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2007年9月21日 (金)

石垣島紀行第3日目(8月1日)その2

石垣島紀行第3日目(8月1日)その1から続く)
 野底岳はマーペーとも呼ばれている。野底は「のそこ」だが、琉球方言では「ぬすく」と発音する。だからヌスクマーペーだ。マーペーとは何か?ちょっと読みにくいかも知れないが、この写真の中の文字を読んで欲しい。黒島から野底に強制的に移住させられたマーペーという名の娘の悲しい話の伝説があるのだ。
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 さすがに気温だけは十分に高かったので、たかだか15分の道程とは言え、相当汗をかいた。まさに山頂に着いたそのとき、思わぬ事態に大変驚いた。昨日、於茂登岳で出会った家族に、ここで再会してしまったのだ。家族には昨日の話はしてあったので、すぐに家族も事情をつかんだ。とにかく、長男とは同窓生ということで、しばし雑談する。林道からではなく、野底から登ってきたとのこと。この暑い中、ご苦労さんでした。
 石垣島でもっとも標高が高い山は沖縄県最高峰の於茂登岳だが、石垣島の山で山頂からの景色がもっとも良い山と言えば、野底岳の名を挙げる人が一番多いのではないかと思う。遠くから見ても尖った山頂の異様な形は目立ち、山頂に登らなくても、山頂からの景色が良い事を想像できる。
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 山頂から下を見てあらためて実感させられたのだが、去年の台風13号の傷跡をはっきりと見る事ができた。葉がまばらで、幹の白さが異様に目立つのだ。
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 しばし山頂からの景色を眺めて、山を下り、林道の登山口から野底に向かった。野底の登山口付近の川にはテナガエビがいて、石垣島に住んでいた頃、息子たちと一緒に何度かエビ採りに行ったことがある。せっかくだからそこにも行ってみようということになり、野底側の登山口に向かった。もう夕方で薄暗くなりかけていたので、テナガエビは見つけることができなかった。もっとも、網を持っていないので、見つけても採れるわけではないのだが。
 するとそこに、花と果実をつけたミフクラギ(オキナワキョウチクトウ)を見つけた。クチナガカメムシ Bathycoelia indica Dallas, 1851 がいないかと思って探したが見つからなかった。
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 また、その近くには新芽を出したアコウの仲間を見つけた。詳しい種名はわからないが、アコウの仲間には夏に落葉して、その後新芽をたくさん出すものがある。ここで見つけたのアコウは、ちょうどその時期にあたっていたようだ。アコウの亜tらしい葉が展開し、十分に大きくなった頃、平得の三番アコウの木の下でとぅばらーまの大会の前夜祭が開かれる。石垣島に住んでいた頃は近所だったので、見に行った事はあるが、台風が来てその近くの息子が通っていた小学校の体育館で開催されたこともあった。
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 野底から於茂登トンネルを抜けて市内の民宿に戻ってシャワーを浴び、あやぱにモールで少し買い物をしてから、昔住んでいた人たちが企画してくれた宴会の会場に向かった。新栄公園の近くの中華料理屋だ。少なくとも一度は、石垣島に住んでいた頃に入った記憶がある。
 奥さんがたが中心だったが、フクザワさんのご主人も参加してくれた。フクザワさんは海上保安庁にお勤めで、我が家が石垣島を離れる前に転勤で送り出したのだが、さらにもう一度転勤したあとの今年の春、また石垣島に戻ってきていたのだ。何とも羨ましい。大人の男はフクザワさんだけだったので、もっぱらフクザワさんと話をした。フクザワさんの息子さんたちも全員参加して空手の型を披露してくれた。
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 店を出たあと、すぐ前の新栄公園で子供たちを遊ばせ、大人たちは雑談。話は尽きない。名残惜しかったが、子供たちに夜遊びさせるのも何なので、ほどほどにして民宿に戻った。

石垣島紀行第4日目(8月2日)へ続く)

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