« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月

2007年10月30日 (火)

我が家に侵入するオオホシカメムシ

 我が家の裏の坂の上にある土地は永らくほったらかしにされて草ぼうぼうになっていた。ところが、最近買い手がついたらしく、数日前に施工業者が挨拶にきた。坂道の脇にもアカメガシワやクサギなどが生えて、手軽に昆虫を観察することができた場所だ。アカメガシワに実ができると、毎年オオホシカメムシ Physopelta gutta (Burmeister, 1834) が発生するので、それを楽しみにしていた。工事が始まると、アカメガシワやクサギも刈り取られてしまうだろうからと思って、先日写真を撮ろうと試みたのだが、あいにく1頭も見つからなかった。
 昨日あたりから草や木が刈り取られはじめたのだが、我が家の中にオオホシカメムシが出現するようになった。おそらく、住処を追われたオオホシカメムシが慌てふためいているうちに、我が家に侵入してきてしまったのだろう。
 地面に落下した種子を餌にしているフタモンホシカメムシ Pyrrhocoris sibiricus Kuschakewitsch, 1866 もそのあたりにいるのだが、そちらの動向も気になる。
20071030blog1

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年10月27日 (土)

岸由二著『自然へのまなざし』

20071027blog2
岸由二著『自然へのまなざし ナチュラリストたちの大地』
1996年7月15日発行
紀伊國屋書店
ISBN 4-314-00747-8 C0095
1,800円[本体1,748円]

 津市津図書館で生物関係の棚を物色していたら、この題名が目に留った。最近、何となく教科書的ではない本を読みたいという欲求が湧いてくるような感じがしているので、この本が目に留ったのかも知れない。しかし、著者の名前を見て、内容にはあまり期待しなかった。
 しかし、読み始めてすぐ、ぼくはこれまで著者である岸由二氏を大いに誤解していたことに気付かされた。
 ぼくにとっての岸由二氏は、まず第一にR. Dawkinsの"The Selfish Gene"(初版の邦題:生物−生存機械論、第二版の邦題:利己的な遺伝子)の翻訳者としての彼である。ぼくが大学生だった1980年前後、行動生態学とか、社会生物学とか呼ばれているような分野の生物学が日本にも押し寄せて、ぼくもその渦中に放り込まれないわけにはいかなかった。彼が翻訳したDawkinsの著書にも、目から鱗が落ちるようなことがいっぱい書かれていた。Dawkinsの本は極めて理論的な生物学の本だ。だから、その翻訳者である岸由二氏も理論的な生物学の分野の研究者だと思っていた。彼の専門分野が動物行動学であり、主な研究材料が魚類であることは知っていたが。
 ぼくの専門分野は生態学で、研究材料は昆虫だ。だから、そちらの関係の学会に出ても、彼の講演を聴く機会は全く無く、学生時代に動物行動学会の大会で一、二度お顔を拝見した程度で、彼の実態を知る機会もほとんど無かったのだ。
 ところが、この本を読んでわかったことは、彼が筋金入りのナチュラリストであることだということだった。
 この本の中では、彼と自然との出会いからその後の自然とのつき合い方、また、生物学者としての彼と、ナチュラリストとしての彼の心の中での葛藤などが綴られていた。科学者としての立場とナチュラリストとしての立場では、対立せざるを得ない場面が極めて多いことは、ぼくの実感からも十分理解できる。と言うよりは、ナチュラリストとしてのぼくと職業人としてのぼくの心の中の葛藤が、この本の中にそのまま、と言うよりは、さらに発展させて書かれていたのだ。
 彼は、鶴見川流域やそこから三浦半島に至る丘陵地だけに限って自然のしくみを見つめ、解釈し、行動してきた。このような「流域」という概念で自然を見ることは、自然を理解するために極めて有益であり、しかも鶴見川流域という地域は、ひとりの人間が解釈し、活動するためには、大きすぎもせず、小さすぎもしない、適切な大きさをもっているように思える。
 彼の思考は世界的であり、実際の行動は地域に限定されている。最近よく耳にする言葉だが、"Think globally! Act locally!"を実行しているように思える。
 ここで自分についての言い訳をするようだが、濃尾平野の真ん中に育ったぼくは、身近な地域が広すぎて、自分の把握能力を大きく超えていたし、どんな行動を起こして良いのかもわからなかった。今でも自分は自然観にいびつな部分があると自身で感じているが、生まれ育った環境の影響が大きく影響しているのかも知れない。
 もう10年以上も前に出版された本だが、もっと早く読むべき本だった。そうしたら、ぼくの自然観や行動も、もう少し違ったものになっていたかも知れない。とにかく、これまで著者である岸由二氏を誤解していたことに謝罪をしたい気持ちがいっぱいであるし、これまでとはまた違った自然観を知る事ができて有益な本だったので、感謝の気持ちもいっぱいである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

岡田節人先生

 岡田節人(おかだ・ときんど)先生に文化勲章が贈られることになった。お祝いを申し上げたい。
 ぼくが京大農学部の学生だった頃、岡田先生は理学部の教授をされていたので、講義を受ける機会が無かったわけではなかったが、実際には講義を受けることは無かった。ダンディで赤いスポーツカーを乗り回している先生ということで有名だった。それとは別に、虫好きの先生としても虫屋仲間では知られている。とくにカミキリムシがお好きなようだ。
 1990年代の中頃、たぶん「科学朝日」か何かに書いておられた虫についてのエッセイか何かの中だったと記憶しているのだが、西洋人には虫を愛でる習慣が無い、というようなことを書いておられた。日本には虫を愛でる歌がいろいろあるが、西洋には無い、と。
 そこでぼくは、大胆にも、直接面識が無い岡田先生に意見を申す手紙を書いた。
 15世紀後半から16世紀始めの初期ルネサンス時代にフランドルで活躍したジョスカン・デ・プレ (Josquin Des Prez) という作曲家がいる。ジョスカン・デ・プレは宗教的な内容の合唱曲から世俗的な合唱曲まで、さまざまな作品を残している。その中で、ぼくが好きな曲に"El grillo e buon cantore"(コオロギは良い歌い手)というのがある。コオロギが賑やかに歌うのを模倣したような明るく楽しい曲だ。かつて所属していた合唱団でもステージで歌ったことがある。
 それをカセットテープに入れて、岡田先生に送ったのだ。そうしたら、見ず知らずのぼくに「それは知りませんでした」という言葉とともに、大変丁寧なお手紙をいただいた。ぼくにとっては懐かしい思い出だ。
 まずは、文化勲章おめでとうございます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年10月24日 (水)

キタテハはサザンカがお好き?

 職場の庭にサザンカの香りが漂うようになった。木によってはまだこれからと思われるものもあるが、もう満開を迎えているものもある。天気が良いと、このサザンカの花には色々な虫がやってくる。その中で目立つものの一つにキタテハがある。キタテハの幼虫は、カナムグラという荒れ地に生えるクワ科の蔓性植物の葉を食べるので、荒れ地があるような場所なら何処にでもいるような蝶だが、それにしてもサザンカの回りで目立つのだ。
 考えてみれば、この時期に花を咲かせる植物はそれほど多くはないだろうから、サザンカを依り好んで集まってきているというよりは、他に花が少ないから仕方なしにきているというところが実態に近いかも知れない。
 キタテハは年に数世代繰り返し、今いる成虫が冬を越すわけだから、サザンカの花が咲いているうちは、まだしばらく見られるのではないかと思う。
20071024blog1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月22日 (月)

桂雀松師匠の独演会の案内が来たけれど

 職場から帰宅したところ「桂雀松独演会」の案内状が届いていた。6月に雀松師匠の落語会に行って以来、雀松師匠の落語会の案内を送ってもらっているのだ。それを見ると、ぼくの大好きな雀松師匠が、ぼくの大好きな地獄八景亡者戯を演じることになっている。場所は大阪だが、日曜日の昼間だし、これは行くしかない、と思った。

桂雀松独演会
 2007年11月25日(日)午後2時開演
 そごう心斎橋本店14階そごう劇場
  開口一番         桂佐ん吉
  短命           桂雀松
  月に群雲<小佐田定雄作> 笑福亭三喬
  地獄八景亡者戯      桂雀松

 ところが、予定を確認してみると、この日にとある講演をすることを頼まれていたのに気が付いた。ガックリだ。そんな約束はしなけりゃ良かったと思ったが、約束を守らないわけにはいかない。しかし、つらいなぁ。
 またの機会を楽しみにしたいが、次に雀松師匠が地獄八景をやるのは何時かなぁ?

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年10月21日 (日)

第42回名古屋昆虫同好会虫供養

 今年も名古屋昆虫同好会の虫供養に出かけた。供養したから免罪されるとは思っていないが、供養することによって、日頃たくさんの虫を殺していることを意識させられる。もっとも、ここ10年ぐらいは、アマチュアとしての昆虫採集で殺した虫の数よりも、仕事で殺している虫の数の方が遥かに多いので、職場で虫供養をやっても良いぐらいだと思っている。
 せっかく名古屋まで出かけるので、ちょっと早目の快速みえ4号に乗った。4両編成だったので、空席がたくさんあり、ゆったりと座って行くことができた。桑名まで来て、やっと立ち席の客が出るようになった。名古屋からは中央線で金山まで出て、さらに地下鉄名城線に乗って上前津に行き、大須界隈の電子部品屋を冷やかした。これまで何度か入ったことがある店で、思わぬ出物と言うか、もう入手できないのではないかと思われる部品が手に入って、アマチュア無線家としてのぼくは嬉しくなってしまった。もっとも、その分、散財してしまったわけだが。
 昼食は上前津界隈で済ませ、これまでに乗ったことがなかった名城線の八事から名古屋大学方面に乗ってみることにした。上前津から虫供養が行われる桃厳寺の最寄り駅の本山まで行くには、名城線で栄に出て、そこで東山線に乗り換えるのが早いが、名城線左回りで乗り換え無しに名古屋大学まで行き、そこから桃厳寺まで歩くことにした。時間が余計にかかった分だけ、持って行った本をしっかり読むことができた。
 名古屋大学から桃厳寺までは、山手通りを本山に向かって坂を下っていくことになる。気温は低目だったが、天気は良かったので、歩いていると汗が滲んできた。定刻の午後1時にはちょっと遅れてしまったが、住職はまだ来ておらず、ちょうどこれから始まるところだった。読経の中での焼香。今年殺した虫のことがいろいろ思い出される。
20071021blog1
 虫供養のあとは幹事会。来年度の総会にかけられる昆虫同好会の事業計画の案が決められる。これまで、いくつかの昆虫同好会に所属したことがあるが、これほどしっかり事業運営がされている昆虫同好会は他に知らない。
 帰りは大人しく、本山から東山線に乗って名古屋に出て、快速みえ19号に乗ることにした。時間があると判断したので、名古屋駅5,6番ホームの端の立ち食いのきしめんを食べた。対して美味しいものとも思わないが、きしめんの麺の食感は好きだ。食べ終わって関西本線のホームに行ったところ、まだ列車は入ってきていなかったが、乗ろうとする客の長蛇の列が出来ていた。快速みえ19号は2両編成。当然の事ながら、座ることはできなかった。いつもは桑名で降りる客が多いので桑名で座れるかと思ったのだが、そこでは座ることはできず、次の四日市で何とか座ることができた。いつもはこの四日市か鈴鹿あたりで空席が目立つようになるのだが、何と今日は津まで立ち席の客がいた。快速みえの乗客が徐々に増えてきているのだろうか?そろそろ全列車が4両編成になっても良いと思うのだが、そういうわけにはいかないのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月18日 (木)

まだツクツクボウシがいた

 一昨日の午後から体調がおかしくなり早引けしてしまい、昨日は本格的に仕事を休んでしまった。今日は何とか持ち直したが、まだ本調子ではないので、今日やらなければいけない仕事だけを片付けるつもりで出勤した。
 その一つが、キャベツ畑での害虫の調査とトラップの設置だ。昨日植えてもらったキャベツをそのままほっておくわけにはいかないのだ。とにかく、キャベツについている虫の数を数え、トラップを設置した。
 するとその最中、畑の向こう側のヒノキの林の方からツクツクボウシの鳴き声が聞こえてきた。今月のはじめぐらいまでは継続的に鳴き声が聞こえていたが、ここ一週間ばかりは鳴き声が聞かれなくなり、もう今年はいなくなってしまったのかと思っていたので、嬉しくなってしまった。おそらく1頭が2回鳴いたのだろうが、鳴き声は2回聞こえてきた。
20071018blog1
 昼食をとったあと、雑木地に仕掛けてあるトラップを見に行ったところ、一瞬の悲鳴音とともに1頭のツクツクボウシが飛び出した。まだいたのだ。おそらく雌の方が長生きして産卵を続けるだろうから、丹念に探せば雌も見つけられるのだろうと思うが、そこまでの気力はないので、1頭の雄のツクツクボウシを見ただけで満足することにした。午前中に鳴き声を聞いた場所と、姿を見た場所は数百メートル離れているので、おそらく別の個体だ。いつまで生き残って鳴き声を聞かせてくれるだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月15日 (月)

ハスモンヨトウは迷彩模様

20071015blog2
 9月の末に職場で採れたハスモンヨトウの幼虫に似ている幼虫だったが、いまひとつ同定に自信が持てなかった。これをイイダさんが飼育していたところ、無事にハスモンヨトウが羽化した。成虫になってしまえば、同定を間違えることはない。
 しかしまあ、このハスモンヨトウ。バーミキュライトの上に止まっていると、その模様に溶け込んで、とこにいるのだかわからなくなってしまう。バーミキュライトに擬態しているわけでもないから、面白くなって写真を撮ってみた。
20071015blog1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月13日 (土)

卒業25周年の同窓会

 卒業25周年の同窓会に出席するために京都に出かけた。25周年と言っても、4年で卒業した人が卒業25周年にあたるだけで、8年かかって卒業した人もいたから、その人にとっては21周年ということになる。要するに、同期で入学したメンバーのクラス会だ。
 朝8時過ぎに家を出て、紀勢本線、関西本線、東海道本線を乗り継いで山科まで出て、そこから地下鉄で京都市役所前まで出た。そこから会場までは少々距離があるのだが、時間には余裕があるので、そこからは散策しながらということだ。
 地下鉄の京都市役所前で降りたら、そこは地下街になっており驚いた。だいたい、21年前には、そんな場所には地下鉄なんぞ通っていなかった。戸惑いながらも地上に出ると、文字通り京都市役所の前だった。すごい人だかりだったが、フリーマーケットが開かれているらしい。衣類だとはたくさんあったが、「お宝」などは無さそうだったので、さっと見て人ごみから逃れた。
20071013blog1
 そこからは河原町通を丸太町通まで上がり、そこからちょっと西に行き、京都御所の横の寺町通を鴨沂高校のところまで上がり、荒神さんの前を通って再び河原町通に出た。荒神さんの前の鴨沂会館は、学生時代に合唱の練習で何度も通った懐かしい場所だ。河原町通を荒神口からさらに少し上がると京都府立文化芸術会館がある。ここでは、学生時代の合唱団の演奏会で、一度ステージに立ったことがある。やはり懐かしい。行事の予定を見ると、桂文我さんや桂米二さんの落語会も予定されているようだ。
20071013blog2
 ここから荒神口まで戻り、鴨川の方に向かった。荒神橋から上手を見ると、川の中に飛び石のように石が置かれている。昔からあったものなのかも知れないが、少なくとも記憶には無い。橋を渡るより、そちらの方が面白そうだと思って河原に降りた。
20071013blog3
 河原にはミゾソバの花が咲いており、いろいろな蝶が飛んでいた。黒っぽいアゲハチョウの仲間のようなものが一瞬飛んでいたかのように見えたのだが、近くに寄ってみてもそれらしい蝶は再び現れることはなかった。どんな蝶がいるのかとよく見てみたら、モンシロチョウ、ヒメアカタテハ、キタテハ、ツマグロヒョウモンなどがいた。いちばん多く見られたような気がしたのはヒメアタタテハだった。
20071013blog4
 飛び石を渡って対岸に行くと、会場の京大会館はすぐ近くだ。しかし、さらにその前に見ておきたい場所があった。川端通を少し上がったところにあるGoethe Institutだ。半年ぐらいだったが、ドイツ語会話を習った。当時と変わっていたのかどうかもわからないが、とにかく同じ場所にあったので、それなりの感慨はあった。
20071013blog5
 そこから京大会館はすぐだったが、写真を撮りながら歩いていると、担任だった(とは言っても、学科が違ったので講義を受けたことはなく、顔をうろ覚えだった)久馬先生のようにも見えた人が歩いていたのだが、自信が無かったので声をかけなかった。京大会館の前でも写真を撮って中に入ると、その人も後を追って入ってきたので、その時その人が久馬先生だったことがわかった。ちょっと情けない話だ。
20071013blog6
 当時のクラスは農林生物学科と農芸化学科の混合クラスで、農芸化学科は農林生物学科の倍以上の人数がいたので、途中から農林生物学科に転科した自分にとって、名前と顔が一致しない人の方が多いぐらいだ。それでも、顔を見ると、何となく思い出して昔の話に花を咲かせることができた。同じ三重県からは政治家になってしまった同級生も参加していた。「赤福」の話が話題になったことは言うまでもない。
 自分は一次会だけで失礼したが、久馬先生を含む参加者の半数以上は湯の花温泉での二次会に向かった。一次会では十分に話をできなかった人も多いだろうから、十分に楽しんだに違いない。
 この三重県に来るまで、物理的にも心理的にもなかなか京都は遠い所だと感じていたが、本当に気軽に京都に行けるようになり、楽しみが多少増えたような気がする。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年10月12日 (金)

秋のメスグロヒョウモンはボロボロ

 毎週2〜3回野外での調査をしているが、今朝は久しぶりに良い天気での調査になった。しかし、西風がかなり強い。その強い西風に吹かれて草の中に止まったヒョウモンチョウの仲間がいた。いつも見ているツマグロヒョウモン Argyreus hyperbius (Linnaeus, 1763) かと思ったのだが、よく見てみたらメズグロヒョウモン Damora sagana ilone (Fruhstorfer, 1907) の雄だった。翅がボロボロだ。真夏には平地でメスグロヒョウモンを見ることはないので、おそらく夏の間、山の上に上っていたのが再び里まで降りてきたのではないかと思う。もし夏までに交尾していれば雄が産卵期である秋まで生き延びる必要もないわけだたら、まだこれから交尾するのかも知れない。
20071012blog1
 全くの偶然だと思うが、その直後にメスグロヒョウモンの雌も現れた。その名のとおり、黒を基調とした色だ。この雌の翅もボロボロだ。メスグロヒョウモンも他の多くのヒョウモンチョウの仲間と同じように、幼虫はスミレの仲間の葉を食べる。秋にはスミレの多くはまだ葉を伸ばしておらず、どこに生えているのだかすぐにはわからない。メスグロヒョウモンはそれをどうやって知るのだか知らないが、そのあたりの木の幹に産卵したのを見たことがある。ひょっとしたら、適当に産卵しているだけなのかも知れない。ヒョウモンチョウの仲間の生態にもまだまだ謎が多い。
20071012blog2

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年10月 6日 (土)

海上の森へ

 JGさん(@ニフティの昆虫フォーラムでのハンドル)が岩手からおいでになるとのことで、一緒に海上(かいしょ)の森へ行きませんか、というでんでんむしさん(同じく@ニフティの昆虫フォーラムでのハンドル)さんからお誘いがあり、初めて海上の森へ行った。海上の森は2004年に「愛・地球博」の瀬戸会場になった場所だ。里山を壊して、何が「自然の叡智」だったか知らないが、ぼくの親が買った(買わされた)チケットがあるからということで、「愛・地球博」へは行った。しかし、そのときは、長久手会場に行っただけだったので、海上の森には行かなかったのだ。
 とにかく、ぜひ海上の森へ、というでんでんむしさんの強いお誘いを信頼し、それなりに期待しながら行くことにしたのだ。いつものことながら、三男坊も一緒に行った。
 海上の森の中には、もちろん人手が加わった場所もあるのだが、雑木林も残されており、歩いていて飽きることは無かった。しかも、起伏がほどほどで、しんどいこともなく歩くことができた。今の地元、三重県中勢地方の山は、里との境界がはっきりしていて、森に入るということは、ほとんど急峻な山に登ることとほぼ同義だ。手軽にハイキング気分で楽しく歩ける海上の森を羨ましく思った。
 とにかく、案内していただいたでんでんむしさんには感謝の念に堪えない。仕事の都合で一緒に歩けなかったPhasmidさん(やはり@ニフティの昆虫フォーラムでのハンドルで当時のシスオペさん)には夕食をご馳走していただいてしまった。一緒に歩けなかったのに、本当に申し訳ない気分だったが、やはり感謝の念に堪えない。
 では、このあとは写真を中心に。
20071006blog1_2
ヒツジグサの上の小さなウシガエル.

20071006blog2
歩いていたら飛び出して近くの木に止まったアブラゼミ.三男坊が発見した.アブラゼミの鳴き声は聞けなかったが、ツクツクボウシとチッチゼミの鳴き声が聞こえた.

20071006blog3
色が白ければシロオニタケに似ているのだが、何かよくわからないキノコ.テングタケの仲間には違いないと思う.

20071006blog4
小さなクモを運んでいたハチ.ウロウロしていたが、近くに巣穴があったのかどうかわからなかった.

20071006blog5
ギンリョウソウかと思っていたが、帰ってきてから調べてみたら、アキノギンリョウソウだった.

20071006blog6
立派な休憩所もある.この場所を含め、お手洗いも何か所かあるので助かる.

20071006blog7
大正池と呼ばれている池.枯れた木が水中から出ているところが上高地の大正池(見たことはないが)に似ているとのこと.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 5日 (金)

やっとヒガンバナの開花の盛りが来たか

 ヒガンバナの花はもうかなり前から咲いていたが、まだまだ勢いを増しつつあるように思える。去年の今頃は、既に盛りを過ぎていたような記憶があるので、今年はヒガンバナの開花が遅れているのかも知れない。
 職場へ向かう途中、経路の半分以上は田圃の中の道だが、その畦のあちこちにヒガンバナが見られる。鮮やかな赤色だが、ぼくの目には奇麗というより、毒々しく映っている。実際に、ヒガンバナは植物体全体に有毒なアルカロイドを含んでいるということなので、警告色の役割を果たしているのかも知れない。
 日本のヒガンバナは三倍体なので、種子ができないということらしい。鮮やかな赤い花も、まさにあだ花ということだ。種子ができないということは、栄養繁殖しているわけだが、それにしてもあちこちにたくさん見られるのは奇妙だ。有毒なのでネズミなどが寄り付かないということなので、人が田圃の回りに植えたものが多いという話もあるが、新しく区画整備したと思われる田圃の周辺にも見られるので、その時に植え直されたものなのだろうか?そうとばかりは思えないので、何かの動物が、土の中にあるヒガンバナの鱗茎を運んでいるのかも知れない。そうだとしても、そんなことをする合理的な理由も思いつかないので、本当に謎だ。
20071005blog1

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年10月 1日 (月)

猿が吠えている

 夜になってから裏の竹薮から不気味な音が聞こえてくるようになった。どうやら、ニホンザルの鳴き声のようだ。鳴き声というより、吠えている感じだ。3週間ちょっと前に姿を見て以来、なかなか見ることができないが、もうずいぶん長いこと居座っているようだ。こんな街に近い場所なのだが、居心地が良いのだろうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »