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2009年12月

2009年12月31日 (木)

2009年もあと数時間で終わり

 今年はあまり成果のない一年に終わってしまったような気がする。去年から仕事の内容がかなり代わり、まだ頭の切り替えができていない上に、仕事での「虫採り」に神経を使わされ、休日の「趣味の虫採り」を楽しむ余裕が無くなってしまい、休日はただひたすら頭と体を休養させるだけに終わったことが響いている。
 まあ、それでも、9月の日本昆虫学会第69回大会で、「土着天敵の評価と利用技術の展望」のシンポジウムで講演させていただいたことと、「昆虫の季節適応談話会」の小集会での講演をさせていただいたことは今年の成果だったと言えるかも知れない。
 来年もまた厳しくなりそうだが、何とか周りから取り残されないように踏ん張りたいと思う。
 近所の虫屋の皆さん、来年は虫採りに誘ってくださいね。

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2009年12月30日 (水)

日本生物地理学会賞受賞祝賀会

 三重昆虫談話会の会員でもある東京大学の久保田耕平さんが三重に帰省されるということで、それに合わせて三重昆虫談話会の有志による日本生物地理学会賞受賞祝賀会が開催されたので、三重昆虫談話会の一会員として出席した。会場は津市内の某中華料理店。
 久保田さんの受賞は、コルリクワガタ種群の分布と系統を形態と遺伝子の多量のデータをもとに整理し直したことによる。大変な執念をもってサンプルが集められた(協力者は多数いるが)ところに圧倒される。プロの研究者からは高く評価されたのだが(学会賞を受賞したことからもわかる)、アマチュアの研究者には今のところ大変受けが悪い。久保田さんご本人も挨拶のなかで言っておられたが、10年経てば理解してもらえるようになるだろう、とのこと。ぼくもそう思う。
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 虫屋が集まれば虫の話が尽きず、予定の2時間はあっという間に過ぎてしまった。
 そのあとは、有志での喫茶店での二次会。名古屋に本社がある某チェーン店。ぼくが頼んだのは「アイスココア」。上にソフトクリームがたっぷり乗っているところがすごい。ところが、その下の飲み物の液体の部分の比率は少なく、氷が半分以上を占めていた。ここでも、虫の話は尽きず。
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2009年12月28日 (月)

河野和男著『カブトムシと進化論 博物学の復権』

河野和男著『カブトムシと進化論 博物学の復権』
新思索社
ISBN978-4-7835-0231-9
2,500円+税
2004年11月30日発行
346 pp.

目次
カラープレート
はじめに
1 カブトムシとダーウィン
2 リンネまでの静的自然観
3 流転のラマルク理論
4 至高の銀メダリスト:ウォレス
5 進化論は進化しないのか?—ネオダーウィニズムと「バベルの図書館」
6 主体性の進化論:今西錦司
7 分子進化の中立説:木村資生
8 進化と進歩、偶然と必然—人間の測り間違い
9 ゆっくリズム対断続平衡—グールドの異議申し立て
10 大進化と小進化—前途有望な怪物、ゴールドシュミットの挑戦
11 進化は末広がり、それとも先細り?
12 たくさんある種の定義—奇人ホールデンとマイヤーの種概念
13 地理的隔離と生殖隔離、種分化の仕組み—ドブジャンスキーの見識
14 種の実在性
15 高位分類群の定義:分岐分類と進化分類
16 高位分類群の実在性:系統発生制約
17 似ているということ—相同と相似そして並行進化
18 生物多様性:熱帯と温帯
19 地球上に生物は何種類いるのか?
20 進化にセカンドチャンスはあるのか?—目下、六回目の大絶滅中
21 甲虫類の性的異型—カブトムシの角はどこから来たのか?
22 カブトムシの角はなぜ長い?
あとがきに代えた最終章—人はなぜ虫を集め、進化を考え、それを語るのか?
文献
著者紹介

 『自殺する種子』に続いて河野(かわの)和男氏の著書である。『自殺する種子』は河野氏の「表芸」である育種を中心に語られた著書だったが、その中にもカブトムシやクワガタムシが登場していた。本書は河野氏の「裏芸」であるカブトムシとクワガタムシを通して進化について河野氏の考えが語られた著書である。この本も5年も前に出版されたものだから、読んだのがいささか遅すぎたという感がある。
 育種家である河野氏は、頭の中で考えたことだけでなく、実際のモノを見ているところが強みだと思う。カブトムシやクワガタムシの実物を手にして、見て、触って、肌で感じているところは、頭の中だけで考えている人と違うところだと思う。その河野氏が、種の壁を越えることをうまく説明できないネオダーウィニズムに違和感を持ち、グールドの断続平衡説に惹かれる様子がよくわかる。
カブトムシの角とクワガタムシの大顎の形態は、いくつもの系統で独立に進化したと考えなければ理解が難しく、それをネオダーウィニズムだけで説明するのは難しい。グールドの断続平衡説はこれをうまく説明できる。ある系統群にはある発生のパターンが備わっており、ある種では表現型として現れるが、ある種では現れないと考えると納得し易い説明ができる。
 河野氏の進化に対する考え方は、『自殺する種子』の中にも書かれていたが、進化は先細りにあるのではないか、というものだ。同所的に近縁な種が何種も棲息するのは、あるときに爆発的に種分化が起こり、今残っているのは絶滅を免れた種であると考えた方が、徐々に種分化したと考えるより説得力がある。
 構造主義生物学という言葉を表に出してはいないが、河野氏の考え方は構造主義生物学的だ。ネオダーウィニズムだけで大進化を説明しきれないわけだから、生物進化に構造主義的な考え方は不可欠だと思われる。
 本書には、河野氏を惹き付けたカブトムシとクワガタムシを通して、進化に対する河野氏の考え方が語られている。いわゆる虫屋には必読の書だと思うし、もちろん虫屋でなくても、生物進化に興味がある人なら読んでみたら良いと思う。細かい目で見れば突っ込みどころはあるだろうが、説得力のある本だと思う。また、頭の中で考えるだけでなく、実際のモノを見ることの重要性を教えてくれているように思う。

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2009年12月26日 (土)

2009年・白塚おさかなまつり

 今朝は休みの日としては珍しく早く活動を始めた。白塚漁港で開催される「白塚おさかなまつり」に出かけるためだ。スーパーなどで買うより安く魚介類が買えるらしい。ということで、妻と二人で出かけた。息子たちも誘ったのだが、乗ってこなかった。
 心配されたほどの渋滞も無く、駐車場も広く、その点では全く問題はなかった。
 会場は思ったほど広いわけではなかったが、テントが立ち並び、魚介類をはじめ、野菜などの即売もあった。人も多かったが、我慢できないほどの混雑でもなかった。
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 会場では、その場で食べられるものもいろいろあったので、朝食を抜いて行っても良かったかも知れない。
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 今回の一応の最大の目的は、マグロの解体ショーを見ること。会場にはNHKとCBCのテレビカメラも来ていた。大きなマグロが鮮やかな包丁さばきで分解されていく。まずは頭が落とされて、次に半身のさらに上下に分けた四分の一に分けられていった。最後まで見る必要もないと思ったので、半身が分解されたところまで見た。あとはいろいろ買い物。
 今晩のおかずは、マグロの刺身にアサリの味噌汁。それに、「白塚ギョウザ」の予定。

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2009年12月22日 (火)

鈴鹿の山が白くなっていた

 今朝の出勤のとき、鈴鹿の山の方を見たら、白くなっていた。見えたのは鈴鹿山脈の南のはずれにある野登山あたりだと思う。先週の土曜日あたりには三重県の北部では平地でも積雪があったので、そのときには当然鈴鹿の山にも積雪があったと思う。今日は、やっとこちらから望むことができた、というだけだと思う。職場のすぐ近くにある経が峰には、まだ積雪は全くない。

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2009年12月21日 (月)

2009年・津市の初雪

 今朝、津市の初雪が記録されたらしい。降ったのには気が付かなかった。出勤するときに正面に見える経が峰には雪は無かった。
 それにしても寒いので、雨ではなく雪が降ったとしても納得できる。

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2009年12月20日 (日)

久しぶりの鰻

 朝一番で映画を観に行ったあとは、家族揃ってどこかで外食しようという話になった。なかなか5人の意見が揃わなかったが、結局、鰻を食べることで落ち着いた。鰻を食べるのは久しぶりだ。
 鰻を食べることに決まったら、自宅からもそれほど遠くないところにある我が家のお気に入りの店に行くことにすんなり決まった。
 昨日、mixiのお友達の日記でたまたま鰻の話が出たが、今日鰻を食べに行くことになったのは、全くの偶然。まともな鰻屋で食べたら、やはりスーパーで買ってきた鰻を食べる気がしなくなる。ま、懐の事情が許せば、ですが。でも、津の鰻は(他の街と較べれば)安くて美味しいです。
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3日連続『のだめカンタービレ』三昧

 一昨日と昨日の夜のテレビを見たのに続いて、今日、映画館に行ってきた。
 「のだめカンタービレ最終楽章 前編」
 以前、連続テレビドラマとして放映されていたときも毎週観ていたが(テレビをあまり観ないぼくとしては例外的なことだ)、面白さが期待できたので、導入編とも言えるテレビ番組とともに、昨日封切られたばかりの映画を観に行った(映画をあまり観ないぼくとしては例外的なことだ)。
 期待に違わず、最初から最後まで安心して楽しめる映画だった。笑いあり、涙あり。
 それにしても、ずいぶん手間をかけて作られた映画だったと思う。外国でたくさんの人を集めて映画を作り上げるのは大変だったと思う。
 ルー・マルレ・オーケストラのコンサートマスター。主役2人に負けず劣らず、なかなか魅力的でした。

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2009年12月17日 (木)

河野和男著『“自殺する種子” 遺伝資源は誰のもの?』

河野和男著『“自殺する種子” 遺伝資源は誰のもの?』
新思索社
ISBN4-7835-0225-0
2,700円+税
2001年12月20日発行
296 pp.

目次
I “自殺する種子”の語るもの
II 植物資源利用の歴史
III 生物多様性と農業生産
IV 育種で何ができるのか?
V キャッサバ育種の現場から
VI 不平等性の重構造
VII 開発の再検討
VIII バイオテクノロジー再見
IX 部分と全体、ミクロとマクロ
X 知的所有権、遺伝資源は誰のもの?
文献
あとがき

 養老孟司氏との対談『虫のフリ見て我がフリ直せ』を読んで、河野(かわの)和男氏の著書も読んでみたくなった。2001年の発行なのでもうかなり古くなってしまった本だが、津市津図書館にリクエストしたら買ってもらえた。
 「自殺する種子」とはかなり刺激的な言葉だが、要するに、購入した種子から作物を作ることはできても、できた種を蒔いても芽が出ないように仕組まれた種子のことだ。つまり、「自殺する種子」とは、遺伝資源の権利が北側の大手資本の手に握られているという実態を象徴的に表した言葉だ。
 著者の河野氏は国際機関で熱帯の栄養繁殖性作物であるキャッサバの育種(品種改良)に永年関わって、有力な品種をいくつも作り、それらを普及させたという実績を持っている人だ(ということを本書を読んで知った)。実績を持っているだけに、自信に溢れた言葉が端々に見られる。農業関係の研究者であるぼくにとって、読んでいて耳に痛く、胸に突き刺さる言葉も端々に見られる。
 ぼくはこれまで育種ということにあまり魅力を感じたことはなかったが、本書を読むことによって、育種の面白さと難しさを初めて知ることができた。多くの重要作物の育種は、ある程度行くところまでは行ってしまっているので、これからの人が河野氏と同じような刺激的で面白い経験をできる可能性は皆無に近いだろうから、本書に書かれていることは河野氏の自慢話のように聞こえないこともないが、何のために育種をするか、と考える重要性を説いているところは重要だと思う。
 もう一つ(と言うか最も)重要な点は、現在の重要な作物の起源は“南”にあるのに、それを“北”がその権利を握ってしまっている問題点を指摘していることだと思う。バイオテクノロジーなどで遺伝資源を権利化している“北”に対しては批判的で、「遺伝資源は世界の共有財産であるべきだ」という立場には強く同意できる。本書の題名になっている「自殺する種子」そのものはそれほど大きな問題なのではなく、副題になっている「遺伝資源は誰のものであるか?」ということを、永年育種の現場に居て実績を上げた研究者としての立場から、自信のある言葉で語られていることは重いと思う。

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キャベツはやっぱり五角形

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 これまで比較的暖かかったが、今日は寒さが身にしみる日になった。幸い陽が射しているので、ほのかな暖かさを感じる。そんな中でのキャベツの収穫になった。9月中旬に定植したキャベツだ。
 去年のこの時期の収穫のときにも気が付いたのだが、キャベツはきれいな五角形をしている。初夏の収穫の時にはあまり気が付かなかったが、見過ごしていたのだろうか。いつも同じ品種のキャベツを作っているので、同じ時期に作れば同じようになるのは想像がつく。今度は初夏に収穫するときにも五角形になっているのかどうか、気をつけて見てみようと思う。
 今日収穫したキャベツは、10月上旬の台風でかなり痛めつけられたせいか、成長がかなり遅れていたようだった。去年とほぼ同じ時期に植え付けて、去年より10日ほど遅く収穫したのだが、玉がみんな小さかった。
 隣の畑には10月中旬に植え付けたキャベツがあるのだが、こちらはまだ玉ができはじめたばかりだ。収穫できるのは2月ぐらいになりそうだ。

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2009年12月13日 (日)

ヒョウモンチョウ類の衰亡について考えてみた

 一昨日の夜の三重昆虫談話会の有志によるサロンでヒョウモンチョウ類のことが話題の一つになった。出席者は中西元男、中村泰、乙部宏の各氏にぼくの4名。いつもよりちょっと少なめだった。
 ぼくは三重県のことはよく知らないが、全国的な傾向としてヒョウモンチョウ類が昔に比べると大変減っており、三重県も例外ではないそうだ。種類相についてもかなり変わってきているようだ。津市の市街地の西方にある青山高原では、昔はウラギンスジヒョウモンがたくさんおり、近縁のオオウラギンスジヒョウモンは比較的少なかったそうだ。ところが、最近ではオオウラギンスジヒョウモンは少ないながら見られるものの、昔たくさんいたウラギンスジヒョウモンは全く見られなくなってしまったそうだ。日本の大型のヒョウモンチョウ類の幼虫はすべて幼虫がスミレ類の葉を餌としているため、特定の種が急激に減少する理由はあまり思いつかない。細かく見れば、それぞれのヒョウモンチョウ類の食性は実際には狭く、それぞれの種が特定のスミレの種に依存していて、スミレ類の種構成が変わったという理由も考えられないわけではない。
 熱帯性のヒョウモンチョウ類であるツマグロヒョウモンが1990年代以降に急激に分布を拡大し、三重県の平野部で最優占するヒョウモンチョウ類になっていることは確かだが、これも一頃と比べると個体数増加の勢いは落ち、少なくなりつつあるようにも思える。
 三重県の話ではないが、オオウラギンヒョウモンについても話題になった。ぼくは福岡県久留米市に住んでいた1990年代半ばに、長崎県の大野原という自衛隊の演習地で採集したことがある。オオウラギンヒョウモンは大型で、特に雌では日本最大の大きさを誇るヒョウモンチョウ類だ。オオウラギンヒョウモンの雌を採集したときの喜びは格別のものがある。
 オオウラギンヒョウモンは、かつて東北地方から九州まで、全国的にかなり広く分布していたが、今でも確実に棲息しているのは、山口県の秋吉台や九州の数か所の自衛隊の演習地などの草原だ。この種は大型種である上に、幼虫がスミレ類の中でも、マスミレとその近縁種しか食べないので(タチツボスミレなどの仲間は食べない)、マスミレの仲間が多量に生えるような場所に分布が限られるのは納得できる話だ。
 このオオウラギンヒョウモンは三重県近辺では、1980年前後まで奈良の若草山や京都府南部の木津川の河川敷などで見ることができた(とのことだ)。ところが、若草山や木津川河川敷では1980年前後にほぼ同時に姿を消してしまった。河川敷は色々手が入れられるので、環境が変わって棲息できなくなったということは十分に考えられるが、手入れの仕方が変わってない若草山での消滅を環境の変化で説明するのは難しい。
 話が少し変わるが、進化は末広がりではなく先細りになっている、という考え方がある。河野和男氏などの主張だ。自然選択による進化は、不適になったものをふるい落とすだけで、新しい種を作ることはない、ということである。この考え方が正しいかどうかわからないが、自然選択だけで新しい種ができる可能性は極めて低いという考え方には賛同できる。
 そのように考えると、種(あるいは個体群)には寿命がある、と考えることができる。
 若草山と木津川河川敷は地理的にもそれほど遠くなく、かつては同一の個体群だった可能性が高いように思える。環境が変わったと考えられる木津川河川敷と環境が変わっていないと考えられる若草山のオオウラギンヒョウモンは元々同一の個体群であり、同時に「滅亡のスイッチ」が入ったと考えると、同時に消滅してしまった一応の理由付けにはなる。「滅亡のスイッチ」のメカニズムが何かはわからないが、その個体群が持つ遺伝的な劣化に関わる性質なども関係しているだろう。
 ・・・・・などと色々考えてみた。
 高橋敬一氏が言うところの「郷愁」なのかも知れないが、今までそこに居たものが居なくなると寂しいと感じるし、岸由二氏が「生物多様性とは生き物のにぎわいである」と言ったように、多様性が小さくなるのも寂しい。種が消滅してしまうのは、人間の業によるものでなければ、それはそれで仕方が無いと思うが、ヒョウモンチョウ類(だけでなく、その他の全ての生き物も)も長く生き続けてほしいものだと思う。

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2009年12月11日 (金)

団まりな著『生物の複雑さを読む 階層性の生物学』

団まりな著『生物の複雑さを読む 階層性の生物学』
平凡社・自然叢書30
ISBN4-582-54630-7
2,330円+税
1996年2月20日発行
226 pp.

目次
第一章 複雑さと階層構造
第二章 生物進化がたどった体制の諸階層
第三章 栄養摂取法の階層構造
第四章 ハプロイド細胞とディプロイド細胞は異なる階層単位である
第五章 有性生殖は階層間を移行する生物固有の能力である
第六章 生殖法の諸階層
第七章 個体発生がたどる体制の諸階層
第八章 物質の階層構造:その基本的性質
長いあとがき
参考文献

 津市津図書館の生物学関係の書棚を物色していて見つけた。著者の「団まりな」という名前はあちこちで見たことが見たことがあったが、直接的な接点がなかったので、どんな人かは知らなかった。
 本書では、生物の複雑さを指標としてとらえ、生物がいかにして進化してきたかを考えている。包含関係あるいは新機能の付加によって生物を階層的にとらえている。本書が書かれたのは1996年であるから、この分野の本としては、もうかなり古い本だと言って良いのだが、ぼく自身はこのような考え方で生物をとらえたことがなかったので、かなり新鮮な気持ちで読むことができた。
 原核細胞、ハプロイド細胞、ディプロイド細胞、上皮体制、間充織体制、上皮体腔体制、脳・中枢神経系はこの順に複雑化された生物の異なった階層であり、それらの体制の中で現象をとらえることは、生物を理解することの助けとなると思われる。
 著者は、細胞という単位を基本的にとらえており、その構造が重要であると言っているようである。この点では、池田清彦氏が言うところの構造主義生物学と共通するように思われるが、本書には「構造主義」という言葉は一か所も現れていない。池田清彦氏の主張するところの構造主義生物学は、概念だけしかなく、具体的なモノが示されていなかったので、何が言いたいのかよくわからなかったが、本書では、具体的なモノを示して語られているので、概念的な構造主義生物学より遥かに理解し易いと思えた。でも、著者の考え方は構造主義生物学的なのだろうと思う。
 著者は長いあとがきの中で、還元主義だけでは生物を理解することはできない、と書いている。このことは、最近読んだ福岡伸一氏の一連の著書にも書かれているが、分子生物学一辺倒の時代だったと思われる1996年という時期に、既にこのようなことを述べていたとは、かなり勇気が必要だったのではないかと思う。さらに、日本における自然科学研究の体制についても、日本語の重要性を強調したり、過度の業績主義を批判するなど、かなり批判的なことが書かれており、これも勇気が必要なことだったのではないかと思う。
 全体的に見れば本書は、著者である団まりな氏がどのように生物を見てきたか、ということを総括したものであり、かなり理屈っぽい記述が多いものの、生物を理解するのに大きな助けになるのではないかと思う。この分野の現状については知らないが、今でも生物に対する考え方の上で参考になる本だと思う。

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2009年12月10日 (木)

ボーナス・・・・・ちょっと嬉しい

 公務員準拠なので、今日ボーナスが出た。もっとも、受け取ったのは明細書だけだが。
 支給率が下がったので、去年より減っているだろうと思って、大して期待はしていなかったのだが、明細書を見てみたら、去年より増えていたのでちょっと嬉しかった。
 地域手当が上がったのが関係しているらしいし、所得税も去年より減っていた。

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2009年12月 6日 (日)

三重昆虫談話会2009年度例会

 三重昆虫談話会2009年度例会に出席するため、四日市の郊外にある三重県環境学習情報センターに出かけた。毎度のことながら、車で行かなければいけない不便な場所だと思う。
 去年の例会は、去年の7月に亡くなった市橋甫さんを偲ぶ会になったが、今年は例年どおりの講演2題が予定されていた。そのうち一つは、自分も現場に僅かながら関わっていたので、どんな講演になるのか楽しみだった。
 会長の挨拶や会務報告などのあと、以下の2題の講演があった。
1) 三重県にフェモラータオオモモブトハムシSagra femorata (Drury)が定着か(秋田勝己・乙部 宏・中西元男)
2) ダイコクコガネCopris (Copris) ochus (Motschulsky)(稲垣政志)

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 まず最初の講演。演者は秋田勝己氏。今年の7月、松阪市在住の蝶屋の中西元男氏により、フェモラータオオモモブトハムシが発見された。フェモラータオオモモブトハムシは元々日本には分布していない種だが、東南アジア一帯には広く分布していて、現地では比較的普通に見られる種だ。ハムシの仲間としては非常に大型で、金属光沢があり美しい。中西氏の情報を元に、主に秋田・乙部の両氏による精力的な調査が行われ、松阪市のある地域においてフェモラータオオモモブトハムシが定着していることが確実であるという状況証拠が得られた。情報を辿って行くと、発見地近傍にかつて存在していたペットショップで数年前にフェモラータオオモモブトハムシが売られていたということだ。ということで、人為的に移入された個体が何らかの理由により逸脱し、定着してしまったということになる。熱帯地域にしか分布していない種が、冬にはそれなりに寒くなる三重県に定着してしまったとはかなり意外性があると思う。外来種というと何かと目の敵にされるが、このような美麗種だとついつい許してしまいたくなる。主な寄主植物はクズで、1年性の植物には寄生できないようなので、害虫として問題になることはないだろうと思う。

これはぼくが今年8月8日に撮影したフェモラータオオモモブトハムシの写真。情報を提供いただいた乙部氏には感謝。やはり、美しい虫を撮る(採る)と嬉しい。
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 稲垣氏の講演は野外におけるダイコクコガネの特に繁殖を中心とした生態調査の紹介。ダイコクコガネは様々な理由により、全国的に個体数が減少しているが、今でも比較的たくさん棲息している大分県まで足を運んで調査された。ダイコクコガネの餌である牛糞をあらかじめ日数を変えて野外に設置し、ダイコクコガネによって土の中に掘られたトンネルの中の様子を土を掘り返して観察しようという相当手間がかかる調査だ。ダイコクコガネの繁殖生態についてはある程度明らかになっていると思うが、おそらく実験的な条件での観察に基づいて得られた知見によるもので、このような実際の野外で観察しようという試みは、これまでほとんど成功していなかったと思う。土の中のトンネルの中で発見されたダイコクコガネの幼虫の餌になる糞球やその糞球を作っている成虫の様子や、ダイコクコガネに労働寄生するツヤマグソコガネの野外生態写真が紹介された。ツヤマグソコガネは動きが素早く、野外で写真を撮るのは大変難しいとのことだ。
 ツヤマグソコガネの生態の話を聞いて思い出したのが鳥飼否宇の小説『昆虫探偵~シロコパκ氏の華麗なる推理』。クマバチのシロコパκという探偵が活躍して、昆虫の世界に起こった様々な事件の謎を解いていくのだが、この中でツヤマグソコガネの生態が紹介されていた。この小説は、かなり詳しい昆虫の生態に関する知識に基づいて書かれているので、虫屋が読むとかなり面白いのではないかと思う。この小説を紹介してくれたT氏には感謝!

 講演が終わった後は、全員が順番に自己紹介。昆虫を趣味とする人の高齢化がいわれて久しいが、小中学生が3名もいてビックリ。本当に若い虫屋は絶滅危惧種だと言われているので、我々年長者が大切に育てていかなければいけないと思う。

 例会の後は懇親会も予定されていたが、帰りが遅くなるとキツいので失礼して帰ってきた。

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2009年12月 5日 (土)

第13回『田舎の落語会』@ハートフルみくも

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 先日の『桂文我のおやこよせ』以来の落語会だが、本格的な落語会は久しぶりだ。三雲町(現松阪市)で開催されている桂米二師匠の『田舎の落語会』は毎年開催されているが、去年は学会の支部会と重なってしまったので行けずじまい。2年ぶりということになる。今年で13回になるわけだが、米二師匠が40歳ぐらいのときからということで、随分長いこと続いている会だと思う。
 『田舎の落語会』という名前から想像されるとおり、聴衆の年齢層は高かった。聴衆は100名余りだったと思うが、ざっと見回して、自分より年下だと思われる人は6人しかいなかったように見えた。落語家さんにとってこういう年齢層の落語会はやり易いのかやり難いのかわからない。本場の大阪でやれば本格的な聴衆が来て、落語家さんもそれなりの緊張感があるだろうから、こういう地方での落語会もほっとできる場所かも知れない。本当はどうなのか、ちょっと知りたい。こちら聴衆にとっては、やはり本場の大阪での落語会の方が気分が乗る。しかし、大阪まで出かけなくても、地元でナマの落語に接することができるのは嬉しい。

桂 佐ん吉 『手水廻し』
桂 都んぼ 『堪忍袋』
桂 米二 『茶の湯』
 仲入
桂 米二 『初天神』

 佐ん吉さんの落語をナマで聴くのは3度目になると思う。初めて聴いたときからお気に入りになっている。相変わらず声もよく通って喋りっぷりも良い。まだ若いが安心して聴ける。将来が楽しみだ。
 都んぼさんは初めてだ。「熱演」というに相応しい喋りっぷりだったと思う。都んぼさんの師匠の都丸師匠の落語もまだ聴いたことがないので、一度は聴いてみたいと思う。
 米二師匠のお顔を拝見するのは2年ぶりだが、何かずいぶん歳を取られたように感じられた。気のせいだろうか?米二師匠と自分は2つしか歳が違わないのに、しょっちゅう調子が悪いと言っている自分のことを棚に上げてこのようなことを書いてしまうのは失礼のような気もするのだが。外見だけでなく、声の張りもちょっと衰えたような気がする。前の二人があまりに元気だったので、そのように感じただけなのかも知れないが。
 都んぼさんがマクラの中で喋っていたが、この落語会の木戸銭は極めて安い。前売りでなく当日に行ってもたったの1000円だ。前売りなら800円。これで落語家さんのギャラがちゃんと出るのかどうか心配になるのだが、13回も続いているのだから、それでうまく成り立っているのだろう。ただ聴きに行くだけのぼくのような人間は、余計な心配をすることもないのかも知れない。
 こうやってナマの落語に接すると、大阪に行きたくなってしまうが、なかなか事情が許さない。と、思っていたところ、佐ん吉さんの兄弟子の吉坊さんのウェブサイトによれば、来年2月13日に津で吉坊さんが出演する落語会があるらしい。楽しみだ。
 もちろん、来年の『田舎の落語会』も楽しみにしている。

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学研の『科学』と『学習』が休刊する

 学研の『科学』と『学習』が休刊になることがあちこちで話題に上がっている。
 ぼくも小学生の頃、『科学』と『学習』にはお世話になったが、高学年になる頃には『学習』には別れを告げ、『科学』だけになった。だから「『科学』と『学習』」か「『学習』と『科学』」かと言われれば、断然「『科学』と『学習』」だ。
 いろいろな実験のまねごとができる付録の付いた『科学』は面白かった。今のうちの息子たちのやることを見ていても、自分の手を動かしてやることと言えば、パソコンやゲーム機のキーを押すぐらいのことなので、いろいろなことを「実験」した自分と比べると、何とも寂しいものと思えるのだが、物質的に豊かになりすぎた弊害がこういうところに出てきているのだと思う。
 科学の一端を担っているとぼくが堅く信じている昆虫採集という趣味は、もう何十年も前に廃れてしまったが(50歳にもなるぼくが、中学生だった時以来、未だに昆虫同好会の中では「若手」を続けているというのはマトモとは思えない)、科学一般についても「科学を楽しむこと」はコドモの心を持ち続けているオトナの趣味になっているような気がする。アマチュア無線にしても然りである。

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2009年12月 4日 (金)

さらにいっぱい寝てかなり快調になってきた気分

 昨日は10時半ぐらいには就寝した。午後から夕方5時半ぐらいまで熟睡していたにもかかわらず、寝付きは良かった。よほど疲れが溜まっていたということなのだろうと思う。
 今朝は6時半ぐらいに目が覚めた。変な夢を見る事も無く、熟睡できた感じがする。実感できるほど疲れが取れ、かなり快調だ。
 昨日は雨がちの天気だったが、今朝になったら晴れ上がって良い天気になっていた。そのかわり、この季節らしく、北西風が強い。いよいよ本格的な冬になってきた気がする。原付での出勤は向かい風になるわけだが、けっこうつらいものがある。
 職場に出て調査をしていたら、トラップをくくり付けてあった線が切れて、トラップが飛ばされていた。瞬間的なのだろうが、よほど強い風が吹いたに違いない。

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2009年12月 3日 (木)

ぐっすり寝たら少し疲れが取れたような気がする

 このところずっと疲れが取れない状態が続いている。強烈な肩凝りが頭まで上がってきて頭痛もひどい。そういうわけで、今日は年休をとって家でゴロゴロしていた。午前中は炬燵の中で本を読んだりしていたが、午後からは布団を敷いて本格的に寝ることにした。目が覚めたら5時半。良く寝た。
 すると、何となく肩が軽くなったような気がする。昼間にこんなに寝たら、夜寝られなくなってしまいそうなものだが、夜もちゃんと寝られそうな気がする。
 まだ年休は使い切れないほど残っている。と言うか、今年の年末で賞味期限が切れる年休を全部取ったら、今年はもう出勤しなくても良いぐらいだ。やらなければいけない仕事が残っているので、そんなに休みを取れるわけではないが。まあ、年末まで週休3〜4日ぐらいのペースでやっていきたいと思う。

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2009年12月 2日 (水)

冷えた朝のムラサキシジミ

 今日は週に一度の調査の日だ。幸いと晴れていて風は無く、調査をするには気持ちの良い日になった。
 最初の調査場所に着いたのはちょうど9時頃だった。日陰になっているところには、まだ降りた霜が残っていた。朝は冷えたのだろう。持参した温度計で地表近くの温度を測ると約4℃。それでも風が無いので、陽が当たる場所に出れば暖かさを感じる。
 一通りの調査を終えた後、ふとどこからかムラサキシジミが飛んできて、畑のゴボウの葉の上に止まって翅を広げた。ムラサキシジミは成虫で越冬するので、この時期に見られても何の不思議も無いし、特に珍しい種類でもないのだが、目の前に姿を見せてくれると心が和む。
 日向に置いておいた温度計は14℃ぐらいになっていた。
20091202blog1

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