« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月28日 (火)

ウヅキコモリグモが走り回る(2012年2月28日)

 今日は恒例の野外調査であった。いつもは水曜日なのだが、諸般の事情で先週から火曜日になっている。来週と再来週も火曜日で、その次からは月曜日になる予定である。
 今朝はほどほどに冷え込み、津地方気象台でも氷点下まで気温が下がった。しかし、風もなく、陽射しも十分にあったので、気温が低かったにもかかわらず、日向にいれば十分な暖かさを感じるほどであった。
 今年の1月、2月は気温が低かったようなので、春の生物の出現は遅れるかも知れないが、もう2月も終わりなので、年によってはモンシロチョウが飛ぶのを見るような時期である。きょうもモンシロチョウが飛びそうな雰囲気だけはあったが、さすがにまだ出ていないようであった。
 そのような暖かさの中、ウヅキコモリグモのサンプリングをしたわけだが、畑の畦を歩くと、足元から次から次へと這い出してくる。まだ小さい幼体もいたが、成体や亜成体の方がたくさん目についた。もう腹部がパンパンに張っているメスも見つかった。卵嚢を付着させているメスを見ることができるようになるのも、もう間もなくのことではないかと思われた。
 職場に戻ってからのこと、Iさんがウヅキコモリグモのオス成体に付着しているカマキリモドキの幼虫を発見したとのこと。カマキリモドキの幼虫は、意外なほど高頻度で見つかるようである。
 午後からは曇って来た。夜中には雨になるらしい。


 そう言えば、「コモリグモ」は1972年頃までは「ドクグモ」と呼ばれていた。ボクがウヅキコモリグモの名前を最初に知ったときは「ウヅキドクグモ」であった。ウヅキコモリグモの「ウヅキ」とは「卯月」のことなのであるが、最初に「ウヅキドクグモ」として名前を知ったときは、噛まれると「疼く」ほど強い毒があるから「ウヅキドクグモ」なのだと勝手に想像していた。実際にも、コモリグモの仲間にはそれほど強い毒を持つものはいないそうであるから、メスが卵嚢を付着させて歩き回る習性から「コモリグモ」に改称したのは妥当なことだったと思う。今はウヅキコモリグモを見ると「かわいい」と思えるが、「ウヅキドクグモ」という名前だったら「かわいい」と思えたかどうかわからない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月25日 (土)

福岡伸一著『フェルメール光の王国』

福岡伸一著『フェルメール光の王国』
木楽舎
ISBN978-4-86324-040-7
2,200円+税
2011年8月1日発行
255 pp.

目次
第一章 オランダの光を紡ぐ旅
 フェルメール、レーウェンフック、そしてスピノザ−フランクフルト、アムステルダム、ライデン/フェルメール、ラピスラズリ、そしてエッシャー−ハーグ/フェルメール、エッシャー、そしてある小路−デルフト
第二章 アメリカの夢
 東海岸の引力−ワシントンD.C./ニューヨークの振動−ニューヨーク/光、刹那の微分−ニューヨーク
第三章 神々の愛でし人
 言葉のない祈り。そしてガロア−パリ、ブール・ラ・レーヌ/幾何学の目的。そしてルイ=ル=グラン−パリ
第四章 輝きのはじまり
 フェルメール、光の萌芽−エディンバラ/無垢の少女−ロンドン/フェルメールの暗号(コード)−ロンドン/旋回のエネルギー−アイルランド
第五章 溶かされた界面、動き出した時間
 つなげるものとしての界面−ドレスデン/溶かされた界面−ベルリン、ブラヌンシュヴァイク/壁、そして絵画という鏡−ベルリン
第六章 旅の終焉
 土星の輪を見た天文学者−パリ/時を抱きとめて−ウィーン
第七章 ある仮説
あとがき

 津市の図書館に入っていたが、借りられるまで予約の順番待ちでずいぶん待たされた。フェルメールのファンか福岡伸一のファンか知らないが、けっこうファンがいるということのようだ。
 ボクはあまり絵画には興味がなかったのだが(今でもそれほど興味があるわけではない)、この本を読んで、「絵画を見るにはこういう見方もあるのか!」と思わずにはいられなかった。
 本書は著者の分子生物学者である福岡伸一氏が世界のあちこちに分散しているフェルメールの作品を訪ねた旅の旅行記のようなものである。本書はあとがきを除き、すべてANAグループの機内誌『翼の王国』に掲載されたものに加筆・修正されたものである。
 フェルメールとほとんど同じ時にほとんど同じ街(オランダのデルフト)で生まれた顕微鏡の発明者として知られるレーウェンフックとフェルメールとの関係に関する推理(これについては他の福岡氏の著書に何度も触れられている)など、福岡氏の(生物学者とは思えない)文章の巧さに惹き付けられて読み終えた。
 本書を読むかぎり、福岡伸一氏は生物学者ではなく、りっぱなエッセイストである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月23日 (木)

松村松年が眠る雑司ケ谷霊園(2012年2月23日)

 今日は朝から雨だった。お昼に会議が終わった頃には、まだ本降りであった。仕方がないので、とにかく近くで昼食をとることにした。「ベトナム料理」という看板に惹き寄せられて行ったのが「ザ・マジェスティック レストラン 表参道」。「小原流会館」の地下にある。従業員の何人かはベトナム人だと思われた。ここでは「カレーセット」を注文。ベトナムに行ったときにはカレーを食べたことはなかったのだが、どんなものかと思ってカレーを注文してみることにした。980円なり。
20120223blog1 カレーはタイのイエローカレーに似ていたが、それほど辛味はなかった。フォーも美味しかった。量も多すぎること無く、ちょうど良かった。南青山会館に来る機会はまたあるだろうから、ここにもまた来ても良いと思った。
 食事を終えて外に出てみると、雨はほとんど上がっていた。表参道駅に向かい、地下鉄の乗り潰しを兼ねて遠回りをして雑司ケ谷へ向かった。表参道→(半蔵門線)→永田町→(有楽町線)→池袋→(副都心線)→雑司ケ谷。池袋では一旦改札を出て、かなり歩かなければいけなかった。副都心線はずいぶん深いところを通っており、エスカレーターも長い。
 雑司ケ谷で地上に出たら、すぐ前を都電荒川線が通っていたが、閑静な住宅街という雰囲気であった。ここからは都電の一駅分を歩いた。雑司ケ谷霊園に着いたことには、薄日も射すようになっていた。まずは、北大の昆虫学の初代の教授である松村松年の墓へ。場所は1-1-12。
20120223blog2
20120223blog3 布袋さんの格好をした、けったいな墓である。こんな形だとあらかじめ知っていればすぐに見つかる。
 このあと事務所に行ってガイドマップをもらい、有名人の墓を訪ねた。まずは夏目漱石。
20120223blog4 これは大きな立派な墓であった。「我が輩は猫である」のネコではなかろうが、人なつこいネコが1匹いた。
 次は永井荷風。これは普通の墓であった。
20120223blog5 墓めぐりはこれぐらいにして、雑司ケ谷駅にもどり、副都心線で渋谷に出た。渋谷では昨日の夕方物騒な事件が起こったが、その形跡は何もなかった。渋谷で土産物を買い。東横線で新横浜に出た。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ブータンシボリアゲハ@東京農業大学「食と農の博物館」(2012年2月22日)

 昨日から東京へ出張であった。このエントリーでは昨日のことを書いている。
 東京大学総合研究博物館と東京農業大学「食と農の博物館」でブータン王国から贈られたブータンシボリアゲハが見られるというので、ちょうど東京への出張があったので、見に行くことにした。どちらに行こうか少し迷ったが、このまえ「蟬學」を見たばかりの東京大学総合研究博物館ではなく、東京農業大学「食と農の博物館」に行ってみることにした。
 江戸橋駅6:34発の近鉄急行に乗り、名古屋7:47発の「のぞみ302号」に乗った。この「のぞみ」は700系だったので無線LANは使えなかった。晴れていたので、富士山はよく見えた。新横浜で降り、横浜線で菊名に出て、そこから東横線で自由が丘に出て、さらに大井町線で二子玉川に出て、さらに田園都市線で桜新町まで行った。桜新町の近くには「長谷川町子美術館」があるらしい。機会があれば行ってみても良いかと思った。そこから歩くこと20分ほどで馬事公苑の北隣にある東京農業大学「食と農の博物館」に着いた。10:20頃には到着。
20120222blog1 早速お目当てのブータンシボリアゲハの場所へ。
20120222blog2 他のシボリアゲハも展示されていたが、ブータンシボリアゲハが最も大きかった。標本箱が収められていた箱の装飾も素晴らしい。
20120222blog3 こちらが他のシボリアゲハやギフチョウの仲間など。大きさはブータンシボリアゲハが一番だけど、雰囲気はただのシボリアゲハの方が良い感じだった。
20120222blog4 東京農業大学「食と農の博物館」は東京大学総合研究博物館と比べると「見せよう」という「やる気」が強く感じられた。農業に特化している博物館だが、みるべきものは多かった。つくばの農林団地にある「リサーチギャラリー」よりも見ていて楽しい。東京農業大学には醸造関係の学科があり、卒業生の蔵元がつくっている酒も展示されていた。全国各地の有名な酒蔵が東京農業大学の出身者の酒蔵だということがわかる。博物館にはバイオリウムも併設されていて、熱帯の植物や、は虫類や猿なども飼育されていた。これが無料で見られるのだから行かなければ損だというものである。
 ブータンシボリアゲハの展示が何時までなのかわからないが、それが無くても見る価値は十分に高いと思った。11:40頃には博物館を後にして、会議が行われる南青山会館に向かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月21日 (火)

ウグイス啼く(2012年2月21日)

 今日は恒例の野外調査だった。陽が射して風もなく、気温の割には暖かく感じられる日だった。
 2か所目の調査地でのこと、遠くの方からウグイスのさえずりが聞こえて来た。また春が近づいて来たように思える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月15日 (水)

ヒバリ啼く(2012年2月15日)

 今日は恒例の野外調査の日であった。昨日までの雨は上がっていたが、曇っていて湿度が高く、気温がそれほど低かったわけではないが、体の芯まで冷えるような寒さを感じた。
 そんな天気であったが、2か所目の調査地に着いたとき、ヒバリのさえずりが聞こえた。まだまだ寒いが、着実に春が近づいている感じである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月13日 (月)

「蟬學」加藤正世の博物誌@東京大学総合研究博物館(2012年2月13日)

 今日の午後から明日の午後3時まで東京霞ヶ関で会議である。Zikadeさんから情報をいただいていたので、朝早く出発して、会議が始まる前に、東京大学総合研究博物館での「蟬學 加藤正世の博物誌」に行って来た。
 今朝は江戸橋7:21発の近鉄急行に乗る予定だったが、早く準備ができてしまったので6:59発の近鉄急行に乗り、名古屋8:20発の「のぞみ」に乗ることができた。今日は新幹線を東京まで乗り、東京駅から東京メトロ丸ノ内線で本郷三丁目に出た。そこから歩くこと5〜6分で目的地に着いた。10:40頃には着いたと思う。東京大学の構内に足を踏み入れたのは、1997年4月の日本応用動物昆虫学会の大会以来である。そのときは、久留米から石垣島へ引っ越すときだったので、自分の発表だけ済ませて、そそくさと退散した記憶がある。博物館に来たのは初めてである。
20120213blog1
20120213blog2 博物館は思ったより小さかった。京都大学の博物館のようなものを想像していたのだ。京都大学の博物館はしっかり入館料をとるのに、東京大学は無料なので、小さいのももっともと言える。
 常設展示もあったが、それはチラッと見ただけで、2階の目指す場所に向かった。今回の特別展は、昭和の初期から亡くなった1967年まで活躍した加藤正世のコレクションが遺族から東京大学に寄贈されたので企画されたものであるとのことである。加藤正世と言えばセミである。加藤正世は台湾総督府の農業試験場で仕事をしていたこともあるとのことで、日本ばかりでなく台湾の標本も多かった。また、エゾゼミのホロタイプも展示されていた。セミヤドリガがついたセミの標本の展示もあったが、ぼくがよく目にするヒグラシではなくて、ニイニイゼミやツクツクボウシについたセミヤドリガがあり、ちょっと驚いた。
 加藤正世は石神井公園の近くに住んでいたということで、武蔵野の昆虫も多く展示されていた。今となっては完全に幻になってしまったオオウラギンヒョウモンの標本も展示されており、昔の武蔵野の自然の豊かさがうかがわれた。
 展示室は資料に損傷を与えないためだと思われるが、照明が非常に暗く、ラベルを読むのも大変であった。もう少し照明が明るくても良いのではないかと思った。
 博物館は、説明する人も誰もおらず、まさに客はほったらかしであった。「研究博物館」というからには研究が中心なのであろうが、誰かガイドがいても良いように思った。もっとも、来館者が少ないから無駄なのかも知れないが。
 昼前には博物館を後にして、本郷三丁目駅の近くの「東京チカラめし」で「焼き牛丼」を食べてから霞ヶ関に向かった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年2月 8日 (水)

ツバメ初見?(2012年2月8日)

 今日は恒例の調査であった。それほど風は強くなかったが、時折小雪が舞う寒い日であった。
 ところが、二番目の調査地に来た時Iさんが「ツバメが飛んでいる」と言った。空を見上げると、確かにツバメにしか見えない鳥が群になって飛んでいた。
 こちらのサイトによると、今時ツバメが見られるのは沖縄ぐらいだから何かの間違いのような気もするが、見たのはツバメ以外の何物にも見えなかったし、理由は謎である。
 とにかく、小雪が舞うような寒さの中、ツバメが飛ぶのは何か特別な理由があるように思える。
20120208blog1
20120208blog2

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年2月 7日 (火)

橳島次郎著『生命の研究はどこまで自由か』

橳島次郎著『生命の研究はどこまで自由か 池内了・長谷川眞理子・勝木元也・田川陽一 科学者との対話から』

岩波書店
ISBN978-4-00-023690-4
2,400円(+税)
2010年2月24日発行
230 pp.

目次
はじめに−生命科学の「仁義」を求めて
第1章 科学者の自律と責任とは
   《池内了氏との対話から》
第2章 進化生物学からみた科学と人間
   《長谷川眞理子氏との対話から》
第3章 分子生物学の射程と大学の復権
   《勝木元也氏との対話から》
第4章 発生工学と「議論好き」の両立
   《田川陽一氏との対話から》
おわりに−科学と社会の関係のあるべき姿


 本書は橳島次郎氏と4人の科学者との対談をもとに、橳島氏が4人の科学者にインタビューをしたような形式の文章に変換したものである。対談の前に、4人の科学者には以下のような質問が投げかけられていて、それに沿った形での対談が行われている。

質問事項
1.ご専門の科学の真価は何かと聞かれたら、どうお答えになりますでしょうか。
2.科学は何かの役に立つことに価値があるのでしょうか。産業や医療への応用に役立たない科学は、社会から支持され支援される価値がないでしょうか。科学の価値とは何でしょうか。
3.科学研究の自由の根拠は何でしょうか。
 それはすべての人に認められている思想や表現の自由とどう異なるのでしょうか、あるいは同じなのでしょうか。
4.科学研究の自由は、それを職務とする人に限られた特別の権利だとお考えになりますか。そうであるとすれば、そうした特別の件k裏が認められる根拠は何でしょうか。
 一般市民が、たとえば動物や人を対象に実験研究をする自由は認められるでしょうか。認められないとすれば、それはどのような根拠によるでしょうか。一般市民に認められない研究が、研究者に認められるのは、どういう理由・条件によるでしょうか。
5.憲法のいう「学問の自由」に、生命科学の実験研究は含まれるとお考えになりますか。
 知りたいという精神的活動=学問と、知るために現実の事象や生命に働きかける営み=実験研究は、同じ「自由」に括られてよいのでしょうか。
6.生命科学の研究の自由に何らかの条件があるとすれば、それは何でしょうか。また誰によってその条件が決められるべきでしょうか。
 科学は自らのうちに、その探求の限界を画す理論を持つでしょうか。
 倫理が関わるのは、科学の成果の使われ方にだけなのでしょうか。
 科学の営み自体、科学の欲望のコントロールは必要ないでしょうか。
7.科学の営み自体の持つ価値とは別に、「こうあるべし」という価値観を科学は語ってはいけないのでしょうか。「科学の本質は没価値、中立」でしょうか。
 科学は、選択の材料を提供するのに留まるでしょうか、それとも善い悪いについての特定の選択を科学者として示すことはありうるのでしょうか。
 生命・身体を巡る欲望の範囲を画す基準は、科学からは出てこないでしょうか。
以上』

 学問の自由が憲法で認められているなかでの「生命の研究はどこまで自由か」という質問に答えることはなかなか難しいことだと思う。この難しい質問に対して、ここに登場している4人の科学者は、上の質問に対して真摯に答えている。
 4人の考え方はそれぞれ違うが、生命の研究の範囲を決めるのは科学の外にある「有用性」ではなく、「科学」の中に内在しているものである、というところはだいたい共通していると感じられた。「有用性」に基準を求めると、暴走を止められなくなることは容易に想像できる。
 また、「有用性」を基準に科学技術を押し進めると、大学が持つべき本来の役割を果たせなくなるという指摘には納得できる。大学は、役に立つかどうかわからなくても、わかっていないことを明らかにしていくことに価値があり、それがなければ大学の意味がなく、一般市民も大学に「有用性」ばかりを求めていないはずである、という指摘は当たっているかどうかわからないが、そうあって欲しいものだと思っている。「知りたい」という欲望は人間として止められないものであり、学問としては自由であるべきだという考え方は納得できるものであり、また、それを応用するかどうか、というのは別の次元の問題であるという考え方にも納得できる。
 医療技術の進歩はめざましいものがあり、臓器移植やES細胞やiPS細胞などが脚光を浴びているが、いまは「有用性」ばかにり目が向けられ、そのメカニズムについてはほとんど何もわかっていない状況である。いまは「有用性」が主張できなければ予算も獲得しづらい状況であるらしいが、「有用性」の下にある基本原理についても明らかにすることは重要なことであり、「有用性」が主張できる先端技術だけに予算を振り向けるのは、土台を固める前に高いビルディングを建てるようなものであり、望ましいものではないと思う。
 ここに登場した勝木氏と田川氏は分子生物学者であるが、分子生物学者というのは、還元主義、応用主義一辺倒であるかと思っていたのに、勝木氏や田川氏のように、そうではない分子生物学者が存在していることを知ったことには、少しの驚きもあり、安心もした。
 ともあれ、橳島氏と4人の科学者の対話は、いろいろ考えさせられることがあり、読む価値の高い本であると思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月 6日 (月)

福岡伸一著『動的平衡2』

福岡伸一著『動的平衡2 生命は自由になれるのか』
木楽舎
ISBN978-4-86324-044-5
1524円+税
2011年12月7日発行
254 pp.

目次
美は、動的な平衡に宿る−まえがきにかえて
第1章 「自由であれ」という命令−遺伝子は生命の楽譜にすぎない
 生命体は遺伝子の乗り物か/働きアリにみる「パレートの法則」/ホモ・ルーデンスがロボット機械か/サブシステムは自然選択の対象にならない/生命の律動こそ音楽の起源/演奏家それぞれの「変奏曲」/生命を動かしている遺伝子以外の何か/遺伝子は音楽における楽譜/卵環境は子孫に受け継がれる
第2章 なぜ、多様性が必要か−「分際」を知ることが長持ちの秘訣
 子孫を残せないソメイヨシノ/植物は不死である/進化で重要なのは「負ける」こと/センス・オブ・ワンダーを追いかけて/なぜ、蝶は頑ななまでに食性を守るか/動的だからこそ、恒常性が保たれる/多様性が動的平衡の強靭さを支えている
第3章 植物が動物になった日−動物の必須アミノ酸は何を意味しているか
 なぜ食べ続けなければならないか/なぜ、動物が誕生したか/グルタミン酸においしさを感じる理由/「うま味」を探り当てた日本人/地球を支配しているのはトウモロコシ/アミノ酸の桶の理論/運動、老化にはBCAAが効果的/窒素固定のプロセスは細菌が担っていた/Cの時代からNの時代へ
第4章 時間を停めて何が見えるか−世界のあらゆる要素は繋がりあっている
 昆虫少年の夢/日本最大の甲虫ヤンバルテナガコガネ/ファーブルの言明/人間は時間を止めようとする/この世界に因果関係は存在しない
第5章 バイオテクノロジーの恩人−大腸菌の驚くべき遺伝子交換能力
 タンパク質研究の最大の困難/大腸菌が遺伝子組み換え技術を可能に/大腸菌とヒトの共生/風土に合ったものを食べる知恵/大腸菌の驚くべきパワー/細菌たちのリベンジ/遺伝情報を水平伝達するプラスミッド
第6章 生命は宇宙からやって来たか−パンスペルミア説の根拠
 地球外生命体の証し/DNAが先かタンパク質が先か/チェック博士のRNAワールド/「生命誕生までに八億年」はあまりにも短い/パンスペルミア説
第7章 ヒトフェロモンを探して−異性を惹き付ける物質とその感知器官
 ファーブルが探した誘引物質/ブーテナントとシェーンハイマー/なぜ「生理は伝染る」か/ヒトにもあるフェロモン感知器官/フェロモン香水を作った人たち
第8章 遺伝は本当に遺伝子の仕業か?−エピジェネティックスが開く遺伝学の新時代
 トリプレット暗号とは何か/なぜ、生命の起源は単一だと言えるか/生命は不変ではなく、動的なものだ/ダーウィンの予言/遺伝子以外によっても遺伝現象は生じる/ヒトとチンパンジーの違い/遺伝の鍵を握っているマターナルRNA
第9章 木を見て森を見ず−私たちは錯覚に陥っていないか
 花粉症は、薬では治らない/生命は水でエントロピーを捨てている/達成できそうにないCO2削減目標/排出権取引の胡乱さ/相関性と因果性は異なる/DNAの傷にどんな意味があるか/生命現象からシステムを学ぶ/常に分解していることの大切さ/細胞は相互補完的に役割を決める
生命よ、自由であれ−あとがきにかえて

 2009年に出版された『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』の続編になるエッセイ集である。「世界は止まることなく動いている」という自然観から生まれた「動的平衡」という言葉であるが、その自然観に基づいた福岡氏の考え方が綴られている。還元論一辺倒ではない自然観には親しみを感じる。
 全体的には良い本だと思ったのだが、明らかな間違いも書かれており、残念である。
 まず最初はカゲロウの写真。33ページの「口を捨てたカゲロウ」として紹介されている写真に写っているのはカゲロウではなくクサカゲロウである。カゲロウは蜉蝣目(Ephemeroptera)であるしクサカゲロウは脈翅目(Neuroptera)であるから全く別の昆虫である。クサカゲロウには立派な大顎がある。
 次には50ページに書かれているドーキンスの「ミーム」の説明が明らかに間違っている。「ミーム」を"meam"と書いてあるが、正しくは"meme"である。だから、「意味」の"mean"にかけてある、と書いてあるのも当然間違っていて、「遺伝子」の"gene"にかけて"meme"とした、というのが正しい。ドーキンスの「利己的な遺伝子(生物=生存機械論)」は福岡氏が学部の学生の頃に邦訳が出たが、実はそのころには福岡氏は読んでいなかったのではないかと思える。そうでなければ、こんな間違いを書くはずもないと思うのだが。
 と、まあ、間違いも目についてしまったが、たいへん読み易く、全体的に見れば良書だと思う。書かれている内容は、目次を見ていただければだいたい想像できると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月 3日 (金)

ROSTRIA No. 53 (2012年2月3日)

20120203blog1
20120203blog2
 日本半翅類学会の会誌「ROSTRIA」の53号が届いた。涙が出るほど嬉しく感じた。52号の奥付を見ると、52号が発行されたのは2006年4月30日であるから、6年近くも間隔が開いていたことになる。53年の奥付の日付は2011年12月30日になっているから、それから1か月ちょっと経っているわけだが、そういうことがあっても、とにかく発行されたことが嬉しい。石垣島時代(だから8年ぐらい前ということである)にボクが査読した論文も掲載されているので、それについても感慨深いものがある。
 事務局も国立科学博物館から徳島県立博物館に移り、編集者も若いY博士になって、これからは定期的に発行されるということが期待される。定期的に発行されるためには原稿がなくては始まらない。ネタが無いわけではないので、論文を書きたいと思う。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »