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2011年10月

2011年10月27日 (木)

木枯らし(2011年10月26日)

 昨日はやや雲があったものの、晴れていた。しかし、風が強く、職場の前の並木のケヤキの葉が落ちて風に舞っていた。まさに木枯らしの風情。
 昨日はあちこちで「木枯らし1号」が観測されたらしい。

 今朝の津地方気象台の最低気温は10.0℃。風も止んだので、そこそこ冷え込んだ感じだ。

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2011年10月26日 (水)

北杜夫さんご逝去(2011年10月26日)

 作家の北杜夫さんが2011年10月24日にお亡くなりになった。1927年5月1日生まれだから84歳。ボクの父より2歳年上である。最近は体の自由が利かなくなってきたという話は聞いていたので、新しい作品が生まれることはもう無いのではないかと覚悟はしていた。
 北杜夫さんは、ボクが好きな作家の一人である。と言うか、ボク自身文学自体にほとんど縁がないので、ボクが作品を読んだことがある数少ない作家のなかの一人である。
 初めて北杜夫さんの作品を読んだのは、ボクが中学生のときの「どくとるマンボウ昆虫記」である。それまでのボクは、本と言えば、学校の教科書を除けば昆虫図鑑か自然科学系の百科事典しか開いたことがなかったので、初めて文学に接したのが北杜夫さんの作品だと言っても良い。「どくとるマンボウ昆虫記」を読んだのも、学校の夏休みの宿題で読書感想文を書かなければいけなかったので、仕方なく読んだというのが実態である。
 しかし、これをきっかけにして「どくとるマンボウ航海記」など「マンボウもの」を手始めに色々と北杜夫さんの作品を読むようになった。そして高校生のときのことである。短編集「夜と霧の隅で」の中に収録されている「谿間にて」を読んで、ゾクゾクするような興奮を感じた。虫好きのボクにとって、滅茶苦茶リアリティの高い作品で、それ以降に読んだ文学作品の中で、これ以上の興奮を感じたものはない。
 比較的最近になって(5〜6年前のことだったと記憶している)、古本屋に並んでいる箱入りの「白きたおやかな峰」を何となく買って読み始めた。これは、北杜夫さんがカラコルムのディラン峰の登山隊に医師として参加したことを取材源として書かれたものであるが、これもリアリティに溢れゾクゾクさせられた作品だった。
 今年の日本昆虫学会の大会は、北杜夫さんが旧制高校時代を過ごした信州大学の松本キャンパスで開催され、会場の一角では「どくとるマンボウ昆虫展」が開催されていた。そこには、さまざまな作品についての解説ばかりでなく、北杜夫さんが旧制松本高校の学生だった頃に上高地や疎開先の山形で採集した昆虫が展示されていた。北杜夫さんはコガネムシが好きだということだが、採集されていたのはコガネムシだけでなく、ありとあらゆる分類群にわたる昆虫であった。その会場では北杜夫さんのサイン入りの「どくとるマンボウ昆虫記」の文庫本が販売されていたので、迷うこと無く買い求め、あらためて「どくとるマンボウ昆虫記」を読み直してみた。ほとんど40年ぶりぐらいに読んだ「どくとるマンボウ昆虫記」であったが、北杜夫さんが様々な分類群の昆虫についての知識を持っていたことにあらためて感心させられ、また文章の巧さ(プロの作家なのだから当たり前かも知れないが)にも感心させられた。
 これに刺激され、昆虫学会から帰ってきてから、図書館から北杜夫さんの本を何冊か借りてきて読んだが、どれも楽しかった。
 晩年は北杜夫さんの父である斎藤茂吉についての評伝もまとめられていたようであるが、ボクには斎藤茂吉の偉大さがわからないので、これについてはよくわからない。
 まだまだ長生きされれば、もっと面白い作品が生まれたかも知れないが、北杜夫さんは純文学からユーモア小説やエッセイまで、幅広いジャンルで十分たくさんの作品を遺されたと思う。安らかに眠っていただきたいと思う。合掌。

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2011年10月20日 (木)

家に侵入してきたアシナガバチ(2011年10月20日)

 妻が「何か虫が居るから来て!」と言うので2階に上がっていくと、そこに居たのはアシナガバチであった。触角の形態を見ると、どう見てもオスなので、手で掴んでも刺されないはずである。そうだとは頭の中ではわかっているのだが、手で掴むのがためらわれ、ピンセットを持ってきてつまんでみた。そうすると、腹部で刺すような行動をするのである。そのままビニル袋の中に入れてよく見てみても、腹端に見えるのは刺す針ではなく、オスの交尾器である。そうだとわかっていても、やはり手で掴もうという気にはならない。
20111020blog1 わが家にはきちんと同定できる図鑑がないので自信はないのであるが、キアシナガバチではないかと思う。
 オスは越冬しないはずなので、なぜ家の中に侵入してきたのかは不明である。

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クツワムシがまだ鳴いていた(2011年10月20日)

 ボクの頭の中ではクツワムシは夏の後半ぐらいの虫である。
 今日の職場からの帰り道、安濃川の橋の信号に引っかかったら、河原からクツワムシの鳴き声が聞こえてきた。既に陽は落ちて空は真っ暗だが、気温が高めのように思える。だから鳴けたのかも知れないが、もう10月も半ばを過ぎている。けっこう遅い季節まで生き残っているものだと思わされた。
 振り返ってみると、去年は10月10日のまだ陽が沈む前に鳴き声を聞いていた。去年の記録より10日更新である。

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2011年10月19日 (水)

まだツクツクボウシが鳴いていた(2011年10月19日)

 今日も恒例の野外調査だった。晴れていて風もなく、日向にいると暑さを感じるぐらいだった。
 最初の調査地で調査を終えようとしていたとき、遠くの方からツクツクボウシの鳴き声が聞こえてきた。まだ鳴いていたんだなぁ、と感慨深かった。さすがに来週は無理だろうなぁ。
 先週はたくさんいたフクラスズメの幼虫も激減していた。カラムシの葉を食い尽くして分散してしまったのか、それとも蛹になるために土に潜ったか、本当のことはわからないけれど。

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2011年10月18日 (火)

酒井聡樹著『植物のかたち その適応的意義を探る』

酒井聡樹著『植物のかたち その適応的異議を探る』

京都大学学術出版会
生態学ライブラリー19
ISBN4-87698-319-4
2,300円+税
2002年5月25日発行
259 pp.

目次
はじめに
第一章 稚樹の形の研究をやろう
 生物学に決める/植物生態学と系統進化学の中間的な研究を志す/目的もなく、カエデの枝の長さを測る/東大大学院の入試/大学院での研究テーマを考える
第二章 仮説を描くまでの日々
 カエデ科の比較生態学をやろう/日光植物園/研究とは/私なりの研究目的/フィールド歩き/クリッチフィールドさんの論文との出会い/冬芽を解剖してみる/葉の展開の様子を定期的に観察する/研究室セミナー/ウリハダカエデのひらめき/仮説
第三章 カエデ科の稚樹における、分枝伸長様式の適応進化
 その年に着ける葉の数は前年の内に決まっているのか/稚樹の移植実験/初めての学会発表/分枝伸長様式に三型あり/冬芽の開芽率/葉の大きさと節間長の変化/主軸の伸長量/移植実験の結果/三型の適応戦略/どういう大きさの林冠ギャップで世代更新しているのか
第四章 論文を書く
 修士論文の構想を練る/修士論文執筆/修士論文発表会/修士論文と投稿論文/論文が科学雑誌に掲載されるまでの道筋/論文執筆開始/緒言では何を書くべきか/論文投稿/論文が返ってこない/論文改訂/論文が通った!/論文を終えて
第五章 数理モデルへの道
 博士課程修了/一般性の高い研究がしたい/イチリンソウ属/個体を掘り取る/トレードオフ/乾燥重量を計る/自然淘汰による進化と最適戦略/数理生態学/大間違いの数理モデルを作る/釧路での生態学会
第六章 草の形の多様性の進化に関する理論的解析
 ゲーム理論/進化的に安定な戦略/ギブニッシュさんの論文を読む/茎と葉柄は違う!?コンピュータシミュレーション/研究室の城の中で/解析的な数理モデル/求めるべき条件は何だ?/最後の大間違い/生物学における四つの問い/進化生態学における数理モデルの役割/草の形の多様性の進化−私が作った数理モデル
おわりに
読書案内
引用文献
索引

 「これ論」で有名な酒井聡樹さんが今より若かった頃に書いた本である。
 「植物のかたち」という表題から、教科書的な内容であることを予想したが、それは大ハズレであった。この本には、酒井さんのこれまでの研究遍歴の中で考えてきたことが書かれている。
 結果だけ書かれた教科書的な本は読んでいても面白くないが、研究の過程で、どのようにモノ見てどのように考えたか、ということが書かれていると読んでいてワクワクするし、また、いわゆる「成功者」である酒井さんでも、これまでの研究生活の中では、いろいろな失敗もしていることが書かれていると、安心もさせられる。
 書かれている内容は、目次を読めばだいたい見当がつくと思うので、あえて書く必要もないと思うが、とにかく読んでいて面白い本であった。オススメ。

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秋の深まりを感じる(2011年10月18日)

 今日は代休だったが、処理しなければいけない仕事もあったので、午前中だけ出勤した。
 職場の庭ではサザンカが咲き始めていた。サザンカの花を見ると秋の深まりを感じる。サザンカにはスズメバチが何頭も来ていたし、オオハナアブはたくさんいた。コアオハナムグリも何頭かいた。
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 あれだけたくさん居たヒメジュウジナガカメムシもほとんど居なくなってしまった。何処へ行ったのやら。今日見つけたのは、わずかな成虫と5齢幼虫のみ。本当にわけがわからない虫である。
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2011年10月17日 (月)

個体群生態学会第27回大会@岡山大学・印象記(2011年10月14日〜16日)

 個体群生態学会の大会というかシンポジウムに参加するのは、1997年10月に沖縄県知念村(当時)のホテルサンライズ知念で開催されたシンポジウム以来だから14年ぶりである。こちらにその時の写真が掲載されているが、みんな若いので時が経ったことを嫌でも感じさせられる。どうでも良い話であるが、その年はボクが石垣島に赴任した年で、まだ出張慣れしておらず、飛行機に乗ったあとでパンツを持ってくるのを忘れたのに気付き、那覇に着いてから牧志の商店街に行ってトランクスを2枚買ってから開南のバス停から38番の東陽バスに乗ったことが思い出される。その14年前のトランクスは去年ぐらいまで長期にわたって使っていたが、そんなに長く使っていられた理由は、普段はトランクスを履かずブリーフを履いていたからである。
 個体群生態学会は、もともとは害虫の防除や水産資源の管理などの応用分野に大きく関係する個体群動態や分布様式の解析などがテーマの中心だったが、社会生物学とか進化生態学と呼ばれる分野が日本に押し寄せてきた1970年代の終わり頃から、それらの新しい分野の研究が中心的になってきた。そのため、応用分野に身を置くボクとしては、個体群生態学会の大会あるいはシンポジウムに出席しようという動機が薄くなっていた。ところが今回の大会は、応用分野のシンポジウムがいくつも組まれていたので、久しぶりに出席してみようという気になった。
 1日目と3日目は2〜3つのシンポジウムが同時並行して開催されていたので、どちらに出ようか迷うものもあった。2日目は本大会のメインのシンポジウムであり、参加者は半ば強制的に出席させられた。シンポジウムの他には、自由応募によるポスター発表が2日目と3日目に開催されていた。
 1日目のシンポジウムは大学の授業が終わってからの18:00からの開始であった。ボクは「ここまでわかった昆虫の長距離移動」のシンポジウムに出た。4名からそれぞれ、イネウンカ類、ハスモンヨトウ、ナモグリバエ、コガタアカイエカの長距離移動についての話題提供があった。イネウンカ類については、かなり良い精度で海外からの長距離移動の予測が可能になっている。ハスモンヨトウについても、かなり海外から来ていることは間違いないし、コガタアカイエカについても、遺伝子型をみる限り海外からたびたび飛来があることは確かだと思える。よくわからないのがナモグリバエである。ここ三重県辺りでは冬場しか見られないが、北海道では越冬できずに夏場に見られる。どのように移動しているのか、まだはっきり言えない状態である。
 2日目は朝から夕方まで、2人の日本人に加え、外国人の演者4名を招いて社会性の進化に関する最近の研究の紹介であった。これは、通訳無しの英語で行われた上に、普段馴染みの無い社会性に関する話題が中心だったので、テクニカルタームがわからず、何が語られているのかさっぱりわからない、非常に情けない状態だった。日本語で話されていてもわからなかった可能性もある。
 そのあとは総会と奨励賞の受賞記念講演が行われた。受賞記念講演は内海俊介氏による「時々刻々と変化する植物から昆虫の多様性に迫る」という演題で、ヤナギをモデルにしてそこに棲息する昆虫の多様性の違いが紹介された。あたりまえと言えばあたりまえのような話ではあったが、自然生態系の中で起こっていることを体系立てて説明することはやっかいなことなので、奨励賞に値する良い研究内容だったと思う。
 このあと懇親会があったが、既に書いたように、出席しなかった。
 最終日3日目は午前中に1コマ、午後に2コマのシンポジウムが組まれていた。
 午前中は「外来生物の侵入と拡大−植物保護の最前線−」に出た。外来生物はしばしば多量に繁殖して問題を起こすことがあるが、そのようなことに関わる話題として、輸入検疫からみて警戒すべき害虫、チャトゲコナジラミ、既存の天敵が効かないミツユビナミハダニ、外来雑草、計4題が紹介された。雑草の話を聞く機会は少なかったが、植物検疫という関門がある病害虫と違い、検疫フリーで入ってきてしまう雑草の問題は厄介な問題だと思った。
 午後の1コマ目は「寄生生物の進化と多様性〜楽しい強制から怖い感染症まで〜」に出た。テレビなどでも引っ張りだこの五箇公一氏がオーガナイザーである。五箇氏が趣旨説明をしたわけだが、氏の話し振りは人を惹き付けるものがあり面白い。そのあと5題の話題提供。寄生−被寄生の関係を持たない生物はほとんどないと思われるが、様々な寄生あるいは共生関係が紹介され、寄生−被寄生関係の面白さがあらためて感じさせられた。
 最後の午後の2コマ目は「農業生態系における個体群生態学」に出た。奥圭子氏の趣旨説明のあと、4題の話題提供があった。金子修治氏のカンキツ園におけるニホンアブラバチの個体群に関する話は、様々な生態的な関係のしっかりしたデータが取られており、充実した内容だと思った。上野高敏氏は現在ボクも関わっている農耕地の生態系の生物多様性の指標から農法を評価しようというプロジェクトの紹介のような話であったが、話のまとめかたや話し振りが非常にうまく、あらためて自分が何をやってるのかを再確認させられるような思いであった。最後に中筋房夫先生のコメントがあったが、このエントリーの最初の方に書いた、個体群生態学会の歴史について触れられ、今でも個体群生態学は農業害虫研究にとって重要である、と締めくくられた。
 時間が前後するが、ポスター発表について。ボクは石垣島に住んでいたときのホシカメムシの研究以来、配偶干渉について興味をもっていたが、そのときいろいろと教えていただいた西田隆義氏がご自身や学生さんとの共同研究のポスターを発表されており、在来タンポポと外来タンポポの分布が配偶干渉で説明できるということで、大変面白いと感じた。最優秀ポスター賞を獲得したのも配偶干渉に関したもので、京極大助氏と西田隆義氏の共同研究の「マメゾウムシにおいて種間交尾がアリー効果を引き起こす」であった。
 今回の大会は200名弱の参加者だったと思うが、規模が大きすぎず小さすぎずというところで、なかなか良かったと思うし、内容的にもボクには有意義なものだったと感じられた。しかし、来年も参加するかどうかは、開催されるシンポジウムの内容次第ということになると思う。

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地主ならぬ痔主になってしまった(2011年10月17日)

 今日は岡山から帰るだけ。
 実は岡山に来た日の夜のこと、ホテルでシャワーを浴びたときに、肛門付近がプックリと腫れているのに気づいた。触ると若干の痛みもある。これは痔に違いないと思ったのだが、すぐに病院に行くわけにもいかないし、それほど苦痛でもないので、今日、帰宅してから病院に行くことにした。
 というわけで、帰りは大阪で少しブラブラした。久しぶりにミナミ千日前の自由軒のカレーを食べてみようという気になり、難波に出た。自由軒に向かう途中、「551蓬莱の本店ですよ!」という声が聞こえたので見てみると、「551蓬莱」の店があった。本店だと言っているのだから、おそらく本店なのであろう。いつもは、近鉄に乗るとき、大阪難波駅の店で買うので、本店など何処にあるのか気にしたこともなかった。いつもは「ぶたまん」を買うのだが、まだ少しブラつく予定だったので買わなかった。
20111017blog0 目指す自由軒はすぐ近くで、すぐに看板が見えた。しかし!店の前に行くとシャッターが降りていた。どうやら定休日だったらしい。仕方が無いので、さらにブラつくことにした。ブラついていたら道具屋筋というのを見つけた。昔、この筋を通ったことはあるのだが、いったい何処にあるのか、全く記憶になかった。いろいろなプロ用品専門店が並んでいるので、見ていて楽しい。さらにウロウロしていたら「なか卯」を見つけた。「鴨つけうどん」という文字も目に入った。Twitterで河野太郎議員が、しばしば「なか卯で鴨つけうどんを食べた」とつぶやいているので、それを食べてみることにした。
20111017blog1 これが「鴨つけうどん」である。490円なり。つけ汁には、肉団子が2つとスライスされた肉が4枚ぐらい入っていた。つけ汁にはけっこう脂が入っており、ややしつこい感じもする。河野太郎議員は気に入っているようだが、それほどでもないように思えた。しかし、決して不味いわけではない。
 昼食後、近鉄は近鉄日本橋から乗った。鶴橋で乗り換えるのだが、宇治山田行きの急行には時間がありすぎるので、仕方なく特急に乗ることにした。大阪上本町発鳥羽行き特急。伊勢中川で名古屋行き特急に乗り換えである。伊勢中川で後続の普通列車に乗っても、結局は同じなのだが、特急料金は同じなので、津まで特急に乗ることにした。津駅でおり、トイレに入るために一旦上に上がったが、そこで売店に「赤福」が売られているのが目に入ってしまい、ついつい買ってしまった。津まで特急に乗ったばかりに余計な出費である。
 帰宅して早速「赤福」を食べてお茶を飲み、憂鬱な気分で病院に向かった。初めて行った病院であったが、思ったより大きな病院で、医者が5人もいた。
 お尻を見てもらってすぐ、「血栓性外痔核ですね」と言われた。それほど痛みは強くないことを告げると、「軟膏で様子を見てみましょう」と言われ、それでおしまいであった。最初の1週間は「ネリプロクト軟膏」、次の1週間は「ヘモレックス軟膏」。大きな病院ではありがちだが、それから薬が出るまでの待ち時間が長かった。それなのに、この病院には新聞も週刊誌もなかった。ヒマで仕方がなかった。2週間分の軟膏を処方されたので、次に行くのは2週間先だが、何か本でも持って行かないと間が持たない。
 それはともかく、「すぐ手術をしましょう」と言われないだけ良かったように思う。

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2011年10月16日 (日)

岡山3日目(2011年10月16日)

 今日、岡山に来てからやっとのこと晴れた。いい天気である。今日も歩いて大学へ。
 今日の夕方はこの店で中華そばを食べる予定である。
20111016blog0 ここは総合グランドから岡山大学への入り口。晴れていて気持ちがいい。
20111016blog1 大学キャンパス内に入るとこんなものがあった。小型であるが、太陽光と風力発電装置である。照明か何かの電源に使われているのであろう。
20111016blog2 午前中は植物保護に関する外来生物のシンポジウムに出席。馴染みの話である上に日本語なので気分が楽である。
 昼食はまた学食。なぜか昨日と同じメニューにしてしまった。昨日はわさびと醤油で食べたが、今日はからしマヨネーズがあるのに気付き、それをかけて食べた。
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 午後からは2コマのシンポジウム。1コマ目は寄生性生物のシンポジウム。2コマ目は農業生態系における個体群生態学に関するシンポジウム。
 シンポジウムの印象など、学会の内容については、別のエントリーにまとめて書く予定である。
 シンポジウムは19:10終了の予定だったが、少し延びてしまった。19:20発のバスに乗ろうと思っていたのだが、目の前でバスに乗り損ねてしまった。仕方が無いので、M県農業研究所のNさんと一緒に駅まで歩くことにした。
 そこで、中華そば屋「冨士屋」に行ったわけだが、中に電気は灯っていたが、暖簾は下ろされていた。あとから調べたら19:30までの営業であった。バスに乗ったらギリギリ間に合ったぐらいだったが、閉店後すでに30分近く経過していた。仕方が無いので、岡山駅の中のどこかで食べることにした。選んだ店はJR四国グループが経営している「めりけんや」という饂飩屋。ボクはえび天ぶっかけ、Nさんはえび天うどんを注文。
20111016blog4 えび天は特に美味しいというほどではなかったが、うどんは美味しかった。さすが四国系である。
 駅でNさんと別れ、ホテルへ。シャワーを浴びてからこれを書いている。
 明日はちょっと早めに出発しようと思うので、早めに寝ようと思う。

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2011年10月15日 (土)

岡山2日目(2011年10月15日)

 朝7時に起床。7時半ごろ、ホテルのロビーで朝食。ジュースとコーヒーとパンだけだが、宿泊料金がそもそも安い上に、無料サービスなので不満はない。
 今日も明日も10時開始なので時間に余裕がありまくりで、雨も降っていなかったので、大学まで歩くことにした。途中で大学行きの臨時バスに抜かれ、大学近くでも定期のバスに抜かれたが、ホテルから大学まで、ほぼ30分で到着した。寒くもないし汗が出るほどでもないので、ちょうど良い運動である。
 これが岡山大学の入り口。この中にも、それぞれのキャンパスに入るところに門がある。
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20111015blog2 これが今日のシンポジウムの会場の「創立五十周年記念館」。シンポジウムおよびポスターセッションの内容は、後日感想を書く予定。今日のシンポジウムは、普段馴染みのない社会性の進化の話である上に、英語だったのでしんどかったとだけ書いておこう。
20111015blog3 昼食は学食にて。サーモン丼、冷や奴、味噌汁、総計で503円なり。
 昼食後、キマダラカメムシでもいないかと思って街路樹を探したが、見つかったのはクロヘリアオイラガの幼虫だけ。ついていた木は、おそらくハナミズキ。
20111015blog4 次に目にとまったのが立て看板。いかにも大学らしい。「全学連」という組織がまだ存在していることに感激。
20111015blog5 シンポジウムのあと、総会と奨励賞の受賞講演があり、夕刻になった。学会行事としてはそのあと懇親会があったのだが、懇親会はパスしてバスに乗って岡山駅前に出た。夕方になって、小雨が降ってきた。駅ではトイレを探して名店街の端っこの方まで行って、用を足して出てきたら、同じ学会に参加していた女流研究者のKさんとすれ違ったので挨拶した。Kさんも懇親会には不参加だったということである。用を足したので、いざ街へ。
 あらかじめ目を付けておいた「味司 野村」へ。電車通りからちょっとだけ奥に入ったところにあるが、細い道で街灯もあまり明るくないので、知らなければ通り過ぎてしまいそうな店だった。
20111015blog6 食べたのは岡山名物なのかこの店の名物なのか知らないが「ドミカツ丼」。ドミグラスソースがかかったカツ丼である。写真ではわかりにくいが、カツの下には茹でたキャベツが入っている。肉はロース。
20111015blog7 初めて食べたドミカツ丼はなかなか美味かった。これで750円なり。ヒレカツになると850円になる。ドミカツ丼のほかにも、普通に卵でとじたカツ丼も同じ値段である。その他にもメニューいろいろ。
 初めてのドミカツ丼に満足してホテルに戻る。「ニュー」と冠する名前がついているにもかかわらず古いホテルだが、宿泊料金が安いので文句はない。

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2011年10月14日 (金)

個体群生態学会@岡山へ(2011年10月14日)

 今日は第27回個体群生態学会大会に参加するために岡山に移動した。シンポジウムが始まるのは18:00なのでゆっくり行けば良いのだが、途中寄り道をしたりしたので、朝は早く出かけた。
20111014blog1 まずはこの列車に乗った。「伊勢中川から大阪上本町行き急行にかわります」というところに注目。要するに乗り換え無しで大阪まで行けるということである。ダイヤの上で近鉄大阪線と近鉄名古屋線を直通する特急以外の列車は、1日1本片道だけ、朝に名張発近鉄名古屋行きの急行がある。しかし、ダイヤには示されていないが、実質上「近鉄名古屋発大阪上本町行きの急行」が存在するのだ。近鉄名古屋線の急行は6両編成の列車が多い。普通その6両は、名古屋寄りに2両編成の列車、伊勢中川(松阪)寄りに4両編成の列車が繋がっている。ところが今日乗った列車は逆で、名古屋寄りが4両で伊勢中川(松阪)寄りが2両だった。その理由は伊勢中川駅に着いたときにわかった。伊勢中川駅で松阪寄りの2両が切り離されて、後ろ(伊勢中川からは折り返すので前になる)の4両だけが大阪上本町行きになるのだった。だから、名古屋寄りに2両編成の列車が繋がっているのはまずいわけである。伊勢中川駅での停車時間は長く、江戸橋を次に発車する普通列車が伊勢中川駅に到着してから発車した。この列車は名張駅で後から来た特急に抜かされたが、ここでこの4両の列車の前に2両増結されて再び6両編成になった。乗客が少ない区間は短い編成で対応しようということのようである。
 終点の大阪上本町まで乗り、トイレに入る。さらに地下ホームに行き、尼崎行きの列車に1駅だけ乗って大阪日本橋で降りた。ここから「でんでんタウン」へ。いろいろ買い物。
 昼食は「つるまる日本橋店」という立ち食いうどん屋。かけうどんが200円という安い店である。「肉みそぶっかけうどん」というのを食べた。390円なり。「じゃじゃ麺」のようなものを想像したが、ちょっと違っていた。
20111014blog2 安いうどんだったが、この前、伊勢別街道を歩いたときに食べた880円の卵とじうどんの麺より、麺自体は美味しいと思った。
 近くの恵美須町の駅から地下鉄堺筋線に乗り、動物園前で御堂筋線に乗り換えて梅田へ。ここからはJRの在来線。新快速は混んでいたが、空席があったので座れた。姫路で播州赤穂行きに乗り換え。赤穂線には乗ったことがなかったので、終点まで乗り、そこから新見行きに乗り換えた。途中の日生(「ひなせ」と読む)でちょっと停車時間が長かったので、港を撮影。
20111014blog3 16:00ちょっと過ぎに岡山に到着。帰りの日は朝早いので、土産を買う時間が無いかも知れないので、まず土産を買う。予定通り「高瀬舟羊羹」。
 まずホテルにチェックインして、ちょっと早めの夕食。去年の昆虫学土曜セミナーのときに入った中華そば屋の「冨士屋」の前にも老舗の中華そば屋があることを教えてもらっていたので、そちらに入ってみることにした。「浅月」という店。
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20111014blog5 スープがたっぷりなところは「冨士屋」に似ているが、こちらの方が脂が多かった。麺は細めのストレートだった。どちらかと言えば、「冨士屋」の方がボクの好みに思えた。機会があれば、今回岡山にいる間に「冨士屋」にも行ってみようと思う。
 食事を終えて岡山駅西口のバス乗り場へ。そうしたらHさんに会った。バスに乗り込んだらYさんとYさんのところの学生さんが乗り込んできた。十分な余裕をもって会場に到着。
 そのあと、最初のシンポジウムが開催されたわけだが、学会の印象については最後にまとめて書きたいと思う。

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2011年10月12日 (水)

ツクツクボウシの鳴き声とフクラスズメ幼虫(2011年10月12日)

 今日も恒例の野外調査だった。晴れて風もなく、良い天気であった。
 最初の調査地に着くと、まもなくツクツクボウシの鳴き声が聞こえた。まだ居たんだなぁ、という印象である。1頭が数回鳴いて、その後鳴くのを止めてしまった。
 車を止めた場所の近くにはカラムシが生えているのだが、その場所がまた激しく食害されていた。フクラスズメの幼虫である。カラムシは一度刈り取られてしまっていたので、それほどたくさんの葉をつけていたわけではなく、今発生している幼虫が蛹になれるかどうかは微妙な感じがする。
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2011年10月10日 (月)

伊勢街道を歩く【江戸橋→栄町】(2011年10月10日)

 一昨日、昨日と二日続けて街道を20km前後歩いたが、思ったほど疲れなかったと言えたのは昨日までだったかも知れない。少し遅れて疲れがやってきて、歩くのがしんどくなってきた。
 それでも何とかなるのではないかと思って、今日の午後から伊勢街道を江戸橋の伊勢別街道への分岐から津駅前の栄町まで約1.1kmを歩き、そのまま津駅ビル「CHUM」の3階にある別所書店に立ち読みに行った。しかし、歩いているときには何とか持ちこたえたものの、じっと立っているのが辛かった。
 読みたいと思っていた、某オーディオ雑誌の某心理学の先生が書いた記事だけをとりあえず読み、そそくさと書店を後にした。帰りは最短経路で自宅へ。電車に乗れば楽なはずだが、電車賃の150円が惜しかった。それにしても、腿の筋肉が張っているので辛い。

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2011年10月 9日 (日)

伊勢別街道を歩く【関宿→江戸橋】(2011年10月9日)

 昨日の東海道の七里の渡し〜小古曽に続き、今日は伊勢別街道の関宿〜江戸橋の全行程を歩くことにした。持参した地図はこちらの三重県のサイトのもの。昨日は一人だったが、今日は妻と三男坊が同行した。まずは津駅まで歩いた。江戸橋駅から近鉄に乗れば楽だが、たかだか1kmちょっとのところに150円を払うのが惜しいと思った。今日も鈴鹿サーキットでF1レースが開催されているのと、津祭りが開催されている関係で、津駅ではいつもよりかなり多くの人がいた。9:32津駅発の亀山行きの列車は8分ほど遅れて到着。このままの遅れだと亀谷まで加茂行きに乗り継げなくなりそうなので駅員さんに確認したところ、ちゃんと連絡を取れるようにしてくれているらしい。列車に乗り込むと、いかにも「これから歩きますよ」という格好の年配のご婦人の団体が乗っていた。亀山駅ではそれらの人たちと一緒にゾロゾロと跨線橋を渡り、加茂行きに乗り込んだ。これらの人の多くは、我々と一緒に関駅で下りた。関駅前はそれなりの混雑。トイレを済ませていざ出発。まずは東海道の関宿へ。団体さんは何処へ行ったかわからなかったが、伊勢別街道を歩こうなどという人は我々以外にはいなかった。
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関宿の中では、銀行もこんな姿。
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ここが東海道と伊勢別街道の分岐点の東の追分。我々の出発点である。
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これは鈴鹿川を渡ったところにある鈴鹿駅跡。
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これは芸濃町楠原の集落に入る手前の庚申塚。
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これは芸濃町林の集落の入り口付近にある小堂。この手前でツクツクボウシの鳴き声が聞こえた。
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これは芸濃町林の集落を抜けたところにある石灯籠。現在の県道10号津関線との交差点にある。
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芸濃町中縄の家並のなかにこんなものがあった。
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その下を見ると、ニホンミツバチが出入りしていた。家の壁の中に巣を作っているらしい。
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芸濃町中縄の集落を出たところで見かけたメスグロヒョウモンの雌。そろそろ産卵の季節だと思う。
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芸濃町中縄の集落と芸濃町椋本の集落の間にある「横山池」という大きな溜池の横の道。けっこうな距離があり、日陰もないので、精神的にちょっと辛い場所。写真左側が「横山池」。
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芸濃町椋本の集落の中の曲がり角。ここで街道が直角に曲がっている。
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さらに次の直角に曲がっている角にある古い宿屋。今でも営業している様子だった。
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椋本の集落あたりでは既に12:00を過ぎていたので、このあたりで食事ができないものかと思っていたのだが、街道沿いには全く飲食店がなかった。結局、椋本の集落を通り過ぎ、さらに伊勢自動車道を通り過ぎた。そこには蕎麦屋兼うどん屋「平尾屋」があることを知っていたので、そこに入ることにした。この時点で13:00。
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この店では蕎麦はすべて冷たい蕎麦で、暖かい蕎麦はなかった。暖かいものを食べたいと思ったので、「卵とじうどん」を注文した。
20111009blog17出汁の味は良かったが、麺が柔らかすぎて、ボクの好みではなかった。これで880円。全体的に値段は高めであった。大して量のない「ざる蕎麦」が1000円だった。
昼食休憩は約30分。気合いを入れ直して再出発。高野尾の集落の中で妻が「セミのような形のガがいる」と言うので見てみるとエビガラスズメであった。セミのような形と言われれば、似ていないようでもないとも思われるが、典型的なスズメガの格好である。
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高野尾の集落の中で見つけた道標。安濃への分かれ道なのだろうと思う。
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高野尾の集落を抜けて窪田宿までの間はバスも通っているような広い道で交通量も多く、ここを歩くのは少々つまらなく感じた。窪田宿を抜けようとするところには大きな常夜灯があった。昨日歩いた東海道にも、これほど大きな常夜灯は無かったように思う。このあたりまで来ると、見慣れた場所なので、目的地が近くなったと感じられる。
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さらに歩いて一身田駅。今朝、列車に乗って通り過ぎた場所である。なかなか風格がある駅である。
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さらに歩いて一身田小学校の前、やっとのこと伊勢別街道の解説が書かれた案内板を見つけた。昨日歩いた東海道はあちこちに案内板があったが、やはり伊勢別街道はかなりマイナーな存在なのだろうと思う。(クリックすると拡大します)
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さらに歩いて目的地の江戸橋。伊勢街道との分岐点である。ここにも常夜灯があるが、窪田宿の出口にある常夜灯と比べると遥かに小さい。ここを右に行けば伊勢街道の日永の追分方面。ここを正面に行く方向が今日我々が歩いてきた道である。後ろ方向が伊勢方面。
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ここに着いたのが16:05頃。思ったよりも早く歩けたように思った。ここからわが家までは3分ほど。
さすがに二日続けてそれぞれ20kmほどを歩いたので、腿の筋肉はパンパンに張っていて、下半身は疲れているが、腰から上はほとんど使っていないので、大変元気である。
歩くのも悪くはないが、全身運動ではないので、上半身も使うことを考えないといけないように思う。

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2011年10月 8日 (土)

東海道を歩く【七里の渡し→小古曽】(2011年10月8日)

 ふと思い立って東海道を歩いてみることにした。今日は桑名の七里の渡しから出発して歩けるところまで歩いてみようと思った。地図は三重県のサイトにあるので、それをダウンロードして印刷したものを持参。江戸橋駅8:15発の近鉄急行に乗り、桑名駅に着いたのは9:00少し前。まずは、七里の渡しまで。
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桑名市内はこういう道標があるのでわかりやすい。でも、迷ってしまったところも。
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朝日町ではこのような標識。
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近鉄富田駅の近くの近鉄のガード下。
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ここで昼食休憩「富田飯店」。
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湯麺を食べる。550円なり。ちょっと塩味が強すぎると感じたが、歩いて汗をかいているので、ちょうど良いぐらいだった。
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これは四日市市域の標識。
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四日市の諏訪神社。
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東海道は四日市の商店街の中を通っている。
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四日市市域では普通の民家にもこのような道標がある。
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ここにも。このあたりで足の筋肉がやや引きつるようになってきた。
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日永の追分。ここで伊勢街道が分岐している。
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四日市市小古曽の「手羽の極」。その筋では有名らしいが、ごく普通の家で、商売をやっているようには見えなかった。
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今日の終点。近鉄内部駅はもうすぐ。
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内部駅に着いたのは16:20頃。歩いた距離は概算で22.5km。
内部から内部線のナローゲージの電車に初めて乗った。近鉄四日市での乗り継ぎは良く、17:25頃に帰宅。

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2011年10月 6日 (木)

マツムシはかろうじてまだ鳴いていた(2011年10月6日)

 とある方と会ってお話するために、夕食後「コメダ珈琲県文前店」に出かけた。歩いて12〜3分の距離である。
 このところマツムシの鳴き声が聞こえなくなってきたと感じていたのだが、帰宅の途中、エンマコオロギの鳴き声に混じって、かろうじてマツムシの鳴き声も聞くことができた。台風15号が過ぎ去って、やっと秋らしくなったと思ったばかりなのに、もう秋も半ばを過ぎてしまったように感じてしまう。

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2011年10月 5日 (水)

牡鹿に遭遇(2011年10月5日)

 今日も恒例の調査の日だった。今日は生憎の雨模様。
 いつものようにグリーンロードに車を走らせていると、前方に大きな物体を発見。近づくと大きな牡鹿だった。この道は1年に50往復ほどしているが、シカを見たのは初めてである。
 奈良公園にいるシカより遥かに大きくて立派だった。

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2011年10月 4日 (火)

今日のヒメジュウジナガカメムシ(2011年10月4日)

 出張から帰ってから初めてヒメジュウジナガカメムシを見に行った。ガガイモはヒメジュウジナカガメムシの吸汁によってほとんど枯れてしまっていた。
 成虫の個体数も増えてきたが、全体の個体数はかなり減ったような気がする。どこかに移動してしまったのだろうか?
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2011年10月 1日 (土)

牛久市周辺&秋葉原(2011年10月1日)

 Tさんの家に泊めていただいて、今朝は「牛久周辺にもいる」というスジハサミムシモドキを求めて牛久市や阿見町周辺を何か所か回った。しかしながら、スジハサミムシモドキは見つからなかった。霞ケ浦まで行けば確実に採れるということなので、またの機会に案内していただくことにした。目指すものは見つからなかったが、ムカゴが採れたので、今日のTさん宅の晩御飯はむかごご飯になったのではないかと思う。
 Tさん宅でお昼までご馳走になって駅まで送っていただいた。次の目的地は秋葉原。アマチュア無線家の集まりに参加するためである。毎月第一土曜日に秋葉原の某喫茶店で開催されている。わざわざそのためだけに出て行く訳にはいかないので、なかなか参加できないが、2009年6月6日にも出張と日程があったので参加したことがあり、今回で二度目である。前の会場の喫茶店は廃業してしまったので、今回の会場の喫茶店を訪れるのは初めてである。普段なかなか半田ごてをいじる時間も持てないが、こういう機会にバリバリ現役でいろいろな工作をされている無線家の皆さんの話を聞けるのは勉強になる。二次会も予定されていたが、帰るのが遅くなるのは体に堪えるので、一次会のみの参加で失礼した。秋葉原の金券ショップでは自由席の値段よりも安い値段で指定席の回数券のバラ売りをしていたので、それを購入して名古屋まで指定席に乗った。名古屋駅で歩く距離が少なくても良いように、と思って11号車を指定してもらった。東京18:30発の「のぞみ117号」広島行き。結果的にはベストではなかったが、まあまあの位置だった。12号車の方がさらに歩く距離が少なくて済んだように思えた。近鉄の乗り場までの距離もそれほど遠く感じられなかったので、普段乗っている自由席の位置から近鉄に乗り換えるのが、いかに長い距離を歩かされていたのかがよくわかった。
 近鉄名古屋20:31発の伊勢中川行きの急行に乗って、21:30過ぎに帰宅。それなりに疲れた。

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セミなど@筑波山(2011年9月30日)

 出張用務の会議が終わったあと、「カメムシ採集人」のTさんに迎えに来ていただいて、筑波山に連れていってもらった。出張でつくば市を訪れたことは幾度となくあるが、筑波山に行ったのは今回が初めてである。ロープウエイの乗り場のあるところの駐車場から山道を少し散策した。
 鳴き声を聞いたセミは、エゾゼミ、ツクツクボウシ、アブラゼミ、ミンミンゼミであった。エゾゼミの鳴き声を聞いたのは久しぶりである。そのあたりでは、エゾゼミがいちばん元気に鳴いていた。エゾゼミもけっこう遅い季節まで鳴くものだと思った。
 山ではいろいろな植物が実をつけはじめていた。サルナシ、アケビなど。サルナシの実をとって齧ってみたが、まだ熟していなくて酸っぱかった。
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20110930blog2 カメムシの幼虫が何頭も見られたが、名前はわからなかった。カメムシ科であることは確かだと思うが。
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 Tさんはマタタビの蔓を少し採って家に持ち帰った。Tさんの家のネコのミューンに与えると、このとおり。
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 この夜は、ハエやハナバチの分類の専門家のMさんも交えての夕食となった。Mさんの奥さんは、ぼくの妻の幼稚園のときの先生でもある。妙なところで縁が繋がっている。
 夕食を終えたあとはテレビの鑑賞。NHK BSプレミアムの「新日本風土記」の「仁淀川」には、カメムシ図鑑の著者のひとりのTさんがアメゴを釣る「伝説の釣り師」として登場。Tさんの知らなかった一面を知り面白かった。虫屋仲間は普段はお互い虫屋としてしか認識していないが、別の顔を持っているということを知ると面白いものである。

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