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2011年1月 3日 (月)

年賀状について考えてみる

 今日は午後から近所になった「小丹神社」(「おにのじんじゃ」と読むらしい)に家族揃って初詣に行ってきた。そのあとは年賀状の整理である。毎度のことであるが、今年も年賀状を出したのは、年が明けてからである。
 実は、ぼくにとって年賀状は憂鬱のタネの一つである。とにかく面倒くさいのである。困ったことに、一度しか会ったことがなく、もう顔も思い出せないのに、毎年年賀状をくれる人もいるので、そういう人をどうしたら良いのか、ということにも迷ってしまうのだ。
 もらって嬉しい年賀状もないわけではないが、「今年もよろしく」という程度にしか書かれていない年賀状は、もらってもあまり嬉しくない。
 ぼくにとって年賀状は、年に一度の近況報告だと思っている。だから、ぼくも相手の近況が知りたいのだ。だから、紙の年賀状(普通の年賀はがき)でなくても、近況が書かれていれば、電子メールでも良いと思っている。むしろ電子メールの方が受け取るのも気楽である。
 だから、紙の年賀状をいただいた人に対しても、メールアドレスがわかっていれば、紙に印刷した年賀状と同じものを画像ファイル化して、それを電子メールに添付して、本文に一言書き加えて電子メールで年賀状を出した。
 インターネットを使っていないとわかっている人には、仕方がないので紙(年賀はがき)に印刷して宛名を手書きしてポストに投函している。
 このブログを読んでくれた人も、電子メールで近況を知らせてもらえれば、それで十分嬉しいので、来年からは電子メールで近況を知らせて欲しいと思う。
 今年の年賀状(クリックすると拡大します)をもう一度掲載するので、もし近況を知らせてくれる人が居るなら(ぼくと面識がない人ではもちろん意味はないが)、ここに書かれているメールアドレス宛に電子メールを出して欲しい。
2011nenga

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コメント

明けましておめでとうございます。
お幸せそうなご家族のお写真に、お正月から晴れ晴れとした気分にさせていただきました。
意外に、、、、河野君の子どもの頃に瓜二つ、、、のご子息はいらっしゃらないのね(笑)
うちは27歳の娘を筆頭に、社会人一年生の息子23歳まで3人とも親離れしてしまいました。
50を超え、お互い自分の体は自分で管理しなければいけませんね。

投稿: ぺこん | 2011年1月 3日 (月) 23時49分

ぺこんさん、あけましておめでとうございます。
 我が家は19、16、13ですから、定年まで稼がねばいけません。顔は似てませんけど、それぞれ性格は受け継いでいますよ。特に受け継いで欲しくない性格なんかが。
 50を過ぎましたから、まあ、体には気をつけて、豊かな老後を過ごせるようにしましょうね。

投稿: Ohrwurm | 2011年1月 4日 (火) 07時26分

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