« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

2011年2月

2011年2月27日 (日)

失せもの発見(2011年2月27日)

 宿替えしてから2か月が経過したが、寒くて体が動かないこともあり、なかなか片付けが進んでいない。少しずつ作業を進めていたが、どうしても発見できないものがあった。それは、宿替え間際に届いたていた名古屋昆虫同好会の会誌と連絡誌の最新号。それ以前のものは、宿替えのかなり前に整理してまとめて箱詰めしてあったので、宿替え後にすぐ発見できたのだが、最新号は箱詰めの済んだ後に送られてきたので、別の場所に入れてあったのだ。それがどうしても発見できなかった。
 まだ片付いていないものがたくさんあるので、あちこちの箱を物色していたら、思いがけない箱から探していたものが見つかった。その箱に入れたことは全く記憶に残っておらず、やはりよほど急いで作業をしていたということなのだろうと思う。
 どうしても見つからなかったら最新号だけを購入しようかとも思っていたので、まずはメデタシメデタシである。
 しかし、まだ発見できていないものもあるので、まだ安心はできない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月26日 (土)

林正美・税所康正 編著『日本産セミ科図鑑』

20110226blog1
林正美・税所康正 編著『日本産セミ科図鑑』
詳細解説、形態・生態写真、鳴き声分析図
全種鳴き声CD付き

誠文堂新光社
ISBN974-4-416-8114-6
4,600円+税
2011年2月28日発行
221 pp.

 今日の午後この本が届いた。
 この本は単なる図鑑ではなく、現時点での日本産セミ類研究の集大成とも言えるものだと思った。エゾゼミ属が長年親しまれてきたTibicenではなくLyristesになっているなど、学名の訂正があちこちにあるのに気づいた。
 鳴き声のCDも、数多くの録音の中から選りすぐられたものと思われ、大変わかりやすい。鳴き声のほとんどは『セミの家』の作者で、本書の編著者の一人である税所氏によるデジタル録音のもので、『セミの家』でも聴けるものであるが、唯一オガサワラゼミが大林隆司氏によるアナログ録音によるものである。噂にしか聞いたことのなかったオガサワラゼミの鳴き声を初めて聴くことができた。
 内容から見れば、4,600円という価格は決して高くないものだと思われ、セミの研究をする上で無くてはならないものだと思われる。大変オススメの本だと思う。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年2月24日 (木)

鼠小僧次郎吉の墓(2011年2月24日)

 一昨日から会議で東京への出張であった。今回は最近の東京での定宿になっている安ビジネスホテルに2泊した。定宿ではあるが、泊まるのはほぼ1年ぶりである。最初にこのホテルに泊まったときには知らなかったのであるが、このホテルのすぐ近くに小塚原回向院があり、そこには吉田松陰や鼠小僧次郎吉の墓があることを知った。そんなわけで、今朝ホテルをチェックアウトしたあと、小塚原回向院に向かった。
 「有名人」の墓はすぐわかるようになっており、目的の墓はすぐに見つけられた。
20110224blog1
 これは鼠小僧次郎吉の墓。新しい墓の後ろには、古い墓石があり、かなり削り取られているのがわかる。何時の時代の人が墓を削ったのであろうか?
 そのあとは地下鉄に乗って目的地に向かったのであるが、三重県では考えられないほどの混雑で辟易した。東京の人は、毎日ご苦労さんだと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年2月18日 (金)

家庭内パンデミック(2011年2月18日)

 先週の後半頃から調子が悪かった妻が、この前の日曜日にA型インフルエンザと診断されていたのだが、その後次男にも感染し、さらに三男にも感染し、さらに今日、長男への感染が確認された。長男は先月のB型インフルエンザに続き、今期2度目のインフルエンザである。まさに家庭内パンデミック。
 その中でぼくは何とかまだ持ちこたえている状態だ。
 しかし、よく思い出してみると、ぼくも先週の水曜、木曜の東京への出張で、あまりに激しい寒暖の差で体調を崩し、金曜日の昼間は家の布団の中で安静にしていた。それでも金曜日の夜は、Nさんの虫寿のお祝いの宴会に出ることができるぐらいになっていた。しかし、その後再び体調が悪くなり、土曜日は寒気がしてずっと布団の中にいた。それでも、確認できた最高の体温は37.4℃。日曜日もずっと布団の中で過ごし、妻を夜間診療に連れて行く仕事は長男に頼んだ。ゆっくり休んだせいか、月曜日の朝には平熱に戻っており、出勤するには何の問題もなくなっていた。しかし、実はこれがインフルエンザだったという可能性も否定できない。確かに寒気がして、普通の風邪ではないとは思ったのだが、かと言って、喉が痛かったわけでもないし、咳が出たわけでもないし、高熱が出たわけでもない。まだ体調が万全だとは言えないのが、インフルエンザだったことをうかがわせる状況証拠だ。本当のところよくわからないのだが、もしこれがインフルエンザだったとすれば、この家庭内パンデミックの状態でも、さらにぼくに感染する可能性はほとんどないことになる。先週末の熱発がインフルエンザによるものであったのだ、と考えたいものである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年2月16日 (水)

土壌微生物の多様性についてのぼくの理解・・・横山和成さんの話を聞いて・・・さらに外来種の問題を考えてみる

横山和成さんの主張についてのまとめ
 還元主義的な考え方に基づいて土壌微生物を完璧に分類することは不可能であるから、土壌微生物の種数をもとにした土壌微生物の「種の多様性」を求めることは不可能である。しかし、土壌微生物の機能をもとにした多様性の指標を作ることは技術的に可能である。すなわち、様々な有機物を分解(利用)できるかどうかを基準にして多様性を指標化すればいい。そうして求めた指標を基準としてみてみると、土壌微生物の(機能的な)多様性の高い土壌ほど作物の病気が発生しにくいことが明瞭にわかってきている。多様な機能を持つ土壌微生物群が様々な生態的なニッチを占めることにより、特定の機能をもつ土壌微生物種だけが特異的に大発生する可能性が小さくなるので、植物に対して病原性をもつ土壌微生物も増殖しづらくなるのがその理由だと考えられる。ここで、多様な土壌微生物は種がわからなくても、ある機能を持つかどうかがわかればよく、同じ機能を持つ土壌微生物であれば、種が入れ替わってもかまわない。見方としては、土壌微生物の多様性を保持することは、種構成などを静的な状態で維持することではなく、機能的な動的平衡を保たせればいいということである。

そこから植物の土壌病害と有機農業についてぼくが考えたこと
 植物の土壌病害を防ぐために土壌消毒が行われるのが一般的である。土壌消毒は農薬や熱水を使って、微生物を殺すことである。ここで標的とされるのは植物病原菌である。しかしながら、土壌消毒は植物病原菌であるか有用菌であるかにかかわらず、無差別的に微生物を殺す。微生物を殺すことは土壌微生物の多様性を減らすことにほかならない。土壌消毒により病原菌がいなくなれば(発病限界以下の個体数になれば)植物の土壌病害は抑えられる。しかしながら、再び発病限界以上に個体数に病原菌が増えれば、また土壌消毒を行わなくてはならない。それに対して、土壌微生物の多様性を高めれば病原菌は増殖しにくくなり、発病限界以上に個体数を増やす機会は少なくなると考えられる。有機農業を行うには「土をつくることが大切である」と言われるが、これはまさに土壌微生物の多様性を高めることだと思われる。土壌微生物の多様性を高める途中段階では、様々な望まれない微生物が増殖する可能性があり、「土ができる」までには様々な障害があると思われる。有機農業を行うことは、その間の辛抱ができるかどうかにかかっているように思われる。農薬を使わずに熱水を使えば無農薬であるから、それは一見有機農業のようにも見えるが、土壌微生物の多様性を低めるという点では農薬と同じであるから、熱水土壌消毒は有機農業とは相容れないものだと思われる。

転じて一般にいわれている生物多様性と外来種問題について考えたこと
 生物多様性の問題を考えたとき、かならずと言って良いほど外来種の問題が取り上げられる。現在一般には、外来種は排除すべし、という考え方で対策が講じられている。これは、静的な状態を保全する考え方に基づいていると言える。しかし、外来種の中には、既に日本の生態系のなかにはまり込んでしまっていて、排除するのが現実的に困難な種が非常に多い。これは、その外来種が定着できたということは、その種のための生態的ニッチが空いていたということなのだろうと思う。生態的なニッチが空いていなければ、外来種も定着できなかったであろう。そのような外来種を静的な状態の保全の考えに基づいて「何が何でも排除する」ということでは、コストもかかりすぎるだけでなく、いくらコストをかけても排除できない場合がほとんどであると思われる。土壌微生物の機能的な多様性の保全の考え方に従えば、生態系の中で同じ機能を持つ種であれば種が入れ替わってもかまわないことになる。外来種の侵入によって生態的な地位を追われる在来種がいるかも知れないが、外来種によって同じ機能が維持されていれば、生態系全体としては安定性を保てることになるので、必ずしも「外来種の侵入=悪」とは言えないと思える。在来種の絶滅を防ごうとするのは静的な状態を無理矢理維持しようとすることであって、エネルギー的にも無駄が多いのではないかと思われる。誤解されては困るので敢えて書くが、ぼく自身は在来種(と言うより、自分が慣れ親しんでいる種、と言った方が良いであろうか?)がいなくなるのは寂しいことだと思っている。しかし、それはぼくの心の中にある郷愁(高橋敬一氏の言うところの)にすぎないことなのだろうと思う。誰しも、自分の物心がつく前の情景を思い浮かべるのは不可能であるから、せいぜい保全のために遡ることができる時代は、たかだか自分の記憶に残っている範囲にすぎないはずである。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2011年2月15日 (火)

微生物の多様性について話を聞いた

 微生物の多様性について、今日の会議で横山和成さんの話を聞いてきたのだが、なかなか考え方が面白かった。それをふまえて、生物多様性についての自分の考えをもう少しまとめて、このブログに書いてみたいと思う。
 乞うご期待。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

井上陽水 Tour 2011 Powder@三重県文化会館大ホール

 そこそこの歳になってからはクラシックを中心に聴くようになったが、中学生時代はギターをかかえてフォークソングを歌っていた。その中のお気に入りが小椋佳と井上陽水だった。井上陽水とはたまたま誕生日が同じである。
 今日はその井上陽水のコンサート。なぜか井上陽水にはまった中学生の三男坊が新聞の広告に出ているのを見つけてチケットを買ってあった。長男と次男は興味がなかったので、妻と三男坊と三人で出かける予定だったが、妻がインフルエンザでダウンしてしまったので、三男坊と二人で出かけた。
 クラシック系のコンサートには何度も行ったことがあるが、ポピュラー系のコンサートは生まれて初めて。途中にトークなども挟まれていたが、2時間近くも休憩なしで歌い続けた。ぼくが中学生時代に聴いた曲から新しい曲まで20曲近く。井上陽水の歌の歌詞も若々しいが、とても62歳とは思えないエネルギーだと思った。
 初めてのポピュラー系のコンサートだったのでどんなものかと思ったのだが、照明などの演出も効果的でよく考えられて作られていると思った。客の盛り上がり方もクラッシック系の音楽とは全然違う。井上陽水の歌そのものが良いからだと思うが、ポピュラー系も悪くないと思った。

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2011年2月14日 (月)

朝は晴れていたけれど(2011年2月14日)

 今朝はそれなりに気温は下がっていたが、晴れていて風もなく穏やかな朝だった。天気予報では、曇りで昼前から雪か雨が降ると言っていたが。
 出張等の関係で、毎週水曜日に行っている野外調査は、今週は月曜日である今日になった。陽が当たる場所では、ウヅキコモリグモがチョロチョロと歩き回っていた。先週の調査のときから成体も見られるようになったが、今日も何個体かの成体が見られた。12月の下旬から1月にかけては成体は見られなかったので、それなりに季節性はあると思うのだが、まだ寒い2月上旬から成体になる個体がいるとは、ウズキコモリグモの生活史も一筋縄では理解しがたいものがあると思う。
 調査を終えて昼前に職場に戻ると、空は急に曇ってきた。するとやがて白いものが降ってきた。3時過ぎに外を見ると、舗装されていない地面は真っ白になっていた。朝の空模様を見ていたときには、天気予報が外れたのではないかと思ったのだが、しっかり当たっていた。最近の天気予報は精度が高くなっているように思える。
 雪は止みそうになく、帰りが暗くなると危なそうなので、明るいうちに帰宅した。走る車はノロノロ運転だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月11日 (金)

虫寿

 今日は三重県の蝶屋の重鎮Nさんの虫寿のお祝いがあった。虫寿という言葉は虫屋の間でしか通用しないと思うが、要は64歳のお祝いのことである。もちろん語呂合わせ。
 その虫寿のお祝いの席で「虫寿」をどう読むかが話題になった。「ちゅうじゅ」か「むしじゅ」か?
 ぼくは「ちゅうじゅ」だと思っていたが、Nさんは「むしじゅ」が良い、ということで、「むしじゅ」ということになりそうだ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年2月10日 (木)

サンマーメン

 昨日から霞ヶ関への会議出張だった。同じ会議に出席した同僚のKさんの話によれば、名古屋から霞ヶ関に行くには、新幹線を新横浜で降りて、横浜線で一駅の菊名に出て、東横線の乗り換えて、中目黒から日比谷線に乗ると安くなる、という話を聞いた。名古屋から新横浜までの特急料金と東京までの特急料金は同じなので、すぐには合点がいかなかったのだが、要は東横線の料金が極めて安いので安くなるのだ、ということらしい。
 ということで、帰りはその手を使うことにした。せっかくなので、東横線を乗りつぶそうと思い、千代田線と半蔵門線を乗り継いで渋谷に出て、菊名ではなく横浜まで出て、昼食は横浜周辺でしか食べられないサンマーメンを食べようと思った。渋谷から横浜までの運賃は何と260円。安い!これなら安くなるはずである。
 横浜まで出たらきっとサンマーメンを食べられる店があるに違いないと思って地下街を歩いていると、すぐに見つかって、その店で食べることにした。玉泉亭横浜ポルタ店。出てきたのがコレ。600円也。ちなみに、サンマーメンは「生碼麺」と書く。決して「秋刀魚麺」ではない。
20110208blog1 野菜はモヤシぐらいしか入っていないと思っていたが、モヤシ以外にも色々な野菜が入っていた。麺は極細。以前、京急三崎口駅前の中華料理屋で食べたのとはちょっと違っていた。どちらかと言えば、以前食べたものの方がボクの好みだと思った。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年2月 4日 (金)

暖かい立春(2011年2月4日)

 今日は立春。暦の上では春である。暦の上で春になっても、実際には寒いことが多いが、今年の立春は暖かくなった。今日の津地方気象台の最高気温は13.6℃。風も弱く暖かい日だったと思う。だったと思う、というのは、今日はデスクワークに忙殺されていて、外で仕事をしなかったから、暖かさを実感できなかったからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 2日 (水)

冬型の気圧配置が緩む(2011年2月2日)

 昨日までは風が強くて寒かったが、今日は冬型の気圧配置が緩んで風が止み、気温は昨日とほとんど変わらなかったにもかかわらず暖かく感じられた。今日は恒例の野外調査の日だったが、暖かくて気持ちがよかった。春が遠くないことが察せられるようだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 1日 (火)

ただいまの読書・・・グールド(2011年2月1日現在)

 引っ越し荷物の段ボール箱を開いていたら、前の家とその前の家(石垣島のアパート)に居たときには開かれていなかった段ボール箱がいくつも見つかった。前の家に居たときには図書館で本を借りてきて読んでいたが、いまは今回段ボール箱の中から発掘された本を読んでいる。
 まずその第一弾として、グールドの「ダーウィン以来(上・下)」を読んで、今はその続編「パンダの親指(上)」にさしかかっている。買ったままで安心してしまって、ほとんど読んでいなかった本である。
 これらはもう古い本なので、いまさら感想を書けと言われても、フムフムそうなのね、という程度にしか書けないように思うが、生物進化の断続平衡説を唱えていた(もう亡くなってしまったので過去形である)グールドがどのようなことを考えていたのか、少しでも理解できたら良いと思いながら読んでいる。今のぼくにとって、断続平衡説は非常に興味惹かれる学説である。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »