レイチェル・カーソン著(青樹簗一訳)『沈黙の春』
レイチェル・カーソン著(青樹簗一訳)『沈黙の春』
1987年5月15日発行
新潮社
ISBN4-10-519701-0
2000円(本体1942円)
レイチェル・カーソンの『沈黙の春』('Silent Spring', 1962)と言えば、誰でもその書名ぐらいは知っているものだと思っていたが、どうやらそうではないらしいことがわかってきた。それはぼくにとっては驚きだ。
ぼくにとっては、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』に書かれている大まかな内容は知っていても実際には読んでいない、という状態だった。
最近、環境の倫理に関する本を濫読しているが、そのなかで、やはり実際に読まなければいけないと思って、図書館で借りてきて読んだ。
『沈黙の春』では、有機塩素系殺虫剤に代表される化学合成農薬が一気に広がった時代に、その使用に関して警鐘を鳴らしたことにより、主に化学工業界から大きな批判を浴びせられた本である。
全編を通して、様々な生物がいなくなったとか、野生生物の体内に農薬が蓄積しているとかいうデータにもとづいて、冷静沈着に、これでもか、これでもか、というほどしつこいまでの書き方がされているのに驚かされた。
最初に書かれていることだが、カーソンは有機合成農薬のすべてがいけないとは一切かかれておらず、過度の使用(濫用)がいけないと言っている。本当に必要な時には使うのもやむを得ない、という立場だ。当時は、アメリカ合衆国農務省も化学合成農薬一辺倒の考え方であり、それに対しても鋭い批判が重ねられている。確かに、その頃に書かれた、ヘプタクロールやディルドリンなどの有機塩素系殺虫剤の害虫に対する影響を調べた論文を読んだことがあったが、この本を読んで、その背景を理解することになったが、それに気付いていなかったとは、これまで自分の読みが甘かったとしか言えない。
現在新しく登場する化学合成農薬は、皆殺し的な農薬はほとんどなくなり、人間や家畜や天敵に影響の小さいものが大半を占めるようになってきた。このような本が書かれたのが今から50年近く前のことであるが、やっとカーソンの描く理想に近づいた、というところであるように思える。とは言え、まだまだ古い時代に開発された皆殺し的な農薬が使用されている現状は、さらに改善すべきだと思う。
この本には、翻訳者である青樹簗一氏による30ページ以上にも及ぶ解説が付けられている。青樹簗一がどんな人なのかという紹介が書かれていないのだが、当時の社会情勢やアメリカや日本における研究の状況なども詳しく書かれており、本書が書かれた背景を理解する大きな助けになっている。1950年代はじめまでは天敵の研究もかなり行われていたのに、一気に化学合成農薬一辺倒に傾いてしまったのには、化学工業業界と合衆国政府の間に、何か政治的な取引が存在していたことは疑いないと思われる。
『沈黙の春』の書名は知っていても読んだことがない、という人はおそらく多いだろうが(ついこの前のぼくのように)、一度読んでみる価値の高い本であると思う。
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コメント
懐かしいですね。私は中学生のときに読んだきりです。もう一度手にとって読み返してみたいです。
>> 1950年代はじめまでは天敵の研究もかなり行われていたのに、一気に化学合成農薬一辺倒に傾いてしまったのには、化学工業業界と合衆国政府の間に、何か政治的な取引が存在していたことは疑いないと思われる。
この転換期の時代の日本の昆虫学者の書いた文章を読むと、農学部の昆虫関係の部門で農薬研究者が急に幅を利かせるようになり、分類や生態、天敵研究をしている研究者に「これからは農薬さえ散布すればすべて問題は解決するんだから、あなた方のしている学問は時代遅れの不要な学問だ。」というような罵声を浴びせることがしばしばあったようですね。
伊藤嘉昭さん達の不妊化放虫の研究はそういう圧力の強まる中で開始されて成果を挙げていったものだったことを考えてみると、感慨深いものがあります。
投稿: ウミユスリカ | 2009年6月21日 (日) 22時58分
ウミユスリカさん、どうも。カーソンの本の中でも、ニプリング(クニプリングと表記されていた)の不妊虫放飼法を使ったラセンウジバエの防除に関する研究や、フェロモンに関する研究が「べつの道」として紹介されていました。このような研究が、化学合成農薬一辺倒の時代に行われていたのは、やはり研究者の強い意志があったのだろうと思います。
投稿: Ohrwurm | 2009年6月22日 (月) 06時48分
>とは言え、まだまだ古い時(中略)
>さらに改善すべきだと思う。
そうでしょうか?
文をストレートに読むと、「選択性の小さい剤を止めるべき」と読めますが、そうであれば、私は反対です。
割合の変化であればあり得ると思いますが。
実際に天敵利用(主に放飼タイプ)をしていると、意外な虫が害虫化する場合があり、時々、選択制の小さい剤が必要になります。
投稿: Sekizuka | 2009年6月22日 (月) 09時32分
Sekizukaさん、コメントありがとうございます。
確かに予期せぬ種が害虫化することはある可能性はありますね。しかし、主に露地栽培を見ているぼくが持つ感覚としては、標的外の生物に何らかの影響を及ぼすことは良くない、という気持ちは変わりません。
具体的な剤の名前を上げると差し障りがあるかも知れないので、ここで名前は上げませんが、有機リン系の殺虫剤の中には、何で今更こんなものが必要なの?と思わざるをえない剤が農薬登録されています。
投稿: Ohrwurm | 2009年6月22日 (月) 20時45分