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2011年11月 6日 (日)

高橋敬一著『鉄道と生物・運命の出会い』

高橋敬一著『鉄道と生物・運命の出会い』

現代書館
ISBN978-4-7684-5667-5
1,800円+税
2011年10月15日発行
251 pp.

目次
はじめに
1. 列車と生物は似ている?/2. スピード/3. トイレ/4. 地下鉄/5. 新幹線/6. 鉄道と慣れ/7. 都会と鉄道/8. 鉄道における主体/9. 戦争と鉄道/10. 私たちが見ているもの/11. 女性専用車輛/12. たま駅長/13. 在来種/14. 線路が生物に与える影響/15. 切符/16. 乗り酔い/17. 中身と外見/18. 車の登場/19. エコ/20. 時刻表/21. 駅/22. タバコ/23. 忘れ物/24. 鉄道が運ぶもの/25. 車内環境/26. 照明/27. 駅弁/28. 蒸気機関車/29. ゴキブリとネズミ/30. 軌道幅/31. 郷愁/32. 理髪車/33. 鉄道ファン/34. 天候/35. 現在位置と目的地/36. 科学と科学技術/37. 名称/38. エコノミー症候群/39. 遵法闘争/40. 外国の鉄道事情
主な参考文献
あとがき

 著者である高橋敬一さんから本書が贈られたので、内容を紹介したいと思う。高橋さんには、「自然とはどんなものか」という視点から書かれた『「自然との共生」というウソ』(祥伝社新書, 2009)『昆虫にとってコンビニとは何か』(朝日選書, 2006)という著書のほか、高橋さんの石垣島での暮らしの中から書かれた『八重山列島昆虫記』(随想舎, 2001)や『八重山列島釣り日記』(随想舎, 2000)などのユーモアにあふれたもの、さらには『熱汗山脈』(随想舎, 1997)という、それまで誰も手を出していなかった亜熱帯である八重山諸島の山への登山の日記のようなものもある。
 本書は昭和32年生まれの小浜浩二さんという鉄道ファンと、その大学時代の野球部の後輩である昭和52年生まれの竹富安輝くんという分子生物学者の会話という形式で書かれており、「鉄道」を話題にしていることは確かなのであるが、この二人、とくに竹富くんの発言は、著者である高橋さんの『「自然との共生」というウソ』や『昆虫にとってコンビニとは何か』の著書での視点に通じるところがある。ちなみに、「小浜」も「竹富」も八重山諸島の島の名前であり、「浩二」と「安輝」は高橋さん(とボク)の石垣島勤務時代の同僚の下の名前を拝借したもので、いずれも架空の人物である。
 目次を読むと、鉄道と生物の関わりが語られているように思われる。確かにそのとおりなのであるが、実際に読んでみると、この登場人物の二人、とくに竹富くんの発言は物事の本質を突いたものが多く、そこには「自然とはどんなものであるか」さらには「人間とはどんな生物であるか」ということから始まり、「現状の社会システムにはどんな問題があるのか」などという問題に対して生物学的に考察した高橋さんの考え方が書かれている。表題の『鉄道と生物・運命の出会い』というのを見ると、一件軽そうな内容の本であるように思われるが、実は表面的ではなく、本質を追究していて奥の深さが感じられる。
 ここに、いくつか印象に残った文章を紹介したい。
 人間の思考傾向について竹富くんは、牧草として導入された植物種が牧場から逸脱して線路際に生えてしまうことによって雑草として人間が認識することについて、「つまりボクたちは主観でしか物事を見ることができないということです。自然保護活動家を自認する人には特にその傾向が強いですね。彼らには自分が好むものしか見えていないんです。」(p.107)と語っている。
 社会システムが複雑化することによって人間が忘れることが問題になることについて竹富くんは、「問題は忘れることにあるのではなく、複雑であるのに物忘れを許さない、つまりは人間が人間であることを許さないシステムをつくり出し、それが常に正常に働いて当たり前だとする前提のほうにあります。」(p.157)と語っている。
 そのほかにも、様々な日頃見逃されがちなことが書かれており、「人間とはどんな動物であるか」ということを再認識するには、非常に参考になる本である。
 少し気になることと言えば、ドーキンス流の遺伝子中心主義的な考え方が強すぎるということであろうか。

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コメント

未読です.
高橋敬一氏のファンとしてはよまなくてはなりませんな.

投稿: ぱきた | 2011年11月 6日 (日) 19時54分

ぱきたさん、どうもです。
 まだこの界隈の書店には出回っていない感じです。一身田上津部田の「本の王国」や津駅チャムの「別所書店」では見つけられませんでした。
 ネットでは簡単に買えると思います。

投稿: Ohrwurm | 2011年11月 6日 (日) 20時02分

生物を人間中心で分けるのには私も疑問を感じておりました。何が害虫で何が益虫?何が雑草で何が有益植物?どれもみな同じ虫であり植物なのです。でも人間の役に立たない植物は雑草として草刈りされ、人間に害を及ぼす虫は駆除されて。でもムカデが布団の中に入ってくるのはいやですけれどね(笑い)。ただもう少し深く考えると、人間以外の動物同士でも同じ残酷な戦いがあり、植物でも相手を駆逐する戦いがあり・・・と考えると、人間も自然の一部、仕方がない面もあります。が、他を圧倒する力を持ちすぎたのが不幸の始まりでしょうか?そんな人間も日々変化するウイルスから最強の種が現れてそのうち駆逐されるかもしれません。生物の世界は流れています。

投稿: Harpalini | 2011年11月 7日 (月) 07時45分

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