« 酒井聡樹著『100ページの文章術』 | トップページ | 楽譜が届いた(2011年5月9日) »

2011年5月 8日 (日)

青山高原にて(2011年5月8日)

 相変わらず車で外出するのが億劫に感じられるのだが、今日は晴れて暖かくなったので、少し外に出てみようという気になった。妻と三男坊と一緒に、おにぎりのお弁当を持って青山高原に行こうということになった。三男坊がアマチュア無線をやりたいというので、無線機持参である。
 旧美里村から青山高原に行こうとしたのだが、美里村や榊原温泉から青山高原の頂上に抜ける道が工事中で通行止めになっており、国道165号線まで行かねばならず、かなり大回りをさせられた。
 下界は暑いぐらいになっていたが、青山高原は強い西風が吹いており、陽射しは強いのだが、外に居ればそれほど暖かくは感じられなかった。
 高原の上はアセビの花盛りである。至る所にアセビがある感じである。アセビには毒があるので、シカも食べないので、アセビだけが残ってしまっている感じがした。林の下にはササが生えているのだが、シカに食われてしまったらしく、ほとんど葉が残っていない。ちょっと探すと、シカの糞もすぐに見つかった。
20110508blog3
20110508blog4 お弁当を食べてしばし散策したのだが、そのうちに雲が出てきて雨がパラついてきた。帰り時かと思って帰ることにした。
 ところで、駐車場にはこのような看板が立てられていた。かなり壊れているので、もう古いものだと想像された。
20110508blog1
20110508blog2 この看板には、以下のような文字が書かれていた。
ふるさとの丘づくり構想
 この構想は、わたしたちの身近かにある恵まれた風土の中に、みんなの考えとみんなの手で、これからの時代にふさわしいやすらぎのある環境づくりをすすめようとするもので、県内すべての地域にこの運動を広げていきたいと願っています。
 そのモデル地域として、県の中央部に位置する青山高原を中心とする10km圏域を選び、この地域に含まれる久居市、美里村、白山町、美杉村、大山田村、青山町の人たちによるさまざまな実践活動を試みようとするものです。
 そして、この青山高原に「ふるさとの丘づくり」のシンボルとして「ふるさと公園」をつくることにしました。
県政百年記念
 これを見て、「何を考えていたのやら」と思わないわけにはいかなかった。
 いま青山高原には、風力発電の風車が30台ほど立っている。自然エネルギーの利用は良い事だと思うが、そのために破壊された自然も計り知れないほどである。青山高原の稜線には、立派な道が通っている。風車の保守管理には無いわけにはいかない道だろうと思う。
 しかし、道路ができれば道の近くは乾燥し、植生が破壊される。道路だけでなく、無駄に広い駐車場があり、無駄に広い芝生の広場がある。これが「やすらぎのある環境づくり」の結果だとすると、ガッカリしないわけにはいかない。単なる自然破壊である。
 このような道がなければ、今日のように「ふと思いついて」出かけられる場所ではないが、このような道がなかった方が、本当に山の空気を吸いたい人だけが来るような場所になっていたと思うし、「やすらぎのある環境」になっていたのではないかと思う。
 やはり、土建業者に金を落とすために作られた「ふるさと公園」ではないかと思う。
 今日は稜線の道を暴走するスポーツカーやバイクをたくさん見たが、これではとても安らげない。無駄に立派な道は考えものである。
 それはそうと、今日は気温はそれなりに上がったようだが、乾燥していたせいか、虫は少なかった。

|

« 酒井聡樹著『100ページの文章術』 | トップページ | 楽譜が届いた(2011年5月9日) »

コメント

まったくおっしゃるとおり.風衝草原と湿地が点在していた昔の面影はありません.不気味に巨大な風車が立ち並ぶ様は異様です.あの密度で風車(直径50mほど)が高速でまわっていると鳥やコウモリ,昆虫は相当な数が衝突しているはず.風車建設のために縦横につけられた側溝をともなう道路.建設直後には夥しい数のサンショウウオが落ちて死にました.今は落ちているのをみることはありません.いなくなったんでしょう.
あれが「自然にやさしい」なんていってるのを聞くと反吐がでそうです.

投稿: ぱきた | 2011年5月 8日 (日) 18時11分

ぱきたさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
 ぼくは昔の青山高原を知りませんので、想像に任せるしかないのですが、今の状況がひどいのは十分わかります。道ができればアクセスが良くなるので、虫採りにも便利ではありますが、それによって虫がいなくなってしまえば、話になりません。

投稿: Ohrwurm | 2011年5月 8日 (日) 18時22分

それを作り始めた旧久居市長が衆院選挙で落選したとき、旧久居市民はみな胸をなで下ろしたものです。理由は別にあるんですけど。
今でも実家近くの梨園から送ってもらう梨には「梨と風車のまち ひさい」とでかでか書いてあり、これを見る度に複雑な心境になります。

投稿: 橘 | 2011年5月 8日 (日) 21時06分

橘さん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。
 旧久居市長は衆院選に出てましたっけ?津市が広域合併したあと、この前まで津市議をやっていて、市長が県知事選に出たので、その後の市長選に市議をやめて出て落選した、と理解しております。大した政策も掲げていませんでしたので、最下位で落選したのは自然な流れだと思っています。
 自然エネルギーを利用するのは良い事だとは思いますが、風車の建設によって破壊された自然を見れば、風車が本当に良いものだかどうだか判断できなくなります。もっと小さな風車で済ますわけにいかなかったものか、などとも思います。

投稿: Ohrwurm | 2011年5月 8日 (日) 21時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/182871/51615792

この記事へのトラックバック一覧です: 青山高原にて(2011年5月8日):

« 酒井聡樹著『100ページの文章術』 | トップページ | 楽譜が届いた(2011年5月9日) »