池田清彦著『激変する核エネルギー環境』
池田清彦著『激変する核エネルギー環境』
ベスト新書 328
ISBN978-4-584-12328-7
762円+税
2011年5月5日発行
223 pp.
目次
はじめに
序章 福島原発事故で激変する日本のエネルギー政策
福島原発事後は防げなかったものだったか/政府や東電の事故後の対応/放射能の本当の恐ろしさ/危機管理の設計思想/これからのエネルギー問題/日本はエネルギー大国になれるのに
第1章 温暖化問題より重要なエネルギー問題
やがて尽きる資源を目前に明るい未来はない/根拠のない気球温暖化説にみんなが踊らされている/日本は世界一の省エネ先進国/国のムダな取り組みでエネルギー後進国に/もう簡単に手放せない潤沢な生活/排出権取引で血税が一兆円以上ドブに捨てられる
第2章 原子力発電を推進する危険性
原子力依存でささやかれる放射能露出の恐ろしさ/放射能汚染のリスクを回避できるのか/二〇三〇年に原発の寿命が尽きる!/放射性廃棄物が無害化するまでに一〇〇万年/高速増殖炉が実現する可能性/原油代わりの原子力発電が世界的に急増する/立ちはだかる電力会社の壁/新エネルギー開発に電力会社子会社が参入
第3章 世界諸外国が行うエネルギー対策
日本よりはるかにエネルギー政策で先行する海外勢/EU−ロシア依存から決別するための原子力復帰/ロシア−埋蔵資源を有効利用するエネルギー政策/ドイツ−日本も真似るべき「買電義務」/フランス−世界でトップクラスの原発依存/中国−次世代リーダーを目指す資源パラノイアの国/米国−多様な戦略でエネルギーを確保して脱・化石エネルギー
第4章 日本の新エネルギー開発の希望
太陽光発電は諸外国より障害だらけ/技術開発が進める太陽光発電の普及/グリーン電力ビジネスは泥沼システム/地熱は優秀な自然エネルギーにもかかわらず無策/メタンハイドレートは日本の虎の子エネルギー/風力発電は台風が来ただけで故障する/水力発電は破綻寸前の地方自治体を救う/さまざまな新エネルギーの問題点
第5章 バイオマスや水素など、代替エネルギーの問題点
安価なエネルギーが新エネルギーを追い払う/流行に流されない代替エネルギーの推進/バイオマス利用が進まぬ日本/水素エネルギー実現の壁は製造コストと取り扱い方/水素エネルギー実用化に必要なインフラの整備は実現できるか
第6章 エネルギー開発が抱えるほんとうの問題
CO2を排出して新技術を開発することが本当のCO2削減につながる/ローカルな発電システムを普及させる/全体のバランスを考えたエネルギーの供給システムを/マクロな視点でエネルギー効率について考える/人口増加に追いつかない自然資源の供給/マスコミの報道する嘘の原発情報/エネルギーが増えると人工が増加するというジレンマ/理想的な社会を築くためのシステムの構築は可能か
あとがき
序章は3月11日の震災と原発事故の後に新たに書き下ろされたものだが、第1章以降は2008年に発行された『ほんとうのエネルギー問題』を下敷きに大幅な修正を加えて読み易くしたものであると「はじめに」の部分に書かれている。したがって、第1章以降は原発事故が起こる前の考え方が書かれていると解釈しても良いと思われる。
本書を読めば、著者の池田清彦氏が、基本的には原理主義的ではない脱・原発論者であり、原子力以外の代替エネルギーの開発をすべきだと主張していたことがわかる。原発事故が起こる前から先を見越した主張をしていたことは注目に値すると思う。
強く主張されていることは、石油が使えるうちにいずれ枯渇することが明らかな石油に変わる代替エネルギーを、石油が使えるうちに開発すべきである、ということである。その代替エネルギーの選択肢に原子力は含まれていない。具体的にどの代替策が一番優れているかについての強い主張が述べられているわけではなく、それぞれの代替エネルギーの長所と短所についての考えと、それを政策としてとのように反映させていくかについての考え方がまとめられており、代替エネルギーの中では中小規模水力と地熱が効率の面で有利ではないかと述べられている。いずれにせよ、一つの方法に集約するのではなく、たくさんの手段を用意しておいた方が良いと述べられている。
池田清彦氏は原子力の専門家でもなく、エネルギーの専門家でもない生物学者であるが、それゆえに(多少は細かい点で間違ったことも書かれているだろうが)考え方はマクロな生態学的視点に立っており、納得させられることが多い。人口問題をエネルギー問題を結びつけているところは、生態学を理解していない人には不可能であろうと思うが、これは正しい指摘だと思う。
解り易く書かれているので、どんなところが原理的あるいは政治的にエネルギー問題のポイントなのかが、一般の人にも理解できるのではないかと思う。もちろん、問題が問題だけに、具体的な解決方法が書かれているわけではない。政策にも大いに関係しているので、中長期的な思考が必要でありながら目先のことしか見えていない官僚など、政策に影響力を持つ人にも読んでもらいたいものである。
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コメント
連日、TVの情報番組で原発に関する内容を報じていますが、未だに原発存続に味方する方もいますよね。市民感覚では到底あり得ないのに、原発によって生活している人々にとっては子孫の命より現在の経済破綻の方が怖いという事でしょうか。
ある番組で、東京大学の原子力の専門家の方が原子力安全委員会に変わるエネルギー調整機関を直ちに設置して迅速に処理するべきだと述べておられました。
私たち大勢の市民が<政治に影響力を持つ人>にならなくては・・・と思います。
投稿: 安野智子 | 2011年8月28日 (日) 19時47分
安野智子さん、コメントありがとうございます。
ぼくも基本的には脱・原発の意見に同調しますが、ただ感情的なだけの脱・原発、反原発には素直に賛成できません。脱・原発の意見に同調する理由は、池田氏が指摘するように、原子力があまりに危険で、現在の人間の能力では制御しきれていないことと、核廃棄物の問題が世代間の先送りになっていることです。
ただし、日本としてはエネルギーが無ければどうしようもなくなりますから(たとえば今の農業は機械化されていますから、石油が無くなったら食糧生産は一発でアウトです)、エネルギーを確保しなければなりません。それもできれば原子力以外にです。
ですから、脱・原発や反原発を唱える人は、代替エネルギーについても考える義務があると思います。その点について、この本にはかなり幅広く書かれていますので、この本をぜひとも読んでいただき、感想をお聞かせいただきたいと思います。
ついでながら、池田清彦氏は感情ではなく、あくまでモノに基づいた上で自由な発想で本を書いていますので、興味を持たれたら他のテーマの本についても読んでみられるのが良いのではないかと思います。付け加えておきますが、ボクは決して池田清彦氏の回し者ではありません(笑)。
さらについでながら、ボクはリニア中央新幹線の建設に反対の立場です。ただでさえ東海道新幹線の需要が減っているのに(さらに、日本の人口が減少傾向にあるのに)、さらにあたらしく貴重なエネルギーを使って建設し、維持するにも多量な電気エネルギーを必要とするリニア中央新幹線は将来の「お荷物」になるのは間違いないと見ています。脱・原発、反原発論者の中からリニア中央新幹線に対する建設反対意見が聞こえてこないのが不思議でなりません。
投稿: Ohrwurm | 2011年8月28日 (日) 22時00分
原発に賛成だとは言いませんが、代替えのエネルギー対応の具体的な方策提案が必要です。仮に原発を今全て止めるとなると、節電でここに意見を書くことすらでできなくなる可能性も否定できません。自然エネルギー利用という構想がありますが、たとえばシリコンウエハーで太陽光発電をするにしても、場所の問題があります。某大IT産業の社長が、休耕田を使ってやればいいではないかとおっしゃってますが、休耕田にもそれなりの生態系が存在します。彼はベンチャーの社長としては優秀なのでしょうけれど、生物の事は多分何一つご存じないようです。砂漠にはすでにたくさんのパネルが設置されつつありますが、砂漠には砂漠の生態系があります。必ず何かを犠牲にする上に成り立たせざるを得ないことを認識すべきです。今のところ宇宙空間に発電パネルを設けて地球へ無線で送信というのが無難な方法と思えますがまだまだ研究段階です。
リニア新幹線は難しい問題ですね。東海道新幹線がなかったころは大阪からの東京出張は必ず一泊でした。それが今は日帰りになっています。ですがやはり終日使うことになるので、オフィスでの仕事は休むことになります。それに早くなったとはいえ東京駅までで往復6時間かかる東京出張が続くとやはりしんどいです。今はTV会議があり出張は減りましたがこれも設置台数が膨大になり社内での予約がいつも満杯で大変です。勿論他社との会議はセキュリティー上できません。テレビでやってましたが、新幹線を利用する人を高速バスで運ぶと10秒に一台走らせる必要があるそうです。多分リニア新幹線ができると従来の新幹線は廃止になるか各駅停車中心で細々経営になるでしょうね。ちょうど在来線の特急が廃止になっているのと同じように。エネルギー消費を考えると仕方がないような気がします。これだけのバスが走れば石油は即刻無くなります。とまぁ、これら色々な観点からどうすべきか考え、長期的なシナリオを作る必要がある問題だと思います。多分政治家はそこまで考えていないと思います。別のブログに書きましたが、政治家なり国家の根幹に関わる仕事をされる方の必須事項として、大学での生物学履修あるいはそれに近い専門知識を持ち合わせることにすればと思っております。
投稿: Harpalini | 2011年9月 8日 (木) 10時32分
Harpaliniさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、某IT企業の社長さんに限りませんが、たいがいの経済界の有力者の皆さんには生態学的な視点が欠けていると思います。
今そこそこの歳の人は先が長くありませんからあまり影響はないと思いますけど、若い人は先が長いので、目先の小さな利点に惑わされることなく、長期的な展望をもって欲しいと思います。今そこそこの歳の人も、それを邪魔してはいけないと思います。
投稿: Ohrwurm | 2011年9月 8日 (木) 19時47分