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2011年3月12日 (土)

東北地方太平洋沖地震・・・我が家の状況

 木曜日(3月10日)の未明、妙な寒気で目を覚まし、体温を測ったら微熱。冷たいお茶を飲んで再び布団へ。朝は6時半ぐらいに目覚めたが、体温はやはり微熱。インフルエンザではないかと思って、朝少し職場に顔を出して、パートさんに仕事をお願いして、すぐ帰宅。近所の医者に行ったが、インフルエンザは陰性の反応。それでも、いっぱい薬を処方されて家に戻り、そのまま布団へ直行。
 金曜日(3月11日)は布団の中でラジオ(国会中継)を聴きながらボーッとしている。ときどき寝ているらしく、記憶はかなり細切れである。昼食後も相変わらず布団のなかでボーッとしながらラジオを聞いていると、突然緊急地震速報が入って東北地方で地震とのこと。しばらくするとこちら(三重県津市)でも長い周期で揺れたので、ただ事ではないと感じた。ラジオも地震のニュースに切り替わってしまった。宮城県で震度7とのこと。車の定期点検に行っていた妻が戻ってきてテレビを見始めたら、名取市を襲った津波の様子が映し出された。こちらにも津波警報が出された。我が家は志登茂川の河口に近い低地にあるので、ちょっと心配ではあった。妻はテレビの津波の様子を見て怖じ気づいてしまった感じだったので、とにかく高台に避難しようということになった。ぼくの頭は風邪でボーッとしているので、とりあえず妻の言うなりである。まずは、スーパーマーケットで食料と飲み物を調達して、県立図書館に向かった。図書館は至って平穏で、何事もなかったかのようであった。夜7時になると図書館から追い出されたので、さてどうしよう、ということになった。職場に行こうか、という意見もあったのだが、近鉄(我が家より海側にある)は動いているらしいし、大丈夫じゃないか、ということで自宅に戻った。
 妻の両親は盛岡市に住んでいるが、当然電話が通じない。妻の兄が隣の滝沢村に住んでいて、そちらとは携帯メールで連絡がとれ、妻の両親も無事らしいとのこと。とりあえず、無事が確認できればすることもないので、また布団へ。
 今日(3月12日)になっても、盛岡の妻の両親のところには電話が通じない。昼頃になって、公衆電話からかけてみたら、ということで妻が江戸橋駅前の公衆電話に行って電話をかけたら一発でつながったようだった。皿一枚割れなかったが、停電で不便とのこと。妻の兄の家はオール電化で電気が止まってどうしようもないらしい。
 というわけで、バタバタとしたが、一族の無事が確認されて一安心。
 テレビを見ていると、まるで特撮映画のような映像が映し出され、ただ事ではないことがわかる。被災者のみなさんにはお見舞い申し上げたい。何かをしてあげたいとは思うが、風邪でボーッとしている頭では、何も思いつかない。

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コメント

ご無事で何よりです。こちらは地震で停電が2~3晩続き、断水した地域もありました。私達も盛岡の実家に駆けつけ、家族の無事を確認しました。
実家は断水せず、反射式石油ストーブとプロパンガスが使えたのが幸いでした。
今でも店の食料品、ガソリンや灯油は品薄ですが、沿岸地域のことを思うと贅沢は言ってられません。

投稿: JG | 2011年3月14日 (月) 22時24分

JGさん、コメントありがとうございます。
妻の実家は、ちょうど灯油を補給した後に地震が起こったので、寒さで困ることはなさそうです。いろいろ物資を送りたいところですが、輸送手段が確保できていない状況では、どうしようもありませんね。岩手はまだまだ寒いですから、お体にはお気をつけください。これからもご無事であること、遠くよりお祈りしております。

投稿: Ohrwurm | 2011年3月14日 (月) 22時40分

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