ボーナス・・・・・ちょっと嬉しい
公務員準拠なので、今日ボーナスが出た。もっとも、受け取ったのは明細書だけだが。
支給率が下がったので、去年より減っているだろうと思って、大して期待はしていなかったのだが、明細書を見てみたら、去年より増えていたのでちょっと嬉しかった。
地域手当が上がったのが関係しているらしいし、所得税も去年より減っていた。
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公務員準拠なので、今日ボーナスが出た。もっとも、受け取ったのは明細書だけだが。
支給率が下がったので、去年より減っているだろうと思って、大して期待はしていなかったのだが、明細書を見てみたら、去年より増えていたのでちょっと嬉しかった。
地域手当が上がったのが関係しているらしいし、所得税も去年より減っていた。
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学研の『科学』と『学習』が休刊になることがあちこちで話題に上がっている。
ぼくも小学生の頃、『科学』と『学習』にはお世話になったが、高学年になる頃には『学習』には別れを告げ、『科学』だけになった。だから「『科学』と『学習』」か「『学習』と『科学』」かと言われれば、断然「『科学』と『学習』」だ。
いろいろな実験のまねごとができる付録の付いた『科学』は面白かった。今のうちの息子たちのやることを見ていても、自分の手を動かしてやることと言えば、パソコンやゲーム機のキーを押すぐらいのことなので、いろいろなことを「実験」した自分と比べると、何とも寂しいものと思えるのだが、物質的に豊かになりすぎた弊害がこういうところに出てきているのだと思う。
科学の一端を担っているとぼくが堅く信じている昆虫採集という趣味は、もう何十年も前に廃れてしまったが(50歳にもなるぼくが、中学生だった時以来、未だに昆虫同好会の中では「若手」を続けているというのはマトモとは思えない)、科学一般についても「科学を楽しむこと」はコドモの心を持ち続けているオトナの趣味になっているような気がする。アマチュア無線にしても然りである。
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このブログの昨日の記事に中学校の同窓会に出席した話を書いた。そこで物故者とされていたS君宛に早速電子メールを出したところ、今朝ちゃんと返事が来た。ちゃんと生きていたのだ。彼が亡くなったという話は別の筋からも聞いたので、本当に死んでしまったのかと思ったのだが、間違いであって本当に良かった。
彼のお父さんはいわゆる転勤族だったので、彼が大学に進学した頃には家族はよそへ引っ越してしまっていた。だから、彼と連絡を取ろうと思っても、家族もいなくなってしまっていたので、どうしようもなくなっていたのだ。
ぼくも自分自身が転勤族になってしまったので、いつ故郷との縁が切れてもおかしくないが、幸い両親が健在で実家に住んでいるので、実家に連絡があれば、ぼくには連絡が届く。
どこでどう間違ってS君が死んだことにされたかわからないが、あまりあって欲しくない間違いだ。
同級生の皆さんへ。S君とは“ボッチ”と呼ばれていた彼のことです。
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京都大学名誉教授の日高敏隆先生の訃報が届いた。11月14日に亡くなられていたそうである。10月に三重大学で開催された日本昆虫学会第69回大会にもおいでになると聞いていたのだが、実際にはおいでにならなかったので、ご病気だろうと想像はしていた。
ぼくは子供の頃から虫が好きで、遊びと言えば「虫採り」だった。そんな子供が中学生の頃だったか、日高先生が書かれた「昆虫という世界」(朝日新聞社)という本を読み、本当の昆虫の面白さを知り、大学でも昆虫を学びたいと考えるようになった。
もっとも、日高先生がおられた京都大学理学部に入学できるだけの学力がなく、農学部に進学したが、やはり日高先生のことは意識していた。
ぼくは日高先生の弟子ではないので、直接お話しする機会は少なかったが、石垣島で勤務していたとき、日高先生が石垣島に来られ、先生を含めて4人という少人数でテーブルを囲んでお話する機会がたまたまあった。その頃日高先生は『動物と人間の世界認識—イリュージョンなしに世界は見えない 』(筑摩書房)という本を書かれて、「絶対的なものは存在しないのだ」ということを主張されていたようなので、そのときの話もその本に書かれたことが話題の中心になった。イリュージョンという言葉も、そのとき初めて意識した。
日高先生はダンディで、先生の周りにはいつもすてきな女性がいたような気がする。いつも若々しいと思っていたが、病魔には勝てなかったということだ。ご冥福をお祈りしたい。合掌。
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卒業以来35年ぶり開催された中学の同窓会に参加するために帰省した。途中、ちょっと用を足すために、名古屋の金山に立ち寄った。駅からほど近い道端にランタナの花を見つけて意外だった。というのは、ランタナというのは南方系の植物で、もう寒くなっている愛知県で元気に花を咲かせているとは思わなかったのだ。これは、単なるぼくの認識不足なのかも知れない。しかし、石垣島に住んでいた頃には、あちこちにランタナが植えられており、たまにはそれにホリイコシジミという珍しい蝶が発生したのが思い出されるのだが、その記憶が「ランタナ=南の島のもの」という記憶を植え付けたのかもしれない。

金山の駅ではストリートパフォーマンスが行われていた。南米のインディオ風の2人が南米の音楽だけでなく、ヨーロッパの音楽も演奏していた。ゆっくり聴いていても楽しそうだったが、先の予定があるので、ちょっと立ち止まる程度にした。

尾張一宮の駅に降り立ち、まずは実家に向かう途中、ちょっとだけ遠回りをして、つい最近「一時閉店」することになった「三八屋」の前を通ってみた。町起こしの試みとして、店をシェアして日替わりで店主が変わるという店で、面白い試みだと思うのだが、どうも成功したとは言えないようだ。「一時閉店」というのは、「次を準備しているぞ」という意思表明として受け取っておきたいと思う。これを主催しているのは小学校から高校までずっと2年先輩になるHさんだが、頑張って欲しいと思う。

実家に戻り、自転車を借り、同窓会の会場へ向かう。途中、3年ほど前に入った昔ながらの中華そば屋の前を通った。相変わらず3年前と同じように営業していて嬉しかった。

会場までは、自転車でゆっくり走って10分ほどだったか。会場に着いたのは、ほぼ受付が始まる予定の時刻だったが、既に多くの参加者が集まっていた。何しろ35年ぶりなので、顔を見ても名前がわからない人がほとんどだった。が、名札を見れば、何となく昔のことが思い出されるので面白い。35年も離れているので、何を話して良いのかわからないのではないかと思ったのだが、記憶の奥底に押し込まれていた思い出が発掘され、心配したほど話題に困ることもなかった。
会が始まる前、前の選挙で市会議員になったK君と話ができた。彼のお父さんも市会議員だったので、お父さんからの勧めかと思ったのだが、自分の意思で立候補したとのことだった。堅い会社務めを辞めて市会議員になるのは相当な決心が必要だったと思う。決して豊かではない町の市会議員をするには苦労が多いことと思うが、おそらく市会議員の中では若手になると思う彼には頑張って欲しいと思う。
会が始まると、まずは実行委員長のN君の挨拶。彼とは成人式のときに会っている記憶があるので、30年ぶりの再会ということになる。名前だけの実行委員長だと謙遜されていたが、そんなことはないと思う。

次に恩師が紹介された。10クラスあったので、10名の先生が出席すると思っていたのだが、1名の先生はご逝去され、1名の先生は病気のため欠席ということだった。忘れていたのが、担任を持っていなかったが学年主任だったS先生。S先生が出席されていたので、出席された恩師は総勢9名だった。恩師の代表として学年主任だったS先生が挨拶された。

S先生は思ったよりも若々しく、ぼくが「お変わりありませんね」と言ったところ、S先生は「あの頃君たちは、ぼくを実際より年寄りだと思っていただろ。まだ38だったんだぞ。」と言われて恐縮してしまった。白状すれば、確かに45歳ぐらいだと思っていた。
恩師の紹介と一緒に物故者の紹介もあった。卒業生が400名余りいたが、10数名が亡くなっていたとのことだ。ぼくの中学の同級生で、一番有名になったのは、マジシャンになった藪下君だったが、今年の5月に惜しまれながら病気で亡くなった。そのほか驚いたのは、とある国立大学の教授になったS君が物故者として紹介されたのだ。信じられなかったので、帰宅してから大学のウェブサイトを検索したところ、彼の名前があったので、とにかく安否を尋ねるメールを出してみた。何かの拍子に誤った情報が伝わったのだと信じたい。

テーブルは3年生のときのクラスごとに分けられており、担任だったO先生を囲んで思い出話をした。何時、どんな状況だったか思い出せないのだが、中学校を卒業してから何年かしてから、友人数名とO先生のお宅にお邪魔して麻雀をした記憶があるのだが、O先生も他の友人も記憶になかったようだた。ぼくの記憶違いだろうか?
まあ、とにかく、今回出席できた皆さんは、それなりに順調に人生を送ってくることができたわけなので、お互い喜びたいと思う。今回の同窓会のクラスの世話役を担っていただいたO君や、全体の世話役を担っていただいた皆さんには、良い機会を作っていただいたことに感謝を申し上げたい。
次に集まるのは還暦の頃かな?まあ、それまで元気で過ごしていきたいものだと思う。
同窓会に参加した元3年2組の一部の皆さんには、このブログの存在を紹介した。このブログを読んでいただければ、ぼくが今どんなことを考えて生きているかを少しは知っていただけると思う。気が向いたらコメントを付けてください。誰でも読めるコメントを書くのが憚られるならば、「プロフィール」をクリックしていただければ、個人的なメールを送るボタンがありますので、そちらでも良いですよ。
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今日は本来なら休日だが、職場の一般公開だったので、仕事として職場に出かけた。そこで、沖縄県農業試験場で研究員をやっていたホカマさん(現在は結婚して別の名前になっている)に18年ぶりにお会いした。ぼくが内地留学で沖縄県農業試験場のサトウキビ害虫研究室に3か月ばかり居候していたときには彼女にも色々お世話になった。どうでも良い話だが、我が家にある三線は彼女のお父さんが作ったものだ。その後、彼女は北海道にある国の農業試験場の研究員の方と結婚され、去年ご主人の転勤で三重県にやってきた。久しぶりにお会いしたので、四方山話。
彼女の三重県の印象は、四季の移ろいが楽しい、ということだった。沖縄の冬は天気が悪い日が多く北風も強く吹くので、それなりに寒いのだが、冬になっても木々が葉を落とすことはないから、景色だけ見ていたら冬らしくない。北海道は半年が冬で、春から夏にかけて一気に花が咲き、それが終わると急速に冬に向かってしまう。それと比較すると、三重県では季節が(北海道と比べれば)ゆっくり進み、次から次へと色々な花が咲き、冬にはそれなりに冬らしくなる、というのが彼女にとっては印象的だというのだ。
ぼくは生まれが愛知県なので、気候的には三重県とほとんど違わないところで高校卒業まで育ち、大学は京都で、そこでもあまり差がなく、就職してから岩手県の盛岡に行って、季節感の違いを初めて肌で感じた。岩手県の7年半と石垣島の7年は、ぼくにとっては何かを意識せざるをえない環境だったが、それ以外は今の場所とあまり違わない環境のもとで暮らしてきたので、今の季節感は、ぼくにとっては全く自然なものなので、特に何かを意識するということはない。
それでも、そうではない人から見ると、教科書的かもしれないような明瞭な四季がある場所というのは、意識せざるをえないものだということなのだろう。今日は彼女の発言から思わぬことを意識させられたと思う。
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今日は気温が上がらないという予報が出ていたこともあったので、一日じゅう図書館から借りてきた本を読んで過ごすつもりだったが、午前中にちょっと買い物に出かけた。ショッピングモールの屋上の駐車場に車を停めたら、西の方角にある山がすぐ近くに見えた。かなり空気が澄んでいるということらしい。まるで冬のような天気だ。
午後からは縁側の陽が当たるところでゴロゴロしながら本を読んでいたが、3時を過ぎた頃には陽が当たらなくなり、急に寒さを感じるようになった。やはり、今日は寒い。そのあとは、昨日準備したばかりの炬燵に足を突っ込んで本を読んだ。まるで冬の光景。
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ここ最近、職場のOさんが何度か釣りに行って成果を上げているので、誘っていただき夜釣りに出かけた。誘ってもらったのは、主にぼくではなく、三男坊だ。
目指すはヨットハーバーの近くの防波堤の先。パラパラと雨が降る天気だったが、それほど風も強くなく、条件は悪くない。もっとも、潮はあまり良くない日だが。
Oさんが最初に投げたところ、一発で30cmぐらいのスズキがかかった。しばらくしてから三男坊のにも25cmぐらいのスズキがかかった。そのあとは、Oさんのところに小さなのが何度かかかったぐらいで、そのうちにほとんどアタリがなくなってしまった。8時を過ぎた頃、急に風が強まり、退散することになった。
釣果はイマイチ以下だったが、初めての夜釣りはそれなりに楽しむことができた。誘っていただいたOさんに感謝!


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今年も出かけた鈴鹿高専の高専祭。まずは、先生との二者面談。3年生になったので、そろそろ進路のことも考えないといけないので、いろいろと話を聞く。
そのあとは、展示や模擬店などを見るが、今年は何となく物足りない感じがする。無線部の展示が無かったこともあるが、そのほかの学科の展示などもイマイチのような気がした。インフルエンザで学校閉鎖があって準備不足があったのかも知れない。ロボ研の模擬店の箸巻きも、去年の方が美味しかった気がする。
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息子たちが少し興味を持ち始めてきたようなので、この夏に実家に帰省したとき、もう使われていない麻雀牌をもらってきた。ぼくが子供のときに使っていた物だから、相当の年代物だ。本物の竹が材質として使われているが、今こんなものを買おうとしたら、かなりの金を出さないと手に入らないのではないかと思う。
麻雀牌はもらってきたが、麻雀卓はないので、麻雀牌はずっと使われないままになっていた。ところが、高専ロボコンの大会が済んだ長男が興味を示しだしたら、次男も三男も興味を示してきたので、ルールを教えることになった。ところが、テーブルの上で牌をかき混ぜると騒々しくて仕方がないし、新聞紙を敷いても、こんどは牌が傾いたりするので都合が悪い。ということで、麻雀マットを買おうということになった。
しかし、いざ探すとなると、麻雀マットを扱っていそうな玩具店が意外に少ないことがわかった。まだ津の街のことをよく知らないかも知れないが。まずはリサイクルショップに出かけたが、ここはダメ。次に大手チェーンの玩具店に行ったら、「麻雀用品は扱っていない」とのこと。次にネットで検索したら名前が出てきた玩具卸売店に行ってみることにした。その店に入ると、駄菓子の箱がいっぱい積まれており、菓子の匂いが充満していたので、期待薄かと思われたのだが、一応「麻雀マットありますか?」と訊いてみた。すると、「あるかも知れないからちょっと待ってね」と言われてしばし待ったところ、二階の倉庫か何か知らないが、そこから箱に入った麻雀マットを持って降りてきてくれた。はたしてネットで買うのとさほど変わらない価格で入手できたので、まずは満足である。
これで快適に麻雀で遊ぶことができる。独身寮に住んでいた頃まではよく麻雀で遊んだものだが、結婚してからは全くやっていなかった。住む家を探すにしても、子供が3人もいると、なかなか思うような物件が見つからず、苦労したものだが、3人息子がいれば、こうやって家族麻雀ができるのも悪いことではないと思う。

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