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2011年6月

2011年6月29日 (水)

ニイニイゼミ・キリギリス初鳴き(2011年6月29日)

 今日は朝からスカッと晴れて梅雨が明けたような天気。案の定、今日の津地方気象台の最高気温は36.0℃。今年初の猛暑日。
 今日は、この暑い中の調査だった。
 まず最初の調査地に着いて作業を済ませたところ、遠くの方からニイニイゼミの鳴き声が聞こえてきた。今年のニイニイゼミの初鳴きの観測である。まさに、暑くなった日に合わせて鳴き始めた感じ。
 次の調査地に行ったら、今度はキリギリスの鳴き声が聞こえてきた。これも今年の初鳴きである。
 職場の畑に戻ったら、やはり遠くの林からニイニイゼミの鳴き声が聞こえてきた。
 夕方、職場の庭に行ってみた。そうしたら、ウバメガシの幹にニイニイゼミの抜け殻が見つかった。このウバメガシは、毎年ニイニイゼミの抜け殻がたくさん見つかる木である。すると、近くのソメイヨシノからニイニイゼミの鳴き声が聞こえてきた。近くに行ったら鳴き止んでしまったので、姿は確認できなかった。
20110629blog1 今年はしばらく涼しい日が多かったので、ニイニイゼミの鳴き声を聞くのはちょっと遅れるかも知れないと思ったが、結局去年より1日遅いだけだった。ここ5日ほど、晴れて暑い日が続いたせいかも知れない。

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2011年6月26日 (日)

鷲谷いづみ著『生態系を蘇らせる』

鷲谷いづみ著『生態系を蘇らせる』

日本放送出版協会 NHKブックス916
ISBN4-14-001916-6
920円+税
2001年5月30日発行
227 pp.

目次
序章 今なぜ、生態系か
第一章 「ヒトと生態系の関係史」から学ぶ
1 イースター島になぜ森がないのか
2 白亜のギリシャはどうして生まれたのか
3 誰が北米大陸の生態系を変えたのか
4 足尾銅山で起きたこと
第二章 生態系観の変遷
1 『もののけ姫』の自然観
2 生態系を生体に喩えることはできるのか
3 生態系概念の誕生
4 単純な生態学理論がもたらした荒廃
第三章 進化する生態系
第四章 撹乱と再生の場としての生態系
第五章 健全な生態系とは
第六章 巨大ダムと生態系管理
第七章 生態系をどう復元するか
第八章 生態系を蘇らせる「恊働」
終章 生態系が切り開く未来
参考文献
あとがき

 鷲谷先生の著書を読んだのは『天と地と人の間で』に続く2冊目であるが、発行された時間の順番は逆で、本書の方が先である。『天と地と人の間で』がエッセイという形式で書かれていたのに対して、本書は専門家ではない一般の人に対する保全生態学に関する解説書のような形式で書かれている。
 「生態系を蘇らせる」ことに関しても「生物多様性」は深く関係している。本書を読もうとした一つの理由は、ぼく自身の「生物多様性」に関する理解を深めようとするところにある。『天と地と人の間で』には「生物多様性とは何か」ということについて詳しくは書かれていなかったと思う。
 本書を読み始めると序章の中で、なるほどと思わされた一文に出会った。『「生物多様性」とは、野生生物全般がおかれた、ヒトの強い干渉のもとでの危機的な状況を憂える進化学・生態学の研究者が、その問題を社会に広く訴えるために考案した一種のキャッチフレーズである。』(31ページ)。いま「生物多様性とは何か?」と問われれば、遺伝子の多様性、種の多様性、生態系の多様性、景観の多様性、などなどというものが答えになろうかと思うが、あまりにも「生物多様性」という言葉の意味するところが広すぎ、「生物多様性」とは怪しげな言葉としか感じられなかった。そこで『「生物多様性」とは・・・一種のキャッチフレーズである。』と言われれば、「生物多様性」という言葉が科学的に定義されたものではないわけで、合点がいくわけである。現実の問題に直面したとき、あまり「生物多様性」という言葉に囚われない方が良い、ということだろうと思う。
 さて、『天と地と人の間で』の中でも霞ヶ浦の「アサザ・プロジェクト」が紹介されていたので、その概略については知っていた。しかし、「なぜアサザなのか」という点に関しては『天と地と人の間で』の中では十分に説明されているとは言えず(まあ、エッセイなのだから仕方が無いとは思うが)、アサザの復元のプロジェクトの目指す目的については理解しきれないでいた。所詮、復元するとは言っても、心の原風景以上に遡ることはできないであろうと。本書には、アサザを復元することは一つの生態学的な実験である、ということが書かれており、その点でも一つ納得した。
 以上、ぼくが個人的に感じたことを書いたが、本書を読むことにより、生態系の機能を保全することがヒトにとって重要であることが、比較的容易に理解されると思われるので、多くの人に読んでもらいたいものだと思う。ただ、「生態系を蘇らせる」という表題は、適切だとは言えないようにも思える。本書に書かれていることを簡潔にまとめれば、「生態系を保全することはなぜ大切か」ということになろうかと思う。確かに第七章以降は生態系の復元について書かれていることは確かだと思うが。
 ところで、本書からは、意識的に外来種の問題が外されているので、鷲谷先生の外来種に関する考え方を知ることはできない。別の本(出版されているのかどうか知らないが)を読む必要がある。

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2011年6月25日 (土)

いつものフィールドへ(2011年6月25日)

 今日の昼間は良い天気で暑かったので、夕方になってからの出動。三男坊も同行。
 現地に着くと、このブログに時々コメントをいただけるヘテロさんを発見。アカシジミやウラゴマダラシジミを見たけれど、もうボロになっているとのこと。
 ミドリシジミを見ようと、ハンノキが生えている場所へ向かう。トンボが増えている。一番目についたのはコシアキトンボ。いくらトンボが苦手でも、これなら図鑑を見なくてもわかる。
 歩いていると地面をゴミムシが走っている。最初に見つけたのはキボシアオゴミムシ。しばらくするとアトボシアオゴミムシも見つかった。キボシアオゴミムシとアトボシアオゴミムシはよく似ているが、アトボシアオゴミムシの方がほっそりしているし、緑色の光沢が強いので区別できる。キボシアオゴミムシは畑のような開けた場所でも普通に見られるが、アトボシアオゴミムシは樹林地を好むように思える。
 ハンノキの生えている場所では一瞬ミドリシジミが飛ぶのが見えたが、すぐに見えなくなってしまった。コシアキトンボばかりが目につく。さらに陽が傾くと、ミドリシジミの卍巴も見られた。しかし、この場所にはミドリシジミの個体数は少ないように思えた。ルリタテハはビュンビュン飛び回っている。クロヒカゲも元気だ。ボロいのもいたが、まだ新鮮なのもいた。ボロのサトキマダラヒカゲが帽子に止まったり。
 スイカズラにはあちこちにニセリンゴカミキリの食痕が見つかるが、本体は見つからず。スイカズラの密度もそれほど高くないし、ニセリンゴカミキリの個体数もそれほど多くないのだと思う。
 鳥の姿をたくさん見たし、鳴き声もたくさん聞いたが、名前はわからず。鳥は手に取って観察するわけにはいかないので、いつまで経っても名前を覚えられない。
 南の方で雷鳴が聞こえる。積乱雲も見える。車を止めた場所に戻ったら、虹が見えた。

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2011年6月24日 (金)

梅雨の晴れ間の職場の庭にて(2011年6月24日)

 梅雨の晴れ間である。それなりに暑いが、耐えきれない暑さでもない。
 職場の庭に出てみたら、今週始め頃にはわずかしか見られたかった、上陸したばかりの小さいニホンアマガエルの成体が、あちらにもこちらにもという感じで、いっぱいいた。ここ数年、こんなにたくさん見たこと無い、というほどである。
20110624blog1 木陰に入ればアカトンボの仲間が目についた。トンボは苦手だが、胸部の斑紋を見れば同定できる程度のことは知っている。あとから図鑑で絵合わせしたら、ノシメトンボだった。
20110624blog2 キノコも生えていた。手頃な図鑑を持っていないので同定できない。
20110624blog3 ピットフォールトラップにはこんなものも入っていた。サワガニ。トラップから出して、外で撮影。怒っている(ように見える)。
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2011年6月19日 (日)

クリス・ブライト著(福岡克也監訳)『生態系を破壊する小さなインベーダー』

クリス・ブライト著(福岡克也監訳)『生態系を破壊する小さなインベーダー』
LIFE OUT OF BOUNDS --- Bioinvasion in a Borderless World
by Chris Bright (1998)

家の光協会
ISBN4-259-54574-4
1,900円+税
1999年10月1日発行
226 pp.

日本語版に寄せて−−−レスター・ブラウン
謝辞−−−クリス・ブライト
第I部 国境なき生命体の侵入
 第一章 逆行する進化
第II部 生態的プロセスとしての侵入
 第二章 草原
 第三章 森林
 第四章 海洋と河川湖沼
 第五章 島
第III部 生命特許とグリーン・ニューディール政策
 第六章 植民地主義
 第七章 偶発的侵入
 第八章 経済システムが加速する侵入
第IV部 生物多様性を守る取り組み
 第九章 環境的センスのある社会をめざして
監訳者あとがき

 生物多様性に悪影響を与える外来生物に関する問題点を指摘した本である。1999年(原書は1998年)に出版されているので、もうかなり古い本である。
 外来生物に関する問題を解決するために必要なのは「長期的に見れば侵入に対する真の、唯一の希望は、生物は本来いるべき場所にいることが大切なのだと考える一般大衆なのである。」と、最後に書かれている文章のために、外来生物がもたらした様々な問題の事例を挙げて解説している。ようするに、本書は専門家のために書かれたものではなく、一般大衆を対象に書かれたものだと理解される。
 経済のグローバル化は人やモノやカネばかりではなく、予期せぬ生物のグローバルな動きを加速させた。外来生物は長期的に見れば様々な経済的な損失をもたらしているが、それがカネに換算しにくいことであるがため、あるいは目に見えにくいものであるがため、短期的な利益を追求する経済活動からは無視されてきた。このことは、興味を持って生物を見ている人でなければなかなか気づかないことだと思う。
 本書の著者はアメリカ人であり、書かれていることはアメリカのことが多いが、世界的なレベルで事例が紹介されている。しかしながら、外来生物が問題を起こしていることは確かなことはわかるのだが、だからと言って問題を起こしているのは外来生物ばかりではないので、そのことについて言及されていないのは、やはり片手落ちであるように思える。
 また、「生物は本来いるべき場所にいることが大切なのだ」とは言っても、自分が物心ついたときに既に定着してしまっていた外来生物を外来生物として実感することは極めて困難なことであるため、頭の中で「生物は本来いるべき場所にいることが大切なのだ」と漠然と考えることだけしかできないのではないかと思う。
 だが、なかなか良く調べて書かれている本であるとは思うので、外来生物の問題についてこれまで知識が無かった人が読めば、問題点は理解し易いのではないかと思う。
 問題点をどのように解決するかは、これからの問題である。と言うか、現時点で外来生物については、世界規模での経済活動は膨らむばかりであり、ますます悪い方向に社会が動いていると感じられる。「長期的に見れば侵入に対する真の、唯一の希望は、生物は本来いるべき場所にいることが大切なのだ」と考える一般大衆が未だに少数派であるということなのであろう。

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沖縄物産展@松菱(2011年6月19日)

 今年もやってきました、沖縄物産展@松菱デパート。今日も雨模様でフィールドに出ようという気は起こらない。ということで、松菱へ。
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 まずは腹ごしらえ。三枚肉とソーキが入っている沖縄そば。840円とやや高いが仕方がない。でも美味しかった。
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 そのあと会場をグルグル回るが、去年に比べると出展がやや少ない気がする。昨日、名古屋わしたショップに行ったばかりなので値段をいろいろ覚えているのだが、それに比べると値段は3〜4割も高い感じ。購買意欲が薄れるが、それでもそれなりに散財。
 本当は沖縄に行きたい。

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2011年6月18日 (土)

第9回名古屋大須QRP懇親会(2011年6月18日)

 今日は天気が良ければ昆虫観察に出かけるつもりだったが、今日は一日雨模様だという天気予報のため、久しぶりにアマチュア無線の集まりに出席することにした。第9回名古屋大須QRP懇親会。ちなみに「QRP」とは、大電力ではなく、小電力で通信することを意味している。この会はほぼ3か月おきに開催されている。第1回と第4回に出席したことがあるので、今日で3回目である。
 ということで名古屋に出かけたわけだが、まずは買い物。栄の中日ビル地下1回の「名古屋わしたショップ」へ。2週間前に来たばかりであるが・・・・・。ここではマルマサの「ミキ」とA&Wのルートビア、それに久米仙酒造の「泡盛コーヒー」を調達。
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 さらに上前津に出て「沖縄宝島にらい」へ。いろいろ「名古屋わしたショップ」と見比べたが、やはり品揃えが微妙に異なる。「名古屋わしたショップ」には、沖縄の人が普通に飲んでいる普通の安い泡盛の三合瓶が手頃な値段で何銘柄も並んでいたが、「沖縄宝島にらい」にある泡盛はほとんどが上等なものばかりであった。唯一普通の泡盛の三合瓶があると思ったら、プレミア価格がついている波照間島の「泡波」で、しかもその値段は12,600円であった。「泡波」は普通の泡盛だと思う(石垣島に住んでいたときに、当時同じ職場に勤めていた波照間島出身のパートさんからいただいて飲んだことがある)が、普通の泡盛の10倍以上の値段がついているのは尋常ではないと思った。「泡盛コーヒー」も並んでいたが、「名古屋わしたショップ」より高かった。「名古屋わしたショップ」で買って良かったと思った。ここでは、その場で飲むために冷えたルートビアを1本だけ調達。
 次は食事。2週間前に名古屋に出た時に目を付けていた「ブンガラヤ」というアジア料理店に行くことにした。「沖縄宝島にらい」からはちょっと北の方に行ったところで、若宮大通りに面している。
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 ここでは、ミーゴレンを注文。インドネシア風の焼きそばである。しかし、出てきた物は、想像していたものとはちょっと違っていた。味も想像していたものとは違っていて、値段相応かなと思った。たぶん、もう入ることは無いと思う(そんなにしょっちゅう名古屋に行くわけではないので)。
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 腹ごしらえをして「第9回名古屋大須QRP懇親会」の会場へ。会場は「名古屋市中生涯学習センター」。上前津駅よりも南の方なので、しばらく歩くことになった。3階へ上がると会場。
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 初対面の人もあったが、毎回参加されているような常連さんもあり、ちょっと安心。参加人数は10名ほど。まずは順番に自己紹介と近況報告をしてから、各自が持参した自作の無線機器などを見ながら雑談というか討論というかをする。例えばこんなものを前にして。
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 普段は半田ごてを握るような時間もないので、本を読んだり、ネットの情報を見たりするだけだが、実物と回路図を前にして会話をすると、理解も進み、頭が刺激され、リフレッシュされる感じがする。時間とお金をかけてわざわざ名古屋まで出かけた価値があったと思った。

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2011年6月16日 (木)

天笠啓祐著『生物多様性と食・農』

天笠啓祐著『生物多様性と食・農』

緑風出版
ISBN978-4-8461-0909-7
1,900円+税
2009年9月10日発行
206 pp.

目次
はじめに
第1部 生物多様性とカルタヘナ議定書
 第1章 生物多様性とは?
 第2章 生物多様性条約の争点
 第3章 カルタヘナ議定書とその争点
第2部 遺伝子組み換え生物と生物多様性
 第1章 遺伝子組み換え作物はどのように生物多様性を破壊するか
 第2章 遺伝子汚染を防ぐことは可能か?
 第3章 遺伝子組み換え動物が食品に
 第4章 体細胞クローン家畜
第3部 生命特許とグリーン・ニューディール政策
 第1章 生命特許・遺伝子特許
 第2章 オバマ政権とバイオ燃料
 第3章 グリーン・ニューディール政策と地球環境
第4部 生物多様性を守る取り組み
 第1章 市民による遺伝子組み換えナタネ自生調査
 第2章 拡大するGMOフリーゾーン(GM作物のない地域)
 第3章 自治体の遺伝子組み換え作物栽培規制の条例化
おわりに 食と民主主義
あとがき

 「生物多様性と食・農」という表題に惹かれて読んだが、生物多様性そのものが中心的に扱われていたのは第1章だけで、第2章から第4章までは、主として遺伝子組み換え生物の問題が中心として扱われていた。生物多様性と遺伝子組み換え生物は無関係だとは思わないが、遺伝子組み換え生物が生物多様性の問題の中心的な問題だとは思わないので、本書で扱われている内容は、本書の表題から期待されるものとは違っていたと言わざるをえない。
 「生物多様性」とは非常にわかりにくい概念だと思うし、本書でも著者の天笠氏もそのように書いている。だからと言って、やはり十分な説明が必要だと思われるが、生物多様性に関心を持っている人であればそうでもなかろうが、そうではない一般の人にとって、本書を読んだだけでは「生物多様性とは何か?」ということを理解するのは難しいだろうと感じるし、本書の説明は、ABS問題など、やや政治的な側面に偏りすぎているように感じられた。ABS問題とは、"Access and Benefit-Shareing"のことで、「遺伝資源から生じる利益の公正かつ公平な配分」ということである。要するに、貴重な遺伝資源をもつ途上国の遺伝資源を先進国が勝手に持ち出し、それを特許化あるいは製品化して利益を上げても、遺伝資源の原産国には何の利益ももたらされないのは公正ではない、ということが問題にされているわけである。この問題は政治的には大きな重みを持つ問題だろうと思うが、生物多様性が失われた場合に、どのような事態が予想されるか、言い換えれば、このまま生物多様性が失われて行けば、人類は存続していけるのだろうか、ということの方がぼくは重要な問題に思える。この点に関しては、あくまで想像の域を出ない議論にならざるをえないと思うが、もっと突っ込んだ説明があった方が、一般の人にとって「生物多様性を守ることは重要である」ということが理解し易いのではないかと思う。その点では、本書は説明不足であると思う。もっとも、それを説明するだけで大著になってしまうかも知れないが。
 第2章から第4章までは、遺伝子組み換え生物が中心的に扱われている。遺伝子組み換え生物は様々な問題をかかえていると思うが、ぼくが感じる問題点と本書の著者の天笠氏が重要だと感じている点には、ある程度の違いがあると感じた。天笠氏は遺伝子組み換え生物そのものが危険だ捉えているように感じられるのだが、ぼくは必ずしもそうだとは思わない。遺伝子組み換え生物を食べても、おそらく人間の健康にとって、それほど悪い影響があるとは、ぼくは考えない。これまでの作物なり家畜なりの育種では、交雑することにより別の品種、時には別の種から遺伝子を導入して新しい品種が作られてきた。遺伝子組み換え技術は、その速度を変え、全く交雑が不可能だった生物からも遺伝子を導入できるようにしたという点で従来の交雑育種とは異なるが、やっている事には本質的な違いはないと思う。だから、できた品種が危険であるかどうかは、従来の交雑育種と遺伝子組み換え技術を使用した育種で、本質的な差があるとは思えない。だからと言って、ぼくは遺伝子組み換えを推進しようという立場に立とうとも思わない。組み換え生物を認めるかどうかは、市民の意見に基づいて決めれば良いことだと思う。日本の各地で、組み換え生物を規制する条例ができているが、それは市民の声を反映したものであり、尊重すべきものだと思う。
 ぼくが遺伝子組み換え生物について最も重要な問題だと思うのは、本書の中で天笠氏も指摘している生物多様性の喪失の危険があるということである。世界的に見れば既に多量に生産されている遺伝子組み換え(GM)作物は、モンサント社が開発した除草剤ラウンドアップ抵抗性のダイズ、トウモロコシ、ワタ、ナタネや、Bacillus thuringiensis (Bt)という土壌細菌が生産する殺虫性タンパクを作る遺伝子を組み込んだトウモロコシ、ワタなどがある。モンサント社は農家の自家採種を許さず、毎年新しい種子を除草剤とセットで売りつけ、利益を独占している。これらのGM作物は、一度使い始めたら止められなくなるという罠があり、それが原因で、除草剤抵抗性雑草やBt抵抗性害虫が出現するという危険を助長している。これにより、地方で細々と作られていた地方品種が作られなくなり、遺伝資源が次々と失われていっている。遺伝資源が失われるということは、新しい品種を作るための特性が失われることであり、新たな病気や害虫が発生したときに、殺菌剤や殺虫剤を多量に使用せざるをえなくなり、それがまたさらに殺菌剤や殺虫剤に抵抗性を示す病原菌や害虫の発生を助長するという悪循環をつくるという危険性を生む。実際にBtタンパクに対して抵抗性を持った害虫の存在は既に確認されている。また、本書の中でも指摘されているが、組み換え遺伝子が一般の作物の中にも予期せず広がってしまっていることも問題である。これは外来種の問題と似ている。そう言えば、本書の中では、生物多様性にとって無視できないと思われる外来種の問題については一切触れられていなかった。これは片手落ちであろう。
 その他にも様々な問題点が本書では指摘されているが、大筋において納得できる部分が多い。例えば、多様性を維持することは安定化を可能にすることだと思うし、グローバル化は多様性を喪失させる原因だと思うし、エネルギー問題にしても代替エネルギーを追い求めるのではなく、エネルギー消費自体を減らすことが本筋だと思うし、何でも貨幣価値に換算して市場経済に任せてしまうのはまずいというところなどは、ぼくが考えていることと本質的には違わない。
 本書の出版は2009年なので、2010年に名古屋で開催されたMOP5とCOP10の開催の前である。実を言うと、ぼくはMOP5なりCOP10で議論されたことを詳しく知らない。MOP5ではABS問題が中心的に議論されていたという報道を見たような気がするのだが、実はよく知らない。だから、本書で書かれていることの状況が、今ではどの程度変わったのか、実のところ、よくわからない。
 とは言え、「生物多様性と食・農」という表題に若干の偽りがあるとは言え、良いか悪いかを別にして、書かれていることは記憶にとどめておいた方が良いことがたくさん書かれていると思う。とりあえずは、いま読んでおいて損はない本だとは思う。評価は読んだ人自身が行えばいい。

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2011年6月14日 (火)

調査の合間に虫を探して(2011年6月14日)

 今日は朝から夕方まで、ずっとキャベツ畑でのクモの調査だった。30分おきの調査の合間に、周りで虫を探した。
20110614blog1オオテントウハラグロオオテントウ
 初めて見た。斑紋に変異があるようだが、オオテントウに間違いないと思う。羽化したばかりで、蛹の抜け殻に止まっていた。付いていたのはクワの木の葉の裏。オオテントウはアブラムシを食べる、という記述が多いが、このクワの木にはクワキジラミが多数発生していたので、クワキジラミを食べていたのではないかと思う。
20110614blog2ノコギリカメムシ
 ノコギリカメムシはウリ科の植物に付く、と書かれているものが多いのだが、付近にウリ科の植物はなく、キャベツについていた。以前にもキャベツの葉の上で見つけたので、キャベツでも育つのかも知れない。


【2011年6月15日追記】
 ネットで「ハラグロオオテントウ」と「キジラミ」を検索語として検索したら、ハラグロオオテントウがクワキジラミの捕食性天敵として着目されていたことがわかった。ハラグロオオテントウを採集した場所は、10日ほど前まではクワキジラミの幼虫が多量に発生していた場所なので、簡単に納得してしまった。

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2011年6月12日 (日)

近所で虫探し(2011年6月12日)

 今朝、自宅2階の出窓のところにシロスジカミキリの死体が落ちていたので、近所でシロスジカミキリを探してみた。コナラ、ケヤキ、マテバシイなど、シロスジカミキリが穿孔しそうな木をくまなく探したつもりだったが、何の痕跡も結局発見できなかった。こういう場所でシロスジカミキリを見つけ出すカラスは偉い。
 見つけた虫はこれぐらい。ツバメシジミ。
20110612blog3 ご本尊を見つけたわけではないが、スイカズラの葉にニセリンゴカミキリの後食痕を一つだけ見つけた。こんな街中にも居るということらしい。
20110612blog4

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シロスジカミキリ@自宅(2011年6月12日)

20110612blog1 今朝、2階の出窓の外に「カミキリムシがいる」、と教えてくれたのは長男だった。見に行くと、シロスジカミキリだった。しかし、「いる」のではなく「落ちている」のだった。大きさはシロスジカミキリとしては、かなり小さめ。こんなところにシロスジカミキリが落ちているのは妙なことだと思ったので、ひっくり返して見てみたら、案の定腹部が無かった。しかも、まだ脚をヒクヒクと痙攣させていた。餌食になってから、まだそれほど時間が経過していないということである。
20110612blog2 おそらくカラスか何かに食われたのだろうと思う。以前、カブトムシを食べるカラスを観察したことがある。この近所にもカラスは多いので、おそらく間違いない。それと同時に、自然が豊かではない我が家の近辺にもシロスジカミキリが棲息しているらしいことがわかったのも事実である。カラスがそんなに遠くからシロスジカミキリを運んでくるとも思えない。
 すぐ隣の公団住宅の庭には、意外なことに、そこそこまとまった数のコナラの木が生えている。コナラはシロスジカミキリがよく発生する樹種のひとつである。近所のコナラで発生したのかどうかわからないが、もっとも可能性が高いのは近所のコナラである。
 ほとんど死んでいるシロスジカミキリを見ただけであるが、近所の自然について、新しい事実がひとつ明らかになった気がする。

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2011年6月 9日 (木)

家の外壁が剥がれ落ちた(2011年6月9日)

20110609blog1 何もしていないのに、家の外壁の一部が剥がれ落ちた。落ちた当時家にいた次男によれば、ドスンというような音がしたということだが、まさか家の外壁が剥がれ落ちたとは思わなかったらしい。
 落下してきた破片を見ると、どうやら雨水が中に染み込んで、壁材が水を吸収し、その重さに耐えきれなくなって落ちてきた、という可能性が高いと思われた。
 外壁の主要な部分は、我が家の敷地をはみ出して外の道に落ちたが、落ちた時には下に誰もおらず、怪我人が出なかったことは不幸中の幸いである。
 まだ保証期間中のはずなので、修理の費用はかからないはずだが、足場を組み立てて作業をすることは避けられないので、窓を塞がれることになる。困ったことである。

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淺井康宏著『緑の侵入者たち』

淺井康宏著『緑の侵入者たち 帰化植物のはなし』

朝日選書474
ISBN4-02-256634-5
1,300円
1993年5月25日発行
294 pp.

目次
はじめに
I 日本への侵入者たち
 八百種の侵入者たち/帰化植物の区分/帰化植物の侵入状態/帰化植物という言葉/侵入経路/逸出帰化/仮生帰化と予備帰化/史前帰化/原産地/名前/悪者たち/花材として
II 日本からの進出者たち
 密出国者たち/イタドリとオオイタドリ/アマリカで猛威のクズ/世界各地を侵略したスイカズラ/ノイバラとテリハノイバラ/オカトラノオ/牧草からの逸出者/海を渡ったマメ科植物/アメリカ大陸のススキたち/砂丘の覇者コウボウムギ/イボタノキとネズミモチ/ナンテンとグミの仲間/花園から逃げた野草たち/華麗な東亜からの使者キリ/野草の王者タケニグサとフキ/東亜からの進出者アキノエノコログサ/イネ科の仲間たち/欧米へ渡った低木たち/アケビとムベ/つる植物たちの活躍/バラ科の低木たち/密出国者たちの素顔
III 帰化植物あれこれ
<侵入者たちの素顔>
セイヨウタンポポ/ハルジョオン/ブタナ/ヒメオドリコソウ/シロツメクサ/キキョウソウ/オランダミミナグサ/オニノゲシ/ムギクサ/コバンソウ/ハキダメギク/セイヨウヒルガオ/ドクニンジン/セイヨウオニアザミ/ムラサキカタバミ/アメリカネナシカズラ/ヒメジョオン/キバナノレンリソウ/ヒメムカシヨモギ/ヨウシュチョウセンアサガオ/アレチウリ/アオゲイトウ/オナモミ
<話題のエイリアン>
マツヨイグサ/ブタクサ/セイタカアワダチソウ/ワルナスビ/オオイヌノフグリ/オニハマダイコン
IV 帰化植物ノート
 日本でふえている水生の帰化植物
 外来植物の同定、発表へのコメント
 久内先生と帰化植物
あとがき

 副題のとおり、帰化植物の話である。1993年発行と、いささか古くなってしまっている感はあるが、帰化植物についての歴史や考え方については、現在でも大きく変わっていないのではないかと思う。もっとも今では、新顔の帰化植物が幅を利かせているものもあるかも知れないが。
 著者の淺井康宏氏の本業は臨床歯科医であってプロの雑草学者ではなく、アマチュアの研究者である。しかし、昆虫の場合と同じで、アマチュアだからと言って、プロより劣っているということは全くなく、むしろアマチュアだからこそ、幅広く自由に外来植物について研究されていたようにも思える。
 本書を読めば、ぼくが子供の頃から慣れ親しんできた植物の多くが日本在来ではなく、外来種が帰化したものであることを知ることができる。子供の頃、街中に住んでいたぼくは、在来植物よりむしろ帰化植物により親しんでいたとも言えるほどである。ぼくが子供の頃から馴染んでいた帰化植物としてヨウシュヤマゴボウがあるが、何故か本書ではヨウシュヤマゴボウについての記述は無かった。意識的に外されたのか、それとも見落とされたのか、その理由を知りたい。
 昨今の外来種排除の風潮は、原理主義的な感じを受けることが多いが、著者の淺井氏が帰化植物を見る目は冷静で落ち着いていると感じられる。もちろん、ある植物に対しては「問題だ」とコメントしているものもあるが、中には「もっと有効に利用されても良い」などとコメントされているものもある。植物を見る目は自然な視線であり、淺井氏が真のナチュラリストであることを感じさせられる。
 「帰化」の定義についても、様々な段階に分けて考えられており、昆虫のことを考える上でも、参考にしたら良いのではないかと思った。例えば、蝶の場合でも、毎年様々な種が海外から飛来したものが採集されており、それらの一部は日本国内で繁殖することもある。これらは「迷蝶」、「迷蝶の一時的発生」、「土着」の3段階程度にしか区分されていないが、これはおそらく便宜的なものであり、もう少し細かく客観的に区分しても良いのではないかと思う。もっとも、蝶の場合、蝶自身の移動能力が大きいので、区分を細分化しても、それをどこに位置づけるかを判断するのは難しいかも知れない。
 学術的な論文の発表に関して、淺井氏は常に慎重であるべきとの態度であり、支持されるべきものだと思う。プロの場合、しばしば論文の数で業績を評価されることが多いので、不完全なものでも論文にしてしまうことが無いわけでは無いと思うが、これも淺井氏がアマチュアであるからこそ、このような主張ができるのではないかと思う。
 全編を通して落ち着いた書き方であり、読み易く、お勧めできる良書だと思う。特に、原理主義的外来種排除主義者には読んでいただきたいと思う。

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2011年6月 5日 (日)

いつものフィールドへ(2011年6月5日)

 朝方は明るい曇りだったので、昨日フィールドに出られなかったウサを晴らそうと、いつものフィールドに出かけた。ところが、だんだん雲が厚くなってきてしまった。でも、何とか虫の観察には差し支えない程度だったように思われた。
20110605blog1 これはスイカズラの花。スイカズラと言えば、狙いは決まっている。ニセリンゴカミキリだ。ニセリンゴカミキリは晴天のときよりも、少し曇っているときの方がよく活動するように感じられるので、今日の天気はかえって良かったかも知れない。このスイカズラの近くで2頭のニセリンゴカミキリが飛んでいるのが見えたが、持参したネットでは届かなかった。しかし、何気なく、ふと近くの葉を見ると、クモの餌食になったニセリンゴカミキリが見つかった。どうやって捕まってしまったかわからないが、このようにしてクモに捕まってしまうこともあるのだと認識させられた。
20110605blog2 さらにバイクを走らせていると、中型のタテハチョウが目についた。ヒオドシチョウである。去年、本当に久しぶりに新鮮なヒオドシチョウを見て感激したが、今年も見ることができた。やがて地面に止まって吸水を始めたので、写真も撮ることができた。
20110605blog3 イボタノキの花も咲いている頃だと思ったが、もう花の盛りは少し過ぎていたようだった。それでも、イボタノキの花に来ているコアオハナムグリを見ることができた。
20110605blog4 その近くを見ると、ナワシログミの実が熟していた。2つばかり摘んで食べてみたが、甘酸っぱくて美味しかった。ちょうど食べごろであった。
20110605blog5 さらにその近くの地面を見ると赤いキノコが生えていた。ドクベニタケのように見えるが、あまり自信はない。ドクベニタケはこんな季節に生えるキノコだっただろうか?普段あまり意識していないので、よくわからない。
20110605blog6 前回この場所を訪れた時はハルゼミの鳴き声をたくさん聞くことができたが、今日は全く聞こえなかった。前回から半月も経っているからもうシーズンが終わってしまったのかも知れないし、今日は陽が射さなかったから鳴かなかっただけなのかも知れない。いずれにせよ、少しはハルゼミの鳴き声を聞けることを期待していたので、聞けなかったことは残念だ。
 さらに雲が厚くなってきたので、お昼頃には撤収。

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2011年6月 4日 (土)

ムシの日なのに・・・(2011年6月4日)

 せっかくの「ムシの日」なのに、名古屋で開催された某集会に動員されて虫採りができなかった。
 しかし、せっかく名古屋に行ったので、「名古屋わしたショップ」(栄の中日ビル地下1階)と「沖縄宝島にらい名古屋店」(大須万松寺ビル1階)に行って、沖縄県産品をいろいろ調達した。「名古屋わしたショップ」と「沖縄宝島にらい名古屋店」では微妙に品揃えが違うので、両方訪ねてみる価値はあると思う。しかし、どちらにも「Coralway」は無かった。
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2011年6月 3日 (金)

クワキジラミ?(2011年6月3日)

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 今日は朝から夕方まで、ずっとクモの調査をしていた。30分おきの調査の合間に付近の虫を色々観察した。
 畑の横のクワの木の実が熟してきているのが目についたが、それと同時にクワの葉の裏から白い紐のようなものが伸びているのに気づいた。それをよく見てみると、紐の付け根はキジラミの幼虫であった。成虫もいた。おそらくクワキジラミだと思うのだが、成虫は羽化したばかりらしく、まだ色があまりついていない。でも、形を見るとクワキジラミのように見えるので、やはりクワキジラミなのだろうと思う。

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