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2012年5月

2012年5月31日 (木)

今日のヒメジュウジナガカメムシ(2012年5月31日)

 この前の日曜日の5月27日には1頭しか見ることができなかったヒメジュウジナガカメムシであったが、今日の夕方にIさんからの連絡があり、また集団を作っているとのこと。早速現場に急行。
 すると、数か所に分かれて、計数十頭ほどのヒメジュウジナガカメムシの集団が見つかった。そのうち2か所にはガガイモと思われる芽が出ていた。
20120531blog1 このままガガイモの芽が吸汁されてしまうと、枯れてしまって絶滅する、という危惧があるので、見つかった個体の3分の2ほどを採集し、別の場所で見つけたガガイモに移植した。移植した場所のガガイモは既に大きくなっているので、吸汁されて枯れてしまうという心配はなさそうだが、定着してくれるかどうかは疑問である。
 このまま定着して繁殖して欲しいものである。

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2012年5月28日 (月)

ピーター・ラウファー著『蝶コレクターの黒い欲望』

ピーター・ラウファー著(寺西のぶ子訳)『蝶コレクターの黒い欲望−乱獲と密売はいかに自然を破壊したか?』
The Dangerous World of Butterflies 2009 by Peter Laufer

河出書房新社
ISBN978-4-309-20546-5
1,900円+税
2010年8月30日発行
312 pp.

目次
はじめに−どこまでも平和を求めて
第1章 ニカラグアへ出発
第2章 蝶を自由に飛ばせる純粋主義者
第3章 放蝶は悪か?
第4章 蝶を愛する人々
第5章 オオカバマダラの大移動
第6章 世界一のお尋ね者蝶密売人を追いかけて
第7章 命知らずの蝶ハンター
第8章 蝶の保護か国家安全保障か
第9章 芸術と蝶
第10章 創造論か進化論か
第11章 蝶の復活
おわりに
謝辞
訳者あとがき
原註

 本書も三重県立図書館で見つけて読んだ。
 原書の表題はそういうわけではないが、訳書は「蝶を採集して集めることがいかに悪いことであるか」ということを喧伝するような表題である。中身を読んでみると、この表題は本書の内容のごく一部を表しているにすぎず、極めて不適切だと思われた。原書の表題の方が(当たり前のことであるが)適切であるように思われた。
 本書の著者はジャーナリストであり、蝶をとりまく様々な問題についてジャーナリストの視点で取材をして問題を提起している。著者はアメリカ人であり、本書で扱われているのはアメリカでの問題が主に扱われているが、日本での問題と共通する部分もいくつかある。
 原著で書かれていることが正しく翻訳されているかどうか疑問な点もあるが、どうも本書の訳者は、蝶の問題を表面的にしか捉えていない感じで、蝶を保護する問題と環境を保全する問題との関係などを正しく認識できていないように思えた。
 そのような問題もあるが、蝶にまつわる様々な問題や、蝶というモノに対する認識が、アメリカではどうなのか、ということを窺い知ることができるので、本書を読む価値はあると思われた。

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ヘビを怒らせてしまった(2012年5月28日)

 今朝は毎週月曜日の日課としてトラップの調査を行っていた。すると、何もなかったはずの場所に太いロープが落ちているのでおかしいと思ったら、それは巨大なアオダイショウだった。せっかくなので写真を撮ることにした。
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20120528blog2 近づいても逃げないので、自分が「大物」であることがわかっているかのようであった。さらに良い写真が撮れないものかといろいろチョッカイを出していたところ、身をすくめたかと思ったら、パッとこちらに飛びかかってきた。狙われたのはカメラを持っていた手の指であった。アオダイショウが飛びかかってくるとは予想していなかったので、こちらも驚いた。
 アオダイショウの牙で引っ掻かれたのは親指。2本の切り傷がついてしまった。若干の出血はあったが、その後特に身体の異状は起きなかった。まあ、無毒のヘビだとわかっていたので、それほど心配をしたわけでもないが。
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関西病虫害研究会第94回大会@和歌山ビッグ愛(2012年5月24日)

 ちょっと遅くなってしまったが、研究集会参加の印象を書き遺しておきたい。
 和歌山市の和歌山ビッグ愛で開催された関西病虫害研究会第94回大会に参加した。今回は自分の講演はなく、ボクの職場にこの研究会の事務局が置かれている関係上、若干の裏方としての仕事をして、あとは講演を聴いたのみである。
 会場の和歌山ビッグ愛は、市の中心部からはやや外れた場所にあるので、駅から歩くと20分ほどかかって、すぐ近くには店も少ないのでやや不便ではあったが、同じ建物の中に奇麗でそれほど高価ではないホテルがあるのは便利であった。
 今回の研究会では虫害関係19題と病害関係11題の講演があった。会場は虫害関係と病害関係2か所に分かれていたが、途中からは虫害関係の講演が同時並行で進行する形になった。ボクはもちろん虫害関係の講演会場にいた。
 この研究会での講演は、ほとんどが関西東海地域の府県の農業関係試験研究機関の研究者によるものである。ということで、ボクら独立行政法人研究機関に所属する者にとっては、地域で問題になっている病害虫の情報を得るために重要な機会になっている。
 様々な講演があったが、特筆されるのは、オオタバコガに関する講演が4題もあったことである。オオタバコガの幼虫は様々な野菜を加害するが、ナスやトマトなが果実の中に、キャベツなら結球部の内部に食入するため、外部から見て被害があることを確認できないことや、産卵が1卵ずつバラバラにあちこちに行われるため、被害の予想をしずらいことや、殺虫剤に対する抵抗性を獲得していることや、成虫が大きな移動性を持つことなどから、被害を予想や予防することが困難な害虫になっている。いまボクもオオタバコガの発生予察の基準作りのための調査を行っているが、なかなか手強い害虫だと感じている。
 その他は、様々な土着天敵の利用に関する講演も4題あった。殺虫剤に対する抵抗性を獲得してしまった害虫に対する防除方法として、天敵の利用は有効な手段であり、最近は圃場の生物多様性を高め、土着天敵を有効に利用できる管理法を開発しようという研究の一つの大きな流れがある。
 同時並行で開催されていたため、自分では聴けなかったが、風変わりな講演が一つあった。それは、農薬のラベルに示されている注意事項が書かれている部分の大きさを、家庭用塩素系漂白剤、タバコ、医薬品と比較調査したものである。その結果、農薬の注意書きの部分の面積は、医薬品と同等に小さいため、専門的な知識を持つ職員による相談が可能な条件で販売すべき商品であると結論づけられた。
 今回は講演の題数が例年よりやや少なかったように感じられたが、和歌山が東海近畿地域の中では地理的に中心からやや遠い場所にある関係かと思われた。
 開催県である和歌山県の皆さんには研究集会の運営で大変お世話になった。お礼申し上げたい。
 来年は滋賀県で開催される予定である。

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2012年5月27日 (日)

ハルゼミの鳴き声は聞けず(2012年5月27日)

 ハルゼミの鳴き声を聞きたくて去年ハルゼミの合唱を聞くことができた場所に出かけた。時期的には悪くないはずであるが、ハルゼミの鳴き声は全く聞くことができなかった。たまたま去年が「当たり年」だったのかも知れない。
 あたり全体も見ておきたいと思って、その場所から少し離れた場所にも出かけた。わかっていたことではあったが、国道のバイパスの工事が進捗しており、山が相当削られていた。このあたりは貴重な里山であるだけに悲しく思えた。この場所は、こちらに引っ越してきたばかりの頃、自然観察会に参加して教えてもらった場所である。「里山」として管理されている場所からはやや離れているのであるが、影響が全くないとは言えないように思える。
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 気を取り直して他の場所を散策していると、イボタノキの花が咲いており、わずかばかりではあったが甲虫やハチが集まっていた。
20120527blog04 トラハナムグリヒメトラハナムグリ。
 なかなか可愛らしい虫である。飛んでいるときはハチのようにも見える。今日は例年より多い、そこそこたくさんの個体が見られた。やはり個体数の年次変動がかなりあるのだろうと思う。

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今日のヒメジュウジナガカメムシ(2012年5月27日)

20120527blog01 期待しているガガイモの芽が全く出てこない。去年、除草剤を撒かれてしまったからかも知れない。
 今日見つかったヒメジュウジナガカメムシは、建物の壁の下部を歩いていた1頭のみ。
 他の連中はどこか他所へ行ってしまったのだろうなぁ。

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2012年5月26日 (土)

シンポジウム「海を渡る昆虫の神秘」(2012年5月26日)

 名古屋の名城大学で開催された名古屋昆虫同好会主催の『シンポジウム「海を渡る昆虫の神秘」〜みんなで考えてみよう、小さな虫の大きな不思議〜』に参加した。名古屋昆虫同好会がこのような一般にも公開したシンポジウムを開催したのは、名古屋昆虫同好会の63年の歴史のなかで初めてのことである。もともと名古屋昆虫同好会には昆虫の中でも「生態」を指向した会員が少ないので、このようなテーマでシンポジウムを開催することにしたのは意外であった。

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プログラム
開会挨拶 間野隆裕(名古屋昆虫同好会会長)
基調講演
「北上昆虫は南下する!」−伊良湖岬から海を渡る虫たち−:金沢至(大阪市立自然史博物館)
講演
「なぜ、どのように、どこまで飛ぶの?アサギマダラ」:窪田宣和(愛知アサギマダラの会)
「トンボの省エネ飛行」−ウスバキトンボとアキアカネを例に−:石田昇三(日本トンボ学会)
「移動する(かもしれない)昆虫の話題」:間野隆裕(豊田市矢作川研究所)
パネルディスカッション
「海を渡る昆虫の神秘」:各講演者
閉会挨拶 蟹江昇(名古屋昆虫同好会副会長)

 大雑把にまとめてしまえば、アサギマダラとウスバキトンボの話が中心であり、その移動の実態はどんなものか、という話題が中心であった。基調講演での金沢氏の話の中心は、秋に渥美半島の先端の伊良湖岬で観察していると、志摩半島の方向に飛び出して行く昆虫がたくさんあり、アサギマダラやウスバキトンボだけではなく、その他の様々な昆虫が海に飛び出して行くのが観察されたということであった。
 アサギマダラは長距離移動をすることがマーキングによって確かめられている。大雑把に言えば、春に北東方向への移動があり、秋に南西方向への移動があるが、細かいところを見れば、これに当てはまらない移動も少なからずある。窪田氏は愛知県を中心にアサギマダラの移動をマーキングで調べているが、短距離(主に県内)の移動の方向はかなりランダムであるとのことであった。また、愛知県の標高600m程度の場所での観察によれば、越冬(主として幼虫態で)が可能であり、一年中アサギマダラの姿を見ることができるとのことである。それなのになぜ移動しなければならないか、という点については大阪府立大学の平井規央さんによる「寄生蠅からの逃避のため」いう説が有力であろうということであった。
 ウスバキトンボは本州あたりでは春にはいないが夏以降に急激に個体数を増す。熱帯地域では一年中見られる。石田氏によれば、気温の上昇とともに、あるいは台風などの風に乗って北上するが、高緯度地域では冬には死に絶えてしまい、南下は見られないということである。これは金沢氏の伊良湖岬での観察とは対立する考え方である。ウスバキトンボはアサギマダラとは違って組織的なマーキングは行われておらず、これまでの定説は日本各地でのウスバキトンボの季節的な個体数の変動から想像した憶測に過ぎないと思う。石田氏は「一方通行説」を唱えているが、ボクは大勢としてはそうであっても、秋の南下も少なからずあるのではないかと想像している。
 間野氏は、「ウンカ海を渡る」の著者である岸本良一先生の東シナ海の定点観測船で得られた昆虫を紹介し、実に様々な昆虫が海上で得られたことを紹介した。ひょっとしたらアマチュアの昆虫愛好家の間ではどうか知らないが、トビイロウンカやセジロウンカがモンスーンに乗って東シナ海を渡って中国から渡ってくることは、農業昆虫研究者の間では今では「常識」となっており完全に定説になっている。間野氏の演題は「移動する(かもしれない)昆虫の話題」となっていたが、「かもしれない」は余計だったように思える。
 最後はパネルディスカッションで、参加者からの質問に答える形であった。寄せられた質問は良いところを突いていると思うものもあったが、初心者のような質問もあり、このシンポジウムには、昆虫の移動のことをあまり知らない人が多く参加していると窺われた。移動する昆虫には自然ではなく人為的な移動によるものもあるのではないか、という質問に対して間野氏は「それもある。コナガなどはそうかも知れない」と答えていたが、コナガは明らかに長距離移動をする能力を持っていると思う。ボク自身も石垣島での観察から、ほぼ確実に数百キロの移動をしていると確信した。(→この論文 PDFがあります)
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 このシンポジウムには名古屋昆虫同好会の幹事の皆さんの多くは参加されていたが、普段の例会に参加されているメンバーの顔があまり見られなかった。これはボクにとってはある程度予想できたことであった。しかし、正確に数えたわけではないが100人近くの人数が集まったと思われ、遠くは長野や奈良から参加されている方もあり、シンポジウムとしては盛会ではなかったかと思われた。これを機会に名古屋昆虫同好会に入会してくれる人があることを期待している。
 ボク自身にとっても、とくに窪田氏の講演から多くのヒントを得られ、自分自身のアサギマダラの移動に関するイメージをより明確にできたように思う。これについては、どこかでまたあらためて考え方をまとめて書き遺しておきたいと思う。実りの多いシンポジウムであった。

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2012年5月24日 (木)

和歌山2日目(2012年5月24日)

 昨日は既に暗くなっていたので気がつかなかったが、今朝起きてホテルの窓の外を見たら真正面ぐらいに和歌山城が見えた。その後ろには加太あたりの山が見え、左側には淡路島と思われる山がうっすらと見えた。
20120524blog01 ホテルの朝食は同じフロアだった。和食と洋食があったので、洋食を予約しておいた。パンと飲み物は食べ放題飲み放題。コーヒーはエスプレッソ、ジュースはグレープフルーツジュース。パンは2枚食べ、コーヒーは3杯も飲んだ。
20120524blog02 研究会は同じ建物の12階で受け付けをして、12階と8階の2か所の会場があった。この内容については別のエントリーにあらためて書きたいと思う。
 昼休みに出かけたラーメン屋「丸寅」。下調べしておいたつもりだったが、営業していなかった。あとから調べたら、営業は夜のみであった。
20120524blog03 もう1軒下調べしておいたので、そちらへ向かった。こちらは営業していたのでひと安心。「丸山」。和歌山のラーメン屋には「丸」がつく名前が多いようだ。
20120524blog04 店内は昨日の「井出商店」よりも新しくて明るい。
20120524blog05 出てきたラーメンは見た目も味も「井出商店」のものに似ていた。チャーシュー、蒲鉾、メンマ、青ネギが乗っているのがデフォルトのようである。
20120524blog06 「早すし」がテーブルに乗っているところも「井出商店」と同じ。ただし、こちらには巻き寿司もあった。
20120524blog07 ラーメンに満足して会場に戻る。東側の景色を見ると、これから水が張られると思われると田圃と住宅地がモザイクのように入り乱れていた。津市界隈では、水田と住宅地はこのように入り組んではいないので地域の違いを感じた。
20120524blog08 研究会は午後4時頃に終了。歩いて和歌山駅に向かう。土産を買って天王寺までの切符を買って紀州路快速に乗り込む。天王寺で降りて一旦改札を出て、JR難波までの切符を買い、もう一度天王寺駅の改札を通って中に入る。大和路快速に乗ってJR難波へ。なぜ天王寺で切符を買い直したのかと言えば、和歌山からJR難波までの切符を買うより、このようにした方が運賃が安いからである。
 JR難波駅から「なんばウォーク」方面に歩き、「551蓬莱」で夕食。「海鮮丼」940円なり。値段設定がやや高いが美味しかった。
20120524blog09 「551蓬莱」では「豚まん」をお土産に買い、難波から近鉄に乗り、午後9時頃帰宅。電車の中は読書タイムであった。思ったほど疲れていない。

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2012年5月23日 (水)

和歌山へ(2012年5月23日)

 明日開催される関西病虫害研究会第94回大会に参加するために和歌山に来ている。午前中は職場に出かけて畑で少しデータをとって、昼食は自宅に戻って食べ、午後に出発した。
 和歌山駅に着いたのは夕方6時ちょっと過ぎ。早速下調べしておいた「井出商店」に出かけた。和歌山ラーメンの中でも有名なラーメン店であるらしい。しかし、時間が早いせいか、客は1組いただけであった。
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20120523blog2「中華そば」。いわゆる「豚骨醤油」である。
20120523blog3「早すし」。テーブルの上に積まれているので、それを勝手に取るシステムになっているようである。
20120523blog4中身はこのとおり。
20120523blog5中華そば600円、早すし150円の合計750円。
 「井出商店」からホテルに向かう途中、「イズミヤ」で飲み物を調達。歩いて10数分でホテルのある建物「和歌山ビッグ愛」に到着。
20120523blog6 ホテルはこの建物の10階と11階にある。部屋は10階だった。ホテルの部屋から西の空を見ると、一昨日金環日蝕を見せてくれた月は「二日月」になって輝いていた。
20120523_wakayamaクリックすると拡大します

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2012年5月21日 (月)

金環日蝕(2012年5月21日)

 朝は曇りがちだったので心配だったが、金環日蝕が始まる少し前から雲が切れ、きれいに金環日蝕を見ることができた。金環日蝕の最中も、太陽は意外なほど明るく、「ちょっと陽射しが弱いかな?」という程度にしか感じられなかったことを実感できたのは大きな収穫だったと思う。太陽が復活し始めたら、また太陽は雲に隠れてしまった。部分日蝕の最後までは見ることができなかったが、金環日蝕の最初から最後まで見ることができたのは、運が良かったと思う。
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〔2012年5月21日夜追記〕
 思い返してみれば、金環日蝕を見たいと初めて思ったのは小学生の頃だったと思う。1987年9月23日に沖縄で金環日蝕がある、ということだった。オトナになったら沖縄に行って金環日蝕を見よう、と思っていたわけだが、結局そのときには岩手県盛岡市に住んでいて、沖縄に行くことはかなわず、岩手県で部分日蝕を見た。それから四半世紀近く経ってしまったわけだが、今日、自宅において金環日蝕を見ることができたのは、実に幸せなことだったと思う。
 今回は写真も撮ることができたわけだが、1987年当時には当然デジタルカメラなどはなく、フィルムのカメラで撮影せざるをえなかったわけだし、今回のように撮影用のフィルタが容易に入手できる状況でもなかったから、当時沖縄に行けたとしても、今回のようにうまく撮影できたわけではないと思う。

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2012年5月19日 (土)

岩合光昭どうぶつ写真展@四日市市立博物館(2012年5月19日)

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 四日市に所用があったので、四日市市立博物館で開催されている特別展「岩合光昭どうぶつ写真展」を見てきた。岩合さんの写真は以前から好きだったが、写真展を見るのは今回が初めてである。
 展示されている写真の、本来は写真の題名が書かれているはずの場所には、題名も解説も書かれておらず、その代わりに岩合さんの「自然の動植物の繋がりが大切ですよ」というメッセージが書かれていた。動物の写真を通して生物多様性を維持することの大切さを訴えているような感じである。
 会期は6月24日まで。一般700円、大学生・高校生500円、中学生以下無料。かなりお勧めである。常設展は入場無料だが、それはイマイチであった。

 ところで、ここに行く前に昼食をとったわけだが、四日市と言えば「トンテキ」である。入ったのは近鉄四日市駅の近くの中華料理屋「一楽」。ランチタイムでトンテキ定食が1,050円であった。なかなか美味しかった。
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【2012年5月20日追記】
四日市市立博物館は「博物館」という名前がついているものの、自然科学系はプラネタリウムと地学系がわずかにあるだけである。博物学の王道とも言える動植物については全く展示がない。ボクが四日市市立博物館に魅力を感じなかったのは、このあたりに原因があると思う。

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2012年5月13日 (日)

今年もあまご御飯&鱒料理いろいろ@津市美杉町「大吉」(2012年5月13日)

 津市美杉町にある「大吉」に初めて行ったのは2008年5月11日のことだったが、それ以来毎年この時期にはここに出かけている。今年は今日行ってきた。
 昨日までは寒くてとても外で食事を楽しむような天候ではなかったが、今日は薄曇りで風もなく、寒くもなく、暑くもなく、絶好の日和になった。
 食べた場所はこんな場所。1階は完全に吹きさらしである。2階でも食べることができる。別棟にはちゃんとした建物があり、そちらでも食べることができる。2008年に行ったときには、寒かったので、そちらの建物の中で食べた。
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 マスの釣り堀はこんな場所。理由はわからないが、ことしは餌への食いつきが悪く、全然釣れなかった。ところが、妻が釣れ始めると三男坊も釣れ始めた。ところが、ボクは全くダメだった。こんなことは珍しい。最後の最後でやっと1匹釣り上げて、それで釣りは終了した。妻の一人勝ちである。
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 食べた場所はこちら。長男がいなくなったので、今年は4人である。
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 マスの塩焼き。一人当たり2匹。
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 マスの刺身。
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 マスの唐揚げ。これは後から追加注文してしまった。
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 皿の上のマスの塩焼き。
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 あまごご飯。
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 以上のものに、味噌汁と漬け物が付いて、追加注文の唐揚げを含めて、4人分で締めて9,600円。美味しい空気の中で食べて、まずまずお手頃な値段だと思った。
 食事を終えてからあたりを見回ったら、山草が生えているのに気付いた。
 エビネ。
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 チゴユリ。
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 チゴユリを見たのは20年ぶり以上だと思うが、よく名前を思い出せたものだと思う。

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2012年5月12日 (土)

金環日蝕の撮影の準備完了(2012年5月12日)

 来る5月21日の金環日蝕に備え、撮影用のフィルタを準備した。フィルタは市内の天文専門店「アイベル」(なぜ津市のような地方都市に、このような充実した天文専門店があるのか不思議である)で買ってきたA4版のペラペラの薄いフィルタを加工して、撮影用のレンズの前に装着できるようにした。自分用のを一つ、三男坊用のを一つ作り、余った分で肉眼観察用の眼鏡を作った。
 早速試し撮りしたところ、けっこう大きな黒点があるのがわかった。あとは、当日晴れてくれることを祈るのみである。
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2012年5月10日 (木)

ヒメジュウジナガカメムシの交尾が始まる(2012年5月10日)

 Iさんから情報をいただき、ヒメジュウジナガカメムシが集団になって交尾を始めていたとのこと。早速、現場に急行。
 これまで草が生い茂っていた場所の草が刈り払われて、あらわになった地面にヒメジュウジナガカメムシが集団を作っており、中には交尾をしている個体もいた。
20120510blog1 葉も何もついていない茎というか地下茎というかが地面の上に出ており、そこにもヒメジュウジナガカメムシが群がって吸汁していた。おそらくこれは寄主植物のガガイモなのだろうと思う。
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2012年5月 5日 (土)

不本意ながら蜂の駆除(2012年5月5日)

 2階のベランダの陽の当たる場所で本を読んでいた。すると、足下にアシナガバチが飛んで来たのに気が付いた。その場所をよく見てみると、案の定アシナガバチの巣と女王蜂が1頭いた。巣ができていたのは、こんな場所である。
20120505blog01 巣房の数はまだそれほど多くなく、幼虫は見当たらず、卵が見つかるだけだった。
20120505blog02 アシナガバチはそれほど凶暴ではないが、一応注意してもらおうと思って家人に知らせたところ、「すぐに処分してください」と言われ、反論の余地はなかった。そこに巣があることを意識していれば、まず刺されることはないと思うのだが、そうは思ってくれなかった。仕方がないので、不本意ながら女王蜂を処分した。

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2012年5月 3日 (木)

今年も電波で狐狩り 中電津ハムクラブ主催 第28回FOXハンティング(2012年5月3日)

 昨日までの雨が上がるかどうか心配されたが、朝にはどんより曇っていたものの雨も上がり、昼頃には空も明るくなってきた。というわけで、今年も恒例の中電津ハムクラブ主催のフォックスハンティングに出かけた。フォックスハンティングとは、無線機(受信機)を持って歩き回り、電波の発信源を探り当てる競技である。電波に関する知識と歩き回るための体力が必要とされる。第三級アマチュア無線技士の資格を持っている三男坊と一緒の参加である。
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 今日は何故か津市長の前葉氏が来ており挨拶をしたが、要するに「災害時にアマチュア無線が頼りになるので、アマチュア無線家のみなさん、ヨロシク」という趣旨のようであった。行政からアマチュア無線が頼りにされるという状況は、悪いことではない。
 競技は途中で無線機の電波が止まってしまうなどのトラブルもあったが、まあ、そこは気楽な会であるので、目くじらを立てるような人はいなかった。しかし、今年も残念ながら入賞はできなかった。先月末の街道歩きの筋肉痛がまだ残っていたのと、何となく息切れがして十分に走れなかったのが敗因の一つであったと思った。
 途中からは陽も射すようになり、チョウも飛び始めた。クロアゲハとアオスジアゲハを今年初めて見た。

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2012年5月 1日 (火)

五十嵐邁著『アゲハ蝶の白地図』

五十嵐邁著『アゲハ蝶の白地図』

世界文化社
ISBN978-4-418-08501-9
2,800円+税
2008年2月15日発行
320 pp.

目次
まえがき
第一章 蝶の魔境・インド 1963〜1968
 怪蝶テングアゲハのこと/熱心な英国人研究家/思い出のマハデオポカリへ/マハデオポカリにテングアゲハを見ず/ネパールから撤退/ダージリンへ/ダージリンの茶/手の平にのったテングアゲハ/見つからない幼虫/イスラエル兵士の話
第二章 ベンゲットの道・フィリピン 1966
 ベンゲットの道/美しい新種の発見/ベンゲットへ/日本軍の認識票
第三章 熱砂の国・イラク 1969〜1971
 バスラへ/砂漠は死んでいる/シンドバッド1(花の北国/バグダッドの街角で/シロタイスアゲハを採る/イラク人の家/異形アゲハの谷/卵と幼虫を発見/バーディの朝/オオカミの出る里/困った幼虫たち)/シンドバッド2(ふたたび北イラクへ/珍蝶の宝庫アマディア/ガラ山の失敗/アラビアのトンボ/美しいモスールの夕/炎熱の責苦に耐えて)/シンドバッド3(黄色い皇帝の姿/歯が立たぬ皇帝/ついに黄色い皇帝を採る/また起きた事故)/シンドバッド4(秋の北イラクへ/みじめな敗退)/シンドバッド5(宮殿にすむシロチョウ)/シンドバッド6(砂漠のシロチョウに挑む/意外に手強い相手)/シンドバッド7(黄色い皇帝を手に/珍蝶チビマドタテハの幼虫を発見/マティウスの飼育)
第四章 エルブルツの高峰・イラン 1974
 カスピ海から吹く風/ヒメクモマツマキチョウとの出会い/エルブルツの斜面/湖畔の蝶/失望すべき東の方/宝石箱のようなシジミチョウの産地/怒るイラン人
第五章 雨と蛭と原生林・インド 1985〜1986
 時間を味方として/蛭の絨毯/タイガーヒルの食物/ただ一頭のテングアゲハの雌を採る/人工採卵に挑む/エキスパートによる成功/孵らない卵/翌年に賭ける/テングアゲハ孵化の朝/成功を世界に打電
第六章 蒼きブータンの山河・ブータン 1985〜1987
 ヒマラヤの貴婦人/夢の国ブータンへ/霧の湧く絶壁/雨の中を飛ぶシボリアゲハ/眼前に見るシボリアゲハの産卵/巨大ウマノスズクサ/シボリアゲハ全滅/二度目の挑戦/ブータンの飛行機/天然の卵を見つける/頭上の鷲/依怙地な付き添い役人シャモ/ブータン賛歌/帰国、飼育成功
第七章 朦気の地・中国 1994.2001.2004
 春冷えの四川省/雲南行路/現代風シャングリラとヤクの味/蝶博士への贈物
第八章 彩りに満ちる島・スラウェシ 1967.1972.1993
 その島の蝶たち/東に向けて出発/悪天候で引き返す/墜落、火災、脱出/スパイ騒動/ヤシの実/カンカン帽の村長さん/厳粛な政府の招待/ジャカルタへ戻る/蝶の村、バンティムルング/サビモンキシタアゲハを採る/少年モンキーの忠誠/色白美人の母/標本商の栄枯盛衰/Bンチャックの宿/天然水洗便所/オオルリオビアゲハの彩り
第九章 疫病満ちる半島・ラオス 1998
 絶壁にすむジャコウアゲハ/トラノ糞/不気味な国境地帯/ラオスのニワトリ/雌の森で/悪いことは続いて起こる/疫病の夜/病気快癒/眼鏡を失う
第十章 遠い国・オーストラリア 1977〜1978
 意外に遠かったオーストラリア/ウスバジャコウアゲハの産地に直行/病をおして産地に進撃/賭けには勝ったが/最後の二時間で勝機を掴む
第十一章 驟雨と老酒・シンガポール
 マレーコムラサキとの出会い/屋根の無い夕食
あとがき

 最近は津市立津図書館よりも三重県立図書館に行く機会が増えてきた。そんなこともあり、これまでに読んだことのない本がいろいろと目につく。そんな中で見つけたのが本書である。
 著者の五十嵐邁はテングアゲハの寄主植物と幼生期を明らかにしたことで有名なアマチュアの蝶の研究家である。大手の建設会社に勤務しながらアゲハチョウの研究をして、それをもとに京都大学から理学博士の学位を授与されていることは有名である。ぼくの大学時代の同じ研究室の先輩の大学院生のAさんが学位を取得したとき、授与式が五十嵐氏と同じで、「ワシが五十嵐じゃ。ガハハ。」と言われた、という話をAさんから聞いたことがある。
 本書にはアゲハチョウに関する研究についての話を期待していたが、良い意味でも悪い意味でも裏切られた。研究に関する話がほとんどなく、悪く言えば自慢話ばかり書かれているのである。しかし、冒険談や苦労話として読めば、それはそれで面白いと思う。
 五十嵐氏は1924年生まれであるから、ぼくの父よりも少し上である。大学を卒業する頃はまだ戦争が終わっていなかったかも知れないが、まだ昆虫の生態があまり明らかにされていない時代に生きて、ワクワクする体験をされたことは羨ましく思える。それにしても、自信に満ちあふれており、すごいバイタリティである。今後はこのような人は出てこないであろう。
 本書は2008年2月の発行であるが、五十嵐氏は本書の発行後まもない2008年4月6日に亡くなられている。今の人がなかなか体験できないようなことを亡くなる前にたくさん書き遺してくれたことは大きな意味があると思う。

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