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2010年2月11日 (木)

福岡伸一著『できそこないの男たち』

福岡伸一著『できそこないの男たち』
光文社新書371
ISBN978-4-334-03474-0
820円+税
2008年10月20日発行
285 pp.

目次
プロローグ
第一章 見えないものを見た男
第二章 男の秘密を覗いた女
第三章 匂いのない匂い
第四章 誤認逮捕
第五章 SRY遺伝子
第六章 ミュラー博士とウォルフ博士
第七章 アリマキ的人生
第八章 弱きもの、汝の名は男なり
第九章 Yの旅路
第十章 ハーバードの星
第十一章 余剰の起源
エピローグ

 表題から本書の内容について様々なことが想像される。安っぽい小説のようにも見えないことはない。が、本書は生物学とその歴史について書かれたものだ。
 本書の内容は、生物の基本的な性は女であり、男が女になるべくプログラムされた発生の途中段階で改変されたことによって生じた性であることが明らかにされた過程が、自分自身の体験や様々なドラマを交えてエキサイティングに語られたものである。生物学的な内容を、専門用語を用いてではなく、なるべく普通の言葉で語ろうとしている意図が見える。
 性決定遺伝子の同定をめぐる研究者間の競争など、ワクワクさせられるとともに、分子生物学の世界は厳しいものだと実感させられる。
 他の福岡氏の著書にも書かれていたが、福岡氏は昆虫少年であったことが、本書でも告白されている。福岡氏は大学で昆虫学を専攻しようとしようとしていたと思う。ぼくも昆虫学を学ぼうと、福岡氏と同じ大学を同じ年に受験したことになる。福岡氏は食品工学科を卒業しているので、昆虫学の講座のある農林生物学科に入学できなかったということである。ぼくも入学試験の成績が足りず、農林生物学科には入学できず、想定外の畜産学科に回されたのはショックだった。入学した学科が別だったので、ぼくと福岡氏は面識はないが、同じような境遇だったことから、何か親近感を感じさせられる。その後福岡氏はぼくとは異なり、入学した学科で学ぶべきことを受け入れて分子生物学という世界に進んだ。ぼくは当初の望みを捨てられず、転学科の希望を出したところ、運良く転学科を認められて、昆虫学を学ぶことができた。本書の中で、福岡氏の学生時代の生活についても語られているが、生化学系の実験は忍耐の連続で、ぼくにはとても耐えられないもののように思われる。福岡氏はそれをくぐり抜けていった。そしてエキサイティングな経験をした。
 福岡氏は昆虫についてかなりの知識を持っていたはずだが、第七章の「アリマキ的人生」で語られているアリマキの生活環に関する記述は、やや正確性に欠けるところもあると思った。「アリマキ」という名称も今風ではない。今なら「アブラムシ」だ。昔はゴキブリのことも「アブラムシ」と呼んでいたので、「アリマキ」の方が誤解がないのかも知れないが、今はゴキブリのことを「アブラムシ」と呼ぶ人は少なくなっているのではないかと思う。
 アブラムシの生活環は昆虫の中ではかなり複雑だ。本書の中でも書かれているように、環境条件の良い春から夏にかけては、メスだけで仔虫を産んで増える。秋深まると、オスと卵を産むメスを作り出して、交尾をして卵が産まれ、その状態で厳しい冬をやり過ごす。春になって卵から産まれたアブラムシはすべてメスになり、交尾をせずにメスになる仔虫を産む。
 本書の中で全く触れられていないことに、膜翅目(ハチ、アリの仲間)の性決定様式がある。膜翅目はメスは二倍体で、オスは受精していない卵から発生した半数体である。本書で語られていることは、Y染色体にある性決定遺伝子であるSRYによって、メスになったはずである体がオスに作り替えられるということだ。膜翅目にみられる半数倍数性の性決定様式は、「オスができそこないである」ことは確かにそう言えそうであるが、オス化遺伝子の存在を想定したものからは説明できないように思える。実際はどのようになっているのか、どこまで明らかになっているのか、気になるところだ。
 ま、それはともかく、他の福岡氏の著書と同様に、本書も福岡氏の人を惹き付けるような文章の巧さに舌を巻いた。常に「次はどうなるのだろうか」とワクワクしながら読み進むことができた。お勧めの一冊。

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コメント

この本、僕も読みましたよ。昆虫好きは、こうして各界のあちこちに潜伏しているんですね。
どんなに評判の悪い人でも、昔昆虫少年でしたなんて話を聞くと、贔屓目で見てしまいます。

投稿:  おきしま | 2010年2月11日 (木) 15時19分

 おきしまさん、こんにちは。
 福岡氏が昆虫好きだとうことは別の著書に書かれているのを読みましたが、本書を読むまで、福岡氏が大学で昆虫学を専攻しようとしていたとは知りませんでした。福岡氏がもし農林生物学科に入っていたら、おそらく昆虫学の世界で優秀な研究者になっていたと思いますが、ぼくが分子生物学の世界を知るための案内人がいなくなっていたかも知れません。
 それはともかく、元昆虫少年だとわかると、贔屓目に見てしまうのは確かですね。

投稿: Ohrwurm | 2010年2月11日 (木) 19時13分

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