福岡伸一著『ルリボシカミキリの青』
福岡伸一著『ルリボシカミキリの青』
文藝春秋
ISBN978-4-16-372430-0
1,260円
2010年4月25日発行
240 pp.
目次
プロローグ
第一章 ハカセの研究最前線
放蕩息子の帰還/ミールワームの大仕事/謎の物質の物語/空目/超難問への道/GP2の謎
第二章 ハカセはいかにつくられたか
海のおばけ/はらぺこあおむしの想い出/スズメバチとの邂逅/百名山/シガコン奇譚/少年ハカセの新種発見/料理修行/鳩山議員と蝶の美しさ/ボストンの優雅な休日/光陰矢のごとし仮説
第三章 ハカセをいかに育てるか
新学期の憂鬱/健全なる懐疑心を!/語りかけるべきこと/先輩から後輩へ/ものづくりの未来/鈴木少年の大発見/高校生たちのまなざし/入試問題頻出著者/出題者の悪夢/恥多き物書き/才能の萌芽/プロセス・オブ・パラレルターン
第四章 理科的生活
狂牛病は終わっていない/コラーゲンの正体/神隠し殺人事件の一考察/なぜ私たちは太るのか?/アサギマダラの謎/ある「わらしべ長者」伝/ほたてとえびのあいだ/そばvs.うどん/エコカーデビュー/ロハス・スパイラル
第五章 『1Q84』のゲノムを解読する
『1Q84』と生物学者/夏空の日食/自殺急増の真の意味/金印の由来/卑弥呼の墓!?/活字の未来/虫の虫、鉄の虫、本の虫/紙をめくる感覚
第六章 私はなぜ「わたし」なのか?
わたくし率/トポロジー感覚/「脳始」問題/日本一高い家賃/風鈴と脳とホタル/全体は部分の総和?/なつかしさとは何か?/1970年のノスタルジー
第七章 ルリボシカミキリの青
プラークコントロリアンの襲来/霧にかすむサミット/臓器移植法改正への危惧/花粉症から見える自己/花粉を止めたい!/文楽の生物学/ハチミツの秘密/ミツバチの実りなき秋/数学の矛盾/生命の不完全性定理/ルリボシカミキリの青
エピローグ
装幀 関口誠司
挿画 石森愛彦 <---ここに反応してしまった
本書は2008年の5月から週刊文春で連載されている「福岡ハカセのパラレルターン・パラドクス」と題されたエッセイの最初から70回分ほど(正確には66回か?)を、再校正・再編集し、手を加えてまとめられたものである。週刊文春は図書館で購入されているので、書架に出ていれば手にすることも多いのだが、週刊文春は人気があるらしく、いつも誰かが読んでいて。書架に出ていることは少ない。そのせいか、福岡氏のこの連載を知らなかった。本書の出版は新聞か何かで知って、即座に図書館にリクエストした。福岡氏の書いたものは面白いし、もちろん「ルリボシカミキリ」という名前にも惹かれたからである。
週刊誌の連載ということもあろうが、全編通して各編が3ページに収まる分量になっている。細切れの時間を使って読み進めるには都合が良い。まず驚かされたことは、大学での研究や教育という本職が別にありながら、読んで面白いエッセイをこれだけ毎週書き続けることができるという福岡氏の才能である。たぶん、睡眠時間も少ないのだろうなぁ。
福岡氏の文章に惹かれるのは何故かと考えたとき、かなり強烈な主張をしている部分があるにもかかわらず押し付けがましさがない、ということであるように思える。福岡氏の文章からは謙虚さが感じられる。「恥多き物書き」の項では、氏の著書『生物と無生物のあいだ』でブラウン運動について、自分で確かめもせずに間違ったことを孫引きして間違いをそのまま書いてしまったことを素直に認め、謝罪しているところには福岡氏の人間性を感じさせられる。文章を書くのは「怖い」ことだと思う。このブログを書くにあたっても、常に「間違ったことを書いているのではないか」と自問しながら書いている。しかし、福岡氏でも勇み足をしてしまうことがあるわけだから、もっと気楽に書いても良いのかも知れない。あとから訂正すれば良いわけだから。
収録されているすべてのエッセイに生物学、すなわち福岡氏の仕事のことが書かれているわけではないが、本書からは生物学者としての福岡氏の普段の生活や普段考えていることを察することができる。多くの研究者は、まだ完成していない自分のアイデアを多くの人に公開することを躊躇するのではないかと思うのだが、福岡氏は臆することなく一般の人(=読者)に語りかけている。なかなかできないことだと思う。同じ生物学をメシのタネにしているぼくと福岡氏では、対象とする分野が相当異なっているので、研究者としての福岡氏の評価は知らないが、教育者や啓蒙者としての福岡氏の才能は、他の人の追随を許さないところがあるように思える。
ところで、表題の『ルリボシカミキリの青』。確かに『ルリボシカミキリの青』という項目があり、福岡氏が研究を志した原因の一つではあるわけだが、本書の主題だとは思えない。表題に騙されてリクエストしてしまった、という気持ちが無いわけではないが、まあ出版社の術中にはまってしまったということだろう。でも、面白かったから許すことにしよう。
最後に挿画の石森愛彦さんのこと。本文中に絵は無いので、絵は表紙とカバーと扉のルリボシカミキリの絵だけである。石森さんの描く絵は精密画ではないが、要所要所を正確に描く、というところが特徴ではないかと思っている。石森さんの『うちの近所のいきものたち』は、そんな特徴がよく出ている本だと思う。この本もおすすめ。
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コメント
ルリボシの青とベニボシの赤は感動もんですね♪♪
今年は地元の青をぜひ堪能してくださいませ(^^)
投稿: シロヘリ | 2010年5月21日 (金) 21時32分
シロヘリさん、こんにちは。
「ベニボシカミキリの赤」という本を密かに書こうと思ってました・・・(ウソですけど)。
地元ではルリボシの密度は低そうですから、北の方に目が向いてしまいますね。
投稿: Ohrwurm | 2010年5月21日 (金) 21時43分
まだ未読だけど、久々に装幀でやられ、手にした本です。標題と言い、これはずるいよ(笑)。
投稿: おきしま | 2010年5月22日 (土) 08時55分
おきしまさん、お久しぶりです。
確かに虫屋が思わず手にしたくなる装丁ですね。出版社の術中にはまりましたか!
投稿: Ohrwurm | 2010年5月22日 (土) 09時25分
先ほどのFMラジオ「学問のススメ」で出演されてましたよ!
お話を聞くのは初めてでしたが
臆することなく語っており
少なくとも虫屋には好意的な内容で面白かったです。
ただ途中から聞いたのが残念でした。
投稿: シロヘリ | 2010年6月13日 (日) 10時25分
シロヘリさん、こんにちは。
その放送には気づいていませんでした。
テレビにもラジオにも積極的に出演されているようですね。
投稿: Ohrwurm | 2010年6月13日 (日) 10時30分
書店で文庫本になっているのをみつけました(476円+税)。確かOhrwurmさんがこの本について書かれていたハズ……と思ってこの記事をチェック。ワンコインで買えるならお得と判断して購入しました。
まだ読み始めですが、興味深い内容をコンパクトに紹介していて、読み物として楽しめそうな感じですね。
投稿: 星谷 仁 | 2012年9月17日 (月) 15時08分
星谷さんコメントありがとうございます。
文庫本になったんですね。たぶん良く売れていたと思うので、納得できます。
この本が出たあと、福岡氏は研究現場を離れてしまいましたが、それも一つの生き方だな、と思いました。一般向きの良い本をこれからも書いてほしいものだと思っています。
投稿: Ohrwurm | 2012年9月17日 (月) 22時43分