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2009年1月

2009年1月30日 (金)

季節外れの雷鳴

 22:45頃のことだったと思う。外で何かが光った。どうやら雷らしい、と思った6秒ぐらいあと、雷鳴が聞こえた。
 外では雨音をたてて雨が降っている。この季節にしては珍しい雷雨だ。気温も高くて、それほど寒くない。雨が上がると、また寒くなるのだろうか。

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2009年1月29日 (木)

キャベツの中から出てきたヒメアカタテハ

 今日は職場の畑のキャベツを収穫した。晴れていて風もなく、気持ちの良い日だった。
 害虫による食害の具合の調査をしながらの収穫だったので、株ごと掘りとってから包丁を使って結球部を切り取って表面の葉をはぎ取って、虫の食い跡を探すということを繰り返していた。
 七割ほど調査が進んだところ、思いがけなくキャベツの中の葉の隙間からヒメアカタテハが出てきた。冷たくなっていて動かないが、眼だけは生きている眼をしていた。ひょっとしたら、温度が低くて動けないだけなのではないかと思って、採集して暖かい室内に持ち帰った。
 しかし、残念ながら、もう死んでしまっていたようで、動き出すことはなかった。
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2009年1月25日 (日)

東海道新幹線の海側の窓から見えた富士山

 月曜日からツクバに出張だが、1日早く出発して、Tさんの家に遊びに行く事にした。
 名古屋から乗った新幹線はガラガラに空いていて、自由席の3人掛けの座席を一人で占領した。東海道新幹線の3人掛けの座席は海側にある。浜名湖は山側の座席からも見えるが、海は山側の座席からは見えない。伊豆の山を除けば、山は山側の座席からしか見えないかと思ったが、実はそうではなくて、海側の窓からも富士山が見えることがわかった。
 大井川を渡って安倍川を渡る少し前、海側の窓の前の方を見ていたら、奇麗に富士山が見えた。海側の窓から富士山を見たのは初めてだ。あまりに突然のことだったので、写真は撮りそこねてしまった。
 しかし、せっかく見えた富士山なので、すぐ近くを通ったときに、山側の窓から写真を撮った。
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2009年1月24日 (土)

また紳士録からのお誘い

 去年の3月に、『Marquis Who's Who』というところから、紳士録へ載せるから経歴を送れ、というメールを受け取ったが、また同じところから"xxxxx of JAPAN, you have been nominated for Who's Who in the World" (xxxxxのところはぼくの名前)という表題のメールが届いた。
 何度メールを送ってきても、その手には乗りませんよ。
 最近、"you have been nominated for Who's Who in the World"という検索フレーズでこのブログを訪れていただいている方が多いようだが(現時点で検索フレーズランキング6位)、同様のメールを受け取っている人が多いのかも知れない。

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2009年1月22日 (木)

コヒメコクヌストモドキ

 今日は体調不良で早退してしまった。しばし横になって、食事を摂ったらちょっと復活した。
 今日も同定しなければいけない虫をひとつ同定した。体長3mm弱の細長い赤茶色に見える虫だ。同定しないまま、他の虫と一緒に冷凍庫に入れていたので、それを解凍して顕微鏡を覗いた。
 一見、コクヌストの仲間のように見えた。そこで図鑑のコクヌストの仲間のところを探したのだが、そこには該当する種は見つからなかった。となれば、ゴミムシダマシか、と思ってゴミムシダマシのところを探した。すると似たような種がいくつか見つかった。図鑑の記述と総合すると、この虫はコヒメコクヌストモドキだろうと思われた。コヒメコクヌストモドキで検索すると、どうやらこの種はもともと日本にいた虫ではなくて、海外からの侵入種らしい。
 ちなみに、コクヌストとは「穀盗人」の意味だ。貯蔵穀物を食い荒らすのでそういう名前が付いたらしい。モドキとは似ていて異なるもの。コクヌストはコクヌスト科だが、コクヌストモドキはゴミムシダマシ科だ。ダマシというのも、似ていて異なることを意味している。コクヌストモドキが背負っている名前には複雑な事情がいろいろ絡んでいるということだ。
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2009年1月20日 (火)

オオセスジエンマムシ

 仕事で生物多様性がらみのことをやっているので、トラップに入った動物の名前を調べなければいけない立場に追い込まれている。自分は、農業害虫を研究している人の中では、まだ昆虫の名前を知っている方だと思っているが、真剣に昆虫採集をしているアマチュア研究家の足元にも及ばない同定能力しかないと自認している。
 ある場所に仕掛けたトラップに特徴が際立った甲虫の一種がけっこうたくさん入ったのだが、なかなか名前がわからなかった。甲虫類は種数が際立って多いので、どの科に入るのかさえ見当がつかないことも多い。最初はゴミムシダマシの仲間だと思って図鑑のゴミムシダマシのところを一所懸命見ていたのだが、該当する種は見つけることができなかった。それを長いことそのままほってあったのだが、今日、一念発起して同定する決意をした。
 とにかく、甲虫図鑑を片っ端から(と言っても、コガネムシでもゴミムシでもタマムシでもコメツキムシでもテントウムシでもホタルでもゾウムシでもハムシでもカミキリムシでもないことはわかっているので、それ以外のところを)探してみた。すると、思いがけないことに、何とこの虫はエンマムシの仲間だった。ぼくの持っているエンマムシの印象は、滑らかな艶がある丸っこくてやや扁平な虫、というものだったので、この深い襞のある丸っこい虫がエンマムシの仲間には見えなかった。
 とにかく、これで一件落着である(とは言え、他に同定する必要のありそうなものはたくさんある)。
 ところで、エンマムシは何故エンマムシと呼ばれるようになったのだろうか?閻魔様と関係があることは疑い無さそうだが、どこが閻魔様に似ているのかわからない。まあ、虫の名前は一つの記号に過ぎないのだから、あまり深く考える必要もないのだが。
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2009年1月19日 (月)

CICADA Vol. 19 No. 2/3

 日本セミの会の会報 CICADA の19巻2号3号の合併号が届いた。石垣島に住んでいた頃にはネタがあったので、いくつか報文を投稿したが、こちらに来てからはネタがなくて、もっぱら読者になるのに徹している状態になっている。
 しかし、なんだか久しぶりに CICADA を受け取ったような気がする。中を見ると、一昨年の夏に大阪で開催された例会の記事が載っていた。ぼくと三男坊の姿が2枚の写真に写っていた。もうずいぶん前のことのような記憶だ。
 合併号になっているということは、報文が足りないということなのだろうか。でも、この号は28ページ立てなので、2号と3号を分けても出せたような気がする。
 自分が編集している名古屋昆虫同好会の会誌は3か月に一回定期的に発行しているのだが、その報文が枯渇してきていて、実はちょっと焦っているのだ。 CICADA は必ずしも定期刊行ではないので、ちょっと羨ましい気がする。

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2009年1月11日 (日)

2009年名古屋昆虫同好会総会・高橋昭さんの講演

 名古屋昆虫同好会の総会は、毎年1月の第二日曜日に開催される。今日はその日だ。
 ということで、名古屋まで出かけた。去年は体調を崩して欠席していまったので、2年ぶりの参加ということになる。
 今朝は冷え込んで寒かったが、防寒着を着込んで駅に向かった。列車に乗ってからも、防寒着を脱ぐ必要がなかった。それだけ寒かったということだろう。
 総会の議事のあとは、特別講演。今年は、「東海地方の蝶、その変遷」という演題で、名古屋大学名誉教授の高橋昭さんによるものだった。高橋昭さんは、昭和一桁生まれで、第二次世界大戦中からその後にかけて、学生時代を過ごされ、その頃から精力的に愛知県を中心とした蝶の調査を行われた。その話を、ご本人から直接聴けたわけだ。高橋昭さんは、本業の医学関係でもまだ色々な仕事をされているので大変多忙な方であり、今日の講演は、直接お話を聴けるまたとない機会となった。
 高橋昭さんは、名古屋の金山近くで幼少時代を過ごされたので、必然的に名古屋市近郊での調査を多くされていた。今日はそのなかで、その当時はごく普通に見られたのに、今は完全に、あるいはほとんど姿を消してしまった蝶に焦点を当てて話をしていただいた。
 シルヴィアシジミ(シルビアシジミという表記ではないことに注意)が木曽川下流域の右岸に1960年前後にはごく普通に見られたとか、藤岡村(現豊田市)のヒョウモンモドキが1960年に発見されてから3年目を最後に見られなくなってしまったとか、作手村(現新城市)の湿原にはゴマシジミ、ヒメシジミ、ミドリシジミ、ヒメヒカゲが無数に居たのに、現在ではごくわずかのヒメヒカゲを残して姿を消してしまったとか、名古屋市東部の丘陵地のギフチョウが姿を消してしまったとか、そういった話を、いなくなってしまうとわかっていればもっと調査をしておくべきだった、と後悔の念を示されながら話された。
 それはともかく、今日は高橋昭さんの話が聞けるということもあってか、普段の例会には滅多に顔を出さない方や、遥か遠く長野から参加された方とか、総勢60名ほどが集まって、近年にない盛会だったと思った。
 総会のあとは懇親会もあったが、飲んで帰ると遅くなってしまい、駅から寒い道を歩くのがいやなので、今回は失礼してしまった。
 ま、ともかく、名古屋まで足を運んだ甲斐があったと思った。

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2009年1月 7日 (水)

ジョウカイボンの仲間の幼虫は寒くても活動するようだ

 今日は年が明けてから初めての外回りの調査だった。本格的な冬になってきたが、ピットフォールトラップにはけっこうたくさんの虫が入る。
 中でも目立つのはジョウカイボンの仲間の幼虫。12月ぐらいからトラップに入る個体が見られ始めたが、今日は特に多かった。もっとも、先週は年末年始の休みで、2週間ぶりの調査だからだったかも知れない。
 ジョウカイボンの仲間の幼虫はいつまで活動するのだろうか。この先が楽しみだ。
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2009年1月 5日 (月)

干支(えと)

 おおかたの日本人なら、干支の十二支を知っていて、今年が丑年だということは知っているはずだ。しかし、十干の方が己(つちのと)だということを知っている人は、それほど多くないと思う。今年は己丑(つちのとうし)なのだ。十干が話題に上るのは、丙午(ひのえうま)の年ぐらいだろう。
 今日、職場での昼食時の雑談で、自分が生まれた年の十干を知っているかどうかが話題になった。ぼくは憶えていなかったので、調べてみた。すると今年と同じ己(つちのと)だったのだ。よく考えてみれば、十干は十年で一回りし、自分の年齢が、今年大台が一つ上がるので、当たり前なのだ。
 これで自分の生まれた年の干支は憶えた、はず。

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2009年1月 3日 (土)

2009年の年賀状

 毎年のことながら、今年も年賀状は年が明けてから書くことになってしまった。年賀状というは、この一年の近況報告のようなものを書くものだと思っているのだが、その言葉を選んでいるうちに時間ばかりが経過してしまうのだ。文面は大晦日ごろにはできて、プリンタで印刷したのだが、元旦は朝から実家に出かけたし、昨日は午前中は仕事に出て、午後からは今日の午前中までは、風邪の症状が出たらしく、ダウンしてしまっていたので、宛名書きをしたのは今日の午後だ。
 今年の年賀状はこんな感じ。(クリックで拡大します)
Nenga2009

 そんなわけで、この3日間に受け取った年賀状に返事を出すような感じになってしまった。まあ、これも毎度の事だ。まずは、受け取った年賀状を五十音順に並べて、それに従って順番に宛名を書いた。たまたま並んだ2枚の年賀状にクロマダラソテツシジミのことが書かれていた。クロマダラソテツシジミは時々南西諸島で発見される程度だったのだが、一昨年から去年にかけては、九州から徐々に北上し、近畿地方でもあちこちで発生し、東海地方でもあちこちで発生したので、虫屋仲間の間では大いに話題になった。今年はどうなるか、ちょっと楽しみでもある。
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クロマダラソテツシジミ(2007年8月1日、石垣島平久保崎で撮影)

 上に書いたように、ぼくは年賀状を近況報告だと思っているので、受け取って嬉しい年賀状は、デザインが良い年賀状ではなく、文字がたくさん書かれている年賀状だ。もちろん、虫屋仲間の写真だけの年賀状でも、言いたいことがよくわかる年賀状もある。自分の年賀状に文字が多いのは、この一年の間に、虫屋としての成果が無かったということの証であるかも知れない。

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2009年1月 2日 (金)

経が峰が白くなっていた

 飼育実験中の虫があるので、職場に出た。途中、経が峰を正面に見るのだが、上の方が白くなっていた。この冬の初冠雪だ(と思う)。
 朝、自宅付近では、陽は射していたが、雨もぱらついていたが、さすがに山の上の方は雪だったようだ。本格的な冬になってきた。寒い。
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2009年1月 1日 (木)

2009年帰省と初詣

 世の中を見ていると、とても「おめでとうございます」という言葉を口に出す気分にはなれないが、とにかく年が明けたので、とりあえず、今年こそは良い年になりますように、と言いたい。
 昨日は11時前に寝てしまったので、紅白歌合戦を最後まで見る事も無かったが、それでも朝はそれほど早く目が覚めず、8時前になってやっと寝床から出る事ができた。
 今日は実家まで日帰りの帰省。9時ぐらいに出るつもりだったが、とても間に合わず、家を出たのは10時近くになってしまった。
 新しい車になってから2回目の帰省だが、たかだか1500ccの車とは言え、新しい車は車高も低くなり、安定感を増し、スピードを出しても気にならない。そんなこともあり、国道23号線を快適に飛ばし、258号線、1号線、揖斐川と長良川の間の県道、155号線などを通って実家に向かったところ、1時間50分ほどで着いてしまった。これまで2時間を切ったことはなかったのでびっくりした。車のメーターを見ると、家を出てからちょうど80km。燃費は16km/lだった。ちょうど5lのガソリンを消費したことになる。
 まずは墓参りに行き、食事を済ませてから真清田(ますみだ)神社に初詣。それなりの人出で、拝殿の前は相当な混雑だった。
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 初詣を済ませて家に帰ったら睡魔に襲われしばし熟睡。夕食をとってから帰宅した。帰りは行きに来た道を逆走。夜8時前に家を出たら9時45分ぐらいには帰宅できた。行きよりも、さらに早く走ったことになる。
 とにかくこれで、元日の予定は終了。それなりに疲れた。

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