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2010年4月 2日 (金)

大崎直太著『擬態の進化』

大崎直太著『擬態の進化 ダーウィンも誤解した150年の謎を解く』
海游舍
ISBN978-4-905930-25-9
3,000円+税
2009年4月22日発行
288 pp.

目 次
序章 ベイツ型擬態の波紋
 ベイツ型擬態とアマゾン;ベイツ型擬態とは;ベイツ型擬態と『種の起源』;『種の起源』への反論;ベイツ型擬態が『種の起源』に与えたもの;ベイツ型擬態の2つの謎と性淘汰;ベイツ型擬態とミューラー型擬態:頻度依存淘汰;ベイツ型擬態のモデルの警告色と血縁淘汰;ベイツ型擬態における性淘汰仮説のその後;擬態研究の現在 (Box 0-1 ヘリコニウス科の分類学的位置)
1章 ベイツの時代と進化論
 ダーウィン以前の進化論;ダーウィンの出現;ベイツ南米に行く;ウォレスのサラワク論文;ウォレスのテルナテ論文;『種の起源』の出版;オックスフォード大学自然史博物館での大討論;ベイツ型擬態の発表;メスしか擬態しないベイツ型擬態種;Xクラブとネイチャー;進化と適者生存
2章  ベイツ南米の旅
 ベイツとウォレスの出会い;職工学校;ベイツ・ウォレス記念碑;アマゾン学術探検の夢;アマゾンの旅とヘリコニウス科のチョウ;アマゾンでの暮らし;2人の帰国;帰国後の2人
3章 なぜメスだけが擬態するのか
 メスだけが擬態するチョウと性淘汰;性淘汰とは;ベルトの主張;メスのチョウも複数回交尾する;性淘汰の仮説と検証;異性間性淘汰のメカニズム;ランナウェイ学説;ハンディキャップ学説;その他の性淘汰;オスによる同性内性淘汰仮説;擬態するのはメスだけではない
4章 なぜ一部のメスだけが擬態するのか
 頻度依存淘汰;ミューラーのブラジル移住;ミューラー型擬態と正の頻度依存淘汰仮説(Box 4-1 ミューラーの正の頻度依存淘汰モデル);ベイツ型擬態と負の頻度依存淘汰仮説;負の頻度依存淘汰仮説の野外検証;ベイツ型擬態種は寄生者か (Box 4-2 擬態種がモデルに与える効果実験);負の頻度依存淘汰:タカとハト (Box 4-3 タカ−ハトゲーム);タカとハトとブルジョア (Box 4-4 タカ−ハト−ブルジョアゲーム)
5章 警告色の進化
 派手な目立つ色の意味;利己的と利他的;血縁度と適応度;血縁淘汰と包括適応度;緑ひげ効果;個体淘汰と群淘汰;隠蔽色と警告色の効果
6章 ベイツ型擬態の謎
 ベイツ型擬態との出会い;オスはメスの犠牲者か;ビーク・マーク;ビーク・マークの示すこと;なぜメスだけが擬態するのか:擬態のコストとベネフィット;なぜ一部のメスだけが擬態するのか:擬態のコストとベネフィット;論文投稿後にわかったこと;ビーク・マークの5つの疑問;擬態率の決定メカニズム (Box 6-1 ビーク・マーク率比モデル)
7章 性淘汰仮説に対する疑問
 異性間性淘汰仮説の否定;シロオビアゲハの交尾実験;伊丹市昆虫館;オスがメスを選ぶ;同性内性淘汰仮説;レビューアー;それでも地球は回っている;擬態のコストは何か;翅の模様の意味;擬態型メスは交尾の際に不利を被ってはいない
8章 擬態のコスト
 擬態型は生理的寿命が短い;赤い斑紋が多いメスはなぜ寿命が短いか;擬態のコストと擬態率 (Box 8-1 ハーディー−ワインベルグ法則);野外での寿命;シロオビアゲハの擬態型;性的二型再考;ベイツ型擬態は両性が擬態する
9章 メスだけが擬態する種と両性も擬態する種
 カカメガの森;イシペ(国際昆虫生理生態学センター);チョウの同定;森での生活;森での調査;大きな種ほど敏捷に高い空間を飛ぶ;大きな種のメスほど鳥に襲われる;オスに偏った捕獲性比を説明する3つの仮説;なぜある種はメスだけが擬態して,別の種は両性が擬態するのか;メスだけが擬態する種と両性が擬態する種の違い;生物の体の大きさ
10章 メスの捕食圧が高い理由
 鳥にとっての餌の価値;餌選択モデルの検証 (Box 10-1 餌選択モデル);擬態と餌選択モデル;認知モデルの検証 (Box 10-2 認知モデル);探索像;擬態と探索像
11章 チョウは寝込みを襲われる
 チョウの体温調節機構;体温調節機構との出会い;野外調査の成果は調査地に依存する;ボルネオ,ビンコールの森;森の生活;熱環境の計測;論文の行方;白いチョウの体温は高く黒いチョウの体温は低い;チョウの体温調節機構と捕食圧;チャレンジャー教授の叫び
12章 ベイツ型擬態の謎の帰結
 モデルなき擬態はありえない;擬態はどのようにして進化したか;擬態を見破る捕食者の進化はないのか;なぜ多くの種が擬態しないのか;ツマグロヒョウモンはベイツ型擬態種か;帰無仮説;代替仮説;擬似相関
13章 仮説の提言と検証
 至近要因と究極要因;代替仮説再考;擬似相関再録;良い研究とは;仮説の提言と検証;発想;序論の構造;そんなはずはない;ベイツ型擬態研究の帰結
あとがき
参考文献
索引

 著者の大崎直太氏は、ぼくの大学時代の恩師の一人で、ぼくが3回生のときの学生実習で初めてお会いした。その当時は研究室の助手で、着任されて間もない頃だった。その後、ぼくが就職するまで、また就職してからも論文の指導など、色々なことでお世話になった。その当時は、モンシロチョウ属を材料として寄主植物の利用様式を中心とした比較生態の研究をされており、その後、このような擬態に関する本を書かれるような研究をされるとは思っていなかった。
 ベイツ型擬態とは、毒がある、あるいは味が悪いモデルに形態的に似ることによって、鳥などの捕食者からの捕食を免れるという現象である。本書には、英国人ベイツが南米アマゾンでこの現象を発見してから、その進化の機構について、歴史的にどのように考えられてきたかが解説されており、さらに著者の新しい考え方に至るまでの著者による実証の過程が解説されている。
 蝶に見られるベイツ型の擬態は、多くの場合雌にだけ、しかも全部の雌ではなく一部の雌にだけ発現する場合がほとんどである。著者はその理由として、擬態することに関してコストがかかること(例えば、擬態しない場合より寿命が短い、ということなど)、捕食圧は雄より雌で高いことを明らかにして説明した。
 前半の歴史的な部分は読み物として面白いし、後半の著者自身の研究に関わる部分は、著者がどのような場面でどのように考えたかが書かれていて、研究するとはどういうことか、ということを考える上でも大変参考になる。
 ところで、本書に書かれていることには、ぼくには若干の疑問がある。ぼくは1991年の夏の3か月を沖縄本島南部で過ごした。休みの日には、知念半島の斎場御嶽の近くなどで昆虫採集を楽しんだ。斎場御嶽の近くの久手堅の集落では雌の斑紋に変異があるシロオビアゲハが多かった。雌は雄と同様の斑紋をもつものもいたが、いわゆる擬態型とされている赤い斑紋をもつものの方が多かった。しかも、その擬態型の斑紋の変異の幅は極めて大きく、白い斑紋のあるものから赤い斑紋の発達したものまで色々いた。その当時、シロオビアゲハのモデルとされている味の悪いベニモンアゲハは沖縄本島には分布していなかった。本書に書かれているように、擬態することにコストがかかり、雌の方が捕食圧が高いのであれば、これほど高い割合で擬態型の雌がみられるのは理屈に合わないことになる。だから、理屈が間違っているのか、それとも何らかの別の理由で擬態型の頻度が高く保たれていたと考えざるをえない。残念ながら、体系的なデータの取り方をしていなかったので、正面から大崎説に反論できない。
 とは言え、本書は読んでいてワクワクさせられるので、お勧めできる本だと思う。

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コメント

ベニモンアゲハが本島にいないのに、シロオビの擬態型が維持されているのは、ベニモンアゲハの生息地を通過する渡り鳥に対する擬態の効果があるからではないでしょうか。実際、沖縄にも南方(ベニモンの生息地)から渡ってくる夏鳥がかなりいます。多くのベイツ擬態の議論には、不思議なことに、そういった考察が抜けているように感じます。

投稿: 丸山宗利 | 2010年4月 2日 (金) 22時31分

 おはようございます。
この様なタイトルの書籍大好き人間で、ついつい表題だけで買ってしまい・・・面白くなかったりしてがっかりする事が多いのですが・・・返却期日の迫っている貸本の返却時に借りて来ます・・・良かったら購入します、寸評有難うございました。(^0_0^)

投稿: 矢頭治虫 | 2010年4月 3日 (土) 05時04分

丸山さん、コメントありがとうございます。
 ベイツ型擬態のモデルの効果は時間の経過とともに徐々に薄れる(それを検証した論文が出ている)ので、たびたびモデルに出会わないといけないということです。著者は渡り鳥のことにも論及していますが、その影響は限定的だと考えているようです。

投稿: Ohrwurm | 2010年4月 3日 (土) 09時12分

矢頭治虫おはようございます(もう早くないか・・・)。
 ベイツ型擬態に関する考え方の歴史が書かれており、さらに著者の考え方の流れが書かれている点で好著だと思います。

投稿: Ohrwurm | 2010年4月 3日 (土) 09時15分

 モデル侵入以前の沖縄本島で、擬態型の方が多かった、というのは面白い現象ですね。例えば、上杉兼司氏の擬態型率と擬態型有利さ指数の関係の基になっているデータでは、モデルの存在した6つの島で、擬態型率が50%以上は西表島だけです。回帰直線より擬態型率を50%とすると、擬態型有利さ指数は0.8になり、モデルは擬態型個体の8倍もいることになります。なのにモデルはいなかった。
 考えられる理屈の1つは、擬態型が侵入した直後に遭遇した、ということです。擬態型は遺伝的に優性ですから系が安定して収斂するまで擬態型率は大きく振動する可能性があります。捕食圧や擬態のコストの影響を受ける前に、擬態型が優性である面が優位に発揮されたのでしょうね。

投稿: 大崎直太 | 2010年4月10日 (土) 13時59分

 ご無沙汰しております。著者直々のコメントありがとうございます。
 ぼくが知っているのは1991年の夏のことだけですから、それ以前のことは想像に任せるしかありません。昔の蝶の図鑑を見ても、南西諸島のシロオビアゲハでは古くから通常型と擬態型が知られていたようですから、擬態型の侵入直後だった、というのは違うように思えます。
 もうひとつぼくが疑問に思っていることは、1991年の夏のシロオビアゲハの擬態型の斑紋の変異が非常に大きかったのだけれど、今はどうなのだろうか、ということです。モデルのベニモンアゲハには明瞭な白い斑紋がありますから、それに似た白い斑紋をもった擬態型の比率が高くなり、赤い斑紋だけの擬態型の比率が下がった可能性があるのではないかということです。このあたりはどうなのでしょう?

投稿: Ohrwurm | 2010年4月10日 (土) 20時40分

 擬態型侵入直後、というのは、擬態型が初めて侵入した直後、というわけではありません。迷蝶と一緒で、何回か侵入し、しばらく繁栄したのちに、モデルがいないので絶滅した。擬態型が定着するためには、モデルの侵入が必須です。
 本にも書きましたが、伊丹市昆虫館のモデルのいない世界では、擬態型の斑紋の変異は大きな多様性を見せました。現在の沖縄本島で、擬態型の斑紋変異どうなってるのかは知りませんが、もし、モデルの斑紋型に収斂しているならば、予測通りです。

投稿: 大崎直太 | 2010年4月10日 (土) 22時29分

 なるほど。何度も侵入が起きている、と考えるわけですね。それは実際に起こっていそうなことだと思います。
 その後の沖縄本島の状況は、機会があれば調べてみたいものです。

投稿: Ohrwurm | 2010年4月11日 (日) 08時36分

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