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2012年1月 8日 (日)

福岡伸一・阿川佐和子著『センス・オブ・ワンダーを探して』

福岡伸一・阿川佐和子著『センス・オブ・ワンダーを探して 生命のささやきに耳を澄ます』

大和書房
ISBN978-4-479-39216-3
1400円+税
2011年11月1日発行
253 pp.

目次
子どもだけに見えるもの(福岡伸一)
1章 子ども時代は不思議の入り口
 生命の不思議への扉を開いてくれた本/子どもがセンス・オブ・ワンダーを出合うとき/知ることは、感じることの半分も重要ではない/ルリボシカミキリの青に魅せられて/虫に名前をつけることよりも大切なこと/「僕は生物学者になりたいんです」/卵から蝶を育てる/洋服ダンスのうしろの世界へ/勉強よりも体験の中の記憶が残る/生物学の内包する自己矛盾/死をコレクションしても、生命のことはわからない/ファーブルは批判精神に満ちた反骨の人だった/個体発生は系統発生を繰り返す/損なわれた輝きを補い支えるものとして
2章 生きているとはどういうことか
 昆虫学者から遺伝子ハンターへ/遺伝子を自由に作り替えられるハサミと糊の発見/人類と細菌の終わらない戦い/大腸菌は人間を守ってくれている/抗生物質は腸内細菌の邪魔をする/雑菌のコロニーも役に立つ/海外旅行に行くとどうしておなかを壊すのか/二重らせんの発見がすべてのはじまり/新しい遺伝子はどうやって見つけるのか/遺伝子のパーツを無効化された「ノックアウトマウス」/シェーンハイマーは何を見つけたのか/私たちが食べたものはどこへ行くのか/「ダイナミック・ステート」−動的平衡の発見/ノックアウトマウスが教えてくれたこと/ピーズの欠落を周囲のピースがフォローする/ブラック・ジャックのメスはどこまで切ればいいのか
3章 科学の進歩は人間を幸福にするのか?
 医学の進歩は私たちの寿命を両側から縮めている/花粉症の薬で花粉症は悪化する/ひとつの遺伝子ですべてが決まるわけではない/周囲への気配りも動的平衡/がん細胞は空気が読めない/GP2は体を菌から守る門番だった/二十年かけてようやくひとつの遺伝子の役割がわかった/狂牛病は人間が牛を狂わせた人災/低コスト化と人間の驕りが招いた惨劇/種の壁を越えるウィルスの変異/狂牛病が日本に飛び火した理由/分をわきまえない身勝手さが動的平衡を崩した
4章 私たちが見ているもの、見えなくなっているもの
 顕微鏡の父、レーウェンフックの功績/レーウェンフックと友達だったかも知れない画家/フェルメールは分子生物学の父を描いたのか/ミクロの世界の扉は開いたけど/謎めいた絵が語る真実/切り取られた絵で見えなくなるもの/細分化された世界からは大きな物語が見えてこない/世界がどうなっているのかを解像度の高い言葉で記述するのが科学の仕事/生命でさえも商品化できる時代のジレンマ/『ちいさいおうち』には戻れないとしても/文明のあり方を考え直す時代に来ている/人間が文明を発展させたわけ/文明の先に幸せはない/科学に不可能もあると教えるのが、本当の科学/人間はこれからどこへ行くのか/本当は人生に荷物なんかいらない
5章 「自分だけの物語」との出合い
 なぜドリトル先生が気になるのか/子どもを子ども扱いしないフェアな大人との出会い/いい先生との出会いもセンス・オブ・ワンダー/一人前扱いされることでコンプレックスから開放された/この美しさの価値は自分だけが知っている/バージニア・リー・バートンが「かつら文庫」で描いた絵/日本で「ドリトル先生」が残ったわけ/「ドリトル先生」と『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』/一人称の違いで世界が変わる/「ドリトル先生」は少しずつ変化していった/『1Q84』は遺伝子の物語なのか?/人間は心のどこかで支配されることを望んでいる/村上さんもきっと物語のオーラを浴びている/物語を語るために大切なこと/文体が紡ぎだす新しい物語
6章 再び世界を繋ぎ直すために
 死ではなく生を見つめる生物学者に戻りたい/分ける生物学から繋げる生物学へ/理系でも文系でもないナチュラリストになるために/理系と文系の知を繋ぎ合わせる新しい生命学/バランスを考えた新しい生物学を語りたい/想像力と洞察力が科学を補う/今西錦司にはドリトル先生のような自由さがある/突然変異でキリンの首は長くならない/遺伝子は運命を百パーセント決めはしない/ダーウィニズムと宗教の対立/なぜ動的平衡は主流にならないか/多田富雄さんの志を継ぐために/子ども時代に余白を楽しむ時間を/人間はやがて急速に廃れていく/子ども時代のセンス・オブ・ワンダーを思い出しながら
大人のセンス・オブ・ワンダー(阿川佐和子)

 分子生物学者である福岡伸一氏と作家・エッセイストである阿川佐和子氏の対談である。
 それにしても、比較的若い生物学者の中で福岡伸一氏ほど一般人向けの本が売れている人は他にないように感じられるほど福岡氏は「売れっ子」である。福岡氏の文章の巧さもさることながら、福岡氏の生命観・自然観が一般の人の感覚によほど適合しているのだろうと思う。
 本書は福岡氏と阿川氏の対談ではあるが、もっぱら福岡氏が語り役であり、阿川氏が聞き役になっている。ここで語られていることは、一言で言えば福岡氏の生命観・自然観である。福岡氏は分子生物学者であるが、おそらく分子生物学者のなかではかなり異端な生命観・自然観を持っているのだと思う。多くの分子生物学者は、モノを細かく見れば細かく見るほど真実がより明らかになっていくと信じていると思われるが、福岡氏はそうではない。福岡氏に対しては、多くの批判的な意見が寄せられているように思えるが、おそらくその最大の理由は、福岡氏が還元論一辺倒の自然観とは逆の自然観を持っていることにあると思う。
 ぼく自身も還元論一辺倒の自然観には違和感を感じているし、ぼくの感じ方とは違うとは思うが、多くの一般の人が還元論一辺倒ではない自然観に親しみを感じているから福岡氏の本が売れるのだろうと思う。
 本書を読んで初めて知ったが、福岡氏は大学の研究室を閉じたとのことである。おそらく、分子生物学者として一仕事終えて、これ以上還元論の世界に身を置くことを快しとしなかったからではないかと想像する。ボク自身、福岡氏の反還元論的自然観には親和感を感じるし、福岡氏の身の振り方は理解できる。福岡氏には新しい立ち位置で自然観を語って欲しいと思う。
 さて、本書の大筋からすれば細かいことであるが、福岡氏が明らかに誤解しているか、あえて真実を語っていないかしている部分があるので指摘しておきたい。福岡氏は大学の昆虫学の講座が害虫防除一辺倒であるのに失望して昆虫学への夢を捨てたと語っているが、これは明らかにどこかに誤解か間違いがある。ぼくは福岡氏と直接的な繋がりはなかったが、同じ年に同時に京都大学農学部に入学した。ボクは入学試験の点数が足りず、昆虫学講座がある第一希望の「農林生物学科」には入れず「畜産学科」に回された。「農林生物学科」は農学部300人の定員の中で最も定員が少ない15人しかなく、しかも人気があって農学部の中では最難関であった。おそらく福岡氏も「農林生物学科」を第一希望にしていたのだろうと思うが、希望が叶わず「食品工学科」に回されたのだと想像している。ボクは2回生に進級するときに昆虫学への希望が捨てきれずに転学科の希望を出して、運良く転学科できて昆虫学を専攻することができた。ボクは大学院にも進学したが、そこで行われていた研究は害虫防除の研究だけではなく、その当時流行していた進化生態学や社会生物学などの分野に包含されるようなものもあったし、ボク自身の修士課程での研究テーマは害虫防除とは直接は関係ないワクワクさせられるようなものだった。だから福岡氏が「大学の昆虫学講座は害虫防除一辺倒」と言っていることには、誤解かウソかのいずれかがあると思う。
 とはいえ、本書は一般の人にも読み易く、還元論一辺倒ではない生命観・自然観を知るには手頃な入門書のような役割を果たせると思うのでお勧めできる。

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