心と体

2015年1月31日 (土)

近況(2015年1月31日)

 今日で1月も最後なので、今月分の記事を1つぐらい書かなければいけないと思っていたところ、このブログの読者の方にご心配をおかけしてしまったようで、「大丈夫ですか?」というお手紙をいただいてしまった。申し訳ありません。
 体調が悪いのは、「うつ」に処方されていた薬の後遺症のためなのですが、もう少し経ったら一度このことをじっくり書かないといけないと思っています。簡単に書いてしまえば、「うつ」に処方されていた薬を飲んだことで、精神的にも身体的にも余計に悪くなっていた、ということです。
 今は「うつ」に処方されていた薬を止めてから2年以上経ち、漢方薬の力を借りながら、徐々にではありますが、確実に良い方向に向かっています。
 そのような状況でまだ体調が良くなく、フィールドにもほとんど出ていないため、このブログのネタが無いというのも一つの事実ではあります。
 話は変わりますが、今月から2年間の予定で学会誌の編集のお手伝いをしています。編集委員長から割り当てられた論文の原稿に目を通し、査読者を決めて査読者に原稿を回し、査読者のコメントをもとに編集者としての判断を出して、それを編集委員長に返す、という仕事です。
 この1か月の間に、前任の編集者から引き継いだ論文を2編受理し、新規に割り当てられた論文を2編却下し、2編を査読者に回しました。この学会誌への投稿の半分ぐらいは外国人からのものだのですが、インパクトファクターがそれほど高くないために嘗められているのか、外国人からの投稿はレベルが低いのが多い感じがしています。あまりにひどいのは、査読者に回さずに編集者の段階で却下することになります。インパクトファクターはそれほど高くなくても、質の良い論文を世に出したいと思っています。そのためには、査読が多少は厳しくなるかも知れませんが、日本の学会が出している質の良い学会誌ということで、海外のインパクトファクターの高い学術誌ばかりでなく、うちの学会誌に良い論文を投稿して欲しいものだと思っています。
 これまでに、海外の学術誌に投稿された論文の査読を何度か経験したことがありますが、ちょっと問題がありそうと感じてボクが却下の判断を出した論文が、その後二度目の査読が回ってくることなく出版されたのを発見したことが複数回ありますので、うちの学会誌は査読が厳しすぎるのかも知れません。しかし、質の悪い論文が世に出ることは問題が大きいと思うので、査読はしっかりしたいと思っていますし、良いデータを出されている若い研究者は応援したいと思っています。

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2013年7月19日 (金)

アブラゼミ@自宅付近(2013年7月19日)

 体調がなかなか回復しない。自律神経が正常に機能してないことは確かなようだ。幸いと寝付きは悪くないので、(夜中に目が覚めてしまうことが多いが)睡眠時間は足りているような感じである。そんな体調の悪さもあり、畑で実施していた試験が一段落したこともあり、水曜日から夏休みをとって自宅で静養している。体調不良の原因はだいたいわかっているので、西洋薬には頼らず、今は漢方医にかかって漢方薬での復活にかけている。漢方医にかかるようになってから、明らかに改善された症状も多いのだが、このところの暑さのせいか、最近は一進一退というところ。というか、むしろ辛いことが多くなったかも知れない。今日で休みは三日目になるのだが、この三日間の間に体調は良くなった感じが全くしない。仕事に出ても休んでいても大した違いがないなら、仕事に出た方が良いかも知れない。
 そういうわけで、一日中自宅でゴロゴロしているわけである。夜明け前にニイニイゼミが鳴くのを聞き、それが一段落して日が昇るとクマゼミが鳴きくのを聞き、という状態だった。クマゼミの鳴き始めの時刻も徐々に早くなり、今日あたり6:00頃には鳴き始めていた。そんななか今日の昼頃、自宅付近では今年初めてアブラゼミが鳴くのを聞いた。クマゼミに遅れること一週間以上である。例年、アブラゼミとクマゼミの出現時期には大きな違いが無いと思っていたので、今年はアブラゼミの個体数が少ないのかも知れない。
 次に自宅付近で鳴き声を聞く可能性があるのはヒグラシだが、これはさらに個体数が少ないので、聞くことなく過ぎ、ツクツクボウシを聞くことになるかも知れない。

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2013年1月28日 (月)

この冬3回目の積雪(2013年1月28日)

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 まだ体調が悪いことが多いが、何とか休むことなく仕事には出ている。気分が乗らないこともあるし、書くネタもなかったので、このブログの更新もさぼっていたが、このままでは今月の記事がなくなってしまうので、久しぶりに書くことにした。
 今朝起きたら、もう雪は止んでいたが、外は真っ白であった。この冬3回目の積雪である。自宅前の道路も凍結してツルツルになっていた。仕事始めの1月4日は出勤する時にもまだ雪が降っていたが、今日は晴れた中での出勤だった。
 写真は通勤途中の田圃の中の道。通る車も少なく、路面は真っ白である。

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2012年12月31日 (月)

2012年も今日でおしまい(2012年12月31日)

 11月半ば頃から体調がすぐれず、ブログを書くのも億劫になり、今月はこれまで全く書いていなかった。もし、このブログが更新されないことに気付いていただいた方があったら、ご心配をおかけしていたかも知れないのでお詫び申し上げたい。体調は徐々に回復しているが、まだ本調子ではない。休める時にはゆっくり休んで体力を回復したいと思う。
 自民党政権が誕生して安倍総理が耳に心地の良いような言葉を発しているが、景気回復のために無駄な公共投資をするような昔のやり方はやめて欲しい。
 来年は良い年になりますように。

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2012年11月22日 (木)

体調不良(2012年11月22日)

 半月ほど前から胃腸の調子がおかしかったが、やっとのこと少し回復の兆しが見えてきた。
 始めは胃に不快感があり、食欲もおかしくなり、何を食べていいのかわからない状態で、さらにそれと無関係ではないと思われる頭痛があった。下痢というほどではないものの、柔らかい便が少しずつ何度も出るのには少し困った。当然、気分も悪かったが、体温だけは平熱だったのが幸いではあった。
 そのうちに治まるのではないかと思って、食べられるものを食べられる分量だけ食べていたが、なかなか良くならなかった。
 この前の土日は東京で「昆虫大学」というイベントがあり、これに参加するつもりで宿まで予約していたが、とても東京まで行く元気はないと思って、参加を取りやめてしまい、家でゴロゴロしていた。
 これはまずいと思って、月曜日の夕方、近所の医者に行った。原因もはっきりしなかったわけだったが、「ファモスタジンD錠」という胃薬と整腸剤の「ラックビー錠」を処方された。「ラックビー」の粉末は何度も飲んだ事があるが、錠剤は初めてである。
 この薬が効いたのか、薬を飲まなくてもこうなったのかよくわからないが、まだ便通は不規則ではあるものの、気分だけはかなり回復した感じがする。
 明日から3連休である。この間に完全に復活したいものである。

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2012年7月23日 (月)

飛蚊症(2012年7月23日)

 昨日の昼前のことである。頭痛があって布団で横になっていたら、左目の視野に黒っぽい顆粒が動き回り始めた。最初は限られた場所に局在していたが、徐々に広がり、今日には視野全体に広がってしまった。飛蚊症なのだろうと思ったが、昨日突然気がついたので、何か重大な問題があるかも知れないと思って、今日の夕方眼科に出かけた。
 いろいろと検査をされたが、検査結果は予想通り飛蚊症で、だからと言って、重大な問題があるわけではない、という診断だった。まあ、加齢による不具合なのだろうと想像する。
 検査にあたり、瞳孔を開く薬を点眼されたが、この時間になってもまだ薬が効いていて、洗面所の鏡で見てみたら、左目の瞳孔の直径は右目の瞳孔の直径の二倍ほどあった。左目は瞳孔が開いているため、ピントが合い難く、少々不自由な思いをしている。

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2012年6月23日 (土)

精密検査(2012年6月23日)

 今月はじめに人間ドックを受診していたのだが、つい先日その結果が届いた。
 すると、腹部エコーの検査の結果、前立腺に異常がないとは言えない、ということであった。胆嚢に結石があるのは前からわかっていたが、前立腺の異常を指摘されたのは今回が初めてである。そう言われてみれば、半年か1年ぐらい前から排尿時の尿の切れが悪いという自覚症状があるので、何か異常が生じたのかも知れないと思った。
 というわけで、今日の午前中に市内のやや大きな病院に行った。前に住んでいた家からもそれほど遠いところではないので、前は何度も通っていたが、中に入るのは今日が初めてである。
 病院の待合室は人でいっぱいで大繁盛の様相であった。病院内には小さいながらも売店もあるので、本格的な病院である。こういう光景を見ると、医者や看護士が忙しいという状況を実感できる。
 受け付けで人間ドックの結果を渡し、問診票に記入して、診察の順番を待った。
 まずは問診。しばらくしてから、肛門に器具を突っ込んでのエコー検査をされた。長さ10cmちょっとの途中でちょっと曲がった棒状の器具であったが、そんなもので検査ができるというのは不思議である。エコー検査ではとくに異常が見つからなかったので、肛門から指を突っ込まれての直検もされた。それでも特に異常はないようであった。
 そのあとは、排尿の具合を調べる検査。漏斗のような物の中に尿をすると、排尿の量の時間的推移がグラフになって出てくる。これまでの自覚症状としては、尿が一気に出きらないというものだったが、この検査でもやはりそうだった。
 そのあと、膀胱の場所に超音波検査機(だと思われる)を当てられて膀胱内に残っている尿の量を調べられた。20ccほど残っているということであるが、異常な値ではないらしい。外部から器具を当てただけて膀胱内の尿の量を量ることができるということ自体驚きであった。
 このあと、排出した尿は、一般的な尿の成分検査に回された。
 というようなことを検査されたわけだったが、尿自体にも異常はなく、特に問題になる所見はなかったようであった。「何か不都合が出るようになったらまた来てください」ということで、検査は無事に終了し、病院通いをする必要もなくなって、一安心というところである。

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2012年3月12日 (月)

今年のボクの3.11(2012年3月11日)

 去年のブログにも書いたが、去年の3月11日は金曜日だったが代休で家に居た。家に居たが、風邪を引いて寝込んでいて、昼食のあとは布団に潜り込んで半分眠りながらラジオで国会中継を聴いていた。そんなときに緊急地震速報が入り、しばらくしたらユラユラと家が揺れた。国会中継をしていたラジオは地震のニュースに切り替わった。
 今年の3月11日であった昨日は日曜日であった。一週間ほど前に腹具合を悪くして、まだ完全に復活していないような状態で、頭痛があるなど体調が悪く、やはり昼食後は布団の中に潜り込んでいた。去年地震が起こった時刻には完全に熟睡していた。これでも黙祷したことになるであろうか?しかし、何かいつも「今日も体調が悪い」と言っているような状態で、本当に情けない。

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2012年3月 4日 (日)

三重昆虫談話会2012年総会・日本鱗翅学会東海支部例会・大川親雄名誉会長を偲ぶ会(2012年3月4日)

 今日は三重昆虫談話会総会兼日本鱗翅学会東海支部例会があったので三重県教育文化会館まで出かけた。今年は、去年の秋に亡くなられた三重昆虫談話会の名誉会長(会の創立以来50年間も会長を務められていた)大川親雄さんを偲ぶ会も兼ねられた。

議事:会務報告など
講演:三重県のフクイアナバチとクズハキリバチ(西田悦造)
   三重県北部のチョウの現状(河本実)
大川親雄名誉会長を偲ぶ会:
  1.大川先生縁の虫(秋田勝己)
  2.先生の思い出話(坂部元宏・石田昇三・西田律夫)

 議事では、会の役員の交代が承認され、新会長には糞虫研究家の稲垣政志さんが選ばれた。副会長には生川展行さんと川北均さん、幹事に中村泰さん。
 講演では西田悦造によるハチの話。昆虫同好会のハチ屋さんは少ないので、なかなか聞けない話であったと思う。河本さんのチョウの変遷の話も、地道な調査の賜物である。
 大川親雄名誉会長を偲ぶ会での講演では、3人の方からそれぞれ昔の話を聞くことができたが、一流のプロの研究者である西田律夫さんが大川先生の教えを受けたバリバリの昆虫少年であったことの話を聞くことができたのは、なかなか貴重な体験ではなかったかと思う。
20120304blog1亡くなられた当日の大川先生
20120304blog2大川先生に献名されたウガタオサムシ

 この会のこととは全然関係のない話だが、今朝ぐらいから胃の調子がおかしい。帰りがけに薬局に寄って胃腸薬を買ってきた。

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2012年2月 7日 (火)

橳島次郎著『生命の研究はどこまで自由か』

橳島次郎著『生命の研究はどこまで自由か 池内了・長谷川眞理子・勝木元也・田川陽一 科学者との対話から』

岩波書店
ISBN978-4-00-023690-4
2,400円(+税)
2010年2月24日発行
230 pp.

目次
はじめに−生命科学の「仁義」を求めて
第1章 科学者の自律と責任とは
   《池内了氏との対話から》
第2章 進化生物学からみた科学と人間
   《長谷川眞理子氏との対話から》
第3章 分子生物学の射程と大学の復権
   《勝木元也氏との対話から》
第4章 発生工学と「議論好き」の両立
   《田川陽一氏との対話から》
おわりに−科学と社会の関係のあるべき姿


 本書は橳島次郎氏と4人の科学者との対談をもとに、橳島氏が4人の科学者にインタビューをしたような形式の文章に変換したものである。対談の前に、4人の科学者には以下のような質問が投げかけられていて、それに沿った形での対談が行われている。

質問事項
1.ご専門の科学の真価は何かと聞かれたら、どうお答えになりますでしょうか。
2.科学は何かの役に立つことに価値があるのでしょうか。産業や医療への応用に役立たない科学は、社会から支持され支援される価値がないでしょうか。科学の価値とは何でしょうか。
3.科学研究の自由の根拠は何でしょうか。
 それはすべての人に認められている思想や表現の自由とどう異なるのでしょうか、あるいは同じなのでしょうか。
4.科学研究の自由は、それを職務とする人に限られた特別の権利だとお考えになりますか。そうであるとすれば、そうした特別の件k裏が認められる根拠は何でしょうか。
 一般市民が、たとえば動物や人を対象に実験研究をする自由は認められるでしょうか。認められないとすれば、それはどのような根拠によるでしょうか。一般市民に認められない研究が、研究者に認められるのは、どういう理由・条件によるでしょうか。
5.憲法のいう「学問の自由」に、生命科学の実験研究は含まれるとお考えになりますか。
 知りたいという精神的活動=学問と、知るために現実の事象や生命に働きかける営み=実験研究は、同じ「自由」に括られてよいのでしょうか。
6.生命科学の研究の自由に何らかの条件があるとすれば、それは何でしょうか。また誰によってその条件が決められるべきでしょうか。
 科学は自らのうちに、その探求の限界を画す理論を持つでしょうか。
 倫理が関わるのは、科学の成果の使われ方にだけなのでしょうか。
 科学の営み自体、科学の欲望のコントロールは必要ないでしょうか。
7.科学の営み自体の持つ価値とは別に、「こうあるべし」という価値観を科学は語ってはいけないのでしょうか。「科学の本質は没価値、中立」でしょうか。
 科学は、選択の材料を提供するのに留まるでしょうか、それとも善い悪いについての特定の選択を科学者として示すことはありうるのでしょうか。
 生命・身体を巡る欲望の範囲を画す基準は、科学からは出てこないでしょうか。
以上』

 学問の自由が憲法で認められているなかでの「生命の研究はどこまで自由か」という質問に答えることはなかなか難しいことだと思う。この難しい質問に対して、ここに登場している4人の科学者は、上の質問に対して真摯に答えている。
 4人の考え方はそれぞれ違うが、生命の研究の範囲を決めるのは科学の外にある「有用性」ではなく、「科学」の中に内在しているものである、というところはだいたい共通していると感じられた。「有用性」に基準を求めると、暴走を止められなくなることは容易に想像できる。
 また、「有用性」を基準に科学技術を押し進めると、大学が持つべき本来の役割を果たせなくなるという指摘には納得できる。大学は、役に立つかどうかわからなくても、わかっていないことを明らかにしていくことに価値があり、それがなければ大学の意味がなく、一般市民も大学に「有用性」ばかりを求めていないはずである、という指摘は当たっているかどうかわからないが、そうあって欲しいものだと思っている。「知りたい」という欲望は人間として止められないものであり、学問としては自由であるべきだという考え方は納得できるものであり、また、それを応用するかどうか、というのは別の次元の問題であるという考え方にも納得できる。
 医療技術の進歩はめざましいものがあり、臓器移植やES細胞やiPS細胞などが脚光を浴びているが、いまは「有用性」ばかにり目が向けられ、そのメカニズムについてはほとんど何もわかっていない状況である。いまは「有用性」が主張できなければ予算も獲得しづらい状況であるらしいが、「有用性」の下にある基本原理についても明らかにすることは重要なことであり、「有用性」が主張できる先端技術だけに予算を振り向けるのは、土台を固める前に高いビルディングを建てるようなものであり、望ましいものではないと思う。
 ここに登場した勝木氏と田川氏は分子生物学者であるが、分子生物学者というのは、還元主義、応用主義一辺倒であるかと思っていたのに、勝木氏や田川氏のように、そうではない分子生物学者が存在していることを知ったことには、少しの驚きもあり、安心もした。
 ともあれ、橳島氏と4人の科学者の対話は、いろいろ考えさせられることがあり、読む価値の高い本であると思った。

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