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2011年4月 9日 (土)

帯刀益夫著『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか』

帯刀益夫(おびなた・ますお)著『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか−生物としての人間の歴史』

ハヤカワ新書juice 013
ISBN978-4-15-320013-5
1,400円(税別)
2010年5月25日発行
386 pp.

目次
まえがき
序−生命と生命科学
第一部 われわれはどこから来たのか
第1章 人類の起源と進化
第2章 現代人の起源と出アフリカ
第3章 農業と人類の定住化
第4章 感染症の起源
第5章 脳の大きさと進化
第6章 現代人への加速度的な進化
第二部 われわれは何者か
第7章 人は生き物である
第8章 言語機能
第三部 われわれはどこへ行くのか
第9章 ゴーギャンの魂の叫び
第10章 言葉のその後の進化
第11章 持続可能な人間の未来を求めて
第12章 エネルギー利用と地球の温暖化

 「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか」というのはゴーギャンが描いた最後の絵の表題である。ぼくは美術には疎いので、ゴーギャンの名前は知っていても、この作品のことは知らなかった。ともかく、このゴーギャンの絵の表題を主題として著者の考えが述べられているようだった。
 第一部は現代人に至るまでの生物としての人間の歴史、第二部は現在の生物としての人間、第三部はこれからの人間について書かれてる。
 はっきり言って、非常に読みづらく、読んでいて面白いと思えたところもほとんど無かった、というのが実感である。著者である帯刀益夫氏は分子生物学者であり、現代の専門分野の過度の細分化が問題であると考え、様々な分野の知見を統合する必要があると考え、自分の専門外のことをいろいろ勉強して、それを自分なりに整理して書かれたのが本書だと思われるが、第8章を除けば、十分に著者自身の考えが十分にまとまっているようには思われなかった。第8章には全体の4分の1ぐらいの、異様とも思われるほどのページ数が割かれていて、おそらく著者の専門分野に近いところで、たくさん書きたかったのではないかと思われるのだが、あまりにも細かいところに入りすぎて、読んでいてもとても頭に入るようなものではなかった。それに対して、特に第11章や第12章に書かれている生態学的なことは、間違ったことが書かれているわけではないが、表面的にしか感じられなかった。これらのことは、生態学の専門家が書いたものを読んだ方が良いように思える。
 もう一つ困ったことに、著者は色々な分野のことを書物や論文を読んで勉強したのだと思われるが、引用文献が一切示されていないので、読者が文献を全くフォローできないのである。これは本書の最大の欠点だと言っても良いと思う。
 著者が本書を書いた意図は理解できるが、著者の考え方は基本的には還元主義的であると感じられ、異分野を総合的にまとめようという点では、本書は成功しているようには思えなかった。「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか」という本書の表題に惹かれて本書を読んだが、読むのに時間がかかった割には、ぼくにとってあまり得られたものはなかったように思われる。基本的な思考回路がぼくとは違うからであろうか?あまりお勧めできない本だと思われる。

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