブサイトを検索したところ、彼の名前があったので、とにかく安否を尋ねるメールを出してみた。何かの拍子に誤った情報が伝わったのだと信じたい。
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 テーブルは3年生のときのクラスごとに分けられており、担任だったO先生を囲んで思い出話をした。何時、どんな状況だったか思い出せないのだが、中学校を卒業してから何年かしてから、友人数名とO先生のお宅にお邪魔して麻雀をした記憶があるのだが、O先生も他の友人も記憶になかったようだた。ぼくの記憶違いだろうか?
 まあ、とにかく、今回出席できた皆さんは、それなりに順調に人生を送ってくることができたわけなので、お互い喜びたいと思う。今回の同窓会のクラスの世話役を担っていただいたO君や、全体の世話役を担っていただいた皆さんには、良い機会を作っていただいたことに感謝を申し上げたい。
 次に集まるのは還暦の頃かな?まあ、それまで元気で過ごしていきたいものだと思う。
 同窓会に参加した元3年2組の一部の皆さんには、このブログの存在を紹介した。このブログを読んでいただければ、ぼくが今どんなことを考えて生きているかを少しは知っていただけると思う。気が向いたらコメントを付けてください。誰でも読めるコメントを書くのが憚られるならば、「プロフィール」をクリックしていただければ、個人的なメールを送るボタンがありますので、そちらでも良いですよ。

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2009年11月20日 (金)

第19回天敵利用研究会−千葉大会−2日目

 今日は一般講演が14題。お昼ちょっと過ぎまでだ。
 今日の講演は、今年2月に生物農薬として登録されたスワルスキーカブリダニに関する発表が目白押しだった。普段は露地野菜しか相手にしていないので、スワルスキーカブリダニについては状況を把握していなかったので、それなりに勉強になった。
 終了後、同僚と一緒にJR千葉駅に向かう途中のチェーン店の饂飩屋に入った。チェーン店ではあるが、それなりに美味しいと思う。「けんちんうどんセット」780円也。
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 千葉駅からはJR総武快速線に乗り、錦糸町で緩行線に乗り換え、秋葉原へ。昨日の夜、NHKの「ブラタモリ」で秋葉原が紹介されていたので、また行きたくなった。紹介されていた公園は確かに存在し、橋の名残りが見つかった。「佐久間橋」と書かれていた。
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 秋葉原駅で電車に乗ろうとしたら、見慣れない色の電車が走ってきた。確認するとE231系なので、単なる色違いの山手線の電車だった。「山手線命名100周年」と書かれていた。
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 その後、東京駅に出て家族への土産を買い、横浜石川町の某所に向かった。某所でちょっと買い物をし、石川町から新横浜駅に出て新幹線に乗った。千葉→秋葉原、秋葉原→石川町、石川町(横浜市内)→名古屋(市内)と3つに分けて乗車券を買ったが、あとで計算してみたら、千葉→名古屋(市内)と乗車券を買うのと、ピッタリ同じ値段になった。さらに細かく見てみたら、東京から名古屋に行くのに、東京→石川町、石川町(横浜市内)→名古屋(市内)と移動する方が安くなることがわかった。意外な発見だ。川崎駅も横浜市内の扱いなので、東京→川崎、川崎(横浜市内)→名古屋(市内)と移動すればさらに安くなる。
 たまたま新横浜で乗った「のぞみ」は、東京を16:30に出発した博多行きだった。名古屋到着は18:13。名古屋18:30の「快速みえ」に乗るのにちょうど良い時間だったので、名古屋駅の地下街「エスカ」で担々麺を食べるのを諦め、そのまま「快速みえ」に乗った。

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2009年11月19日 (木)

第19回天敵利用研究会−千葉大会−1日目

 昨日、東京都内で開催された某シンポジウムに参加し、南千住の安ビジネスホテルに泊まり、今朝、京成線の千住大橋駅まで15分ほど歩き、京成線の電車を3本乗り継いで京成千葉中央駅直結の会場にやってきた。千住大橋は隅田川を渡る橋だ。松尾芭蕉の奥の細道への旅への出発点はここらしい。隅田川はコンクリート3面張りのきたない川だとしか思えなかったが、芭蕉の時代はもっときれいだたのだろうと思う。20091119blog2
 昼食は駅近くの「タンメン胖(ばん)」という店で食べた。ちょっと時間が早かったので、誰も客がいなかったが、ぼくが入った後からは、続々と人が入ってきた。食べたのは「タンメンセット」。タンメンと餃子と小さい御飯で800円。タンメン単品なら650円。野菜たっぷりで美味しかった。出張に出ると、野菜が不足するので、たっぷりの野菜は嬉しい。この店のメニューに「ラーメン」というのもあるのだが、入ってくる客のほとんどが「タンメン」(セットを含む)を注文し、ごく一部の人が「みそタンメン」を注文して、「ラーメン」を注文する人は誰一人としていなかった。
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 研究会は午後からの開始。最初は一般講演が8題。そのあとは「露地作物における天敵の保護利用とそのための植生管理」という題目のシンポジウムだった。天敵利用研究会は、これまでに地元開催だった一昨年に参加したことがあるだけで、今回は2回目の参加だ。今回参加したのは、このシンポジウムがあるからだと言って良い。
 シンポジウムの1題目は平井一男さんによる「海外における植生管理と天敵保護の事例−環境直接支払いから機能的生物多様性の活用までー」、2題目以降は具体的な事例紹介で、國友義博氏と赤池一彦氏による「山梨県の有機栽培圃場における間作・混作とその普及」、豊嶋悟郎氏による「長野県における複合交信撹乱剤を用いたキャベツほ場の土着天敵保護とその問題点」、豊島真吾氏らによる「果樹栽培における植生管理と土着天敵の保護」。平井氏の話題提供は、ヨーロッパ各地における取り組みの紹介で、広大なコムギ畑の周辺の植生を管理したり、ビートルバンクを設置したりすることによって生物多様性を維持し、それに対して、農家に対する直接支払いが行われている国があることなどが紹介された。後の3題は、日本国内における、畑と果樹園の園芸作物における事例の紹介だったわけだが、平井氏によって紹介された、普通作物における事例とは性格的にかなり異なっており、ヨーロッパの事例をそのまま日本に当てはめるわけにはいかないと感じた。ヨーロッパにおける事例を日本にあてはめるなら、水田作であろうと感じたので、その点について総合討論のときに平井氏に質問しようと思ったのだが、討論は後の3題の方に集中し、平井氏に質問するのが場違いな雰囲気に思われたので、質問するのを躊躇し、そのまま総合討論は終わってしまった。
 シンポジウムが終了したあと、平井氏に直接質問したところ、平井氏が言いたかったのは、ぼくが質問しようと思っていたまさにそのことであり、平井氏も総合討論の雰囲気の中で発言できなかったとおっしゃっていた。日本で生物多様性を考えた農業を行うとすれば、やはり水田作を中心に据えなければ話にならないと思う。
 そのあとは、情報交換会という名の懇親会。料理は美味しかったと思うが、開始後30分でほとんどの食べ物が無くなってしまい、量的に不満が残った。ちょっと高級感のあるホテルが会場だったので、会費(安かったわけではない)を考えるとそんなものかも知れない。

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2009年10月31日 (土)

堀坂山と『蕎楽 悠庵』の蕎麦

 特に予定していたわけではなかったが、明日は天気が崩れるという予報が出ているし、今日は大変気持ちの良い日なので、朝寝坊をしたのだが、堀坂山にハイキングに行くことになった。隣の松阪市にある山だが、登山口の標高がかなり高く、そこまで車で行けるので、山頂を極めるのはたやすく、気軽にハイキング気分で登れる山だ。春に二度登ったが、この季節は初めてだ。登山口まで車で1時間ほど。登山口に着いたときに、ちょっとしたトラブルに気付き、やや意気消沈してしまった。それでも、気を取り直して歩き出した。この時期はあまり昆虫を見る期待はできないが、ザトウムシが歩いているのがけっこう目についた。山頂には30~40分で到達した。晴れていて風も無かったので気持ちが良かったが、少し靄がかかっていて、見晴らしは良くなかった。目の前にはすぐ隣の観音岳が見える。
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 山を下りてから、近くに蕎麦屋があるので蕎麦を食べに行くことにした。看板を頼りに車を走らせるが、なかなか蕎麦屋が現れず、こんな道の先にあるのだろうかと不安になった。が、やがて目指す場所が見つかった。まさに、山の中の隠れ処という雰囲気の場所だ。飯福田寺のすぐ近く。
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 『蕎楽 悠庵』。イタリア料理店を弟子に譲って蕎麦屋を始めた人がやっているということだ。出てきた蕎麦は見た目にも奇麗だし、本格的な味がした。欲を言えば、もう少し量が多いと良いと思う。
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 帰りは、堀坂峠を通らず、中村川に沿った初めて通る道を走ってきた。ずっと緩やかな下り坂なので、車の燃費は極めて良い。里に出るまでは26km/Lぐらいだったが、そのあと平らな道を走っても家に戻るまでの平均燃費は約21km/Lだった。
 ちょと疲れが出て、家に帰ってシャワーを浴びてから一寝入りした。

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2009年10月 4日 (日)

アレクス君との別れ再び

 1か月ほど前に送り出したアレクス君が半月ぐらい前に日本にやってきた彼女のハナさんを連れて、昨日再び我が家にやってきた。土産話と一緒に、ハナさんは息子たちのためにドイツのカードゲームを2種類お土産に持ってきてくれた。ひとつは「セット」で、もうひとつは「LAND UNTER」だ。どちらも知らなかったゲームだ。
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 今日は、もう一度アレクス君に会いたいというので、尾張一宮の実家から母も出てきてくれた。
 今日の昼食は、ハナさんとアレクス君がドイツ料理を作ってくれた。Spätzleというパスタのようなものとグラッシュだ。グラッシュは肉と野菜を煮込んだもので、これまでにも食べたことはあったが、Spätzleは初めてだ。調理中はこんな感じ。なかなか美味しくいただくことができた。
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 アレクス君たちは、明日伊丹空港から成田を経由してフランクフルトに飛ぶということで、今日は伊丹空港の近くのホテルに泊まるとのこと。部活で忙しい長男は居なかったが、夕方みんなで駅まで見送りに行った。列車が来るまでホームで話をしたり写真を撮ったりして過ごした。列車が来てアレクス君とハナさんが列車に乗り込み、列車が動き出すと、驚いたことに三男坊が涙を流していた。
 アレクス君と一緒にいたのは1か月ぐらいだったが、家族でない人間が我が家にそんなに長い間一緒に居たことはなかったし、三男坊も何か感じることがあったのだろうと思う。ぼく自身にとっても、貴重な経験だったと思う。定年になって時間ができたら、アレクス君とハナさんに会いに、ゆっくりドイツを旅行できたらいいものだと思う。
 昼食がしっかりしたものだったので、夕食は軽く済ませることになった。そのあとは、ハナさんが持ってきてくれた「セット」で遊ぶことになってしまった。「LAND UNTER」はちょっと面倒くさそうな感じだが、「セット」はルールが単純なので、かなりはまってしまいそうなゲームだ。

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2009年9月30日 (水)

つくばへ・・・同定研修会に参加

 津市内に住む虫屋のOさんやAさんからウスバウバメガを見たという話を聞いたが、津に来てからは、まだ一度も見たことが無い。昨日の朝、出張でつくばに出かけるために桜(ウスバツバメガの寄主植物だ)の名所の偕楽公園の中を通ったが、やはり姿を見ることができなかった。
 昨日はまだ疲れが抜けておらず、名古屋まで立ちっぱなしというのもかなわないと思ったので、本当に久しぶりに名古屋まで近鉄特急に乗った。名古屋に行くのに近鉄特急を使ったのは、ほぼ2年ぶりだ。津7:15発の特急に乗ったら、名古屋8:20発ののぞみにギリギリで乗れた。N700系。時間に余裕があったので、何も慌てて乗ることは無かったのだが、ついつい階段を上がってすぐ、目の前のドアから乗ってしまった。そこはグリーン車だったが、そこから自由席車輌まで、けっこう歩かなくては行けなかった。予想通り、自由席にはほどほどに空席があり、問題無く着席できた。
 東京には10時過ぎに着き、すぐ上野に向かい、上野駅で少し時間を潰して早めの昼食もとった。常磐線の列車に乗り、牛久駅に着いたのは昼前だった。ここでもバスの時刻までベンチで一休み。
 午後1時前につくばの現地に着いたら、天気はあまり良くなかったが、ツクツクボウシとアブラゼミの鳴き声が聞こえた。
 昨日から今日まで、現在行っているプロジェクト研究の同定研修会だ。去年はハサミムシを担当して講義をする側だったが、今回は受ける側だった。昨日は午後半日で講義を受け、夕方は懇親会。農林水産省の施設の中の食堂で行われたのだが、量も質も質素だった。かなり不満は残ったが、食べ過ぎで具合が悪くなるような危険性はなかったので良かったのかも知れない。普段ならこの施設の中の宿泊施設に泊まるところだが、満室だと言うことだったので、近所(と言ってもバスで4〜5分ぐらいの所だ)のホテルを予約しておいた。このホテルも質素だった。その割には、値段はそれほど質素ではなかった。
 今日は実際のサンプルをもとに同定の実習。ゴミムシやクモのサンプルを持参したのだが、専門家の目で見てもらうと、同定間違いがたくさんあった。特にクモがひどい。そのうち慣れてくると思うのだが、科のレベルで間違っているのだから話にならない。しかし、今回の研修を受けたことで、着実に同定能力はスキルアップされたと思う。
 研修は昼までで、施設の食堂で昼食をとったが、やはり味は不満が残る。バスで牛久駅に向かったら、ちょうど1時間に1本の特別快速が来て幸運だった。特別快速ならつくばエクスプレスにも見劣りしない。日暮里で山手線に乗り換え、秋葉原で途中下車し、しばし秋葉原見物(若干の買い物も)。
 東京駅に向かい、ちょうど発車する新幹線に乗ったら、またN700系だった。名古屋で降り、久しぶりに「想吃担担面エスカ店」に行く。最近は比較的出張が多かったのだが、列車(快速みえ)の時間の都合で食べそびれていた。しかし、今日はちょうど良い具合の乗り継ぎ時間だった。汁なし担々麺とマンゴープリンを食べる。うまい。
 食事を終え、名古屋駅の関西線のホームに行くと、既に快速みえには乗客が乗り込んでおり、座ることはできなかった。まあ、これも桑名までの辛抱と思って乗ったところ、予想したとおり、桑名では相当数の客が降り、座ることができた。
 東京でも雨が少し降っていたが、こちらでは傘をささずに歩くには無理がある程度の雨が降っていた。このところ、長い間雨らしい雨が降っていなかったので、しばらくは雨が降ってくれた方が良いのではないかと思う。

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2009年9月11日 (金)

2年ぶりの神戸・・・関西病虫害研究会に参加

 神戸で開催される関西病虫害研究会の第91回研究発表会に参加するため、昨日から神戸に行った。昨日は移動日で、長男が使い残していた「青春18きっぷ」が1回分あったので、それを使っていわゆる「乗り潰し」をした。新しく乗ったのは、JR東西線の尼崎から放出までとおおさか東線の放出から久宝寺駅まで。電車の中では、誕生日にアレクス君から贈られた『フェルマーの最終定理』を読み終えた。長い本なので読み終えるのに数日かかったが、わくわくさせられるような面白い本だった。夕方は同僚と落ち合って、神戸元町の南京町の中華料理店で夕食をとった。
 朝は早めに起きてホテルの1回のロビーで簡単な朝食をとった。喉が渇いていたせいか、ジュース1杯、スープ2杯、コーヒー3杯も飲んでしまった。南京町の西安門の近くのホテルから会場までは歩いて12〜13分だった。するとそこにあったのは、「小泉八雲旧居跡」という碑。小泉八雲と言えば松江、という印象しかなく、神戸にも住んでいたとは知らなかった。
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 一応関西病虫害研究会の事務局なので、会場では受付に座っていた。講演が始まると講演会場へ。
 昼食は神戸出身のIさんの案内で、美味しいという噂のラーメン屋へ。地下鉄の駅で2/3駅ほど西へ歩く。「神戸の中華そば・もっこす本店」。
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 昼食時のセットメニューがお得ということで、それを注文。中華そば+餃子+御飯で800円。なかなか美味しいラーメンだった。ただの中華そばなのにチャーシューが多かった。中華そばとは別にチャーシューメンというメニューもあったが、どれぐらいチャーシューが乗っているかを想像すると恐ろしい。お腹がいっぱいになり、午後からは目の皮も弛みがち。
 夕方4時半前に講演会は終了。同僚は軽い打ち上げに参加するということだったが、ぼくは一人でさっと阪神元町駅に向かう。目的地は大阪なにわ筋のマジックスパイス大阪なにわ店。ここで食べれば、マジッックスパイスの全国4店を全部制覇したことになる。3月の札幌4月の東京下北沢6月の名古屋大須に続いて半年で達成ということになる。関西病虫害研究会の研究発表会は、本当は5月に予定されていたのだが、例のインフルエンザ騒ぎで延期になっていたので、その騒ぎが無ければ、3月末から6月半ばまでの3か月で達成できていたはずだった。マジックスパイス大阪なにわ店の最寄り駅は桜川だが、阪神なんば線の乗り潰しのため、大阪難波まで乗り、大阪難波駅から現地に向かった。
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 注文したのは、チキンの涅槃。辛さは札幌の涅槃とほぼ同様。名古屋大須の涅槃は異様に辛かったので、やはり店によって辛さの基準が違うように思える。野菜の量も多く、満足。満足度の順番は、名古屋大須≧札幌≒大阪なにわ≫東京下北沢、ということろか。
 マジックスパイスでのでの食事を終え、再び大阪難波駅へ。19:00発のアーバンライナーの切符を買う。近鉄特急に乗るのはほぼ2年ぶり。2年前に神戸大学で昆虫学会の大会が開催されたとき以来だ。それまではちょくちょく乗っていたのだが。まあ、このところ大阪方面に行く用事がなかったということなのだろうと思う。津に着いたのは夜8時半前。自宅には戻らず、そのまま三重昆虫談話会のサロンの会場に向かう。今日は盛会で8人も集まった。甲虫の和名の話(「ルリクワガタ」を「オオルリクワガタ」にするべきかどうか、とか)や、オオトラカミキリやカワラハンミョウの話など、話題も多かった。夜10時半前に散開。楽しい時間だった。

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