武田邦彦著『生物多様性のウソ』
武田邦彦著『生物多様性のウソ』
小学館101新書 109
ISBN978-4-09-825109-4
740円+税
2011年6月6日発行
254 pp.
目次
はじめに
第1章 生物多様性とは何か?
第1節 生物は減っているのか?
第2節 人間に自然は必要ない
第2章 絶滅なくして進化なし
第1節 トキは絶滅した方がよい
第2節 外来種、ブラックバス歓迎!
第3節 動物のために経済発展を止めるのか?
第3章 「生物多様性」利権の裏側
第1節 アメリカとヨーロッパの陰謀
第2節 情緒的で議論なき日本
第3節 環境運動家のエゴ
第4節 行きすぎた予防原則の危うさ
第5節 人間には「未来予測」ができない
第4章 人間に地球が壊せるか?
第1節 人間は自然の一部か?
第2節 「地球温暖化」と「生物多様性」の矛盾
第3節 「環境破壊」は日本になかった
おわりに
暴言だらけの本である、というもっぱらの評判だったので、それを確認する意味で読んでみる必要があると思ったのだが、たまたま津市津図書館に入っていたので読んでみることにした。
目次を見ただけで物議を醸すようなフレーズが並んでいる。物議を醸すことによって売り上げを伸ばそうという魂胆だな、こりゃ。
というわけで、読み終えての感想だが、第3章あたりでは「良い所を突いているな」と思う部分も無かったわけでもないが、専門外のことをにわか勉強したとしか思えないような著者自身の生態系や生物進化に関する理解がお粗末で(著者は生物学者や生態学者ではなく、資源材料工学者であることに注意しておかなくてはいけない)、ここに書かれていることを信用すると困ったことになりそうなことがたくさん書かれるので、生態学をしっかり学んでどこに問題があるのか理解できるようになった人が、ここがおかしいとか、そこがおかしいとか、突っ込みを入れながら読むような本だと思った。はっきり書いてしまえば「いいかげんな本」であり、かなり「トンデモ」であるが、売れてしまいそうな本なので、この本を出版した小学館は「売れれば良い」という考え方のように思われ、小学館にはもっと良識を持って欲しいと思った。
第1章第1節: まず、20ページの生物の種数の時代による変動の図のデータの出典が示されていない。古い時代の生物に関する記録は不完全だから、古い時代の生物の種数は少なくて当たり前。それを根拠にして今生物の種数が増えているとするのは乱暴。28ページの生物の絶滅割合の時代による変動の図のデータの出典も示されていない。種の絶滅は時間の関数ではなくランダムに起こると考えられるので、回帰直線が引かれているのは不適切。それを外挿して、絶滅する種がやがてゼロになると予想するのは根拠がない。事実、近年たくさんの生物種の絶滅が報告されていることが、この主張への反証となる。また、「生物多様性」が問題にしているのは人類にとっての危機意識であり地球が主体ではないから、生物が多くても少なくても「地球」には関係ない、という主張も論点を外している。
第1章第2節: 生物の進化の話がいろいろ出てくるが、この本を読む限り、新種が次々と新しくできてくるように読み取れる。今新種として記載されているのは、新しくできたものではなく、新しく認識されるようになったものに過ぎないのだから、武田氏の認識ははっきり言って間違っている。例えば、イボタとイボタガの「軍拡競争」にしても、新しく防御物質を作るようになったら、それを打ち破る手段がすぐに進化するような書き方がされているが、はっきり言えばそれはウソである。また、種内の遺伝的変異レベルの進化についても、それを「新種」と呼ぶのは間違っている。日本は自然が豊かなところである、という主張はそれほど間違っていないと思うが、日本には世界の1割近くの昆虫がいるという記述は明らかにウソである。ちなみにボクが詳しいハサミムシは、日本で見られるのは20数種なので、全世界の2000種以上から見れば、約1%に過ぎない。日本に生物種が多いというのは、単に生物相の解明度が高いというだけに過ぎない。熱帯地方には、まだ発見されていない新種が山ほどいるはずである。さらに、武田氏は自然がない都会に人間が集中していても「自然環境から隔絶したことによって起こる疾病=非自然環境疾病」が発生しないから、人間には「自然」は必要ないと論じているが、これは全く論点を外している。都会に住んでいても「生態系サービス」から得られる資源(衣食住に関わるものなど)を消費せざるをえないのに、そこを武田氏は全く見ておらず、議論の底が抜けていると言わざるをえない。また「ニッチ(niche)」という述語は、一般的には「生態的地位」ということを意味するが、武田氏は「隙間」(空白になっている生態的な空間、という意味であろうか。この後の方にも、こういう誤った用語の使い方がされている)という意味で使用している。しかしまあ、生物の進化に関して、「進化し、環境の変化に強くなっていく」と書いていたり(自然選択では、その環境に不適なものがふるい落とされるだけ。環境が変われば、ふるい落とされる形質も変わるはず。)、新種が次から次へとボコボコ誕生するような書き方をしていることからも、武田氏は自然選択の理論を全く理解していないということが明らかである。昨今は高校で生物を学ばない人間が増えているらしいから、信じてしまう人も多いかも知れないのは非常にまずいことだと思う。また、武田氏は生物進化の時間尺度と種の絶滅の時間尺度を一緒くたにしているが、意識的にそうしているとすれば犯罪的だし、意識せずにしているのならアホだと思う。
第2章第1節: 一度は絶滅したトキを中国から導入して、税金を使って増殖していることを批判している点は同意できる。だからと言って、「絶滅しそうな生物を保護する」ということを「いじめ」と捉えるのは的を外した言い方であり、問題を矮小化していると思う。
第2章第2節: ブラックバス問題。少しぐらい「駆除」したとしても、また自然に殖えるので、駆除活動するのは意味がないという点など、賛同できる部分もあるが、ブラックバスが不味いというのは明らかなウソ。一度食べたことがあるが普通に美味しい。不味いと思われているのは、単に一般にはブラックバスを食べる習慣がないだけだと思う。また、「外来種によって日本の生物はさらに多様になり、進化も促進される」というのは明らかなウソ。武田氏が進化の理論を全く理解していないことがよくわかる。
第2章第3節: 自然保護と経済発展が対立することを指摘しているが、当たり前のことしか書かれていないので、特に指摘することもなし。
第3章: 「生物多様性」の問題が政治的な問題であるという指摘には同意できる。それは、アメリカがCOP10に参加しなかった理由を考えればわかる。 日本が理屈ではなく情緒に基づいて対応しているという指摘にも同意。「環境運動家」に問題があるという指摘にも同意。「マッチポンプ」になっているというのも、おそらく間違っていない。DDTがマラリアの防除に役立っていることは確かだが、DDTの分解物が生物に蓄積しているという指摘があるから、人畜に対して全く無害だという主張はおそらくウソ。殺虫剤についてはDDTしか触れられていないが、他にも問題のある殺虫剤があるので説明不足だと言わざるをえない。「東京に住んでいて、生物多様性を問題にする」人間が「ミンダナオの森を守る」というように、途上国に開発の抑制を求めるのが先進国のエゴであるという指摘には同意。地球温暖化の主な要因がCO2ではない、という指摘はおそらく間違っていないと思う。太陽の活動の変動の影響の方が大きいと思う。石油があと500万年もつ、と主張されているが、計算の根拠がしっかり示されていないので信用するわけにはいかない。現在、石油がどの程度の速度で形成されているかわからないが、それを上回る速度で消費すれば、いずれ枯渇すると思う。地球全体では石油の消費を抑制するべきだと思う。これまで環境問題に関して出された様々な予測がことごとく間違っていたからと言って、「将来の予測はできない」と言い切ってしまうのには同意できない。より確かなデータがあれば、予測精度を向上させる事は可能だと思う。第3章には間違ったこともたくさん書かれているが、本書の中では一番マトモな章だと思われた。
第4章: 人間を絶対的に強い生物で、他の生物とは決定的に異なると書かれていることはウソである。人間は脳が発達したことで、抽象的なこと(例えば、「お金」などの概念)を考えられるようになったという点では他の生物と異なるが、生物であるという制約(食べなければ生きていけないなど)からは逃れられていないことからである。また、人工の島とサンゴ礁の島を「同じ」として扱うのも乱暴である。人間の意識が作り出した島と自然の生物が作った島を同じものと考えるなら、この世の中のものをすべて「同じ」と考えなければいけなくなるはずであるが、そんなことはない。最後に「環境破壊は日本にはなかった」と書いているが、多くの昆虫個体群が地域から姿を消しているのを知っているぼくらのような昆虫愛好家から見れば、これは武田氏が生物を全く見ていないことを証明するような文章に思える。
「おわりに」の項目に書かれているように、「左の写真はゴルフ場のありふれたものですが、とても美しい自然の風景です」という武田氏のような自然観では、やはり「生態系」や「生物多様性」について語るには資質を欠いていると言わざるをえないと思う。何かと言うと武田氏と一緒に名前が挙げられる池田清彦氏は、昆虫マニアというだけあって自然を見る目は確かだと思われるので、武田氏と池田清彦氏を同類の人物として見るのは間違っている。
というわけで、本書はツッコミどころ満載の本であったので、近い将来『「生物多様性のウソ」のウソ』という本が出版されるのは間違いないであろうと思う。そのような本が出るということは不毛なので、最初からこのようないいかんげんな本を出さないで欲しかったというのが本音である。
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コメント
未読です.
読んだら,腹がたつだけ,というのは目に見えているから,これからも読まないつもり.
というか,読んでしまったら,まさに彼の術中にはいったかんじになってしまうのが悔しい.
生物学の勉強を全くしていない人のなかにはは,信じてしまうヒトも多いだろうなあ.
投稿: ぱきた | 2011年7月11日 (月) 21時46分
ぱきたさん、どうもです。
生物学をあまり知らない人がこの本を読んだら、この内容を信じてしまうのではないかと、ぼくも恐れています。
正当な批判をするには、やはり読まなければいけませんので、ぼくがこの本を図書館に返したら、図書館で借りて流し読みでもしてください。買ってまで読むことはありませんので。
投稿: Ohrwurm | 2011年7月11日 (月) 21時53分
本書は読んでいませんが、タイトルや目次で「刺激的なフレーズは、わざとだな(物議をかもすキャッチーなフレーズで売り上げを伸ばそうとする魂胆)」と僕も感じました。
僕は学生時代「生物」の科目は1時間も受けていません(高校の時は選択科目でした)。同じ様に生物学の基本を知らない人が読んだら洗脳されてしまう危険があるかもしれませんね。
出版社は商売上、売れれば良しとするところがあるのでしょうが、こうしたブログで利害の絡まない批評がされ、それが読めるというのは良い時代だなと感じています。
投稿: 星谷 仁 | 2011年7月11日 (月) 23時39分
星谷さん、おはようございます。
インターネットがあれば、他の人の感想も知る事ができるので、良い時代になったものだと思います。
まだマトモに検索していませんが、この本を好意的に捉えている人がいるのかどうか、ちょっと知りたいものです。
投稿: Ohrwurm | 2011年7月12日 (火) 06時25分
私の友人が著者の元部下で、この著者がブレークする前からいろいろ聞かされていました。友人曰く「この人の言うことは信じない」「ころころ考えが変わる」と。まぁ、眉に唾付けて聞けばよいのでしょう。
本書は未読ですが、TVで見ていても話は面白いのですが、誤りはたくさんある。しかし、時々キラリとする部分も見え隠れするのが特徴でしょう。問題点はおっしゃる通りでしょう。
でもブラックバスの味については、断定的に言わない方がいいと思います。味は主観的だからです。私はとても美味しいと思う鰻だって嫌いな人はいますし、多くの人が嫌がるルートビアを好む人間もいるわけです(笑)。
投稿: Zikade | 2011年7月12日 (火) 19時29分
Zikadeさん、どうもです。
武田邦彦氏の著書を読んだのは今回が初めてですが、だいたいわかりました。
ブラックバスの味の件ですが、他人にボクの意見を押し付けるつもりはありません。ボクは美味しいと思った。ただそれだけです。でも、ルートビアと比べれば、より幅広く支持される味だと思います(笑)。
投稿: Ohrwurm | 2011年7月12日 (火) 21時29分
けっこう前に一部立ち読みしました。
言いたい放題で、なかなか面白いんですけどね。
ネットで「よく武田邦彦TV出てるけど、あのひと本当に信用できるの?」というのが出ていたので、ここの記事を紹介しておきました。何人来て、ちゃんと最後まで読みますかね(笑)。
ところで、池田清彦著『生物多様性を考える』を読みました。これは良かったです。
感想などは以下に。
http://konton.cside.com/index.php?%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%A4%9A%E6%A7%98%E6%80%A7%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B
短縮URL
http://goo.gl/fb/FRtL1
投稿: 混沌 | 2012年6月 1日 (金) 14時20分
混沌さん、こんにちは。
武田邦彦氏は、氏本来の専門以外のことは、眉に唾を付けて聞いた方が良いと思います。
池田清彦著『生物多様性を考える』は早速図書館にリクエストしました。
投稿: Ohrwurm | 2012年6月 1日 (金) 20時03分