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2010年3月 4日 (木)

日高敏隆著『ネコはどうしてわがままか』

日高敏隆著『ネコはどうしてわがままか 不思議な「いきもの博物誌」』
法研
ISBN4-87954-407-8
1,620円+税
2001年10月14日発行

目次
第一部 四季の『いきもの博物誌』
第一章 春の『いきもの博物誌』
蜂とゼンマイの春;春を告げるウグイス;春の女神ギフチョウ;ドジョウは何を食べている?;イモリの警告色;オタマジャクシの恐怖物質;ミズスマシの水面生活;水面を走るアメンボ忍者;金網パイプ製モグラのトンネル;カラスに大目玉;琵琶湖特産魚イサザの話;クジャクの男選び
第二章 夏の『いきもの博物誌』
カエルの合唱はのどかなものか?;ヘビは自然の偉大なる発明;カタツムリの奇妙な生活;アブラムシの甘露と蜂蜜;トンボとヤゴの驚くべき仕組み;セミはなぜ鳴くのか?;ボウフラのおかしな修正;松枯れと松食い虫;タガメの空中産卵;ムカデとヤスデ;ヤモリの愛嬌
第三章 秋の『いきもの博物誌』
意外に獰猛なテントウムシ;毎晩、冬眠するコウモリたち;スズメのお宿の謎;滑空するムササビ;イヌは散歩が生きがい;秋空に飛ぶミノウスバ
第四章 冬の『いきもの博物誌』
タヌキの交通事故;イタチも謎の多い動物;カマキリの予知能力;飛び出た冬の蛾;オオカミへの恐れと尊敬;ヒマラヤを越えるツル;ネコはどうしてわがままか?
第二部 「いきもの」もしょせんは人間じゃないの!?
「すねる」;「きどる」;「確かめる」;「目覚める」;「落ちこむ」;「選ぶ」;「誇る」;「受ける」;「迷う」;「耐える」;「待つ」
おわりに

 第一章は『ゆたか』(法研)1998年4月号から2001年3月号に連載された「いきもの博物誌」、第二章は『ヴァンテーヌ』アシェット婦人画報社)1992年1月号から12月号(9月号分を除く)に連載された「ちょっとエソロジー」を再編集したものである。

 相変わらず日高先生の著作を読み直している。この本も、前に一度読んだことがある(はず)。
 いきものに関するエッセイ集である。いつものことだが、日高先生のエッセイは読んでいて楽しい。この本もそうである。
 日高先生にはたくさんの著作があるので、ネタの使い回しも多い。この本のエッセイに使われているネタは、他の本でも使われているものがたくさんある。何度も使われているネタは、日高先生のお気に入りなのだろう。
 全編を通して面白いと思うのだが、気になる点について、少し書いておきたい。「カマキリの予知能力」は酒井與喜夫氏の「積雪が多い年にはカマキリが高いところに卵を産む」ということを対象にした研究のことを書いたものである。この研究で酒井與喜夫氏は工学博士の学位を得たのだが、日高先生はこの学位の審査に関わっていたということらしい。この研究結果については、後に元弘前大学の安藤喜一先生によって反証されている。この研究は「卵が雪に埋もれると死んでしまう」という間違った仮定のもとで行われていたわけだが、日高先生がこの点について気が付かなかったのは、弘法も筆の誤り、というところであろうか。
 イタチの話が出てきたので、今の家に引っ越してきたときのことも思い出された。引っ越してきて間もなく、我が家の天井裏にネズミか何かが棲み付いているのがわかった。夜になると、バタバタと騒々しいのだ。ネズミかと思ったのだが、天井裏を見たら鳥の死骸があったので、ネズミではなくイタチだと判断された(2004年5月1日)。どこから出入りしているものかと思っていたら、床下の通気口のところにパン屑が落ちていたので、そこから出入りしているのがわかった(5月15日)。その何日か後に庭に出たところ、雨戸の戸袋のところで何か動物の鳴き声がしたので、そこを見てみたらイタチの子が落ちていた(5月28日)。それを遠くに逃がしてやったところ、もう天井裏は静かになった。家主さんにお願いして、イタチの出入り口になっていると思われるところを塞いでもらったら、もうその後はイタチに悩まされることはなくなった。日高先生のよれば、ちょっとした隙間があればイタチは家に侵入できるそうだ。
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コメント

『ネコはどうしてわがままか』は文庫本で持っています。
新潮文庫で400円。
やはりカマキリの雪予想の部分では少々、ガッカリ……。
mixiではこのネタで日記(2009.12.02)を書いてます。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1354461742&owner_id=7067464

あと、イタチに関する項目も気になりました。
本書には「最後っ屁」は大げさ──臭腺はコミュニケーションのためのもので、相手を気絶させるものではないというようなことが書かれてあります。
本をたくさん出している動物学者が「イタチの最後っ屁は迷信」というような事を書いていたり、それを信じてる人が多いのも知っていますが、僕はノーマル・フェレット(生殖腺&臭腺の除去手術をしていないイタチ科の家畜)を飼った経験からイタチの最後っ屁は、あるだろうと思っています。
フェレットが犬に背後から飛びかかられた時や、驚いた時に「最後っ屁」を放つのを何度か経験しているので、ピンチの時に発射することはフェレットではあるといえます。たぶん(ニホン)イタチでもあるのではないかと。
これが直接相手の鼻先にかかれば、ダメージもしくは相手の嗅覚を一時的にきかなくする程度の効果はありそうな気がします。が、それよりも、強いニオイを放つ事で相手の嗅覚をその場に引きつけ、自分は逃げる──という「ニオイかわり身の術」的な意味合いがあるのではないかと僕は考えています。イカがスミをはいて(ダミーをつくって)視覚的に相手を混乱させる──あれの嗅覚バージョンが「イタチの最後っ屁」なのではないか。少なくともコミュニケーションとは別の窮地の策としての使い方はあると思っています。

Ohrwurmさんの書評は興味深く拝見していますが、珍しい事にたまたま僕も同じ本を持っていたので(文庫版ですが)、虫屋でもないのに、つい書き込みをさせていただきました。

P.S. 子イタチの画像、興味深く拝見しました。

投稿: 星谷 仁 | 2010年3月 5日 (金) 02時31分

やっぱり虫屋の星谷さん、こんにちは。
 イタチの最後っ屁については、本当なのかどうかを確かめるのは難しそうですね。どのように実験系が組めるかがわかりません。ぼくが触ったことのあるイタチは、まだ目の開いていない子供でしたから、「屁」はありませんでした。フェレットももともとはイタチだったのでしょうから、イタチにもちゃんと最後っ屁はありそうですね。

投稿: Ohrwurm | 2010年3月 6日 (土) 08時17分

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