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2011年5月18日 (水)

震災後初の東京出張(2011年5月18日)

 昨日から1泊の東京出張だった。出張先は靖国神社の近くの某所。
 前回の東京出張は2月だったので、震災後に東京に行ったのは今回が初めてである。新幹線に乗っている最中に地震が起きないことを祈りながら新幹線に乗った。
 予定では江戸橋6:59発の近鉄急行に乗るつもりだったが、早く目が覚めてしまい、早く起きて早く朝食をとったため、2つ前の6:42発の急行に間に合ってしまった。この急行は途中で特急に抜かれず、近鉄名古屋には7:42頃に着き、名古屋7:53発の「のぞみ」に乗ることができた。新横浜まで新幹線に乗り、横浜線に乗り換えて菊名で東急東横線で渋谷に出るのが安いのがわかっていたので、新横浜で新幹線を降りた。東横線に乗ると、節電対策で間引き運転されているようだった。そのせいかどうか知らないが、やや混雑していて渋谷まで座ることができなかった。渋谷で降りて前方に歩くと、地下鉄銀座線の乗り場の案内があったので、そこの階段を上って行くと、そこには銀座線の乗り場しかなく、否応無く銀座線に乗る事になった。目的地は半蔵門駅と九段下駅の間の九段下駅寄りの場所なのだが、午後から始まる会議には早すぎるので、九段下駅の一つ先の神保町駅まで乗って、古本屋を物色することにした。表参道で半蔵門線に乗り換えて神保町へ。神保町の駅を降りて気がついたのだが、駅の蛍光灯がかなり抜かれていた。間違いなく節電対策である。確かに暗くなってるはずなのだろうが、ここまでそれに気づかなかった。ようするに、これぐらいの明るさでも支障がないということなのだろうと思う。おそらくこれまでは明るすぎたのだろうと思う。
 さて、神保町での標的は明倫館書店。自然科学系の古書を専門に扱っている店である。何時入ったのか全く記憶にないのだが、我が家には明倫館書店の値札が付いている本があるので、かつて一度ぐらいは入ったことがあるはずである。しかし、店の前まで行っても、以前入ったという記憶は甦ってこなかった。記憶力が落ちているのだろうか?
 明倫館書店で時間をつぶしたあと、どこかで昼食をとろうとブラブラしていて目に留まったのが「Pattaya」というタイ料理店。迷わず入ってしまう。入ったときすぐにはわからなかったが、店員は全員タイ人らしかった。少なくとも、客との間で交わされる言葉は日本語だったが、店員どうしの会話はすべてタイ語のように聞こえた。タイ語はわからないけれど。出されたお茶は冷たいハス茶(たぶん)。辛いのにしようかと少し迷ったが、結局パッタイ(タイ風焼きそば)セットを注文した。パッタイにスープとデザートが付いている。850円なり。美味しかった。
20110518blog2 食事を終えて九段下方面に歩く。九段下の交差点までは平坦だったが、そこから先はけっこうな上り坂である。湿気が高く蒸し暑いので、汗が出てくる。東京は意外に坂が多いと感じさせられた。さらに、九段下界隈もそうだが、東横線に乗っていたときに見えた多摩川園駅から田園調布駅あたりの多摩川沿いの丘陵地にもけっこう良い緑があった。職場近くにも緑があるが、多くがスギやヒノキの人工林なので、爽やかさが感じられず、東京の広葉樹の緑が爽やかに感じられた。東京は意外に緑が多いと感じさせられた。もっとも、場所にもよるだろうが。会議場には庭があり、人工的な庭園ではあったが、爽やかに感じられた。ジャコウアゲハも飛んでいた。
 17:30頃には会議の1日目が終わると、同僚のIさんと一緒に日本橋へ向かった。会議の途中に雷雨があったが、それと同時に気温が下がっており、昼間の蒸し暑さは無くなっていた。まず九段下駅へ。ここでも節電対策で、切符の自動販売機が半分以上停止されていた。蛍光灯も半分ぐらい抜かれている。半蔵門線に乗り三越前駅へ。日本橋は国道の起点である。「日本国道路原標」を見る。これが目的ではない。真の目的は「金子半之助」で江戸前天丼を食べることである。露地を入っても迷う事無くたどり着けた。店に入ると6席あるカウンターは満席。「2階を準備しますから」と言われて少し外で待たされた。2階も満席なのかと思ったら、客は誰もいなかった。ようするに、まだ本当に準備ができていなかったということなのだと思う。メユーは江戸前天丼しかない。バリエーションは、大盛りにするか、味噌汁をつけるかぐらいである。江戸前天丼(880円)と味噌汁(100円)を注文。待つ事しばし。出てきた天丼には、巨大な穴子の天ぷらが1つと海老天が2つ、その他が乗っていた。ボリューム満点である。テーブルの上の壷には「ガリ牛蒡」と大根の漬け物が乗っており、これも食べ放題。どれも美味しかった。実にコストパフォーマンスが高いと感じられた。
20110518blog1
 店を出てIさんと別れ、神田駅近くのホテルまで歩いた。神田駅近くのガード下はゴチャゴチャしていて、少しわかりづらかったが、予約してあったホテルはすぐに見つかった。この界隈も何となく暗く感じられたので上を見てみたら、街灯が半分以上は点灯していなかった。これも節電対策なのであろう。やや暗く感じられたが、とくに不自由は感じなかったので、この程度の明るさで十分なのだろうと思う。おそらく、これまでが明るすぎたのだ。
 夜は持参した本を読んで過ごしたが、朝早かったにもかかわらず、眠気がこない。しかし、12時前には強制的に消灯。
 熟睡できず、夜中には何度も目を覚まし、朝も6時前に起床。完全に睡眠不足である。7時半前にホテルをチェックアウト。徒歩で目的地に向かう途中で朝マック。会議開始30分前には会場に到着。
 11時半にはほぼ予定通りに会議が終了。同じ会議に出席していた福島県のMさんから震災の話を聞く。原発事故の影響もあり、やはり大変なようだ。
 会議が終わると緊張が解けたのか、睡眠不足の影響か、腹がへっているのか何だかわからない状態になった。神保町を経由して秋葉原まで歩き、再びマクドナルドへ。秋葉原駅の東西連絡自由通路は電灯の数が1/10ぐらいになっていたが、不自由ない程度の明るさだった。これまで無駄に明るかったということなのだと思う。マクドナルドでハンバーガー1個を無理矢理腹に詰め込む。秋葉原で少し買い物をして帰宅。新幹線の中で本を読むが、やはり腹が減っているのだかどうだかわからない状態。夕刻まだ陽が高いうちに帰宅。

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