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2010年1月 4日 (月)

『昆蟲(ニューシリーズ)』第12巻4号を見て感じたこと

 休み明けで出勤したら、日本昆虫学会の学会誌が届いていた。英文誌の"Entomological Science"はいつもとあまり変わっていなかったが、和文誌の『昆蟲(ニューシリーズ)』(第12巻4号)には2ページの論文が1編掲載されているだけで、あとの約30ページがその他の記事になっていたので驚いた。
 職業研究者あるいは職業研究者になろうと思う人の場合、昨今は英語で論文を書く事が強く奨励されているので、職業研究者あるいは職業研究者になろうと思う人による和文の論文が少なくなっているのは仕方が無いことだと思うが、それにしても2ページの論文が1編だけというのは、あまりに寂しい。
 和文誌の編集責任者による編集後記を読んでも、たいへん苦労されているのがわかるが、ここはやはり何とか和文誌の性格を変えなければいけないのではないかと思う。
 自分自身のことを考えてみると、きちんとした科学論文にするにはデータに不足はあるが、どこかに書き残しておきたいと思うことは色々ある。きちんと計画された研究計画に沿って行われた研究ではなくても、予期せずに面白い発見をすることもあるので、そういうことも「論文ネタ」にはなるものだ。そういう「論文ネタ」をどうしているか、と言えば、英語の論文にできそうであれば、英語で論文を書く努力をするし、それが難しそうであれば、分類群ごとに細分化された学会の会誌に日本語で書くか、気楽に文章を書ける昆虫同好会誌(もちろん日本語)に投稿している。
 おそらく、自分以外にも自分と同じような行動をとっている人がいると想像がつく。だから、英語の論文になりにくい「論文ネタ」を昆虫学会の和文誌にもっと気楽に書くことができたら、もっと昆虫学会の和文誌への投稿が増えるのではないかと思う。日本昆虫学会には職業研究者の会員も多いが、アマチュア研究者の会員も多い。職業研究者は英語で論文を書く事を奨励されているが、アマチュア研究者はそんなことはないので、面白い「論文ネタ」を持っている人は、気楽に和文誌に投稿したら良いのではないかと思う。
 こういうことを誰もが読める場所に書くのは問題があるかも知れないが・・・・・ぼく自身、あるアマチュア研究者が昆虫学会の和文誌に投稿した論文の査読者になったことがあり、面白いネタだったので、是非とも掲載させるところまで持っていきたいと思った。最初に投稿された原稿は、何が言いたいのか大変わかりにくいものだったが、何度も原稿をやりとりするうちにわかり易いものになり、ついには掲載に至った。それに至るまでに何年もかかったが、論文の著者が味わう満足感と同様の満足感を査読者として経験することができた。
 最初に投稿した論文が拙い出来であっても、中身のネタさえ面白ければ、査読者の助けを得ながら、学会誌に掲載される段階にレベルアップすることは、それほど難しいことではないと思う。
 そんなことができる学会誌になって欲しいと思う。

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コメント

Ohrwurmさん、今年もよろしくお願い致します。

恐らく皆さん同じように感じられたのではないでしょうか。前号は3つ論文が掲載されていますので、今号だけの現象と思いたいところです。今号に掲載されたものが、単報とでもいうようなものだったことも一層‘寂しさ’を感じさせた原因でしょう。

次号からは「あきつ賞」受賞サイトの紹介も順に掲載されると聞いています。さまざまな面で刺激を与える和文誌になるとよいと思っています。

投稿: Zikade | 2010年1月 5日 (火) 12時01分

Zikadeさん、今年もよろしくお願いします。

Zikadeさんもやはり同じような感想を持たれたのでしょうか。雑誌のもつ雰囲気を変えるのはなかなか難しいと思いますが、面白い雑誌にして欲しいものですね。

投稿: Ohrwurm | 2010年1月 5日 (火) 22時22分

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