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2011年10月 9日 (日)

伊勢別街道を歩く【関宿→江戸橋】(2011年10月9日)

 昨日の東海道の七里の渡し〜小古曽に続き、今日は伊勢別街道の関宿〜江戸橋の全行程を歩くことにした。持参した地図はこちらの三重県のサイトのもの。昨日は一人だったが、今日は妻と三男坊が同行した。まずは津駅まで歩いた。江戸橋駅から近鉄に乗れば楽だが、たかだか1kmちょっとのところに150円を払うのが惜しいと思った。今日も鈴鹿サーキットでF1レースが開催されているのと、津祭りが開催されている関係で、津駅ではいつもよりかなり多くの人がいた。9:32津駅発の亀山行きの列車は8分ほど遅れて到着。このままの遅れだと亀谷まで加茂行きに乗り継げなくなりそうなので駅員さんに確認したところ、ちゃんと連絡を取れるようにしてくれているらしい。列車に乗り込むと、いかにも「これから歩きますよ」という格好の年配のご婦人の団体が乗っていた。亀山駅ではそれらの人たちと一緒にゾロゾロと跨線橋を渡り、加茂行きに乗り込んだ。これらの人の多くは、我々と一緒に関駅で下りた。関駅前はそれなりの混雑。トイレを済ませていざ出発。まずは東海道の関宿へ。団体さんは何処へ行ったかわからなかったが、伊勢別街道を歩こうなどという人は我々以外にはいなかった。
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関宿の中では、銀行もこんな姿。
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ここが東海道と伊勢別街道の分岐点の東の追分。我々の出発点である。
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これは鈴鹿川を渡ったところにある鈴鹿駅跡。
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これは芸濃町楠原の集落に入る手前の庚申塚。
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これは芸濃町林の集落の入り口付近にある小堂。この手前でツクツクボウシの鳴き声が聞こえた。
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これは芸濃町林の集落を抜けたところにある石灯籠。現在の県道10号津関線との交差点にある。
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芸濃町中縄の家並のなかにこんなものがあった。
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その下を見ると、ニホンミツバチが出入りしていた。家の壁の中に巣を作っているらしい。
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芸濃町中縄の集落を出たところで見かけたメスグロヒョウモンの雌。そろそろ産卵の季節だと思う。
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芸濃町中縄の集落と芸濃町椋本の集落の間にある「横山池」という大きな溜池の横の道。けっこうな距離があり、日陰もないので、精神的にちょっと辛い場所。写真左側が「横山池」。
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芸濃町椋本の集落の中の曲がり角。ここで街道が直角に曲がっている。
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さらに次の直角に曲がっている角にある古い宿屋。今でも営業している様子だった。
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椋本の集落あたりでは既に12:00を過ぎていたので、このあたりで食事ができないものかと思っていたのだが、街道沿いには全く飲食店がなかった。結局、椋本の集落を通り過ぎ、さらに伊勢自動車道を通り過ぎた。そこには蕎麦屋兼うどん屋「平尾屋」があることを知っていたので、そこに入ることにした。この時点で13:00。
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この店では蕎麦はすべて冷たい蕎麦で、暖かい蕎麦はなかった。暖かいものを食べたいと思ったので、「卵とじうどん」を注文した。
20111009blog17出汁の味は良かったが、麺が柔らかすぎて、ボクの好みではなかった。これで880円。全体的に値段は高めであった。大して量のない「ざる蕎麦」が1000円だった。
昼食休憩は約30分。気合いを入れ直して再出発。高野尾の集落の中で妻が「セミのような形のガがいる」と言うので見てみるとエビガラスズメであった。セミのような形と言われれば、似ていないようでもないとも思われるが、典型的なスズメガの格好である。
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高野尾の集落の中で見つけた道標。安濃への分かれ道なのだろうと思う。
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高野尾の集落を抜けて窪田宿までの間はバスも通っているような広い道で交通量も多く、ここを歩くのは少々つまらなく感じた。窪田宿を抜けようとするところには大きな常夜灯があった。昨日歩いた東海道にも、これほど大きな常夜灯は無かったように思う。このあたりまで来ると、見慣れた場所なので、目的地が近くなったと感じられる。
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さらに歩いて一身田駅。今朝、列車に乗って通り過ぎた場所である。なかなか風格がある駅である。
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さらに歩いて一身田小学校の前、やっとのこと伊勢別街道の解説が書かれた案内板を見つけた。昨日歩いた東海道はあちこちに案内板があったが、やはり伊勢別街道はかなりマイナーな存在なのだろうと思う。(クリックすると拡大します)
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さらに歩いて目的地の江戸橋。伊勢街道との分岐点である。ここにも常夜灯があるが、窪田宿の出口にある常夜灯と比べると遥かに小さい。ここを右に行けば伊勢街道の日永の追分方面。ここを正面に行く方向が今日我々が歩いてきた道である。後ろ方向が伊勢方面。
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ここに着いたのが16:05頃。思ったよりも早く歩けたように思った。ここからわが家までは3分ほど。
さすがに二日続けてそれぞれ20kmほどを歩いたので、腿の筋肉はパンパンに張っていて、下半身は疲れているが、腰から上はほとんど使っていないので、大変元気である。
歩くのも悪くはないが、全身運動ではないので、上半身も使うことを考えないといけないように思う。

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コメント

お疲れ様です。


  いや~お元気ですね!

私では到底無理ですsweat01

投稿: シロヘリ | 2011年10月 9日 (日) 18時40分

シロヘリさん、どうもです。
 下半身はそれなりに疲れていますけど、精神的にはほとんど疲れを感じていないんですよね。普段より元気なぐらいです。
 普段の仕事のストレスから解放されているからでしょうかねぇ?

投稿: Ohrwurm | 2011年10月 9日 (日) 19時19分

元気ですねえ.
椋本の地名の由来になった巨大なムクノキはご覧になられましたか.

投稿: ぱきた | 2011年10月 9日 (日) 20時07分

ぱきたさん、どうもです。
椋本の大ムクは街道筋からちょっと離れているので見てきませんでした。椋本ではちょうど昼時で、昼食を食べる場所を探すのに必死になっていました。結局、昼食をとった場所は椋本を外れて高野尾に入った場所でしたけど。

投稿: Ohrwurm | 2011年10月 9日 (日) 20時20分

二日続きで20km歩ける人を普通「元気な人」と呼びます。到底私には出来ません。もう、Ohrwurmさんを心配するのをやめにしますww。

しかしイキナリ2日続きで20km歩いて、極端にも感じますが、大丈夫ですか?(あ、また心配している)。

投稿: Zikade | 2011年10月 9日 (日) 20時30分

歩くのは気持ちが良いですね。
僕も虫見コース30kmを4時間45分前後で歩いていた時期がありましたが、膝を痛めて最近はあまり歩いていません。
今日は10kmほど歩きましたが、埼玉県所沢市でもやはりツクツクボウシが鳴いていました。

投稿: 星谷 仁 | 2011年10月 9日 (日) 20時48分

Zikadeさん、歩いたから元気になったのかも知れません。たぶん、普段はストレスが多すぎて元気が無かったのだと思います。歩くのにただ没頭するのはストレス発散に良いのかも知れません。20kmを途中休みながら6時間ぐらいかけて歩くわけですから、ペースはゆっくりだと思います。昨日も今日も、その気になればまだ歩けそうでした。

星谷さん、30kmを虫を見ながら4時間45分というのは相当なハイペースだと思いますが、ちゃんと虫は見られましたか?

投稿: Ohrwurm | 2011年10月 9日 (日) 21時30分

2日間ご苦労さまでした。
伊勢街道を垣間見た感じです。
街道をゆっくりと昔の事を思いながら歩くのはいいですね。私もいつかは、一宮の起街道
付近を歩いてみたいなと思っています。起にある博物館で、江戸時代の起付近の模型を見て、この辺りをぞうさんがあるいたのかな等
ロマンを感じています。20Kmはしんどいですが、体力をつけておかねばと思ってます。ところで、105銀行はあの店構えで営業されているのですかね。

投稿: yanagida | 2011年10月 9日 (日) 22時06分

yanagidaさん、コメントありがとうございます。
一宮の実家付近には巡見街道が通っており、どんな所を通っているのか興味あります。三重県の主な街道のガイドマップは三重県のウェブサイトに掲載されていますけど、愛知県はどうなんでしょうね?東海道を宮から鳴海、池鯉鮒、岡崎・・・と江戸に向かって歩いてみたい気もします。
昨日、今日とそれぞれ20km前後を歩いたわけですが、1日に歩く距離としては無理のない距離だと思いました。ちょっと無理をすれば30kmぐらいは行けそうな気がします。
関宿の百五銀行は、あれで営業しているはずです。伊賀の街の中の百五銀行も町並みに合わせた外装でした。

投稿: Ohrwurm | 2011年10月 9日 (日) 22時23分

街道の名前はうる覚えでわかりませんが、起の博物館で、江戸時代に濃尾大橋のあたりにたくさんの船を並べてぞうさんが渡って江戸までいったという模型があり感動しました。また、濃尾大橋付近に今でも燈台跡が残っていたり、町並みが昔の名残を残しています。いつかは、起から清州を通って名古屋城まで
言ってみたいなと思っています。数年前に元オリンピック選手の勅使河原?さんが街道一人旅なるものをやっていて興味深く見ていました。大分見逃しましたが、特に一宮付近、岐阜の街道には興味があります。岐阜の醒ヶ井あたりの街道には、天然記念物の魚でノヨリ?がいたりして、落ち着いた街道でした。

投稿: yanagida | 2011年10月11日 (火) 00時52分

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