« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月

2010年5月30日 (日)

我が家のささやかな庭での畑仕事

 妻がゴーヤーを作りたいというので、妻に種を播いてもらって、苗を作ってもらっていた。それが植え時になったので、ゴーヤーを日よけにも使おうという目論見で、昨日刈ったばかりの庭の芝生を少しはがして何か所かに植えた。
 事のついでに、我が家のささやかな菜園(転居してきたときには花壇になっていたところ)も耕して野菜を植えられるようにした。ホームセンターに行って、ミニトマトとタカノツメと地這いキュウリの苗を買って植えた。もう時期を逸していたのか、あまり良い苗は残っておらず、良い成果は期待できないかも知れない。ここ二、三年はほとんどほったらかしにしてあった菜園だが、今年は多少は稔りが期待できるかも知れない。
 我が家で畑仕事をしたのは、本当に久しぶりである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月29日 (土)

2010年・今シーズン初めての庭の芝刈り

 夕方、庭の芝刈り(草刈り、とも言う)をした。今シーズン初めてである。例年ならもう少し早い時期に一度ぐらいは芝刈りをしているのだが、今年は草の伸びが遅く、5月も末になってからの初芝刈りである。時期は例年より遅いのに、草の伸びは例年より少なかった。
 芝刈りには電動芝刈り機を使っているのだが、けっこう体を使うので、芝刈りのあとは多量の汗をかいて、終わったら風呂場に直行してシャワーを浴びるのがいつもの事なのだが、今日は長袖シャツは途中で脱いでTシャツ1枚になったものの、汗まみれにはならず、シャワーも浴びずにそのまま夕食になった。要するに涼しい、と言うか、ことによれば寒いのである。このところ、北西の風が強くてこの時期とは思えない涼しさである。早く暖かくなって欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Tsu Family Land 浅田政志写真展@三重県立美術館

 妻に誘われて三重県立美術館で開催されている「Tsu Family Land 浅田政志写真展」に行ってきた。会場までは昼食後の15分ほどの散歩のようなものである。
 浅田政志氏は1979年生まれで、2009年に第34回木村伊兵衛写真賞を受賞した津市出身の写真家である、ということは、ついこの前まで知らなかった。
 美術館での催事はほとんど興味がわかないのであるが、いろいろな人の評判を聞いて、何となく行ってみようという気になった。
 展示されている写真のほとんどは、浅田政志氏と浅田家一族が写ったものである。ただ写っているだけではない。それぞれの写真では、全員がすべて何かに扮装しているのである。いわば、究極の家族一族ぐるみのコスプレ。すごい着眼点である。着眼点もすごいが、家族の演技もきまっていて素晴らしい。脱帽した。
 会場では仕事でお世話になっている有機栽培農家のTさんと思いがけずお会いした。娘さんにせがまれておいでになったとのこと。満足して帰られたのではないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月28日 (金)

2010年5月28日・石森さんからの手紙が届いた

20100528blog7
 出張から帰ったら、石森愛彦さんからの手紙が届いていた。同封されていたのは、福岡伸一著『ルリボシカミキリの青』の挿画の原画のコピーなど。編集者とのあいだでの意思の疎通がうまくいかない、というボヤキが書かれていた。確かに福岡氏が言葉で表現している「ルリボシカミキリの青」は現実のものとはかなり違い、福岡氏の頭の中に印象として残っているルリボシカミキリの青のことが書かれているから、そのあたりがわかっていない編集者と意思疎通をするのは難しいだろうと思う。
 もう長いこと飼っているというキベリヒゲナガサシガメの写真も同封されていた。石垣島に住んでいた頃にはお馴染みの虫だった。石森さんがおっしゃるとおり「キベリ」ではなく「アカヘリ」の方が実際に近いですね。ぼくもこれまで、この虫の「キベリ」という名前には違和感を持っていた。
 封筒にはルリボシカミキリの切手が貼られていた。石森さんのやることは、なかなかニクいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

関西病虫害研究会第92回大会@ホテルセントノーム京都

 夜中にトイレに起きたら、隣の部屋が騒々しかった。酔っぱらって何か叫んでいたらしい。眠かったので、すぐに眠りにつく。
 朝、フロントの前のコンピュータに向かっていると、宿の主人から「昨日は騒々しかったでしょう。申し訳ありませんでした」と言われた。まあ、確かに騒々しかったが、主人のせいではない。酔っぱらいが悪いだけだ。こういう客があると、宿の主人も大変だ。
 朝のコーヒーを1杯いただいて、しばしコンピュータに向かってから、8時過ぎにチェックアウト。気持ちが良い宿だったので、また機会があれば泊まってみたい。
20100528blog1
 宿に食事はないので、チェックアウトしてから朝食。向かった先は、朝5時半から店を開いているという有名なラーメン屋「第一旭たかばし本店」。
20100528blog2
 昼間に入ろうとすると行列を覚悟しないといけないが、店に入った8時20分頃は空席もたくさんあり(とは言え、十分に客が入っていたし、朝からビールを飲んでいる客もいた)、テーブル席へ。
20100528blog3
 オーソドックスな醤油ラーメンだが美味い。650円也。昨日の「大中」に比べればお得感はないが、妥当なお値段。
 そこから会場へは歩いて5分ほど。事務局なので、受付の仕事もある。一応の証拠写真。
20100528blog6
 受付の仕事が一段落したら、講演会場へ。生物多様性がらみの講演が1題あったが、試験を行うことの難しさを感じさせられた。12時で午前の部は終了。
 食事は朝ラーメンを食べた「第一旭たかばし本店」の隣のこれまた有名店の「新福菜館本店」。さすがに昼食時には行列ができていた。
20100528blog4
 真っ黒なスープのラーメンが有名で、それは2回食べたことがある。今回は、まだ食べたことのない真っ黒なヤキメシを食べることにした。500円也。
20100528blog5
 これを注文する人も多いので興味があったのだが、食べてみたらちょっとベタベタしていてチャーハンらしくない。あまりぼくの好みではないことがわかった。カウンターに座っていたので厨房がよく見えたんだが、ヤキメシを作る作業はまさに肉体労働。5〜6人分のヤキメシを一気に作っているようだったが、大変そうだった。
 午後の部が始まるまでに時間があったので、駅の地下街のポルタでお土産を調達した。その後も駅を探索したが、とくに八条口の方はぼくが学生だった頃とは随分変わってしまったようだった。駅そのものも大きく変わったので、構造がよくわからない。
 午後は総会と残りの一般講演。滞り無く終了。
 Iさんから、近鉄の改札の近くに551の蓬莱があるという情報を得たので、そちらに向かい、豚まんを調達する。お土産をいっぱい抱えて帰路につく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月27日 (木)

第23回こころ坂・楽々落語会@京都東山七条・集酉楽

 明朝から関西病虫害研究会第92回大会が開催されるので京都入りした。午前中は職場に出て、帰宅して昼食をとり、午後から出かけ、近鉄桃山御陵前駅のガード下にある「大中」というラーメン屋でラーメンを食べ、東山七条の集酉楽で開催される「第23回こころ坂・楽々落語会」に間に合うように、という予定を立てた。
20100527blog1
 まずラーメン。ここ「大中」は友人のT氏から教えていただいた店で、学位をとるために何度か京都に行ったときに一度入ったことがある店で、そのときは美味しいと思った店だ。注文のとき「豚骨にしますか、和風豚骨にしますか?」と訊かれたので、「どちらがお勧めですか?」と逆に訊き返したのだが「どちらもお勧めです。和風は魚系の出汁が入っています。」というので、和風豚骨を注文した。トッピングも無料でいろいろあり、それも訊かれたのだが、温泉卵だけを注文した。出てきたのがこれ。
20100527blog2
ややこってり目だったが大変美味しく、スープも全部飲み干してしまった。ぼくにとっては最高の評価。さらに、これで500円は安い。
 ここからすぐ近くの京阪伏見桃山駅から京阪七条へ。「集酉楽」は同じ経営者のコンビニエンスストアの2階にある酒屋の奥。50〜60名ほど入れる部屋があった。
20100527blog3
 「こころ坂・楽々落語会」は桂米二さんの落語会。桂米二さんは三重県三雲町(現松阪市三雲町)の「田舎の落語会」に3回お邪魔しているので、今回で4回目。ぼくにとって最も馴染みのある噺家さんの一人だ。先頃、上方落語の本を出版されたのだが、米二さんが会場で売っていたので、迷わず買ってサインしていただいた。
20100527blog4

20100527blog5

第23回こころ坂・楽々落語会

桂 そうば・十徳
桂 米二・道具屋
桂 しん吉・若旦那と、わいらと、エクスプレス(大塚ジョニー作)
桂 米二・火事場盗人(小佐田定雄作)

そうばさんは初めて。福岡出身で、ざこば師匠の7番弟子とのこと。マクラでは、関西弁には苦労されたという話。声もよく通って良かった。将来有望。
道具屋はお馴染みの噺。米二さんが演じるのを聴くのは初めて。
しん吉さんは、いわゆる「テツ」であることをカンミングアウト。「若旦那と、わいらと、エクスプレス」はテツにとっては嬉しくて涙が出るようなテツネタ満載の噺。大阪から札幌までのトワイライトエクスプレスの切符を手に入れたのだが、旦那が都合が悪くて行けなくなり、息子の若旦那に託してお得意先にその切符を贈ろうとするのだが・・・・・
火事場盗人は人情噺に分類されるだろう。ある店に盗みに入ったのは良いが、火事が発生し、その店の主が生まれたばかりの娘を火の粉がかからないようにと行李に入れて店の者に託したと思ったのだが、それはその店に盗みに入った泥棒。わけのなからないまま赤ん坊を家に連れ帰った泥棒のその後は・・・・・

 これまで米二さんの噺を聴いたのは「田舎の落語会」だけで、いまひとつノリが悪いと感じていたのだが、流石地元の京都での落語会は、客のノリも良く、三重県でやるのとは全然違った。やはり上方落語は上方で聴くべきか。
 落語のあとは、集酉楽から提供されたお酒が商品の抽選会があったが、ハズレ。
 落語会のあとは東本願寺の裏手にあるペンションまで歩いた。チェックインするとすぐにコーヒーと小さなケーキのサービス。美味しいコーヒーだった。バス・トイレは共同だったが、気持ちの良い宿だ。フロント前にはネットに繋がったコンピュータも2台あって使い放題。京都駅からも近くて便利。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月26日 (水)

マーカ・テンドー 一周忌

 mixiを見ていて、マーカ・テンドー師(ぼくにとっては「ヤブちゃん」)が亡くなって、今日で1年になることを知った。もう遥か昔のことだったような気もするし、ついこの前のことのようにも思える。
 日頃の気ぜわしさにかまけて、まだお墓にもお参りしていない。今度実家に帰ったときには、ご両親のところに行って、お墓の場所を訊いてこようと思う。
 今日のところは、心の中で合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月24日 (月)

2010年・ホトトギス鳴く

 今日の午前中は雨だった。昨日からの雨で、地表を徘徊する昆虫を捕獲するための職場の庭に仕掛けたピットフォールトラップは雨水でオーバーフローしていた。あれだけの雨が降り続いていたのだから、これはある程度予想できたことだ。これはこれで仕方がない。
 別の調査をしている粘着板トラップの交換のために畑に出たところ、遠くからホトトギスの鳴き声が聞こえてきた。既に南方からホトトギスがやってきているということである。ちょっと前まで寒かったのに(昨日も肌寒かったが)、夏近し、というところである。
 これとは別に、畑の上空ではヒバリがさえずっていた。ヒバリが天高くさえずるというのは晴天の日というイメージがあるが、この雨の中でもさえずっているということは、天気はあまり関係ないのかも知れない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月23日 (日)

ベニホシカメムシの赤・・・石垣島の林縁にて

20100523blog1
【2001年2月12日、沖縄県石垣島バンナ岳の山麓にて】
 八重山の森の昆虫の赤と言えばベニボシカミキリの赤だが、林縁の明るい場所に棲む昆虫の鮮やかな赤と言えばベニホシカメムシだ。
 何と驚くべきことに、ベニホシカメムシは自分と姿形がよく似たアカホシカメムシを主な餌としている。アカホシカメムシも赤と黒の警告的な色彩をしているが、その赤は深い落ち着いた赤である。それに対してベニホシカメムシの赤は、見るも鮮やかな鮮烈な赤である。
 ベニホシカメムシの個体数はアカホシカメムシと比べると遥かに少ない。しかし、アカホシカメムシの集団の中にベニホシカメムシが混ざっていると、その鮮やかな色彩ですぐにそれとわかる。ベニホシカメムシもアカホシカメムシも、その警告的な色彩は捕食者となっているであろう鳥などに信号を発しているはずである。ベニホシカメムシのより鮮やかな赤は、より強い信号を発しているのであろうか。
 姿形が似ているベニホシカメムシとアカホシカメムシは食う食われるの関係にある。その関係が作られた進化の過程には何らかの歴史的な巡り合わせがあったのだろうが、その真相は明らかになってはない。ベニホシカメムシのより鮮やかな赤は、何かを物語っているかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第十七回日本雅友会三重定期公演@三重県文化会館中ホール

 知り合いからチケットをいただいたので、第十七回日本雅友会三重定期公演に行ってきた。
 普段は、というより、生まれてこのから雅楽にはほとんど縁が無かったので、どこをどのように見たり聴いたりしたら良いのかがわからなかった。衣装は奇麗だと思ったが、音楽にしても舞いにしても、自分の国のものであるという感覚を持てなかった。
 ぼくが生まれたときには、既に日本古来のものが廃れ、西洋から入ってきたものが幅を利かせていたのだから、日本古来のものがエキゾチックに感じられたのも仕方がないのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月22日 (土)

2010年5月22日・いつものフィールドにて

 今日は天気が崩れるという予報だったが、朝から晴れていたので、いつものフィールドに出かけた。「いつもの」と書いているが、もう随分長いことご無沙汰していて、今シーズン初めてである。これまでは何となく気分が乗らなかった。
 早速朽木の皮を剥いだら、虫ではなく小さな蛇が出てきた。シロマダラの幼蛇のようである。下に落っこちて笹に引っかかったところを撮影した。
20100522blog2
 天気は良いが、虫の数は少ない。乾燥しているのか、それとも端境期なのか、久しぶりなのでわからない。花に集まる虫も少ない。樹液の出ているところに行っても、サトキマダラヒカゲやヨツボシケシキスイなどがいたが、特に変わったものはいなかった。が、ふとその下を見たら、セアカツノカメムシが木に止まっていた。セアカツノカメムシは珍しいものではなきが、ツノカメムシの仲間は格好が良いので好きである。
20100522blog3
 まだそれほど大きくない松が植えられている林がある場所に行ってみると、松がかなり枯れかけていた。これはラッキーと思ってヒトクチタケを探した。ヒトクチタケは枯れたばかりの松の幹に生える。ヒトクチタケにはいろいろな虫が集まるのだが、期待しているのはクロハサミムシだ。
20100522blog4
 見つけただけのヒトクチタケを分解してみたが、残念ながらクロハサミムシは出てこなかった。そのかわり、ヒラタカメムシの仲間が見つかった。おそらくマツヒラタカメムシではないかと思うのだが、自分では同定できないので、専門家に見てもらおうかと思っている。
 さらに別の場所に向かうと、かなり腐朽が進んだコナラと思われる太い朽木に大きなキノコが生えているのが見つかった。名前はわからないが、美味しそうに見える。しかし、キノコは中途半端な知識では危険なので、採集することは諦め、写真だけにした。写真ではそれほど大きく見えないかもしれないが、かなり大きく、大きい方は直径20cm近くあったと思う。
20100522blog5
 いくらかの虫を採集したが、特に変わった虫も見られず、やや欲求不満が残った。あと1〜2週間もすれば、ウラゴマダラシジミやアカシジミなどのゼフィルスが見られるようになるかも知れないので、また気が向いたら行ってみようと思う。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ベニボシカミキリの赤・・・西表島の山中にて

20100522blog1
【2000年5月19日、沖縄県西表島の山中にて】
 赤と黒の色彩は自然の中の生物にみられる警告色の典型だが、暗い西表島の林の中では、ベニボシカミキリの赤と黒の色彩は意外なほど目立たない。すぐ目の前にいても気が付かないことがあるのだ。南国の陽射しが照りつける樹冠を飛び回っているときには、この赤と黒の色彩は鳥などの捕食者に対して警告を発していることになっているかも知れないが、林の中ではむしろ隠蔽色としての効果があるようにも思われる。しかし、フラッシュを焚いて撮ったベニボシカミキリの赤は血のしたたるような鮮やかな赤色だ。ベニボシカミキリの赤の進化の裏には、どんな歴史が隠されているのだろうか?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年5月21日 (金)

福岡伸一著『ルリボシカミキリの青』

Fukuoka_ruriboshi
福岡伸一著『ルリボシカミキリの青』
文藝春秋
ISBN978-4-16-372430-0
1,260円
2010年4月25日発行
240 pp.

目次
プロローグ
第一章 ハカセの研究最前線
 放蕩息子の帰還/ミールワームの大仕事/謎の物質の物語/空目/超難問への道/GP2の謎
第二章 ハカセはいかにつくられたか
 海のおばけ/はらぺこあおむしの想い出/スズメバチとの邂逅/百名山/シガコン奇譚/少年ハカセの新種発見/料理修行/鳩山議員と蝶の美しさ/ボストンの優雅な休日/光陰矢のごとし仮説
第三章 ハカセをいかに育てるか
 新学期の憂鬱/健全なる懐疑心を!/語りかけるべきこと/先輩から後輩へ/ものづくりの未来/鈴木少年の大発見/高校生たちのまなざし/入試問題頻出著者/出題者の悪夢/恥多き物書き/才能の萌芽/プロセス・オブ・パラレルターン
第四章 理科的生活
 狂牛病は終わっていない/コラーゲンの正体/神隠し殺人事件の一考察/なぜ私たちは太るのか?/アサギマダラの謎/ある「わらしべ長者」伝/ほたてとえびのあいだ/そばvs.うどん/エコカーデビュー/ロハス・スパイラル
第五章 『1Q84』のゲノムを解読する
 『1Q84』と生物学者/夏空の日食/自殺急増の真の意味/金印の由来/卑弥呼の墓!?/活字の未来/虫の虫、鉄の虫、本の虫/紙をめくる感覚
第六章 私はなぜ「わたし」なのか?
 わたくし率/トポロジー感覚/「脳始」問題/日本一高い家賃/風鈴と脳とホタル/全体は部分の総和?/なつかしさとは何か?/1970年のノスタルジー
第七章 ルリボシカミキリの青
 プラークコントロリアンの襲来/霧にかすむサミット/臓器移植法改正への危惧/花粉症から見える自己/花粉を止めたい!/文楽の生物学/ハチミツの秘密/ミツバチの実りなき秋/数学の矛盾/生命の不完全性定理/ルリボシカミキリの青
エピローグ

装幀 関口誠司
挿画 石森愛彦 <---ここに反応してしまった

 本書は2008年の5月から週刊文春で連載されている「福岡ハカセのパラレルターン・パラドクス」と題されたエッセイの最初から70回分ほど(正確には66回か?)を、再校正・再編集し、手を加えてまとめられたものである。週刊文春は図書館で購入されているので、書架に出ていれば手にすることも多いのだが、週刊文春は人気があるらしく、いつも誰かが読んでいて。書架に出ていることは少ない。そのせいか、福岡氏のこの連載を知らなかった。本書の出版は新聞か何かで知って、即座に図書館にリクエストした。福岡氏の書いたものは面白いし、もちろん「ルリボシカミキリ」という名前にも惹かれたからである。
 週刊誌の連載ということもあろうが、全編通して各編が3ページに収まる分量になっている。細切れの時間を使って読み進めるには都合が良い。まず驚かされたことは、大学での研究や教育という本職が別にありながら、読んで面白いエッセイをこれだけ毎週書き続けることができるという福岡氏の才能である。たぶん、睡眠時間も少ないのだろうなぁ。
 福岡氏の文章に惹かれるのは何故かと考えたとき、かなり強烈な主張をしている部分があるにもかかわらず押し付けがましさがない、ということであるように思える。福岡氏の文章からは謙虚さが感じられる。「恥多き物書き」の項では、氏の著書『生物と無生物のあいだ』でブラウン運動について、自分で確かめもせずに間違ったことを孫引きして間違いをそのまま書いてしまったことを素直に認め、謝罪しているところには福岡氏の人間性を感じさせられる。文章を書くのは「怖い」ことだと思う。このブログを書くにあたっても、常に「間違ったことを書いているのではないか」と自問しながら書いている。しかし、福岡氏でも勇み足をしてしまうことがあるわけだから、もっと気楽に書いても良いのかも知れない。あとから訂正すれば良いわけだから。
 収録されているすべてのエッセイに生物学、すなわち福岡氏の仕事のことが書かれているわけではないが、本書からは生物学者としての福岡氏の普段の生活や普段考えていることを察することができる。多くの研究者は、まだ完成していない自分のアイデアを多くの人に公開することを躊躇するのではないかと思うのだが、福岡氏は臆することなく一般の人(=読者)に語りかけている。なかなかできないことだと思う。同じ生物学をメシのタネにしているぼくと福岡氏では、対象とする分野が相当異なっているので、研究者としての福岡氏の評価は知らないが、教育者や啓蒙者としての福岡氏の才能は、他の人の追随を許さないところがあるように思える。
 ところで、表題の『ルリボシカミキリの青』。確かに『ルリボシカミキリの青』という項目があり、福岡氏が研究を志した原因の一つではあるわけだが、本書の主題だとは思えない。表題に騙されてリクエストしてしまった、という気持ちが無いわけではないが、まあ出版社の術中にはまってしまったということだろう。でも、面白かったから許すことにしよう。
 最後に挿画の石森愛彦さんのこと。本文中に絵は無いので、絵は表紙とカバーと扉のルリボシカミキリの絵だけである。石森さんの描く絵は精密画ではないが、要所要所を正確に描く、というところが特徴ではないかと思っている。石森さんの『うちの近所のいきものたち』は、そんな特徴がよく出ている本だと思う。この本もおすすめ。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2010年5月20日 (木)

雨にぬれても♪♪・・・・・寒くなかった

 今朝はいかにも雨が降りそうだったが、天気予報では少しずつ天気が回復に向かうということだったので、スーパーカブに乗って出勤した。経が峰は、山の低いところまで雲がかかっていた。
 ところが天気が回復するような気配は見えず、かと言って雨らしい雨が降るというわけでもなかった。
 仕事を終えて帰宅の途についたときには、まだ雨は降っていなかったが、ちょうど職場と自宅の中間点付近にさしかかった頃、ついに雨が降り出した。大した降りではなかったが、それなりに大粒の雨で、雨具を着用していたわけでもなかったので、ズボンに当たった雨粒が腿に滲みてくるのが実感された。仕方が無いので、10数分の我慢だと思って、そのまま走って帰宅した。
 ところが、ズボンはそれなりに濡れたものの、寒さを感じるほどにはならなかった。それだけ気温が高かったということなのだろうと思う。もう5月も半ばを過ぎているから、そんなものなのかも知れないが。暖かくなったものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月16日 (日)

月と金星の接近

 夕方妻と一緒に散歩に出たら、月と金星がすぐ近くにあるのが見えた。暗くなってから撮影したらこのとおり。午後8時15分頃撮影。
20100516blog9
 これだけ近づいて見えるのだから、地球上のどこかでは金星食になっているかも知れない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

あまご御飯&鱒料理いろいろ@津市美杉町「大吉」

 今年の春も家族揃って「大吉」へ。今では津市内になっているとは言え、奈良県の県境に近い。気持ちの良い空気のなかで食べる川魚は格別である。生け簀に放された魚を釣って、釣り上げた魚を料理してもらうシステムになっている。以下、文章は省略して写真のみ。
20100516blog1
【母屋】

20100516blog2
【屋外の食事場所】

20100516blog3
【鱒の塩焼き】

20100516blog4
【鱒の唐揚げ】

20100516blog5
【鱒の刺身】

20100516blog6
【あまご御飯と味噌汁】

20100516blog7
【今日は山の中でも暖かい】

20100516blog8
【ミヤマカラスアゲハ雌】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月15日 (土)

養老孟司講演会@真宗高田派本山専修寺

20100515blog0
 この入場整理券を入手するために朝8時前に真宗高田派本山専修寺の境内にある高田青少年会館まで自転車で行った。周辺は交通規制されているので、バイクでは行かない方が良いと思ったからだ。片道約4キロ半、20分ほどの道のり。昨日までの強い風は止み、暖かさが戻った感じ。現地でシロヘリさんと合流。325枚限定の入場整理券を入手した。あとから聞いた話では、30分で捌けてしまったとのこと。
20100515blog1
 早めの昼食をとり、正午前には再び自転車で高田本山専修寺へ。再びシロヘリさんと合流。
 実は、高田本山専修寺に入ったのはこれが初めて。かなり立派なお寺である。周辺には古い町並みが残っており、良い雰囲気である。
20100515blog2
 12時半過ぎには会場の御影堂の中へ。立派な造りである。
 定刻の午後1時に養老先生が登場。養老先生のお顔を直接拝見するのは、2003年の秋に東京農業大学で日本昆虫学会の大会が開催されたときだから、まだ石垣島に住んでいたときのことである。あのとき養老先生は、ゾウムシの大家、森本桂先生とロビーで議論されていた。
 今日の講演の演題は「宗教と人間の脳について」。養老先生が宗教に関する話をするとは思えなかったが、案の定、最後まで宗教の話は出てこなかった。看板に偽りあり、である。講演の内容は、これまで養老先生が著書に書かれていることばかりで目新しいことは無かったが、話の面白さに引き込まれ、飽きることはなかった。
 今はモノが有り余って、五感が鈍り、頭だけで考え、それを出力せず、人間が体を使わなくなったことはよくないから、体を使いなさい、とか、仕事は自分の好きなことや自分探しのためにするのではなく、他人の役に立つことをするものだ、とか、昨日の自分と今日の自分は違うはずなのに、脳は違うことを同一のものと考えるようにしているから、子どもと比べると大人は違いに対する感性が鈍っている、とか。
 1時間半ばかりの講演であったが、最後まで楽しませてもらった。
 シロヘリさんの努力の甲斐あり、講演のあと、養老先生と直接お会いすることができた。シロヘリさんは三重県で採集したゾウムシを、ぼくは「月刊むし」に書いた雑文の別刷を手渡すことができた。時間がなくて、持参した本にサインをしてもらうことはできなかったんだけど・・・。養老先生はこのあと京都に行かれるとのことである。たいへんお忙しいことである。養老先生からは、「一緒にタクシーに乗って駅まで行きませんか?」とお誘いいただいたのだが、シロヘリさんは車だったし、ぼくは自転車だったので、残念ながらご一緒することはできなかった。もしタクシーに乗れたら「濃い話」(もちろん、虫に関する)ができたと思うのだが・・・。
20100515blog3
 講演会のあとはお寺の周辺をぶらついた。屋台の店がたくさん出ていたし、雑貨や骨董などを広げた蚤の市のような感じでもあった。興味惹かれるものが無いわけではなかったが、家に持って帰っても置き場所に困るので買うのを思いとどまった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月14日 (金)

池田清彦著『昆虫のパンセ』(新装版)

池田清彦著『昆虫のパンセ』(新装版)

青土社
ISBN4-7917-5812-9
1,800円+税
2000年5月30日発行
217 pp.

初版は1992年刊

目次
1 人はなぜ虫を集めるのか
2 謎々としての多様性
3 原型という夢
4 観念に擬態した虫
5 マニアという名の罪人
6 虫喰う人も好きずき
7 空飛ぶ虫たち
8 虫に未来はあるか
9 ギガンテア最期の日々
10 虫たちの恋
11 ファーブルと彼の虫たち
12 虫狂いの頃
あとがき

 5年ぐらい前にも読んだが、構造主義生物学をおぼろげながら理解できるようになった今、もう一度読んでみるのも良いかと思って再読した。
 著者の池田氏は構造主義生物学を掲げる生物学者であるが、いわゆる昆虫マニアでもある。ぼくもマニアとまで言えるかどうかはわからないが、少なくとも昆虫愛好者であることは間違いないので、本書に収められている虫を題材とした12編のエッセイのいずれも面白く読むことができた。また、以前読んだ時には、ぼくはネオダーウィニズム以外をよく理解していなかったので気が付かなかったが、随所にネオダーウィニズムに対する批判が散りばめられていて、なるほど、と思わされた。
 擬態は生物学として扱うには面白い題材である。擬態のメカニズムについては、例えば大崎直太氏がベーツ型の擬態がなぜ雌の一部にだけ出現するのか、ということを明らかにするために様々な実験をして、データに基づいて論考しているように、ネオダーウィニズムで説明できる部分は多々ある。コノハチョウが枯葉に擬態するような隠蔽型の擬態も、それなりに説明できる。しかし、池田氏による「観念に擬態した虫」のオチでは、龍という想像上の動物、すなわち人間による観念に擬態した虫は何のために擬態したのだろうか、と書いている。さすがにこれをネオダーウィニズムで説明するのは困難だろうと思う。
 「マニアという名の罪人」は池田氏のリバタリアニズムに満ちた論調で書かれている。昆虫マニアはマイノリティーである。昆虫マニアを自然破壊の原因だと決めつけて、本当の犯人(例えば開発業者など)に対しては何も言わないマスコミ、という構造は、マジョリティーによるマイノリティーの差別であると断じている。本当にもっともなことだと思うが、マスコミはマイノリティーのことなど何も気にしていないので、池田氏がこんな本でいくら叫んでも、この構造は変わらないだろうな、と思わざるをえないところが悲しい。
 「ギガンテア最期の日々」に書かれていることは、多くの昆虫愛好者が同様の感情を持ったのではないかと思う。毎年楽しみにしていた昆虫採集地があるとき突然無くなってしまったときの感情(=喪失感)は、昆虫愛好者以外にはなかなか実感してもらえないだろうと想像するが、自分の経験と重ね合わせると様々な思い出が蘇ってくる。
 「虫狂いの頃」に描かれている虫屋(=池田氏自身)の生態はただただ面白い。自分も若かったころは、回りを省みず、ただ虫のことだけ考えて行動していたことがあるが、ここでは池田氏が結婚して子どもをもってからもかなり無茶をしていたことが描かれている。
 本書全体を通して、たわいのない本だと言ってしまえばそれまでであるが、随所に池田氏らしさ(=アンチ・ネオダーウィニズム、リバタリアニズム)が溢れていて面白い。まだ読んでいない虫屋は少ないと思うが、まだ読んでいないなら今すぐ読むべし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月13日 (木)

岩槻邦男著『生物多様性のいまを語る』

岩槻邦男著『生物多様性のいまを語る』

のぎへんのほん
研成社
ISBN978-4-87639-415-9
1,500円+税
2009年9月25日発行
234 pp.

目次
はじめに
1章 生物多様性とは何か
 1・1 生物多様性を考える
 1・2 生物多様性の三つの側面
  種多様性
  遺伝的多様性
  生態的多様性
 閑話休題:知っていること、知らないこと
2章 生物多様性と人間生活
 2・1 遺伝子資源としての生物多様性
 2・2 人間環境を支える生物多様性
 2・3 生物多様性の利用
 閑話休題:恐竜化石が語ること、コケシノブが語ること
3章 生物多様性と生命科学
 3・1 生物の進化と多様性─生命の特性としての生物の多様化
 3・2 生きているとはどういうことかを究める
  系統はどこまで解明できるか
  不可知論か、解明することへの期待か
 3・3 生物多様性の科学のこれから
4章 生物多様性の危機─絶滅危惧種が教えてくれるもの
 4・1 絶滅危惧種の現状を診断する
 4・2 絶滅危惧種が頻発する
 4・3 絶滅危惧種を保全する
  絶滅危惧種を知る(調査)
  絶滅危惧種を護る(保全)
   自生地保全
   施設内保全
  絶滅危惧種の貴重さを認識する(普及活動)
 閑話休題:生命の畏敬を生物多様性から考える
5章 日本列島開発の歴史
 5・1 日本列島の自然
 5・2 文明が育てた植物たち
 5・3 日本列島の自然と人間
6章 里山で生物多様性を見る─日本人の自然観
 6・1 里山は日本人のこころ
  日本列島の開発の特性
  人里・里山・奥山
  鎮守の森
 6・2 里山が荒廃する
  奥山に生きる野生動物
  里山の明日のために
7章 生物多様性条約と日本─生物多様性国家戦略から生物多様性基本法へ
 7・1 生物多様性国家戦略が整う
 7・2 第三次生物多様性国家戦略
 7・3 2010年の生物多様性
  生物多様性との調和ある共存のために
8章 生物多様性の生─生命系を生きる
 8・1 生き物の年齢を数える
  個体の年齢
  生命の年齢
  からだの年齢
  生命体を構成得得る物質の年齢
  生き物の年齢
 8・2 生物圏を生きる
  生成の生命と生物多様性
  個体の生存と生態系
   人と直接の関係をもつ生き物たち
   間接的な関係性
  生命の歴史と生態系の歴史
  細胞の生、多細胞の個体の生、そして生命系の生
 8・3 生命系の生─個体より上のレベルの生を生きる
  系統─すべての生物種は親戚関係にある
  個体発生と系統発生
  生命系
  ガイアとビオヒストリー(生命誌)
9章 生物多様性の持続的利用─人と自然の共生
 9・1 人は環境に営為を及ぼす
  自然と人為・人工
  新石器時代の日本列島
 9・2 人と自然の共生
  自然破壊
  自然保護
  環境保全
 9・3 持続性の科学
  生物多様性の持続的利用
  地球の持続的発展
  科学の発展と科学的知見の普及
 閑話休題:共生の科学と技術
10章 生物多様性を博物館で考える
 10・1 学習と教育
  生涯学習と生涯教育
   言葉の定義
   教育と学習
   学ぶと習う
  学校教育と生涯学習
   知育以外の学校教育
 10・2 どのように学ぶか
  科学するのは誰か
   科学を学ぶ
   学んだことを起点に思考する
   科学する歓び
  生涯学び続ける
 10・3 生涯学習
  日本の博物館
   学校と博物館
   博物館法
  生涯学習と生物多様性
 閑話休題:ひとはくの試み、成果
参考文献  

 著者の岩槻邦男氏は、ぼくでも名前を知っているほど有名な植物分類学者である。
 例によって、「生物多様性とは何か」を知りたくて本書を手にした。しかしながら、ぼくが望んでいた回答は、本書には記されていないようだった。「生物多様性」の意味するところは非常に幅広く、とても簡単には定義できないということなのだろう。
 本書を読んで、いま生きている生物を保全することが大切である、という主張がなされていることは理解できたが、現在までの30数億年の生物の歴史の中には、これまでに莫大な種数の生物の絶滅があるにもかかわらず、そのことについては全く触れられていなかったように思え、掘り下げ方が足りないように思えた。本書を読む限り、著者はせいぜい数千年、多くのことに関しては数百年の時間のことしか考えていないようにも思われた。
 それはそれとして、本書の表題とはあまり関係無いようにも思われたが、第10章の学習と教育に関しては、明治以降の日本の教育や学習について著者による様々な分析がなされているとともに、今後についての独自の提言もあり、有益だと思われた。
 表題に釣られて読んだが、生物多様性に関してはほとんど目新しいことは書かれておらず、ちょっと拍子抜けだった。しかし、第10章は読む価値が高いと思われた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月12日 (水)

じゅじゅちゃんのダンゴムシ日記

 昨日、ハサミムシのことを調べていてこのブログに出会ったという小学生の女の子から電子メールをいただいた。ダンゴムシが好きで、将来の夢は生物学者になること、とのこと。小学生にして既に日本土壌動物学会の会員とのこと。将来の期待の星ですね。
 ぼくはハサミムシのことはまあまあ知っているけれど、ダンゴムシのことはよく知らないので、ダンゴムシのことをよく知っている人には助言をいただけると嬉しい。
 彼女のブログは「じゅじゅちゃんのダンゴムシ日記」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 8日 (土)

崎尾均編『ニセアカシアの生態学─外来樹の歴史・使用・生態とその管理』

崎尾均編『ニセアカシアの生態学─外来樹の歴史・使用・生態とその管理』
文一総合出版
ISBN978-4-8299-1073-3
3,990円
2009年4月3日発行
320 pp.

目次
はじめに 今、なぜ、ニセアカシアが問題となっているのか?(崎尾均)
第1部 ニセアカシアの利用の歴史
第1章 ニセアカシアによる治山・砂防緑化(前河正昭)
第2章 「アカシア」香る町─小坂鉱山煙害地における緑化(蒔田明史・田村浩喜)
第3章 蜜源植物としてのニセアカシア(中村純)
第4章 養蜂業におけるニセアカシア林の利用の実態(中村純)
第5章 ニセアカシアの木材利用について─長野県から発信するこだわりのフローリング(久保田淳)
第2部 ニセアカシアの生態
第6章 河川敷におけるニセアカシアの分布拡大に果たす種子の役割(小山浩正・高橋文)
第7章 ニセアカシアの種子発芽特性(真坂一彦・山田健四)
第8章 増水による攪乱と外来種ニセアカシアの発芽定着─荒川での研究事例─(福田真由子)
第9章 海岸マツ林に広がるニセアカシア─秋田県夕日の松原での研究例より(蒔田明史・星崎和彦・高田克彦・三嶋賢太郎・田村浩喜)
第10章 ニセアカシアの光合成能力(小池孝良・森本淳子・崔東壽)
第11章 ニセアカシアの萌芽力(崎尾均・川西基博)
第12章 マイクロサテライトマーカーが明かすニセアカシアの繁殖特性(練春蘭・木村恵・崎尾均・寳月岱造)
第13章 ニセアカシアの侵入が渓流生態系に与える影響─腐食連鎖の視点から(河内香織)
第14章 ニセアカシア人工林に出現した植物の多様性(真坂一彦・山田健四)
第15章 ニセアカシアのアレロパシー(藤井義晴・石川恵理・浦口晋平)
第3部 ニセアカシアの管理
第16章 広域を対象としたニセアカシア林の分布把握と分布要因(山田健四・真坂一彦)
第17章 多摩川におけるニセアカシア林の構造と防除対策(星野義延)
第18章 渓畔域におけるニセアカシアの除去(崎尾均)
第19章 ニセアカシアの除去(小山泰弘)
第20章 ニセアカシア海岸林の推移(八神徳彦)
おわりに ニセアカシア林をどのように扱うか?(崎尾均)
執筆者一覧/索引

 外来種であり有用植物でもあるニセアカシアに関する総合的な総説および論文集である。
 ミツバチの蜜源や有用材としての利用などの有用性を持ちながら、別の一面として侵略的外来種としても捉えられているニセアカシアについて、それぞれの側面からのデータが提供されている。それぞれ章ごとに筆者が異なるが、それぞれの筆者の立ち位置が大きく異なることがわかり(ある著者はニセアカシアを排除すべきものとして見ているし、ある著者は有効に利用していけば良いのではないかと見ている)、一冊の書籍としては統一性を欠くが、それが種としてのニセアカシアが置かれた位置なのだろうと思う。
 感想としては、「外来種だから排除すべき」という考え方は現実的ではないと思うし、ニセアカシアの特性を理解して有効に利用するというのが妥当なところではないかと思ったし、本書にはそのための基礎的なデータも少なからず示されていると思う。
 第9章では、海岸のクロマツが人工的に植栽されたものであることが書かれていたのは、ぼくにとっては新しい知見だった。クロマツは自然植生だと思っていた。在来種であるクロマツを人工的に植えることと、在来種ではないニセアカシアを人工的に植えることは、もともと自生地ではないところに人工的に植えるという点においては全く差がないわけであるから、ニセアカシアを敵視することはおかしいと思う。
 ぼくが子どものころにはニセアカシアは既に身近な植物だったから、ぼくがニセアカシアを外来種だと意識できないからこのように思うのだろうか?

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2010年5月 5日 (水)

2010年・ナガサキアゲハ初見@津偕楽公園

 朝食を摂ったあと本を読んでいたのだが、ふとNさんから「偕楽公園界隈の蝶を調べておいてもらえませんか」と頼まれていたことを思い出して、天気も良いので、歩いて偕楽公園まで行ってきた。
 偕楽公園には一昨日行ったばかりだが、その後、藤棚のフジの花が一気に開花した感じだった。一昨日には1頭しか見られなかったキムネクマバチがやたらに増えて、藤棚の周辺だけでなく、あちこちに植えられているツツジにもたくさん来ていた。ツブラジイの花も咲きかけていた。
 ところが、チョウは極めて少なかった。天気が良くて、気温も高いので条件は良さそうだったのだが、数えられるほどしか見られなかった。10時半ぐらいから1時間ほど歩き回ったが、見られた蝶は、数頭のアゲハ、2頭のモンシロチョウ、それぞれ1頭のクロアゲハ、ナガサキアゲハ、キチョウ、ルリシジミだけだった。湿度が低いのかとも思ったのだが、帰宅してからネットで見ても、湿度は決して低くはなかった。
 アゲハの仲間はみんな雄だった。公園の中をざっと見渡しても、アゲハの仲間の幼虫が食べるようなミカン科の植物は見当たらず、どこか他所から飛んできたのが、偶然目撃されるだけのようにも思えた。
 しかしまあとりあえず、ナガサキアゲハは今年の初見である。
20100505blog1
【藤棚の回りにはキムネクマバチがたくさんいた】

20100505blog2
【ツブラジイも咲き始めた】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 4日 (火)

ハルゼミの鳴き声を聞く・・・2010年@松阪市観音岳

 午後から妻と二人で松阪市にある観音岳に出かけた。去年の連休にも登った堀坂山のすぐ隣の山である。登山口は堀坂山と同じ堀坂峠。観音岳の標高は606mしかないので堀坂山よりかなり低い。しかし、比較的なだらかで、途中にアップダウンもあるので、歩く距離は堀坂山とほとんど違わないように思える。
 山頂に近づいた頃、ハルゼミの鳴き声が聞こえた。ぼくにとっての今年の初鳴きである。一声鳴いて鳴き止んでしまった。
 去年の堀坂山にも持参した無線機(自分で組み立てたものだ)を今日も持って登った。自宅に待機している三男坊と交信できるかどうかを試してみるためだ。結局、息子の出す電波は山の上の持参した無線機で受信できたが、山の上からの電波は自宅では確認できなかったようだ。出力がたったの10mWなので仕方がない。逆に、持参した無線機の感度はかなり良い、とも言える。
 ハルゼミは下山するときにも一声鳴いたのが聞こえた。その程度しか聞こえないということは、やはり棲息密度が低いということなのだと思う。
 そのほかに確認した昆虫は、ミヤマセセリ、コツバメ、ルリシジミ、テングチョウ、コマルハナバチ(だと思う)、エサキモンキツノカメムシ、ヒゲボソゾウムシの仲間など。見かけた花はモミジイチゴの仲間、ヤマブキ、スミレの仲間など。堀坂山で去年たくさん見られたシリアゲムシの仲間は全く見られなかった。すぐ隣の山だが、多少は昆虫相が違うのかも知れない。
20100504blog1
【観音岳の登山道から見た堀坂山】

| | コメント (2) | トラックバック (0)

アラン・バーディック著『翳りゆく楽園 外来種vs.在来種の攻防をたどる』

アラン・バーディック著(伊藤和子訳、養老孟司解説)『翳りゆく楽園 外来種vs.在来種の攻防をたどる』
"Out of Eden: An Odyssey of Ecological Invasion" by Alan Burdick (2005)
ランダムハウス講談社
ISBN978-4-270-00532-3
2,400円+税
2009年9月24日発行
446 pp.

目次
プロローグ−フライト 009
第I部 陸
 第1章 ヘビの棲む島 027
 第2章 糸をたぐる 043
 第3章 ヘビ調査 057
 第4章 知恵比べ 073
 第5章 壮大な実験 091
 第6章 交易の始まり、自然の終わり 101
 第7章 鳥マラリア 118
 第8章 生態学者が挑む挑戦 132
 第9章 境界 148
 第10章 ハワイの昆虫たち 164
 第11章 生態系への侵略 184
 第12章 ルールを変える者 198
 第13章 侵入種 212
 第14章 風に漂う 238
第II部 海
 第15章 海の密航者たち 248
 第16章 海洋生物学者の研究室 274
 第17章 手つかずの自然はどこに 293
 第18章 旅をするフジツボ 325
 第19章 海についた指紋をたどる 333
 第20章 洋上のフィールドワーク 351
 第21章 侵入種学の確立をめざして 361
 第22章 エデンの園へ386
 第23章 タスマニアの変わりゆく生態 392
 第24章 「手つかずの自然」という幻 410
エピローグ−新世界 427
解説(養老孟司) 441

 著者のアラン・バーディックは科学エッセイストである。著者が侵入種の移動ルートを跡づけてみようと出かけた旅で出会った科学者をはじめとする様々な人との出会いを通して、著者の目でみた外来種と在来種との間の関係、さらには人間との関係が、ドキュメンタリー・タッチで語られている。
 第I部では、ミナミオオガシラヘビというオーストラリア原産のヘビを中心に話が展開されている。ミナミオオガシラヘビはマリアナ諸島のグァム島に侵入して定着し、大繁殖して島の生態系を変えてしまった。それがさらにハワイ諸島に侵入しようとしている。ハワイは海洋島であり、そこでは独自の生物が進化した。しかし人類の侵入後、ハワイ諸島には人類の移動に伴って意識的あるいは無意識的に様々な侵入生物がもたらされ、ハワイ本来の生物は限られた場所でしか見られなくなっている。ハワイでは野生のブタをめぐっても、ハワイの原住民と生態系を守ろうとする他所者である科学者との間で議論が戦わされている。
 第II部では、船のバラスト水による生物の移動を中心に話が進められている。人間の経済活動の増加に伴って物流が増え、物資を運ぶ船のパラスト水に混入した生物があちこちに広がり、新天地に定着した生物が大発生を起こして様々な問題を引き起こしたり、またそれぞれの地域の水域の生態系は地域の特徴を失い、画一化されてきたりしている。
 本書では、外来種とは何か、在来種とは何か、本来の自然とは何か、自然保護とは何か、自然をどうすべきか、ということについて問いかけられている。しかし、第24章『「手つかずの自然」という幻』では、結局は人間が介在した時点で「手つかずの自然」というものは消滅して、人間が探し求めてきた「手つかずの自然」とは幻想に過ぎず、我々が帰ろうとしている「自然」とは、我々が子供の頃にみた環境であり、人間の心に潜む郷愁に過ぎないと結ばれている。これは高橋敬一著『「自然との共生」というウソ』で語られていることと同じである。還るべき自然とは何かを知ることが不可能である状況で、自然保護運動がどちらを向いて行動すべきかは恣意的にならざるをえず、結局は現状をなるべく維持するということにならざるをえないのではないかと思う。侵入してしまった侵入種に対しても根絶を目的とするのではなく、それ以上に広がるのを避けることに力を注ぐ(カネを使う)ことが妥当な選択肢ではないかと、本書を読んであらためて感じされられた。
 外来種の根絶活動を実践している人にも是非読んでもらいたい本である。

 本筋とは関係ないが、誤訳と思われる箇所に気付いたので、指摘しておきたい。第10章で「外来のショウジョウバエによる農作物被害を防ぐカリフォルニア州のプロジェクトの・・・」(p. 170)とあるが、これはショウジョウバエ科のハエではなくミバエ科のハエのことではないかと思う。ショウジョウバエ科のハエもミバエ科のハエも、英語では"fruitfly"と呼ばれている。害虫として世界的に問題になっている"fruitlfy"はミバエ科のハエである。だから、「外来のミバエによる農作物被害を防ぐカリフォルニア州のプロジェクトの・・・」というが正しい訳だと思う。そのすぐあとにハワイのショウジョウバエのことが書かれているが(p. 174〜)、これはショウジョウバエ科のハエで間違いないと思う。ハワイでショウジョウバエが爆発的に種分化していることはよく知られている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 3日 (月)

2010年・アゲハとクロアゲハとキムネクマバチの初見

 今日は午後から近所の偕楽公園に出かけた。主目的は中電津ハムクラブ主催のフォックス・ハンティング。長男と三男と一緒に参加した。去年は雨で流れてしまったので、2年ぶりである。例年5月5日に開催されていたが、今年は5月3日に変更された。日程が変わったせいかどうかわからないが、参加者は例年より少なかったような気がする。結果は2位入賞。三男は3位入賞。長男は・・・・・。
 偕楽公園の中にはツツジがたくさん咲いていた。虫がいないかと思って探すのだが、虫の数は少ない。子供の頃、自宅の庭にツツジがあり、花が咲くとシロスジヒゲナガハナバチがよく飛んできていたが、今日はそれらしいハチもわずかしか見られなかった。藤棚があり、そろそろ花が咲く頃だったが、キムネクマバチも1頭だけ見ることができた。蝶はいないかと思って見ていたら、やっとのことアゲハを見ることができた。
 フォックス・ハンティングも終わり、帰宅しようとしていたら、クロアゲハが飛んでいるのが見えた。ここ数日でかなり暖かくなってきたので、一気にいろいろな蝶が出てきたのかも知れない。クヌギやコナラの葉も、もう既にかなり展開していた。やっと本格的な春の気配である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年5月 2日 (日)

ハイキング@赤目四十八滝

 長男が車を運転したいというので、名張の赤目四十八滝まで出かけた。今日は天気がよく、ハイキング日和。観光客は非常に多く、途中の狭い道ですれ違い待ちをしなければならないほど。赤目四十八滝には初めて行ったが、周囲は植林されたスギかヒノキが多く、生き物を見る、という点に関しては、いまひとつ面白みに欠けた。しかし、歩く、という点に限れば、手軽なハイキングコースだと思った。
20100502blog1

20100502blog2
 帰りは青山高原を通って美里に抜けるつもりだったが、青山高原の頂上付近から美里や榊原に抜ける道が工事中で通行止めになっており、結局は国道165号線まで戻ることになった。
 長男の運転は、ときどきヒヤリとさせられるものがあった。まだ一人で運転させるわけにはいかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »