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2012年10月

2012年10月31日 (水)

さらにその後のヒガンバナ(2012年10月31日)

 今日は恒例の野外調査であった。やや風があったが、すっきり晴れて気持ちの良い日になった。
 10月10日のブログの記事に書いたヒガンバナのその後だが、新しい葉が出てきた。まだ回りのカラムシの葉に隠れていてわかりにくいのだが、細長い葉がたくさん出てきている。
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 花茎はほとんど枯れてしまっていたが、1本だけ残っていて、さらにその子房の部分が1個だけ膨れていた。
20121031blog02 10月10日の時点ではたくさんの子房が残っていたが、やはり成長する子房はほとんどないということのようだ。

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2012年10月29日 (月)

サザンカとオオクロナガオサムシ(2012年10月29日)

 童謡「たき火」の歌詞が頭の中にあると、サザンカの開花時期は木枯らしが吹きすさぶような季節のように錯覚してしまうが、職場の庭のサザンカはもう既に落花が始まっている。毎年の事ながら、サザンカの開花時期はよくわからない。おそらく花季は長いので、まだこれからしばらくも花を見ることができるのであろうが。
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 地面の方を見れば、10月に入ったあたりからオオクロナガオサムシがよく見られるようになっている。夏の間に見られたヤコンオサムシはもう見ることができない。これは今朝トラップに入っていたオオクロナガオサムシの雌雄。左が雄で右が雌。
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2012年10月20日 (土)

高桑正敏(2012)『日本の昆虫における外来種問題(3)外来種と偶産種をめぐって』

高桑正敏(2012)『日本の昆虫における外来種問題(3)外来種と偶産種をめぐって』
月刊むし (501): 36-42 pp. (2012年11月号)

 「月刊むし」に連載されている、高桑正敏氏による「日本の昆虫における外来種問題」の3編目である。これまでの2編を読んで、高桑氏が考える「外来種」の概念については違和感を感じていたが、本編では高桑氏によって外来種の定義について論じられているので、ボクなりの感想を書き遺しておきたいと思った。
 高桑氏は、外来種を人為的な移動によるものか自然の営為による移動によるものであるかを区別しようとしている。しかし、生物の移動が、移動の記録が残っているものを除けば、人為的なものであるか自然の営為によるものであるかを識別するのは極めて困難であることを、高桑氏が本編中で認めているにもかかわらず、あくまで外来種を「人為的なものであるか、自然の営為によるものであるか」に基づいて定義しようとしているため、論理的に破綻していると思う。
 本編の註として、高桑氏によるこの考え方が池田清彦氏の『生物多様性を考える』(中公選書, 2012年)の中で糾弾されていると書かれているにも関わらず、それに対する反論にはなりえていないように感じられた。
 自然史の研究からは人為的な影響を排除すべきである、という高桑氏の考え方には理解できないことは無いが、そもそも、われわれが今暮らしている環境には、人為的な影響が全くない場所は、もしあるとすれば人跡未踏の地のみであり、われわれ人間が少しでも足を踏み入れた場所は、人為的な影響を受けているはずである。つまり、人間が自然史を研究しようとした場合に、人為的な影響を完全に排除することは不可能であるため、ある生物種の分布や生態を論じる場合に、人為的であるかどうかに重きをおくことは、大きな実りのあることではないと思われる。
 本編の中で例としてあげられているクロマダラソテツシジミやムラサキツバメが、人為的に植栽された植物を餌として、それらの植物の本来の分布地を離れた場所で発生することについて、「人為的であるか自然の営為であるか」を議論しているが、無駄なことであると思う。
 既にわれわれは、高桑氏の言わんとする「本来の自然」を知ることは不可能であるから、その生物の分布が「人為的であるか自然の営為であるか」を議論することは論理的にはなりえないと思う。
 生物は本来、人為的であるかどうかにかかわらず、移動する性質を持っている。分布も固定的なものではなく、時間とともに変動するものである。その変動が「人為的であるか自然の営為であるか」にこだわって「外来種と考えるかどうか」を考えるのではなく、ある生物が「どんなメカニズムで移動したのか」を追求する方が「科学的」と言えるのではないだろうか?
 とにかく、高桑氏は「本来の分布」が存在するという古い凝り固まった概念に囚われすぎていると思う。生物は移動するのだから、「本来の分布」など定義できるはずがない。

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神門善久著『日本農業への正しい絶望法』

神門善久著『日本農業への正しい絶望法』

新潮新書 488
ISBN978-4-10-610488-6-5
740円+税
2012年9月20日発行
237 pp.

目次
まえがき
第1章 日本農業の虚構
 二人の名人の死/有機栽培のまやかし/ある野菜農家の嘆き/農地版「消えた年金」事件/担い手不足のウソ/「企業が農業を救う」という幻想/「減反悪玉論」の誤解/「日本ブランド信仰」の虚構
第2章 農業論における三つの罠
 識者の罠/ノスタルジーの罠/経済学の罠/罠から逃れるために
第3章 技能こそが生き残る道
 技能と技術の違い/農業と製造業の違い/日本農業の特徴/欧米農業との対比/技能集約型農業とマニュアル依存型農業/技能こそが生きる道/防疫自由化と日本農業
第4章 技能はなぜ崩壊したのか
 日本の工業化と耕作技能/政府による技能破壊/農地はなぜ無秩序化したか/放射能汚染問題と耕作技能
第5章 むかし満州いま農業
 沈滞する経済、沈滞する農業/農業ブームの不思議/満州ブームの教訓/満州ブームと農業ブームの類似性
第6章 農業改革の空騒ぎ
 ハイテク農業のウソ、「奇跡のリンゴ」の欺瞞/「六次産業」という幻想/規制緩和や大規模化では救えない/JAバッシングのカン違い/JAの真の病巣/農水省、JA、財界の予定調和/農業保護派の不正直/TPP論争の空騒ぎ/日本に交渉力がない本当の理由
第7章 技能は蘇るか
 「土作り名人」の模索/残された選択肢/消費者はどうあるべきか/放射能汚染問題と被災地復興対策
終章 日本農業への遺言
主な参考文献

 神門善久氏の著書を読んだのはこれが2冊目である。最初に読んだのは『日本の食と農』である。この本もなかなか挑発的な本であり、刺激的だった。神門善久氏の新しい本が出ているのは知らなかったので、まずは本書を紹介していただいたH県農業技術センターのHさんにお礼申し上げたい。
 それにしても、刺激的な表題である。目次を見てさらにびっくり、終章の表題は本書が日本農業に対する著者の遺言であることを表している。
 本書の主張は終章の冒頭に要約されている。(1)日本農業の本来の強みは技能集約型農業にある。(2)耕作技能の発信基地化することにより、農業振興はもちろん、国民の健康増進、国土の環境保全、国際的貢献など、さまざまな好ましい効果が期待できる。(3)しかし、その農地利用の乱れという「川上問題」、消費者の舌という「川下問題」、放射能汚染問題の三つが原因となって、農業者が耕作技能の習熟に専念できず、肝心の耕作技能は消失の危機にある。(4)マスコミや「識者」は耕作技能の消失という問題を直視せず、現状逃避的に日本農業を美化するばかりで、耕作技能の低下を助長している。
 著者の日本農業に関する現状認識は、すべて正しいかどうかボクにはわからないが、おそらく大きく間違っていないだろうということは、本書を通して読んで感じることができた。本書の終章の表題は「遺言」となっているが、神門善久氏が存命中に、日本農業の問題点は改善されることはなく、悪い方向に向かっていくのが確実であろう、という予感を神門氏が持っているのであろうということが想像できる。
 本書を読めば、日本の農業だけでなく、他の産業も含め、産業構造、社会構造、政治的な圧力などにさまざまな問題があり、ちょっとやそっとの「手入れ」では改善が望めないであろうことが想像される。神門氏は農地だけでなく、宅地等を含めた土地の権利に関する情報の公開をすることを強く提案しているが、昨今の行き過ぎた「個人情報の保護」の状況を鑑みれば、ほとんど無理な話であるように思える。
 また、技能の継承の話についても、自然保護における希少種の保護の問題と同様であるように思える。人が資源(資金)を注ぎ込まなければ絶滅していくのは避けられないであろう。
 「焼け石に水」かも知れないが、本書では日本農業の改善にかんする様々な提言もなされているので、農業関係者だけでなく、消費者(=すべての国民)も読む価値は高いと思う。もちろん、本書を読んでどのように行動を変えるかは個々人の勝手である。
(以下2012年10月20日午後追記)
 ちょっと書き忘れたので追記する。
 ぼくたち農業技術研究者は、基本的には技術をマニュアル化することを期待されている。マニュアル化されるということは、誰でもできるようにするということなので、経験を積み重ねて習得する「技能」とは必然的に対立することになる。神門氏の主張が正しいとすれば、ぼくたち農業技術研究者がすべきことは、「技能」を身につけようとする農業者を対象に技術開発することになる。あるいは、農業技術研究は不要、ということになるかも知れない。いずれにしても、ぼくたち農業技術研究者は、研究を行うにあたり、どんな農業者を対象として考えるかは重要である。

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2012年10月16日 (火)

福島県のヤマトシジミに関して・追記(2012年10月16日)

 前のエントリーで、ろくに論文を読みもせず、間違ったことを書いてしまったことには、少々反省している。
 しかし、今になって大瀧准教授のグループがヤマトシジミの標本を集めようとしはじめたことについて、やはり腑に落ちない部分がある。メールの文面を見ると、かなり慌てている様子が感じられたので、やはり件の論文(何故か今これを書いている時点でエラーになって読めなくなっている)について多くの批判が寄せられたので、それに反論するためであろうということは想像がつく。だとすれば、世間を試そうと思っていたのではないかという考え方は的を外していたような気もする。とにかくある程度の注目を集めることによって、今後の研究費の獲得に有利になるようにと目論んだが、想定外の反響があって慌ててしまった、というところが真相のようにも思える。だとすれば、当初の計画はかなり杜撰だったとも言える。
 それはともかく、福島の放射線の問題はナイーブな問題であるだけに、良心的な研究者であれば、発表にはもっと慎重であると思うし、突っ込まれることが明らかな穴があるような論文など発表しないと思う。
 大瀧准教授のグループの依頼に協力する人は皆無ではないと思うので、今後大瀧グループから福島のヤマトシジミに関係した新たな論文が発表される可能性は無いわけではないと思う。どんな論文を発表するのか、注目していたいと思う。

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2012年10月14日 (日)

福島県のヤマトシジミに関して(2012年10月14日)

 今年の夏頃、琉球大学の大瀧丈二准教授のグループによる、福島県のヤマトシジミの異常に関する論文が話題になった。(論文はこちら、2012年10月16日追記)ごく簡単に内容を紹介すれば、原発事故後の福島県のヤマトシジミには、斑紋や生育に異常がみられる、というものである。
 しかし、この論文は話題性を獲得しようとした意図に満ち満ちている論文に感じられた。
 詳しくは知らないが(というかアマチュアの蝶屋の間ではほとんど無名だと思われる)、大瀧准教授は発生学が専門のようである。大瀧准教授は、この福島のヤマトシジミの異常に関する論文の前に(原発事故が起こる前の話である)、ヤマトシジミの北限に近い東北地方の個体群には、斑紋に異常が出易いという論文を書いている。(論文はこちら、2012年10月16日追記)
 ということは、福島のヤマトシジミに異常が多いのは、放射線の影響によるものなのか、温度の影響によるものなのか、対照(コントロール)がなければ判断ができないはずである。しかし、福島のヤマトシジミの異常に関する論文で対照にされた個体群は、福島より南の地域のものばかりである。それにもかかわらず、大瀧准教授は、ヤマトシジミの異常は放射線によるものだと結論づけている。これは明らかに科学的ではない。
 さらに、今日になって、原発事故が起こる前の東北地方のヤマトシジミを含む、全国各地のヤマトシジミの標本を集めたいので協力して欲しい、という内容の電子メールが、とある筋を通してボクのところに届いた。
 これも、科学的な研究の順序としては逆である。と言うか、それをやったところで、福島のヤマトシジミの異常が放射線によるものかどうかを結論することは不可能に近い。なぜなら、それぞれの地域のヤマトシジミは、それぞれ異なった環境からの放射線以外の影響を受けているからである。
 本当に放射線の影響があるかどうかを確かめようと思うなら、もっと直接的に、飼育しているヤマトシジミに放射線を照射して、その影響を見てみたら良いのではないかと思う。大瀧准教授が所属している琉球大学に放射線照射のための施設があるのかどうか知らないが、沖縄県にはウリミバエの根絶に大きな役割を果たしたミバエ対策事業所のガンマ線照射施設がある。これを簡単に使わせてもらえるかどうか知らないが、不可能というわけではないと思う。いずれにせよ、放射線の影響を明らかにするなら、こちらを先にするのが近道に違いない。(事実誤認により抹消。2012年10月16日)
 大瀧准教授の意図はわからないが、「有名になりたい病」に冒されているような気がする。
(さらに以下2012年10月16日追記)
 この大瀧グループの論文について、世間を試しているのではないか、という見方もあるらしい。こちらを読んでいただきたい。

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羽化に失敗したアブラゼミ(2012年10月14日)

20121014blog01(写真をクリックするとムービーを見ることができます)

 いまさっき、三男坊が「これが隣の公園に落ちてた」と持ってきたのが、羽化に失敗したアブラゼミのメス。まだ元気に歩き回っている。翅はほとんど伸びておらず、しわくちゃである。おそらく昨日の夜に羽化したのだが、気温が低すぎたか何の理由で、翅が伸びなかったのであろう。
 もう、朝夕はかなり気温が下がり、肌寒くなってきた。それにもかかわらず、「間違って」羽化してしまったのだろうか?

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2012年10月13日 (土)

栗(2012年10月13日)

20121013blog01 久しぶりにいつものフィールドに出かけた。スーパーマーケットでお弁当を買って、そこで食べた。ちょうど栗の季節ではないかと思って、クリの木のあるところに行ったら、期待に違わず、ちょうど食べごろの栗が落ちていた。

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2012年10月10日 (水)

その後のヒガンバナ(2012年10月10日)

 9月25日のブログでヒガンバナのことを書いたが、その後の話である。9月25日のブログに載せた写真のヒガンバナは、今日はこんな状態になっていた。明らかに子房の部分が膨れている。種子ができるのではないかと思うので、今後も継続して観察したい。
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2012年10月 7日 (日)

伊勢街道を歩く【松阪→伊勢神宮(内宮)】(2012年10月6日)

 気候がよくなってきたので、旧街道歩きを再開することにした。前回(2012年6月 3日)は旧伊勢街道を津市の江戸橋から松阪まで歩いたので、今回は松阪から先、伊勢神宮に向かって歩けるところまで歩くことにした。8:12江戸橋駅発の近鉄急行で、まずは松阪駅へ。
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20121006blog02 ここは前回の終着点の和歌山街道との分岐。
 歩き始めて間もなく、「小津安次郎 青春館」を発見。まだ朝早いので開いていなかった。
20121006blog03 JR紀勢本線の徳和駅を過ぎたあたりで、キリギリスが何頭も鳴いている場所があった。キリギリスは真夏にさきがけて出現する夏の始めの虫だと思っていたので、まだ鳴いていたのは意外だった。ここからさらにしばらく歩いて櫛田川へ。
20121006blog04 さらに歩いて祓川。河岸の緑が豊かである。
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20121006blog06 松阪の街を出たあたりから、家の玄関に「笑門」と書かれたしめ飾りを付けた家がたくさんあることに気付いた。津市の界隈では見た記憶がない。
 明和町に入ったあたりでお昼になったが、街道筋には飲食店が全く見つからない。そんなときに目についたのは「へんば餅」と書かれた看板。
20121006blog07 「へんばや」の本店である。国道23号線の宮川の近くにある店は知っていたが、本店がこんなところにあるとは知らなかった。しかしここは旧伊勢街道。江戸時代からある店なので納得である。
 仕方がないので「へんば餅」でも食べて昼食にしようかと思って店に入った。すると、「へんば餅」だけでなく、赤飯などもあった。赤飯を買って店の中でいただくことにした。冷たいお茶のサービスもあった。
20121006blog08 400円なり。ちょっと量が多かったが、ちょっと残すのも中途半端なので、全部食べてしまった。奈良漬けと昆布の佃煮もついていたが、それも美味しかった。
 店の中は、このとおり。店の謂れも書かれていた。
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20121006blog10 店の前には駐車場があり、その脇にはトイレもあった。街道歩きをしていると、トイレに困ることもあるので、これはありがたい。
 腹ごしらえをして、しばらく歩くと宮川である。宮川の堤の下にも1件中華料理屋を発見した。宮川を渡れば伊勢市の街に入る。伊勢市の街の中に入れば、飲食店に不自由することもなくなる。
20121006blog11 「へんばや」を出てから1時間15分ほどで外宮に到着。一応お参りをする。
20121006blog12 外宮を出てからは伊勢市の街の中であるが、旧伊勢街道は丘を越える道になっており、ここの上り坂が一番きつかった。もう20kmぐらい歩いていて、既に足も張っていたので、ちょっとの上り坂でもきついのである。
20121006blog13 坂を下ると猿田彦神社。ここまでくると見慣れた風景である。
20121006blog14 さらに歩いて「おはらい街」へ。さすがに連休なので人が多い。歩く時、適切な速さで歩くと疲れを感じないのだが、「おはらい街」では人が多すぎて、適切な速さで歩くことができず、少々ストレスを感じた。ゆっくり歩くのはかえって疲れるのである。
20121006blog15 やっと宇治橋のたもとに到着。ちょっとした充実感を感じた。
20121006blog16 ここでも一応お参り。
20121006blog17 境内にいたチャボ。人に慣れている感じであった。
20121006blog18 帰りは「おはらい街」から「おかげ横町」にちょっと入ってみた。これまでに何度も「おはらい街」には来ていたが、「おかげ横町」の奥まで入ったのは今回が初めてである。20121006blog19 とにかく人がいっぱいである。いろいろ店はあったが、昼食の量が多かったので、何も買わなかった。
 ここを後にして、さらに歩いて近鉄五十鈴川駅まで歩く。内宮にお参りする人はたくさんいるが、ここから五十鈴川駅まで歩く人はほとんどいない。「おはらい街」の入り口から20分ほど歩く。
20121006blog20 ということで、どこまで歩けるか見当がつかなかったが、結局旧伊勢街道の終点の内宮まで辿り着くことができた。
 五十鈴川駅に到着したのが16:15頃。16:38発の伊勢中川行きの普通列車に乗った。さらに宇治山田で16:55発の大阪上本町行きの急行に乗り換え、またさらに松阪駅で17:19発の名古屋行きの急行に乗り換えたが、最初の伊勢中川行きの普通列車に乗っていても、一度は大阪上本町行きの急行に抜かされたが、松阪で名古屋行きの急行より先発したので、松阪か伊勢中川まで普通列車に乗っていても、最後に乗れる列車は同じだった。
 17:50頃には帰宅。足は張っていて、日に焼けた顔がほてるが、ほどよい疲れである。
 今回の総歩行距離は30kmを超えた。これまでに旧街道歩きをしたうちでは最長距離である。これまでに、桑名の七里の渡しから四日市の日永の追分までで1日、日永の追分から津市の江戸橋までで1日、江戸橋から松阪までで1日、今回の松阪から内宮までで1日の、計4日で桑名の七里の渡しから内宮まで歩き通したことになる。
 今後は、東海道を京都の三条大橋まで歩きたいが、良い地図が入手できないのが問題である。

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2012年10月 5日 (金)

何とミンミンゼミが鳴いた(2012年10月5日)

 今日の昼前、職場の居室でパソコンに向かっていると、窓の外からミンミンゼミの鳴き声が聞こえてきた。1回鳴いたきりで鳴き止んでしまった。
 職場でミンミンゼミの鳴き声を聞いたのは、津市に引っ越してきた2004年から2回目。もちろん、今年は今日が初めてである。
 まさかこの時期になって職場でミンミンゼミの鳴き声を聞くことになるとは思わなかった。

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2012年10月 4日 (木)

イチジク(2012年10月4日)

20121004blog01 今年は何度かイチジクを買って食べた。子供の頃のことを思い出すと、売られているイチジクはけっこう良い値段だと思う。
 小学校の低学年の頃、夏になると捕虫網(その当時は「捕虫網」などという言葉は使わず「虫採り網」と呼んでいた)を持って虫を追いかけていた。街中に住んでいたが、それほど街の外に出なくても、ところどころにイチジクの木が生えていて、そこに行けばしばしば触角が長くて(当時の感覚では)立派なキボシカミキリがいた。それを目的にしていたのだが、イチジクの木には実がついていることが多く、しばしばそれを失敬して食べた。
 だから、「イチジクは金を出して買うものではない」という感覚が未だに残っている。でも、今日食べたイチジクは6個で350円だったとのこと。まあまあ安いのではないかと思った。

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ツクツクボウシが鳴いた(2012年10月4日)

 10月1日を最後にセミの鳴き声が途絶えていたが、今日の昼前、職場の窓の外からツクツクボウシの鳴き声が聞こえてきた。2回鳴いて鳴き止んでしまったが、とりあえずはまだツクツクボウシが生き残っていたということである。

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2012年10月 3日 (水)

ヒメカマキリ(2012年10月3日)

 今日は恒例の野外調査であった。最初の調査地での調査を終えて次の調査地に向かおうとしたとき、地面近くを飛ぶ虫が目に入った。近くに寄ってみるとヒメカマキリであった。ヒメカマキリを見るのは久しぶりである。津市内で見たのは初めてかも知れない。
 チョロチョロと走り回り、ピョンと跳ね、ピュッと飛ぶ。なかなかすばしこく、落ち着きがない。すぐに草むらの中に潜り込もうとする。何とか外におびき出して撮った写真がこれ。小さいがカマキリはカマキリで、カマキリらしい目つきをしている。
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 ところで、今日は注意していたにもかかわらず、セミの鳴き声を聞くことはできなかった。本当にセミの季節が終わってしまったのかも知れない。

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2012年10月 2日 (火)

今日のセミ(2012年10月2日)

 今日はセミの鳴き声を聞かなかったような気がする。そろそろセミも終わりかも。

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2012年10月 1日 (月)

今日のセミ(2012年10月1日)

 昨日は台風17号が足早に通過した。朝にはまだ雨は降っていなかったが、10時ぐらいから降り出し、午後から風雨とも強くなっていった。津地方気象台のデータによれば、午後5時から午後6時までの1時間に60mmの雨が降ったようで、気圧も午後6時頃に最も下がったようだった。しかし、まもなく雨は止み、午後8時ごろには風もほとんど治まってしまった。午後8時ごろ近くを流れる志登茂川を見にいったところ、いつもは潮の干満に合わせて水位が上がったり下がったりしているだけで、ほとんど流れていないようにみえる川が、轟々と音を立てながら上流から下流に向かって流れていた。やがて空の雲も切れるようになり、雲の切れ間から中秋の名月を拝むことができた。
 さて、その台風が通過したあとのセミである。今朝は晴れて職場に出かけたところ、やがてツクツクボウシが鳴き始めた。しかし、昼前からは曇ってしまい、ツクツクボウシの鳴き声も聞こえなくなってしまった。アブラゼミの鳴き声は全く聞くことができなかったので、アブラゼミの季節はもう終わってしまったのかも知れない。

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