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2013年5月

2013年5月12日 (日)

ハルゼミとヒメバチ(2013年5月12日)

 今日は朝から晴れていたが、午前中は風が強かった。体調は相変わらずあまり良くなかったが、午後から妻と二人でいつものフィールドに出かけた。
 現場に着くとすぐ、遠くからハルゼミの鳴き声が聞こえてきた。あちこち徘徊していると、一昨年姿を確認したアカマツの木から鳴き声が聞こえてきた。断続的にしか鳴いていなかったが、同時に2頭が鳴いているときもあった。今年はまあまあの発生量のようである。
 ふと目の前のコナラの木の幹にハチが飛んでいるのに気付いた。ハチは幹を歩き回り、幹に産卵管を突き立てた。ハチはヒメバチの仲間のようである。おそらく木の中にはカミキリムシの幼虫か何かがいるのであろう。このハチの名前が気になるが、名前がわからないところが悔しい。
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2013年5月 9日 (木)

ハクビシンの災難(2013年5月9日)

 今朝出勤する途中、津駅の北500mほどの場所に差し掛かったとき、道路に動物の屍体があるのに気付いた。最初はネコかと思ったのだが、近くで見たらハクビシンであることがわかったので、バイクを停めて写真を撮った。
20130509blog01 明らかに交通事故に遭ったものである。夜中に出歩いていて車に撥ねられたのだろう。
 この界隈でハクビシンを見たのは初めてである。近くに林はあるものの、まあ、街の中と言っても良いような場所である。我が家からも1kmも離れていない場所なので、夜中出歩いていれば、我が家のすぐ近所にも出没しているのかも知れない。

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2013年5月 5日 (日)

これは何だ?・・・いつものフィールドにて(2013年5月5日)

 午後からいつものフィールドに出かけた。ハルゼミの鳴き声を期待していたのだが、ハルゼミの鳴き声は全く聞こえなかった。まだ時期が早すぎるのかも知れないし、今年は発生しないのかも知れない。
 今日はいつもと違うコースを歩いた。すると、ハンノキとヤナギの仲間が生える湿地に、奇妙なものを見つけた。空き缶がビニルの紐にぶら下がっているのである。何か昆虫を捕まえるためのトラップのようにも見えるが、そうではないようにも見える。どなたか分かる人にはご教示いただきたい。
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 今日はいつもより歩いた距離が長かったせいもあると思うし、体調がまだ良くないせいもあると思うが、疲れたので早く切り上げてしまった。

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マイケル・サンデル 著『それをお金で買いますか』

マイケル・サンデル 著(鬼澤 忍 訳)『それをお金で買いますか 市場主義の限界』

早川書房
ISBN978-4-15-209284-7
2,095円+税
2012年5月15日発行
329 pp.

目次
序章−市場と道徳
 市場勝利主義の時代/すべてが売り物/市場の役割を考え直す
第1章 行列に割り込む
 ファストトラップ/レクサスレーン/行列に並ぶ商売/医者の予約の転売/コンシェルジュドクター/市場の論理/市場vs行列/市場と腐敗/ダフ行為のどこが悪い?[ヨセミテのキャンプ場を転売する/ローマ教皇のミサを売りに出す/ブルース・スプリングスティーンの市場]/行列の倫理
第2章 インセンティブ
 不妊への現金/人生の経済学的アプローチ/成績のよい子供にお金を払う/保険賄賂/よこしまなインセンティブ/罰金vs料金/21万7000ドルのスピード違反切符/地下鉄の不正行為とビデオレンタル/中国の一人っ子政策/取引可能な出産許可証/取引可能な汚染許可証/カーボンオフセット/お金を払ってサイを狩る/お金を払ってセイウチを撃つ/インセンティブと道徳的混乱
第3章 いかにして市場は道徳を締め出すか
 お金で買えるもの、買えないもの/買われる謝罪や結婚式の乾杯の挨拶/贈り物への反対論/贈り物を現金にする/買われた名誉/市場に対する二つの異論/非市場的規範を締め出す/核廃棄物処理場/寄付の日と迎えの遅れ/商品化効果/血液を売りに出す/市場信仰をめぐる二つの基本的教義/愛情の節約
第4章 生と死を扱う市場
 用務員保険/バイアティカル−命を賭けろ/デスプール/生命保険の道徳と簡単な歴史/テロの先物市場/他人の命/死亡債
第五章 命名権
 売られるサイン/名前は大事/スカイボックス/マネーボール/ここに広告をどうぞ/商業主義の何が悪いのか?/自治体のマーケティング[ビーチレスキューと飲料販売権/地下鉄駅と自然遊歩道/パトカーと消火栓/刑務所と学校]/スカイボックス化
謝辞
注釈

 著者のマイケル・サンデル氏はハーバード大学教授。カバーの写真を見て、いつかNHKの番組に出ていた人だと言うのに気付いた。
 金で買えるものと買えないものはあると思うが、昔が金で買えなかったものが、いまでは金で買えるようになったものが随分増えたように感じる。この本では、小さなことから大きなことまで、様々な事例が示され、これまで金で買えなかったものが変えるようになると、不平等に関わるものが目立つようになり、価値が「腐敗」することが示され、それが良いことなのか悪いことなのかを読者に問いかけている。
 ボク自身の経験を振り返れば、かつてボクは生命保険にいかがわしさを感じていた。ボクのナイーブな感覚が命を金に換算することを拒んでいたのだと思う。今ではそれほど違和感を感じることはなくなった。おそらく好む好まざるにかかわらず市場主義に馴らされてきた結果だと思う。その結果として、「同じものであれば安い店で買う」という行動をとるようになったと思う。スーパーマーケットが発達する前は、「信頼できる馴染みの店で買う」という行動をとる人も多かったと思うが、自分自身の経験からすれば、転勤するたびに住む場所が変わると「馴染みの店」を作るのは難しいことだと思う。「信頼による繋がり」を作るのは難しいのだ。それでも、今の街に住むようになってから、家電製品に関しては、昔ながらの大手量販店ではない店を見つけてそこで買うようになったので「同じものであれば安い店で買う」のではなく「信頼できる馴染みの店で買う」ことができているように思う。こういう感覚は「行き過ぎた市場主義を拒む」気持ちなのだと思う。
 それはさておき、かつて市場で取引されるものはモノやサービスだけだったと思うが、その程度の範囲であれば市場主義は健全であったと思う。しかし、この本に取り上げられてきた様々な「かつては金で買えなかったモノ」が市場で取引されるようになったことを見ると、やはり「行き過ぎ」ではないかと感じる。さらに行き過ぎれば、金を持つものの自由度はさらに高まり、持たざるものの自由度はさらに制限されることが目に見える。資本主義は不平等を拡大するものであることがあらためで認識させられた。
 この本では、今まで金で買えなかったものが買えるようになったことについて、様々な問いを投げかけているわけだが、どうすべきなのかという著者自身の強い主張は感じられない。読者に自分自身で考えて欲しい、ということなのだろうと思う。
 ボクの感覚では、「金で買えないものはたくさんあった方が良い」である。

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2013年5月 3日 (金)

ふじの寺(2013年5月3日)

 体調はあまり良くないが、妻に誘われて「ふじの寺」に行ってきた。昨日の中日新聞に紹介されていたのでその存在を知った。正しい寺の名前は「泰巖寺」である。亀山市の郊外にある小さな寺だった。「ふじの寺」の別名のとおり、藤の花で昔から有名らしい。樹齢何百年という立派なフジが1本あった。フジの花はもう少しで満開といったところ。でも、ちょうど見頃だった。
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2013年5月 1日 (水)

小さなベニカミキリ(2013年5月1日)

 調査に出かけたとき、ヨモギに小さな赤いカミキリムシがいた。タケについていたわけでもなく、大変小さかったので、ベニカミキリではないように思えたのだが、職場に帰ってから調べてみたら、他に似た種がいないので、小さなベニカミキリであるようだ。
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