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2011年11月19日 (土)

詰所(2011年11月19日)

 先日、とあるシンポジウムに参加するために京都に行った。この時期の京都は紅葉の季節になり、平日と言えども手頃な宿を確保するのが大変である。シンポジウムに出席する決断をするのが遅かったため、宿を予約しようとしたときには、定宿にしようと思っていた東本願寺の西側にある某ペンションはもちろんのこと、手頃な値段の宿をシンポジウムの会場の近くで見つけることは困難を極めていた。ネットで出てくるのは、2,000円ぐらいで相部屋のゲストハウスか、そうでなければ素泊まりで10,000円以上もする「高級な」ホテルばかりだった。ところがあるとき、再度ネットを検索していたら、素泊まり4,000円の「旅館」を見つけた。場所も東本願寺のすぐ東側で悪い場所ではないと思った。早速「○○トラベル」で予約した。
 さてここで当日のことである。夕方、京都に着いて、まず前もって土産を調達したあと、ゆっくりとその旅館に向かった。ゆっくり歩いても10分もかからないぐらいの場所だった。ちょっと古さを感じさせるが、他に選択肢がなかったので仕方がないと思った。ところが女将から、「団体さんの人数が増えて部屋がなくなりました。代わりの宿を紹介しますから、そちらに行ってもらえますか?」と言われた。場所は歩いて5分ぐらいの場所で、東本願寺のすぐ北とのこと。シンポジウムの会場から5分ぐらい遠くなるが、仕方がないと思って了承した。宿の名前は「東浅井郡詰所」とのこと。「ホテル」とも「旅館」とも「ペンション」ともいわない「詰所」とは何ぞや?「東浅井郡」とは滋賀県の東浅井郡のことか?
 しかし、「○○トラベル」で予約した宿に泊まれなくなるという事態は全くの想定外であった。
 「旅館」の女将から「詰所」に電話連絡してもらって部屋があることを確認してもらい、女将手書きの地図を受け取って「詰所」に向かった。もう日没を過ぎ、暗くなっていたが、場所はすぐにわかった。「御宿東浅井詰所」と書かれている電灯が灯っている看板が出ていたのだ。学生時代に合唱団でコンサートに使ったことのある「大谷ホール」のすぐ横であった。
 建物は予約していた旅館よりさらに古い、歴史を感じさせるようなものだった。もう記憶が定かではないが、小学校のとき修学旅行で泊まったような宿のような雰囲気であった。宿内の案内をしてもらったが、風呂は建物の中にあったが、便所は土間から外に出たところにあった。「大」の方は和式が3つの他に洋式が1つあり、それにはウォッシュレットがついているとのことであった。お茶とインスタントコーヒーはセルフサービスで勝手に飲んでも良いとのこと。電子レンジも備え付けられていた。炊事場や食堂もあったので、食事が必要な客があるときには使われているのかも知れないと思った。案内された部屋は、階段を上がってすぐ右にある部屋だった。畳の数を数えるのを忘れたが、細長かったので、9畳ぐらいだったように思う。部屋にあるのはテレビとエアコンだけ。もちろんインターネットは使えない。この日はたまたまZikadeさんが京都に来ていることが当日の朝にわかったので、一緒に食事をすることを約束していたので、荷物を部屋に置いて、待ち合わせの場所である四条烏丸に歩いて向かった。
 ボクもZikadeさんも「飲まない人」である。食事はボクが勝手に「天天有四条烏丸店」のラーメンと決めていたので、Zikadeさんにもつきあっていただいた。「天天有」の本店は一乗寺にあって、本当はそちらに行きたかったのだが、京都の街中からだと遠いので四条烏丸の支店で妥協した。
 「天天有」の一乗寺の店に行ったのは、はるか25年ぐらいも前の話なので、はっきりラーメンの味を覚えていない。濁ったスープであることだけははっきり覚えている。「天天有四条烏丸店」のラーメンは「天下一品」のラーメンと似ているドロドロのスープであった。昔はこんなにドロドロではなかったような気もする。「天下一品」のラーメンを毎日食べようという気にはならないが、ときどき食べたくなる味なので「天天有四条烏丸店」のラーメンは美味しく食べられた。
20111119blog1 ラーメン屋で長居はできないので、ラーメンを食べたあとは、すぐ近くのスターバックスコーヒーに行った。ボクはこれまで機会が無かったので、これが初スターバックスである。スターバックスのシステムは全く知らなかったので、セルフサービスだとは思わなかった。その割には値段が高めに設定されている。しかし、コーヒー1杯で何時間でも粘れるので、それを考慮すれば、セルフサービスにしてはやや高めの値段設定も納得できないものではない。結局ここでは2時間半以上ダベっていた。
 Zikadeさんと別れて宿に戻ったのが21:50頃。確認はしていなかったが、宿の門限は22:00であったので、危ないところだった。
 部屋に戻ったが、布団が敷かれているわけでもなかった。これもセルフサービスである。枕カバーもセルフサービス。帰るときには、シーツと枕カバーと浴衣を受付のところに持って行くようにとの指示が書かれていた。まるでツクバにあるどこかの宿泊施設のような感じである。まずは自分で布団を敷いてから入浴することにした。
 風呂に入ると湯船にはたっぷりとお湯が満たされ、文字通りお湯が溢れ出していた。お湯を沸かすのにお湯を循環させているのではなく、次々と注ぎ足しているような感じだった。湯船に入ったら、多量のお湯が溢れた。もったいないと思ったが仕方がない。ゆっくりお湯に入って、ぐっすり眠れるかと思ったが、あまり熟睡できることなく朝を迎えてしまった。
 自分でインスタントコーヒーを入れてそれを飲みながら新聞を読み、7時半ぐらいにはチェックアウトした。朝食は朝5時半から営業している「第一旭たかばし本店」でラーメンを食べる予定であった。
 宿を出るとき主人から「いつでも空いていますから、またおいでになってください」と言われた。この時期に他に泊まり客は1人か2人しかいなかった雰囲気だったから、「いつでも空いている」と言われると、ウソではないように思えた。
 宿泊料金は3,500円。滋賀県東浅井郡の在住者であれば3,000円である。東京には3,000円出せば、この程度のサービスでインターネットも使える宿があるので、京都の宿は全般的に高いのだろうと思った。
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 ところで「詰所」のことであるが、「広辞苑第六版」にはこの意味の「詰所」は掲載されていなかった。Wikipediaによれば、「大きな寺社の門前町には、各地方の詰所があり、その地方から参拝に来る人に低料金の宿泊施設を提供していた。京都東本願寺周辺には、富山県詰所・詰所飛騨・砺波詰所・東浅井詰所・伊香詰所などがある。今では、その地方在住者に限らず、外国人も含め誰もが気軽に泊まれる宿泊施設となっている。」と記されている。この日まで、このような「詰所」の存在を全く知らなかったので、良い経験になったと思う。
 他に宿がとれないときには仕方がないが、便所が外にあるので、冬は寒そうである。できれば、京都に泊まる用事があるときは、某ペンションに泊まりたいと思う。

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コメント

詰所には昔はそのような意味があったのですね。今は宿坊といいますが、同じでしょうか。今の詰所は単なる連絡窓口あるいは受付みたいな感じで使われますよね。ナースステーションも昔は詰所と言っていました。話は変わりますが、今頃プロフィールを拝見して気づいたのですが落語がお好きなんですね。小生は小学生高学年のころから中~高と落語に囲まれて育ちましたので、今でもちょいちょい聞きに行きます。米朝、小分枝、仁鶴なんかが一番油が載っていた時代によく聞きました。米朝は群を抜いていました。三枝は入門当初から聞いていました。深夜番組にずっと出ていましたから学生の深夜勉強??!の友でした。関西のテレビでは落語や漫才ばっかりやっていました。小米時代の枝雀もめちゃくちゃ面白かったです。米朝はCDで全集を持っています。米朝は6年ほど前に生を聞いて以来高座には上がらなくなってしまいました。天狗裁きが最後のお題でした。その前の年は百年目でした。

投稿: Harpalini | 2011年11月21日 (月) 15時12分

Halpaliniさん、コメントありがとうございます。
 さらに検索してみたら、こちらのサイトに東本願寺周辺の「詰所」について書かれていました。
http://homepage1.nifty.com/tomokos/fkyoto2/tsumesho.htm
 落語は昔からほどほどに好きで、盛岡に住んでいた頃には枝雀師匠の落語会に2回行ったことがあります。ある程度はまったきっかけは、石垣島に住んでいた頃に、飛行機の中で聴いた雀松師匠の「マキシム・ド・ゼンザイ」でした。こちら三重に引っ越してからは、ナマで落語を聴く機会も増えました。

投稿: Ohrwurm | 2011年11月23日 (水) 21時42分

詰所は奥深い由来があったのですね。うちは真宗なので、こんど法事の時にご縁さん聞いてみようと思います。

投稿: Harpalini | 2011年11月24日 (木) 06時19分

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