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2011年1月

2011年1月31日 (月)

「夢がいっぱい牧場」のテンダーロインステーキ

 いくばくかの出資をしているので、毎年夏と年末に「夢がいっぱい牧場」の製品が届く。去年の年末はステーキ用のヒレ肉だった。もう15年以上になると思うのだが、ヒレ肉が送られてきたのは初めてである。それを今日の夕食に食べた。
 一口食べて・・・・ウマイ! と家族全員から声が出る美味しさだった。
 ヒレ肉はそれほど多量にとれるものではないので貴重品である。たまにはこういう贅沢も良いと思う。

 「夢がいっぱい牧場」とのつきあいは、「夢がいっぱい牧場」がまだ「片岡牧場」だった頃まで遡る。大学に入学した年、夏休みの半月ほどをこの牧場で過ごし、いろいろ迷惑をかけながらも様々な体験をし、いろいろ学んだ。就職してからも、冬に一度お邪魔したことがあるが、もう20年以上も前のことである。その後「片岡牧場」は事業を展開し「夢がいっぱい牧場」となった。大将も第一線から退いて、会社は息子さんに引き継いだとのことである。
 どのように発展したのか、一度見てみたいものである。いつ北海道に行けるだろうか。

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2011年1月30日 (日)

ささやかな贅沢・・・戻った敷金で外食

 長男のインフルエンザもほぼ治ったので、今日の昼食は当初予定していた外食を決行した。場所は、息子の料理教室の先生をしてもらったことのある人のお店で、こちら「蘆山」。とびきり高級な店というわけではないが、良い雰囲気の店だった。厨房で何人働いているのかわからなかったが、けっこうな数の客の注文を次々と快調にさばいているような感じだった。料理はどれも美味しかったが、牡蛎と葱の炒め物が一番美味しかったと思った。
 家族5人で美味しいものをお腹いっぱい食べたが、支払ったお金は、戻ってきた敷金の額からみればほんのささやかなものだった。とは言え、家族との外食でこれだけのお金を遣ったのは、これまでに記憶がない。ようするに、普段は慎ましい外食をしているということだ。

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2011年1月25日 (火)

宿替えからひと月経過

 宿替えしてから昨日でひと月が経過した。早いものである。あっという間にひと月経ってしまったという感じだ。最初の5日ぐらいは、夜寝付けなくて困ったが、もう寝付けなくて困るようなことはなくなった。
 家の構造が変わったので、生活スタイルもかなり変わった。これまでの平屋から二階建てになったので、毎日階段を昇り降りする。家の中での運動量は確実に増えていると思う。健康のためには悪くはないだろうと思う。
 これまでは近所にドラッグストアが1軒だけある完全な住宅地だったが、今度の家の近くにはコンビニエンスストアも銀行のATMも郵便局も飲食店もパン屋もクリーニングの取り次ぎ店もある。それに何よりも駅に近い。もっとも、ぼく自身はまだ駅を利用する機会が少ないので、有り難味は少ない。職場からはちょっと遠くなったので、通勤に4〜5分余計に時間がかかることが難点と言えば難点である。途中に踏切もあるので、ひっかかるとさらに余計に時間がかかる。
 まだ荷物が片付いているわけではないので、まだまだやらなければいけないことがある。早く何とかしたいが、寒いと体が動かないので、春まで待たなければいけない可能性が高い。
 それはそれで、まあ何とかまあそれなりに生活のリズムもできてきたので、そのうちに慣れていくのだろうと思う。

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2011年1月21日 (金)

敷金が戻ってきた

 年末に敷金を取り戻す話をこのブログに書いたが、今日無事に敷金が戻ってきたのが確認された。
 国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を後ろ盾にして不動産屋との交渉に臨んだのだったが、実にあっけなくこちらの言い分が通ってしまい、実に敷金の9割近くが戻ってきた。
 あまりにもあっけなくこちらの言い分が通ってしまったということは、不動産屋はガイドラインを知っていた上で、ハウスクリーニング会社とグルになって高額の修繕費用を請求して、ガイドラインを知らない借主からは、その高額の修繕費用をだまし取ろうとしていたのではないか、ということも疑われる。その不動産会社は、信頼できない会社だと思わざるをえない。しばらくは不動産に関する取引をすることもないと思うが、もうその会社とは関わることを避けたいと思う。
 敷金が戻ってきたら家族揃って食事に出かけようという話をしていたが、間の悪いことに長男がインフルエンザに倒れてしまったので、外での食事はしばらくはお預けだ。

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2011年1月19日 (水)

鳥の餌食になったキャベツとブロッコリー(2011年1月19日)

 今日も毎週恒例の調査だった。毎年のことであるが、冬になるとキャベツの葉が鳥に齧られる。このところ寒さが続いているせいか、鳥によるキャベツの被害が余計に目立つようになってきた。近くにあったブロッコリーの葉も激しく食害されていた。犯人(犯鳥?)はわからない。
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2011年1月16日 (日)

第5回大門寄席・切磋亭琢磨 南遊亭栄歌 二人会

 今朝の津は冷え込んで最低気温は-3℃。この冬一番の冷え込みである。朝起きたらうっすらと雪も積もっていた。ただただ寒い。2日ぐらい前から風邪気味で調子が悪く、朝は一応起きて朝食は食べたが、またそのあとパブロンSを飲んで布団へ逆戻りして、昼食までうつらうつらとしてしまった。
 午後からは予定していた「第5回大門寄席」へ。妻と三男坊と一緒。今回は津観音の資料館での開催。大門商店街の活性化のために開かれている寄席である。「うどんの幸助」の若旦那の岩脇さんが裏方として頑張っている。

南遊亭栄歌 二人癖
切磋亭琢磨 崇徳院
仲入り
対談 切磋亭琢磨×南遊亭栄歌
切磋亭琢磨 寿限無
南遊亭栄歌 代脈

 切磋亭琢磨さんは元教員、南遊亭栄歌さんは現職の内科医。二人とも本当のプロではないが、下手な若手のプロの噺家さんよりも落ち着いていて安心して聴けると思った。下座もアマチュアである。三味線の切磋亭いの千代さんは、ぼくの大学時代の友人で、某予備校の講師。もっと安い木戸銭でやっているプロの噺家さんの落語会もないわけではないが、1500円(前売り1300円)という木戸銭は微妙なところである。しかし、今回は損をしたという気はしなかった。
 30〜40人ぐらい入れる会場だったと思うが、満席ではなかった。商店街の活性化に効果があるかどうかも微妙なところである。会が終わって「だいたて商店街」を見たが、人影は少なかった。

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2011年1月12日 (水)

ジョウカイボンの幼虫(2011年1月12日)

20110112blog1 今日も恒例の野外調査の日であった。最初の調査場所でウヅキコモリグモを見つけようとして、畑にある枯れたゴボウの葉をめくったらジョウカイボンの仲間の老熟幼虫が見つかった。このあたりにいる大型のジョウカイボンの仲間は、その名前そのもののジョウカイボンAthemus suturellus (Motschulsky, 1860)が多いので、多分それだろうと思う。
 初めてジョウカイボンの仲間の幼虫を見つけたのはコブハサミムシの調査をしていた大学院生の頃だった。コブハサミムシを食べていた得体の知れない幼虫は最初はどんな虫の幼虫なのか見当もつかなかったが、飼育したらジョウカイボンとアオジョウカイが羽化して、それがジョウカイボンの仲間の幼虫だということがわかった。
 コブハサミムシも真冬に繁殖する“変な”虫だが、真冬に活発に餌を食べるジョウカイボンの幼虫も変な虫だと思う。

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2011年1月 9日 (日)

2011年名古屋昆虫同好会総会・葛谷健さんの講演

 一昨年の虫供養と去年の総会と虫供養を欠席してしまったので、名古屋昆虫同好会の行事に参加するのは2009年の総会以来である。毎月の例会もあるが、夜の例会は帰りが遅くなるので、行こうと考えたことはない。
 例によって、せっかく名古屋まで出かけるので、ついでに他の用足しと余計なことも。まずは地下鉄の乗りつぶし。まだ乗ったことの無い桜通線の中村区役所方面へ。すぐに戻り久屋大通で名城線に乗り換え、上前津まで。大須の沖縄物産品店「にらい」にて「沖縄そば屋さんのBGM」のCDを見つけ、思わず買ってしまった。ついでにルートビアも。ここから鶴舞線の大須観音駅から御器所まで乗り、再び桜通線。目的地の吹上とは逆方向の野並行きに乗り終点まで。一旦外に出て、そのあたりで食事をしようかと思ったが、気に入った店が見つからず、再び野並駅に戻り、目的地の最寄り駅の吹上に。地上に出たところ、目の前にいわゆる麺類丼物一式の店があったので入る。あまり空腹ではなかったのできしめんを単品で注文。480円也。けっこう美味しく、汁も飲み干してしまった。その店を出て会場の吹上ホールへ向かっていると、信号待ちをしているときに後ろから来たAさんとIさんに声をかけられ、一緒に会場に。
 総会は会長の挨拶に始まり、会務の報告と事業計画案の承認。そのあとは今日のメインイベントである自治医科大学名誉教授の葛谷健さんの講演である。演題は「1960年頃までの東海地方のチョウ類」。葛谷さんは名古屋出身で昭和一桁の生まれであり、旧制中学までを名古屋で過ごされている。旧制高校に進学して東京に移られてからもしばしば東海地方で昆虫の調査をされている。今日の話題はその当時の話である。時代としては1948年ぐらいから1960年ぐらいまでのことである。
 その当時はあちこちに昆虫同好会ができ、各地で昆虫相の解明が進むとともに、チョウの生活史が次々と解明された時代である。ぼくが中学生になって名古屋昆虫同好会に入会した頃、ぼくは主にチョウを集めていたが、その頃には日本産のほとんどのチョウの幼虫期の生態が解明された後であり、生態を解明するというワクワクするような現場に立ち会うことはもうほとんど不可能になっていた。そのワクワクする時代に葛谷さんは立ち会うことができたわけであり、戦後の混乱もあって大変だったかも知れないが、虫屋としては羨ましい時代を生きられたことだと思う。話される内容には、「これは○○で初めて採集された個体だと思います。」という言葉と一緒に示されるチョウがいくつも紹介され、「××の幼虫を見つけたのは私が最初だと思います。」とかいう言葉があり、羨ましく感じられた。チョウの研究をしているアマチュアなら知らない人はいないと思われる磐瀬太郎さんとの交流の話も羨ましく感じられた。
 今は愛知県ではほとんど幻になってしまったヒメヒカゲが東山公園で採れたとか、その東山公園にはまだギフチョウがいたとか、今では想像できない話ばかりで、本当に羨ましく思えた。
 ちょっと話を変えるが、チョウと違ってカメムシはまだまだ生態の解明が進んでいない。ぼくがカメムシに惹かれるのは、生態の解明ワクワク感を感じることができるから、という理由も大きいと思う。そういうワクワク感を感じたい人はカメムシを研究したら良いと思う。
 話を元に戻す。2009年の総会のときの高橋昭さんの講演もそうであったが、ワクワクする現場に立ち会われた人の話を本人の口から直接聞くことのできる機会はなかなか無いので、名古屋まで出かけた甲斐があったというものである。
 久しぶりの名古屋昆虫同好会の行事への出席だったので、参加者の顔と名前の半分ぐらいしかわからなかった。昔からの人はある程度わかるが、全く分からない人も多数。今日は例会とは異なって「一人一話」が無いので、結局顔と名前が一致しない人が多数残るということになってしまった。まだ若い人(女の子もいたのにはびっくりした)もチラホラといるので、そういう人はもっと増えて欲しいと思う。
 会のあとは新年会が計画されていたが、帰りが遅くなるのも辛いので、失礼して帰宅した。地下鉄桜通線で名古屋まで出て近鉄名古屋駅まで行ったら伊勢中川行きの急行が見えたので急いで切符を買って電車に向かったが、まだドアが空いていなかった。まもなくドアが開いて乗り込んだが発車時刻の17:21までにはしばらく時間があった。その間に17:10発の賢島行きの特急が発車した。名古屋から津までの間でほとんどの急行はあとから来た特急に追い抜かれる。これは津まで870円の特急料金を払わせようとする近鉄の魂胆に違いない。この急行は近鉄弥富で特急に抜かれたと思ったら、近鉄四日市でもまた特急に抜かれた。当然のことながら気分はよくない。それでも、以前より一駅近くなり、駅から家までの距離が近くなったので、18時30分頃には帰宅することができた。

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2011年1月 7日 (金)

積雪(2011年1月7日)

 朝起きたら、雪がうっすらと積もっていた。出勤のためのバイクの運転には注意が必要な場所が何か所もあった。山に近い職場に近づくにつれ、また雪が降りだした。バイクで走っていると、手袋をしていても手が冷えていくのがわかるほど寒かった。この冬一番の寒さだと思われた。
 職場についたら、自宅付近よりも積雪がやや多いように感じられた。これが、職場の居室から見た風景。
20110107blog1 昼間もずっと雪が降り続けていたが、積雪は徐々に減り、昼前には黒い地面が見えてきた。でも、やはり寒い日だった。

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2011年1月 4日 (火)

ウスズミカレハに出会う(2011年1月4日)

 今日の日中はそこそこ暖かさを感じたが、陽が傾いたらやはり冷えてきた。職場から帰宅するときには既に陽も沈み、西の山の端にかすかな明かりが残っているだけだった。
 帰ろうとしたとき、ふと職場の建物の外の灯りのところを見ると、1頭のガが壁に止まっているのが見えた。そのまま写真を撮れると良かったのだが、ちょっと高い場所だったので、採集して室内で撮影することにした。一旦建物の外に出たのだが、再び建物の中に戻り、プラスティック製のカップを持って再び灯りのところに来た。ガはじっとしているので難なく採集できた。
 その時にはガの名前は分からなかったが、この時期に出てくるガで似ているものはウスズミカレハが思い当たった。とは言え、ウスズミカレハを見たのは盛岡に住んでいた頃のことなので、今から18年も前のことなので、自信があったわけではなかった。早速ネットで「ウスズミカレハ」を検索したところ、目の前にいるガと同じ画像が出てきて、自分の記憶力もまんざらでもないと思った。
 外にいたとき、ガはじっとして動かなかったが、室内に移したところ、暖かいせいか、すぐに動き出した。写真も良い写真は撮れなかった。まあ、仕方がない。
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2011年1月 3日 (月)

年賀状について考えてみる

 今日は午後から近所になった「小丹神社」(「おにのじんじゃ」と読むらしい)に家族揃って初詣に行ってきた。そのあとは年賀状の整理である。毎度のことであるが、今年も年賀状を出したのは、年が明けてからである。
 実は、ぼくにとって年賀状は憂鬱のタネの一つである。とにかく面倒くさいのである。困ったことに、一度しか会ったことがなく、もう顔も思い出せないのに、毎年年賀状をくれる人もいるので、そういう人をどうしたら良いのか、ということにも迷ってしまうのだ。
 もらって嬉しい年賀状もないわけではないが、「今年もよろしく」という程度にしか書かれていない年賀状は、もらってもあまり嬉しくない。
 ぼくにとって年賀状は、年に一度の近況報告だと思っている。だから、ぼくも相手の近況が知りたいのだ。だから、紙の年賀状(普通の年賀はがき)でなくても、近況が書かれていれば、電子メールでも良いと思っている。むしろ電子メールの方が受け取るのも気楽である。
 だから、紙の年賀状をいただいた人に対しても、メールアドレスがわかっていれば、紙に印刷した年賀状と同じものを画像ファイル化して、それを電子メールに添付して、本文に一言書き加えて電子メールで年賀状を出した。
 インターネットを使っていないとわかっている人には、仕方がないので紙(年賀はがき)に印刷して宛名を手書きしてポストに投函している。
 このブログを読んでくれた人も、電子メールで近況を知らせてもらえれば、それで十分嬉しいので、来年からは電子メールで近況を知らせて欲しいと思う。
 今年の年賀状(クリックすると拡大します)をもう一度掲載するので、もし近況を知らせてくれる人が居るなら(ぼくと面識がない人ではもちろん意味はないが)、ここに書かれているメールアドレス宛に電子メールを出して欲しい。
2011nenga

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2011年1月 2日 (日)

転居先でもヒヨドリの鳴き声(2011年1月2日)

 転居先では自然に触れるのは難しいと思っていたが、ヒヨドリの鳴き声と姿を確認できた。
 まあ、ヒヨドリは街の中でも見られる鳥だから、ヒヨドリも見られないような環境は、よほどひどい所だとも思う。
 まあ、僅かばかりの自然だが、何もないわけではないことが確認できて、少し安心した。

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2011年1月 1日 (土)

石垣島の「民宿なぎさ荘」

 今日は実家への日帰りの帰省をしたので、年賀状を見たのは夜になって帰宅してからだ。その中の一枚の年賀状が石垣島の「民宿なぎさ荘」からのものだった。それを読むと、民宿を閉じることにしたとのこと。大変残念である。
 石垣島に住んでいたとき、自分が泊ったわけではなかったが、昆虫採集に来る虫屋さんがよく「民宿なぎさ荘」に泊ったので、ぼくは何度も「民宿なぎさ荘」に顔を出し、やがて懇意にしていただけるようになった。
 最初に泊ったのは、石垣島を離れるとき、公務員宿舎を引き払って家族を先に送り出して、4月1日に辞令をもらって石垣島を離れるまでである。石垣島を離れてから、2006年の春に出張で石垣島に行ったときにはもちろん「民宿なぎさ荘」にお世話になったし、2007年夏に家族旅行で石垣島に行ったときにもお世話になった。
 「民宿なぎさ荘」の歴史についてはこれまで何も知らなかったが、年賀状によれば1972年の沖縄の祖国復帰の年から営業を続けていたとのこと。39年の歴史を持っていたということである。
 これで困ってしまったのは、石垣島に行った時に何処にに泊ったら良いのか、ということである。石垣島にはホテルや民宿がたくさんあるので、選択肢には困らないはずだが、豪華なホテルでは落ち着かないし、ビジネスホテルでは味気ないし、「民宿なぎさ荘」のようなくつろげる宿を見つけようと思うとなかなか難しい。
 「民宿なぎさ荘」の営業を終えるとは言え、女将さんはまだお元気なはずなので、石垣島に行くことがあれば、必ず顔を出したいと思っている。問題は、何時石垣島に行けるか、ということだ。

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2011年・今年の年賀状

本年もよろしくお願いいたします。
2011nenga

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