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2011年12月

2011年12月31日 (土)

読者の皆様にお礼(2011年12年31日)

 日常の暮らしの中で見たこと感じたことを思うままに書きなぐってきましたが、多くの皆様からコメントをいただくことができました。本当にありがとうございました。
 2011年もあと2時間。来年もよろしくお願いいたします。
 よいお年をお迎えください。

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2011年12月28日 (水)

三重県の有機栽培野菜における原発事故の影響(2011年12月28日)

 今日の調査のとき、最初の調査地で畑の主のHさんにお会いしたので、いろいろ話をした。
 ここ三重県は東京電力福島第一原子力発電所から遠く離れているので、放射性セシウムのことなど気にすることはないと思っていたのだが、Hさんの話から、そういうわけではないことがわかった。
 Hさんが出荷している先のレストランから、「(レストランの)お客さんからお宅(レストラン)で使っている有機栽培野菜の放射能は大丈夫なのかと訊かれたけど、Hさんのところの野菜の放射能は測定しているのか?」と訊かれたそうである。どうやら、「有機農業で使用している堆肥にはセシウムが蓄積しやすいから農薬を使用している外国産の野菜の方が安全である」というような根拠のないことを吹聴しているジャーナリスト(誰かは知らないけど)がいて、消費者の不安を煽っているということらしいのである。生産者であるHさんも、そうとなれば生産物の放射線量を測定しなければ納得してもらえないので、放射線量を測定してもらうことにしたそうである。費用は1検体で2万円かかるそうである。常識的に考えれば、堆肥の原料を近所で調達しているHさんが使用している堆肥からは、検査で検出できるほどの放射線が出てくるとも思えない。しかし、やはり納得できない消費者(レストラン)があるそうで、2軒からは取引中止の申し出があったそうである。
 ぼくならば、常識的に考えても三重県産の野菜が危険だとは思えないので、「放射線量を測定せよ」などという理不尽な要求を突きつけたりしない。これこそまさに「風評被害」であろう。
 ここであらためて考えてみれば、有機栽培野菜を使用しているレストランは、安全が保障されている農薬や化学肥料ですら、その使用を拒否しているわけだから、「ひょっとしたら放射能があるかも知れない」という程度の非常に低い確率のことにも敏感に反応しているのだろうと思う。
 ボクら農業研究者は、安全性だけを求めて有機栽培を研究しているわけではない。もっと大切なことは、地元で得ることができる資源を利用して有機肥料をつくることにより、資源のリサイクルを可能にすることや、農薬を使用しなければ影響を受けることはないはずの、害虫ではない「タダの虫」に悪影響を与えないことになり、農耕地周辺の生物多様性を減少させないこと、などと考える。
 農薬や放射能は、量がある基準を超えれば危険であろうが、恐れるほどの量ではない農薬や放射能を「無駄に怖がる」ことは、農業生産コストを引き上げる原因になり、消費者自らもその損害を被ることになると思う。

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アヤモクメキリガ(2011年12月28日)

 今日は仕事納めだが、定期調査の予定が入っているので、休みをとって早めの冬休みに入るというわけにはいかなかった。
 強烈な寒波も峠を越えた感じで、気温はそれほど上がらなかったものの、風が収まっていたので、それほど寒さを感じるわけではなかった。
 最初の調査場所での調査で、先日の会議のときに少し話題に出たアヤモクメキリガとキバラモクメキリガがオオタバコガ用の合成性フェロモン誘引剤を使ったトラップに捕捉されているのが見つかった。キバラモクメキリガは12月22日の調査(Iさんに調査をお願いしていた)のときに捕捉されているのが確認されていたが、アヤモクメキリガは今日が今冬の初めての捕捉である。
 先に書いたように、アヤモクメキリガを採集するのはかなり難しいということだが、このように化学物質を使えば、容易に誘引することができる。幼虫はそれなりに見る機会があるので、棲息密度は決して低くないはずである。
 この写真は、2番目の調査場所のトラップに捕捉されていたアヤモクメキリガ。ヤガの仲間としてはそこそこ大きくて、派手ではないが、見栄えのするガであることは確かだと思う。
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 幼虫はこのとおり(2006年5月12日、津市安濃町草生の研究所の中にて撮影)。
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2011年12月22日 (木)

出張ロードから帰って(2011年12月22日)

 月曜日からの3泊4日の出張を終えて帰ってきた。出張に出ると、ついつい食べ過ぎてしまうのだが、今回の出張では、食べ過ぎないように、多少は気をつけていた。はたして、帰ってから風呂に入ってヘルスメーターに乗ると体重は57.5kgと出張前より1.7kgほど増えていたが、体脂肪率は9.8%で極端に減っていた。体脂肪率の値は何かの間違いかも知れないが、2回計って2回とも同じだったから、信じて良いのかも知れない。出張帰りとしてはまずまずのデータだと思う。
 さて、ツクバの農林団地には「共同利用施設」というのがあり、そこに食堂がある。昼はそこでカレーライスを食べた。久しぶりにその食堂を利用したのだが、運営している業者が変わったらしく、メニューがかなり変わっており、値段が上がっていた。カレーライスは420円。量は普通だったが、今のボクにはもっと少なくても良かった。
 15:00終了予定だった会議は早く終了し、「農林団地中央」バス停14:36発の牛久駅行きのバスに乗れた。牛久駅では名古屋駅までと同じ料金なので関西本線の弥富駅までの切符を買った。15:13発の上野行きの特別快速に間に合い、日暮里駅で山手線に乗り換えたら、東京駅16:10発の「のぞみ」に間に合った。
 新幹線に乗ったら、少し空腹感を感じたので、何か買って食べようかという誘惑に駆られたが、そこはグッと我慢することにした。
 名古屋駅には17:51に到着したので、そのまま近鉄名古屋駅まで歩けば18:04発の近鉄急行に間に合ったはずだが、せっかく弥富駅までの切符を買ったので、関西本線の18:04発の亀山行きの列車に乗った。弥富駅から近鉄弥富駅まで急げば一つ前の18:31発の近鉄急行に間に合ったかも知れなかったが、走らなかったので18:45発の近鉄急行に乗ることになった。
 近鉄弥富駅から江戸橋駅までの運賃は730円。近鉄名古屋駅からだと980円なので、250円節約したことになる。到着が20数分遅くなったけれど。出発駅が牛久駅だとこういう計算になるが、東京都区内発の場合はこれほどうまくはいかず、関西本線で桑名駅まで行って桑名駅で近鉄に乗り換えると100円節約できるだけである。


【12月23日追記】今日(12月23日)職場に出たら出張で同じ会議に出ていたOさんに会い、ちょっと話をしたところ、「ちょっと東京で買い物をしてから東京17:00発の新幹線に乗ったら、西明石の駅で人身事故が起きて新幹線が途中で止まってしまった」ということだった。ニュースを検索したら、事故が起こったのは17:40頃だったとのことなので、もう少し遅ければ名古屋にたどり着くまでに余計に時間がかかっていたかも知れないと思った。

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2011年12月21日 (水)

南千住散策(2011年12月21日)

 今日の会議は午後からであるので、10時前にホテルをチェックアウトしたのだが、午前中は多少の時間を持て余した。仕方がないので、ホテルの近所を散策した。
20111221blog1鰻料理で有名らしい「尾花」。ホテルの2軒ぐらい離れた並びである。「津ぅのうなぎ」の3倍ほどの値段らしい。

20111221blog2仲通り商店街にある豊川稲荷。

20111221blog3_2仲通り商店街。

20111221blog4小塚原回向院の入り口。

20111221blog5_2小塚原回向院にある鼠小僧次郎吉の墓。

20111221blog6_3人形焼きの「重盛」。

20111221blog7延命寺の入り口。

20111221blog8延命寺の中にある「小塚原の首切地蔵」。台座の上に乗っているはずだったが、東日本大震災のときに腕が折れて、下に下ろされて修理を待っている状態。

以上、南千住駅南口周辺の散策。
このあと「つくばエクスプレス」に乗ってツクバへ移動。

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2011年12月20日 (火)

東京出張2日目(2011年12月20日)

 部屋が暖かくて乾燥していたためか、夜中に喉が渇いて何回か目が覚めて飲み物を飲んだが、それなりに熟睡できた感じである。モーニングコールを7時にセットしていたが、その前に目覚めてしまった。昨日コンビニエンスストアで買ってきたもので朝食を済ませた。南青山会館の朝食はバイキングで700円なのだが、それほど高価ではなくても、バイキングだとついつい食べ過ぎてしまうので、バイキングを自重したわけである。
 ここはフロントにインターネットに繋がったコンピュータがあるのだが、このブログを書き込むサイトにアクセスしようと思うと「ウィルスバスター」にブロックされてしまって書き込めなかった。困ってしまったので、フロントの人に「何とかなりませんか?」と言ったのだが「何ともなりません」と言われてしまい、またまた困ってしまったのだが、そこで「自分のコンピュータを繋がせてもらえますか?」と訊いたら、「少しの時間なら良いです」と言われて、とりあえずメールを吸い上げてブログへのコメントへコメントを返した。今回はこの宿が便利だったからここにしたのだが、来年2月の霞ヶ関への出張のときはどうするか、ちょっと考えてしまう。この宿から霞ヶ関までは地下鉄千代田線一本で8分で行けるから、そこそこ便利なのである。
 会議は予定より少し早く11:45頃終了。会議の中で、アマチュアの蛾屋さんが欲しがっている蛾について少し話題が出た。これは会議の本題ではなく余談である。アヤモクメキリガという冬に発生する蛾がいるのだが、H県の農業試験場のYさんによると、この蛾はけっこう採集が難しいらしいというのだ。春から初夏にかけて、この蛾の幼虫は時々見かけるのだが、これを採集して飼育しても、前蛹か蛹で休眠している夏から秋の管理が難しく、なかなか羽化させられないというのだ。ボクも幼虫を採集して飼育を試みたことがあるのだが、やはり蛹のときに死なせてしまった。この採りにくいアヤモクメキリガは、オオタバコガの発生予察用の合成性フェロモン誘引剤に誘引されるのである。ボクが調査している場所でも、フェロモントラップにそこそこたくさん入るので、そんなに採りにくい蛾だとは思っていなかったのだ。
 次の会議はツクバで明日の午後からなので、今日の午後は自由な時間ができた。サンマーメンを食べたいと思ったので、横浜まで行くことにした。南青山会館から渋谷駅まで歩いて15分ほど。12:15発の東横線の特急にゆっくり間に合った。目指すは一度行ったことがある「玉泉亭 横浜ポルタ店」。二度目なので迷わずにたどり着くことができた。
20111220blog1 食べたのはもちろん「サンマーメン」。600円なり。ごくわずかに縮れた細麺である。
20111220blog2 完食。
20111220blog3 食事のあと石川町まで出てエジソンプラザに行ったが、あまり面白い出物はなかった。仕方がないので駅まで戻り、京浜東北根岸線で秋葉原に転戦。夕方まで電気街を徘徊した。電子部品は秋葉原でないと手に入らないものもあるが、そうでないものは名古屋の大須の方が安かったりするものもあるようである。
 秋葉原で喉が渇いたのでDrPepperを探した。かつては500mlのPETボトルがごく普通に見つかったが、今日はいくら探してもも350mlの缶入りしか見つからなかった。缶入りでは持ち歩くのが不便なので、結局買わなかった。500mlのPETボトル入りのDrPepperは絶滅してしまったのだろうか?
 そのあと南千住の定宿へ向かう。秋葉原から上野までの京浜東北線はかなり混雑していたが、上野からの常磐線は座れなかったものの、思ったほどの混雑ではなかった。駅の近くのコンビニエンスストアで食料と飲み物を調達してホテルへ。
 ホテルに着いて名前を告げると「いつもご利用ありがとうございます」と言われてしまった。機会がなかったのでしばらく泊まっていなかったのだが、どうやら常連客として認識されてしまっていたようである。このホテルは部屋が狭く、アウトバス・アウトトイレなのだが、無線LANも利用でき、南青山会館よりもアットホームで気に入っている。問題点は、霞ヶ関まで地下鉄日比谷線一本で行けるのだが、25分ぐらい時間がかかるのと、時間帯によっては滅茶苦茶混雑することである。2月の霞ヶ関での会議のタイムスケジュール次第ではこちらに泊まろうかと思っている。明日はツクバなのだが、このホテルからは「つくばエクスプレス」でも常磐線でも一本で行けるという便利な場所である。

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会議で東京へ出張(2011年12月19日)

 某会議のため、東京に出張である。さらに引き続いてツクバでも別の会議がある。
 19日の朝は江戸橋駅7:42発の近鉄急行に乗った。6両編成の後ろ4両はLCカーであったが、この時間帯はロングシートに設定されている。ロングシートに設定されていても、肘掛けがあるので、ただのロングシート車と比べれば遥かに気分が良い。江戸橋では座れなかったが、伊勢若松でかなりの客が降りたので着席できた。この急行は近鉄四日市で特急に抜かれ、されに後から到着する普通列車の接続待ちを行うので、停車時間が長く、あまり気分の良いものではない。近鉄名古屋到着は8:47頃。新横浜(横浜市内)までの切符を買って、JRとの連絡改札を通過する。キヨスクで飲み物(PETボトルのミルクティー)を調達。さらに新幹線の乗り換え改札を通過。ホームに出ると8:57発の「こだま」が停車していたので、あらためてよく見てみると、階段を上がったところは10号車あたりであった。目指す自由席は3号車より後ろ。実にホームを200m近く歩かなければいけないことになる。名古屋駅で新幹線の自由席と近鉄を乗り継ぐのは大変である。
 今日は寒い日で晴れていたので、富士山が奇麗に見えることが期待された。ちょうど海側の3列席の窓際に席がとれたので、海側の窓から富士山が見える場所が来るのを待った。大井川を越え、焼津あたりの山を越えて用宗あたりがポイントである。そのポイントに差し掛かったとき、期待通り、海側の窓から富士山を望むことができた。何とか海側の窓からの富士山の写真も撮れた。
20111219blog1 ほぼ定刻に新横浜駅に到着。ここで横浜線に乗り換えて菊名に出る。やってきた列車は桜木町行きの快速。205系8両編成である。たまたま乗った車輛は扉が片側に6個もあり、座席が少なくて評判の悪いサハ204であった。通勤時間帯をとうに過ぎているはずなのに混雑しており座るどころではなかった。菊名までは1駅である。この駅では多量の客が降りた。多くは東急東横線への乗り換えである。東横線のホームも人で一杯であった。座れないだろうと思ったので、ホームの一番前へ行き、運転席の後ろに陣取ろうと考えた。やがてやってきた渋谷行きの急行は予想通り座れるどころではなかった。さらに途中の駅で次々と人が乗り込んできて、自由が丘あたりからはぎゅう詰めの状態になった。近鉄の最も混雑しているときの混雑ぶりよりもひどい感じだった。さすがに東京は人が多い。満員電車に乗っているだけで疲れてしまう。
 11時過ぎに渋谷に到着。やっと満員電車から開放されたかと思ったが、外に出ても人が多いこと多いこと。人を見ているだけで疲れる。とりあえず目指す目的地は道玄坂方面。こちらに行くのはおそらく初めてである。初めて「忠犬ハチ公」の銅像を見る。
20111219blog2 目指す場所は横浜中華街の「梅蘭」の支店なのだが、地図でだいたいの位置を確認していたにもかかわらず、一度行き過ぎてしまった。再度地図を確認してやっとたどり着いた。入り口がややわかりにくい。
20111219blog3  この店の名物は、おそらく特徴ある「焼きそば」である。一見ホットケーキのように見えるのだが、少し焦がした麺の下に肉や野菜が入った餡が隠れている。900円なり。
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20111219blog5 インターネットのサイトのクーポンを印刷して持っていったので、杏仁豆腐がサービス。
20111219blog6 ここから渋谷駅方面に戻り、今度は宮益坂を登って青山学院方面へ向かう。このあたりに「志賀昆蟲普及社」がかつてあったはずなのだが、今となっては場所もわからなくなってしまった。寂しさを感じる。
20111219blog7 ここから会議の会場の南青山会館までは10分もかからないぐらい。会議は13時に開始なのだが12時ちょっと過ぎには着いてしまった。しかし、もう何人かは到着していた。その中のHさんから携帯メールを見せられて、金正日が死んだことを知った。
 会議が2時間ぐらい進んだところ、原因不明の腹痛に襲われてトイレに駆け込んだ(とは言え、後から考えたらミルクティーのせいのような気がする)。完全に下痢である。そのあと、やはり体調がすぐれなかった。17時前には今日の部が終わり、会場内の宿泊施設にチェックインし、夕食と翌日の朝食の買い出しに出かけ、そのあとは部屋で軽く食事をしてシャワーを浴びて大人しくしていた。南青山会館は農水省の共済組合が運営しているので、ボクはそこそこ安く泊まれるし、今回は会議の会場がここだったからここに宿をとったが、いまどき部屋でインターネットを使えないというのは不便だと思う。

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2011年12月18日 (日)

名古屋へ(2011年12月16日〜17日)

 一昨日から昨日まで、1泊で名古屋に出かけた。主目的は一昨日の午後から昨日のお昼まで開催された「第43回 食と緑、水を守る全国集会」への参加である。何も好き好んでこの集会に参加したわけではない。職場の労働組合からの動員の要請があったからである。しかし、動員費が支給されるので、ついでに名古屋で買い物ができる、というメリットがあるのは確かである。さらに都合が良いことに、昨日の午後はアマチュア無線関係の「第11回 名古屋大須QRP懇親会」が上前津駅の近くの名古屋市中生涯学習センターで開催され、夜には「名古屋昆虫同好会12月例会」が名古屋市中小企業振興会館(吹上ホール)で開催されることになっていたので、この両方にも参加することにした。さらについでに、健康を考えて、できる限り歩くことにした。
 まずは江戸橋駅8:15分発の近鉄急行で名古屋へ。この急行は近鉄四日市駅で7分も停車して2本の特急に追い抜かれるので、気分は良くない。が、1時間ちょっとで名古屋に到着。まずは買い物のために大須へ。名古屋駅から40弱分歩いて「第2アメ横ビル」へ。Google Mapで調べた時間より余計にかかったが、途中で何度も信号に引っかかったからだと思う。街道歩きをしているときは、信号に引っかかることはあまりないので、「表程速度」が上がるが、街中の道はダメである。その後、「第1アメ横ビル」などへ。最近、普段使用しているニッケル水素充電池が弱ってきた感じがしているので、「エネループ」と充電器などを調達。
 次は、栄駅近くの中日ビルの地下の「名古屋わしたショップ」へ。今日の「宿」への土産を調達。さらに、今日の目的地である、東区上竪杉町にある「ウィルあいち」へ。まだ時間が早すぎたので、場所だけ確認して、前もって目星をつけておいたラーメン屋へ。途中、「主税町」という地名を見つけ、大昔のこと、名古屋昆虫同好会の月例会が「ちからまち会館」で開催されていて、中学生の頃、そこに参加していたのを思い出した。「ちからまち会館」がどこにあったのだか、さすがに今では思い出せない。
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20111216blog0 清水口交差点近くの「あおい」へ。11:50分ぐらいに到着したが、既に5人ほどの待ち行列が店の前にできていた。行列ができる店だとは思っていなかったので、少し迷ったが、ラーメンを食べたい気分だったので、そのまま並ぶことにした。ほどなく店内に入ることができたが、店内にも待っている人が5人ほど。人気店のようである。「中華そば」の食券を買う。出てきたのはこれ。
20111216blog2 麺は中細のやや平たい縮れ麺。魚ダシが効いていてかなり美味しかった。スープも飲み干してしまった。ボクの基準では合格点である。ランチタイムは無料でご飯が付けられるが、最近は「食べ過ぎは良くない」と考えているので、ラーメンのみを食べた。
 さらに時間があったので、周囲を散策しながら会場に向かう。途中で「東海総合通信局」の入っている合同庁舎を見つけ、かつて、「第1級アマチュア無線技士」の試験をこの近くのどこかのビルで受けたのを思い出したが(結果は不合格)、その時は全く土地勘がなかったので、こんな場所だったとは思わなかった。
 と、まあ、ブラブラしながら会場へ。会場のすぐ前には「名古屋市市政資料館」がある。国指定重要文化財に指定されており、風格がある建物である。
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20111216blog4 会場の入り口と、集会の様子。大村秀章愛知県知事や近藤昭一衆議院議員も来ていた。
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20111216blog6 夕方5時頃には1日目の日程が終了。名古屋駅近くの「ウィンクあいち」で開催される懇親会への輸送のためにバスが出るとのことだったが、敢えて歩いた。大体の方向の感を頼りに名古屋駅へ。会場から名古屋駅まで40分弱。2分ほど遅れていた17:45発の大垣行きの特別快速に滑り込みで乗車。この日の宿は「ホテル・ジッカ」。6時過ぎには到着。
 夜寝るまで、母と喋り続けた。いつもより少し早く22:00頃就寝。


 2日目は7時前に起床。まずは新聞を読みながらコーヒーを1杯飲む。朝食時にもさらにもう1杯のコーヒー。
 8時過ぎには出発し尾張一宮駅へ。8:11発のホームラーナーは「別料金」がかかるのでやり過ごし、8:15発の岡崎行き普通列車に乗車。それほど混雑しておらず、立ち客も多かったが、空席を見つけて着席。
 ふと窓の外を見ると養老山脈の山が白くなっていた。そう言えば、前の日の夜には名古屋で初雪が観測されたとのことだった。
20111217blog1 8:30頃に名古屋駅着。駅前のツインタワーには圧倒される。しかし、大地震でも起こったらそうするのだろうか?こんなビルには入りたくない。
20111217blog2 この日の会場は名古屋駅前の「ウィンクあいち」なのですぐに到着。
 2日目は分科会である。希望していた分科会には参加できず、上部組織からは別の分科会への参加を指示されていた。原発の話(ビデオを観るだけ)とCOP10の成果についての話。原発と生物多様性は直接関係がなさそうなのに、一緒にやるところがヘンである。生物多様性についてはいろいろ勉強したし、考えるところもあったので、講演のあと、せっかくなので意見を述べた(「ツッコミを入れた」とも言う)。写真も撮られたので、組合の新聞に顔が載るかも知れない。これもお昼少し前に終了。
 今日の昼食は「西安刀削麺 矢場町店」で食べることにしていたので、矢場町(正確には「大須 4丁目」)へ。このビルの1階に入っている。集会の会場からここまで40分弱。
20111217blog3 これが入り口。
20111217blog4 「トマトと卵の刀削麺」を注文。
20111217blog5 以前食べたときより、唐辛子がよく効いていた感じだったが、辛すぎることはなく、スープまで完食。
20111217blog6 ここから歩いて10分ほどで「名古屋市中生涯学習センター」へ。「第11回 名古屋大須QRP懇親会」である。
20111217blog7 いつもは和室だったが、今回は会議室だった。参加者は10数名。何人かは自作の機械を持ち込んできているので、その「作品」を前に色々ディスカッション。いろいろなアイデアに感心させられることが多く、この会に参加するといつも何か新しい知識が身に付く感じがする。
20111217blog8 これは参加者が製作した「136kHzの送信機」。これにも色々なアイデアが盛り込まれている。
 16:00頃にはお開きになり、参加者の何人かはそのまま「第1アメ横ビル」へ行き、部品の調達。このあと「QRP懇親会」の忘年会が予定されていたが、ボクは別行動。一路「吹上ホール」を目指して歩く。
 しかし、ここで一つの失敗をしたことが発覚。夕食は軽く「マクド」のハンバーガーを2つぐらい食べようかと思っていたのだが、それを買うのを忘れていた。大須から若宮大通りに沿って東へ歩くのだが、大須を抜けると商店がほとんど無くなってしまった。丸田町の交差点を過ぎて中央線の線路が見えたところでコンビニエンスストアを発見。サンドウィッチを1つ調達する。そこから先、「吹上ホール」まで、商店は全くなかった。
 5時半頃には4階の会議室の「名古屋昆虫同好会12月例会」の会場に到着。会場内でサンドウィッチを食べる。本当に軽い夕食である。最近は体重を絞ったせいか、体調が良くなり、食べ過ぎが良くないことを実感しているので、これぐらいの夕食で十分である。
 例会では一人一話で、信州大学で開催されたときにチッチゼミの抜け殻の見つけ方を教えてもらった話と、いま仕事でやっていることの話をした。後半は卓話だが、その前の休憩時間のこと、Nさんから話しかけられて、いろいろな昔話を聞いた。そろそろ歳なので昆虫採集から「卒業」を考えているというような感じであった。いろいろ考えさせられた。
 例会の後半の卓話はHさんによる「北ボルネオ サバ州 熱帯雨林の蝶」の話。現地での昆虫採集での苦労の話など。
 会場は21:30まで借りられているので、まだ話の途中だったが、帰りの電車のことがあるので、21:00ちょっと前には会場を後にした。さすがにここから名古屋駅まで歩く余裕はないので、吹上駅まで歩いて21:08発の地下鉄に乗って名古屋駅へ。さらに近鉄名古屋駅に向かい21:31発の津新町行きの急行に乗る。この電車を逃がすと、急行は22:06発まで無いので、やはりこの電車に乗りたい。これに乗れば22:30に江戸橋駅に着くので、マトモな時刻に寝られるが、乗れないと江戸橋駅到着が23:05になるので、これはさすがにシンドイ。例会の会場が名古屋駅に近いと良いのだが・・・

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2011年12月14日 (水)

謎の獣の脚(2011年12月14日)

 今日は恒例の野外調査の日で、研究所の外の畑での調査から帰って、研究所の畑に行ったところ、何かの獣の脚の先だけが落ちていた。脛節から先しかないので、ぼくの知識では同定が難しいが、蹄の形をみるとシカのように見える。どこかで死んだシカの脚の先だけが、キツネか何かによって運ばれたのであろうか?
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降霜の跡(2011年12月14日)

 今日は恒例の野外調査だった。朝はそれほど冷え込んだわけではなかったらしく、霜が降りていたわけではなかった。しかし、最初の調査地に着いた頃にはまだ空がどんよりと曇っていて冷え冷えとしていた。
 一週間ぶりに訪れた畑だったが、先週までは青々としていたバレイショは、霜に撃たれて枯れてしまっていた。この一週間の間に、冷え込んで霜が降りた日があったのだろうと思う。言うまでもないことだが、ダイコンやハクサイやキャベツなどのアブラナ科野菜は青々としていた。
20111214blog1 ここでは、ウヅキコモリグモをサンプリングしているのだが、陽が射していないので、一所懸命さがしたのだが、まったく見つからない。「そのうち気温も上がるだろうから、別の場所の調査を片付けてからもう一度この場所に戻ろうか」という話をしたら、まだ陽が射していたわけではないが、少し気温が上がってきた感じがしたと同時に、あちこちでウヅキコモリグモが見つかるようになった。どうやら、かなり温度に敏感なようである。
 ウヅキコモリグモを探しているうち、Iさんが巣のようなものを作って中に潜んでいたハラクロコモリグモの亜成体を見つけた。ちゃんと糸を使って巣のようなものを作っていたように見えた。
20111214blog2 次の場所に移動しようとしたとき、近くの電柱を見たら、カネタタキの雌が見つかった。このまま成虫で越冬するのだろうか?
20111214blog3 次の調査地に着く頃には雲が切れ、陽が射すようになった。この畑の横にはクズなどが繁茂している場所があるのだが、ここでも霜に打たれて枯れている植物と元気な植物があった。
20111214blog4 この写真に写っている植物のうち、ノイバラとアケビはまだ青々としていたが、クズとカナムグラは霜に打たれて枯れたようだった。

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2011年12月12日 (月)

第156回日本昆虫学会・第93回日本応用動物昆虫学会合同東海支部会@豊橋市自然史博物館・印象記(2011年12月11日)

 日本昆虫学会と日本応用動物昆虫学会の合同東海支部会は、毎年11〜12月にシンポジウムまたは招待講演者による講演、年度末に公募による一般講演の講演会が開催されている。開催場所は、愛知・岐阜・三重・静岡の県内で、それぞれが名古屋とそれ以外の場所で交互に開催されている。去年の11月には名古屋の金城学院大学で開催されたので、今回は名古屋以外の場所での開催ということになる。
 今回は「昆虫と理科教育」というテーマのシンポジウムで、この会としては初めて豊橋市自然史博物館で開催された。

プログラム
支部長挨拶 山田佳廣(三重大学)
事務局連絡
・自然保護委員会報告 山岸健三(名城大学)
シンポジウム趣旨説明 長谷川道明(豊橋市自然史博物館)
基調講演
「生物多様性と理科教育」芹沢俊介(愛知教育大学)
事例講演
「高校の部活動における理科教育の実践」船越進太郎(岐阜県立本巣松陽高等学校)
「豊橋市自然史博物館の取り組み」長谷川道明(豊橋市自然史博物館)

 基調講演の芹沢先生は昆虫ではなく植物分類学がご専門である。芹沢先生のお話の中では、理科教育、とくに初等教育、中等教育における目的や、それに向かってどのように実践するかが解説され、昆虫が生物教材として優れた性質を持っていることが示された。生物教育の目的とは、人類が蓄積してきた自然科学の知識体系を伝承するとともに、それを活用し、さらには発展させる人材を育成することであるということだ。しかし、これはなかなか難しいことである。生物は非常に多様であるため、観察力が必要となる。さらには、計画性、情報収集力、アイデア力、根気、独創性なども必要となる。そういう話を聞くと、非常にハードルが高いように思えてくる。昆虫は種類数が多く、大きさが手頃で観察し易く、外骨格がしっかりしていて取り扱い易いという利点を持つが、標本収集や標本作製が自己目的化しやすいという問題点も孕んでいる。しかし、生物多様性を理解するための材料として、昆虫は優れた材料だと言えるということになる。昆虫学に関わっている我々としては、それをいかにうまく使いこなすかが重要な課題となろう。
 船越先生の講演は、ご自身が高校教員として高校の部活動として転勤した先々で生物部を活性化されたという実例の紹介であった。高校の部活動が活性化するかどうかは顧問の教師の力量に依存する部分が多いと思う。それにしても、船越先生は生物部活性化のカリスマ教師だと思わされた。ひとえに人柄がなせる業であろうと思う。
 長谷川さんの講演は、博物館の利用が低年齢化(幼稚園児から小学校低学年が中心になっている)しているという「問題」が紹介され、そのような状況の中でも、地元の高校の生物部とタッグを組んで地元の生物の分布や生態を明らかにして、さらには論文にまで仕上げよう、という話であった。豊橋市自然史博物館は豊橋市の組織ということで、豊橋市立の小中学校に対してはサービスしやすいが、高校とかかわることはいろいろと障害がある中で色々苦労されているようであった。

 以上がシンポジウムの概略であるが、以下はボクが個人的に感じたことである。
 ぼくは、農業関係の試験研究機関に席を置いているので、生物学を基礎にして仕事をしているが、生物学の教育に関しては完全に「業務外」である。しかし仕事で昆虫を扱っている傍ら、趣味としても昆虫を扱っているので、それを何らかの形で社会に還元したいと考えているのも事実である。しかし、ボク自身が有名人ではないし、転勤族の悲しさで、なかなか「その土地の地元の人」と繋がりを作ることが困難で、その機会を見いだすことができない状態である。自分で何かを主催して行事を行うのはほとんど不可能だと思うが、声がかかれば、講演もできると思うし、観察会での講師もできると思う。しかし職場との関係が障害になる可能性がないとは言えないようにも思う。でも、なんらかの形で、とくに小中学生に対して、昆虫を通して生物学の面白さを伝えたいものである、とあらためて感じさせられた。

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2011年12月11日 (日)

豊橋市自然史博物館へ(2011年12月11日)

 今日は「第156回日本昆虫学会・第93回日本応用動物昆虫学会合同東海支部会 公開シンポジウム」に参加するために、豊橋市自然史博物館に出かけた。それほど遠い場所でもないのだが、豊橋市自然史博物館にはこれまでに行ったことがなかったので、少し早めに出かけて館内を少し観てきた。
 亡くなられた加藤さんという方が寄贈されたDelias(カザリシロチョウ属)の標本が展示されており、なかなか見物であった。ただし、全般的に昆虫類の展示は少なく、「郷土の自然史」のコーナーにわずかにあったぐらいで、その点では少し物足りない感じがした。「郷土の自然史」のコーナーには、郷土の生物関係の学会や同好会の雑誌が展示されており、名古屋昆虫同好会の「佳香蝶」の創刊号もあり、なかなか感慨深かった。
 「第156回日本昆虫学会・第93回日本応用動物昆虫学会合同東海支部会 公開シンポジウム」の印象のことも稿をあらためて書こうと思うし、その後での懇親会でも様々な話題が出たので、それについても、おいおい書いていきたいと思っている。

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2011年12月 7日 (水)

カマキリモドキの幼虫か?(2011年12月7日)

 今日は恒例の野外調査だった。
 1か所目の調査地では、毎回Iさんがウヅキコモリグモを採集している。冬になって気温がかなり下がってきたが、陽が当たっている場所ではクモはかなり活発に活動している。ほとんどが亜成体であった。
 2か所目の調査地では堆肥にゴミムシダマシの仲間と思われる甲虫が発生していたので、これはぱきたさんへのお土産にと思ってたくさん採集した。
 そこそこ天気も良く、風もなかったので、気持ちの良い調査となった。

 職場に戻ってきてからのこと、Iさんが顕微鏡を覗きながらクモの大きさを測っていたときに、クモに何かが付いていたのを見つけて、「コウノさん、これ何ですか」と訊いてきた。クモに付いていると言えば、真っ先にカマキリモドキの幼虫が思い浮かぶ。ボクも顕微鏡を覗いてみたが、頭胸部と腹部の間に潜り込んでいるような感じなので、よくわからない。でもカマキリモドキの幼虫の可能性が高いように思われた。
 何種類かのカマキリモドキ仲間の幼虫はクモの卵嚢に入り込んで、クモの卵を食べて成長することが知られている。今日見つかったカマキリモドキの幼虫と思われる虫が付いていたクモは、ウヅキコモリグモの雄の亜成体であった。雄のクモに取り付いていも卵にはたどり着けない。ひょっとしたら、アシブトヘリカメムシの卵寄生蜂のように、クモが交接したときにオスからメスに乗り移るのだろうか?
 Iさんは、とりあえずこれを飼育しようと試みるようだ。
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2011年12月 6日 (火)

清水義範著『はじめてわかる国語』

清水義範著『はじめてわかる国語』 え・西原理恵子

講談社
ISBN4-06-211607-3
1700円+税
2002年12月16日発行
317 pp.

目次
第一話 国語って正体不明の学科だった
第二話 国語入試問題必敗法
第三話 たまには生々しい話を
第四話 悩ましきかな漢字
第五話 どう書きゃいいのだ日本語
補習 漢字と日本人のなやましい関係 対談ゲスト 高島俊男
第六話 話すこと、聞くこと
第七話 あの歌はこんな意味だった
第八話 挨拶は丁寧に
第九話 谷崎『文章読本』の功罪
補習 文章読本の真相 対談ゲスト 斎藤美奈子
第十話 日本語は滅んでしまうのか
あとがき

 石垣島に住んでいたときに石垣市立図書館で借りて読んだことがあったが、津市津図書館にもあるのを見つけて、もう一度読みたくなって借りてきて読んだ。8年ぶりぐらいに読んだことになるが、詳細は忘れていたので新鮮な気持ちで読むことができた。
 本書は、名古屋市出身の作家、清水義範氏の「国語」に関するエッセイ集で、「小説現代」2001年11月号から2002年10月号に連載されていたものをまとめたものである。
 ボクも常々「国語」とは正体不明な学科だと思っていたので、同意させられる部分が多々あった。小学校から高校まで、「国語」の授業を受けてきたが、あとから思えばぼくが受けてきた「国語」の授業は「日本語」の授業とは言い切れず、「文学」であったり「道徳」であったりした部分が多分にあったように思う。
 ボクは「国語」を常に苦手科目としていた。試験問題で後から「正解」が示されたときも、それがなぜ正解になるのかが理解できないことが非常に多かったからである。「そのとき主人公はどう思ったでしょう?」などという問題を出されても、正解が全くわからないのだ。清水義範氏には「国語入試問題必勝法」という小説作品があり、このあたりのことをおちょくっているのだが、これも実に面白かったという印象が残っている。
 本書には、それらのことなども話題にされており、「うんうん」とうなずきながら読むことになった。こういうわけのわからない「国語」を教えている学校の先生は、さぞ大変なことだろうな、と思わざるをえない。
 本書の中には、斎藤美奈子さんとの対談も収められており、斎藤美奈子さんの著書『文章読本さん江』も話題にされている。これも読まなければいけないと思う。

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2011年12月 4日 (日)

日本鱗翅学会東海支部第148回例会(2011年12月3日)

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 名城大学で開催された日本鱗翅学会東海支部第148回例会に出席した。
 例によって、名古屋に出たついでに、買い物もしようと思い、朝は早めに出発した。江戸橋8:15発の急行に乗ったのだが、何とこの列車は桑名で何と8分も停車し、そこで特急列車2本に追い抜かれた。気分はよろしくない。近鉄蟹江で普通列車に乗り換え近鉄八田で降り(これだと近鉄名古屋まで乗るより60円安くなる)、名古屋市営地下鉄の八田駅から「ドニチエコきっぷ」(600円)を利用して、あとは途中下車し放題である。栄で降りて「名古屋わしたショップ」で買い物し、「上前津」で降りて「沖縄宝島にらい」で買い物した。無事に「八重山手帳2012」を入手。その他、「ミキ」、「沖縄そば」など。小雨がパラつくような天気であったが、気温はそれほど低くないどころか、けっこう高い感じで、歩いていると汗をかき、コートとセーターを脱がなければ我慢できない状態になった。(帰宅してから調べたら、気温はそれほど高くなかったが湿度が極めて高かった)
 ボクは日本鱗翅学会の会員ではないのだが、ネット上で案内があり、本田計一先生が特別講演で「マダラチョウの謎」という演題でお話されることを知ったので参加することにした。本田先生はマダラチョウ類とピロリジジンアルカロイドとの間の関係を精力的に研究されていて、ボクが石垣島に住んでいたときにお知り合いになり、研究材料もわずかばかりではあったが提供させていただいた。
 本田先生の特別講演のほか、一般講演が5題。

20111203blog3 本田先生のお話からは、様々なマダラチョウが様々な植物からピロリジジンアルカロイドを摂取し、配偶の際の化学的交信物質として利用されていることが紹介されたが、細かいところを見れば、これが種によってすべて異なるといいったような様相なので、単純な理解が難しいという状況であることが理解された。オオゴマダラのような比較的原始的な形質を持つ種は、幼虫の寄主植物の中にピロリジジンアルカロイドが含まれているので、成虫になってから植物からの吸蜜の際、ピロリジジンアルカロイドを摂取する必要がないが、より「進化した」マダラチョウでは、幼虫がピロリジジンアルカロイドを含まない植物を寄主植物に寄主転換することにより、成虫になってからピロリジジンアルカロイドを摂取しなければ、交尾することもままならない状況に追い込まれてしまっているということである。
 本田先生は今年度末をもって大学を退職されるので、本格的な研究はこれ以上望めないかも知れないが、マダラチョウとピロリジジンアルカロイドの関係は、まだまだ研究の余地がたくさんあり、他の人が研究を引き継いで欲しいものだと思った。
 本田先生はこの講演に加えて、チョウの実験観察用の植物としてルー(Ruta graveolens)の紹介もされた。この植物では、様々なアゲハチョウ(ナミアゲハ、オナガアゲハ、カラスアゲハなどに特に適しているように思われた)が飼育可能であり、葉の量も多く、背丈も高くならないので、ミカン類やサンショウなどを使用するよりも遥かに容易にアゲハチョウ類が飼育できるとのことである。我が家でも栽培してみたいと思った。
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 一般講演の内容もそれぞれ面白いものだと思ったが、プレゼンテーションの巧さ拙さが出ており、大学院の学生さんの発表では、ボソボソと喋って、何を言いたいのかはっきりわからないようなものもあり、それは残念であった。

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「第21回天敵利用研究会 奈良大会」印象記(2011年12月1日〜2日)

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 2011年12月1日〜2日に奈良市の奈良ロイヤルホテルで開催された『第21回天敵利用研究会 奈良大会』に参加した。1日目は5題の一般講演のあと「花き園芸における天敵利用の現状と展望」というシンポジウムの発表が4題、2日目は一般講演が11題あった。
 一般講演の初っ端は九州大学の上野高敏氏による「天敵を利用した農法と生物多様性の同時評価」という講演。ボクが参画しているのと同じプロジェクトでの成果の紹介である。いつもながら、上野氏のプレゼンテーションの巧さ、とくに話し振りには参考にさせられるものがある。いくら内容が興味深いものであっても、説明の仕方や話し方が悪くては、聴衆には伝わらないものである。
 シンポジウムは、これまであまり対象にされていなかった、と言うか、敢えて避けられてきたように思われる花き園芸における天敵利用に関する話題提供である。

S1 天敵は花産業に何をもたらすか 宇田明(宇田花づくり研究所)
S2 花卉類栽培における天敵を利用したIPM技術 山中聡(アリスタライフサイエンス)
S3 静岡県のガーベラ栽培におけるカブリダニ製剤を活用したIPMの現地実証 片山晴喜・土井誠(静岡県病害虫防除所・静岡県農林技術研究所)
S4 奈良県での土着天敵を活用したキクのハダニ類防除 国本佳範・小山裕三・印田清秀・矢野栄二(奈良県農業総合センター・奈良県北部農林振興事務所・近畿大学農学部)

 最初の宇田氏の講演は栽培者の立場からの話で、花きの場合は果樹や野菜よりも生産物の品質が極めて重要であり、それを決めるのは生産者ではなく消費者(=流通業者)である、という指摘があった。これがまさに花き園芸での天敵利用が敬遠されていた、というか、半ば諦められていた理由である。しかし、今回の大会でのシンポジウムで「花き園芸における天敵の利用」というテーマが取り上げられたことは極めて意義深いことである。
 この「天敵利用研究会」という集まりは、基本的に「天敵利用の推進」という立場であるので、「花き園芸においても天敵利用を推進しよう」という考え方が基礎にある。
 農業生産における「天敵利用」は究極的な目的ではなく、IPM(Integrated Pest Management; 総合的害虫管理=様々な害虫管理手法を合理的に組み合わせて害虫密度を許容発生密度以下に抑えるという考え方)を構成する一つの「手段」に過ぎないわけであるから、結論として「天敵利用」を推進することが結論とならない場合がある。生産者としては、天敵を利用することで生産コストが下げられるならば「天敵利用」が一つの手段たりえようが、そうでなければ化学農薬が中心の防除中心にならざるをえない場合もあろうかと思う。
 花き園芸の場合は、ほとんどが施設栽培であり、害虫も天敵もその初期密度は0であるという前提になる。したがって、「天敵利用」と言えば、自然発生する天敵を利用するのではなく、基本的には「天敵農薬」として販売されている天敵を利用することになる。現状では、「天敵農薬」は化学農薬と比べるとコストと使い勝手の面(害虫密度が検出も困難な非常に低い段階で使い始めなければいけないとか、まだ「芸術的感覚」が必要とされる場合が多いように思われるとか)で見劣りする。もちろん、化学農薬の場合は害虫における抵抗性の発達の問題を無視するわけにはいかないので、化学農薬が万能であるというわけでもない。
 他の参加者がどう感じたかわからないが、まだ「天敵のコストが高い」という現状では、花き園芸において天敵の利用を中心とした害虫管理が広がる状況には、まだなっていないように感じられた。今回のシンポジウムで「花き園芸における天敵利用」というテーマが取り上げられたことは意義あることだとは思うが、「実用化」を念頭に置いた場合、やはりかなりハードルが高いように感じられた。

 その他の一般講演では様々な天敵の利活用に関する取り組みや問題点に関する紹介があり、現状の把握という点では有意義であった。しかし、話し方にメリハリがなく、ポイントがわかりにくい講演もなかったわけではないので、それは残念であった。せっかく発表するのだから、話し方も考えていただいて、伝えたいことがしっかり伝わるようにしていただきたいものだと思う。これには、自分が発表するときの自戒の念もある。

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2011年12月 2日 (金)

奈良へ(2011年12月1日〜2日)

 昨日から「第21回天敵利用研究会(奈良大会)」に出席するために奈良に行った。研究会の感想については、別のエントリーに書こうと思っているので、ここでは行くまでのことと、食べたもののことと、帰り道のことを書こうと思う。
 奈良に行くには近鉄特急に乗るのが便利だが、時間に余裕があったことと、いつも同じ経路では面白くないと思ったので、関西本線経由で行くことにした。まずは津駅まで歩いてこの切符を購入。券売機で買うと料金のみを記した切符しか買えないが、クレジットカードを使おうと思ったら券売機では使えなかったので、窓口で購入できた。
20111202blog1 亀山駅で乗り換え、関駅を過ぎたあたりから加太駅や中在家信号所あたりまでは鈴鹿川の上流の渓谷で紅葉が盛りであった。また伊賀上野を過ぎたあたりからは木津川に沿って線路が通っており、ここもあちこちに紅葉が見られ、なかなか風光明媚で普段通らない路線を乗った甲斐があったというものだ。加茂駅で「大和路快速」に乗り換え、JR奈良駅には11:30に到着。
 会場は近鉄新大宮駅の少し先だが、13:00開始なのでゆっくり歩いても間に合う。途中、新大宮駅の近くで昼食。『香粋一(かすいち)』といううどん屋。
20111202blog2 「日替わり定食」を注文。600円なり。「かけうどん」と「きざみ丼」のセットである。「きざみ丼」の丼は「吉野家」の「牛丼」の丼ほどの大きさだったが、「かけうどん」の丼は異様とも思えるほど無駄に大きかった。うどんがわずかしか入っていないように見えるが、普通の分量。決して少ないわけではない。
20111202blog3 ダシが効いて大変美味しいうどんだった。多分大阪風のうどんなのだろうと思うが讃岐に負けてはいない。これを食べたら汗をかいてしまった。セーターとコートを脱いで会場へ。
 1日目が済むと懇親会があったのだが、これはパス。色々な意味で懇親会は体に悪いと思うようになった。
 研究会の会場を後にしてホテルにチェックイン。新大宮駅の本当にすぐ前にある「スーパーホテル新大宮駅前」である。部屋はそこそこ広くてとくに不満はない、さっそく持参したコンピュータをネットに繋いで、来年3月に奈良で開催される応動昆の大会のときの宿も、このホテルをネットで予約した。
 夕食は昼に見つけた「魚出しらーめん 千年坊主」に行ったのだが、昨日は昼のみの営業だった。仕方がないので近くで見つけた「天喜」という安そうな天ぷら屋に入った。天丼600円なり。値段相応で可もなく不可もなく。
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 朝食はホテルのロビーの前。近鉄新大宮駅が目の前に見える。ひっきりなしに電車が行き来し、駅のすぐ横にある踏切も閉じている時間の方が長いように思える。
20111202blog5 ホテルをチェックアウトして、と書きたいところだが、このスーパーホテルは部屋に入るのは、宿泊期間中のみ有効な暗証番号を入れるだけなので、ルームキーがないのでルームキーを返却する必要もない。そのままホテルを出てしまえばチェックアウトである。
 会場までゆっくり歩いて10分ほど。すぐ横を通っている国道24号線に温度表示されているところがあり、7.5℃から7.6℃にかわったところだった。それなりに気温が低い。
20111202blog6 しかし、会場のホテルの中は寒くもなく、かと言って暖かすぎることもなく、快適であった。
 研究会は12:00過ぎに終了。ホテルの送迎バスが出るというので、新大宮駅の近くまで乗せてもらった。昼食は昨日見つけた「魚出しらーめん 千年坊主」でとることにした。
20111202blog7 魚出汁のラーメンである。スープはかなり濃厚。だが、しつこくはない。スープも全部飲み干してしまった。
 帰りは急行を乗り継いで帰ろうかと思ったのだが、大和西大寺駅で誘惑に駆られ、特急に乗ることにしてしまった。近鉄の特急は極めて古いものから極めて新しいものまであり、「あたり」と「はずれ」がある。来るまでわからないから不安であったが、現れた特急は22000系ACEであった。「まあまあのあたり」である。
20111202blog8 この路線は何度も乗っているので、あまり新鮮味はない。紅葉も榛原を過ぎて榊原温泉口あたりまで、ところどころで見られるのだが、関西本線沿線と比べると見劣りする感じである。賢島行き特急なので伊勢中川駅で乗り換え。
 伊勢中川から乗り継いだ特急は12200系であったので「はずれ」であったが、リニューアルされていて、それほど古さを感じさせなかった。津駅で下車し歩いて自宅へ。15:00頃に帰宅。それほど疲れはない。

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