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2007年10月27日 (土)

岸由二著『自然へのまなざし』

20071027blog2
岸由二著『自然へのまなざし ナチュラリストたちの大地』
1996年7月15日発行
紀伊國屋書店
ISBN 4-314-00747-8 C0095
1,800円[本体1,748円]

 津市津図書館で生物関係の棚を物色していたら、この題名が目に留った。最近、何となく教科書的ではない本を読みたいという欲求が湧いてくるような感じがしているので、この本が目に留ったのかも知れない。しかし、著者の名前を見て、内容にはあまり期待しなかった。
 しかし、読み始めてすぐ、ぼくはこれまで著者である岸由二氏を大いに誤解していたことに気付かされた。
 ぼくにとっての岸由二氏は、まず第一にR. Dawkinsの"The Selfish Gene"(初版の邦題:生物−生存機械論、第二版の邦題:利己的な遺伝子)の翻訳者としての彼である。ぼくが大学生だった1980年前後、行動生態学とか、社会生物学とか呼ばれているような分野の生物学が日本にも押し寄せて、ぼくもその渦中に放り込まれないわけにはいかなかった。彼が翻訳したDawkinsの著書にも、目から鱗が落ちるようなことがいっぱい書かれていた。Dawkinsの本は極めて理論的な生物学の本だ。だから、その翻訳者である岸由二氏も理論的な生物学の分野の研究者だと思っていた。彼の専門分野が動物行動学であり、主な研究材料が魚類であることは知っていたが。
 ぼくの専門分野は生態学で、研究材料は昆虫だ。だから、そちらの関係の学会に出ても、彼の講演を聴く機会は全く無く、学生時代に動物行動学会の大会で一、二度お顔を拝見した程度で、彼の実態を知る機会もほとんど無かったのだ。
 ところが、この本を読んでわかったことは、彼が筋金入りのナチュラリストであることだということだった。
 この本の中では、彼と自然との出会いからその後の自然とのつき合い方、また、生物学者としての彼と、ナチュラリストとしての彼の心の中での葛藤などが綴られていた。科学者としての立場とナチュラリストとしての立場では、対立せざるを得ない場面が極めて多いことは、ぼくの実感からも十分理解できる。と言うよりは、ナチュラリストとしてのぼくと職業人としてのぼくの心の中の葛藤が、この本の中にそのまま、と言うよりは、さらに発展させて書かれていたのだ。
 彼は、鶴見川流域やそこから三浦半島に至る丘陵地だけに限って自然のしくみを見つめ、解釈し、行動してきた。このような「流域」という概念で自然を見ることは、自然を理解するために極めて有益であり、しかも鶴見川流域という地域は、ひとりの人間が解釈し、活動するためには、大きすぎもせず、小さすぎもしない、適切な大きさをもっているように思える。
 彼の思考は世界的であり、実際の行動は地域に限定されている。最近よく耳にする言葉だが、"Think globally! Act locally!"を実行しているように思える。
 ここで自分についての言い訳をするようだが、濃尾平野の真ん中に育ったぼくは、身近な地域が広すぎて、自分の把握能力を大きく超えていたし、どんな行動を起こして良いのかもわからなかった。今でも自分は自然観にいびつな部分があると自身で感じているが、生まれ育った環境の影響が大きく影響しているのかも知れない。
 もう10年以上も前に出版された本だが、もっと早く読むべき本だった。そうしたら、ぼくの自然観や行動も、もう少し違ったものになっていたかも知れない。とにかく、これまで著者である岸由二氏を誤解していたことに謝罪をしたい気持ちがいっぱいであるし、これまでとはまた違った自然観を知る事ができて有益な本だったので、感謝の気持ちもいっぱいである。

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コメント

Ohrwurm様

 岸さんと一緒に特定非営利活動法人鶴見川流域ネットワーキングhttp://www.tr-net.gr.jp/の理事をしているものです。
毎日、法人がつぶれないように苦労している
仲間の一人です。
 先日、彼はOhrwurm 様のこのブログを発見して大喜びをしていました。本人に返信したらと申しましたら、「恥ずかしいからやだ」と言ってましたので、私が返信いたします。

 私たちは、本人を知っているので、分かるのですが、本だけ読んでも何が書いてあるか分かりません。岸さんの自然へのまなざしはうんと難しくて、出版当初は書評もたくさん出ましたが、理解してくださる方がなくて悲しんでいました。最近になって教科書や大学受験に採用されるようにもなり、Ohrwurm 様のこのようなブログにも遭遇し、喜んでます。もっと喜んでたのは、彼はハサミムシが大好きなこと。

 鶴見川では河川敷のクズについたカメムシが洗濯物につくとクレームがあって、河川管理者は嘆いています。もちろん、私たちは虫も魚も生きものたちは大好きです。

 ブログは今後拝見させていただきます。いつか横浜においでになる際は、どうぞ事務所にお寄りくださいまし。

投稿: baku | 2007年11月 6日 (火) 23時18分

bakuさん、コメントありがとうございました。風邪を引いたり、忙しかったりということで、お返事遅くなり、申し訳ありません。
 岸先生もご覧になっておられたということで、大変緊張してしまいます。岸先生ご本人からコメントをいただいてしまうと、どういう返事をして良いのかわからなくなってしまいそうです。
 本文中にも書きましたが、この本に書かれていることが岸先生の考え方や感じ方そのものであるのなら、ぼくはこれまで岸先生のことをこれまで完全に誤解していました。
 この本が出たばかりの頃、評判が芳しくなかったとのことですが、それは何となくわかるような気がします。書かれている内容が、当時の常識からは離れすぎていたからではないでしょうか?でも、今ならそんなことはないと思います。
 ここ十年ばかりよく耳にしたり目にしたりする「生物多様性」という言葉が意味するところを「生き物の賑わい」という言葉で表現されているところには、大変共感し、ぼくの考えている「生物多様性」が、大変わかりやすい言葉でうまく表現されているものだと感心しました。
 岸先生が小さかった頃ハサミムシに興味を持たれていたことにも大変驚きました。ぼくは学生時代にはコブハサミムシを材料に学会発表を何度かしており、修士論文もそれで書いています。はっきり覚えていませんが、ひょっとしたら大昔の第2回動物行動学会大会でのポスター発表のところで、岸先生から声を掛けていただいていたかも知れません。
 岸先生にもよろしくお伝えください。

投稿: Ohrwurm | 2007年11月10日 (土) 23時36分

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