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2011年11月

2011年11月30日 (水)

春のような天気(2011年11月30日)

20111130blog1
 今日は恒例の調査日。これは最初の調査地点で撮影したボクの姿。
 今日の最高気温は20℃を超え、風もなく、空もやや霞んでおり、まるで春のような天気で、明日から12月になるとは思えないような陽気であった。
 2番目の調査地ではモンシロチョウが飛ぶのも見た。さすがにモンシロチョウが飛ぶのを見るのは、これが今年で最後になるのではないかと思う。

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2011年11月29日 (火)

野田隆著『出張ついでのローカル線』

野田隆著『出張ついでのローカル線』

メディアファクトリー新書039
ISBN978-4-8401-4278-6
740円+税
2011年10月31日発行
238 pp.

目次
まえがき ローカル線は出張中にこそ楽しもう
第1章 絶景が車窓に広がる路線
札幌発 函館本線・山線紀行/札幌発 北海道らしい山と平原が広がる札沼線/仙台発 渓谷が織り成す絶景が連続する仙山線/鹿児島発 鹿児島からは人気の肥薩線で帰ろう
第2章 季節を感じられる路線
東京発 都心で花と緑が楽しめる都電荒川線/大阪発 高野山を巡る「こうや花鉄道」の旅/新潟発 上越線の景勝区間でループ線を楽しむ
第3章 名物を味わえる路線
東京発 京成金町線に寅さんの故郷を訪ねる/広島発 広島名物を堪能する広電の旅/名古屋発 寄り道グルメを楽しめる天竜浜名湖線
第4章 鄙びた空気を醸し出す路線
新潟発 越後平野をおんびり走る越後線・弥彦線/広島発 芸備線のディーゼルカーで川の町へ/博多発 筑豊炭田の栄華を偲ぶ筑豊本線の旅/大阪発 南海&阪堺 ミナミの不思議な路線巡り
第5章 温泉でのんびりできる路線
仙台発 湯けむりライン陸羽東線でひと風呂/鹿児島発 観光特急で行くJR最南端駅と砂むし温泉/高松発 ことでんに乗って琴平の日帰り温泉へ
第6章 知られざるお楽しみ路線
名古屋発 貴重でかわいいナローゲージの旅/なんろも不思議な城北線/博多発 北と南で雰囲気が異なる香椎線の旅
あとがき 列車に揺られて、ただのんびり過ごせばいい

 同じメディアファクトリー新書として発行されている宮竹貴久著『恋するオスが進化する』の中の広告で紹介されていたので、多少テツ分(「乗りテツ」に分類されると思う)があるボクにとっては面白そうだと思って図書館にリクエストして買ってもらった。
 帯には「プラス3時間で小旅行を満喫」と書かれている。
 ボクはいわゆる「ビジネスマン」ではないので、それほど出張が多いわけではない。出張と言えば、学会とか会議での出張が多い。学会は毎年場所が変わるが、会議はツクバか東京にだいたい決まっている。ツクバや東京の出張は、1日目の午後から始まり2日目のお昼か午後3時ぐらいに終わるというパターンが多い。そうなると、余分にスケジュールを加えようとすると1日目に朝早く出かけるか(東京が目的地なら1〜2時間ぐらいの時間は作れそうだが、ツクバが目的地だと全く余裕がない)、2日目の会議終了後ということになる(やはり東京が目的地なら2〜3時間ぐらいの時間は作れそうだが、ツクバが目的地だとほとんど余裕がない)。となると、会議で出張のときに3時間の時間をひねり出すのは非常に難しい。全国規模の学会の大会での出張であれば、だいたいは3日ぐらいの日程で、1日目の朝から3日目の夕方までのスケジュールである場合が多く、目的地にもよるが、前泊や後泊がつく場合がある。そうなれば前日や終了翌日は移動だけすればよくなり、時間に余裕があることが多く、そんなときが本書で紹介されている「小旅行」のチャンスとなる。
 本書では具体的な「小旅行」のスケジュールが提案されているが、なかなかそのとおりの時間をひねり出すことができるわけでもないと思う。だから、本書はあくまで「参考例」だと思って、自分なりの「小旅行」を考えだすのが正攻法だろうと思う。そのように考えた場合でも、本書では様々な例が提案されているので、オリジナルの「小旅行」を作るために役立つことは間違いないと思う。
 しかし、最近は世知辛い世の中である。おそらく、普通のビジネスマンの東京から大阪への出張などは日帰りが当たり前だろうし、東京から札幌や福岡への飛行機での日帰り出張も珍しくないであろう。本書の著者は元教員であり、現在はフリーのライターであるから、ビジネスマンの本来の姿を十分に理解しているわけではないだろうと思う(し、ボクもビジネスマンのことを良く知らない)。「フツーのビジネスマン」にとって、ここに書かれている「小旅行」を実現するのは夢のまた夢かも知れない。

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2011年11月27日 (日)

巡礼道を歩く【栗真町屋町→東千里】(2011年11月27日)

 今日は午後から時間が空いたので、少し街道歩きでもしようかと思いついた。伊勢街道を自宅近くから歩いてみようかと思って地図を見たら、津市栗真町屋町(くりままちやちょう)の三重大学の北で伊勢街道から分かれている「巡礼道」と記されている別の街道があるのに気づいた。それを辿って行くと、津市河芸町東千里(ひがしちさと)で再び伊勢街道と合流していることがわかった。距離は8km程度。半日のコースとしては手軽である。さっそく歩いてみることにした。同行したのは妻。13:15頃に自宅を出発。
 まずは江戸橋の伊勢街道と伊勢別街道の分岐点からしばらくは伊勢街道を北上する。

20111127blog1江戸橋の伊勢街道と伊勢別街道の分岐点

20111127blog2志登茂川にかかる伊勢街道の江戸橋

20111127blog3ここが伊勢街道と巡礼道の分岐点
 ここまでは伊勢街道を歩いた。ここからが巡礼道である。伊勢街道が左で巡礼道が右。

20111127blog4松林山専稱寺(専称寺)
 伊勢街道から分岐してまもなくのところにある寺である。写真を撮っていたら、そこにいた爺さんから「中を見て行きなさい」と言われたので、中をじっくり見ることになった。

20111127blog5「白塚まんじゅう」の前田屋
 お土産におまんじゅうを買った。

20111127blog6廃業したと思われる銭湯(河芸浴場)
 少なくとも2003年頃までは営業していたらしい。(→参照サイト

20111127blog7松林寺の前(河芸町中別保)
 ここのお寺でトイレを借りた。街道歩きをしているとトイレが気になる。現在の国道沿いにはあちこちにコンビニエンスストアがあるのでトイレには困らないが、旧街道を歩いていると、コンビニエンスストアどころか、店らしい店に出会うこともないので、食事にも困ることが多い。しかし、旧街道沿いにはお寺や神社はたくさんあるので、トイレを使おうと思ったらお寺や神社が狙い目である。

20111127blog8東千里の街中は由緒ある街道とは思えないほど細い道
 田中川を渡ったところから巡礼道はこれまでまっすぐ歩いていた道から外れ、一本海寄りの道を通っている。この道は、由緒ある街道とは思えないほど細い道である。地元に住んでいる人も、この道が由緒ある道であることを知らない人が多いのではないかと思う。

20111127blog9伊勢街道との接続点にある甕釜冠(かめかまかぶり)地蔵堂(今日の目的地)

 ここから伊勢街道を南下して、近鉄の千里駅まで歩いた。切符を買ってトイレに行ってホームに上がったらまもなく16:00発の電車が来た。電車に乗ったら江戸橋駅まで10分である。16:15前には自宅に帰着。

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石垣島から与那国島を見ることができる(2011年11月27日)

 ふと思い立って検索してみたら、「Yahoo!トラベル・旅の知恵袋」に「石垣島から与那国島は見えますか?」という質問があり、それに対して、「残念ながらどんな晴れた日でも見えません。/また、見えたということを聞いたことがありません。/与那国島は石垣島と台湾のちょうど中間にあり、与那国島から台湾は見えることがあるのですが、石垣島が見えたという話は聞いたことがありませんね。/途中の西表島が邪魔していることと、石垣島に標高の高い場所が少ないことが理由だと思います。」という回答がついていた。この回答は想像だけで書いた「ウソ」である。その証拠を示したいと思う。
 1998年8月16日の夕方のこと、イシガキヒグラシの調査のため、ボクは石垣島の於茂登岳の山頂に居た。ふと西の方を見ると、西表島の上に何か島影のようなものが見えた。方向から察すると与那国島だということに疑いはなかった。とりあえず写真を撮った。
 使用していたフィルムがコダクローム200(KL)という、あまり粒状性のよくないフィルムだったが、出来上がった写真には何とか島影が映っていた。ここに示す写真は、それをトリミングしたものである。
19980816_from_omotodake_t【クリックすると拡大します】

 あとで計算してみると、石垣島の於茂登岳と与那国島の宇良部岳の間の距離は約125kmで、於茂登岳の山頂の標高が525m、宇良部岳の山頂の標高が231mだから、お互い見通し範囲内であることがわかった。ボクが見た島影は宇良部岳の山頂付近だったわけである。
 このように計算上は石垣島の於茂登岳と与那国島の宇良部岳の間は見通し範囲だが、いつも見られるわけではないというどころか、よほど空気が澄んでいないと見ることはできないので、これは滅多に無いチャンスだったことがわかった。
 その後に与那国島を訪れたとき、与那国空港の待ち合いロビーには与那国島から見えた台湾の写真が掲げられていた。その撮影日は1998年8月17日だった。ようするに、ボクが石垣島から与那国島を見た翌日のことである。与那国島から台湾が見える日は年に数日しかないというから、その頃の八重山地方は大変空気が澄んでいたということがわかる。
 石垣島の於茂登岳は歩いて登らなければいけないので、石垣島から与那国島を見ることは大変難しいことだと思うが、与那国島の宇良部岳には山頂付近まで車で行けるので、与那国島から石垣島を見ることは、比較的容易ではないかと思う。

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2011年11月25日 (金)

初冬のスミレの花(2011年11月25日)

 「サザンカ、サザンカ、咲いた道・・・・・」の歌のイメージは初冬を思い浮かばせるものだが、職場のサザンカは既にほとんど落花してしまっている。ということは、もう本格的な冬なのか?
 そんな季節になったのだが、今日のお昼前、職場の庭にスミレの花が咲いているのを見つけた。ちょっと前にもスミレの花を見つけたので、異常というほどのことではなく、かなりの頻度で見られる現象なのかも知れない、ネットで検索しても「11月にスミレが咲いていた」という情報はいくつも見つけることができる。
 畑では、春の花だと思っているホトケノザが咲き始めている。
20111125blog1

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2011年11月23日 (水)

宮竹貴久著『恋するオスが進化する』

宮竹貴久著『恋するオスが進化する』

メディアファクトリー新書037
ISBN978-4-8401-4276-2
740円+税
2011年10月31日発行
190 pp.

目次
序章 愛は戦いである
 トゲの生えたペニス/愛は危険である/今セックシに起きていること/ヒトに生まれた喜びを
第1章 性分化—オスは寄生者として生まれた
 性の始まり/なぜ男と女が必要なのか/赤の女王仮説/性があれば歯車も戻せる/ぶらさがって生きていきたい/腹上死するオスグモ/頭が取れても挑むオス/姦通で「巣内引き回し」を受けるアリ/生涯一度のHのため爆死/誘惑される害虫のオスたち/恋するオスが地を覆う/惹き寄せられて殺されて/空からハエが降ってくる/●第1章のポイント
第2章 異性間選択—選ぶのはメス、泣くのはオス
 なぜ性差があるのか?/ダーウィンとクジャク/二つの性選択説/メスはいつもハンサムに弱い/フィッシャーのランナウェイ/即物的な、あまりに即物的な/プレゼント増量作戦/あずま屋作りにいそしむ鳥/「当方持ち家あり、子育て上手」/性選択はどこで止まるのか?/二物を与えられるけれど/死を招く誘惑のメロディ/●第2章のポイント
第3章 同性内選択—戦うオス、企むオス
 戦いとセックスの日々/蚊柱は男の戦場/体長ほど両目の離れたハンサム/小さい男のラブ&ピース/日本のカブトムシは時間差攻撃/にせオカマに寝取られる/セックスにサイズは関係ない/武器と睾丸、どっちに投資すべき?/4日間の雌伏/魅力的な太腿が弱点になる/●第3章のポイント
第4章 精子競争—子宮の中の競争
 同性内選択はセックスの後も続く/精子だって無限じゃない/オスの臭いで精子が増えるネズミ/競争に「混ぜ込まれる」オス/協力し合う精子と殺し合う精子/永遠に受精の機会がこないとき/女性はあなたの精子を選ぶのか?/精子の数だけでなく質も重要?/睾丸でメスの貞淑さはわかる/●第4章のポイント
第5章 性的対立—モテないオスの大暴走
 一致しないメスとオスの利害/精液の毒物質がメスを殺す/間男に殺される貞淑なハエ/なぜペニスにトゲが必要なのか/女は壁で防御する/ライスのチェイスアウェイ/せく薄はメスに損?/遺伝子レベルのすれ違いオスを立てるとメスに角が立つ/性的対立が新種を作る!/「あなたとじゃイヤ」/自然界でも性的対立が/危険すぎる異郷のオスとの恋/●第5章のポイント
第6章 繁殖コスト—浮気を巡る冒険
 女性からの告白が流行るわけ/おいしい精包/彼女がさせてくれるわけ/受精もタイミングが肝心/間男に掻き出される精子/貞操帯を作ってしまうオス/わが身を呈して浮気を防ぐ束縛男/フライルームの切り裂きジャック?/メスをたらし込む安っぽいセックスの道具/●第6章のポイント
第7章 性転換—セックスはそもそもあやふやである
 成り行き次第で性を変える魚/オスが不要になる場合/大感染!オスを殺す細菌/●第7章のポイント
終章 進化が「いいこと」なんて誰が言った?
 余ってる、ゆえに戦う/「あなた」が進化しない理由/小さなカメムシの大きな謎/想像しよう、セックスのない世界

 本書は長谷川英祐著『働かないアリに意義がある』に続く、メディアファクトリー新書「身につまされる生物学」のシリーズ第2弾である。
 ボクの「生態学的発見」(第3章「魅力的な太腿が弱点になる」)をトピックとして取り上げていただいていたという縁で、著者の宮竹さんから本書をお贈りいただいた。ちょっと前に読み終えていたが、読後感を書くのが遅くなってしまった。宮竹さんにお詫び申し上げる。
 宮竹さんとは学年で2つしか違わないが、学生時代にはお互い見ず知らずで、知り合ったのはボクが盛岡市にある東北農業試験場に勤務していた1991年のことで、その夏ボクは、ハリガネムシ(コメツキムシの幼虫)の研究について色々勉強させていただくために、沖縄県農業試験場のサトウキビ害虫研究室に3か月ほどお世話になっていたときのことである。そのとき、平日の終業後のことだったか、休日のことだったかよく覚えていないが、宮竹さんほか、沖縄県農業試験場のAさんや、琉球大学のI先生などと洋書の輪読をしていた。どんな本だったか題名は覚えていないが、温度の変化によって発現するタンパク質(Heat Shock Protein)のことが書かれていたことを記憶している。その後、1997年にボクが石垣島に転勤になってから、再びおつきあいいただき、宮竹さんが石垣島においでになったときには、一緒のアシブトヘリカメムシの観察に行ったりした(本書第3章「魅力的な太腿が弱点になる」参照)。
 さて、そろそろ本題に入る。
 1970年代の終わり頃から、日本にも社会生物学とか行動生態学とか呼ばれる学問が進出して、日本においても生物進化に関する研究が流行し始め、当時学生だったボクも、その渦の中に巻き込まれないわけにはいかなかった。性淘汰の考え方はダーウィンが提示したものだが、その後まずそれの説明として推計統計学の確立者であるR. A. Fisherによってランナウェイ説が唱えられたのを皮切りに、A. Zahaviによるハンディキャップ理論、Leigh M. Van Valenによる赤の女王仮説など、様々な説が提示された。
 本書は、それらによる性淘汰の結果と考えられている事例を、生物学を専門としてない人に対してもわかりやすく噛み砕いて(しばしばかなり俗っぽい表現も用いて)解説し、生物進化において、オスのメリットとメスのメリットの間にしばしば「対立」が存在し、ときには「騙し合い」があることなどを説明している。扱われている内容は「目次」を見ていただければだいたい理解できると思う。しかし、実にたくさんの事例が紹介されている!
 扱われている事柄の対象は、竹内久美子氏の著書と通じるところもあるが、竹内久美子氏の著書が理論をはみ出して拡大解釈されていることが多いのに対して、本書は理論をはみ出していないところが大きく異なるところである。
 本書は数多くの論文に基づいて書かれているのであるが、残念ながら参考文献の一覧は付けられていない。本書から原著にあたることはできないことが非常に残念であるが、本書は専門家向きではなく一般向きの著書であるため、仕方がないことかも知れない。できることなら、ネット上に参考文献の一覧を公開して欲しいものである。


(2012年2月14日追記)
ボクのリクエストに応え、著者の宮竹さんに引用文献のリストを公開していただきました。
引用文献リストはこちら(PDF)です。

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2011年11月19日 (土)

詰所(2011年11月19日)

 先日、とあるシンポジウムに参加するために京都に行った。この時期の京都は紅葉の季節になり、平日と言えども手頃な宿を確保するのが大変である。シンポジウムに出席する決断をするのが遅かったため、宿を予約しようとしたときには、定宿にしようと思っていた東本願寺の西側にある某ペンションはもちろんのこと、手頃な値段の宿をシンポジウムの会場の近くで見つけることは困難を極めていた。ネットで出てくるのは、2,000円ぐらいで相部屋のゲストハウスか、そうでなければ素泊まりで10,000円以上もする「高級な」ホテルばかりだった。ところがあるとき、再度ネットを検索していたら、素泊まり4,000円の「旅館」を見つけた。場所も東本願寺のすぐ東側で悪い場所ではないと思った。早速「○○トラベル」で予約した。
 さてここで当日のことである。夕方、京都に着いて、まず前もって土産を調達したあと、ゆっくりとその旅館に向かった。ゆっくり歩いても10分もかからないぐらいの場所だった。ちょっと古さを感じさせるが、他に選択肢がなかったので仕方がないと思った。ところが女将から、「団体さんの人数が増えて部屋がなくなりました。代わりの宿を紹介しますから、そちらに行ってもらえますか?」と言われた。場所は歩いて5分ぐらいの場所で、東本願寺のすぐ北とのこと。シンポジウムの会場から5分ぐらい遠くなるが、仕方がないと思って了承した。宿の名前は「東浅井郡詰所」とのこと。「ホテル」とも「旅館」とも「ペンション」ともいわない「詰所」とは何ぞや?「東浅井郡」とは滋賀県の東浅井郡のことか?
 しかし、「○○トラベル」で予約した宿に泊まれなくなるという事態は全くの想定外であった。
 「旅館」の女将から「詰所」に電話連絡してもらって部屋があることを確認してもらい、女将手書きの地図を受け取って「詰所」に向かった。もう日没を過ぎ、暗くなっていたが、場所はすぐにわかった。「御宿東浅井詰所」と書かれている電灯が灯っている看板が出ていたのだ。学生時代に合唱団でコンサートに使ったことのある「大谷ホール」のすぐ横であった。
 建物は予約していた旅館よりさらに古い、歴史を感じさせるようなものだった。もう記憶が定かではないが、小学校のとき修学旅行で泊まったような宿のような雰囲気であった。宿内の案内をしてもらったが、風呂は建物の中にあったが、便所は土間から外に出たところにあった。「大」の方は和式が3つの他に洋式が1つあり、それにはウォッシュレットがついているとのことであった。お茶とインスタントコーヒーはセルフサービスで勝手に飲んでも良いとのこと。電子レンジも備え付けられていた。炊事場や食堂もあったので、食事が必要な客があるときには使われているのかも知れないと思った。案内された部屋は、階段を上がってすぐ右にある部屋だった。畳の数を数えるのを忘れたが、細長かったので、9畳ぐらいだったように思う。部屋にあるのはテレビとエアコンだけ。もちろんインターネットは使えない。この日はたまたまZikadeさんが京都に来ていることが当日の朝にわかったので、一緒に食事をすることを約束していたので、荷物を部屋に置いて、待ち合わせの場所である四条烏丸に歩いて向かった。
 ボクもZikadeさんも「飲まない人」である。食事はボクが勝手に「天天有四条烏丸店」のラーメンと決めていたので、Zikadeさんにもつきあっていただいた。「天天有」の本店は一乗寺にあって、本当はそちらに行きたかったのだが、京都の街中からだと遠いので四条烏丸の支店で妥協した。
 「天天有」の一乗寺の店に行ったのは、はるか25年ぐらいも前の話なので、はっきりラーメンの味を覚えていない。濁ったスープであることだけははっきり覚えている。「天天有四条烏丸店」のラーメンは「天下一品」のラーメンと似ているドロドロのスープであった。昔はこんなにドロドロではなかったような気もする。「天下一品」のラーメンを毎日食べようという気にはならないが、ときどき食べたくなる味なので「天天有四条烏丸店」のラーメンは美味しく食べられた。
20111119blog1 ラーメン屋で長居はできないので、ラーメンを食べたあとは、すぐ近くのスターバックスコーヒーに行った。ボクはこれまで機会が無かったので、これが初スターバックスである。スターバックスのシステムは全く知らなかったので、セルフサービスだとは思わなかった。その割には値段が高めに設定されている。しかし、コーヒー1杯で何時間でも粘れるので、それを考慮すれば、セルフサービスにしてはやや高めの値段設定も納得できないものではない。結局ここでは2時間半以上ダベっていた。
 Zikadeさんと別れて宿に戻ったのが21:50頃。確認はしていなかったが、宿の門限は22:00であったので、危ないところだった。
 部屋に戻ったが、布団が敷かれているわけでもなかった。これもセルフサービスである。枕カバーもセルフサービス。帰るときには、シーツと枕カバーと浴衣を受付のところに持って行くようにとの指示が書かれていた。まるでツクバにあるどこかの宿泊施設のような感じである。まずは自分で布団を敷いてから入浴することにした。
 風呂に入ると湯船にはたっぷりとお湯が満たされ、文字通りお湯が溢れ出していた。お湯を沸かすのにお湯を循環させているのではなく、次々と注ぎ足しているような感じだった。湯船に入ったら、多量のお湯が溢れた。もったいないと思ったが仕方がない。ゆっくりお湯に入って、ぐっすり眠れるかと思ったが、あまり熟睡できることなく朝を迎えてしまった。
 自分でインスタントコーヒーを入れてそれを飲みながら新聞を読み、7時半ぐらいにはチェックアウトした。朝食は朝5時半から営業している「第一旭たかばし本店」でラーメンを食べる予定であった。
 宿を出るとき主人から「いつでも空いていますから、またおいでになってください」と言われた。この時期に他に泊まり客は1人か2人しかいなかった雰囲気だったから、「いつでも空いている」と言われると、ウソではないように思えた。
 宿泊料金は3,500円。滋賀県東浅井郡の在住者であれば3,000円である。東京には3,000円出せば、この程度のサービスでインターネットも使える宿があるので、京都の宿は全般的に高いのだろうと思った。
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 ところで「詰所」のことであるが、「広辞苑第六版」にはこの意味の「詰所」は掲載されていなかった。Wikipediaによれば、「大きな寺社の門前町には、各地方の詰所があり、その地方から参拝に来る人に低料金の宿泊施設を提供していた。京都東本願寺周辺には、富山県詰所・詰所飛騨・砺波詰所・東浅井詰所・伊香詰所などがある。今では、その地方在住者に限らず、外国人も含め誰もが気軽に泊まれる宿泊施設となっている。」と記されている。この日まで、このような「詰所」の存在を全く知らなかったので、良い経験になったと思う。
 他に宿がとれないときには仕方がないが、便所が外にあるので、冬は寒そうである。できれば、京都に泊まる用事があるときは、某ペンションに泊まりたいと思う。

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2011年11月13日 (日)

伊勢別街道を歩く(番外編)【江戸橋←→一身田高田本山専修寺】(2011年11月13日)

 天気もよく暑くもなく寒くもないので、午後から一身田高田本山専修寺の寺内町の祭りに出かけた。せっかくなので、伊勢別街道経由で歩いていった。我が家から江戸橋の伊勢街道との分岐点経由約40分で到着。一身田の寺内町の百五銀行の近くに天保8年(1837年)に建立されたという道標を見つけた。帰りは江戸橋に近くなったあたりで少し街道を外れて近道。
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2011年11月12日 (土)

いつものフィールドへ(2011年11月12日)

 今日は午後からいつものフィールドに出かけた。「いつものフィールド」とは言いながら、6月25日以来である。
 雨は昨日の夕方までに上がり、今日は朝から晴れて絶好の散策日和となった。しかし、キノコのシーズンもほとんど終わっており、収穫は少なかった。昆虫はクロコノマチョウが目についたぐらい。
20111112blog1フユイチゴが既に熟していた。

20111112blog2地面に突き出ていた謎の筒。ハチが作ったものか?

20111112blog3名前のわからないキノコ。その1。

20111112blog4名前のわからないキノコ。その2。

20111112blog5名前のわからないキノコ。その3。

20111112blog6ホコリタケの仲間?

20111112blog7キノコにへばり付いていた巨大なナメクジ。

20111112blog8季節外れの(?)スミレ。マスミレの仲間のように見える。

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2011年11月11日 (金)

日高敏隆著『ぼくの生物学講義 人間を知る手がかり』

日高敏隆著『ぼくの生物学講義 人間を知る手がかり』

昭和堂
ISBN978-4-8122-1043-7
1,800円+税
2010年10月30日発行
240 pp.

目次
第1講 動物はみんなヘン、人間はいちばんヘン
第2講 体毛の不思議
第3講 器官としてのおっぱい?
第4講 言語なくして人間はありえない?
第5講 ウグイスは「カー」と鳴くか?—遺伝プログラムと学習
第6講 遺伝子はエゴイスト?
第7講 社会とは何か?
第8講 種族はなぜ保たれるか?
第9講 「結婚」とは何か?
第10講 人間は集団好き?
第11講 なぜオスとメスがいるのか?
第12講 イマジネーションから理論が生まれる
第13講 イリュージョンで世界を見る
あとがき(今福道夫)

  2009年11月14日に亡くなった動物学者である日高敏隆先生の精華大学で行われた半年間の講義を文章にしたものである。もう1年も前に出版されたものだが、つい最近まで図書館に所蔵されているのに気づかなかった。気づいて早速借りてきて読んだ次第である。
 日高先生が書く本も面白いが、日高先生の語りも好きだ。日高先生が「ぼく」という一人称を使われることにも好感が持てる。ボクが京都大学農学部の学生だった頃、日高先生は理学部の教授だったので、一度だけだったと思うが、モグリで講義を聴きに行った記憶がある。要するに、ボクは日高先生のファンである。日高先生のファンでありながら理学部に進まなかったのは、ボクには理学部に入れるだけの学力がなかったからである。
 大変好運だったことに、ボクが石垣島に住んでいたとき、日高先生が石垣島においでになって(ボクに会いに来られたわけではない)、ボクと日高先生を含めて4人で食事をする機会があったが、その頃『動物と人間の世界認識 − イリュージョンなしに世界は見えない』という本を出版されており、しきりに「イリュージョン」について熱弁されていたことが思い出される。
 本書の「人間を知る手がかり」という副題のとおり、本書には「人間とはどういう動物か?」ということについて、様々な視点から語られている。これまでに日高先生が書かれた本をたくさん読んだが、本書における講義は、その集大成と言っても良いものだと思われた。
 生物学ではいろいろなことが研究されているが、本書の講義を読むと、つまるところ生物学の究極的な目的は「人間という生物はいかなる動物であるか?」ということを追求して明らかにすることであるように思えてきた。
 本書の講義はいつ行われたものかは書かれていないが、日高先生ご自身も、これが最後のメッセージであるということを自覚しておられたのではないかと思える。
 日高ファンにはもちろん、その他の生き物好きな人だけでなく、普通の人にも大変お勧めの本だと思う。

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2011年11月10日 (木)

タヌキとの関係を振り返ってみた(2011年11月10日)

 昨日書いたタヌキの轢死体のエントリーを読んだ方から「東京の街中にもタヌキがいる」という情報をいただいた。県庁所在地である津市が都会であるかどうかを別にしても、タヌキが都市部に進出しているのは事実なのかも知れないので、自分のタヌキとの関係を振り返ってみることにする。
 ボクは1959年に濃尾平野のド真ん中にある愛知県一宮市で生まれ、学校に上がる前の2年間を除き、高校を卒業するまで一宮市の市街地で過ごした。それまで近所で野生のタヌキを見た事はなかった。
 高校を卒業して京都に移り、最初の半年ちょっとを洛北の山の麓の岩倉で過ごし、あとの6年ちょっとを北白川の街中で過ごした。やはりその頃も、街中でタヌキを見た記憶はない。しかしその当時、京都大学理学部の日高敏隆先生の研究室に山本伊津子さんという大学院生がいて、タヌキの「溜め糞」の研究をしていたので、具体的な場所はわからないが、手頃な場所にタヌキが多数棲息していたことは確かだと思う。
 その後、就職して半年間は広島県福山市の蔵王山の南の麓で暮らしたが、そこでもタヌキを見た記憶はない。
 そのあと岩手県盛岡市の郊外にある東北農業試験場(現在、東北農業研究センター)の敷地内で7年半暮らしたが、ここでは何度か野生のタヌキを見た。そのときは、「さすが自然が豊かな場所だけある」と思ったものだ。ここでは、カモシカ、タヌキ、アナグマ、キツネ、ノウサギ、リスなど、クマとシカ以外の大型ほ乳類をほとんど見ることができた。
 さらにその後、福岡県久留米市の野菜・茶業研究所久留米支場(現在、九州沖縄農業研究センター久留米研究拠点)の敷地内で4年暮らした。ここは耳納連山を後ろに控えた高良山の麓に近い場所である。ここでは、ある日の朝、まだ小さかった長男が家から外を見て「ワンワンがいる!」と言うので、外を見てみたら、それはタヌキだった。敷地内を探したら「溜め糞場」も見つかったので、それなりの個体数のタヌキが棲息していたと思われる。この場所は、久留米大学御井学舎と隣接しており、それなりの面積の森になっているが、緑豊かな高良山からは隔離されている。
 さらにその後の7年間は石垣島で暮らしたが、ここにはタヌキは分布していない。
 その次に、現在暮らしている三重県津市に移ったのが2004年4月のことである。最初に住んでいて去年の年末まで暮らしていた場所は、偕楽霊園という墓地のすぐ南側で、津駅の西にある偕楽公園から繋がる比較的緑豊かな場所であったが、その界隈でタヌキを見たことはなかった。現在住んでいる場所は近鉄名古屋線の江戸橋駅の近くで、緑に乏しい場所である。ここから昨日タヌキの轢死体を見た小丹神社(おにのじんじゃ)の近くまでは約700mの道のりである。小丹神社の周辺は照葉樹林となっていて、それなりに自然が残っている場所であるが、その西側を県道10号津関線が通っていて、その西側の丘とは分断されているので、ある程度自然が残っているとは言え、孤立した場所である。
 というように、以上に書いたことが、ボクと街中のタヌキとの関係である。
 このように思い返してみると、久留米市に住んでいたときが、ボクとタヌキの距離が一番近かったように思える。それを思うと、完全な街中でタヌキを見ることはないが、ちょっとした森があればタヌキが棲息していてもおかしくない、と言うことができると思う。しかし、そうであれば、津に引っ越してきて最初に住んでいた界隈でタヌキを見てもおかしくないようにも思える。まあ、タヌキは棲息していたのだけれど、たまたま見ることができなかっただけなのかも知れない。
 以上に書いたように、ボクはあちこち引っ越しているので、同じ場所での経時的な変化を実感することはできていないのだが、大雑把な傾向として「タヌキが都会に進出しつつある」ということを事実として受け止めても良いような気がする。
 それが事実だと仮定すると、タヌキが都会に進出できるようになった理由が何かあるはずである。そこで思いついたのが野良犬である。ボクが子どもだった頃、家の近所に野良犬は普通に見られた。ところが、津市に引っ越してきてからは野良犬を見た記憶がない。石垣島にはたくさんの野良犬がいたが、その前の久留米市でもあまり野良犬を見たような記憶がない。野良犬がいなくなったことは保健所の努力の賜物だと思うが、その結果として野良犬が占めていた生態的ニッチが空白になったということが考えられる。タヌキは雑食性であり、体の大きさも一般的なイヌに近いので、餌などをめぐってタヌキとイヌの間で競合するという可能性が十分に考えられるような気がする。近年の研究では、「餌などの生存に必要な資源だけが競合している場合には競争的な排除は起こりにくい」ということが理論的に説明されているが、でも可能性として全く無いかと言えば、そうとも言えないような気もする。だから、タヌキは空白になったニッチに進出しつつある、と。
 具体的なデータを欠いている「単なるお話」だが、街中に野良犬がいなくなったことと、タヌキが都会に進出していることは、互いに無関係だとは思えない。こんなことは、もう既に誰かが研究しているかも知れないけれど。

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ヒメウラナミジャノメ(2011年11月10日)

 今日は昼頃までには曇ってしまったが、朝方はまだ薄日が射していた。出勤してまもなく、始業時刻(裁量労働制をとっているので、ボク自身には「始業時刻」という概念は当てはまらないのだが)の前に庭に調査に出たところ、ヒメウラナミジャノメが飛んでいるのが目についた。もう秋も深まってきたので、気温の低い朝に飛んでいたことも意外だと思ったが、この時期にまだヒメウラナミジャノメが飛んでいることそのものも意外に思えた。
 追いかけて行くと、陽の当たる場所で翅を広げ日光浴をしはじめたので写真に撮った。これを見るとまだ非常に新鮮な個体であることがわかる。羽化してからまだそれほど日数が経っていないのだろうと思われた。
 この界隈では、ヒメウラナミジャノメの成虫の1回目の発生は4月中下旬頃である。そのあとのことはよくわからないが、この時期に新鮮な成虫が見られるとすると、ひょっとしたら4回目ぐらいの発生のようにも思える。遅れて出てきた3回目の成虫なのかも知れないが。
 この時期には個体数も少ないので、交尾相手を捜すもの難しく思えるし、運が良く交尾相手を見つけられたとしても、生まれた卵が無事に孵化し、幼虫がうまく越冬できるかどうか(幼虫で越冬するのか蛹で越冬するのかよく知らないが)も怪しいところだと思う。
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2011年11月 9日 (水)

タヌキ受難の日(2011年11月9日)

 出勤するためにバイクを走らせていると、家を出てまだ数分しか経っていない頃、道に褐色の物体が落ちているのが見えた。直感的にイヌかネコの屍体だろうと思ったが、目の前まで行ってみるとそれはタヌキであった。様子から交通事故に疑いなかった。
 場所は津駅の西口から500〜600mぐらい北の方に行ったあたり。我が家からも700〜800mぐらいの場所である。こんな場所にタヌキが居るとわかったことがまず驚きであった。ほとんど市街地とも言える場所ではあるが、すぐ近くに小丹神社(おにのじんじゃ)の森もあるので、タヌキのような大型の動物が棲息できるのかも知れない。
 流れ出ている血は鮮やかな赤色であり、まだ事故に遭ってからそれほど時間が経っていないことが窺われた。狭い道で車の通行も多くなかったので、バイクを停めて写真を撮った。
20111109blog1 職場に行って今日一緒に野外調査に出かけるIさんにこのことを話したところ、Iさんも別の場所でタヌキの轢死体を見たとのこと。その話を聞いて、今はタヌキが徘徊する季節なのかと思った。
 さらにIさんと一緒に調査に向かう途中、庄田町あたりでまたタヌキの轢死体を見た。まさに今日はタヌキの受難日ではないかと思わないわけにはいかなかった。
 車で走っている人も、制限速度を守っていれば、さほど動物に衝突することもないだろうと思うのだが、実際はどうなのだろうか?

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2011年11月 6日 (日)

高橋敬一著『鉄道と生物・運命の出会い』

高橋敬一著『鉄道と生物・運命の出会い』

現代書館
ISBN978-4-7684-5667-5
1,800円+税
2011年10月15日発行
251 pp.

目次
はじめに
1. 列車と生物は似ている?/2. スピード/3. トイレ/4. 地下鉄/5. 新幹線/6. 鉄道と慣れ/7. 都会と鉄道/8. 鉄道における主体/9. 戦争と鉄道/10. 私たちが見ているもの/11. 女性専用車輛/12. たま駅長/13. 在来種/14. 線路が生物に与える影響/15. 切符/16. 乗り酔い/17. 中身と外見/18. 車の登場/19. エコ/20. 時刻表/21. 駅/22. タバコ/23. 忘れ物/24. 鉄道が運ぶもの/25. 車内環境/26. 照明/27. 駅弁/28. 蒸気機関車/29. ゴキブリとネズミ/30. 軌道幅/31. 郷愁/32. 理髪車/33. 鉄道ファン/34. 天候/35. 現在位置と目的地/36. 科学と科学技術/37. 名称/38. エコノミー症候群/39. 遵法闘争/40. 外国の鉄道事情
主な参考文献
あとがき

 著者である高橋敬一さんから本書が贈られたので、内容を紹介したいと思う。高橋さんには、「自然とはどんなものか」という視点から書かれた『「自然との共生」というウソ』(祥伝社新書, 2009)『昆虫にとってコンビニとは何か』(朝日選書, 2006)という著書のほか、高橋さんの石垣島での暮らしの中から書かれた『八重山列島昆虫記』(随想舎, 2001)や『八重山列島釣り日記』(随想舎, 2000)などのユーモアにあふれたもの、さらには『熱汗山脈』(随想舎, 1997)という、それまで誰も手を出していなかった亜熱帯である八重山諸島の山への登山の日記のようなものもある。
 本書は昭和32年生まれの小浜浩二さんという鉄道ファンと、その大学時代の野球部の後輩である昭和52年生まれの竹富安輝くんという分子生物学者の会話という形式で書かれており、「鉄道」を話題にしていることは確かなのであるが、この二人、とくに竹富くんの発言は、著者である高橋さんの『「自然との共生」というウソ』や『昆虫にとってコンビニとは何か』の著書での視点に通じるところがある。ちなみに、「小浜」も「竹富」も八重山諸島の島の名前であり、「浩二」と「安輝」は高橋さん(とボク)の石垣島勤務時代の同僚の下の名前を拝借したもので、いずれも架空の人物である。
 目次を読むと、鉄道と生物の関わりが語られているように思われる。確かにそのとおりなのであるが、実際に読んでみると、この登場人物の二人、とくに竹富くんの発言は物事の本質を突いたものが多く、そこには「自然とはどんなものであるか」さらには「人間とはどんな生物であるか」ということから始まり、「現状の社会システムにはどんな問題があるのか」などという問題に対して生物学的に考察した高橋さんの考え方が書かれている。表題の『鉄道と生物・運命の出会い』というのを見ると、一件軽そうな内容の本であるように思われるが、実は表面的ではなく、本質を追究していて奥の深さが感じられる。
 ここに、いくつか印象に残った文章を紹介したい。
 人間の思考傾向について竹富くんは、牧草として導入された植物種が牧場から逸脱して線路際に生えてしまうことによって雑草として人間が認識することについて、「つまりボクたちは主観でしか物事を見ることができないということです。自然保護活動家を自認する人には特にその傾向が強いですね。彼らには自分が好むものしか見えていないんです。」(p.107)と語っている。
 社会システムが複雑化することによって人間が忘れることが問題になることについて竹富くんは、「問題は忘れることにあるのではなく、複雑であるのに物忘れを許さない、つまりは人間が人間であることを許さないシステムをつくり出し、それが常に正常に働いて当たり前だとする前提のほうにあります。」(p.157)と語っている。
 そのほかにも、様々な日頃見逃されがちなことが書かれており、「人間とはどんな動物であるか」ということを再認識するには、非常に参考になる本である。
 少し気になることと言えば、ドーキンス流の遺伝子中心主義的な考え方が強すぎるということであろうか。

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2011年11月 4日 (金)

東海道を歩く【小古曽→市ノ瀬】(2011年11月4日)

 今日は代休だったので、10月8日に続き東海道を歩くことにした。10月8日は桑名宿の七里の渡しから四日市市小古曽まで歩いたので、今日はその続きである。さて何処まで歩けるか?
 江戸橋7:42発の近鉄急行に乗り近鉄四日市へ。そこでナローゲージの内部線に乗り換え。近鉄四日市では一旦改札を出てから内部線と八王子線の専用乗り場に行く。
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今日の出発点の近鉄内部(うつべ)駅前。
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杖衝坂(つえつきざか)。ちょっと坂がきつい。
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石薬師宿の入り口。
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佐佐木信綱の生家。佐佐木信綱が石薬師村の出身だとは今日まで知らなかった。
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石薬師宿の中。
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石薬師宿を抜けたところ。
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庄野宿の入り口。
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庄野宿本陣跡。
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中富田一里塚。
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亀山市和田町。このあたりでちょうどお昼。出発して間もなくの四日市市釆女にコンビニエンスストアがあったが、それからここまで、コンビニエンスストアも食堂も全くなかった。食堂の情報も入手しておく方が良かったと思うが仕方がない。
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国道1号線と関西本線を跨ぐ歩道橋を渡ったところに食堂らしきものが見えたので行ってみると、思った通り食堂であった。ここで昼食休憩。食堂は満員でしばらく待たされた。
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「卵とじうどん」500円なり。定食物もあり、ボリュームもあって安かったが、食べ過ぎると歩けなくなると思ったのでこれを食べた。
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亀山市内「東海道」と「巡見道」の分岐点。「巡見道」は国道306号線である。
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亀山宿の入り口。
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亀山宿の中。亀山宿の中に入ると飲食店はたくさんあるので全く困らない。ちょっと頑張って亀山宿まで歩いてから昼食をとっても良かったかもしれない。
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亀山宿の出口付近。
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野村一里塚。
20111104blog18このあとしばらく鈴鹿川に沿った道を歩くが、日陰がなくてちょっと辛い。

亀山宿と関宿の間。ここで国道1号線と交差する。
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関宿の入り口。
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関宿東の追分。10月9日に歩いた伊勢別街道との分岐点である。
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関宿伊藤本陣跡。
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「関の戸」のお店。「関の戸」は上品で美味しいお菓子である。
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関宿地蔵院。
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関宿西の追分の休憩所。トイレもある。関宿西の追分で大和街道が分岐する。
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さらにしばらく歩いて市ノ瀬の西願寺。
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この時点で時刻は16:10。今日はここで終わりにする。国道1号線の起点から426.2km地点。
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この先に坂下宿がある。
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 ここから関宿西の追分まで東海道を戻り、そこからは東海道を外れて国道1号線を歩いて関駅へ。関駅に着いたのは16:50頃。亀山行きの列車は17:30までなかったので、付近を散策したり、ホームのベンチで本を読んだり。
 列車に乗れば、亀山駅まで7分ほど。亀山駅で17:59発の新宮行きの列車に乗り換えると、津駅には18:19着。ここで近鉄に乗り換えて江戸橋まで行こうかと思ったのだが、18:31まで列車がないことがわかったので、これなら津駅から歩いて帰っても2〜3分しか違わないと判断して津駅から歩いて帰ることにした。
 これがちょっとした間違いで、帰り道で段差があるところに気づかずに足を踏み外して転倒してしまい、左の膝と両手の掌にかすり傷を負ってしまった。暗かったこともあるが、やはり疲れていたのが原因だと思う。
 ということで、最後に若干のトラブルはあったが、まあ何とか大した事故もなく18:35頃帰宅した。
 足の疲れはそれほどでもなく、明日も歩けそうである。しかし、鈴鹿峠から先の東海道の地図を入手していないので、東海道を歩くわけにはいかない。安息日にするのも悪くないかも知れない。

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2011年11月 3日 (木)

野菜茶業研究所・一般公開(2011年11月3日)

 今日は毎年恒例の職場の一般公開であった。
 各研究グループの日頃の研究成果などが紹介紹介されており、ボクも調査に使用しているトラップの現物を展示し、その解説のため準備してあったパネルを掲示した。
 とは言え、ボクは技術相談の担当で、おもに来所者の技術的な質問に答える役を担当していた。担当分野は害虫である。どんな質問が来るかわからないので、どうなるかと思ったが、まあ大体の質問には答えられたように思う。ただし、はっきしりた原因がわからないのに、ある思い込みを持って質問してくる人には対処に困った。原因が断定できないのに、自分で原因を決めつけ、その対処法を求められても、それはやはり困るのである。
 晴れてはいなかったが天気もまあまあで、来所者の数は例年より多かったようである。ちょっと前にfacebookを通して再び繋がった高校時代の同級生のTKさんも来てくれ、各展示ブースで熱心に質問をされており、最後には「面白かったです」と言って帰っていただくことができた。
 しかし、普段と違うことをしていたので、少々疲れた。
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2011年11月 2日 (水)

無農薬のニンジン畑はキアゲハの幼虫で丸坊主(2011年11月2日)

 今日は野外調査だったが、睡眠不足でちょっと辛かった。
 最初の調査地にはニンジンも植えられていた。ここは有機栽培で無農薬である。前々からキアゲハの幼虫がついているのは知っていたが、今日見てみたところ、大きく育ったニンジンの葉が丸坊主にされているのに気づいた。
 キアゲハは今時の農薬を使う普通の栽培では問題になる害虫ではないが、さすがに無農薬では大発生してしまうことがあるということを再認識させられた。
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「ら抜き言葉」(2011年11月2日)

 夜中に蚊に刺されて目が覚めたら眠れなくなってしまった。困ったことである。仕方がないので、こんなことを夜中に書いている。

 ところで、11月1日付け中日新聞夕刊の「読者の森」の欄の「自著を語る」に『「ら抜き言葉」の果ては?』という表題で、『知らなかった!日本語の歴史』という本の著者の浅川哲也氏(首都大学東京准教授)の主張が書かれていた。
 ここでは、「ら抜き言葉」は現代日本語の乱れであり、「誤用」であるとはっきり述べられている。しかしボクは、そこに東京の言葉しか見ていない東京原理主義的な驕りを感じた。
 ボクが生まれ育った尾張地方の言葉は「ら抜き言葉」であるし、今住んでいる伊勢地方の言葉も「ら抜き言葉」である。例えば「食べることができない」は尾張であれば「食べれーせん」であるし、伊勢では「食べれやん」である。
 そのように、まず「ら抜き言葉」が現代日本語の乱れと捉えることがおかしい。「ら抜き言葉」は地方の言葉として昔から存在していたのである。おそらく他の方言にも「ら抜き言葉」はたくさん存在しているであろう。
 つぎに何故「ら抜き言葉」が広まっているのかということを考えることも大切だと思う。「ら抜き言葉」が広がるにはそれなりの長所があるからに決まっているではないか。そこのところの考察を抜きにして「ら抜き言葉」が「誤用」であると断定する浅川氏は、学者として資質を欠くのではないか?
 まず、「食べられない」では「可能」なのか「尊敬」なのか「受け身」なのか文脈から区別するしかないではないか。「来られない」でも同様である。そこを「食べれる」とか「来れる」にすれば、文脈を見なくても「可能」であることが簡単に分かる。その点で、「ら抜き言葉」はより論理的に表現できるという長所がある。ボクは論理的な文章を書くことが仕事であるから、間違っても「食べられない」とは書かない。そういう場合には「食べることができない」と書く。
 「ら抜き言葉」は文法的に間違っているという主張なのかも知れないが、文法というのは「そもそも文法ありき」ではなく、その時代に使われていた言葉の使用法の法則を説明したものが「文法」ではないのか?
 以上のように、素人であるボクが考えただけでも、浅川氏の主張が論理性に欠いているということを指摘できる。
 浅川氏の著書を読んだわけではないが、「日本語の歴史」とは言っても、日本各地の言葉を拾い上げたのではなく、その時代に権力を持っていた人が暮らしていた地方の言葉の変遷を取り上げただけではないかと想像する。
 地方を無視する浅川氏は視野が狭すぎる。


【2011年11月5日追記】
ネットにも記事がでていました。リンクを張っておきます。
http://www.tokyo-np.co.jp/book/jicho/jicho20111101.html

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2011年11月 1日 (火)

職場の一般公開の準備(2011年11月1日)

 明後日11月3日はボクの職場の一般公開である。車がなければ大変不便な場所ですけど、お時間のある方はぜひお越し下さい。
 そんなわけで、準備も大詰めに差し掛かっている。去年は別件の用事が入ったので、ボクは一般公開の当日は参加しなかったが、害虫の発生予察に使用するためのフェロモントラップの現物だけは準備しておいた。しかし、解説も何もなかったので対応に困った、という担当者からの声を聞いた。
 今年もフェロモントラップの現物を展示する予定なので、今日はその解説を書いたパネルを急いで作成した。するとKさんが「良い物がありますよ」と言うので何かと思ったら、それはファーブルと「ファーブル昆虫記」に因んだ昆虫のフィギュアだったのである。ちょうどうまいことに、性フェロモンの存在を示す実験に使われたオオクジャクヤママユのフィギュアもあった。早速それを撮影し、パネルの解説の中に写真を入れた。
 8点ほどのセットをヤフーオークションで800円で入手したとのこと。Kさんは昆虫を集める趣味は持たないが、昆虫関連の物を集める趣味を持っているようである。職場では何年も一緒の部屋にいるのに、これまで知らなかった。
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