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2007年6月 5日 (火)

コブハサミムシの母親殺し

20070605blog1 【写真は2007年4月20日、三重県津市安濃町野口で撮影。小さい谷川の川原の砂地の場所の小石を持ち上げてみると、既に食い尽くされてしまったコブハサミムシの母親の残骸が見つかった。ここは職場のすぐ近くだが、これまでこんなに近くにコブハサミムシが棲息していることを知らなかった。比較的手軽に観察に行けそうなので、これからは時間があれば観察に行きたい。】

 人間の世界での母親殺しはとんでもない事だが、コブハサミムシ Anechura harmandi (Burr, 1904) の場合は生まれて間もない子供が母親を食い殺すのが日常だ。このことがこの前の日曜日(6月3日)のテレビ番組『どうぶつ奇想天外』でクイズとして紹介されたらしい。ぼくはテレビをあまり見ないので、チェックしていなかったのだが、職場のパートさんが教えてくれた。
 今でこそコブハサミムシの生まれて間もない幼虫が母親を食い殺す習性を持っていることはよく知られるようになってきたが、ぼくがハサミムシを研究材料に選んだ25年前は、このことはほとんど知られていなかった。修士課程の研究テーマとして母親による卵保護習性を中心としたハサミムシの生活史を選び、その材料として中心的に扱ったのがコブハサミムシだった。卵を世話しているコブハサミムシを実験室に持ち帰って飼育していたところ、幼虫が孵化して数日のうちに母親を食い殺してしまったので大変驚いた。
 コブハサミムシの母親殺しの習性は誰が観察しても同じだが、なぜ他のハサミムシには母親殺しの習性が無いのにコブハサミムシだけが母親殺しの習性を持つか、という疑問に対して、初めての解釈を与えたのがぼくだ。これは、操作実験よりも野外観察に重きを置くことを信条とするぼくの自慢だ。母親殺しの現場だけ見ていても決して解釈を与える事ができない問題に対して、ぼくは一年を通したコブハサミムシの暮らしを野外で詳細に観察することによって一つの結論に至った。
 至近要因としては、幼虫が孵化する時期に餌が乏しいことが問題であり、母親を食う事によって幼虫初期の生存率を高めることができることだ。この点に関しては、ぼくはアイデアを出しただけだったが、最近になって北海道大学(当時)の鈴木誠治さんらが実験で裏付けた(参考文献4を参照のこと)。しかし、何故餌の乏しい時期に幼虫が孵化するような生活史が進化したのだろうか?この疑問に関しては、コブハサミムシの一年を通した生活史を理解することなしに解答は得られない。
 野外で観察していると、コブハサミムシは6〜7月に羽化すると、どこかに消えてしまうのだ。ところが10月半ばになると、どこからともなく繁殖場所に戻ってくる。繁殖場所は山の中でも日当りが良い谷川の川原だ。日当りが良い場所では早く孵化することができるので、いろいろな点で都合が良い。ところが、谷川の川原という場所は、梅雨時や台風の季節にはしばしば氾濫するのだ。これでは、そこにずっと暮らしていては都合が悪いことになる。だから、夏の間はどこか山の中にでも居場所を移しているのだろう。
 となると、谷川が氾濫する季節が来る前に成虫になってどこかへ行ってしまうのが有利ということになる。そのためには、早く孵化した方が有利だ。ところが、早く孵化すればするほど餌環境は悪くなる一方だ。となると、少しでも早く孵化して、もっとも手近な餌(=母親)を食べて、当面の生存率を高めるというのが、生活史の上で有利な性質になることは容易に想像できる。だから、安定して生活が可能な限られた期間を有効に活用できるように、生活史が進化したと考えられる(参考文献1, 2, 3を参照のこと)。
 これでコブハサミムシの生活史の問題は一見解決したかのように思えるが、実はそうではない。コブハサミムシは何故谷川の川原を繁殖場所に選んだのか、という問題に関しては、まだ適切な解釈を与えることができていないのだ。

参考文献

  1. 河野勝行. 1984. コブハサミムシの特異な生活 —生活史戦略的視点から—.遺伝 38 (10): 70-75.
  2. Kohno Katsuyuki. 1997. Possible influences of habitat charasteristics on the evolution of semelparity and cannibalism in the hump earwig Anechura harmandi. Researches on Population Ecology 39 (1): 11-16. [pdf] <http://meme.biology.tohoku.ac.jp/POPECOL/RP%20PDF/39(1)/pp.11.pdf>
  3. 河野勝行. 2007. ハサミムシの生態〜ハサミムシ類の卵保護習性とコブハサミムシの母親殺し〜.Rio (豊田市矢作川研究所月報) (104): 3. [html]
  4. Suzuki S,  Kitamura M and Matsubayashi K. 2005. Matriphagy in the hump earwig, Anechura harmandi (Dermaptera: Forficulidae), increases the survival rates of the offspring. Journal of Ethology 23 (2): 211-213. [abstract]

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