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2007年8月

2007年8月30日 (木)

30000アクセスお礼

 ちょっと(いや、かなり、いや、相当)気を緩めていたら、知らないうちにアクセスカウンターが30000を越えていました。20000を越えたのが今年の6月12日でしたから、2か月半で10000を加えたことになります。嬉しいような恥ずかしいような・・・

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石垣島紀行第2日目(7月31日)その1

石垣島紀行第1日目(7月30日の夜)から続く)
 石垣島では於茂登岳に登ってイシガキヒグラシ Tanna japonensis ishigakiana Kato, 1960 の鳴き声を聞くことがぼくにとっての最大の目的だったが、いろいろスケジュールが決まってくると、於茂登岳登山を挙行するのは今日しかないことになってしまった。イシガキヒグラシは夕方に鳴くので、登山は午後から日暮れにかけてだ。さて、それまでの予定は・・・・・
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 ということで、午前中は息子たちの希望で港で釣りをすることにした。竿とリールは持ってきたが、餌を買わなければいけない。まずはサザンゲートブリッジの近くの「海の総合スーパー島」へ。100円の練り餌と予備の針を購入。ついでに、メガネに取り付ける偏光フィルターも。1050円也。石垣の強い陽射しの中で眼を楽にするのは重要だし、水面の反射も緩和されるので、水の中の魚もよく見える。
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 場所はよく通っていたサザンゲートブリッジの下。「海の総合スーパー島」のすぐ近くでもある。港の中なので大物は全く期待できないが、遊びで釣るには手軽な場所だ。
 アイゴの幼魚、スズメダイの仲間などの小物がいろいろ釣れたが、一番大きかったのはイラブチャー。なかなか奇麗な魚だ。持って帰っても調理できないので、写真を撮ったあとは海に帰してやった。
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 午前中は釣りで楽しみ、昼食は「嵩田植物園」へ。植物園とは言っても、果樹農家が傍らに飲食店を開いているようなもので、昼食程度になら全く不足のないものも食べられる。石垣島に住んでいたときにも、ちょくちょく通っていた。於茂登岳の近くで気持ちのいいところだ。
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 ところが、着いてみると何か様子が違っている。何となく殺風景になってるのだ。何かおかしい。しかし、とにかく食堂へ行ってみる。
 ここの食堂は東南アジア風の造りをしている。東南アジア風と言っても、ぼくが知っているのはタイとベトナムだが、そのタイやベトナムの(本当の田舎ではなく)ちょっと田舎のレストランという雰囲気だ。屋根はあるが、周囲には網が張ってある程度で、風がよく通る。屋根に水を撒いていることもあり、冷房が無くても十分に涼しい。
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 出迎えてくれたミチエさんはいつものようにニコニコしている。話を聞くと、去年の台風13号でヤシの木がほとんど倒れてしまったとのこと。その台風の時には随分怖い思いをしたとのこと。ぼくが石垣島に住んでいた7年間にはそれほど強烈な台風は無かったので、どんな状況だったのか想像もつかない。
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 嵩田植物園でジュースやカレーや定食物と注文すると、蘭の花が添えられている(さすがに八重山そばには添えられていない)。作り物ではなく本物だ。ちょっとしたことだが、非日常を感じさせてくれることは嬉しい。嵩田植物園では一般にはフルーツカレーがお勧めだが、午後からの於茂登岳登山に備えて、トンカツ定食を食べることにした。もちろんこれにも蘭の花が添えられている。付け合わせには季節の果物が添えられているが、今回はパイナップル、スターフルーツ、ドラゴンフルーツなど。
 於茂登岳には三男と二人で登るということになっていたので、とにかく一度宿に戻ってちょっと休憩してから、その他のメンバーを昔住んでいた団地に送り込むことにした。ところが三男も「ちょっと体調がおかしい」とか言い出したので、結局於茂登岳には一人で登ることになった。ちょっと寂しいが、自分のペースで歩けるので、その点では好都合だったかも知れない。
 とにかく、家族を団地に送り届けて、於茂登岳へ。
(「石垣島紀行第2日目(7月31日)その2」につづく)

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2007年8月29日 (水)

石垣島紀行第1日目(7月30日の夜)

石垣島紀行第1日目(7月30日)から続く
 『磯』で夕食をとったあと、夜景を見に行こうということになった。向かう先は前勢岳の展望所。バンナ岳の山麓の八重守の塔のところを西に入る。バンナ岳スカイラインは東側だ。
 石垣に住んでいた頃には何度も通った道だが、森の下生えが何となく貧弱になったような気がした。新しい遊歩道ができているのも所々で確認できた。
 展望所まで行っても、全く他の車と出会わなかった。ここには夜景を楽しもうとする人がけっこう来るものだが、ちょっと意外だった。
 車を降りて間もなく、地面近くで光るものを発見した。ホタルに疑いは無いのだが、どの種かはわからなかった。灯りで照らしてみると、キイロスジボタル Curtos costipennis (Gorham, 1880) だということがわかった。この種の旬が何時頃だったか記憶になかったが、割と長い期間見られ、個体数も多かったという印象が残っている。いずれにしても、久しぶりの再会だ。地面の灯りは少なかったので、少なくとも最盛期ではなかったようだ。
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 展望所を後にして街へ戻ろうと思ったところ、想定外の一方通行の標識。3年前にはそんなものは無かった。おそらく、この奥に天文台が出来たから一方通行にされたのだろう。というわけで、帰りは新川方面に山を下りた。
 とりあえず石垣の夜景を眺め、ホタルにも出会ったので、一応満足した。

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2007年8月28日 (火)

月蝕を見るのは久しぶり

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 今日は久しぶりに曇りがちの天気になり、外での仕事も楽だった。とは言っても、今日は日本で6年半ぶりに見られる皆既月蝕ということなので、少々複雑な気持ちだった。しかし、夕方になると雲の切れ間が多くなり、期待が膨らんだ。
 既に皆既月蝕になった時刻、まだ月が低い位置にあるので、裏の高台の墓地に出かけたのだが、東の空は雲に覆われていて全く月を拝むことができなかった。7時半頃にもう一度行ったが、やはり同様だった。さらに8時頃、もう一度行こうかと勝手口を出て東の空を見たら、薄暗い赤色に染まった月を見ることができた。その後は満月に戻るまで、月は雲に覆われることなはなかった。
 生まれて初めて皆既月蝕を見たのは小学生の頃だったと思うが、その後それほど何度も見たというような記憶が無い。今回の月蝕は夏でもあり、宵のうちのことということもあり、本当に久しぶりに、誰もが見易い月蝕だったのではないかと思う。もっとも、東京などは雨が降っていたそうだが。

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2007年8月27日 (月)

やっぱりヒゲコガネが気になり観察に出かけてしまった

 先週の水曜日に職場からの帰宅途中でヒゲコガネ Polyphylla laticollis Lewis, 1887 を採集したが、欲求不満が残る結果だった。それを晴らすため、今日はいつもの橋より2つ上流の橋に出かけた。この橋のところでもヒガコガネが見られるという情報を得ていたのだ。
 午後6時半ぐらいに職場を後にして現場へ向かった。現場に向かう途中、ヒグラシ Tanna japonensis (Distant, 1892) の鳴き声を聞いた。かなり個体数が減ってきた感じがしていたが、まだ残っているようだ。ニイニイゼミ Platypleura kaempferi (Fabricius, 1794)、アブラゼミ Graptopsaltria nigrofuscata (Motschulsky, 1866)、クマゼミ Cryptotympana facialis (Walker, 1858) の鳴き声も減ってきたが、まだまだたくさん鳴いている。ツクツクボウシ Meimuna opalifera (Walker, 1850) はますます増えてきた感じだ。
 目的の橋は車輌専用の橋のすぐ隣に歩行者と自転車用の橋があるので、その橋の上にいる限り交通事故の心配は無い。いつもの橋は交通量が多すぎるのだ。
 現場に着いたときにはまだ十分明るく、当然ヒゲコガネも飛んでいなかった。橋を端から端まで歩くと、ヒゲコガネの残骸が数頭分落ちている場所が見つかった。おそらく、その付近でヒゲコガネが多いのだろう。
 18時50分頃、かなり暗くなってきたところでクツワムシ Mecopoda nipponensis (de Haan, 1842) が鳴き始めた。ヒゲコガネはまだ飛ばない。数分後、やっとヒゲコガネが飛び出した。ヒゲコガネの残骸が落ちていたあたりの下は藪になっているのだが、やはりその付近を飛ぶ個体が多いようだ。藪の上をフラフラと飛んでいるのが、ときどきフワッと上の方に飛び上がってくる。飛ぶのはあまり上手ではないようで、橋の上にひっくり返って落ちてしまう個体もいる。そういうのがそのまま朝までそこにいたら、鳥か何かに食べられて、そこに残骸が残っているということだろう。
 橋には街路灯がついているが、街路灯に引き寄せられるような様子は無い。去年も観察していてそう思ったのだが、やはり趨光性が無いか、あるいはあったとしても小さいのだろう。
 橋の道路の下の部分に執着する個体も何個体かいた。目につく個体はすべて雄なのだろうが、何かに執着するように飛んでいた個体の近くには雌がいたのかも知れない。
 もう真っ暗になった19時15分頃、もうあまり飛ばなくなったので引き上げることにした。まだ活動時間が続いていたかも知れないが、明らかに活性は低くなってきた感じがする。

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2007年8月26日 (日)

三重県立博物館企画展『寄贈・大川コレクション展』

 今日も暑かったが、早く見に行かなければ終わってしまうと思って、午後から暑い中、三重県立博物館に出かけることにした。大川コレクションの特別展があるのだ。博物館は津駅に近く、我が家からだと偕楽公園の中を通って行くのだが、偕楽公園に差しかかったとき、道の脇からたくさんの蝶が飛び出して驚いた。
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 飛び出してきたのは、ヒカゲチョウ Lethe sicelis (Hewitson, [1862]) とサトキマダラヒカゲ Neope goschkevitschii (Menetries, 1857)。飛び出してきたわけではないが、ムラサキシジミ Narathura japonica (Murray, 1875) もたくさんいた。その場所は林床で日陰になっていたが、下草が少なく、風通しが良さそうな場所だった。人間の感覚であれば、涼しくて気持ちが良い場所だ。この暑い中、蝶たちも涼しさを求めて集まってきていたような気がする。
 公園の中の高台の広場までくると、サクラの木にコゲラ Dendrocopos kizuki (Temminck, 1836) が来ていた。コゲラはキツツキの中でも最も見る機会が多いものの一つだと思うが、この街中で見られるとは、この津の町も捨てたものではないと思われる。
 博物館の大川コレクション展は、三重昆虫談話会の創立メンバーの一人である、津市を耳鼻科医をされていた大川親雄さんが収集された三重県の昆虫と、大川さんが使われていた昆虫採集の道具などを展示し、大川さんの業績を紹介したものだった。残念ながらハサミムシは全く展示されていなかった。普通の昆虫の展示とは異なり、一部の特別が昆虫を除き、展示されている多くの昆虫には解説がなく、大川さんがどのように収集品を整理されていたかが伺えるようになっていた。採集道具や採集のやり方がも解説されており、大川さんがどのように昆虫を採集されていたかを知ることができるように配慮されていた。このようなやり方は、ぼくのような昆虫を扱ったことがある人間にとっては、それなりに理解し易いようになっていたと思われるのだが、一般の人に対してはどのように写っていたのか、若干気になるところでもある。企画展のパンフレットも、ゼロックスコピーを四つ折りにしたものを2枚重ねただけのようなもので、経費節減の痕が感じられる。せっかくの企画展なのだから、もう少しお金をかけてでも、しっかりしたパンフレットを作成しても良いような気がする。それと、来館者の少なさも気になる。夏休み中なので、子供がたくさん来ていてもおかしくないと思うのだが、閑散としていた。もう少し宣伝に力を入れても良いのではないかと思われた。
 もともと博物館の規模が違うと言ってしまえばそれまでだが、この前の大阪での『世界一のセミ展』と比べると、様々な点で見劣りが甚だしく感じられた。大阪市という自治体と三重県という自治体では、三重県の方が完全に負けていると思わざるを得ない。三重県さん(知事さんに言ったら良いのかな?)、文化的なところにもう少しお金を使っても良いんじゃないでしょうか?
 と言うことだが、この企画展は9月9日(日曜日)まで津駅西口から近い三重県立博物館で開催されている。入場料は大人40円(400円の間違いではない)、子供は無料。

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また自宅でミンミンゼミの鳴き声が聞こえた

 この前の月曜日(8月20日)の朝に自宅でミンミンゼミ Oncotympana maculaticollis (Motschulsky, 1866) の鳴き声が聞こえて驚いたのだが、今朝またミンミンゼミの鳴き声が聞こえてきたので、もう一度驚いた。火曜日から昨日までは聞こえていなかったのだが、その間どうしていたのだろうか。
 クマゼミ Cryptotympana facialis (Walker, 1858) の鳴き声は、かなり少なくなってきた。

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2007年8月25日 (土)

養殖研究所と「おかげ横丁」へ

 五カ所湾にある養殖研究所の一般公開があったので出かけた。養殖研究所は宮川の近くに玉城庁舎があり、去年の一般公開はそちらで行われたのだが、一年おきに交互で開催されているので、今年は五カ所湾にある南勢庁舎ほうだ。所用があり、現地に着いたのは昼過ぎになってしまった。
 いつもどおり展示やタッチプールや金魚すくいなどもあったが、今年は講演会にも参加した。山本剛史研究員による「魚粉を減らした環境にやさしい養殖飼料」という演題。午前中にも1回あり盛況だったそうだが、午後は人はぱらぱら。養殖という場面での環境に負荷をかけないための考え方をいろいろ知ることができた。
 養殖研究所を後にして、次は伊勢神宮の「おかげ横丁」の「赤福」で「赤福氷」を食べることを目指す。地図を頼りに最短ルートで迫ったつもりだったが、剣峠の山越えの道は幅が狭く傾斜も急なので、速度が出ない。20kmあまりの道のりだったが、ずいぶん時間がかかってしまった。
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 これが「赤福氷」。伊勢名物として有名な「赤福餅」の餅と餡を別にして、抹茶がかかったかき氷に入れたようなものだ。適度な甘みがあって美味しい。夏季限定なので、いつでも食べられるわけではない。
 食べたあと、桂文我さんの落語会が毎月開かれている「すし久」を探す。けっこう風格がある建物だった。

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稲刈り始まる(2007年)

 今朝、職場に出かけたところ、途中の田圃の何か所かで既に稲刈りが終わっていた。帰宅する途中では、現在進行中の田圃もあった。これから稲刈りは本格化するのだろう。

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2007年8月24日 (金)

高原野菜の産地でエゾゼミの仲間の声を聞く

 昨日から長野県佐久地方の高原野菜の産地に出かけていた。こちらにはいないセミの鳴き声が聞けることを期待していたのだが、その期待は裏切られなかった。
 最初に行った場所では、バスから降りたらすぐにエゾゼミの仲間の仲間がうさいほどだった。しばらく歩いて案内された畑の回りでは、また別のエゾゼミの仲間の鳴き声が聞こえた。最初に聞こえた方が音程が低く、あとで聞こえた方が音程が高かったので、おそらく最初のがエゾゼミ Tibicen japonicus (Kato, 1925) であとのがコエゾゼミ Tibicen bihamatus (Motschulsky, 1861) だったのではないかと思う。いずれも手の届かない場所で鳴いていたので、捕獲は断念した。
 今朝、現地で一緒だったMさんが佐久平駅前にあるホテルの玄関先でエゾゼミを拾ったということだった。ひょっとしたら、夜の間に灯りに集まってきていたのかも知れない。回りにはセミが居そうな木があまり無かったので、ついつい油断してしまっていた。しっかり探していればエゾゼミを拾えたかもしれなかったのに。

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2007年8月22日 (水)

ヒゲコガネの季節到来

 先週の終わりぐらいから飛んでいるような気がしていたのだが、今日、ちょうど飛びそうな時間帯にヒゲコガネ Polyphylla laticollis Lewis, 1887 が飛ぶ場所を通ったので、じっくり腰を据えて採集してみようと思った。
 午後7時ちょっと前、薄暗くなってきたころヒゲコガネが飛び出した。交通量が多い場所なので何かと気を使うのだが、何とか飛んでいた雄1頭を捕獲。橋の上の道路に何かが落ちているように見えたので、近づいていくと、それもヒゲコガネの雄。飛んでいる個体はけっこう多かったのだが、なかなか思うように捕獲できない。
 およそ20分の間にたったの2頭だけの成果。ちょっとさびしい。

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2007年8月20日 (月)

石垣島紀行第1日目(7月30日)

 早朝には雨が降っていたが、出発する頃には雨も上がり、気分良く出発することができた。8時少し前に家を出て8:22発の近鉄特急に乗った。この列車はいわゆるノンストップではなく、名張と大和八木にも停車するのだが、使用されている車輌はアーバンライナーだった。同じ近鉄特急でも車輌によって座席の善し悪しがあるので、座席が良いアーバンライナーは嬉しい。伊丹空港に行くためには、終点の難波ではなく、一つ手前の上本町で電車を降りてリムジンバスで行く。
 上本町の地下ホームから地上に出たとき、騒々しいので何かと思ったら、外から聞こえてくるクマゼミ Cryptotympana facialis (Walker, 1858) の鳴き声だった。大阪ではクマゼミが増えているという話はよく聞いていたが、まさにそのとおりだった。都会のビル街では建物に反響もするだろうから、よけいに騒々しく感じられることもあると思う。
 上本町10:15発のリムジンバスに乗ったが、空港には10:40前には着いてしまった。所要時間は30分ほどということだったが、実際には23分程度で着いてしまったことになる。飛行機は13:15発なのでたっぷり時間があった。もう1時間遅く出発しても十分に間に合ったはずだ。
 クーポンを搭乗券に引き換えたときに座席を指定してもらったのだが、窓口担当の女性は非常に丁寧で、景色がよく見える窓際の席が多くなるようにしてくれた。待っている客もいなかったので、暇だったのかも知れない。
 食事を済ませてもまだ時間があったので、展望デッキに出て離発着する航空機を眺めた。石垣島に住んでいた頃も、客の出迎えなどのときによく展望デッキで航空機を眺めたものだったが、石垣島はほとんどがB-737なので多様性に欠けていた。それに比べると、伊丹空港はB-777などの大型機やDHC-8などのプロペラ機など多彩で、見ていて飽きることは無かった。
 乗ったのは那覇行きのJAL2085便。B-767だ。展望デッキで眺めていたからわかっていたが、北向きの離陸だった。夏は南風が吹くことが多いので南向きかと思っていたが、北から風が吹いていたらしい。離陸してしばらくすると雲の中に入ってしまったので、下界の景色が見られたのは僅かな時間だった。
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 南に向かうにつれ雲が晴れて、奄美大島の上空を通過する頃にはほとんど晴れていた。東京や名古屋から那覇へ向かう飛行機に乗ると、奄美大島を右に見ることが多いのだが、今回の大阪からの飛行機では、左に奄美大島が見えた。ようするに左の窓際に席があったということだ。その後、徳之島は見えたが、沖永良部島や与論島は見えなかったので、ちょうど真上ぐらいを飛んでいたのかも知れない。次に見えたのは、もう沖縄本島で、ヤンバルの山を左に見た。その後、大宜味村や東村あたりで沖縄本島を横切り、太平洋側に出たら、そのあとはもうどこを飛んでいるのだかわからなくなった。おそらく知念半島あたりを右に見ていたのだろうと思う。那覇空港への着陸も北向き。真夏にしては珍しいことではないかと思う。南ターミナル北側の一番西側の27番スポットへ。
 次に乗るのは石垣行きのJTA621便。28番スポットから。ここで息子たちへのクイズ。ぼく「次に乗るのは何?」、息子たち「B-737」、ぼく「ブッブー!」、息子たち「うそ!」、ぼく「答えはバス」。ようするに28番スポットからはバスに乗って飛行機のところまで行くということ。
 28番スポットへ行くと、すぐ前の出発する予定だったJTA619便が機体の整備不良とかで出発が遅れるというアナウンス。その乗客が全員JTA621便に振り替えられたので、ほとんど満席になるようだ。具体的にはどういうことをやったのか知らないが、JTA619便の客は自動的にJTA621便の空いている席が指定されたようだ。改札機から出て来る半券を見ると、赤字で便名と座席を訂正された半券が出てきていた。これを見たのは今回が初めてだ。ともあれ、こんなことがあったので、JTA621便の出発も30分ほど遅れてしまった。
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 今度は右側の窓際。やはり、北向きの離陸。石垣島へ向かうと、まず最初に右側から島を望むことができる。だから、右側の窓際は嬉しい。宮古島の上空を通過したときに下の景色が見えたが、もう夕刻近いということもあり、逆光にもなっていたのでシルエットとして見えただけだ。多良間島は確認することができず、次に見えたのは石垣島の平久保半島だった。石垣に行くときに最初に見えるのは大抵平久保半島なので、それが見えれば「石垣島に来たぞぉ」という気分になれる。飛行機は石垣島の東側の海上を南西に飛び、右に旋回して北向きに着陸した。石垣島の滑走路は1500mしかないので、他では味わえない急ブレーキを体験することができる。これもなつかしい。
 レンタカーは「Be-1レンタカー」で予約していた。名前ははっきり憶えていたが、営業所がどこだったか全く思い出せなかった。レンタカー屋の送迎車に連れられて行った先は、空港のすぐ近くだった。営業所の担当者は最初は無愛想だったが、こちらが3年前まで石垣に住んでいたことを話すと、急に愛想が良くなった。まあ、そういうものかも知れない。
 宿に行く前に以前住んでいた団地に向かった。ほんのちょっと、などと思っていたが、懐かしい顔を前に、結局そこでは1時間以上過ごすことになり、出発前にはほとんど決まっていなかった石垣島での滞在中のスケジュールが次々と決まっていった。
 あまり遅くなってもいけないということで、後ろ髪を引かれながらも民宿「なぎさ荘」に向かった。久しぶりの対面となった女将さんはお孫さんを抱えていた。今年初孫が生まれたとのこと。嬉しくて仕方がないという様子。先に送ってあった荷物の中からお土産を取り出し、女将さんへ。
 夕食は730交差点の近くの「磯」へ。手頃な値段で郷土料理を食べることができる。「磯定食(中)」とぐるくんの唐揚げを食べる。ジーマミ豆腐やもずくが懐かしい。
 いよいよこれから石垣島での本格的な活動が始まる。
石垣島紀行第1日目(7月30日の夜)へ続く)

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三重県におけるドクターペッパーの分布の拡大

 長男が学校の帰りにドクターペッパーの500ml入りPETボトルを買ってきた。津駅西口のコンビニエンスストアFで買ったとのことだ。白子駅前のコンビニエンスストアAにもあるらしい。どうやらやっと三重県にもドクターペッパーの分布が広がってきたようだ。これで東京出張のときに買ってくるなどという面倒なことをする必要がなくなった。
 と言うわけで、ドクターペッパーを飲みながらこれを書いている。

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自宅でミンミンゼミの鳴き声が聞こえた

 出勤前、どこからかミンミンゼミ Oncotympana maculaticollis (Motschulsky, 1866) の鳴き声が聞こえた。パソコンかラジオからかと思っていたが、鳴き声を辿ると窓の外からのようだった。空耳ではないかと思ったが、しばらくしたら、また同じ鳴き声が聞こえた。
 自宅でミンミンゼミの鳴き声を聞いたのはこれが初めてのような気がする。鳴き声が聞こえただけでは、ここで発生したのかどうかはわからないが、とにかく珍しいことだ。

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2007年8月19日 (日)

世界一のセミ展・・・大阪市立自然史博物館へ

 昨日から三男と一緒に大阪に出かけた。大阪市立自然史博物館で開催されている『世界一のセミ展』と、その特別展のイベントの一つである特別記念講演会『世界のセミ、日本のセミ』に参加することと、これにあわせて前日に開催された日本セミの会の談話会に参加するためだ。
 『世界一のセミ展』はセミという一つの「科」の虫だけをテーマとした展示だが、それだけで展示ができるということにも驚いた。もちろん、日本のセミなり大阪のセミなりがテーマの中心になっているが、世界のセミが対象となっており、『世界一』という文字に偽りは無いと思った。日本やアジアのセミの鳴き声ばかりでなく、北アメリカの17年ゼミの鳴き声も聞ける。この特別展は9月2日まで。
 日本セミの会の談話会は年に2回開催されているが、このとことずっと関東で開催されており、大阪では13年ぶりとのこと。この会には1998年頃に入会したが、談話会に参加したのは初めてだ。日本セミの会以外の繋がりで知っている人が何人もいたが、会報で名前を知っているだけの人もあり、良い機会になった。息子と一緒に懇親会まで参加。
 天王寺駅に近い旅館に泊まったが、こんな駅の近くに、こんな古い家並が残っており、こんなに静かな場所もあるものか、と驚いた。夜には気が付かなかったが、朝食時に一緒になって、外国人も泊まっていたことがわかった。イタリアから来たというカップルだったが、男性の方は日本語ばかりでなく、日本に関する様々な知識ももっており、驚いた。そのイタリア人はまだ日本は2回目ということだったが。宿の女将に聞いたところ、去年ぐらいから外国人の客が増え、今日もイタリア人のほか、フランス人と中国人が泊まっているということだった。日本風というところが受けているのかも知れない。ぼくもビジネスホテルより、こういう旅館の方が好きだ。
 今日は三男の希望もあり、午後の講演会までには時間がたっぷりあったので「乗りテツ」をした。阪堺電気軌道の上町線で天王寺駅前から住吉へ。さらに阪堺線に乗り換えて恵比須町へ。電気街の電子部品店や鉄道模型の店を冷やかした。電気街ではいわゆるメイド喫茶があることも確認。恵比須町から地下鉄堺筋線に乗って動物園前で御堂筋線に乗り換えて長居へ。
 長居駅の近くで食事をとってから博物館へ。講演は林正美「セミ研究の最前線」と税所康正「セミの生態を数理する」の2題。
 林先生の講演は分類学的な話。日本のセミを理解するには、日本以外のセミのことも総合的に理解しなくてはいけないということ。クマゼミの仲間 Cryptotympana やアブラゼミの仲間 Graptopsaltria なども東アジア全体で理解する必要があること。現時点で日本のセミの分類でさしあたって解決しなければいけないこととして、亜種とされているオキナワヒメハルゼミ Euterpnosia chibensis okinawana Ishihara, 1968 とイシガキヒグラシ Tanna japonensis ishigakiana Kato, 1960 の分類学的な扱いをどうするか、など。
 税所先生の講演は生態学的な話。セミが鳴く時間やセミが発生する時期などは、個体数の問題とは切り離して考えるわけにはいかないということ。例として、個体数が多いと平均値からはずれた個体の数が増えるので、早く鳴き出したり、早く発生したりする個体が出て来る可能性が高くなるということ、など。セミの雄は何度も交尾が出来るが雌が1回しか交尾しないとすると、一生の間に一度も交尾ができない雄が存在することになるが、いろいろもっともらしい条件を仮定すると、その比率は37%にもなるということ。日本に分布するクマゼミの仲間3種は鳴き声が全く異なるが、地声は似ており、腹部の動かし方を変えるとそれらしい鳴き声にすることができるという話。今度クマゼミの雄をつかまえたらいたずらをしてみようと思う。
 などということで、大阪ではかなり「濃い」2日間を過ごした。最後はJRで鶴橋に出て、駅の近くでたこ焼きを買って近鉄特急の中で食べた。津に近づくと空が暗かった。着いた時に雨は降っていなかったが、かなり激しい雨が降り、雷も鳴ったとのこと。

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2007年8月16日 (木)

クソ暑さの中にも秋の便り・・・アオマツムシとマツムシ

 今日は岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で最高気温40.9℃を記録し、1933年7月25日に山形市で記録されていた40.8℃の国内最高気温の記録を更新したとのことだ。こちら津市でも夕方近くなってから38.1℃を記録した。昼間はあまり風が無かったが、夕方近くなってから西寄りの山越えの風が吹いたため、フェーン現象が起こって気温が上がったのだろう。
 こんなクソ暑い日ではあったが、暗くなってから自宅近くでアオマツムシ Calyptotrypus hibinonis (Matsumura, 1928) とマツムシ Xenogryllus marmoratus (de Haan, 1842) の鳴き声が聞こえた。言うまでもなく、秋の虫だ。
 今日は京都の五山の送り火だが、NHKがテレビで中継していた。京都に住んでいた頃、五山の送り火が済むと、朝夕は少し過ごし易くなると感じていた。まだまだ暑いが、日没の時刻も日に日に早くなっているし、秋もすぐそこまで来ているはずだ。

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2007年8月14日 (火)

ミンミンゼミが出迎えてくれた

 一番下の息子との約束で、今日は休みをとって川遊びに出かけた。出かけた先は、去年も行った鈴鹿山脈山麓の小岐須渓谷。我が家から車で1時間ほどの場所だ。昨日の夜は寝付きが悪く、やや寝不足気味だ。
 津市内は雲はやや多かったものの晴れ間もあったが、鈴鹿の山は山頂近くがみんな雲の中だった。小岐須渓谷に入ると完全に雲の下だった。出迎えてくれたのはミンミンゼミ Oncotympana maculaticollis (Motschulsky, 1866) の鳴き声。ミンミンゼミはこのあたりでは山の中に入らないと鳴き声が聞けない、いわゆる山のセミだ。この夏は山の中に入ることは無かったので、今日が今年の初聞き。
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 お盆の最中ということもあり、河原はけっこう混雑していた。ブラジル人と思われる集団もあったが、要するに工場が休みだということなのだろう。河原ではバーベキューの煙があちこちから上がっており、肉の焼ける匂いがあたりを漂っていた。
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 陽射しもなく、程良い風もあって、たいへん涼しかった。渓谷にいる間は良かったが、寝不足気味での帰りの運転はやや辛かった。下界に下りるとやはり蒸し暑い。

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クマゼミが少し静かになってきたような・・・

 朝明るくなるとクマゼミ Cryptotympana facialis (Walker, 1858) が鳴いているのだが、一頃に比べるとその勢いが衰えてきたような気がする。たくさん鳴いていた時期には自宅に聞こえてくる鳴き声の一つ一つを識別するのはとても無理だったが、今はまだたくさん鳴いているにもかかわらず、一つ一つの鳴き声が分かれて聞こえるのだ。
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2007年8月12日 (日)

石垣島紀行・・・出かける前の準備その2

 石垣島では珊瑚礁の海で遊ぶことを当初から予定に入れていた。水中めがねを使う時にはメガネが使えないので、そのままでは十分に海の中の景色を楽しめない。そういう場合には、水中めがねに貼り付けるレンズを使うと良い。石垣島に住んできたときに買ったはずなのでどこかにあるはずだと思って探したら、ちゃんと出てきた。その後、近眼と老眼が進んだので、度は若干合っていないが、それは我慢することにする。何も付けないよりはマシだから。
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世間並みに帰省

 昨日から1泊で尾張一宮の実家に家族揃って帰省した。帰省と言っても日帰りできる距離なので、それほどの大仕事ではない。
 行きは国道23号線の木曽川大橋が工事中ということなので、それを避けようと、桑名で23号線から258号線に入り、桑名東インターチェンジから蟹江インターチェンジまで東名阪自動車道を利用した。料金は450円。その後の西尾張中央道も大した渋滞もなく、2時間ちょっとで着いてしまった。腰痛があるので、昼食前に幼なじみの整体師の所へ。整体は大繁盛。腰痛持ちの人はたくさんいるようだ。
 午後から夜にかけて、名古屋へ。大須の電気街を冷やかし、電子部品を少々購入。腹具合がいまひとつで、夕食は軽くあっさりした中華そばを一杯のみ。その後、名古屋昆虫同好会の例会へ。セミの話題等を少々提供。その後、臨時の幹事会。幹事会を途中で抜け出し、一緒に抜け出したナリタさんに金山駅まで送ってもらう。金山からの電車は遅い時間帯にもかかわらず意外に混雑。名古屋で入れ替わりがあったが、結局座れず。お盆休みの土曜日の夜ということで、人出が多かったのかも。
 今日は墓参りに行ったが、さすがにお盆直前の日曜日ということもあり、混雑していた。墓地の中の狭い道には駐車している車がたくさんあり、すれ違いも大変だった。
 帰りの道の選択には迷ったが、155号線から立田大橋を通って多度の258号線に抜けようかと思った。しかし、立田大橋までの道が渋滞。途中の道の駅で小休止し、気分転換。258号線まで出ると、車はやや多いものの、それほどの渋滞はなかった。途中四日市の1号線沿いで昼食をとったが、桑名から鈴鹿までの1号線はやや渋滞。鈴鹿で23号線に入ると、あとは順調。
 津市内に入ったあたりでセルフサービスの給油所に入ったところ、何と出てきたのは空気だけ。メーターは回りっぱなしで料金が積算されていく。店の人を呼んだところ、レギュラーガソリンが欠品であることが判明。ハイオクガソリンをレギュラーガソリンの料金で入れてもらうことに。でも、ハイオクガソリンを入れようと考えたことは一度も無いので、全く得をしたという気分にはならない。どちらかと言えば、時間を損した気分。
 家に戻り、シャワーを浴びて、石垣島旅行以来伸び放題になっていたあご髭を剃って、気分も一段落。途中で車が振られることがあったので、風が強いのだろうと思っていたが、実際にそうだった。家の窓を開け放すと風が通って気持ちが良い。海からの風で、気温もそれほど高くない。

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2007年8月10日 (金)

ニイニイゼミとアブラゼミが異様に多い気がする

 こちらに転居してから4回目の夏を迎えているが、今年はこれまでになくニイニイゼミ Platypleura kaempferi (Fabricius, 1794)とアブラゼミ Graptopsaltria nigrofuscata (Motschulsky, 1866) の個体数が多いように感じられる。今晩、三重昆虫談話会のサロンでそのことを話題にしたが、どうやらそのように感じているのは自分だけではなかったようだった。
 アブラゼミが多いと言っても昨日までは夜暗くなってから鳴き声を聞くことはなかったが、今でも外でアブラゼミが鳴いている。ネットで気温を調べたら、22時の時点で30℃以上もあるようだ。夜にアブラゼミが鳴いているときは、やはり気温も高いようだ。

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2007年8月 9日 (木)

サマー・サイエンスキャンプ

 職場である研究所では一昨日から今日まで、高校生を対象とした「サマー・サイエンスキャンプ」が行われた。去年までは研究所独自の企画として「高校生のための野菜研究体験セミナー」として行われたものだが、今年は科学技術振興機構の企画の一つとして行われた。内容は去年までのものと大きく変わらず、自分が関連する分野としては「野菜を食害する害虫とその天敵」という講義と実習が今日行われた。去年は自分が講義を担当したが、今年は同じ研究チームのオオタさんが講義を担当し、自分は自分の研究の紹介と、実習のお手伝いを少ししただけだった。
 去年までは研究所独自の企画だったため、広報が十分ではなく、応募してきたのはほとんどが地元の生徒だったが、今年は北は岩手県、西は広島県からの参加があった。去年は普通科の生徒ばかりだったが、今年は農業関係の学科の生徒も何人かいた。色々な生徒が来るということは、とても良いことだ。
 誘われて昨日の夕方は懇親会にも参加し、参加した高校生とも話をすることができた。目的をもって参加しているという理由だろうが、生徒は皆積極的に感じられた。DNAのことや食物の安全性のことを知りたいという生徒が多かったが、自分が作っている作物が害虫でやられてしまうことで頭を痛めているので参加したという生徒もあったので、害虫分野の研究者である自分としては、やはり嬉しかった。
 今日の研究紹介では、実際に扱っている虫を見せたのだが、女子生徒の中には気味悪がって近寄れない生徒もいた。ちょっと複雑な気持ちだ。たまたま生きたミイデラゴミムシがいたので、オナラをさせてみたのだが、これを面白いと思ってくれた生徒はほとんどおらず、いわゆる「すべった」という状態に近いものだった。現代の子供にとって「虫」とはその程度のものなのかも知れない。子供の頃の一番の遊びが虫採りだった自分としては、やや複雑な気持ちだ。

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2007年8月 8日 (水)

交通事故に遭ったアナグマ・・・合掌

 畑での調査を始めようと思って職場の敷地を横切るケヤキ並木の道を渡ろうとしたところ、職場のパートさん2人が何やら持ち上げて運んでいた。近くに行ってみると、何とそれはアナグマの屍体だった。近くの舗装道路に残された血痕から判断すると、それは交通事故に遭ったものに疑いなかった。屍体は硬直していたので、昨日の夜か、今日の明け方ぐらいに事故に遭ったのだと思った。頭部以外には傷は見当たらないので、道路に飛び出したところで出会い頭にぶつかったのではないかと思う。
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 ぼくが見たときには、既にハエが集まりかけていた。また、よく見てみるとダニもついていた。ダニはもとからついていたものだろう。そのままほっておけば、シデムシやエンマムシなども集まってくるのだろうが、目につく場所にほっておくのもどうかと思われたので、ちょうどそこをトラクターで通りかかった同僚に頼んで目につかない場所に捨ててもらうことにした。
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 昨日はぼくが使っている畑をロータリーで耕してもらったばかりだったが、今朝見たところ、無数の獣の足跡がついていた。これまでにも何度もこのようなことがあった。特に耕してもらった翌日には目立ったのだが、耕したばかりだから目立ったという他にも、耕したばかりの場所を好んで歩き回っているふしもある。ひょっとしたら、交通事故に遭ったアナグマは、ぼくの畑で遊び回ったあと、ねぐらに帰るときに事故に遭遇したのかも知れない。ぼくの畑の道路の反対側の雑木地には、地面に掘られたそれらしい獣の巣があるのだ。
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2007年8月 6日 (月)

ツクツクボウシが鳴いた

 休み明けで仕事がたまっていたので、今日のノルマの仕事を片付けるだけで6時過ぎまでかかってしまった。遅くなったついでで、職場の畑の近くのヒノキ林にヒグラシ Tanna japonensis (Distant, 1892) の鳴き声を聞きに行った。さすがにクマゼミ Cryptotympana facialis (Walker, 1858) の鳴き声は聞こえなかったが、ニイニイゼミPlatypleura kaempferi (Fabricius, 1794)  とアブラゼミ Graptopsaltria nigrofuscata (Motschulsky, 1866) も盛んに鳴いていた。
 すると、これらのセミの鳴き声に混じってツクツクボウシ Meimuna opalifera (Walker, 1850) の鳴き声も聞こえてきた。何度も聞こえてきたが、複数の声が聞こえることは無かったので、おそらく1頭のツクツクボウシが繰り返し鳴いていたのだろう。
 先日、石垣島でもツクツクボウシの仲間のイワサキゼミ Meimuna iwasakii Matsumura, 1913 の鳴き声が聞こえたので、こちらも石垣島も秋が近づいてきたということなのだろう。

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2007年8月 5日 (日)

石垣島紀行・・・出かける前の準備など

 7月30日から8月4日までの5泊6日の日程で家族揃って石垣島へ出かけることになった。石垣島は観光地なので、観光旅行のような感じでもあるのだが、石垣島には7年間住んでいたので里帰りのような気分でもある。中でも三男は石垣島生まれなので、まさに里帰りだ。
 石垣島へは船でも行けないわけではないが、普通は飛行機に乗って行く。今回も飛行機だ。夏のこの時期には割引運賃が少ないので、多少は安くなるパックツアーを使うことにした。もっとも、パックになっているホテルに泊まるのは1泊だけで、4泊は馴染みの民宿に泊まる。気持ちとしては全部民宿に泊まりたいのだが、航空運賃のことを考えると仕方がない。
 最初は中部国際空港発着で考えていたのだが、日本トランスオーシャン航空に乗ろうと思うと日本航空と組み合わせなければいかず、そうすると良い時間帯の便が無いので、ちょっと困った。ところが、大阪発着を探してみると、適当な時間帯の便があるので、伊丹空港発着で行くことにした。結果的には、大阪までの鉄道運賃を考えても、こちらの方が運賃が安くなったので、一石二鳥だったと言える。日本トランスオーシャン航空にこだわるのは、機内誌のCoralwayを読みたいからだ。
 飛行機に乗るとなると、窓から写真を撮りたくなった。最近はデジタルカメラを使うことが多いのだが、離着陸時には使用できないので、石垣からこちらに引っ越してからはほとんど使用していなかったフィルムカメラを防湿箱から取り出してきた。石垣島に住んでいた頃にはフィルムで写真をたくさん撮ったので、その間にカメラの数も増えてしまった。
 その中で石垣島に持って行くカメラをどれにしようかと思案したが、最終的にはOlympus OM-2NとContax TVS IIの2つに候補を絞った。さらに思案した結果、TVS IIを持参することにした。TVS IIはコンパクトカメラだが、露出補正もできるので、十分に役割を果たしてくれると思った。
 TVS IIはコンパクトカメラと言っても、いわゆる高級コンパクトカメラに分類されるカメラなので、結構高い買い物だった。もっとも、後継のTVS IIIが出た後の在庫処分のものを買ったので、多少は安く手に入れることができた。
 ちゃんと動くことを確認したあと、フィルムを買いに出かけた。何にしようかと迷ったが、自然な発色をして粒状性が良いという売り出し文句のFUJICHROME ASTIA 100Fにした。石垣島の景色を撮るのならFUJICHROME VERVIA50を使うところなのだが、そちらはデジタルカメラに任せる予定だから。
 と言うことで、久しぶりにフィルムカメラとフィルムをいじることになった。

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