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2012年1月

2012年1月31日 (火)

体重制限実施中(2012年1月31日)

 ボクのことを知っている人なら「なぜ?」と思うに違いないが、体重制限(ダイエット)を始めてみた。なぜ痩せているボクが体重を制限しようかと思ったかと言えば、体重を減らしてみたら、心身共に体調が良くなったような気がしているからである。
 やっていることは簡単。単に食べる量を減らしているだけである。ただし、主菜はあまり減らさず、主食を大幅に減らしている。全体的にみれば、腹6分目から7分目というところである。こうやって食べる量を減らしてみると、食事の時間になると何でも美味しく食べられる。そして、胃袋が小さくなったせいか、そんなにたくさん食べなくても満腹感を感じられる。
 年末から毎日体重を記録するようになったら、体重が減っていくのが実感として感じられて、面白い。
Weight2011123120120131

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2012年1月25日 (水)

アヤモクメキリガ(2012年1月25日)

 アヤモクメキリガのことは去年の12月28日にも書いた。今日も調査だったが、職場の外の調査地のトラップではキバラモクメキリガばかりが捕獲されていたが、職場の中の調査地ではアヤモクメキリガだけが捕獲されていた。職場はすべての調査地の中でいちばん自然度が低そうな場所なのだが、アヤモクメキリガはかえってそのような場所に多いのかも知れない。確か、キバラモクメキリガの幼虫は木本植物の葉を食べるが、アヤモクメキリガの幼虫は草本植物の葉を好んで食べているはずである。それも関係しているのであろう。
20120125blog1 アヤモクメキリガ全部で7頭

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2012年1月21日 (土)

高橋雄造著『ラジオの歴史』

20120121blog1
高橋雄造著『ラジオの歴史 工作の<文化>と電子工業のあゆみ』

法政大学出版局
ISBN978-4-588-37117-2
4,800円(+税)
2011年12月5日発行
359+31+ix pp.

目次
はじめに
第I部 ラジオの初めからテレビ普及まで
第1章 電波の発見、無線電話、真空管の登場、放送の開始−欧米におけるラジオ
 無線電話−ロッジとマルコーニ/無線通信周波数帯の拡大/無線電話、連続波、真空管の発明/アマチュアの拡大と放送のルーツ/KDDA局による放送開始/ラジオ放送の拡大、大恐慌とラジオの普及/BCLとSWLの楽しみ
間章1 ラジオ雑誌の系譜I−柴田寛と『ラジオ科学』
第2章 日本におけるラジオ放送開始とラジオ雑誌−濱地常康の『ラヂオ』から『無線と実験』へ
 ラジオ放送事業の開始/濱地常康の『ラジオ』刊行/『無線と実験』の登場と成功
間章2 ラジオ雑誌の系譜II−第二次世界大戦後のラジ雑誌
第3章 日本のラジオ工業のあゆみ−自作ラジオと富士製作所(STAR)
 第二次世界大戦までの日本のラジオ工業/佐藤祐次郎・俊父子と富士商店/第二次世界大戦後のラジオ工業と自作ラジオ/スターコイルの富士製作所/ラジオ用高周波部品の規格全国統一/部品工業界のリーダー、富士製作所/コイルの横綱、スターとトリオ
間章3 山中電機の足跡−第二次世界大戦前のラジオメーカーと戦中の成長
第4章 日本のテレビと受像機工業−JAT、TVK、テレビキット、大企業による量産
 日本におけるテレビ放送の開始/テレビ放送とunofficialなセクターの貢献/日本アマチュアテレビジョン研究会(JAT)/TVK(テレビ部品技術研究会)、関西と名古屋の研究会/テレビキットのブーム/大手メーカーによる受像機量産と市場制覇/JATとTVKの評価
間章4 ポータブルラジオの白砂電機(シルバー)−ラジオ少年がつくった中堅企業
第II部 ラジオ工作とラジオ工業の諸相
第5章 ラジオ・エレクトロニクス技術通信教育の歴史−ラジオ教育研究会の通信教育
 日本における通信教育の歴史/本間晴の『東京無線技術講義』/戦後日本における社会通信教育の制度化/ラジオ教育研究所の設立/星合正治、溝上銈、高木昇らの役割/ラジオ教育研究所のラジオ工学講座の教育内容/代理部、ラジオキット、技術講習会/ラジオ工学講座の受講生たち/ラジオ教育研究所の終末
間章5 神田・秋葉原の電気街−ラジオ少年のふるさと
第6章 ラジオ・テレビと修理技術−修理サービスの重要性
 ラジオの故障と修理/テレビの故障と修理/カラーテレビの場合/修理技術者検定試験/ラジオ技術学校とテレビ技術学校/セットメーカーの受像機サービス要員訓練/修理サービスと海外市場の日本製電子機器/電子機器修理技術の今後
間章6 unofficialな研究グループ−十日会、テープレコーダー研究会、学校のクラブ
第7章 オーディオ愛好家と日本オーディオ境界−「世界のステレオ工場」への道
 電気蓄音機からハイファイへ/日本におけるLPレコードとハイファイ/レコード・コンサートと名曲喫茶/日本オーディオ協会設立のメンバー/全日本オーディオ・フェアの開催/日本オーディオ協会の工業会化
間章7 東京大学の「電気相談部」−第二次大戦後の学生アルバイト団体
第8章 トランジスターラジオ輸出とロックンロール−日本の電子工業の繁栄をもたらしたもの
 第二次世界大戦後の電子工業の成長と輸出の拡大/ロックンロールとトランジスターラジオ−米国の状況/トランジスターラジオ製造−輸出側日本の状況/戦後日本の繁栄はプレスリーや冷戦のおかげである
間章8 戦争、政治とラジオ・テレビ−技術進歩とプロパガンダ
第9章 ラジオ工作とunofficialなセクターの役割−男性性、電気技術者教育、「電気リテラシー」
 unofficialなセクターとofficialなセクターとの関係/ラジオ技術は学校の外で始まった/少年が男になるための技術習得/アマチュア精神とプロフェッショナル/ラジオ・テレビ・オーディオ工作の男性性/ラジオ工作、電気技術教育、市民の「電気リテラシー」
間章9 文芸に見るラジオ、女性とラジオ−世につれて変わるラジオ
おわりに
史料・文献
索引

 とあるSNSで本書の存在を知った。出版されて間もない本なので早速津市津図書館にリクエストしたところ、既に旧郡部である白山町にある津市うぐいす図書館に所蔵されていることがわかり、それを取り寄せてもらって借りてきて読んだ。かなりマニアックな本なので既に津市の図書館、しかも白山町にある図書館に所蔵されていたのが驚きであった。
 本書は表題のとおり、ラジオの歴史について記述されたものであり、副題の「工作の<文化>と電子工業のあゆみ」というのも、本書の内容をよく表している。
 本書の表題は「ラジオ」というものであるが、内容には「テレビ」や「オーディオ」も含まれている。また、ラジトやテレビの技術全体を扱ったものではなく、テレビやラジオを放送する側の技術やそのの歴史には全く触れられておらず、ラジオやテレビを聴いたり観たりする側のみの技術やその歴史について記述されている。テレビやラジオを放送する側の技術の歴史も興味深いものであるが、さすがにあまりに専門的すぎて、一般書としては売れないであろうことが容易に想像できる。
 本書を読むと、ラジオの普及にも、テレビの普及にも、officialなセクターよりもunofficialなセクターが重要な役割を果たしていたことがわかる。大きなメーカーが量産を始めたのはテレビやラジオがある程度普及してからの話で、それまでは小さなメーカーの製品が主流であり、自ら部品を集めて組み立てる自作も大流行したとのことである。ラジオぐらいならそれほど回路も複雑ではないので、自作をするのも容易だったと思うが、テレビの初期にはキットも売り出されていたというから驚きである。この背景には、ラジオやテレビには高率の物品税がかけられていたことも自作を後押ししたということがあるとのことである。また、ラジオやテレビは故障して当たり前であったから、それが多数の技術者が必要となる原因となり、技術者を養成するための学校もたくさんつくられた背景となっているということである。ラジオやテレビの普及の背景には、今となっては想像もできないような歴史があるのには、大変驚かされた。
 本書の内容からは少し外れる。ぼくが物心付いた頃に、既に我が家(実家)にはテレビが存在し、小学校に上がる頃(昭和40年頃)には既にカラーテレビがあった。その背景には、ぼくの父が名古屋にある民間放送テレビ局に勤務していた(技術者ではないが)ということも関係しているはずである。我が家のテレビは本書に書かれているようにしばしば故障し、近所の「スギヤマラジオ」のご主人が、多数の真空管と工具やテスターが入った箱と回路図やサービスマニュアルを持参して修理に来て、それを横から眺めていたことを覚えている。ぼくが中学生ぐらいになり、このカラーテレビがお払い箱になったときには、中を分解して部品を取り外したのだが、これには大きくて重い電源トランスが搭載されており、真空管のヒーターは全部6.3Vの電圧で点灯されていたことがわかった。一番大きな水平出力用の真空管には6JS6Aが使われていた。コスト削減のためにトランスレスのテレビが多かったであろう時代に、大きくて重くてコストがかさむ電源トランスを搭載していた我が家のカラーテレビは高級品だったのかも知れない。
 それ以前の話になるが、我が家(実家)にはST管のマジックアイ付きの中波と短波の2バンドの6球スーパーラジオが存在しており、ぼくが中学校に上がるまではけっこう活躍していた。意外なことに、これが故障したという記憶は残っていない。いくら古くても、テレビとは真空管の数が全然違うので、故障する確率も低かったのだろうと思う。
 こうやって思い返してみると、ぼくがアマチュア無線に興味を持った背景には、「スギヤマラジオのオジサン」がカラーテレビを修理しているのを見ていたことが関係しているのかも知れない。その後、電子機器が壊れると、たいてい中身を見てはバラしたし、ときには壊れていないものでも、中を見たくてバラしてしまうこともあった。今でも、バラせそうなラジオなどは中身を見たくて仕方がない。2003年頃にはダイソーが105円でラジオを売っていた(一般に「100円ラジオ」と呼ばれているものである)ので、それを買って中身をバラしたのだが、中にはワンチップのICが使われているのではなく、普通のトランジスタを使った教科書的なスーパーヘテロダインのラジオだったことに甚く感激した。
 話を本書に戻す。ともあれ、本書は、めまぐるしく変わる情勢のなかでの日本の民生品における電子技術の発展の歴史を俯瞰することができ、最後まで面白く読むことができた。もっとも、ぼくが面白く読むことができたのは、ぼく自身に多少ともなり「ラジオ少年」の遍歴があるからかも知れない。
 ここで、現代に話を移すが、現代の電子機器はあまりに高度に複雑になりすぎて、unofficialなセクターが影響力を持つことができない(アマチュアの手に負えない)ものになっている。本書に書かれているように、テレビやラジオの普及にはアマチュアの存在が大きな影響力を持っていたが、今では電子技術の推進は大きな資本をもっている者に依存せざるをえない状態になっている。コンピュータや携帯電話などもそうで、もうアマチュアが貢献できる場所はほとんど無くなっているように思われる。聞くところによれば、大学の工学部の入学において、いま最も難易度が低いのは電気・電子の分野だそうである。ぼくが大学に入る頃には、電気・電子の分野はまだ工学部の中では上位の方であった。電気・電子機器がブラックボックス化されてくると、電気・電子機器そのものに興味を持つ若い人が少なくなることは自然の流れなのかも知れない。一時期「電子立国日本」などというキャッチフレーズが使われたこともあったが、今となっては霞んでしまっているように思える。そういう意味では、本書は日本が「電子立国」として発展しつつある時代を描いたものであり、本書のような記録が残されたことは意義のあることだと思う。
 話は全く変わるが、本書のなかにコオロギの研究家として著名な松浦一郎氏の名前が出てきたことに驚いた。昆虫少年でもあるぼくが知っている松浦一郎氏はコオロギの研究家であり、まさか本職が音響技術者であるとは知らなかった。コオロギは鳴く虫であるから音響技術者である松浦一郎氏が興味を持ったのか、鳴く虫であるコオロギが好きだったから松浦一郎氏が音響技術者になったのかはわからないが、この繋がりには「なるほど」と思わされた。

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2012年1月18日 (水)

この冬一番の冷え込み(2012年1月18日)

 今朝は晴れて風も無かったからだと思うが、冷え込んだ。バイクで走っていると顔が寒いではなく痛いという感じだった。
 今朝の津地方気象台の最低気温は-1.1℃、ちょっと山手の方にある職場での最低気温は-3.0℃。この冬一番の冷え込みである。
 今日は毎週恒例の調査の日。日陰にあるキャベツの葉にはびっしり霜が降りていた。
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2012年1月17日 (火)

長谷山にも冠雪(2012年1月17日)

 昨日の夜から弱い雨が降っていて、今朝起きたときには地面が濡れていた。年が明けてからは1回ぐらいしか雨が降っておらず、かなり乾燥しているので、ちょうど良い「お湿り」になった感じである。この雨も朝には既に上がっており、出勤する頃には晴れて、朝日がまぶしかった。
 出勤の途中、街の中を通り過ぎて田圃が見えるところまでくると、経ケ峰のかなり低いところから上が白くなっていた。平地では雨だったが、標高の高いところでは雪になったらしい。
20120117blog1 ふと左側の長谷山を見ると、長谷山の山頂付近も白くなっていた。長谷山の山頂の標高は320mだから、だいたい標高250mより上ぐらいが白くなっていたのではないかと思う。
20120117blog2 ついでながら、経ケ峰の向こうの名張では3cmほどの積雪があったらしい。

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2012年1月15日 (日)

どんど焼き(2012年1月15日)

20120115blog1 どんど焼きの日なので、近所の小丹神社(おにのじんじゃ)に行ってきました。
 小さい神社ではありますが、それなりに人が集まってました。
 今日は曇っていて肌寒くはありましたが、例年と比べると、まだ寒さはそれほどでもないような気がしています。

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2012年1月12日 (木)

カマキリモドキの幼虫か?続報その1(2012年1月12日)

 去年の12月7日のエントリーに「カマキリモドキの幼虫か?」ということを書いたが、その続報である。
 Iさんはずっと飼育していたのだが、寄主のウヅキコモリグモの雄の亜成体が脱皮に失敗して死んでしまった。カマキリモドキの幼虫らしきもののその後の経過を観察するためには、別のクモに移してやらなくてはいけない。
 Iさんから呼び出されて昆虫飼育室に撮影に出かけたところ、その幼虫は容器の中を歩き回っていた。そこでとりあえずその幼虫を撮影。体長は1mmほどしかなく、大変小さい。成虫はそれなりに大きな大顎を持っているので、幼虫も大きな大顎を持っているものだと想像していたが、大顎は思ったより小さかった。カマキリモドキの幼虫はクモの卵嚢に侵入してクモの卵を食べるので、それほど立派な大顎は必要ないのかも知れない。
20120112blog1 新しいクモを与えてしばらく観察していたのだが、なかなかクモに取り付かなかった。ぼくはしびれを切らしてあきらめてしまったが、その後Iさんが面相筆を使って新しいクモに付けてやったところ、頭胸部と腹部の間の「定位置」に落ち着いたそうである。

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2012年1月 9日 (月)

志登茂川の河口にて(2012年1月9日)

 午後から志登茂川の河口あたりまで散歩に出かけた。12月31日にも同じ場所に行ったのだが、そのときに遠くに望むことができた対岸の知多半島などは、今日は霞んでほとんど見えなかった。
 河口付近には色々な水鳥がいるのだが、あいにく名前がわからない。カモの仲間とウの仲間とサギの仲間がいることは確かなのだが。やはり、手に取ってじっくり眺めることができない鳥の名前を覚えるのは難しいと思う。
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八重山からの贈り物が届いた(2012年1月9日)

20120109blog2 年が明けてから先週の金曜日まで、長男が石垣島の成人式や「半成人式」のときに埋めた「タイムカプセル」の発掘式に行っていたのだが、そのときに友人にお土産を持っていったところ、そのお返しの贈り物が今日届いた。なつかしい「かみやーき小(ぐゎー)」の蒲鉾である。嬉しい。

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ルーの種子が届いた(2012年1月9日)

 去年の12月3日に名城大学で開催された「日本鱗翅学会東海支部第148回例会」で本田計一先生がアゲハチョウ類の飼育のときの餌として手軽であると紹介されていた「ルー」の種子を注文していたのだが、それが今日届いた。蒔き時は春と秋となっているので、暖かくなったら蒔いてやろうと思っている。もう長いこと蝶の飼育をしていないので、少し楽しみである。
20120109blog1 ちなみに購入先はこちら

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2012年1月 8日 (日)

本川達雄著『生物学的文明論』

本川達雄著『生物学的文明論』

新潮新書423
ISBN978-4-10-610423-7
740円(+税)
2011年6月20日発行
251 pp.

目次
はじめに
第一章 サンゴ礁とリサイクル
 豊かな生物相/美しい海は貧栄養/褐虫藻との共生/究極の楽々生活/石造りの巨大マンション/褐虫藻への配慮/効率よい栄養素のリサイクル/不要なものを活用しあう/粘液−みんなの食べもの
第二章 サンゴ礁と共生
 サンゴガニ−居候の恩返し/ハゼは番犬−高い捕食圧ゆえのハゼとエビの密接な協力/掃除共生/イソンギンチャクとクマノミ−相利共生で共存共栄
第三章 生物多様性と生態系
 サンゴ礁は危険/一日100種が絶滅/生態系による四つのサービス/生態系サービスの価格/生態系は自分自身の一部/生物多様性と南北問題/豊かさの転換/歴史あるものを大切に/自然も私を見つめている
第四章 生物と水の関係
 水問題/なぜ生命は海で生まれたか/水素結合と水/水は安定した環境を提供する/水分と活発さの相関関係/誕生から老化までの水分変化/水と運動/静水系
第五章 生物の形と意味
 「生物は円柱形である」/平たい理由/円柱形は強い/球から円柱形への進化/海から陸へ、進化する円柱形/WHYとHOWのあいだ
第六章 生物のデザインと技術
 生物と人工物の違い/生物は材料が活発/ナマコの皮は頭がよい/生物はやわらかい/文明は硬い/四角い煙突の論理/人や環境にやさしい技術
第七章 生物のサイズとエネルギー
 長さ一億倍、重さ一兆倍の十億倍/動物のスケーリング/酸素を使って食物を「燃やして」エネルギーを得る/基礎代謝率のアロメトリー/四分の三乗則/ホヤに見る組織のサイズと構成員の活動度/国家予算もアロメトリー式で/恒温動物は忙しく、むなしい?/食料生産装置としての変温動物
第八章 生物の時間と絶対時間
 感じる時間と絶対時間/時間の四分の一乗則/ゾウの時間・ネズミの時間/心臓時計は一五億回で止まる/生涯エネルギーは三〇億ジュール/F1ネズミvsファミリーカーゾウ/回る時間と真っ直ぐな時間/式年遷宮に見る生命観/時間の回転とエネルギー/生命は死ぬけれど死なない
第九章 「時間環境」という環境問題
 「便利」は速くできるとこと/現代人は超高速時間動物・恒環境動物/ビジネスとは時間の操作である/時間のギャップが生み出す疲労感/時間を環境問題としてとらえる/省エネのすすめ/時間をデザインする/子孫も環境も「私」の一部
第十章 ヒトの寿命と人間の寿命
 ヒトの寿命は四〇歳/還暦過ぎは人工生命体/老人の時間は早くたつ/「死なば多くの実を結ぶべし」/時間への欲望/老いの生き方/広い意味での生殖活動/利己的遺伝子の支配から逃れる/「一身にして二生を経る」
第十一章 ナマコの教訓
 脳みそか素粒子か/アンチ脳みそ中心主義/瀬底島での不思議な出会い/砂を噛む人生/ナマコの皮は硬さを変える/硬さ変化の意味/皮は省エネ/頭はいいが脳がない/狭くなった地球上で
おわりに
付録

 「歌う生物学者」として知られている本川達雄氏の著書を読むのは3冊目ぐらいだと思う。『「長生き」が地球を滅ぼす』はそれなりに面白かったし、本川先生の生命観・自然観には親和性を感じているので、また何か本川先生の本があったら読んでみようと思っていたところ、この本が図書館で見つかった。
 『生物学的文明論』とは大層な表題の本だが、中身はそれほど堅苦しく感じられるものではない。本川先生は琉球大学の瀬底島実験所での勤務の経験があってナマコの専門家でもあるわけだが、現在は東京工業大学という工学系の大学の一般教養として生物学の教鞭をとっておられる。教え子は本川先生の専門とは全く関係のない分野に進む人たちばかりの中で、そういう人たちに何を語ったら良いのかということを強く意識して講義をしてこられて、それが本書で語られていることなのだろうと思う。
 本川先生の生命観・自然観は、生物における「時間」と「サイズ」と「エネルギー」の関係が強く意識されたものであるはずである。大きなゾウと小さなネズミでは寿命が違えば、心臓の鼓動の速度も違う。その中でヒトは特別な存在である。本川先生の考え方によれば、ヒトは外部のエネルギーを利用することによって、時間を操作することが可能になり、限りある資源を必要以上に使うようになって、さまざまな環境を変えてきてしまった、ということなのだろうと思う。この考え方が本川先生のオリジナルなものかどうかはわからないが、少なくとも本川先生が『時間』という本を書かれた時点ではかなり目新しいものであることは確かだっただろうと思う。
 本書の中には人間の将来にとって内容的にはかなり悲観的なことも数多く書かれているのだが、本川先生が書く文章にはある種の明るさが感じられるのは不思議である。エネルギーを使うことによって人間にとって不自然なほどに時間を早く進めさせられ、それを本川先生自身で忙しいと書いているのに、その言葉には悲壮感がない。ボクなどは「この忙しさを何とかしてくれ」とけっこう切実に願っているのに。
 それはともかく、本書は生物学が専門ではない人にも読み易く書かれており、生物学的な意味においても「競争することだけが人生ではない」ことを理解させてくれるので、ぜひとも今忙しくしているような人(例えば、政治家や中央官僚)に読んでもらって、この忙しさを解消が解消されるような世界にして欲しいものだと思う。もちろん、一般の人にも読んでもらいたい本である。

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福岡伸一・阿川佐和子著『センス・オブ・ワンダーを探して』

福岡伸一・阿川佐和子著『センス・オブ・ワンダーを探して 生命のささやきに耳を澄ます』

大和書房
ISBN978-4-479-39216-3
1400円+税
2011年11月1日発行
253 pp.

目次
子どもだけに見えるもの(福岡伸一)
1章 子ども時代は不思議の入り口
 生命の不思議への扉を開いてくれた本/子どもがセンス・オブ・ワンダーを出合うとき/知ることは、感じることの半分も重要ではない/ルリボシカミキリの青に魅せられて/虫に名前をつけることよりも大切なこと/「僕は生物学者になりたいんです」/卵から蝶を育てる/洋服ダンスのうしろの世界へ/勉強よりも体験の中の記憶が残る/生物学の内包する自己矛盾/死をコレクションしても、生命のことはわからない/ファーブルは批判精神に満ちた反骨の人だった/個体発生は系統発生を繰り返す/損なわれた輝きを補い支えるものとして
2章 生きているとはどういうことか
 昆虫学者から遺伝子ハンターへ/遺伝子を自由に作り替えられるハサミと糊の発見/人類と細菌の終わらない戦い/大腸菌は人間を守ってくれている/抗生物質は腸内細菌の邪魔をする/雑菌のコロニーも役に立つ/海外旅行に行くとどうしておなかを壊すのか/二重らせんの発見がすべてのはじまり/新しい遺伝子はどうやって見つけるのか/遺伝子のパーツを無効化された「ノックアウトマウス」/シェーンハイマーは何を見つけたのか/私たちが食べたものはどこへ行くのか/「ダイナミック・ステート」−動的平衡の発見/ノックアウトマウスが教えてくれたこと/ピーズの欠落を周囲のピースがフォローする/ブラック・ジャックのメスはどこまで切ればいいのか
3章 科学の進歩は人間を幸福にするのか?
 医学の進歩は私たちの寿命を両側から縮めている/花粉症の薬で花粉症は悪化する/ひとつの遺伝子ですべてが決まるわけではない/周囲への気配りも動的平衡/がん細胞は空気が読めない/GP2は体を菌から守る門番だった/二十年かけてようやくひとつの遺伝子の役割がわかった/狂牛病は人間が牛を狂わせた人災/低コスト化と人間の驕りが招いた惨劇/種の壁を越えるウィルスの変異/狂牛病が日本に飛び火した理由/分をわきまえない身勝手さが動的平衡を崩した
4章 私たちが見ているもの、見えなくなっているもの
 顕微鏡の父、レーウェンフックの功績/レーウェンフックと友達だったかも知れない画家/フェルメールは分子生物学の父を描いたのか/ミクロの世界の扉は開いたけど/謎めいた絵が語る真実/切り取られた絵で見えなくなるもの/細分化された世界からは大きな物語が見えてこない/世界がどうなっているのかを解像度の高い言葉で記述するのが科学の仕事/生命でさえも商品化できる時代のジレンマ/『ちいさいおうち』には戻れないとしても/文明のあり方を考え直す時代に来ている/人間が文明を発展させたわけ/文明の先に幸せはない/科学に不可能もあると教えるのが、本当の科学/人間はこれからどこへ行くのか/本当は人生に荷物なんかいらない
5章 「自分だけの物語」との出合い
 なぜドリトル先生が気になるのか/子どもを子ども扱いしないフェアな大人との出会い/いい先生との出会いもセンス・オブ・ワンダー/一人前扱いされることでコンプレックスから開放された/この美しさの価値は自分だけが知っている/バージニア・リー・バートンが「かつら文庫」で描いた絵/日本で「ドリトル先生」が残ったわけ/「ドリトル先生」と『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』/一人称の違いで世界が変わる/「ドリトル先生」は少しずつ変化していった/『1Q84』は遺伝子の物語なのか?/人間は心のどこかで支配されることを望んでいる/村上さんもきっと物語のオーラを浴びている/物語を語るために大切なこと/文体が紡ぎだす新しい物語
6章 再び世界を繋ぎ直すために
 死ではなく生を見つめる生物学者に戻りたい/分ける生物学から繋げる生物学へ/理系でも文系でもないナチュラリストになるために/理系と文系の知を繋ぎ合わせる新しい生命学/バランスを考えた新しい生物学を語りたい/想像力と洞察力が科学を補う/今西錦司にはドリトル先生のような自由さがある/突然変異でキリンの首は長くならない/遺伝子は運命を百パーセント決めはしない/ダーウィニズムと宗教の対立/なぜ動的平衡は主流にならないか/多田富雄さんの志を継ぐために/子ども時代に余白を楽しむ時間を/人間はやがて急速に廃れていく/子ども時代のセンス・オブ・ワンダーを思い出しながら
大人のセンス・オブ・ワンダー(阿川佐和子)

 分子生物学者である福岡伸一氏と作家・エッセイストである阿川佐和子氏の対談である。
 それにしても、比較的若い生物学者の中で福岡伸一氏ほど一般人向けの本が売れている人は他にないように感じられるほど福岡氏は「売れっ子」である。福岡氏の文章の巧さもさることながら、福岡氏の生命観・自然観が一般の人の感覚によほど適合しているのだろうと思う。
 本書は福岡氏と阿川氏の対談ではあるが、もっぱら福岡氏が語り役であり、阿川氏が聞き役になっている。ここで語られていることは、一言で言えば福岡氏の生命観・自然観である。福岡氏は分子生物学者であるが、おそらく分子生物学者のなかではかなり異端な生命観・自然観を持っているのだと思う。多くの分子生物学者は、モノを細かく見れば細かく見るほど真実がより明らかになっていくと信じていると思われるが、福岡氏はそうではない。福岡氏に対しては、多くの批判的な意見が寄せられているように思えるが、おそらくその最大の理由は、福岡氏が還元論一辺倒の自然観とは逆の自然観を持っていることにあると思う。
 ぼく自身も還元論一辺倒の自然観には違和感を感じているし、ぼくの感じ方とは違うとは思うが、多くの一般の人が還元論一辺倒ではない自然観に親しみを感じているから福岡氏の本が売れるのだろうと思う。
 本書を読んで初めて知ったが、福岡氏は大学の研究室を閉じたとのことである。おそらく、分子生物学者として一仕事終えて、これ以上還元論の世界に身を置くことを快しとしなかったからではないかと想像する。ボク自身、福岡氏の反還元論的自然観には親和感を感じるし、福岡氏の身の振り方は理解できる。福岡氏には新しい立ち位置で自然観を語って欲しいと思う。
 さて、本書の大筋からすれば細かいことであるが、福岡氏が明らかに誤解しているか、あえて真実を語っていないかしている部分があるので指摘しておきたい。福岡氏は大学の昆虫学の講座が害虫防除一辺倒であるのに失望して昆虫学への夢を捨てたと語っているが、これは明らかにどこかに誤解か間違いがある。ぼくは福岡氏と直接的な繋がりはなかったが、同じ年に同時に京都大学農学部に入学した。ボクは入学試験の点数が足りず、昆虫学講座がある第一希望の「農林生物学科」には入れず「畜産学科」に回された。「農林生物学科」は農学部300人の定員の中で最も定員が少ない15人しかなく、しかも人気があって農学部の中では最難関であった。おそらく福岡氏も「農林生物学科」を第一希望にしていたのだろうと思うが、希望が叶わず「食品工学科」に回されたのだと想像している。ボクは2回生に進級するときに昆虫学への希望が捨てきれずに転学科の希望を出して、運良く転学科できて昆虫学を専攻することができた。ボクは大学院にも進学したが、そこで行われていた研究は害虫防除の研究だけではなく、その当時流行していた進化生態学や社会生物学などの分野に包含されるようなものもあったし、ボク自身の修士課程での研究テーマは害虫防除とは直接は関係ないワクワクさせられるようなものだった。だから福岡氏が「大学の昆虫学講座は害虫防除一辺倒」と言っていることには、誤解かウソかのいずれかがあると思う。
 とはいえ、本書は一般の人にも読み易く、還元論一辺倒ではない生命観・自然観を知るには手頃な入門書のような役割を果たせると思うのでお勧めできる。

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斎藤美奈子著『文章読本さん江』

斎藤美奈子著『文章読本さん江』

筑摩書房
ISBN4-480-81437-X
1700円+税
2002年2月5日発行
262 pp.

目次
はじめに
I サムライの帝国
書く人の論理−文章読本というジャンル
静かな抗争−定番の文章読本を読む
II 文章作法の陰謀
正論の迷宮−文章読本の内容
階層を生む装置−文章読本の形式
修行の現場−文章読本の読者
III 作文教育の暴走
形式主義の時代−明治の作文教育
個性化への道−戦前の綴り方教育
豊かさの中で−戦後の作文教育
IV 下々の逆襲
スタイルの変容−文章読本の沿革
様々なる衣装−文章読本の行方
あとがき
引用文献/参考文献

 清水義範著『はじめてわかる国語』で紹介されていたので、図書館から借りてきて読んだ。
 文章読本とは何か?それは文章を書く上での作法などが書かれている書物である。ぼくは「文章読本」と名がつく本は読んだことがないのでよく知らなかったが、谷崎潤一郎のものがその元祖であるとのことである。その後、三島由紀夫や丸谷才一や井上ひさしなども書いている。
 清水義範氏が『はじめてわかる国語』の中で本書について、「この本を読んだ後ではいかなる文章読本に類する本は書けなくなる」というような趣旨のこと書いているように、この本は「文章読本」のおかしなところが、ぶった切りにされているところが痛快に感じられる。裏表紙に「斬捨御免あそはせ!文章読本さん江」と書かれているが、まさにこの本の内容を一言で言い表している。
 恥ずかしながらボクも昆虫同好会の連絡誌に「報文を書くためのコツ」なる表題の、まさにこの文章読本に分類されるような雑文を書いたことがあるが、そのときは「記録を持っているのに報文を書いたことがない人がたくさん存在していること」をもったいないことだと思って、その助けになれば良いかと思って書いたのだが、本書を読むと、その行為が恥ずかしいことのように思えてくる。
 本書には、実にたくさんの文献が引用されており、巻末に引用文献のリストも付けられている。一般向けの書物であるはずの本書ではあるが、本書のような口語調の「語り口」を文語調に変えれば十分に学術文献としても通用しそうな感じでもある。たいへん読み易いし、「文章の書き方」そのものに興味がある人には、ぜひともお勧めの書である。(もう10年近く前の出版なので、興味がある人は大抵は既読だろうけれど。)

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2012年1月 5日 (木)

経ヶ峰が白くなった(2012年1月5日)

 昨日帰宅するときは湿った雪が降っていて寒かった。今朝は晴れたがやはり寒かった。通勤の途中で目の前に見える経ヶ峰は、案の定白くなっていた。この冬、経ヶ峰が白くなったのは初めてである。
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2012年1月 4日 (水)

いろいろなキリガが登場(2012年1月4日)

 今日は仕事始めの日であるが、今年初めての野外調査の日でもあった。
 都合により、いつもとは順番を変えて調査を行った。まずは、いつもなら3番目に行っている調査場所へ。ここには色々なアブラナ科の作物が作付けされているが、名前のわからないものも多い。畑の主にお会いしたら、訊いてみようと思っているのだが、なかなかお目にかかる機会がない。
 そんな中に花をつけているアブラナ科の植物があった。こんな時期に花が咲くのはカンザキナタネではないかと思うのだが、同定に自信はない。
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 ここでは、この冬これまでに見られなかったキリガ類が2種捕獲されていた。まずはミヤマオビキリガ。これは毎年見られる常連である。
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 次にゴマダラキリガ。これは多くはないが、ほぼ毎年見られる。
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 場所を移り、2番目の調査場所へ。ここは、通常でも2番目に調査している場所である。ここではヨモギキリガ(写真下、写真上はノコメトガリキリガ)。2月の半ば過ぎから数が増えるが、1月上旬にも少ないながら見られたことがある。とは言え、これまでで最も早い捕獲の記録になった。
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 そのほかにも、ノコメトガリキリガとキバラモクメキリガとアヤモクメキリガが見られたので、今日は6種のキリガが見られたことになる。

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2012年1月 2日 (月)

初仕事(2012年1月2日)

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 昨日と違って、西風が吹いて時折雨も混じり、寒い。
 そんな中での初仕事。
 フェロモントラップでのコナガの調査。2頭だけしか入っていなかった。

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2012年1月 1日 (日)

穏やかな元旦(2012年1月1日)

 今日は日帰りで尾張一宮の実家に帰省した。まずは出かける前に近所の小丹神社(おにのじんじゃ)に初詣。
20120101blog1 朝は曇っていたが、それほど風もなく、穏やかな日である。運転は長男に任せて、後部座席で窓から景色を見る。鈴鹿の山が白くなっていたが、四日市を過ぎたあたりでやっと写真を撮ることができた。右側の山は藤原岳だと思うが、左側の山は御在所岳だろうか?
20120101blog2 2時間ほどで実家に到着。まずは墓参り。この頃には天気が良くなってきた。
20120101blog3 弟一家も一緒に食事を済ませてから、尾張の国の一ノ宮「真清田神社(ますみだじんじゃ)」に初詣。だいたい毎年ここに初詣に行っているのだが、今年は例年にない混雑ぶり。何が違うのであろうか?
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20120101blog5 帰りにはちょっと寄り道をして、駅の西側へ。何気なく通った通りに小さなお稲荷さんなどがあり、そこが巡見街道であったことを思い出した。これも街道歩きを初めていなければ多分気付かなかっただろうと思う。
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20120101blog7 尾張一宮を通っている巡見街道はそれほど有名な街道ではないので、地図などの資料を入手するのが困難かも知れないが、資料が揃えばぜひ歩いてみたい。
 夕方5時前には実家を後にして、7時前には帰宅。まずは穏やかな元旦だったと思う。

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新年のご挨拶(2012年1月1日)

本年もよろしくお願いいたします。
Nenga2012mod


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