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2008年8月

2008年8月31日 (日)

池田清彦・養老孟司 著『ほんとうの環境問題』

池田清彦・養老孟司 著『ほんとうの環境問題』

2008年3月15日発行
新潮社
ISBN978-4-10-423104-1
1,000円+税

 今朝の朝日新聞の耕論の養老孟司氏の著者の紹介の中で「近著」として紹介されていたので、早速図書館で借りてきて読んだ。単に共著と書かれていたので、誰と共著なのかわからなかったが、池田清彦氏との共著ということで、これは面白そうだ、と直感した。養老氏も池田氏もいわゆる「虫屋」であり、歯に衣着せぬ論客だからだ。

 全体は3部に分かれており、まず養老氏が『環境について、ほんとうに考えるべきこと』、次に池田氏が『環境問題の錯覚』について書き、さいごが『「環境問題」という問題』という両氏の対談という形式になっている。
 書かれていることは、二酸化炭素と地球温暖化に関する問題を中心とする環境の問題が中心である。まず、本当に地球が温暖化しているのか、とか、地球が温暖化すると本当に悪いことばかり起こるのか、などというところから疑問を呈している。論調は、二人とも「今の日本の政治家や官僚は環境問題のことを何も考えていない」というところがほぼ一貫していた。あてにならないデータにおどらされて無駄な金(税金)を使っているぐらいなら、その金を信頼できるデータをとるために回したら良い、などと至極もっともなことも書かれていた。京都議定書の承認に関しても、環境問題の本質は石油とカネの問題なのに、日本政府はそこがわかっていない、などとも書かれていた。少子化問題についても、地球環境のことをマジメに考えるなら、少子化は歓迎すべきことだ、とも書かれていた。自分のように、ある組織に所属しているような人間にはとても言えないようなホンネが書かれていて、実に痛快だった。
 霞が関のお役人や永田町の政治家の皆さんには、ぜひ読んでいただきたいと思った。
 この本の内容とは直接関係ないが、最近とみに目にしたり耳にしたりすることが多い「生物多様性」という言葉も、ぼくには怪しげな言葉に思える。この二人の考え方を聞いてみたいものだ。

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2008年のセミの動向4

 ここ1週間ほど陽が射さない日が続いて、セミの鳴き声も少なくちょっと寂しさを憶えたが、今日は久しぶりに太陽を拝むことができた。するとセミも元気に鳴き出した。
 アブラゼミとツクツクボウシが多いが、クマゼミとニイニイゼミも少ないながら鳴いている。まだこの時刻なのでヒグラシが鳴くのかどうかわからないが、夕方になれば鳴いてくれるのではないかと思う。夕方にはヒグラシが多い場所にいることになならないと思うので、確認はできないと思うのだが。

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朝日新聞 耕論「どうみるエコブーム」

 昨今の「エコブーム」に対して養老孟司氏、加藤三郎氏、中野翠氏が意見を寄せている。中野氏が個人の消費の抑制に重点に置いているのに対して、養老氏は、それだけでは不十分で、政府による生産の抑制まで取り組まなければ不十分だ、という意見を述べているのが印象的だった。加藤氏の意見はその中間的なところか。ぼくは、養老氏の考えにもっとも同調できる。
 根本的な二酸化炭素排出を抑制するためには石油の生産を抑制しなければいけないことは、ぼくのような凡才にも容易に理解できる。石油が無くなれば、今の社会経済が回転しなくなることは容易に想像することができ、それによって少なくとも一時的には不便な生活を強いられることになるだろう。でもぼくは、今の社会は便利すぎるから、多少の不便はかまわないのではないかと思っている。石油がなくなって、不便になれば、また新しい知恵も出てくるだろう。そう言った意味で、今の石油高は、それはそれでぼくは悪くないと思っている。アメリカでは、石油高のおかげで無駄なスピードを出す車が減り、交通事故死者が大幅に減少しているというではないか。
 本当の低炭素消費社会を実現することは、要は、少なくとも一時的には(永遠かも知れないが)不便になるであろう社会を、我々が受け入れる覚悟ができているかどうかというところにかかっている。今の便利な社会が永遠に維持できるとは、ぼくにはとても考えられないのだ。

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2008年8月30日 (土)

この時期にしてはやけに涼しい

 今日は雨が降ったり止んだりで、天気が良いとはとても言えない。セミの鳴き声もほとんど聞こえない。それもそのはず。やけに涼しいのだ。
 津地方気象台のデータを見てみると、今日の最高気温は24.3℃。夏日にすらなっていない。まだ8月だと言うのに。
 暗くなってから鳴き出す虫の音は、それなりに賑やかだが。

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2008年8月26日 (火)

2008年秋の虫の音その1

 窓を開けていると、外から虫の音が聞こえてくる。この時刻になると、アオマツムシの鳴き声が静まり、マツムシの鳴き声が目立ってくる。子供の頃は街中に住んでいたので、自宅でマツムシの鳴き声を聞くなどということは、夢のまた夢だった。それが今、居ながらにして聴くことができるというのは至上の幸せだと思う。
 オカメコオロギの仲間の鳴き声も聞こえてくるのだが、オカメコオロギの仲間は何種類もいるので、どの種類かはわからない。わからないというのは、何となく落ち着かないものだ。夜に鳴く虫に関しては、まだまだ精進が足りないと思う。

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2008年のセミの動向3

 先週の金曜日8月22日までは長い間雨が降らず暑かったが、23日に久しぶりの雨が降ったかと思ったら、同時に気温も下がった。雨が降ると気温が下るせいもあるだろうが、雨が降っている間はセミもほとんど鳴かず、雨が上がって空が明るくなると、セミも再び鳴き出した。
 今日は、朝方小雨がぱらついたが、その後はほとんど雨が降らず、時折空も明るくなった。明るくなるとまず鳴き出したのがクマゼミだった。そのほか、アブラゼミ、ツクツクボウシ、ヒグラシも鳴き、何と、まだニイニイゼミの鳴き声も聞こえた。
 去年も書いたような記憶があるが、ハルゼミの除いたセミの中で一番早く鳴き出すニイニイゼミは、意外に遅くまで鳴いているようだ。いつまで鳴き声を聞かせてくれるだろうか?

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2008年8月24日 (日)

ちょっとしたミスで火傷する

 慣れない揚げ物などをして、熱い油を手の上にこぼして火傷をしてしまった。冷たい水で冷やしていると楽なのだが、冷やさないとヒリヒリと痛くて辛い。
 キーボードを左手だけで操作しているのだが、大変不自由だ。

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2008年8月23日 (土)

2008年養殖研究所一般公開

 と言う訳で、伊勢市の近くの玉城町にある養殖研究所の一般公開に行ってきた。最大の目玉は、あまごのつかみどり。残念ながら子供限定。ぼくもやりたかったのに。やはり、ピチピチはねる魚を手で触る感触を味わいたいのだ。
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 これだけでなく、研究者のみなさんの講演もしっかり聴いて勉強した。サケの話、アサリの話、ウナギの話。サケとウナギについては、いろいろと話題になることも多いので、断片的な知識はあったのだが、身近に思われるアサリのことはほとんど何も知らなかったので、大変勉強になった。
 養殖研究所には、石垣島に住んでいたときに、同じ団地の住人だったSさんがおり、その息子さんたちも来ているかと思ったのだが、今年は行かない、とのことで会えなかった。
 お昼までの講演を聴き終え、研究所を後にして向かった場所は、伊勢神宮内宮前のおかげ横丁。「赤福氷」を食べるつもりだったが、気温が低すぎるので食べる気にならなかった。それでも赤福の店の前を通ると、何人かは「赤福氷」を食べていた。過半数は、普通の「赤福」を食べていた。
 おかげ横丁では、適当な店に入って、「てこね寿司」と「伊勢うどん」のセットを食べた。伊勢神宮の近くでないとなかなか食べられないものだ。お味はまあまあ。でも、あの伊勢うどんのコシの無さを嫌う人は多いだろうなぁ。
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 これで1,100円也。もう少し安くても良いような気がした。

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昨日の言葉は何だったんだ!・・・久しぶりの雨

 昨日「雨が降らない」と書いたばかりだったが、今朝起きたら雨が降っていた。
 今日は某所に遊びに行こうと思っていたのだが、雨が降っていると気勢がそがれる。
 ま、それはともかく、雨を待っていた農家さんにとっては嬉しい雨だと思う。これで秋から冬の野菜の種も蒔けるし、苗も植えられる。

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2008年8月22日 (金)

安濃川の水が少なくなっていた

 夕方、図書館に行く時に安濃川の橋を渡ったのだが、川の水が少なくなっていて、大きな中州が出現していた。そう言えば、まともな雨が降っていないなぁ、などと思って、家に帰ってから気象庁のサイトで調べてみた。
 8月に入ってパラパラと雨が降ることはあったが、0.5mm以上の雨量を記録したのは、8月17日の2mmだけだ。その前に0.5mm以上の雨が降ったのは7月28日の32mm。確かにあの日はたくさん雨が降った。それ以来、まともな雨が降っていないとなれば、川の水が少なくなっていても、何の不思議もない。
 上流の安濃ダムも干上がって、底が見えているのではないかと想像するのだが、実際はどうなのだろう?

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2008年8月17日 (日)

ヒメジュウジナガカメムシ続報13

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 職場のガガイモのヒメジュウジナガカメムシは、突如として消えたり、また突如として現れたりしていたが、今日見たら、また突如として現れていた。しかも、全部で8頭。
 8頭のうち3頭は、今にも花が咲きそうなガガイモの花芽に集まっていたが、この写真の5頭は自分たちが吸汁して枯らしてしまったガガイモの花芽に集まっていた。このうち2組4頭は交尾していた。
 それにしても、植物が枯れてしまうほど汁を吸い、気に入らなくなると、すぐにどこかに行ってしまうような生活史をもっているように見えて仕方がない。
 今日見つけた8頭のうち、2組4頭は交尾をしていたわけだから、次の世代の出現を期待しても良いのかも知れない。
 いずれにせよ、今後の観察の楽しみができた。

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2008年8月16日 (土)

加賀野井秀一著『日本語の復権』

加賀野井秀一著『日本語の復権』
1999年7月20日発行
講談社現代新書1459
ISBN4-06-149459-7
660円+税

 近頃、ことばについて気になってしまうことがしばしばある。自分で科学論文を書いたり、昆虫同好会誌の編集をしていたりしているせいもあると思う。科学論文は英語で書くことが多いが、地方の研究会誌には日本語で書くことがほとんどであるが、英語の文章表現をあまり知らないがために、日本語で論文を書く場合に、かえって日本語の難しさを感じさせられる。科学論文は明快である必要があると思うのだが、日本語で明快に客観的な事柄を表現するのは難しいと感じてしまうのだ。
 そこで、図書館の新書の棚を眺めていて、たまたま目についたこの本を読んでみることにしたのだが、この本は日本語について様々な観点から利点や欠点が整理されており、それと日本人の行動様式との関連も述べられていて、大変面白かった。
 とくに目から鱗が落ちたと感じたのは、「記号化」することと「記号操作」の関係についてだ。新しい事柄を書き記すには「記号化」が必要であるが、日本人は日本語として記号化すること(詞)をおろそかにして、「記号を操作すること」(辞)ばかりに精力を費やしてきて、そのために、変化が激しい現代という時代をうまく乗り越えられていないのではないか、というところなどは大変に納得させられた。
 よく「日本語はあいまいな言語だ」という話は聞いたことがあり、自分もそう感じていたのだが、それが決して日本語の特質ではなく、それをうまく使いこなしてないだけだ、ということがこの本を読んでよくわかった。
 著者の専門は仏文学、現代思想、言語学であり、日本語は決して専門ではない。だからこそ、ブロの日本語学者や国文学者が書けないようなこと、あるいは気付いていないようなことを書けたのではないかと思う。
 ちょっと古い本ではあるが、日本語に興味を持たれた方には、ぜひ一読をお勧めしたい。

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同窓会での校歌の斉唱

 8月14日の高校の同窓会の最後は校歌の斉唱で締めた。まあ、どこの学校の同窓会でもあることではないかと思う。
 現役時代(高校時代)、音楽部の部長をしていたので、入学式、始業式、終業式の校歌斉唱の折りには、演壇の上に立って指揮をした。ところが、現役時代の校歌の斉唱は、千人以上の生徒が居たはずなのだが、とても千人の歌声のようには聞こえなかった。
 こういう事情もあったので、今回の校歌斉唱のときにはずうずうしくも演壇に登り、校歌の指揮をさせてもらった。
 今回の同窓会の校歌の斉唱は、せいぜい100人ぐらいの人数だったと思うのだが、100人を超える人が歌っているかのような錯覚をした。現役時代は、まあ、いろいろな事情もあっただろうから、校歌を歌わない人間も相当数にのぼっていたのだろう。30年も経てば、何のわだかまりも無いから、気分良く歌うことができたのだろうと思う。
 とにかく、気持ちよく指揮をすることができた。現役時代にももっと気持ちよく指揮ができたら良かったなぁ、と、ちょっぴり思った。

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2008年8月15日 (金)

2008年今年もアオマツムシが賑やかになる

 夕食後、妻と一緒に近所を散歩した。エンマコオロギ、カンタン、マツムシなどの鳴き声も聞こえてきたが、ひときわ声高く鳴いているのはアオマツムシだ。数日前から鳴いているのに気が付いたが、もう本格的に鳴いている。
 アオマツムシはもともと日本に棲息していなかった種だと言われているが、もう既に、夏の後半から秋にかけての「日本の音」になりきってしまった感じがする。

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2008年8月14日 (木)

30年ぶりの同窓会に出席

 高校を卒業して30年の同窓会に出席した。12年前から始まって、オリンピックの年ごとに開催され、今年が4回目になる。4年前と8年前の同窓会のときは石垣島に住んでいたし、12年前には九州の久留米に住んでいて、気軽に出席するわけにいかなかったので、今回が初めての出席ということになった。
 受付で名札を渡されたからよかったが、名札が無ければ、ごく少数の人を除いて名前が全くわからない状態だった。それでも、名札を見ながら昔のことをいろいろ思い出し、楽しい時間を過ごすことができた。
 主催者の発表によれば、100人ほどが集まったとのこと。ということは、4人か5人にひとりが出席したということになる。これまでのぼくのように、遠くに住んでいて気軽に出席できない人もいただろうが、何かの事情で出席する気分にならなかった人もいるだろう。とにかく、出席できた人は、それなりに幸せに過ごしているのだろう、ということで大方の意見は一致していたようだ。
 恩師や同期生との雑談の中には、なかなか実りあるものがあったが、それはおいおいこのブログの中で書いてみようかと思っている。
 それはともかく、今回に限らず、これまでの同窓会で幹事を引き受けていただいた皆さんには、この場を借りて感謝申し上げたい。

 写真は同窓会での一コマ。顔の公開の許可が得られれば、マスクははずしたいです。
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2008年8月12日 (火)

70000アクセス御礼

 今日、アクセスカウンタが70000を超えた。皆様のご愛顧に感謝する。
 このままで行けば、カウンタに7の数字が5個並ぶのは、今年中になることはほぼ確実になってきた。カウンタが77777の表示をした画面をキャプチャして送っていただいた方には、何か進呈しようかと考えている。大したものを差し上げることにはならないと思うが。

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家の近くでもヒゲコガネを見つけた

 同じ職場のOさんが、職場にほど近い安濃川の橋のところで採ったというヒゲコガネの雌雄を職場に持ってきたのに刺激されて、今年もヒゲコガネを採ろうという気持ちにスイッチが入った。
 去年までは、安濃町内の職場の帰り道の橋のたもとで採集していたのだが、同じ場所で採集するのも面白くないと思ったので、これまでに採ったことのない場所で採ろうと思った。
 前々から目をつけていたのだが、安濃川の我が家から歩いて行っても15分ぐらいしかかからない場所に、安濃町内の採集場所と似たような環境があるので、そこに行ってみることにした。夕方7時15分頃に現地に着いたのだが、着いた途端に大型のコガネムシが飛ぶのが見えた。ヒゲコガネに違いない。
 早速捕虫網を準備して採集にとりかかった。河原に生える笹薮の上をゆったりと飛ぶコガネムシが何頭も見える。早速捕獲して確かめると、間違いなくヒゲコガネだった。やはりここにもヒゲコガネがいたのだ。何とか頑張って雄を3頭捕獲した。
 それにしても、ヒゲコガネがこんな市街地に近い場所にいるとは驚きだ。活動する時間が短いので、棲息地を見つけるのはけっこう大変だが、その時間に狙いを定めて探せば、もっとあちこちでヒゲコガネが見つかるかも知れない。

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3年も生きているアカガネアオゴミムシ

 職場では害虫の天敵を研究することが仕事の一つになっている。その一貫として、ゴミムシ類も材料として扱っている。
 ゴミムシ類はピットフォールトラップで採集するのだが、いろいろ実験に使おうと思っているので、トラップの底には何も入れていないので、中に落ち込んだ虫を生きた状態で回収することができるようになっている。
 そのように捕獲したゴミムシ類だが、すぐに実験に使わないものは、適当に餌を与えて生かたままにしている。「飼育している」という言葉を使えると良いのだが、「飼育する」という言葉の中には、卵を産ませ、幼虫を育て、成虫にして、さらに卵を産ませる、というという意味が含まれると思うので、ぼくの場合はそれには該当せず、ただ「生かしたままにしている」という言葉をあてるのが適切だと思う。要するに、多すぎない程度の餌を与え、卵を産ませないようにして、ただ生かしているのだ。
 そのようにして、時期が来たら実験にでも使おうと思うのだが、他にもいろいろ仕事をしているので、ほとんどの虫が実験に使う機会に恵まれないままになっている。もちろん、少しずつ死んでしまって、数は減って行くのだが、中にはかなり長生きするものがいる。これまで、2年以上生きたままでいたゴミムシ類だけでも、かなりの数になった。その中で、ついに採集してから3年になるものがあらわれた。2005年8月11日に採集したアカガネアオゴミムシの雌だ。
 自慢ではないが、ぼくは虫を飼育するのが苦手だ。はっきり言って億劫に感じる。そんなぼくに世話をされているゴミムシが3年も生きているとは、よほどのことだと思う。
 ちなみに、温度条件はほぼ20℃の恒温で、1日24時間のうち16時間に灯りがつくような部屋で飼育している。温度が高すぎないことは、ひとつの要点だと思う。餌は1週間から10日に1回の割合で、コナガの幼虫を与えている。これも少なくともアカガネアオゴミムシにとって最適の餌ではないことはわかっている(だからと言って、何が最適なのかは知らない)。毎日餌を与えられているわけではないということも、決して良いことではないはずだ。
 人間の管理下におかれた状態では、アカガネアオゴミムシは3年も生きていることがわかったが、野外ではおそらくこれほど長生きはしないだろう。まず、外敵がいるし、産卵すればそれだけ体力も消耗して寿命が縮むはずだ。おそらく、羽化した年の翌年の繁殖期まで生きていて、繁殖が済んだら死んでしまう個体が多いのではないかと思う。

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2008年8月11日 (月)

2008年セミヤドリガ幼虫初見

 いつものように調査をしようと調査地に向かおうとすると、セミがぶつかってきた。すぐに近くのウメの木に止まったので見てみるとツクツクボウシの雄だった。難なく写真撮影に成功。
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 ツクツクボウシの鳴き声はまだあまり聞けないが、ニイニイゼミもアブラゼミもクマゼミも元気に鳴いている。調査を終えて帰ろうとすると、細いソメイヨシノの根元近くにセミヤドリガの幼虫がくっついたヒグラシの雌を見つけた。写真を撮ろうと近づいたら逃げられてしまった。写真撮影失敗。セミヤドリがの幼虫は少なくとも2頭は確実についており、3頭ぐらいいたように見えた。写真の撮影に失敗してしまったので、確認できないのが残念だ。
 ともかく、これでやっとセミヤドリガの幼虫を見ることができた。これから徐々に増えて行くのだろうと思うが、どうだろうか。

(以下、2008年8月16日追記)
 8月15日の昼間、ヒグラシがたくさん棲息している林に行ったら、セミヤドリガの幼虫が付着しているヒグラシが何頭か見られた。
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(以上、追記おわり)

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2008年8月10日 (日)

安濃川の河原のヤナギにはグンバイムシがいっぱい

 図書館に行った帰り、何とはなく安濃川の河原に生えるヤナギを眺めると、何となく葉の色が黄色っぽく感じられた。
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 何か虫がついているに違いないと思って葉を手に取ってみると、グンバイムシが多量に発生していた。ヤナギグンバイだ。付近の3本ほどのヤナギの葉が同じような色になっていたので、そちらにも多量のヤナギグンバイが発生していたに違いない。おそらく、この付近のヤナギだけでも、ヤナギグンバイの個体数は万の桁を超えているのは明らかだ。
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2008年8月 9日 (土)

朝早く鳴くセミ その2

 朝早く起きるつもりはなかったのだが、朝早く目覚めてしまった。4時半、外はまだ暗かったが、やがて明るくなり始めた。まず聞こえたのは鳥の鳴き声。残念ながら種名まではわからなかったが、ヒヨドリか何かだろう。それに続いてニイニイゼミ。鳴き始めたのは4時50分頃。まもなくアブラゼミもそれに続いて鳴き始めた。ヒグラシはいつ鳴き始めるかと待っていたら、5時少し前に鳴き声が聞こえた。ヒグラシは10回ぐらい鳴いて、鳴き止んでしまった。ニイニイゼミやアブラゼミは複数の個体が鳴いていたようだったが、ヒグラシの鳴き声は、いつも同じ大きさで聞こえ、複数の声が重なることがなかったので、おそらく1頭の個体が繰り返し鳴いていたのだろう。ほんの3〜4分のことだった。その後、ニイニイゼミとアブラゼミは断続的に鳴いていたが、この文章を書いている頃には鳴き止んでしまった。時折ヒヨドリとキジバトの鳴き声が聞こえる。外は再び静かになった感じだ。

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2008年8月 8日 (金)

ハチの領分・ヒトの領分

 このブログの読者の方からお便りをいただいた。「ハチの巣ができてしまったが、どうしてできたのか?どのように退治したら良いのか?」という内容だ。
 一般的な問い合わせ先でなく、ハチの専門家でも何でもない自然観察者であるぼく宛に質問をいただいたわけだから、ぼく流の考え方を知りたいということなのだと思う。だから、ぼくの考えを書くことにする。
 どうしてハチの巣ができたのか、という質問だが、ここは一般的なアシナガバチ類を念頭において話を進めたい。
 春から初夏にかけて、越冬から目覚めたアシナガバチの女王蜂は、最初は1頭で巣作りを始める。巣を作る場所は、おそらくその女王蜂が適切だと判断した場所だろう。その判断が正しいかったかどうかはその時点ではわからないが、やがてその結果が明らかになってくる。適切な場所に巣を作った場合、餌や巣材が十分に確保されていることにより、その巣はだんだん大きくなってくる。今の時期なら、既に何十頭のハチがいるだろう。ことによれば百頭を超えているかも知れない。それは成功した巣の場合だ。餌や巣材が確保できなければ、巣を大きくすることができず、やがて巣は崩壊してしまうだろう。この時期までに、崩壊してしまったハチの巣は、成功したハチの巣の数よりはるかに多いと思う。
 つまり、どうしてその場所に巣ができたか、と問われれば、それは「たまたま女王蜂がその場所を選んだに過ぎない」というのが答えになると思う。なぜ巣が大きくなったか、と問われれば、「その付近に十分な餌や巣材を得るための場所がある」というのが回答になると思う。何故ぼくが今ここに住んでいるのか、と問われれば、それは「転勤が決まったときにこちらの不動産屋に物件の紹介を依頼し、たくさん送られてきた物件の中から、場所と間取りと家賃の兼ね合いを考えて、たまたまこの家を選んだのだ」ということになるし、何故そこに住み続けているのか、と問われれば、「立ち退きを迫られているわけではないし、引越しの手間を考えた上で、これ以上に条件の良い物件が見つからないからだ」ということになる。
 どのように退治したら良いか?という問いに対しては、ぼくは答えを持っていない。何故なら、ぼくはハチの巣を退治しようと考えたことがないからだ。だから、あえて答えるならば、「下手に手出しするより、そのままにしておくのが良い」ということになる。
 おそらくハチの巣を退治したいというのは、ハチに刺されるのがいやだから、というのがその理由だと思われるが、ハチの巣がある場所がわかってさえいれば、滅多にハチに刺されたりすることは無いのだ。普通はハチにとって、ヒトは興味の対象にならない。ハチにとって重要なのは、餌や巣材が得られることや、外敵に襲われないことだ。
 ところが、時としてヒトはハチの外敵だと判断されてしまう場合がある。ハチの巣を壊そうとしたり、知らずにハチの巣を蹴飛ばしたりしてしまった場合などだ。一般的に、ハチに刺されるのは、その場所にハチの巣があるのを知らずにハチの巣に近づきすぎてしまった場合がほとんどだと思う。要するに、ハチの領分にヒトが入り込んでしまった場合だ。ぼくもこれまでに、ニホンミツバチ、セイヨウミツバチ、キアシナガバチ、フタモンアシナガバチ、ホソアシナガバチなどに刺されたことがあるが、ほとんどの場合、余計なことをしたり、自分が不注意だったりした場合が原因になっている。要するに、ヒトの領分をはみ出してしまった結果だ。
 我が家にも毎年アシナガバチ類が巣をつくる。今年も既に、径が10センチ以上に大きくなっている。だからと言って、問題は全く生じていない。むしろ、アシナガバチの餌がたくさんあるような、良好な環境に住んでいることを喜びとして感じているぐらいだ。ヒトは自然を改変して住居にしているわけだが、自分の思い通りの環境にしようと考えるのは、ヒトの思い上がりだと思う。やはり、ヒトも生態系の一員として、自然の中に住まわせてもらっているという謙虚な気持ちを持つ必要があると思う。ヒトの領分を守って、ハチの領分を冒さないでさえいれば、それほどハチを恐れる必要は無いと思うのだ。
 以上は、アシナガバチ類を念頭においたものだが、人家に巣をかけるハチの中では、キイロスズメバチは攻撃性が高いので、そのままほっておくのは危ないと思う。素人が中途半端に手を出すのではなく、専門の業者に相談した方が良いと思う。
 おそらく、質問された方はここに書いたことに満足されないだろうと思うが、ぼくの良心をもって質問に答えるなら、ここに書いたとおりだ。

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100,000km

 我が家の自家用車の走行距離が100,000kmを迎えた。この秋が来ると10年だから、平均すると1年で10,000kmちょっと走ったことになる。あちこちにガタが来始めているので、そろそろ買い替え時かも知れない。
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2008年8月 6日 (水)

いつもの場所にやっと登場したヒグラシ

 トラップの調査のためにいつも巡回している場所には毎年ヒグラシが見られるのだが、今年はこれまでニイニイゼミ、アブラゼミ、クマゼミはたくさん見られたのだが、ヒグラシは見られなかった。
 ところが今朝、いつものように調査をしていると、何かが体にぶつかってきた。透明な翅のセミだったので、それがヒグラシだということはすぐにわかった。ぼくの体にぶつかったあと、すぐに近くのソメイヨシノの幹に止まったので、それがヒグラシの雌だということが確認できた。
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 さらに歩くと、別のソメイヨシノの根元近くから1頭のセミが飛び出して、隣のソメイヨシノに止まった。今度はヒグラシの雄だった。
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 これまで、いつもの場所では全く姿を見せてくれなかったヒグラシだが、一度に雌雄を見ることができた。一応満足だ。
 ヒグラシにはしばしばセミヤドリガの幼虫が付着しているのだが、今日見ることができた個体には、まだセミヤドリガは付着していないようだった。

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2008年8月 4日 (月)

2008年のセミの動向2

 去年はニイニイゼミとアブラゼミがやたらと多い感じがしていたのだが、今年はこれまで、ニイニイゼミはかなり多いものの、アブラゼミはやたらに多いというほどでも無いと感じていた。ところが、今日、職場の庭を見てみると、先週の週末までと比べると、アブラゼミの個体数が大幅に増えているような感じがして、去年の大発生に迫りつつあるように思えた。
 自宅の近くや、職場の普段過ごしている建物のの近くでもヒグラシの鳴き声が聞こえるようになり、ヒグラシの個体数もピークを迎えつつあるのではないかと思われる。クマゼミもあちこちで騒々しく鳴いている。
 ツクツクボウシは、ちょっと前から時々鳴き声を聞いているが、まだほとんど増えていないような気がする。ツクツクボウシのピークはまだ先のことだろう。
 山の方に行けばもう鳴き声が聞けるだろうが、ミンミンゼミはどうだろうか?去年は自宅の近くでも鳴き声を聞くことできたが、今年も自宅近くで鳴いてくれないかと祈っている。

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2008年8月 3日 (日)

オオキベリアオゴミムシが蛹化した

 飼育しているオオキベリアオゴミムシが蛹になった。3齢幼虫になってから餌を食べていたのは、せいぜい2日間ぐらいだったが、食べるのを止めてからもなかなか蛹になる兆しが見えないので、どうなっているのだろうと思っていた。しかし、2日ほど前から前蛹らしくなっていたので間もなく蛹になるのだろうと思っていた。餌を食べなくなってから前蛹になるまでは時間がかかったが、前蛹から蛹になるのは思いのほか早かった。
 これまでに蛹になったのは3頭。成虫になるのはいつのことだろうか。
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 それにしてもゴミムシ類の蛹。必ずと言って良いほど仰向きになっている。そうすると落ち着きが良いような体の形をしているのだろうか。

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2008年8月 2日 (土)

早朝にヒグラシの鳴き声を聞く

 今週の月曜日の雷雨以来、やや過ごし易い日が続いていたが、昨日から今朝にかけては蒸し暑さが戻り、寝苦しい夜だった。夜中の3時半過ぎに目が覚め、窓を開けて風を入れた。
 その後、起きているでもなく、熟睡するでもなく、というような状態が続いた。気が付くと5時前、窓からはアブラゼミとニイニイゼミの鳴き声が聞こえてきた。もう外は明るくなりかけている。するとちょうど5時頃、突然ヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。2回鳴き、しばらくおいて、また2回鳴いた。2回鳴き終えたとき、ちょうど三男坊が起きてきたので、「今ヒグラシが鳴いたよ」と言ったら、また2回鳴いたのだ。
 早朝のヒグラシの鳴き声を聞くのは初めてだ。ヒグラシの密度が高い場所なら、おそらく賑やかな合唱が聞けると思うのだが、あいにく我が家がある場所ではヒグラシはわずかしかいない。我が家で早朝にヒグラシの鳴き声を聞けたのは幸運だったかも知れない。

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