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2011年7月 9日 (土)

小島望著『図説 生物多様性と現代社会』

小島望著『図説 生物多様性と現代社会 「生命の環」30の物語』

農文協(農山漁村文化協会)
ISBN978-4-540-09299-2
1,900円+税
2010年9月5日発行
244 pp.

目次
第1章 生物多様性とは
 生物多様性とは/遺伝子の多様性、種の多様性/生態系の多様性
第2章 生物多様性を育む生態系
 里山/森林/河川/湿原/干潟/サンゴ礁
第3章 失われゆく生物多様性
 レッドリストと絶滅危惧種/生物多様性保全にかかわる国内法/野生生物の保護増殖事業/飼育される野生生物たち/生物多様性と農業/遺伝子組み換え作物/林業の衰退と森林の荒廃/捕鯨問題をとらえなおす/生態学からみた水俣病/環境ホルモン
第4章 生物多様性の保全とこれからの私たち
 野生生物保護対策にみる日米の比較/環境アセスメント/自然の権利/外来生物が及ぼす影響/自然再生/ビオトープをつくるということ/森は海の恋人 川は仲人/世界遺産/温暖化に追われる生き物たち/最大の生物多様性破壊「戦争」/生物多様性国家戦略
引用/参考文献
あとがき
謝辞
キーワード索引

 「生物多様性」という言葉が本書の表題に入っていたので、図書館で借りてきて読んだ。
 「現代社会」という言葉が入っている表題のとおりだと言えばそのとおりなのだが、本書は生物多様性が自然科学的な話題として解説されたものではなく、社会的あるいは政治的な話題として解説されている項目が多かった。だから、「生物多様性とは何か」とか「生物多様性を高めることにはどんな科学的な意味があるのか」ということを考えるためには、あまり適している本ではないと思われた。また、本書で扱われているのは「生物多様性」よりもむしろ「環境保護」あるいは「環境保全」と言った方が適切である項目の方が多いように感じられた。しかし、鷲谷いずみ氏が書いたところによれば、『「生物多様性」とは、野生生物全般がおかれた、ヒトの強い干渉のもとでの危機的な状況を憂える進化学・生態学の研究者が、その問題を社会に広く訴えるために考案した一種のキャッチフレーズである。』ということなので、「生物多様性」という言葉をキャッチフレーズだと捉えれば、本書の表題に「生物多様性」という言葉が冠されているのは納得できないことではない。
 本書の著者である小島望氏は、ナキウサギの研究をしてきた人であるとのことである。したがって、本書に書かれていることは、直接自分自身が研究したことではなく、著者が文献を読んで勉強したことをもとにまとめた上で著者の考え方が添えられたものである。巻末には各節での引用ないし参照した多量の文献のリストが挙げられているので、これは有用であるとともに良心的である。逆に見れば、専門外のことを書いているわけで、ここに書かれていることをどこまで信じていいのかという判断は難しい。
 本書を読んで感じられることは、著者が原理主義的とまではいかないが、かなり環境保護至上主義的である理想主義的だということである。人によっては反発を感じることもあるのではないかと思われた。まあ、そのような人でなければ、本書のような本をまとめることはないであろうと思われる。
 さて、全体的に見れば、まあ妥当なことが書かれていることが多いと思われるが、ちょっと認識が古いのではないかと思われた部分もあるので指摘しておきたい。まず、第3章「生物多様性と農業」における殺虫剤に対する認識が古いと思われた。確かに一昔も二昔も前の殺虫剤は非選択的で皆殺し的な毒性を示すものが多かったが、現代の新しい殺虫剤は、従来の殺虫剤と比較すると格段に選択性が高まっており、特に天敵類等の非標的生物に対する悪影響が小さくなるように配慮されている。農業生産において天敵類などの生物的資材が害虫防除に使われる機会は大きくなってはいるが、まだ化学合成殺虫剤が害虫防除の中心であることは確かなことである。しかし、その中でも選択性の大きい殺虫剤を使用すれば、標的である害虫以外の生物への影響を小さくすることが可能であり、化学合成殺虫剤だからと言ってすべてを排除すべきものではないと思う。その殺虫剤の性質次第で使っても悪影響のないものなら害虫防除体系の中で大いに使ったら良いと思う。
 本書は2010年9月25日発行なので、2011年3月11日の震災以前の考え方が書かれたものであるが、第4章「温暖化に追われる生き物たち」で原子力発電についての考え方として、震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故以降に問題だと指摘された点が既にほぼ全般的に指摘されているので、しっかり考えている人は常々考えていたのだと改めて認識させられた。
 本書は「生物多様性」の解説書だと思って読むと役に立たないが、環境保全のための問題点を指摘した教科書だと思って読めば、引用あるいは参照した文献のリストも充実しているので、かなり有用な本だと思われる。ただし、「図説」と冠されているほどには「図」あるいは「表」が有効に機能してはいないように思われた。また、ところどころに著者の本音だと思われる意見が垣間みられたが、このような教科書的な本ではなく、もっと論説的な本として、この著者の考え方を知りたいものだと思った。

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