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2010年3月 1日 (月)

池田清彦著『やがて消えゆく我が身なら』

池田清彦著『やがて消えゆく我が身なら』
角川書店
ISBN4-04-883910-1
1,300円+税
2005年2月25日発行
249 pp.

目次
人は死ぬ
人生を流れる時間
がん検診は受けない
親はあっても子は育つ
人はなせ怒るのか
未来のことはわからない
人はどこまで運命に抗えるか
自殺をしたくなったら
強者の寛容について
病気は待ってくれない
働くということ
親の死に目
老いらくの恋
子どもとつき合う
今日一日の楽しみ
グロ−バリゼーションの行方
趣味に生きる
アモク・シンドローム
食べる楽しみ
不治の病を予測する
自然保全は気分である
人間を変える
老いの悲しみ
病気は人類の友なのか
プライバシーと裁判員制度
自己責任とは何か
「氏」と「育ち」
明るく滅びるということ
身も蓋もない話
ぐずぐず生きる
あとがき

 2002年5月から2004年10月まで「本の旅人」に連載されたエッセイを加筆・訂正したものである。
 池田氏は1947年生まれだから、本書に掲載されている文章が書かれたのは、池田氏が55歳から57歳ぐらいにかけての時期のものである。それにしては、やけに開き直っているというか、悟っているというか、思い切ったことが書かれている。まるで、養老孟司氏のような本格的な年寄りが書いたもののように思える。
 ぼくも40歳を過ぎたあたりから、体のあちこちにガタが来たのが自覚できるようになり、しょっちゅう「調子が悪い」などと口走っているが、「人はどんな時でも、体の調子などウジウジ考えずに今一番大事だと思うことをすべきである。」と言い切っているのを読むと、まあ確かにそうかも知れないが、そういうわけにもいかないのよね、と言いたくなる。あと5年もすれば、池田氏がこの文章を書き始めた歳になるが、ぼくもその時にはそういう気持ちになれるのだろうか。
 本書に限らないが、池田氏のこのての本は、リバータリアニズムを強く感じさせられる。池田氏は「左翼からは右翼と呼ばれ、右翼からは左翼と呼ばれ、普通の人からはただ過激なだけだと思われているようである。」と自己評価している。ぼくは池田氏を「ちょっと過激な発言だなぁ」と思うことが多いので、ぼくはその意味においては普通の人かも知れない。
 まあ、ちょっと過激な書き方がされているなぁ、と思う部分は多いが、書かれていることは物事の本質を突いたものが多いので、読めばそれなりの刺激になると思う。面白かった。

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